第二十一章「心の理想」
京介はエンドオブウォーズを駆り、エルシオールから離れた宙域に駐留していたトランスバール軍艦隊を、事実上無力化していた。
京介は内心、少し興奮しているのを自覚していた。
この“エンドオブウォーズ”は自分専用の後継機として開発されているのか、操作が手に吸い付くように馴染んでいる。これが個人専用機の長所なのだと、今更ながら理解した。
「よし・・・これでこちら側は大丈夫だね。後は・・・」
ヴァニラとちとせの作戦では、初めヴァニラだけが先にアークトゥルに降下して、駐留しているリ・ガウス軍(以後、識別のため、同盟軍と呼称)を支援して、その後自分も降下する予定になっていた。
京介はとりあえずちとせに連絡しようと、回線を開こうとした。が、突如信じられないほどの光が遥か後方に集中し、爆発するかのように霧散していくのを確認した。
「今のは・・・・・・!!まさか、ちとせ・・・!?」
京介も、ちとせの新機体の新必殺技の概要は聞いていた。故に、発動後の危険性も充分に理解していた。
どうやらすでに戦闘は終了しているようだが、ちとせが心配で、京介は機体を向け加速した。
その突如、レーダーに機影が表示される。
「敵!?」
咄嗟にティアル・ライフルを向け、―――――――――その存在に、驚愕した。
「――――――え」
徐々に接近する機体。
水色のカラーリングが施されている、あまりにも見慣れた紋章機。
それでいて、決して対峙したくなかった、たった一つの機体でもあった。
「テフラ・トリックマスター・・・・・・・ミント・・・?」
直後、通信回線が繋がり、モニターが表示される。
そこには、今にも泣いてしまいそうな、ミントの顔が映し出されていた。
これより数分前、一足先にアークトゥルスへ降下したヴァニラは、即座に機体調整を確認する。―――リザレクト・ハーベスターに強化され、大気圏内も通常通り機動可能にはなっているが、一応のチェックは忘れない。
H.A.L.Oが機体調整が全てオールクリアだという情報を流し込んでくる。ヴァニラは頷きつつ、機体を加速させる。
そもそも何故ヴァニラだけを先行させたかというと、単純にリザレクト・ハーベスターによる修理支援力が何より重視されたからだ。多大なダメージを受けた機体でも、ハーベスターなら即座に修理、戦線復帰させることができる。
「機影を確認・・・・・・。・・・この、数・・・」
思わずヴァニラですら絶句した。凄まじいまでの機体の数だ。リ・ガウス同盟軍のヴァラグスに、トランスバール軍のゼン、バルキサスが大量に表示されている。機体の種類からどちらが味方かはわかるが、これだけの数だと、レーダーに一括して友軍とも敵軍とも区別できずに表示されてしまう。
ヴァニラは即座に、事前に知らされていたアークトゥルス国防本部の回線とコンタクトし、通信回線を開いた。
「・・・こちら、ヴェインスレイ軍所属紋章機、リザレクト・ハーベスター。―――同盟軍支援に来ました」
すると即座に女性の声が返ってきた。事務的な言葉使いからおそらく本部のオペレーターだろう。落ち着こうとした声だが、内心、現状に焦っているのがなんとなく理解できた。
『協力、及び支援に感謝します。友軍機のデータを送りますので、更新をお願いします』
即座に送られてきたデータを更新。途端、レーダー上の友軍機に青い識別機が大量に表示された。
『そちらの機体データを確認・・・GA−015LZ、リザレクト・ハーベスター・・・確認完了。友軍機として登録します』
「・・・国防本部の防衛状況は、どうなっていますか?」
状況が状況だけにノンビリとしていられない。ヴァニラは前置き無しでいきなり本題を問う。
『今のところ問題ありません。今時点では第一方面海上がもっとも戦闘が激しいです』
遠まわしにそちらの援護に行ってほしいと言っているのだろう。
無論、正面からは言えないはずだ。指揮権は向こうになく、むしろこちら側にあるのだから。
「・・・もっとも被害状況が、激しいところを・・・」
向こうのオペレーターの詰まった声が聞こえた後、周辺地図、及び現状が詳細に表示されている地図データが送られてくる。その中でもっとも激しく被害が集中しているのは第七方面のようだ。
「第七方面、修理後・・・第一方面支援に、向かいます・・・」
そもそもこの紋章機の特徴を理解しているのだろうか。
自分は戦力増強として支援に来たのではない、修理修復のために来たのだ。
ヴァニラは通信回線を閉じ、最大速度で第七方面に向かった。
情報通り、第七方面では大規模の戦闘が行われておらず、破損、破壊された機体の多くを占めていた。
ヴァニラはなるたけ、破損機体を包み込めるよう、それらの中心へ向かう。即座にリミッターを一部解除し、光と共にナノマシンを大量に散布、解放した。
「輝ける癒しの光よ・・・・・・ハイ・リペアウェーブ!!!」
リザレクト・ハーベスターを中心に放たれた緑色の光が、破壊、破損していた機体を次々に修復、通常状態にまで回復させる。
突然全てのダメージから回復した機体に、周囲から驚きの声が聞こえてきそうだった。が、ヴァニラはそれに余韻を感じるまえに操作レバーを強く倒した。機体が旋回すると同時に、先程までいた空間をビームとミサイルの雨が通りすぎた。
距離を空け、正面から対峙する形になる。
赤い装甲色を持つ、まさに“不屈の闘師”の名に相応しい存在感だ。
対峙するのは“シージ・カンフーマスター”。前回、エスペランサを装備したイネイブル・ハーベスターを苦もなく撃墜した機体。同時に、不屈の心を持つパイロット、ランファの存在も認知した。
「ランファ、さん・・・・・・」
刹那の均衡が、まるで永遠のように感じられた。
「これで・・・!!」
エクスはロングバレルビーム砲「ハイパーメガバスター」を構え、ヴァラグス三機を同時に撃墜する。同時に、瞬時にビームショットガンに持ち替え、ファウンダーに迫る敵機を撃墜していく。
――――――エクスとキャロルはここでトランスバール軍を援護してなさい!!
ランファにそう言われ、すでに数分が経つ。
先程まで、シージ・カンフーマスターと自分のゼファー・ラームで斬り込み、ファウンダーがその援護をするという隊形を取っていたのだが、突如、ランファは何か降下してくるものに気づき、そちらに向かってしまったのだ。
(ランファさん・・・大丈夫かな・・・)
こんなことを言えば、ランファに怒られるだろうが、エクスは心配だった。むしろ悪い予感がするといったほうがいいだろう。
正直、ランファの援護に向かいたいのだが、ファウンダー・・・キャロルを置いてはいけない。
元々、ファウンダーは今までの紋章機と違って装甲色が黒い。これは宇宙空間でのカムフラージュのためであり、搭載しているシステムから、初のステルスタイプの紋章機であるともいえる。――――――だがそれは宇宙空間での話。大気圏内の空の中ではカムフラージュ効果はほとんどないのだ。これが夜なら当然効果は絶大だが、生憎と今は真昼間だ。
ともあれ、ファウンダーの最大の利点が消失しており、今もこうして激戦が続いているのなら自分勝手な判断は間違いだろう。―――初陣の時、正樹に忠告されたことでもあるのだから。
「キャロル、機体のエネルギーは大丈夫!?」
相変わらず返事がなく、モニターに映る顔も以前無表情だ。だが即座にファウンダーのエネルギー残量のデータが送られてきた。エクスはキャロルの行動に苦笑しつつ、今だエネルギーが持つのだと確認する。
「よし・・・もう少しで突破できる・・・!!」
エクスは両手にハイパープラズマサーベルを構え、迫るヴァラグスに斬りかかった。
――――――気になったのは、なぜかヴァラグスばかりで、メルーファやメノカトラスが存在しないということだった。
「ヴァニラ・・・なのね」
姿を変えたハーベスターに、ランファは確信めいた気持ちで話しかける。途端、返ってきた返事は当然のようにあの少女だった。
「・・・ランファ、さん・・・」
モニター画面に、今はもうヘッドギアを外し、髪を下ろしている少女が映し出される。
「・・・何でなのよ」
「・・・?」
「何で・・・アンタは何度も立ち塞がるのよ・・・っっ!!」
「・・・・・・」
八つ当たりなどではない。ランファは、本心からヴァニラと戦いたくないと言っている。無論、それはヴァニラも同じだ。
――――――だけど、
「・・・・・・どいて、ください。私は、行かないと」
「ヴァニラ、アンタ・・・・・・」
「・・・今でも、私にとってエルシオールは大切な場所です。―――エンジェル隊のみなさんも」
「なら、どうして!?」
ランファが哀しげに叫ぶ。どうして、もう一緒に同じ道を歩むことができなくなったのか、と。
それに、ヴァニラは無骨なまでに率直に答えた。
「・・・その道を、正しいとは思えません。私は、裕樹さんの思う道が・・・・・・」
「・・・そう、やっぱりなのね」
途端、均衡していた静寂が崩れた。厳密には、シージ・カンフーマスターから凄まじい闘志のようなものを感じる。
「裕樹・・・・・・裕樹、裕樹、ユウキ、ユウキ・・・っっっ!!!!」
シージ・カンフーマスターから光の翼が出現する。それに対応するかのように、ヴァニラはレバーを握り締める。
「アイツの、アイツのせいなのね・・・ヴァニラも、ちとせも、私たちと戦うようになったのはっっ!!」
刹那、目前に迫る特殊鋼切断ワイヤーアンカーに、即座にミサイルポッドを当て、相殺させる。
「っっっ!!!」
直後にはビームガトリング、ビームガンポッドが放たれており、ヴァニラはその間を掻い潜って回避。距離を離しつつ追尾式レーザーファランクス「エイミングレーザー」を発射する。それらのビームを、ランファは操縦性の増したアンカークローで全てを弾き飛ばした。
(アンカークローを・・・防御に・・・!?)
速度を失っていないアンカークローが再びヴァニラに強襲する。対応に遅れたヴァニラは、アンカークローの一つをエネルギーサーベルを展開して弾き、もう一つを最速の速度で放った“H.V.S.B”で弾き返した。
「・・・!!違い、ます!私は、裕樹さんの言葉と道が正しいと思って・・・!!」
「ヴァニラは、いつでもそうじゃないのよ!!」
「――――――?」
再び均衡する両機。戸惑うヴァニラに、ランファは一気にまくし立てる。
「アンタ・・・それは自分の考えじゃないんじゃないの?」
「え・・・・・・」
「ヴァニラ・・・アンタは、いつだって誰かの道、言葉に付き従ってるじゃない。だったら、アンタはその対象をタクトから裕樹に変えただけじゃないの!?」
「・・・・・・っっ!!」
頭が白くなっていく。何故か、考えがまとまらない。
「誰かに言われるままに動いて、自分の思いを持たなくて・・・・・・それでアンタはホントに満足なの!?ヴァニラッッ!!」
いつのまにか突撃してきていたシージ・カンフーマスターに対応も何も出来なくて、構えたワイヤーアンカーの直撃を受け、リザレクト・ハーベスターは叩き落された。
飛行能力が止まり、落下していく中、ヴァニラの意識は自身の内に飛ばされた。
・・・・・・そう、その通りである。
この思いは借り物であって、自分の思いではない。
選んだ道は誰かの道で、自分で決めた道ではない。
聞いた言葉が綺麗だったから憧れただけ。
故に、自分の選んだ道に、自分の思いなどない。
これが、今まで自分の思いを何一つ決められなかった、自分の末路。
だから、ランファの言葉は正しくて、胸をえぐった。
もとより、そのために自分が具体的に何をすればいいのかすらわかっていないのだから。
だけど。
だけど、それでも美しいって感じた。
彼の、朝倉裕樹の言葉が。
『平和な世界にしたい。・・・確かにシャトヤーンがいれば、世界は平和であり続けると思う。・・・けど、それだと戦いがなくなることはないんだ。そんな世界に、俺はしたくない』
『シャトヤーンっていう絶対的な指導者に導かれるんじゃなくて、その時代の一人一人が道を作っていくような、そういう世界がいいって思うんだ、俺』
『だから・・・俺は、シャトヤーンと戦わないといけない。俺っていう、世界の中のたった一人の意志かもしれないけど、そう思ったことに嘘偽りはないから。だから俺は・・・最後まで諦めない。――――――絶対に』
現実感を伴わない、子どものような、青臭い夢。
だからこそ、その理想に憧れた。
何よりも真っ直ぐで綺麗に思えたから憧れた。
自分では到底考えられないことをすると言った、彼に憧れた。
一度死んだみんなを助けるために、自分の身を犠牲にした彼。
その後、決して消せなかった罪に苦しみ続けた彼。
救われ、もう一度、道を決めて頑張ろうと言った彼。
彼、朝倉裕樹に憧れたから・・・ずっと一緒に、その道を歩みたいと思った。
いけないのか。
それではいけないのか。
裕樹に憧れ、裕樹を好きになったから。彼を信じて付き従うことが、そんなにいけないことなのか。
彼と恋仲になりたいのではなく、ただ一緒にいたい。
だから、彼の決めた道に迷うことなく従った。
ああ、そうだ。
確かに私の選んだ道とはそういうものだ。
胸に抱く理想、思い、道は、全て誰かのモノであって、自分のモノではない。
だけど、それでも一つだけはある。
目指す道は他人のモノでも、
目指す理想は他人のモノでも、
目指す思いは他人のモノでも、
裕樹と一緒にいたいという気持ちは、紛れもなく自分の気持ちだ。
彼と一緒の道を行くと決めた心は、間違いなく自分で選んだ意志だ。
なら、ヴァニラ・Hの進む道が自分のものでないとしても。
道を選んだ意志は、紛れもなく本心だろう。
たとえ、行きつく果てが自身の理想と違っていても。
その道を選んだ意志に、後悔など欠片もないはずだから。
「・・・それだけの、ことなんだ」
落下していく意識の中、強い意志が意識を戻し、機体もそれに応えてくれた。
「っっ!?」
ランファの戸惑う声が聞こえる中、リザレクト・ハーベスターから光の翼が出現。即座に体勢を立て直した。
「・・・やっと、気づけました。私の本当の心に・・・」
明確な自分の意志は、結局一つだけだった。
けれど、一つで充分。
それだけで、迷うことなく戦っていけるから。
「ヴァニラ!?どうやって・・・」
「・・・もう、迷いません。――――――行きます、ランファさん」
砲口を構え、加速する。
ヴァニラとランファの戦いが、再度開始された。
アークトゥルス衛星軌道上で、テフラ・トリックマスターとエンドオブウォーズは対峙していた。
ただし、両機とも一切の武装を構えていない。
ただ、京介はモニターに映るミントの存在に愕然とするだけだった。
「そんな・・・!!ミント・・・どうして、どうして君がここにいるんだ!?」
その質問に、ミントは悲しげに答えた。
「・・・・・・京介さん。私を・・・撃ってくださいませ」
「――――――」
とても、自分の質問の返答には聞こえなかった。
ミントの言ったことが、一体なにを意味しているのか、京介にはまったくわからなかった。
「・・・わかったんですわ。私、京介さんたちが正しいと思っていますのに、エンジェル隊という場所も捨てられない・・・」
淡々と告げるミントに、京介は顔を沈めた。
「ヴェインスレイと、エンジェル隊。・・・どちらが自分の本心なのかもわからなくて、どちらも優先させることなんて出来ませんの・・・・・・っっ!!こうして対峙すれば、敵として戦わないといけないと、わかっていたのにっっ!!」
ミントの告白に、京介はただ無言だった。
「戦わないと、エンジェル隊という場所を失うのに・・・・・・京介さんとは、戦いたくありませんの。―――なら、撃たれたほうがいいのだと・・・・・・せめて、京介さんに撃たれるのなら、私も・・・」
途端、京介の中の何かが爆発した。
「・・・・・・ふざけるなっっっ!!!!」
「っっ!?」
「僕に・・・僕にまた・・・・・・泣いてる君を撃てっていうのかっっ!?」
今だって鮮明に覚えている。
前大戦の“ザン・ルゥーウェ戦”での戦い。
自機のエンドオブアークのシリンダーが、イセリアル・トリックマスターを貫いた時のことを。
あの時、涙を浮かべたミントを焼き貫いた。
決して消えることのない、京介の記憶。トラウマだった。
「ちくしょうっっ!!そんなこと・・・絶対にするもんかっっ!!」
「な・・・どうして!!これしかもう、本当に手段がないんですのに・・・っっ!!」
「知るかよっっ!!――――――なんで、どうして・・・どうして僕が君を撃たなきゃならないんだっっ!!」
モニター越しで、京介とミントは泣いていた。
お互いに涙を流し、叫んでいた。
「撃って・・・撃ってくださいませ・・・!!京介さん!!」
「撃たない!!撃つもんかっっ!!絶対にっっ!!」
「・・・なんで・・・っっ。私には、もうそれしか道がないのに・・・!!」
「ミント・・・っっ!!」
「どうして・・・・・・どうしてぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!」
瞬間、13機すべての“ハイフライヤー”が展開され、京介は反射的に機体を後退させながら“エーテル・シリンダー”を展開、瞬時に放たれた“フライヤー・ダンス”を、シリンダーのビーム、もしくは防御システム、スレイヤービームウィップで防いでいく。
「京介さん!!撃ってください、私をっっ!!」
「出来ないっっ!!」
「どうしてっっ!!??」
“フライヤー・ダンス”を防戦して防ぎきり、京介は再び武装を解除しつつ、叫んだ。
「・・・だってミント、君は今・・・泣いているじゃないかっっ!!!!」
「・・・っっ!!」
言われて初めて涙を流しているのに気づいたのか、ミントは慌てて涙を拭おうとする。けれど、拭っても拭っても涙は溢れてくるばかりで、止まる気配がなかった。
「・・・・・・・っっっっぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっっっっ!!!!!!!!」
全てを断ち切るかのようなミント叫びと共に、テフラ・トリックマスターのすべての武装が解放される。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!」
それらに対し、京介は一切の相殺もせずに、大きく旋回する。アデッシブボムやハイパービームキャノンはそれで防げるが、先回りした“ハイフライヤー”がこちらを捉えていた。京介は即座に両手首のエーテルキャリーシールドのエネルギーを発生させ、盾にして防いでいく。背後からの攻撃はすべて自動防衛システムである“スレイヤービームウィップ”が、ムチ状のビームで次々に防いでいく。
「これだけ攻撃していますのに・・・なんで一度も撃たないんですの!?」
一度でも、たった一度でもライフルを撃ってくれれば自分から当たりにいくつもりだった。
なのに、京介はこちらの考えを読み取っているのか、一切の射撃を行わない。
「なんで・・・・・・なんで、なんでなんでなんでなんでっっっっ!!!!」
ミントの苦しんでいるかのような叫びに、京介はハッキリと告げた。
「ミントッッ!!僕は・・・君が好きなんだっっ!!」
――――――瞬間、時間が止まったようだった。
「―――・・・え・・・」
「ミントのことが好きなのに・・・君を撃てるわけないじゃないかっっ!!」
――――――・・・そんな、そんな都合のいいこと・・・・・・
――――――・・・両想い、でした・・・なんて・・・・・・
「そんな・・・なんで!!なんで今それをおっしゃるのですか!?」
板挟みなのに。どちらの道も選べなくて、彼になら撃たれてもいいって思っていたのに。
卑怯だ。そんなことを言うなんて。そんなこと言われたら・・・・・・
「・・・・・・ぅぅ・・・・っく・・・ひっく・・・・・」
通信回線から嗚咽が聞こえる。
モニターには、泣いているミントが見える。
彼女を泣かせるために、こんなことを言ったのではない。
ただ、あきらめてほしくなかった。
「・・・ミント・・・」
「・・・・・・・・・」
返事はなく、微かな嗚咽が聞こえるだけだった。
それでも、今ここでミントに伝えなければいけない。
「――――――待ってて、必ず・・・迎えにくるから」
「――――・・・え・・・?」
「ヴェインスレイ軍としてじゃない。・・・僕個人として、そして、エンジェル隊のミント・ブラマンシュじゃなくて、ミント個人を迎えにくるから・・・」
そう、初めてだ。
初めて、たった一人のために戦おうと誓ったのだ。
そのためなら、どんなことでもやってみせる。
「だから・・・っっ!!」
瞬間、京介は機体を加速させ、光る右手をテフラ・トリックマスターに叩き込んだ。
「っっ!?」
「ミントも・・・諦めないで!!何をしても、どれだけ惨めで情けなくたって、諦めないで欲しいんだ!!」
「・・・京介、さん・・・・・・」
「必ず・・・必ずあるから!!エンジェル隊っていう居場所を失わずに、もう一度再会する方法が!!――――――僕も諦めずに探すから、だからミントも・・・絶対に挫けないでくれっっ!!」
刹那、叫びと共に右手の光を叩き込んだ。
“エーテル・ドレインアーク”――――――相手の稼動エネルギーに空間上のエーテルを反応させ、瞬時にエネルギーをエーテルとして大量に消耗。それらを機体越しに奪い取り、自身のセフィロート・クリスタルと反応させエネルギーを供給する。――――――これらの働きが、まるで相手のエネルギーを奪い取るようなことから、この名が付けられた。
しかも京介は自機のエネルギーを大量消費し、一気にテフラ・トリックマスターの全てのエネルギーを奪い去った。
「エ、エネルギーが・・・っっ!?」
「・・・これが、この機体の新システムだ。―――これなら、テフラ・トリックマスターは戦闘続行出来ずに、撤退するしかないよね・・・?」
「・・・・・・!」
まさに、相手を破壊せずに無力化させるシステム。京介が望んだ、京介の意志が具現化したようなシステムだった。
更にその際の衝撃で、エンドオブウォーズはテフラ・トリックマスターをエルシオールの方向へ吹っ飛ばした。
「きゃ・・・!?」
「ごめんミント。僕は・・・行かないと」
「・・・・・・京介さん」
「約束だよ!!必ず、迎えにくるからっっ!!必ずっっ!!」
言って、エンドオブウォーズは一直線にアークトゥルスへ突入していった。
大気熱で視界が赤くなっていく中、京介はテフラ・トリックマスターに振り返った。
(・・・ミント・・・・・・)
愛しく思う少女を想う。
ただ、きちっと告白の返事を聞けなかったのが少しだけ残念だった。
だけど、むしろそれは京介の力となった。
いつか、ちゃんと返事を聞く。そのために・・・・・・
意志を固め、京介はアークトゥルスへ大気圏突入を果たした。
(京介さん・・・・・・)
同じく、ミントはアークトゥルスへ突入していく京介の機体を見送った。
彼のやろうとしていることは、あまりに難しいことだ。ハッキリ言って非現実すぎる。
けれど、彼は約束してくれた。
どれだけ困難だろうと、必ず迎えに来てくれると。
ならば、信じよう。初めて恋した、彼の言葉を。
「・・・信じますわ。あなたの言葉を、約束を・・・・・・」
そうして、ミントは静かに目を閉じた。
あきれるぐらいに優しすぎる、京介のことを想いながら。
流した涙は、いつしか止まっていた。