第二十四章「絆の双刃」
アークトゥルスの第一方面海域上空にて、今だエターナル・ラストクルセイダー、ギャラクシーウイング、ネイティブ・ヴァナディース、アルティメットラッキースターの4機は激闘を終わることなく繰り広げていた。
エネルギーの問題から、展開していたシリンダーは一時的に回収しており、空を包む“光の渦”こそないものの、その動きに欠片も停滞は見られず、他の者の追随を許さぬ戦闘に変わりはなかった。
「そこだっっ!!」
タクトは“アジリティ・システム”の斥力を発動させ、エターナル・ラストクルセイダーを反発により吹き飛ばし、その流れを持ったままネイティブ・ヴァナディースへ鋭いキックを繰り出した。
ちょうどその瞬間、ネイティブ・ヴァナディースはアルティメットラッキースターへ射撃を行っており、咄嗟に繰り出されたキックに対応できず、そのまま蹴り飛ばされる。
そう、これが現状を打破するもっとも有効な手段だった。
どうにかしてでも、どちらか一機を撃墜する。
この見事なまでに均衡している戦力は、本当に絶妙なバランスで保たれている。故に、どちらかが欠けた方が、非常に不利となる。
「美奈っっ!!―――くそっっ!!!」
「ミルフィーッッ!!今だっっ!!」
「う――――――っっく!!」
「ええええぇぇぇぇいっっっっ!!!!」
4人が同時に叫ぶ。
裕樹は即座にタクトの機体、ギャラクシーウイングへ牽制としてレールライフルを連射したが、すでに遅い。
タクトは背面からのエターナル・ラストクルセイダーのレールライフルを回避しつつ、即座に武器を持ち替え、“ハウリングバスターキャノン”、“オメガブラスター”でエターナル・ラストクルセイダーを狙い返した。
ギャラクシーウイングに蹴り飛ばされた美奈は、即座に体制を立て直すが、その瞬間には機体がロックされていた。
ミルフィーユは蹴り飛ばされたネイティブ・ヴァナディースを逃すことなく、そして容赦なく“ハイパーキャノン・カスタム”で照準に捉えた。
「――――――っっ!!ロックされた―――!?」
「これで・・・・・・っっっ!!!」
ミルフィーユは半ば確信した。
確実に捉えた。
視界に映るネイティブ・ヴァナディースは体勢を即座に立て直しているが、刹那の瞬間――――――秒間もないほどの僅かな自動機体制御、その瞬間を、ミルフィーユは逃さなかった。
終わる。
H.A.L.Oは問題ない。
だから後は、このトリガーを引くだけ。
それで、終わる。全てが終わる。
そう、これで―――――――――
「ハイパーキャ――――――」
「やめろぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!」
――――――刹那、戦闘を瞬間とはいえ、止めてしまうほどの叫びが轟いた。
「なっ!?」
「えっ!?」
「なにっ!?」
「――――っっ!!」
直後、対艦刀並の大きさを持つビームブーメランが、高速でアルティメットラッキースターに襲い掛かる。それをミルフィーユは間一髪のところで強化エネルギーシールドを展開するが、防ぎきれずに大きく吹き飛ばされる。
「ミルフィーッッ!!」
タクトは咄嗟にミルフィーユを庇うように移動し、裕樹も同様に美奈と並んで放たれた巨大なビームブーメランが返っていく方向を見上げた。
そこに、居た。
まるで太陽風を表すかのような、中心が赤く、外側にいくにつれ橙、黄、緑と変わっていく特徴的なカラーリングを持つ機体。細部こそ違うものの、その機体は誰の目にも見覚えがあるものだった。
「グランディウス・・・正樹――――――!?」
巨大なビームブーメランを受け取る。
右手に持つ対艦刀、そして左手に持つ対艦刀と同じ長さを持つビームブーメラン。太陽を背に巨大な双刃を構える姿は、ただ雄々しく存在していた。
「いい加減にしやがれ!!お前等っっ!!」
凄まじい怒気と共に叫ぶ正樹に、4人はただ呆然とするしかなかった。
「なんでお前等が・・・・・・戦友同士なのに・・・俺の、大事な人同士で、よくもっっっ!!!!」
困惑する。動揺する。混乱する。
正樹がここにいる意味が。
正樹が新しいグランディウスに乗っている意味が。
正樹が言っている、言葉の意味が。
「――――――裕樹・・・っっ!!なんで、なんでお前までそうなんだよ!!」
「・・・正樹?」
「何よりも、誰よりも、――――――自分よりも、他人を大事にするお前が、なにやってんだよ!?」
「――――――っっ!!」
「美奈も!!お前、前に言ってたじゃねぇか!!ミルフィーは、大事な妹だって!!――――――それを・・・家族を、自分の手で殺す気かお前っっ!!」
「――――――え・・・!?」
裕樹も美奈も、まるで正樹に殴られたかのような錯覚を感じた。
言われて、初めて冷静になれた。
正樹の言うとおりだ。どうして、自分たちはタクトとミルフィーユを殺すほどに敵意を出していたのだろうか。
本人たちは知らなくとも、この瞬間、運命は変革されていた。
正樹の行動、言葉によって裕樹と美奈から、タクトとミルフィーユに対する殺意は完全に消え去った。
戦い、殺しあうはずの運命は、ここに変えられたのだ。
「あ、えっ・・・と・・・」
「・・・正、樹・・・」
「ようやく目ぇ覚ましたか馬鹿野郎」
今だ呆然となっているものの、タクトとミルフィーユへのむき出しの殺意は完全に消え去っていた。
「正気に戻る・・・というより、我に返る、のほうが言葉があってるかしら?」
「な・・・彩も乗ってるのか!?」
「やっほー裕樹、美奈。久しぶり」
呆然とする裕樹と美奈を見て、思わず笑いそうになる正樹だが、――――――直後のビームをギリギリのところでシールドで防いだ。
「な・・・・・・タクト!?」
ギャラクシーウイングの手には、長砲身ビームキャノンが構えられており、今だこちらをロックしていた。
「正樹――――――っっ!!君まで、俺たちと敵対する気なのか!?」
「な・・・!?これだけ言っても、わかんねぇのか!?タクトッッ!!」
驚愕する正樹に、タクトは静かに呟いた。
「今更―――――――――」
誰かの言葉に、自分の信念が揺らいではいけない。
誰かの言葉に、自分の心が動いてはいけない。
自分は、人の上に立ってしまっているのだ。
それに、今更変えるつもりはない。
命を懸けてでも守ると誓った存在。ミルフィーユと、エリスを守ると。今度こそ、守ってみせると。
だからその敵を、危険を呼び起こす敵を倒すと、誓ったのだから。
「今更―――――――――退くわけにはいかないんだっっっっっ!!!!」
「っっっのヤロォォォッッッ!!!」
正樹は即座に戦闘思考に切り替える。
元々、説得だけでなんとかなるなんで思ってはいない。
だからこその新しい力、“コロナ・グランディウス”なのだ。
力づくでなんとかするのではない。
力でしか止められないから、力を使い、動くのだ。
ホーリーセイバーを構え、突撃してくるギャラクシーウイングに正樹は先の手がわかりきったように、超大型のビームブーメランを投げつけた。
タクトはその大質量からシールドで防がず、“アジリティ・システム”の斥力を発動させる。
――――――が、予想外の事態になった。
斥力を発動させているのにビームブーメランを跳ね返せない。今だに機体の目の前で回転し続けているのだ。
対艦刀並の質量を持つ巨大なビームブーメランだからこそ、斥力程度の反発で弾き返せるわけがない。
「な・・・っ!?こんな・・・!?」
「見せすぎなんだよ、タクトッッ!!」
同時に、コロナ・グランディウスは連結式大型プラズマ集束ビーム砲“ファントムファング”をギャラクシーウイングへ向けて構える。
「そのアジリティ・システムってのは引力も斥力も発動させられるやっかいなモンだ。――――――けどな、万能じゃない。大方、斥力なんてのは機体周囲に発動させているから、その間は自分からは射撃が出来ねぇんだろ」
「――――――っっ!!」
弱点を見抜かれ、思わず唖然とするタクトだが、正樹にとっては当然のことだった。
何より、正樹はエンジェル隊や裕樹よりも戦闘経験が圧倒的に長い、戦闘の達人なのだ。対して、タクトは腕前こそ超一流だが、戦闘経験においては正樹にはとても敵わない。そのため、タクトはその経験値不足を“EDEN”の適応力で補ってきた。
だが、こうした正樹の戦闘洞察力に関してはEDENでもどうすることも出来ない、経験の成せる業なのだ。
「これを受けても耐えられるか!?」
斥力の限界を突破すべく、正樹は大型プラズマ集束ビーム砲“ファントムファング”を容赦なく発射した。
――――――刹那、ギャラクシーウイングを包み込むかのような光の膜、そして光の盾がファントムファングを反動なしで反射させた。
「なっ!?これ・・・ミルフィー!?」
いつの間にか展開されていた最強の盾“テルア・リラメクス”がギャラクシーウイングを護ったのだ。それはすなわち、ミルフィーユも戦う意志を持ったままだということだった。
「ミルフィー!?どういうつもりだ!?」
「――――――タクトさんは、私が・・・・・・私が守るって、そう決めたからっっ!!」
「だから、傷つけようとする人は許さないってワケかよっっ!?」
「――――――そうですっっ!!」
わかっていた。
わかっていた。――――――けど、どうしてこうなってしまうのだろう。
どうして世界は、こんなことをさせるのだろう。
それがこの上なく、悲しかった。
直後、ミルフィーユは一切の躊躇すらなく、コロナ・グランディウスへ“クロノ・インパクト・キャノン”を発射。それを―――――――――エターナル・ラストクルセイダーとネイティブ・ヴァナディースがバリアシールドで防いだ。
「裕樹、美奈!?」
「正樹、彩、大丈夫?」
「正樹、俺は・・・・・・」
それぞれ思うことはあるだろうが、今は助かる。
今は何が何でもタクトとミルフィーユを退けなければならない。今の彼等に説得は不可能だろう。状況が悪すぎる。
だけど、それでも正樹は自分の意志を伝えなければならなかった。
「裕樹、俺は・・・ヴェインスレイ軍につくつもりはねぇぞ」
「・・・わかってる。だから、今は協力してほしい。タクトとミルフィーユに・・・退いてもらうために!!」
「オーケー、上等だ!!行くぜ裕樹、美奈!!」
「おう!!」
「まっかせて!!」
それぞれ後翼を展開し、正樹、裕樹、美奈はタクト、ミルフィーユへ戦闘を再開した。
殺すのではなく、倒すだけの戦闘を。
一方、すでにアークトゥルスへ降下し、支援を行っていた京介にも“コロナ・グランディウス”を確認していた。
どうなるかが非常に心配だったが、どうやら裕樹たちと協力するようで、思わずホッとする。
すでにヴェインスレイ軍がアークトゥルスに降下しており、“セイカーディナル”が飛び交い、“エルドガーネット”が鉄壁の防衛線を形成しつつある。どう考えても、劣勢だった状況が徐々に優勢になりつつある。何より、トランスバール軍のエースたちを裕樹たちが撃墜、あるいは今もこうして抑えているのが大きな要因である。
――――――直後、機体“エンドオブウォーズ”のアラートが鳴り響き、反射的に機体をとんぼ返りさせビームを回避する。
「!?あの機体・・・バルキサス、なのか?」
“ティアル・ライフル”を向けているその機体、トランスバール軍の最新鋭量産機“バルキサス”に非常によく似ているが、見慣れない武装を装備している他、カラーリングが白をメインとしており、明らかにチューンナップされているようだった。
―――――――――その名を、“Σバルキサス”。タクトの妹、エリスが搭乗する専用機であった。
両機は対角線上に移動しつつ、ライフルを連射、互いにシールドで防ぎながら距離を狭めていく。
その間に京介は敵機の奇妙な違和感を感じ取る。
(あの機体・・・なんだ、あの動き・・・?)
なんというか、全ての動きに硬化時間が存在していない。
ライフルを放つ際、ロックオン対象に向かって自動照準補正が働く瞬間、そしてライフル、あるいはシールドで防いだ直後の一瞬の姿勢制御。それらの硬化時間が、なんというか、全てキャンセルされているような動き。
それがΣバルキサスの“キャンセル・リターンシステム”の恩恵であることなど、京介が知るよしもなかった。
「だけど・・・僕でも勝てない相手じゃない―――!!」
瞬時にストライクセイバーを構え敵機に肉薄し、相手もそれに同調するかのように瞬時にサーベルに持ち替え、互いにシールドに激突する。
「もうやめろっっ!!トランスバール軍に勝ち目はない!!撤退してくれ!!」
オープンチャンネルでの呼びかけに、向こうも通信を繋げたようだ。
「そんな言葉で・・・・・・どういうつもりです!?」
回線だけでなく、モニター画面もリンクされ相手パイロットの顔が映し出される。
(この、娘・・・!?)
パイロットが少女だったことに驚きはない。が、この顔、見覚えがあった。先日のEDENでのプレリュード軍との戦闘の後、敵AGから救出された―――――――――
(タクト・マイヤーズの、妹)
ならば尚更これ以上戦うわけにはいかない。
京介は少女を見据えながら話した。
「これ以上の戦闘になんの意味がある!?」
「・・・あなたたちが戦うから、私たちも戦わないといけないんです!!」
「そんな理屈・・・!?」
京介はせり合いから相手を蹴り飛ばし、即座にシリンダーを展開。一斉射する。が、Σバルキサスは驚異的ともいえる、鋭角移動の連続で全てを避けきり、再び両機はビームを激しく撃ち合う。
「どうして戦うんですか!?どうして・・・放っておいてくれないんですか!?」
「君は、なんにもわかってないっっ!!」
Σバルキサスの放ったビームブーメランを京介は“ストライクセイバー”とバリアシールドで弾き防ぐ。その隙にΣバルキサスは肉薄し、再度両機は刃をぶつけ合う。
「戦うのが・・・戦うことがそんなに大事なんですか!?」
エリスの言葉に京介は激しい怒りを覚える。
誰よりも自分は、戦うことが嫌いなのに。
「僕は・・・僕だって戦いたくはない・・・――――――けど、今、戦わないと取り戻すことが・・・!!――――――ミントとの、約束を果たさないといけないんだっっ!!!」
京介の瞳の奥で6つの結晶が集束し、光の粒子と共に弾け、解放した。
せり合っているそのままの状態から、本来防御用のビームウィップを両肩、両腰から展開。振り下ろされたビームの鞭をΣバルキサスは即座に後退して回避―――――――――目の前にエンドオブウォーズが迫っていた。
「っっ!?」
胸部の熱プラズマ複合連装砲「ギガスティンガー」とハイパーティアル・ライフルを瞬速の速さで発射。そのシールドの破壊を狙った攻撃は案の定、Σバルキサスの強化型エネルギーシールドを撃ち破り、同時に吹き飛ばす。
「きゃっ!?・・・こ、の・・・!!」
エリスは衝撃による姿勢制御をキャンセルし、即座にティアル・ライフルを構えたが、
――――――それを、京介は“ストライクセイバー”ですれ違い様に右腕ごと斬り飛ばした。
Σバルキサスはダメージコントロールにより、攻撃手段の多くを失っていた。それは即ち、目の前の相手への勝算が大きく下がったということだ。
「私・・・こんなところで・・・」
「撤退しろ!!もう下がれっっ!!」
京介の叫びに後押しされたのか、Σバルキサスは即座に方向転換、撤退していったようだ。
(下がって・・・くれたか)
稀に玉砕覚悟で挑んでくるパイロットもおり、その場合は自分も覚悟を決めなければならないが、素直に引いてくれるパイロットだと助かる。それが甘いとは解っているが、それでも自分にとっては最善の行動なのだ。
『――――――京介、さん・・・!!』
レーダーに映るリザレクト・ハーベスターと通信からヴァニラが来たのを確認し、思わず張り詰めていた気を抜いた。
「ヴァニラ、裕樹たちは?」
「・・・それが、とても手を出せるような状況では・・・・・・」
仕方ないといえば仕方ない。
ならば彼等の変わりに、自分に出来ることをやるだけだ。
「――――――ヴァニラ、防衛基地本部へ行こう。今、あそこが一番困っているはずだから」
「・・・了解、です・・・」
京介とヴァニラは機体を翻し、激戦区である場所へ向かった。
先程まで完全に均衡を維持していた裕樹、タクトたちの戦闘は正樹の介入によってそのバランスを崩しつつあった。
裕樹とタクト、美奈とミルフィーユが戦っているのは同じだが、そこに正樹の援護が入るだけでガラリと変わってくる。
何より、今の正樹には迷いがない。それが――――――いや、それだけで正樹の腕は裕樹やタクトに匹敵するものとなっていた。
エターナル・ラストクルセイダーの斬りかかるタイミングに合わせて、正樹も“トリプル・ティアル・ライフル”を連射し、即座に振り返りつつアルティメットラッキースターへ向けて大型ビームブーメランを投げつける。
「正樹後ろ!!」
「っっ!!」
彩の叫びだけで正樹は機体を即座に反り返らせ、鋭角的に移動。そのコロナ・グランディウスの脇をギャラクシーウイングの放ったビームが突き抜ける。
だがエターナル・ラストクルセイダーが即座にギャラクシーウイングへ追撃を開始したため、こちらを追撃出来なくなる。
その隙に返ってきた大型ビームブーメランを回収、左手に持ちつつ、右手に対艦刀を構えアルティメットラッキースターへ迫る。
「ミルフィーッッ!!いい加減にしやがれっっ!!」
それに対応したのかアルティメットラッキースターは“エンジェル・シリンダー”をこちらに向けてきた。だが遅い。すでにこちらも“ハイパーエーテル・シリンダー”を展開している。
互いに八機のシリンダーはそれぞれ互いの攻撃を相殺しあい、――――――それがまずかった。その隙にネイティブ・ヴァナディースのビーム&レールライフル“ヴァルキリー”が火を吹き、アルティメットラッキースターの装甲表面を焼き削った。
その隙を、正樹が逃すはずがなかった。
「テルア・リラメクスッッ!!!」
「通じるかぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
手にした双刃、二つの対艦刀を容赦なくアルティメットラッキースターへ振り下ろす。
いかに“テルア・リラメクス”が最強の盾だとしても、それは射撃兵器に対してのみ。加えてこちらはそういった防壁を撃ち破るための対艦刀である。ならば、後は出力に任せて突き破るのみ。
「うおおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」
「っっ!!このままだと・・・!!」
双刃が光の盾を突き破り、アルティメットラッキースターのスラスターに届く。――――――その直前、コロナ・グランディウスにビームが降りそそぐ。
「っっ!?」
振り返り様、コロナ・グランディウスは赤い装甲表面で受け止め、ビームを弾き飛ばす。だがそのためアルティメットラッキースターとの距離が開いてしまい、気にする間もなくビームを放った機体が斬りかかってきた。
「ゼファー・ラーム!?エクスか!?」
「・・・正樹さん!!」
対艦刀並の出力を誇る銃剣“オメガ”を、対艦刀“ディヴァインブレード”で受け止める。
対艦刀同士の大出力を誇る剣戟に、両機は耐え切れずに弾き飛ぶ。
その場で両機は留まり、互いに対峙し合った。
「くそっ、やらせるかっっ!!」
「正樹、気をつけてね!!」
裕樹と美奈が即座に再びタクト、ミルフィーユを食い止める。何はともかく、相手も三機目の機体が来てしまったのだから、正樹が一対一で戦わなければならない。今の裕樹と美奈に正樹を援護できる余裕などなのだ。
修理、補給を終えたゼファー・ラームは、エターナル・ラストクルセイダーに破壊された武装も再装備し、万全の体勢だった。
正樹も彩も、この機体の手強さを知り尽くしている。故に、対抗策を捻っていたのだが突如、エクスからオープンチャンネルで回線が繋がってきた。
「そのIG・・・グランディウス、ですよね。―――ならやっぱり正樹さんなんですか・・・?」
確信の持てないエクスの声に、正樹は正面から答えた。
「――――――ああ、そうだ」
「・・・なに、してんですか」
「今更説明する意味があるか?見て解らねぇわけでもねぇだろ」
それが遠まわしにエルシオールを離反したことを肯定したのだと解り、エクスは激昂した。
「なんで!?どうしてそんなことするんですか!?」
「さあ?まぁ簡単に言えば考えが一致しないから、じゃねぇか?」
「アンタ、真面目に・・・!!」
どこまでもふざけているようにしか聞こえない正樹の態度に、エクスは混乱以上に怒りを覚える。
「お前と一緒だ、エクス」
「な・・・・・・っっ!?」
「俺にもな、ようやく自分で信じられる道が出来たんだよ」
だから、後は突き進むだけだと。言わなくとも伝わる言葉を正樹は飲み込んだ。
その言葉をどうとったのだろうか。
エクスは無言のまま、ただモニター越しにこちらを凝視していた。
それを、正樹は信じられない言葉で終わらせた。
「―――――なんだ、かかってこねぇのか」
「な――――――?」
「ま、そのほうがラクだけどな。――――――けどな、お前の信念が少しでも許せねぇってんなら、俺は相手になってやる。今更、戦わないですむなんて綺麗事をぬかすつもりはねぇ」
「――――――正樹、さん」
それが、今ここで退いたら自分の信念が揺らいでしまうと、忠告していた。
なんて人だ。
今更、こうして対峙しているのにこちらを気にかけている。今、自分たちは戦争をしているというのに。
そこで、エクスはようやく自分の勘違いに気づいた。
ああ、そうか。この人は戦争をしているんじゃないんだ。
子どもみたいに、ただケンカをしようって言っているんだ。
複雑な事情とかそんなのを考えずに、ただ互いの思いをぶつけようと。
「――――――はは・・・っっ」
エクスは納得したように乾いた笑いをこぼし、
直後、銃剣オメガを構えてコロナ・グランディウスへ突撃した。
彼の様子、行動を少女、キャロルは常に見ていた。
彼、神崎正樹が新しい機体に乗って現れた時から、今こうしてゼファー・ラームと激突している時まで、ずっと。
だが、キャロルは動かなかった。
キャロルが最後に受けた、エクスからの命令。
――――――“俺が呼ぶまで、キャロルは待機してて”
だから、キャロルは動かなかった。
とっくにキャロルの紋章機“ファウンダー”の補給整備は完了していていつでも再出撃できる状況なのに、だ。
ただ、命令されたから。
だから、キャロルは動かなかった。
目の前で正樹が、――――――劣勢に追い込まれていようと。
「――――――・・・」
ふと、突然キャロルの脳裏に浮かんだものがあった。
それは、この先。未来のことである。
今、こうして激闘を続けている正樹だが、――――――――――――――――――――
と、そう考えることが意味のないことだと思い、やめた。
そう、らしくない。
いつだって、私はそんな余計なことは考えなかった。
だから今回もいつも通りに。
――――――――――――もし、このまま戦いを終えたら、――――――――――――
浮かんだ言葉を振り払う。
何故だろう。
どうして、私はあの人のことを考えているのだろう。
いや、正直に言えばいつだって思っていた。
何をするにしても微かに、頭の端のほうに彼のことを考えていた。
それが感情なのか、本能なのかもわからない。
何故か、心が苦しくなったので考えるのをやめようとした。
なのに、やめようとしているのに思うのは正樹のことばかりで―――――――――
――――――――――――彼は、戻ってくるのだろうか?――――――――――――
頭に浮かんだ言葉を気にしないように、キャロルは自然と答えを浮かべた。
そう、いつだって彼のことを考えていたのだからわからないはずがない。
あの人は驚くほどに複雑そうで、それでいて笑えるくらい単純なのだから。
ああ、だから、
―――――――――帰ってくるはずない。
そう結論した瞬間、例えようのない不安に襲われた。
そう、帰ってくるはずがない。彼がここにいるという時点で、それはつまりエルシオールから離反したという意味なのだから。
それはつまり、彼は帰ってこない。―――――――――――――――――――――――逢えない
だから、私の戻る場所に彼はいない。――――――――――――――――――――――もう、二度と
愕然と、なった。
そう思うことが不思議でそうなることに疑問が溢れ出てなのにどうしてか足が震えて目の奥が熱くて体も震えて寒くないのに両手で自分を抱きしめて喉がカラカラで胸に穴が空いた感じでいつのまにか膝をついててただ床を震える目で見つめて怖くて震えて目が熱くなって目まで震えて不安で絶望で悲しくて怖くて大事な何かを無くしてしまう喪失感に襲われた。
いつのまにか、彼のことが、
大事な無くしたくない大切な、―――の拠り所になっていた。
信じられなかった。
何より、自分が。
心無き天使が、彼を心の拠り所にしていたことが。
そう思った直後、キャロルは動いた。
初めて、キャロルは自分の意志で動いた。
自分が何を考えているのか、何をしようとしているのかも解らない。
ただ、このままだと彼は行ってしまう。
自分の手の届かない遠くへ。
それが、―――――――――それだけが、怖かった。
キャロルはファウンダーに乗り込み、エンジンを機動させる。
整備員たちは驚いた様子だったが、出撃することがわかったらしくハッチを開けてくれた。
私は、何をしようとしているのだろう。
わからないけど、伝えないと。
今まで自分を見ていた彼に、“言わないと”。
でないと、彼には伝わらないから。
だから・・・・・・・・・
そうして、キャロルはファウンダーを発進させた。
何も考えず、ただ、彼のところへ。
「でやぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
「―――――っっ!!」
ゼファー・ラームのオメガを構えた突撃をコロナ・グランディウスは対艦刀“ディヴァインブレード”をもって対抗する。だがその速度、音速に迫るともいえる速さを受けきることはできない。
両機、互いに刃を弾きあい即座にライフルに持ち替えビームを放つ。ビームスラッグとティアル・ライフルの光弾が激突し、光が急激に膨張する。――――――それでも、互いに動きを緩めることはなかった。
「っっっっ!!!!」
「っっっぁあぁぁぁぁ!!!!」
正樹は超大型のビームブーメランを投げつけ、エクスはそれを全力を持って弾き逸らした。
「!?」
直後、肉薄していたコロナ・グランディウスにエクスはアジリティ・システムの斥力を発動。機体を大きく吹き飛ばす。
その予想外の対応に正樹は舌を巻いた。
理屈、心理的に戦うタクトとは違い、エクスはただ己が直感だけを頼りに戦っているのだ。
故に戦い方に規則性など存在しない。
直感は、極めれば瞬間的な未来予測すら可能とされる。いわば、自分にとってより良い因果を引き寄せられる才能なのだ。
「ったく、ふざけてやがる・・・!!」
超大型ビームブーメランを投げつけ、意図的にアジリティ・システムを使わせようとしたが、エクスは直感からその予測を裏切り、一番使われたくないタイミングで斥力を発動させたのだ。
迫るゼファー・ラームに胸部連装レーザー放射兵装「バーストスティンガー」を発射するが、驚異的な速度で回避され、逆に高インパルス長射程ロングバレルビーム砲「ハイパーメガバスター」を放たれ、無理な姿勢からシールドを展開して受け止める。
「そこだぁっっ!!」
直後、そのタイミングで“アジリティ・システム”の引力を発動され、急激に引き寄せられる。
「っっのやろっっ!?」
「正樹!?」
「つかまってろ彩っっ!!」
振りかぶるオメガに対し、正樹は絶妙のタイミングで“ハイパーエーテル・シリンダー”を展開と同時に発射。その8本の光状にゼファー・ラームは已む無く進行を妨げられた。
「冗談じゃねぇ・・・あれでつい数ヶ月前まで実戦経験が無かったってのか」
「エクス・・・彼、常識外れの適応力を持ってるわね」
「だな。―――ケンカ売らなきゃよかったぜ」
隣の彩に冗談まじりに答え、再び迫ろうとしているゼファー・ラームに目を向ける。
――――――その間を、外部からのビームが遮った。
「なっ!」
「誰だ!?」
放たれた射線の先には―――――――――黒い紋章機が存在していた。
「な・・・キャロル・・・!?」
驚愕を憶える。
黒い紋章機、“ファウンダー”は立て続けにゼファー・ラームに攻撃を加えたのだ。
「えっっ!?」
咄嗟のことに対応できず、エクスはそれらの攻撃を回避するだけで精一杯だった。
同様に、正樹も対応に困っていた。
キャロルの真意がわからない。
あの無口な少女は、味方であるはずのエクスを攻撃し、敵であるはずの自分を庇ったのだ。
それが、誰かに命令されたのではないということは、正樹も彩も即座に見抜いていた。
だからこそ、少女の真意がわからない。
どうして、自分たちを庇うような真似を・・・?
そんなことをすればエルシオール、トランスバールに反逆していると見なされても仕方ないのに、だ。
「・・・キャロル?」
正樹はファウンダーに通信回線を繋げ、キャロルに呼びかける。
その返事とばかりに通信が繋がり、モニターが表示される。
そこに映る少女。だが、どこか様子がおかしかった。
無表情なはずなのに、何故か、その顔が泣いているように見える。
それが、正樹の心をやけに抉った。
「キャロル・・・どうした?」
もう一度、呼びかける。
それに、応えが返ってきた。
「――――――え」
正樹も彩も、声を揃えた。
返ってきた。
――――――なにが、返ってきた?
そう、応えが。
――――――応えが?
驚いた顔をしていると、もう一度だけ、応えてくれた。
小さな、微かな、精一杯の勇気で。
「・・・・・・・・・置いて、いかないで・・・・・・ください・・・・・・・・・」
それが、初めて聞いたキャロルの声だと理解するのにたっぷり時間が掛かってしまった。
「キャロ・・・ル・・・?」
呆然とした。
たったそれだけのことでエルシオールを裏切るような行為をしたことを理解しつつも、少女が自分の帰る居場所を自分で潰してしまったことよりも、――――――ただ、キャロルの声を聞けたことに。
綺麗だった。この上なく、綺麗で、透き通るような・・・幼い少女の声だった。
ああ、初めてだ。
キャロルが、涙を流しているのを見るのが。
純粋だからわかる。ただ、自分について来た。それだけのために、少女は全てを投げ出しているのだと。
「キャロル・・・」
だからこそ、正樹は優しい笑顔で―――――――――
――――――――――ビームが、ファウンダーに襲い掛かった。
「なっ・・・エクスッッ!!」
お返しとばかりにファウンダーにビームを放ったのはゼファー・ラームであった。
「どいてくれキャロル!!俺は・・・その人と決着をつけないといけないんだっっ!!」
「っっ!!キャロル離れてろ!!」
迫るゼファー・ラームに対してコロナ・グランディウスも対艦刀を構え、
――――――瞬間、時間が凍った。
ゼファー・ラームからのビームを回避した後、ゼファー・ラームはあの人の機体へ突撃していった。
止めないと。
ただ、それだけを思った。
私のせいであの人が傷つくなんて、許せない。
けれどどうすれば?
純粋な戦闘力、機体性能でゼファー・ラームにもエクスにも勝つことは出来ない。
けれど、力で力に対抗する必要などない。
私の機体“ファウンダー”は初のステルス機と呼ばれた紋章機。
翼と剣のエンブレムが刻まれた時点で、この紋章機はシャトヤーンですら知らない機能が付属されている。
そう、真正面から敵わないのなら、挑まなければいい。
この紋章機はステルス機。
ならば、隠れてしまえばいい。
戦力分析。――――――“光の幻影”使用不可。
あれは宇宙空間か、もしくは夜の時でないと効果がない。
解析→戦力分析。――――――光学迷彩、使用不可。
今だそのシステムは解放されておらず、クレータ班長の整備もそこまで進んでいない。
限界解析→戦力分析。―――――――――該当。“因果凌駕せし存在世界”
簡単なことだ。
隠れてしまえばいい。
視覚的でもなく、空間的でもなく、――――――――――――そう、世界から隠れてしまえばいい。
直後の光景を、正樹は即座に信じる事が出来なかった。
ファウンダーから、“光の翼”が出現している。
紋章機から光の翼が出現することはそう不思議ではない。だが、キャロルの機体に現れた。
心無き天使と呼ばれたキャロルはH.A.L.Oシステムに変動が見られず、常に一定の出力しか出ないはずだった。
それが今、光の翼を出現させるまでに高まっている―――――――!!
「キャロルッッ!?」
その叫びに答えたのか、ファウンダーの光が一層強まって、
――――――頭に、言葉が入ってきた。
キャロルは叫んでいないのに、何も言っていないのに、ただ、その真名が唱えられた。
―――――――――クォーズ・ティラス・クォーナ―――――――――
瞬間、目の前からファウンダーが消えた。
レーダーからも、視界からも、モニターからも消えた。
隠れたのではない。消えたのだ。
「・・・な・・・え・・・?」
唖然とする正樹。――――――その目の前で、ゼファー・ラームがビームの集中豪雨を受けていた。
「うわぁぁぁぁっっっっ!!!???」
それは恐らくキャロルの攻撃なのだろう。なのに、ビームを放っても軌跡から機体の姿が追尾できない。
と、正樹はエクスの叫びにとてつもない違和感を覚えた。
「なんだっっ!?一体誰の攻撃なんだっっ!!??」
「・・・なに、言ってんだ、アイツ・・・」
違和感を覚える正樹の前で、今度は彩が不思議そうに告げた。
「ねえ正樹・・・ゼファー・ラーム、誰にやられてるの?」
「――――――――は?」
言ってる意味がわからない。
彩は、何を言っている?
「誰って・・・ファウンダーに決まってるだろ、多分」
「ファウン、ダー・・・?何、それ」
「あぁ?だから!キャロルの紋章機に決まってるだろ!?」
「その、キャロルって・・・誰?」
「―――――――――な・・・?」
今度こそおかしすぎる。
(彩が、キャロルを忘れて・・・いや、知らない?)
そんな、まるでキャロルがこの世界に居ないかのような、
―――――――瞬間、再び時間が凍結したような感覚に襲われた。
刹那を永遠に加速させる中、頭に知らない知識が刻まれていく。
それがキャロルのせいなのだと、正樹は即座に理解した。
――――――キャロル!?一体、何をしやがった!?
それに、ただ答えだけが頭の中に刻まれた。
存在を凌駕するファウンダーの真なる必殺技――――――“クォーズ・ティラス・クォーナ”
世界に対する存在の認知を自分とただ一人、正樹にだけに移し変え、世界からほぼ全ての自己に対する存在認知を無くし、虚数空間の狭間から攻撃を加える必殺技。――――――H.A.L.Oを極限まで自身の心の内包へ働きかけ、世界に存在している自分と機体に対する存在認知を遮断し、生み出した内包世界に沿って虚数空間の狭間へと姿を隠している。
そもそも、世界に個々の存在が認知されるしくみは、自分が世界に存在していると認め、周りの誰かがその存在を認め、初めて世界に自分という存在が確定されるのである。
――――――よりわかりやすく解説すると、キャロルという人物が世界に存在できるのは、キャロル自身が自分の存在を認めて(つまり理解して)おり、尚かつ周りもこの少女がキャロルという人物なのだと認めて、初めて世界に自分の存在を維持できるのである。そのため、名前をよく知られている人物が存在感がとてもあり、反対に名前があまり知らない人物は影が薄いとされ、存在感が薄いとされるのはその由縁である。
つまり、この世界の誰からもキャロルという人物を忘れさせ、世界からも忘れさせる、というものなのだ。今、キャロルという存在を認知しているのはキャロル本人と、繋ぎ役である正樹だけである。その結果としてキャロルの存在を極限まで消去させるギリギリの状態を生み出しているのだ。
だが、この必殺技を発動するに当たって、世界に対する存在の認知を自分一人だけにしてしまうと、常に自身を意識していないと逆に世界から完全に消去されてしまう。その繋ぎ役として、キャロルは正樹だけに自身の存在を認知させているのである。
だが、決して世界から居なくなっているのではなく、世界の認知力を極限まで弱めているため、存在の半分近くが虚数空間に侵食されているだけなので、通常兵器は普通に放つことが可能なのである。
――――――んな、デタラメな・・・っっ!?
違いすぎる。桁が、格が違いすぎる。
エンジェル隊の必殺技の常識外れな威力と効果には慣れていたが、これはそういうレベルの話じゃない。
それに、理解したところで神崎正樹っていう自分の存在を命綱役にしたところで、存在を確定させる精神力は並大抵のものではないはずだ。そもそも、そんなこと人間に出来るはずが―――――――
そもそも、キャロルは本当に、人間なのだろうか。
凍結した時間が解凍される感覚の中、ゼファー・ラームは存在すら理解できない、虚数空間の狭間からのファウンダーの攻撃になす術もなく全身を撃ち抜かれた。
「ぐぅぅぅぅっっっ!!!」
機体が破壊されたわけではないが、確実にダメージが蓄積され、すでに戦闘力の大半を奪われていた。
その怯んでいる隙に、正樹は畳み掛けた。
対艦刀“デゥヴァインブレード”を構え、みねの部分でゼファー・ラームのシールドを狙い、フルスイングで吹き飛ばした。
「いい加減に・・・退きやがっっれぇぇぇぇ!!!!」
「ぐあっっ!?――――――っっっ畜生!!」
機体のダメージ、そして圧倒的に不利な状況からエクスのゼファー・ラームは撤退していった。
さすがに正樹を息を切らし、去り行くゼファー・ラームを見届けていた。
――――――と、突然ファウンダーが再び現れた。
「!!キャロル、大丈夫か!?」
モニター越しでキャロルは無表情だったが、その表情から大丈夫ということは理解できた。
だが、何故か隣にいる彩が非常に気分が悪そうだった。
「彩?」
「・・・・・・あ、キャロル・・・ね」
「?何言ってんだ?」
「ぅ・・・・気分悪い。なに・・・この、忘れていて急に思い出す感覚・・・」
常識的に考えて無理なかった。
キャロルの使った“クォーズ・ティラス・クォーナ”はキャロル自身の力で周囲の認知を無くしたのだ。だが使用を止めれば当然に周囲の認知は復活する。つまり彩は、目の前でキャロルに対する情報を全て忘れ、その後いきなりその情報を頭に叩き込まれたということである。確かに、その感覚は気分の悪いものだろう。
だが今はそれどころではない。
キャロルは、これからどうするつもりなのか。
エルシオールを離反した自分を助け、エンジェル隊であるエクスを撃退したということは、もうエルシオールに戻るつもりはないのだろう。
と、そう思案しているのを読まれたのか、キャロルはまた、自分に言ってくれた。
「・・・・・・・・・置いて・・・・・・いかない、で・・・・・・・・・」
そうして、選択権が自分にあるのだと気づいた。
ならば、迷うはずがない。
この少女を、一人にさせれるわけがないのだから。
「・・・・・・わかった。一緒に居よう、キャロル」
その返事とばかりに、キャロルがほんの少しだけ、笑ってくれた。
「くそ・・・戦況が巻き返されてる!?」
裕樹のエターナル・ラストクルセイダーと対峙しながら、タクトは巻き返されていく戦況に苦悩する。
当初、トランスバール軍は圧倒的に押していたのだが、ヴェインスレイ軍がかけつけ、新型量産機である“セイカーディナル”や“エルドガーネット”を展開され、今では圧倒的に劣勢に追い込まれていた。
その一瞬の隙に、再びエターナル・ラストクルセイダーが隣接し、タクトはアジリティ・システムの引力を発動。SCSを使われる前にエターナル・ラストクルセイダーと激突、せり合った。
「タクト!!いい加減に軍を退け!!」
「なにを!!どういうつもりだ!?」
「この戦闘、もうトランスバール軍の負けだ!!これ以上続けても被害が増えるだけだぞっっ!!!」
「ふざけるな!!裕樹、君が邪魔をしなければ・・・・・・っっ!!」
互いに弾き飛び、間合いを一定に保ちながら機体を交差させる。
「――――――っっ!!いい加減に気づけ!!」
「!?」
「タクト、お前、本当にアークトゥルスにいる連中がプレリュード軍だと思っているのか!?解らないお前じゃないだろ!?」
タクトにしてみれば、意図的に考えないようにしていた不安を突きつけられた感覚だったのだろうか。
その躊躇の隙に、裕樹は畳み掛けるように真実を告げた。
「考えてみろ!!プレリュード軍だっていうなら、どうしてAGや新型機である“メルーファ”や“メノカトラス”が一機もいない!?」
「な――――――あ・・・」
「乗せられたんだよ!!トランスバール軍は!!――――――ここはプレリュード軍とはなんら関係ないんだ!!」
「いや・・・けど!?」
「タクト!!本当はわかってるだろ!?だから軍を退け!!これ以上の戦闘に意味なんかない!!」
せり合った状態から裕樹はギャラクシーウイングを突き放し、脚部の“ヴァレスティ・レッグブレード”でシールドの上から蹴り飛ばした。
「――――――っっ!!」
「タクト・・・・それでも、俺との戦いを優先するっていうなら――――――ここじゃなくてもいいハズだっっ!!!」
その言葉が決定打になったのか、目の前に対峙するギャラクシーウイングから敵意が徐々に薄くなっていく。
「・・・ミルフィー、撤退しよう」
「タクト、さん・・・?」
今だ美奈のネイティブ・ヴァナディースと激戦を繰り広げていたミルフィーユも、タクトの一声で戦意を大きく失っていた。その間、ネイティブ・ヴァナディースからの追撃がないということは、美奈もこれ以上の戦闘を望んでいないということなのだろう。
「これ以上、俺たちがここで戦闘する意味は・・・無い」
「・・・・・・わかりました」
その言葉に重みを感じたのか、ミルフィーユは反論せずに頷いた。
続けて、タクトはエルシオールのレスターと通信を繋ぐ。
「レスター、撤退しよう」
『お前・・・いきなりそれか』
相変わらずの、苦笑しながらも反論する意味のないことを悟っている表情。
それが、やけに安堵しているようで、つられて自分も毒気を抜かれた気分になってしまった。
「まぁそういうことで、指示よろしく」
『・・・了解だ』
最後に、あまりにも無防備だったのに追撃の一つもしてこなかったエターナル・ラストクルセイダーに向き直る。
「・・・・・・裕樹・・・」
「――――――タクト・・・」
互いに名前を呼んで、――――――それに含まれた意味も知らず、
タクトは、エターナル・ラストクルセイダーを一瞥しつつ、撤退していった。
撤退していくギャラクシーウイングやトランスバール軍を見送りつつ、裕樹は戦艦ヴェインスレイの艦長、和人に回線を繋げる。
「和人、トランスバール軍は撤退を開始した。アークトゥルスに追撃するなって伝えてくれ」
『わかった。――――――裕樹、お前は大丈夫なのか?』
「ちょっと意識を失いそうなくらい、疲れてるよ」
『・・・安心したぜ。じゃな』
一方的に通信を切られ、――――――本当に意識を失いそうになる。
今まで張り詰めていた気を抜いた瞬間、強烈な疲労感が全身を襲う。
だが、裕樹は体に鞭打ってなんとか耐えしのぐ。
まだ、最後に話しておかないといけない人物がいるのだ。
「裕樹・・・?」
寄ってくるネイティブ・ヴァナディースとモニターを繋げると、やはり美奈も疲労感を隠しきれず疲れきった顔をしていた。
「まだだ・・・まだ、正樹と何も話していない・・・」
「・・・うん、そうだね」
裕樹と美奈は機体を並べて、こちらにやって来るコロナ・グランディウスと黒い紋章機を迎えた。
「・・・正樹」
「よお、裕樹。美奈も久しぶりだな」
全然緊張感を感じさせない正樹に、裕樹も自然と力が抜けていた。
「・・・ありがとな正樹。いろいろと、助かった」
「ありがとね、正樹」
その応対が可笑しかったのか、正樹はモニター越しに大いに笑っていた。
つられて、裕樹と美奈も笑う。
今から6年も前、初めて裕樹と美奈と正樹で会って、笑い合った時のように。
「――――――正樹」
そして、少しだけの談笑の後、本題なのだと告げた。
「これから・・・どうするんだ?」
以前、正樹に聞かれた言葉を、今度は逆に裕樹が正樹に問いかけた。
「そうだな・・・どうしようか」
「とりあえず、アタシたちはどの軍にも所属するつもりはないのよね」
「彩・・・」
きっぱりと告げた彩に、美奈は悲しげに呟く。
当然、その気持ちが揺れ動くものではないと知りつつも。
それを理解した上で、裕樹は正樹にどうして欲しいか、当然のように決まっていた。
「正樹」
「ん?」
「―――――――――俺たちと、一緒に来てくれ」
その言葉に、誰も何も答えなかった。
正樹とて理解していた。
裕樹はヴェインスレイ軍に入れと言っているのではなく、ただ個人として一緒に来てくれ、と言っているのだ。
「裕樹、それは・・・」
「・・・わかってると思うけど、軍に入れって言ってるんじゃない。――――――もし、また俺と美奈がタクトとミルフィーと対峙した時、あんな風になってしまった時・・・・・・正樹に、止めてほしいんだ」
「・・・・・・」
「あの感覚は・・・俺たち個人ではどうしようもない。――――――だから」
「じゃあなにか?お前らと一緒に行動するが、ヴェインスレイ軍の作戦が気にくわなかったら静観しててもいいってのか?」
試すような挑戦的な問い。
それに、裕樹は当然のように答えた。
「ああ、当たり前だろ」
再び、沈黙に包まれて、―――――――――正樹の大きなため息によって潰された。
「・・・・・・裕樹、お前・・・せけぇなぁ」
「ははっっ」
「そんなこと言われても、正樹が何もしないなんて出来るわけないからね」
彩のズバズバと告げる正樹の行動原理に裕樹と美奈と正樹は笑い、
「――――――わかった。個人として、裕樹、お前と一緒に行動しよう」
かつての戦友は、これからも戦友で在り続けると答えてくれた。
そうして、トランスバールに属する者と、ヴェインスレイに属する者の意志と信念が激突し合った戦い、アークトゥルス攻防戦は、ここに終わりを告げた。
戦士と天使の想いと信念は、今だ交わることを知らない。
それでも今だけは、彼等に優しい癒しと休息を。
〜あとがき〜
えー、というわけで(何が)ちとせに続き、はっちゃけ技第二弾です。
ぶっちゃけた話、書いてる途中で自分自身で理解するのが難しくなってしまったので、理解していただけるにはかなり苦労されると思いますので、ここで懺悔と共に非常にわかりやすく説明をば。
クォーズ・ティラス・クォーナですが、早い話「世界から隠れる」技です。世界に働いている存在を維持する力を極限まで薄めて、存在が消えてしまう直前の状態を維持しているというわけです。(これでもわかりにくいかなぁ・・・)
まぁイマイチ理屈がはっきりしてませんが、ここではあえて伏線を張りました。キャロルの正体に関わることですので。
ともあれ、ややこしい必殺技で申し訳ありません。
それではこの辺で。
ではでは〜