第二十五章「天使と戦士に休息を」

 

 

 

 

 

 

不意に、意識が覚醒していく。

頭はこれ以上の睡眠は必要ないと告げているのに、何故かまだ体が睡眠を欲しがった。

よほど疲れているのだろうからもう少し眠りたかった。

けど、そろそろ起きないと。これ以上眠っていてもあまり意味はないのだから。

 

 

 

 

 

「う・・・・・・」

気だるく目を細め、目を覚ました裕樹は隣から本のページを捲る音に首を向ける。

「――――――ん、起きたか裕樹」

そこには実にリラックスしながら読書を楽しんでいた正樹がいた。

「・・・・・・――――――・・・正樹・・・?」

「おいおいちゃんと頭も起きろよ。何があったとか聞いてきたら悶絶するぞ、俺は」

「・・・・・・ああ、大丈夫だ。起きた」

髪をぐしぐしかきながら頭を働かせていき、体をベッドから起こす。

と、そこで初めて正樹の隣に座っている少女に気づいた。

特に何かをするわけでもなく、ただ正樹の隣でちょこんと座っているだけだ。しかも顔は無表情なので、逆にますます気になった。

「正樹、その娘は?」

「・・・ああ、そういや初めてだったよな。――――――裕樹、この娘は俺について来てくれたGA9番機“ファウンダー”のパイロット、キャロルだ」

「ファウンダー?・・・・・・ああ、あの黒い装甲色の紋章機か」

その辺りのデータは以前白き月に潜入した時に回収してある。

それによくよく考えてみれば、あの時正樹の“コロナ・グランディウス”の傍にいたのは黒い紋章機だったではないか。

「んーなるほど。――――――改めて、初めましてキャロル。朝倉裕樹だ、よろしく」

裕樹の笑顔に対し、キャロルはただ頷いただけだった。

「・・・恥ずかしがり屋なのか?この娘」

だけど、裕樹はそれを変に思わず、ありのままにキャロルという少女なのだと受け取った。

 

 

 

「・・・なぁ正樹。今、何時だ?」

「外は黄昏時だぞ。――――――4時半だな」

「うわ・・・俺、4時間近くも寝てたのか・・・」

確か戦闘が終着して、追いついてきたヴェインスレイに機体を着艦させたところまでは憶えていた。確か、その時は12時半頃だったはずだ。

その後はまるで記憶にない。

さすがに長時間の戦闘に加え、シリンダー兵器を使用しすぎたという原因もあるだろう。恐らく機体を降りた辺りで意識を失ってしまったのだろう。

「で、正樹は何をしてんだ?」

「・・・裕樹、お前ほんとに起きたか?――――――俺個人としてヴェインスレイと行動を共にするとは言ったけどよ、ヴェインスレイ軍に所属してないのに気軽に歩き回れるわけねぇだろ。ただでさえ今はヴェインスレイ軍の機体や戦艦が集結してて慌しいってのによ」

「あ、そうか。・・・じゃあ彩は?」

「春菜が一緒だから問題ねぇだろ。久しぶりに会って楽しんでるんじゃねぇか?」

正樹の言う事はもっともすぎて反論の余地がない。

というか、隣に座っているキャロルが表情をピクリとも変えずに座ってるのが妙に気になった。

淡い緑の長髪に、紫色の瞳、それでいて小柄な体。頭につけているフリル付きの白いリボン。十分に目を惹かれる可憐さである。――――――が、それ以外に妙に気になったところがあった。

「・・・キャロル、だっけ。・・・なんかシャトヤーンに似てるな」

――――――気のせいだろうか。今の言葉にキャロルが少し反応した気がした。

体系こそ小柄だが、髪の色、長さ、瞳の色はまさにシャトヤーンそのものである。まぁ、頭につけている白いリボンのおかげで随分子どもっぽく見えてしまうので気づかれにくいのだろう。

と、じっと見ていたせいか、キャロルは目を合わせないかのようにそっぽを向いてしまった。

「ありゃりゃ、嫌われちまったか」

「―――――――――」

「キャロル、どうした?」

何かを訴えようとしているのか、キャロルは正樹をじっと見つめ、――――――正樹には何を言いたいのかが理解できたようだ。

「じっと見られると恥ずかしいんだとよ」

代弁した正樹に苦笑しつつ、裕樹はシャツの上にチェックのシャツと上着を身に着けた。

ともかくみんなの様子を見にいこうと思い、身だしなみを整え部屋から出る。

と、正樹も外出したかったのか、何も言わず裕樹に続く。――――――当然、キャロルは無言無表情のまま正樹の後をてくてくとついてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

とりあえず今の状況を知ろうとヴェインスレイのブリッジに来た裕樹たちだったが、艦長の和人はおろか、他のクルーほとんどが居なかった。

「へぇ・・・どことなくエルシオールに似てるブリッジだな」

一方、好き勝手に楽しんでいる正樹は感想を呟いていた。当然、キャロルは何も言わないままだったが。

「設計したのは春菜だからな。第一結構機能的だろ」

と、ブリッジから死角になっているCICの席に一人の女性クルーを見つける。

ヴェインスレイは、ブリッジ入り口及び、司令席や、操舵席が二階部分にあり、階段を下りて一階部分にCIC席が設置されている構造になっている。

「君、ちょっといいかな?」

「え・・・あ、裕樹さん」

モニターと睨めっこしていた女性クルーは少し驚いたように裕樹に振り返った。

「和人とか・・・他のみんながどこに居るか知らないか?」

「えっと・・・和人さんはアークトゥルス防衛軍本部に出頭しています。他に、美奈さんは少し前にちとせさんと外に出ています。京介さん、ヴァニラさん、春菜さん、彩さんは艦内にいます」

「そっか・・・うん、ありがとう」

とりあえずみんな結構バラバラにいるようだ。

話から察するに、すでに上陸許可は下りているらしく、アークトゥルス本部も急いで会談をするつもりはないのだろう。―――――――もっとも、自分がしばらく眠っていたので和人がその旨を伝えにいったのだろう。

確か、アークトゥルスの受けた被害は各方面の前線防衛基地ぐらいなものらしく、市外地区に被害は及ばなかったと意識を失う前に聞いていた。

「あ、裕樹さん。美奈さんと和人さんから伝言がありますけど」

女性クルーは思い出したように告げ、裕樹は自然と伝言の内容を待った。

「えっと、美奈さんからですけど・・・『倒れるくらい疲れてたんだから、今日一日は艦内でゆっくり休みなさい!外に出て復興作業を手伝ってたら許さないからね』・・・だ、そうです」

「おおう・・・」

「さすが美奈だな。裕樹の行動パターンなんて読みきってるか」

上の階から覗き込むように、正樹はからからと笑う。

というか面白すぎるのは正樹の隣で同じようにこちらを覗き込んでいるキャロルである。無言無表情でじっと見られるのは怖いのを通り越してむしろ面白すぎる。

「で、和人は?」

「はい。・・・『とりあえずアークトゥルスの代表も復興作業に忙しいみたいだし、こっちがヘトヘトなのも考慮してくれて、数日はゆっくり休んでくださいだとよ。トランスバールもアークトゥルスがプレリュード軍と関係ないって解ったのなら攻め込んでくることもないだろうしな。――――――つーわけだ。パイロット全員、絶対へばってるだろうからゆっくり休んどけよ』・・・だ、そうです」

とりあえずみんなして休んでおけ、と言いたいらしい。

さあ困った。

そうなると迂闊に何かをすると後で冷たい視線を受けてしまうだろう。

「愛されてるねぇ」

「うるさいよオマエは」

冷やかしたっぷりの正樹をかろやかに流しつつ、女性クルーに礼を言ってブリッジを後にする。

その際、その女性クルーからも『休んでてください』と言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

「あーあ・・・何すればいいんだ。えらい暇なんだが」

「丁度いい。ヴェインスレイを案内してくれよ。結構興味あんだよ」

ぼやきに返答が返って来るのは中々に嬉しいものである。

が、それはそれとして面倒くさい頼みごとである。

「面倒くさいなぁ・・・」

「そう言うなよ、ほら、キャロルだって案内して欲しいよな?」

正樹の呼びかけに、キャロルは正樹と裕樹を交互に見つめる。――――――無論、無言無表情で。

「・・・別にいいって顔してないか?」

「う!?なんでわかるんだ!?」

「・・・・・・っていうか、それもキャロルもセリフじゃないのかよ」

なんだか正樹とキャロルが腹話術しているような愉快な錯覚を覚えてしまう。

 

――――――まぁ、暇なんだし案内ぐらいしてあげてもいいだろう。

 

「・・・・・・というかさ」

「ん?なんだよ裕樹」

キャロルをじっ、と見つめ、再び正樹に向き直る。

「どうでもいいけど、――――――正樹、ロリコンに目覚めたのか?」

「――――――貴様俺をなんだと思ってる」

「まぁなんだ、親友として犯罪行為はしないと信じてるから」

「はっ倒すぞてめー」

「ん・・・いや待てよ」

再度、キャロルをじっと見つめる。さっき恥ずかしいと言って(正樹が代弁)いたにも関わらず、それでも無表情なのはどういったものなのだろうか。

「違った。どっちかっていうとゴスロリか!」

「・・・・・・・・・」

「・・・冗談だ。冗談だから笑顔で殺気を積もらせるな」

「そっちこそ変に挑発すんじゃねぇよ」

全力で怒気を解いていく正樹。

というかこめかみにビキリ、と素敵な効果音がしたのは気のせいであってほしい。

「――――――でもよ」

「ん?」

「可愛いじゃん、キャロル」

「・・・まぁ、な」

「―――――――――正樹、新たな属性が芽生える、っと」

「おい!!オマエ何メモってやがる!!そして愉快に逃げるなっっ!!」

全力ダッシュする。――――――その間際、キャロルが少しだけ恥ずかしがっているように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェインスレイの屋外展望台に一人、ヴァニラは夕暮れの空を見つめていた。

その瞳に宿る悲しみの色は、とても16歳の少女が宿すものではない。決して。

(・・・・・・・・・)

今回のアークトゥルス攻防戦の中、ヴァニラはランファとの激闘の中で初めて自分の進んでいく道を見つけることができた。

それがよかったかどうかなんて、知るわけがない。

けれど、ただ、悲しかった。

嬉しいとは思えなかった。

それは、理解してしまったから。

自分の選んだ、進むべき道が決して自分自身を幸せにするものではないと。決して、自分が望んでいるもの全てが待っているわけではないと。

だからこそ、これから何を目標に進めばいいのかがわからない。

裕樹たちと一緒に進むのはもちろんだが、その上で、何か自分自身のために進むべき道標が欲しかった。

(・・・・・・私は・・・)

そんなこと、今まで考えたこともなかった。

どうしようもなくて、―――――――――だから、こうして心をカラッポにしている。

 

 

 

「・・・あれ?」

と、足音と聞きなれた声が聞こえて振り返る。

一人でいるのを不思議そうにしながら、京介は笑顔でやってきた。

「ヴァニラが一人でいるなんて珍しいね」

「・・・京介さん」

足どり軽く、京介はヴァニラの横に並び、しばらく夕日を眺めていた。

「・・・とりあえず、お疲れさま、ヴァニラ」

「京介さんこそ・・・お疲れさまです・・・」

こうして誰かの元気を窺う分、彼は立派だと思う。

きっと、これが京介という人の本性なのだろう。常にみんなのことを考えている、優しい人。

――――――けれど、見抜いてしまった。

こちらに笑いかけてくる笑顔は、どこか悲しげで、寂しげで・・・・・・

それに、気づいてしまった。

「・・・ヴァニラ・・・・・・?」

しばらく黙っているヴァニラがなんだか様子がおかしくて、京介は心配そうに尋ねた。

「・・・・・どうかした?」

「・・・・・・・・・たくさん」

「え?」

「・・・・・・たくさんの悲しいこと、辛いこと・・・・・・我慢、しましたね」

「・・・・・・・・・」

言われてほしくないことを言い当てられたのか、京介はしばらく押し黙り、

「うん・・・・・・そうだね」

悲しげな顔で、微笑んだ。

 

 

 

「僕は・・・・・・衛星軌道上で、ミントと戦ったんだ」

しばらく夕日を見て無言だった京介は、唐突にポツリと、そう呟いた。

「ミントさんと・・・・?」

「うん。ミントはさ、エンジェル隊っていうたった一つの居場所を捨てることが出来なくて、僕に撃たれようって思ってたんだ」

「・・・・・・」

「当然・・・僕にそんなこと、出来るわけがない。――――――ヴァニラは、知ってるよね?前大戦のこと・・・」

「・・・はい」

ヴァニラは前大戦、エンジェル隊で唯一戦死しなかった人物である。

他のメンバーは、裕樹と当のヴァニラによって“死ななかったことにされた”に過ぎない。そういう意味では、誰よりもそのことを理解してるのである。

その返答をどう受け取ったのか、京介は静かに苦笑した。

「それで・・・僕はミントを無力化して、約束したんだ。――――もう一度、僕個人としてミントを迎えに行くって」

「・・・・・・はい」

「けど、僕はまだ・・・わからない」

手すりに持たれかかるように腕を組み、呆然と夕日を見ながら京介は続けた。

そこにどれだけの辛さや悲しさがあるのかは、ヴァニラが知れるはずがなかった。

「約束を果たすために、僕がどうすればいいのか・・・どういう道を進んでいけばいいのか、まだ、僕には・・・・・・」

「・・・・・・」

ああ、彼もだ。

彼もまた、自分の進む道について悩んで、苦悩して、それでも足掻いている。

私もまた、彼と同じだったのだ。

「――――――ヴァニラは」

不意に、問われた。

彼はまた、無理して微笑んで、――――――それが、自分の話はここまでなのだと告げられているようで――――――

「ヴァニラは、自分の進むべき道とか・・・そういうのを、持っている?」

「・・・・・・私もです。私も・・・悩んでいます・・・」

正直に、そう答えた。

「そうなんだ。――――――それは、僕が聞いてもいいのかな?」

こくん、と頷いて、話せることを話せるだけ、話した。

 

 

 

「――――――そっか、ヴァニラも悩んでいるんだ」

「・・・・・・はい」

全てを話すと、少しだけ辛さが紛れた気がした。

こうして悩んでいるのが自分だけじゃないと解っただけで、安心できたのだろうか。

「・・・それでもさ」

「・・・・・・?」

「それでも・・・僕は前に進まなきゃいけない。――――――初めて、たった一人のために頑張れるって思えたから」

「・・・・・・そう、ですか」

「うん・・・そうなんだ」

彼が今どんな顔をしているかはわからない。横顔を見る気も無い。

だけど、きっと彼は今、笑顔のはずだ。

強く、何よりも強く。

――――――――――――だから、

「・・・私も、私も・・・これからの自分のために・・・・・・今までの自分に応えるために、頑張ります・・・・・・」

「・・・うん、ヴァニラも頑張れ」

きっと、彼も笑顔のはずだから、私も少しだけ笑顔になった。

黄昏の空はとても綺麗で悲しくて、

少しずつ沈む夕日はどこまでも悲しいけど、

それでも、黄昏の空の下、私たちは笑顔でいた。

私がついていくと決めた人が、いつも言っているように、―――――――――強く、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

ちとせはふと、先程まで一緒にいた美奈が居なくなっているのに気づき、周囲を見渡していた。

夕暮れ時、空が黄昏に染まるこの僅かな瞬間。

その圧倒的に美しい光景をよそに、美奈はどこへ行ってしまったのだろう。

海岸沿いの道を、ちとせは一人歩いた。

波の音を聴きながら、美奈を探しながらもちとせは散歩を楽しんでいた。

(なんて、綺麗・・・)

この星は、かつて歴史に残るほどの激戦を広げた場所だと、ちとせも聞いていた。

今から約8年前、この星“アークトゥルス”が“解放戦争”の激戦地だったのだ。この地で裕樹は初めて戦いに巻き込まれ、彼は正樹、京介、春菜、彩たちと出会ったのだ。

そうして8年。

その星で、裕樹はタクトと、美奈はミルフィーユと死闘を繰り広げた。

なんて運命なのだろう。

この星は安らぎを得ることを許されないのだろうか。

きっと、リ・ガウスの人たち―――――――――ヴェインスレイのメンバーのほとんどがそう思っているはずだ。

だから、自分には彼等の心境など理解できるはずがなかった。

「・・・・・・それでも」

あの人は、裕樹は何を思ったのだろう。

彼にとって戦いの始まりを告げる星で、大切な人と戦う思いとは。

 

 

 

「・・・・・・美奈さん?」

と、ちとせは小さな岬に美奈が居るのを見つけた。

一体どうやってこんなところまで来ていたのかは知らないが、とりあえず一安心だ。

(・・・・・・・・・)

美奈は黄昏の空の下、潮風に赤みの強いピンクの髪を靡かせていた。

その表情を、見ることは出来なかった。

「美奈さん」

「あ、ちとせ・・・ごめんね、一人で勝手に」

「いえ、構いません。――――――どうか、されたのですか?」

「・・・・・・ちょっとね、いろいろ考えてた」

苦笑しながら、美奈はまた視線を海へ向けた。

徐々に沈みゆく夕日が海を金色に染め上げており、幻想的な美しさを見せていた。

純粋に、ちとせは綺麗と思った。何を考えているかはわからないが、美奈もそう思っていると思う。

「・・・・・・ちとせ」

「なんですか?」

「・・・・・・少しだけ、愚痴をこぼしていいかな・・・?」

思わず素っ頓狂な顔になる。

なんというか面食らった感じに似ている。

つまり、おおよそこぼさないと思っていた人から言われたのが驚いたのだ。

ともかく、ちとせは言葉ではなく、視線で肯定の返答をする。

美奈はちとせに少し微笑んでから、本当にポツリと呟いた。

「・・・・・・裕樹は」

「え?」

「裕樹は・・・きっと、自分の役目に気づいていたんだと思うの」

「・・・・・・?」

「失っていくものがどうでもいいもので、それで世界は平和でいられるのに・・・・・・裕樹だけが、失っていくものに価値を見出してる」

美奈の言葉はあまりに抽象的すぎて、――――――けれど、これが彼女にとって愚痴をこぼせる最大限の譲歩なのだと知った。

「それでも、私は裕樹を信じれる。・・・・・・けど、私は―――――――――」

続きが何を言っているのか聞き取れなかった。

けれど、少しすっきりしたのか、次には美奈は笑顔になっていた。

「・・・あは。ごめんねちとせ。変なのにつき合わせちゃって」

「いえ、別にいいです」

けれど、ちとせはその代わりとばかりに、不意に思ったことを口にしていた。

そうすることが不思議で、けれど、止められなくて。

「・・・やっぱり、裕樹さんには美奈さんがお似合いですね」

「え、突然どうしたの?」

「今の美奈さんを見ていて、そう思いました。やっぱり・・・敵わないな、って」

「・・・・・・そう、かな」

「そうですよ。きっと、そういう運命なんです」

「あはは、そんなことないって。――――――もし私より先に裕樹がちとせに出会ってたらわからないと思うよ?」

「――――――え?」

照れているわけでもなく、ただ本当にそうだから、という感じで美奈は答えていた。

「小さい頃、裕樹の傍にいた同年代の女の子って私だけだったからね」

「いえ・・・ですが・・・」

「それにね、ちとせ。もし私と裕樹が結ばれる運命だっていうなら、ちとせならそれを変えれたかもしれないよ?」

「・・・???」

意味がわからず首を傾げるちとせ。

と、少々困っているのか美奈も難しい顔をしていた。

「んー、私も裕樹に教えてもらっただけなんだけど・・・・・・運命っていうのは本人に決められている以上、本人自身では変えることは出来ないんだって。だから根底からの変革を望むには他人でしかできないって。・・・・・・だから、ちとせはもしかしたら裕樹と恋人になっていたかもしれないよ?」

「私が・・・裕樹さんと、ですか・・・?」

「うん。そうなってたかもね」

楽しそうに美奈は笑う。

それは、私だってそうなったらいいと思う。確かに夢でそういう夢を見たことも何度か・・・・・・

と、恥ずかしくなりそうで無理やり咳払い。それが美奈には変に見えたのか、不思議そうにこちらを見ていた。

「どうしたのちとせ?」

「なっ、なんでもないですっっ」

動揺しながらもなんとか笑顔を作る。

それで気づいて惚けているのか、それとも本当に気づいていないかはわからないけど、美奈は明るい笑顔で笑っていた。

 

 

 

その笑顔を見て、再度ちとせは思う。

 

―――――――――ああ、やっぱりこの人には敵わないな。

 

こんな素敵な笑顔をする人に、とてもじゃないけど。

けれど、それでもどこか嬉しかった。

それが何故かなんて知らないし、気づくつもりもないけど、

私たちは、笑顔で笑っていることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、エルシオールはトランスバール艦隊と共にリ・ガウスからEDENの世界へと帰還していた。

その艦隊旗艦であるエルシオールブリッジにて。

 

 

「パイロットは全員呼集なんだが・・・・・・」

レスターは難しい顔をしながら腕を組み、――――――二人だけ来ているエクスとエリスは困ったような顔をしていた。

「エリス、タクトはどうした?」

「えっと・・・随分疲れてるみたいで、自室で寝てます」

「・・・・・・」

レスターが困った顔をしている。

あれは恐らく、起こすべきか、そのままにしておいてあげるべきかで苦悩している顔だと思う。

「えっと・・・お兄ちゃんには後で伝えときます」

控えめなエリスのフォローに、エクスも少しほっとする。集まったのにこのまま帰れとか言われたら結構キツイものがある。

というか、平然と司令と会話しているエリスが凄いなぁ、と正直思う。

なんでも司令はエリスだけには甘いらしいが、どうやら本当のようだ。

「・・・じゃあお前たち二人だけだが、今後のブリーフィングを始める。エリスはタクトとミルフィーユに、エクスはエンジェル隊に伝えておけよ」

「はーい、わかりました」

「了解です」

「――――――今後のエルシオールだが、白き月から帰還命令が下った。よって白き月へ向かう」

「白き月から・・・?」

不思議そうな顔をするエクスに、レスターがより詳しく説明する。

「今回の作戦の結果を白き月のシヴァ陛下、ならびにルフト将軍、シャトヤーン様に報告した。その結果の帰還命令だ」

「あの、レスターさん・・・・・・その・・・」

エリスが遠慮がちに何かを聞こうとしているが、レスターは安心させるように告げる。

「心配するなエリス、お前はタクトの妹だ。白き月へ入ってはいけない、なんてことはない。――――――もし、仮にもそうなってしまってもタクトや俺がなんとかしてやる。安心しろ」

「レスターさん・・・・・・はい、わかりました!」

めったに見られない、女性に優しいレスター。そしてそれを素直に受け入れ笑顔で喜ぶエリス。

エリスの笑顔につられたのか、レスターまで少しばかり笑顔になってしまっている。

「そ、そんなに嬉しいことか?」

「もちろんです。お兄ちゃんとレスターさんが“なんとかする”っていうの、久しぶりでから」

「当然だ。お前はタクトの妹だからな」

と、エリスは絶えず笑顔なのに、少しだけ困った顔をしている。

拗ねているのではなく、あくまで少し残念そうに苦笑している、というほうが正しい。

「なんだ、どうした?」

「あはは・・・なんて言いますか、そろそろお兄ちゃんの妹じゃなくて、エリスっていう個人で見て欲しいですー。私も、もうそろそろ大人なんですからー」

「―――――――――っっ!!」

さりげなく言われたが、レスターはかつてない程に顔を赤らめ、驚きのあまり後ろに飛び退いた。

エクスは心の中で、――――クールダラス司令も真っ赤になるんだなぁ――――と思っていたりした。

 

 

瞬間、オペレーター席のほうから、ドンッ、・・・という音がブリッジ中に響いた。

無論、アルモである。

 

 

 

ぁぁぁあああぁぁぁのぉぉぉぉこぉぉぉぉわぁぁぁあああぁぁああぁっっっっ!!!!

(アルモ抑えて。そのままだとそこの席、全部交換しないといけなくなる)

冷静に注意するココだが、そんな声が届くはずもなかった。

「クールダラス司令ッッ!!」

あまりのド迫力に、さすがのレスターも動揺する。

「な・・・なんだ、アルモ」

「――――――青くなってください」

「・・・・・・は?」

「赤くならずに青くなってくださいっっ!!今すぐっっ!!」

「な、なにを無茶苦茶な・・・・・・!?」

「早くっっ!!」

もう大混乱。

いち早くブリッジの危機に気づいたエクスが即座に話題を切り替える。

「し、司令!!その・・・えと、今回の作戦の結果は白き月はどのように取られたのですか!?」

まくしたてるエクスだが、思わぬ助け舟にレスターは心から感謝しつつ、当然のように飛びついた。

「よ、よし!今説明する!」

危なかった。

危うくブリッジがカオスになるところであった。

今だアルモからの混沌のオーラは出続けているが、それはもう我慢だ。

――――――もっとも辛いのは、エリス本人がまったく意味がわかってないというところか。

 

 

 

「コホン・・・・・・今回の作戦の結果だが、白き月はこちらになにも責任追及はしてこなかった」

「えっっ!?」

話は突然(無理やり)変えられたが、その内容は驚くものである。

作戦はどう見ても失敗なのに、なんのお咎めもないというのだ。

「なんで・・・どうしてですか?」

「・・・シヴァ陛下も、アークトゥルスに在中していたリ・ガウス軍がプレリュード軍でないとわかったからだと申されていたが・・・――――――シャトヤーン様の口添えもあったらしい」

やはりそれが決定的だろう。

シャトヤーンが直接口添えをしたなら、よほどの者でない限り反論などできまい。

それ以前に、冷静に考えてみれば作戦が失敗してよかったとも考えられる。

なにせ相手はプレリュード軍ではなかったのだ。ならば戦うだけ意味など―――――――――

「――――――どこで情報にズレが起きたのかは今だわからんが・・・」

「・・・でも」

気まずそうにエクスが告げようとし、言いにくいのか続きを止めていた。

それだけでレスターはエクスが何を言おうとしたのかを理解した。

「――――――正樹とキャロルのことだが・・・今はどうしようもあるまい」

「で、ですけど―――!!」

エクスの気持ちはわかるが、今は本当にどうしようもない。これでなにかエルシオール内で裏工作されていたら問題視していたのだが・・・・・・

「彼等の部屋やここ数日の行動を調べてみたが、彼等は何もしていない。詳しいことはタクトが目覚めてから白き月と連絡して今後の処遇を決めるだろう」

だからこれ以上はやめておけ、と念を押すようにエクスを見る。

「・・・・・・わかりました」

実際、本当に何かされた形跡は見られなかったのだ。

念のために彩が開発したエリスの機体“Σ・バルキサス”も調べてみたのだが、まるで問題はないのだ。

(・・・置き土産、とでも言いたいのか?)

「あ、あの・・・レスターさん」

と、エリスが突然思いついたかのように手を挙げた。

「なんだ、エリス」

「言いにくいですけど・・・・・・まさか、今回の件でリ・ガウスと完全に対立するなんてこと・・・・・・」

「「――――!!」」

どうして思いつかなかったのだろう。

攻撃を受けたリ・ガウス軍は、トランスバールと正式な協定こそ結んでないものの、敵対関係ではない。なのに、まるで関係ないのに一方的に攻め込まれたとなると、エリスの考えが的中してもおかしくはない。

「そんな!!また・・・トランスバールとリ・ガウスで戦争が・・・!?」

「――――――っっ、シヴァ陛下やシャトヤーン様、ルフト将軍のことだ。対策を立てていないはずがないが・・・・・・」

だからだろうか。

均衡したバランスが崩れ、再び戦争になるかもしれない危機なのにいちいち処罰している暇などないのだろうか。

もしくは、その辺りを詳しくなんとかするために白き月へ帰還するとも考えられる。

「ともかく・・・今は白き月へ戻るだけだ。――――――以上だ」

終わりを告げるレスターだが、ブリッジの空気は重く、エクスとエリスも同様であった。

 

 

 

 

 

「――――――エクス」

ブリッジを出たところで、エクスはレスターに呼び止められた。

「はい?」

エクスと一緒にエリスも振り返る。

「・・・・・・」

「――――――あ、じゃあ私、お兄ちゃんの部屋に行ってきますね」

レスターの目配せに気づいたのか、エリスは詳しく聞こうとせず、その場を後にした。

その後、エリスが完全に見えなくなるのを確認してから、レスターは話し出した。

「エクス、シャトヤーン様やノア、そして・・・セリシアから連絡だ」

「え・・・セリシアに、シャトヤーン様やノアさん!?」

まさに雲の上とも呼べる人からの連絡に驚きつつ、セリシアという同期のパイロットからの連絡に、その内容を直感的に理解する。

「あの・・・クールダラス司令・・・ひょっとして」

「お前の想像通りだ。――――――ティアが、意識を回復したらしい」

「あ・・・・・・」

自分でも顔が綻んでいくのがわかる。

ティアが、ずっと白き月で治療を受けていたティアが、遂に意識が戻ったのだ。これが喜ばずにはいられなかった。

「それに、クリスの人工眼球の移植手術も無事に終わったそうだ。徐々に視力を回復させている」

ランファの弟であるクリスの手術も、無事に成功したことに、エクスは更にホッとし、心が喜びに満ちていく。

「そう、ですか」

叫びたくなるほどの歓喜を必死で我慢する。

今、エルシオール内の雰囲気や、今後のトランスバールの立場など不安な要素が多すぎるのだ。

だが、それでも、嬉しかった。

「ティアはまだベッドから起き上がれず、クリスもセリシアがつきっきりだが充分に体調は安定しているそうだ。――――――3人とも、お前と会えるのを楽しみしている、とのことだ」

嬉しい内容をあくまで事務的にしか伝えないのはレスターらしい。

「・・・目が覚めたらランファにも言っておいてくれ。以上だ」

「はい、わかりました」

レスターは踵を返し、再びブリッジに戻っていった。

(ティア、クリス、セリシアについては第三部第九章以前を参照)

 

 

 

その後、エクスはしばらく立ち尽くしていた。

嬉しさと同時に、誓いの時が近づいてきたのだから。

「・・・・・・ティア」

子どもの頃の幼すぎる考えで、互いが互いを傷つけた記憶。

それを、許し許されなければならない時が、すぐそこに―――――――――

「・・・俺、は・・・」

約束した。

一人でも戦い、皆を守ると誓ったあの日。

帰ってきたら、互いを許し合う約束を。

それで、幼い頃に凍結した二人の時間が戻るわけではない。

それで、今更やり直せるわけでもない。

やり直すには、あまりに二人は大人になりすぎてしまったのだから。

「――――――でも」

それでも、約束を。

大事で、大切な、ティアとの約束を果たさないと。

それが、今の自分を支えるたった一つの確かな証だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、エリスは一人、タクトの自室と化している司令室へ来ていた。

今だ目覚める気配のないタクトは、ベッドの上で穏やかな寝息をたてていた。

「・・・お兄ちゃん」

手足を投げ出して好き勝手に寝ているタクトに苦笑しながら、エリスは同じベッドに腰掛けた。

「・・・・・・」

正直、嬉しかった。

こうして兄と一緒に居られることや、兄が無事に戻ってきてくれたことに。

エリス自身、タクトと対立している人物“朝倉裕樹”のことは調べていた。

そして、エルシオールに居ながらも第三者の視点で考えれば、朝倉裕樹が間違っているとは言い切れないと判断できた。

兄とて馬鹿ではない。いずれその事実に行き着くだろう。

だけど、それは彼等と戦っている限りあり得ない。

兄は、自分たちを守ることで精一杯で、何かを見失っているように見えるのだ。

「――――――だけど」

それでも、私は兄に着いて行く。

物事の正否の判断や、戦況など関係なく、ただ大切な人がいる。それだけで、他の全てを犠牲にできるほどに。

それが、エルシオールに乗っている人たちの戦う信念だと思う。

それ以前に、それが人として正しい感情ではないのだろうか。

そして、朝倉裕樹ただ一人が、そうして切り捨てられていったモノに気づき、動いている。

その部分、きっと彼と私は似ているのかもしれない。

けれど、それでも私は―――――――――そうすることは出来なかった。

「・・・・・・」

エリスは無言でベッドに寝転び、タクトの隣へと体を寄せた。

「・・・ん・・・・・・・んぅ・・・・・・・・?」

「あ、ごめん」

弾みで体がぶつかってしまい、タクトが寝言で文句を告げる。

それが、妙に面白かった。

「ね、お兄ちゃん」

タクトからの返事を期待しているわけでもなく、エリスはただ呟いた。

 

 

 

―――――――――私たち、いつまで、生きていられるのかな・・・・・・―――――――――

 

 

 

返事はなく、ただ安らかな寝息が聞こえてくるだけだった。

「・・・お休み、お兄ちゃん・・・」

そして、エリスも目を閉じ、満ち足りた温もりと共に意識を降下させていく。

タクトの体温を感じながら、幸福な夢に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、夢を見た。

私と、兄と、両親と、レスターさんと、ミルフィーユさんが一緒にいて笑っている、幸せすぎる夢。

私にとって、これ以上あり得ない幸せの夢。

そう、夢だからなんでもできる。

夢だから、なんだってあり得る。

夢だから―――――――――

             ―――――――――そうして、気づいた。

ああ、そうか。

彼は・・・朝倉裕樹は、夢を解放しようとしているのか。

夢の世界から、夢を解放しようとしているのか。

理解してそうで、まるで理解していない。

夢を解放するのを理解して、その意味を理解していない。

それでも、そんなことに気づく前に、

 

 

 

 

 

 

―――――――――私は、夢に墜ちた。