第二十六章「穏やかな日々に」

 

 

 

 

 

 

「随分賑やかになりましたね、ヴァニラ先輩」

「・・・そうですね」

戦艦ヴェインスレイ内の格納庫を歩く中、ヴァニラとちとせは思わずぼやいた。

今、戦艦ヴェインスレイには、機体が正式に完成され、ヴェインスレイ軍所属となったオリジナルIG“セイカーディナル”と“エルドガーネット”が搭載されている最中である。ヴェインスレイはようやく軍という規模の戦力を得ることができたのである。戦艦ヴェインスレイはエルシオールの3分の2程のサイズだが、エルシオールに比べて戦艦としての機能面は高く、単純に搭載可能機の数もエルシオールを遥かに上回っている。

とどのつまり、その搬入作業で格納庫内は大変賑やかで、整備員が慌しく格納庫内を走り回っている。

「・・・紋章機、やっぱり大きいですよね」

「数が少ないから・・・余計そう見えます」

今、ヴェインスレイには三機の紋章機が搭載されている。言わずと知れた、“リザレクト・ハーベスター”、“アストラル・シャープシューター”に、正樹についてきたキャロルという少女の“ファウンダー”である。

エルシオールならそう気にはならなかったが、こうも大量のIGを見ていると紋章機の巨大さがよく目につく。

とまあ、こうも忙しい格納庫の中をヴァニラとちとせは裕樹に用事があるために来ていた。そうでなければ邪魔になるのだから来るはずがない。

二人は少し足を速めながら、裕樹の下へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

ヴァニラとちとせは裕樹たちの所へ着いたのだが、肝心の裕樹はエターナル・ラストクルセイダーのコックピットの中で完全にのびていた。動揺に、美奈もネイティブ・ヴァナディースのコックピットの中で完全にぐでんぐでんだった。

「裕樹さん?美奈さん?」

「・・・大丈夫ですか?」

思わず心配になって声をかけると、二人からうめき声が返された。

「終わらない・・・決まらない・・・わからない・・・」

「どうして全然・・・あぁ、センサーの帯域が・・・セフィラム運動パラメーターが一致しないの・・・」

「出力が高すぎてバランスが・・・逆に機動性に悪影響が・・・」

わけがわからず首を傾げる二人に、春菜が気まずそうな笑顔でやってきた。

「あはは・・・まさかこんなことになるとは考えてませんでした」

「春菜さん?お二人はどうしたのですか?」

「いえ・・・単に機体調整しているだけです」

「機体調整って・・・この前は普通に戦闘してませんでしたか?」

春菜の顔が申し訳なさそうに引きつっていく。無論、笑顔を維持したまま。

「あの時でも完全じゃなかったんです。――――――で、今その続きをしてるんですけど・・・」

「・・・・・・これ、ですか」

珍しくヴァニラが呆れたように春菜を見ながら、裕樹と美奈を見る。二人とも相当頑張ったのにイマイチ成果が出なくて、気力も尽き果ててしまったのだろう。

「まぁ、珍しい二人を見られて楽しいんですけどね」

凄い。

二人と付き合いが長いと、心配よりも先にそう思うのか。

「裕樹さーん、美奈さーん」

・・・・・・はーい・・・・・・

・・・・・・なんですか〜・・・・・・

(・・・大丈夫なんでしょうか)

あまりにも気力を感じられない返答に、ヴァニラとちとせはかなり心配してしまう。

というか、ヴァニラもちとせも今までこんな無気力な二人を見たことが無かったのだ。

「と、とりあえず休憩にしませんか?」

「時には・・・休息も必要、です」

心配してくれる二人に促され、裕樹は張り詰めていた気をゆるりと抜いていく。

「・・・・・・そう、だよな。少し休もうか」

「やったぁぁぁ〜〜〜・・・・・」

「春菜、休もう。このまま続けても効率が悪いし」

「仕方ないですね」

ようやくの安息の時間に、裕樹も美奈も完全に気を抜いていた。

そこに、春菜という小悪魔が追い討ちと同時にトドメを刺した。

「あ、ちなみにエターナル・ラストクルセイダーは調整率7割で、ネイティブ・ヴァナディースは調整率8割ですからね」

あれだけ時間を掛けたのに僅か一割しか進んでいない。

裕樹と美奈は絶望すると同時に、春菜が遠まわしに「完成するまで逃がしませんよ♪」と告げていることに気づいた。

「・・・・・・ぐは」

「え〜〜ん・・・」

裕樹は正面に居たヴァニラに、美奈も同じように正面に居たちとせに抱きついた。

「ゆ、裕樹、さん・・・!?」

「美奈さん!?」

「いやだ・・・もういやだ・・・いやなんだ・・・・・・う、うぅ・・・」

「うぅ・・・えぐ・・・・・・ひっく・・・・・」

本気で泣いている裕樹と美奈を見て、ヴァニラとちとせは同時に春菜を睨みつけた。

「「春菜さんっっ!!!」」

「あはは、ちょっとイジメすぎちゃいましたね」

「そういうレベルじゃ・・・ないです」

「美奈さん本気で泣いてますよ!?」

ヴァニラは裕樹を支えつつ、ちとせは美奈をあやしながら春菜へ抗議を捲し立てる。

が、春菜は実に朗らかな笑顔で綺麗にかわしている。

なんというか・・・絶対に敵わない天使のような微笑みである。

ああ、そうか。

格納庫の中ではこの人には敵わないということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真面目な話、整備状況はそんなに悪くないですよ」

ヴェインスレイの格納庫管理室で、裕樹たちは休憩しつつ、春菜の話を聞いていた。

「セイカーディナルやエルドガーネットの大気圏内機動データも問題ないですし・・・――――――」

「裕樹さんはミルクティーでよかったですよね?」

「うん、よろしく」

「あ、ちとせ。私もミルクティーで」

「・・・裕樹さんも、美奈さんも、ミルクティー・・・お好きなんですね」

「ヴァニラはそういう好みないのか?」

「・・・・・・皆さん、人の話聞いてます?」

好き勝手にわいわいしている裕樹たちに、春菜は若干やさぐれながら告げる。

「大丈夫だって春菜。ちゃんと聞いてるよ」

「はぁ、ならいいんですけど」

どこか腑に落ちない様子で、春菜は手元の報告書に目を通し始めた。

と、思い起こしたように裕樹がモニターで格納庫の一角を見つめる。

その先には、三機並んでいる紋章機が映っていた。

「・・・なあ春菜」

「はい?なんです裕樹さん」

「あの紋章機・・・ファウンダーなんだけど、ステルス機なんだって?」

「ええ、そうですよ。紋章機にしては珍しく機能的な装甲色してますし、中のデータを弄って解析してみたら“光学迷彩”を可能にする機能がついてましたし」

「光学迷彩・・・ですか」

気になるところがあったのか、ちとせが問いかける。

「要するにどういう機能なんですか?」

「簡単に説明しますと、光の屈折率を変えて周囲の風景と同化するんです。言ってしまえば100%完全にカモフラージュするようなものです」

「・・・今の説明ですと、光が無い、もしくは光が少ないと同化率は下がるのですか?」

「そうですけど・・・それを防ぐ意味で装甲色が黒いんでしょうね。それに、そういう時は以前、京介さんが受けたっていう“光の幻影”で充分にカバー出来ますし」

「ホント、隙が無いって言うか・・・機能的な紋章機よね」

話を聞いていた美奈が裕樹と並んでファウンダーを見つめる。

確かに他の紋章機とは特色が違う。

装甲色だけではなく、機体の形がごつごつしておらず、レーダーを反射しやすい平らで鋭角的な形なのだ。

「それに、正樹さんが言うには真なる必殺技として“世界から隠れる力”があるみたいですし」

言いながら、春菜がどこか楽しげであることに全員が気づく。

なんというか、ウズウズしているように感じられる。

「――――――随分楽しそうだな、春菜」

(((言っちゃったーっっ!!??)))

言いたくても言いにくいことを裕樹はサラリと口にした。

女性陣が言い辛かったのは、機体をみてウズウズするなんて女性らしさが欠けているようなイメージがあるからである。流石に、マッドサイエンティストとまではいかないが。

「ええ、そうですね。なんていいますか・・・早く解析(バラ)したいですね。隅々まで」

「・・・ちとせ、私、春菜の心のセリフが見えたわ」

「・・・ええ、私もです」

珍しく、非常に珍しく、リ・ガウスの良識派である春菜に全員が微かな戦慄を覚えていた。

 

 

 

「でも、確かファウンダーって――――――」

ミルクティーを口に運びながら裕樹が話す。

「――――――シャトヤーンが開発したんだよな?白き月で。―――ノアの協力の下」

「そうですよ。白き月初の、一から開発した新造紋章機なんですって」

「・・・・・・・・・」

その事実に、裕樹は考え込む。

ここまで機能的な紋章機に、シャトヤーンが関わっている。

ならば、それが普通であるはずがない。

そもそも、シャトヤーンはどういう目的でこの紋章機を――――――

「――――――!」

パッと、何か閃いたのか裕樹は管理室のコンソールを操作し始める。

「裕樹?どうしたの?」

「裕樹さん?」

不思議に見つめる美奈、ちとせ、ヴァニラを気にせず、春菜を招きよせる。

「春菜、ファウンダーに記録されてるステータスデータとパラメータデータって、あるか?」

「え?・・・ええ、はい」

「違和感、感じなかった?」

その問いに、春菜は若干視線を反らしつつ押し黙る。

それが、裕樹の問いを肯定するのには充分すぎた。

「―――――――――はっきり言って、明らかに異常です。この数値は」

「・・・・・・だよなぁ」

「あのー、裕樹?私たち話が見えないんだけど?」

代表として美奈が切り出し、裕樹も隠すようなことをせずに、空中にデータパネルを映し出す。

「これ、先日の戦闘中のファウンダーのH.A.L.Oシステム運動パラメーターなんだけど」

「・・・?―――???」

「美奈さんにはわかりにくいかと思いますけど・・・ヴァニラさんとちとせさんならわかりますよね」

「・・・はい」

「大丈夫です」

「――――――時間別に見ていくと・・・・・・ここまでは普通なんだ。けど、次の瞬間――――――」

それは、先日の戦闘でキャロルが“クォーズ・ティラス・クォーナ”を発動した瞬間の記録だった。

「・・・っっ!?」

「――――――!!」

ヴァニラもちとせも、絶句してしまい声が出ない。

一言で言うなら、その数値は異常だった。

 

 

 

簡単に説明すると、H.A.L.Oシステムの運動パラメーターとはとどのつまり『パイロットの心の変動力』なのである。

心の動き、心の想い、心の力、心の意志。これら心の強さを紋章機は爆発的なエネルギーに変換し、必殺技や光の翼の媒介にしている。

だが、いくらその力が無限大と言われても、所詮は人の器で生み出すモノ。人が人である限り、心の変動値には限界が定められている。それらは自身を守ろうとする防衛反応に等しい。この限界値を超えてしまうということは、心が壊れるということ。つまりは精神崩壊である。――――――つまり、ちとせが“クロノ・アーク・テグジュペリ”放った後に起きる強烈な頭痛、疲労、脱力感は、心がオーバーヒートし、これ以上の過負荷を掛けまいとする心の防衛反応なのである。

だが、ファウンダーに記録されている数値はそういったレベルの話ではなかった。

ちとせが“イグザクト・ペネトレイト”にかかる負担数値を20とすると、“クロノ・アーク・テグジュペリ”の負担数値は瞬間値300程である。だが、ファウンダーには負担値700〜800が長時間に渡って継続されているのである。

それは、人が廃人になるには充分過ぎる数値。

それを、ファウンダーのパイロット、キャロルはいとも簡単にこなしているのだ。

 

 

 

「・・・キャロルさん、何者・・・なんですか・・・?」

「・・・信じられない・・・こんな数値、あり得ない筈なのに」

呆然とするヴァニラとちとせに、裕樹は極めて落ち着きながら告げる。

「――――――つまり、キャロルは普通じゃないんだろ」

それがあまりに淡々としていたため、周りは思わず唖然となった。

「・・・裕樹さん?」

「キャロルさんのこと、信用していないのですか?」

「・・・そういうわけじゃないけどさ」

だけど、彼女、キャロルはあまりにシャトヤーンに似ているのだ。

もし、最悪の形の想像通りだとすれば、あの少女は―――――――――

「――――――まぁ、正樹が一緒にしてくれる限り、キャロルは敵じゃないさ」

「そうよねー、キャロルって正樹に随分懐いてるもんね」

納得する美奈に笑いかけ、裕樹はこの話を切りやめた。

そう、逆に考えればキャロルがこちらに来てくれたことは非常に幸運ともいえる。

あの少女なら、あるいはシャトヤーンを―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、タクトたちは何度かのクロノドライブの後、白き月へ到着していた。

エルシオールが白き月に停泊した直後、エクスは誰よりも早く白き月に降り、一人で走り出した。

「はっ、はっ、はっ、はっ―――――――!!」

ドアも人も何もかも、わき目をふらず、ただ全力で走る。

走り、

走り続け、

走りぬけ、

走った。

もう、どれほどの距離を止まることなく走り続けたかなんてわからなかった。

けれど、エクスはようやく止まった。

目の前のドアにはただ、『医療室』とだけ書かれていた。

息を整えることも忘れ、

汗をふき取ることも忘れ、

そうして、胸が苦しかった。

「っは――――――」

一息。

それで、全てのモノに清浄を告げ、部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

「―――――――――」

思わず、ありとあらゆる思考が停止した。

ベッドの上に二人、その間に座る一人。

部屋にいた三人の存在は、まるで、ずっと自分の帰りを待っていてくれたようで―――――――――

「クリス、セリシア・・・!!」

「エクス!?」

「エクスくん!?」

驚きと喜びが入り混じった表情で、同期の戦友であるクリスとセリシアは応えてくれた。

そんな彼等に笑顔を向けつつ――――――

                   ――――――エクスは、ティアと視線が重なった。

「――――――」

言葉が無い。

言葉が、何も浮かばない。

頭が、本当に真っ白になっていた。

別れた時は意識がなかったティアが、こうして自分を見つめている。

それが、何より――――――

「――――――エクス・・・」

ポツリと、ごく自然にティアはエクスの名を呼んでいた。

それでも、エクスはただティアを見つめることしか出来なかった。

崩れそうだ。

均衡している何かが、今にも崩れそうだ。

我慢しているわけじゃないのに、何故か、どうしてか、

体が、震えていた。

「・・・・・・あ」

呆然とするエクス。

それに、ティアはゆっくりと、少しずつ微笑んで――――――

 

 

 

 

 

「・・・おかえり、エクス」

 

 

 

 

 

――――――そう、言ってくれた。

 

 

 

我慢できなかった。できるわけがなかった。

頬を、熱いモノが流れていく。

言いたいことはたくさんある。

話したいこともたくさんある。

伝えたいこともたくさんある。

 

―――――――――それでも、今は、

―――――――――ただ、泣いていたかった。

 

自然と、ティアのベッドに泣き崩れていた。

すぐ傍にクリスやセリシアがいるのに、恥も外見もなかった。

ただ、泣きたかった。

ティアのために、自分のために、ただ。

泣き続けるエクスに、ティアはそっと彼を包み込んだ。

弱々しく、とても抱きしめているとはいえない。

けど、それはエクスにとって、何よりも嬉しく、優しいモノに感じられた。

だから、エクスは泣きながらも、別れる際に交わした約束を果たした。

 

 

 

「・・・ただ、いま・・・・・・ティア・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉は交わしていないけれど、

何も、伝えることはなかったけれど、

今、ここに、エクスとティアは、お互いを許し、許されることが出来た。

時間は経ち過ぎて、昔には戻れないけれど、

今からでも、氷結したままだった幼馴染の時間を、進めていけばいい。

ゆっくり、

ゆっくり、

進めていけばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく落ち着きを取り戻したエクスは、セリシアの勧めでティアのベッドの横に腰掛けた。

今更だが、同期の仲間の前で大泣きしてしまった手前、エクスは恥ずかしい気持ちで一杯だった。

だが、それをからかう者は誰もいない。

それも含めて、エクスはこの上ないほどのやすらぎを感じることができた。

「あー・・・えっと・・・」

決して無言の空気が嫌なわけではないが、折角の時間だ。何か話したかった。

「それで・・・ティア、調子はどうなんだ?」

「うん、まだ起きあがれるだけって言われてるし、私自身、体中がすごくダルい感じがする・・・」

顔色を見る限り充分健康に見えるが、どことなく表情に力がないのはそのためか。

思わず心配になり、――――――その顔がバレて、逆にティアに心配されてしまった。

「・・・仲いいね、二人とも」

「これでギクシャクしてたことも解決ってわけだな」

冷やかしなどではなく、本当に自分たちのことのように喜んでくれるクリスとセリシアにも、エクスは感謝した。

「・・・そうだ」

ふと、思いついたのかクリスは不思議そうな顔をしてエクスとティアを見つめた。

「な、なんだよクリス」

「どうかした?」

不思議に聞き返す二人に、クリスはさも自然と、ソレを口にした。

「結局さ、――――――昔、二人に何があったんだ?」

今まで誰も聞かなかった事実。関わろうとしなかったこと。

それは、今の二人にとってまだ傷跡でしかない。

誰もが薦めようとも、取り止めようともしない中、エクスは静かに、ポツリと告げた。

「・・・・・・子どもだったんだ」

「は?」

「子どもの頃の・・・子どもだからこその、子どもの思いだった。――――――それだけなんだ」

「抽象的すぎてわかんねーぞ」

「・・・・・・ごめん」

どこか苦笑いしながら答えるエクスの顔が、“言いたくない”と告げていた。

「・・・ま、いいさ。けどな、いつか絶対話してくれよ。――――――仲間だからな」

ニカッと笑うクリスが、何より眩しく見えた瞬間だった。

彼の陽気な明るさが、何より嬉しく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、幼い頃の話。

 

 

 

エクスは、目の前の光景から目を離したかった。事故で両親を失ったと思い、泣きじゃくるティアの姿など見たくなかった。――――――子供心でも、そう思った。

いくら声をかけても、いくら抱きしめても、ティアは泣き止んでくれなかった。

だからこそ、エクスは小さな約束を破ってでもティアの両親を探し出した。

 

――――――どんな時でも、ずっと一緒にいる。

 

それが、約束だった。

幼かった。

本当に、幼かった。

だから、エクスもティアも互いの本当の気持ちを理解してあげられなかった。

ティアは、こんな時だからこそ、エクスに傍にいて慰めてほしかった。約束したのだから。

けれど、気がつくとエクスは居なかった。

最後の心の拠り所まで居なくなったティアの精神はエクスを恨み、憎むことで保たれた。

エクスの本心を理解出来ないまま。

 

 

 

エクスは、今よりも幼い頃に両親を事故で失っていた。

だからこそ、両親を失った悲しみや絶望をティアに思わせたくなかった。だから、約束を破ってまでティアの両親を探しにきたのだ。

例え、本当に亡くなっていたとしても、ティアが両親に送ったネックレスだけは見つけるつもりだった。

けれど、エクスはティアの本心を理解できなかった。

全てが遅く、そして幼かった。

幾つにも重なった偶然と誤解が原因だった。

 

 

 

結果的には、ティアの両親は奇跡的に無事だった。

けれど、エクスは両親を直接発見したのだから、救助隊にいろいろ説明しなければならず、ティアの所へ帰るが両親より遅れてしまった。

よく考えればわかることなのに。

エクスが、ティアの両親を見つけてくれたのだと、解るはずなのに。

エクスに対して、恨みと憎悪しか持っていなかったティアは、気づけなかった。

 

 

 

――――――・・・どうして

――――――・・・え?

――――――どうして、約束を破ったの?どうして、一番辛い時に傍に居てくれなかったの?

――――――まってティア、それは・・・

――――――・・・エクスなんか・・・

――――――・・・ティア・・・?

――――――エクスは両親がいないから・・・私の気持ちなんてわからないのよっっっ!!!

 

 

 

その言葉で、全てが終わった。

ティアのために、ティアにもう一度笑ってほしかったから。何よりティアなら解ってくれると信じていた。

けれど、ティアの一言で信じていた心はズタズタに引き裂かれた。

わからないはずがない。

わかっていたからこそ、両親を失う悲しみを知っていたからこその行動だった。

それを、切り捨てられた。

――――――全てが、崩れていく気がした。

全てが信じられず、全てを否定したかった。

 

 

 

 

 

ティアが事の真相を知り、全て自分の誤解だと知ったのは、ようやく話すことが出来るようになった両親から聞いた時だった。あれから、もう一週間が経っていた。

全ての行為に対して、例えようのない後悔がティアを襲った。

そして、ティアは泣きながら、謝りたいと何度も何度も思いながらエクスの下へ走った。

―――――――――けれど、謝ることすら許してくれなかった。

 

 

 

 

 

 

幼い頃のエクスとティアの思い出はこれっきりだった。

それから今までの間、ティアにとっては後悔と懺悔だけの時間だった。

エクスも、あの時の行為や誤解が子どもだったからだと理解していた。

けれど、許すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・でも、きっと違う)

優しい眼差しでティアを見ながら、エクスは思う。

きっと、自分はずっと前からティアを許してあげたかったのだ。

だから、軍に志願した。

あの時、自分に力があれば・・・大きな力があれば、あんなことにはならなかったのでは、と。

そして、もう二度と同じことを繰り返さないために軍に入った。

それはつまり、ティアを許してあげたかったのだ。

今の自分には力がある。

だから、もうあんなことにはならない。

だから、もう気にしなくていい。

だから、もう泣かなくていい。

それだけを伝えたかったのに、長い時間はその思いを憔悴させてしまった。

「・・・?どうしたの、エクス」

「・・・なんでもない。ほら、もう寝とけよティア。あんまり無理するなよ」

背中を支え、エクスはティアをベッドに寝かしつけた。

「えへ、なんだか・・・エクスが優しい」

「・・・今まで優しく出来なかったから。今からでも優しくしようって」

「うん・・・ありがと」

ティアの弱々しい笑顔に、優しい笑顔で返して、ティアの手を握った。

辛い過去は、もう思い出の彼方でしかない。

今の自分は、ティアと笑えるのだから。

だから、いつかクリスやセリシアにも話そう。

その時には―――――――――きっと、この話も笑って話せるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・以上が、アークトゥルス侵攻作戦の報告です」

一方、白き月の謁見の間ではタクトが先の戦闘の報告を終わらせていた。

シヴァ、ノア、シャトヤーン、ルフトに、エルシオールからはタクト、レスターが来ていた。

「そうか・・・・・・何はともあれ、ご苦労だった、マイヤーズ、クールダラス」

「「はっ・・・」」

シヴァの労いの言葉に、三人は同時に頭を下げた。

「しかし・・・神崎正樹と水瀬彩、それにキャロルまでエルシオールから離反するとは・・・やられたのう」

「ええ、ですが・・・」

ルフトの言葉に答えるかのように、シャトヤーンがモニターを目の前の空間に機動させる。

そこには、エターナル・ラストクルセイダー、ネイティブ・ヴァナディースが映し出されていた。

「ラストクルセイダーにヴァナディース・・・・・・裕樹が生きてたってこと?」

「そうだよ、ノア。直接対峙して確認したから、間違いない」

タクトの返事に、よく生きてたわね、とノアがため息をつきながらモニターを見つめる。

「それにしても・・・」

「どうかした?シャトヤーン」

「・・・いえ、正樹さんや彩さんはともかく、キャロルまで離反するとは正直以外だと思ったのです」

「・・・キャロルは、正樹にとても懐いてましたからね。多分、それが原因なのだと」

「――――――え?」

タクトがサラリと言った言葉に、シャトヤーンがかつてないほどに驚愕している。

が、それも気のせいだったのか、すぐに元の表情に戻っていた。

「・・・詳しく聞いてもよろしいですか?」

「え?あ、はい。――――――と言っても、単に正樹は何故かキャロルの言いたいことがわかるらしく、キャロルとまともにコミュニケーションが取れるのは正樹だけだったんです。そのせいか、キャロルはよく正樹と一緒にいましたね」

ごくごく普通のことを言っただけなのに、何故かとても驚いているように見える。

それも、あのシャトヤーンが、だ。

「懐く・・・?あの娘、キャロルが・・・?」

「シャトヤーン様?どうされたのですか?」

「シャトヤーン?」

ハッ、としていつもの優しげな表情に戻る。

「いえ、すいません。少し以外だったので・・・・・・キャロルは、白き月にいる間は感情の欠片も見せてはくれなかったので」

「だから思わず“心無き天使”って名づけちゃったんだけどね」

ノアのサバサバした声が締めとなり、話を変えた。

「それで、現状・・・リ・ガウスへの対応なのですが・・・」

レスターの神妙な言葉に、シヴァたちも困惑した表情を見せる。

その表情から察するに、今だ対策を検討中ということなのだろう。

だが、一人―――――――――シャトヤーンだけは違っていた。

「問題ないでしょう」

「――――――は?」

「え?」

「な・・・?」

「・・・・・・」

紡がれた言葉がイマイチ理解できないまま、シャトヤーンは続きを述べた。

「エルシオールが戦ったのはトランスバールと正規に条約を結んでいない独立軍です。よって正規軍に対する問題はないでしょうし、独立軍はヴェインスレイ軍の指揮下に入るのですから問題ないでしょう」

「それは・・・どうしてですか?」

「朝倉裕樹。――――――彼がこれ以上戦乱の火種を拡大させるとは思えません。恐らく、独立軍も彼等ヴェインスレイ軍が抑えるでしょう」

「ですが・・・っっ」

理に適っている。それは間違いない。

だけど、違う。

何か違う。

直感的に、タクトは本質を見抜きかけていた。

「本当に大丈夫なのですか?シャトヤーン様」

「心配ありません、シヴァ陛下。彼を・・・朝倉裕樹を信じましょう。今は敵とはいえ、彼は信じるに値する人物です」

「・・・・・・はい」

不安を隠せないまま、しぶしぶといった感じで頷くシヴァ。

無理はない。

シャトヤーンの言っていることは全て憶測であって、確定する証拠など何一つないのだから。

しかも確認することも出来ない。仕方ないとはいえ、これを最終決定にするには少し押しが弱いように感じた。

「・・・・・・タクト」

「・・・ああ、わかってる」

そうならば、一つの疑問が浮上してくる。

元々そういう決定にするのなら、一体何故自分たちは白き月に呼び戻されたのだろう。

とてもじゃないが、懲罰ではないことは確実だ。

ならば、何故。

「ルフト先生」

「おお、なんじゃタクト」

「なら・・・・・・どうしてエルシオールを白き月へ帰還させたのですか?」

「私の判断でわざわざ戻ってきてもらったのです」

ルフトが答えるより早く、シャトヤーンが代弁するように答えた。

それはまるで、ルフトに余計な事は話させないかのように――――――そう、感じた。

「――――――シャトヤーン様。では、何故です?」

タクトに代わり、レスターが改めて問う。

それに、さも当然であるかのように、シャトヤーンは表情を欠片も変えることなく告げた。

「――――――ヴェインスレイ軍が、白き月に攻め込んでくるからです」

 

 

 

 

 

 

言っていることが理解出来なかった。

言っている意味すら理解出来なかった。

そんな馬鹿な話があるものか。

彼――――――裕樹がヴェインスレイ軍を率いて白き月に攻め込んでくるなど。

あり得ない。

あり得ないはずなのに、――――――――――――否定できない自分がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

タクトは愕然としながら、もう一度シャトヤーンを見つめる。

「もう一度言いましょう。――――――ヴェインスレイ軍は、必ず白き月に侵攻してくるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャトヤーンが告げた言葉はただ冷たく、否定することも出来なかった。

それが、タクトの心を深く抉った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

どうも、お久しぶりの八下創樹です。

えー、毎度のことながらの懺悔コーナーと化しているあとがきですが、今回も懺悔ということで(オイオイ)

今回はわかるかと思われますが、エクスとティアの過去についてです。

私はオリキャラでも軽いキャラにはしたくないので、その生い立ちから今までの歴史までも深く設定しています。・・・・・・サブキャラがあまりに多いので、ほとんどが省かれますが。

その中でエクスとティアは本編によく関わっていました。ですが、裕樹の過去同様、まともに話を書いてしまうと4、5話並のボリュームが無いと書ききれないのが現状です。私個人としてはぜひとも書き上げたいのですが、GAのサイトである以上、GAキャラが長期間出てこないのは問題かと思い、このような形で出来事だけを簡潔に書きました。

以上の、作者としての未熟な点をお許しください。

もし、個別にでもその話を詳しく知りたいという方がいらしたならば、メールなどでご連絡ください。遅いペースですが話を丸ごとお送りいたしますので。

 

 

 

ではこの辺で。そろそろシャトヤーンに繋がる全ての伏線を解き明かしますので、ご期待ください。

ではでは〜