第二十七章「在りし日の残影」

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

戦艦ヴェインスレイのブリッジにヴァニラ、ちとせ、春菜、正樹、キャロル、彩、和人といった主要メンバーが集まっている中、陽気な笑顔で裕樹、美奈、京介がブリッジに入ってきた。

「お疲れさまです・・・」

「裕樹さん、どうでしたか?会談の方は」

入り口近くにいたヴァニラ、ちとせが真っ先に聞いてくる。

そんな二人に裕樹は苦笑しつつ、ごく自然にヴァニラの頭を撫でていた。

「あ・・・」

「まぁ上手くいったっていうか・・・随分温厚な人だったぞ。代表は」

照れるヴァニラを気にせず、裕樹はブリッジの中央で歩を止める。

全員の視線が集まる中、正樹が裕樹に歩み寄る。

「詳しく話してくれねぇか」

「ああ。――――――結論から言えば、ヴェインスレイ軍とアークトゥルス在中のリ・ガウス独立軍は同盟を結んだ。以後、彼等はリ・ガウス同盟軍と名乗り、俺たちに協力してくれることになった」

「やりましたね」

「これで、でっけーバックアップが着いたな」

春菜や和人の声に続き、ブリッジが歓喜の声に包まれていく。

無理もない。確かに以前までだと補給にも一苦労だったが、事実上これで心配することはなくなったのだから。

「それで、先日の戦闘のことだけど・・・・・・」

重要な話題だけに、あれだけ賑やかだったブリッジが急にシン、と静まり返る。

「・・・・・・リ・ガウス同盟軍に、トランスバールと戦争するような真似だけはしないでくれとお願いした」

「で?お願いは聞き届けられたのかしら?」

多少ぼかした言い回しに、彩が返答と一緒にきっちりと返してきた。

「ああ、随分簡単に納得してくれた。――――――これで、全面戦争っていう最悪の形は避けられたってわけだ」

ブリッジにいるクルー全員が胸をなで下ろす。

完全に第三勢力になりつつあるヴェインスレイ軍が最も防がなければならないことが、前大戦“パレスティル統一戦争”のようなトランスバールとリ・ガウスの全面戦争である。

その当初の問題が暫定的とはいえ解決したのだ。ほっとするもの無理はない。

「それで、今後のヴェインスレイの動きなんだけど・・・・・・」

「そういえば・・・どうするんですか?」

「事実上、トランスバールやプレリュードと戦う理由もねぇしな。どうすんだ、裕樹」

「・・・・・・今から言うことは、正直、俺一人で判断していいことじゃない。初めに言っておくけど、意義があるなら遠慮なく言ってほしい」

裕樹にしてはめずらしく躊躇うような素振り。

すでにその内容を聞いているのか、美奈や京介はどこか表情が暗い。

「・・・・・・わかりました」

それでも、聞かないと話が進まない。

代表として、ヴァニラが裕樹に話を促した。

「――――――今後、ヴェインスレイは・・・・・・白き月へ向かう」

「なっ!?」

「えっ!?」

「!!」

「っっ!?」

「――――――」

驚きと疑問が入り混じった反応。

それは予測できたことなのか、裕樹も今度は躊躇わずに続けた。

「・・・ちゃんと説明するとな、もう時間がないんだ。シャトヤーンも予定通りに事が進んでないのか、焦りを感じている」

「時間が・・・ない?」

「ああ。エルシオールが撤退したのはそのためだ。――――――アークトゥルス惑星内から撤退するのはわかるけど、アークトゥルス近海から撤退することはないはずなんだ。こっちは向こうが攻めてこない限り攻撃しないし、向こうにはタクトやレスターが居るんだ。話し合いをする余地が無いわけじゃないことぐらい、解らないはずがない」

「そうよね・・・タクトだって攻撃してるのが誤解だって気づいてくれたんだもの」

「なのに、撤退したのは―――――」

「・・・・・・シャトヤーンが命令を下した、ってわけだね」

納得いったように彩や正樹、京介は頷いた。

「ああ、シャトヤーンは完全にこっちの考えを読みきってるからな」

「・・・?どういう、ことです・・・?」

疑問符を浮かべるヴァニラ。

だが、それはヴァニラ一人ではなく、裕樹は更に詳しく説明していく。

「――――――つまり、俺たちはシャトヤーンを止めるのが目的だ。何も殺そうなんて思っちゃいない」

「はい、そうです」

「ならば必然的になるのが話し合い。・・・つまりは交渉だ。その際、もっとも重要なのは主導権を握ることだよ」

「主導権・・・ですか」

これはどのような時にも適合することである。

話し合いにしろ、交渉にしろ、主導権さえ握ってしまえばこちらの意見を優先的に扱われるため、その場で勝利するには必須とも言っていい。

「俺は、停滞しているエルシオールと話し合って、シャトヤーンと話せるように一緒に白き月に行くつもりだったんだ」

「なるほど・・・そうなればさすがに軍や報道関係に知られる・・・・・・つまりトランスバール中にその光景を広めることができるのですね」

「ああ。さしものシャトヤーンも、エルシオールと一緒に来たヴェインスレイを無碍に扱うことは出来ないだろうからな。それで主導権を握れると思ったんだよ」

だが、そうはならなかった。

ここまでくると偶然であるはずがない。シャトヤーンはそれらをわかりきったからこそ、エルシオールを強制的に白き月へ帰還させたに違いない。

「でも、そんなことをして・・・・・・」

「一応、理由付けならしてある。リ・ガウス同盟軍に名前を借りればいい」

「・・・名前?」

何気なく他のブリッジクルーの視線も注目している。

が、カンのいい美奈や京介はその意図を感覚的に理解してそうだ。目を見ればわかる。

「先の戦闘で、トランスバールはアークトゥルスに侵攻した。それも濡れ衣を着せられた相当理不尽な攻撃だ。――――――その中で、勝手に暴走する少数派が居たとしてもおかしくないだろ?」

「ああ」

「なるほど」

「・・・名前を借りるって・・・そういうことですか」

「そういうことだ、ヴァニラ。要は報復攻撃のためにトランスバールへ向かったと、表向きはそういう風にする。・・・・・・当然、戦争するわけじゃない。ただ、俺たちが白き月へ行く際の理由として名前を借りるだけなんだ」

つまり、完全に敵軍として認識されているヴェインスレイ軍がトランスバール領域に入るには、リ・ガウス同盟軍の少数が暴走したことにするのだ。確かに先日の戦闘は映像データでもしっかり残っているし、それがある以上、トランスバールも仕方ないと考える。

無論、戦艦ヴェインスレイが先陣を切って行けるわけではない。

同盟軍の少数派はヴェインスレイでも止められなかった。だから侵攻してきた。――――――表向きは、このシナリオを通すのである。

「・・・裕樹さん」

全員が納得した空気の中、ちとせが静かに疑問を口にした。

「ん、なにちとせ」

「それはつまり・・・シャトヤーン様は私たちがこれから、白き月へ向かうこともわかっているんですよね?」

「多分、ね」

「その上で、白き月へ行くのですか?」

言ってしまえば、当初の予定がずれた時点で相手の手に乗せられているようなものだ。

なのに、罠であるとわかった上で裕樹は行こうとしている。

「その上で、だ。シャトヤーンは今回の“アークトゥルス攻防戦”を利用して、トランスバールとリ・ガウスを危うく全面戦争ギリギリまで運ばせたんだぞ。これ以上、シャトヤーンに時間を与えちゃいけない」

「・・・・・・わかりました。なら、私は反対しません。裕樹さんについて行きます」

考える躊躇すら見せず、ちとせは即決した。

「ちとせ・・・」

「私は当然。裕樹と一緒だから」

「僕もだ、裕樹。ここまで軍の規模が増えたのに、トランスバールとプレリュードの仲裁ばかりしてる時じゃないしね」

「私もです、裕樹さん。今・・・私たちにあまり時間はないですし」

「・・・ついて行きます。裕樹さんと、一緒に」

「美奈、京介、春菜、ヴァニラ・・・・・・ありがとな」

彼等に礼を述べ、笑顔を消しつつ正樹たちを見つめる。

「正樹・・・前にも言ったけど、俺たちはお前たちに命令する権利なんてない。どうするかは、正樹たちで決めてくれ」

「ヴェインスレイの中で、ただ静観しててもいいんだな?」

「・・・・・・ああ、そうだ」

試されているのか、はたまた本当にそうする気かどうかはわからないが、裕樹は頷いた。

約束したのだ。

だから、自分から破るなんてできるわけがない。

「・・・・・・」

「正樹」

無言の中、彩が促すように正樹に呼びかける。

それに、――――――正樹はくだけた笑顔で応えた。

「オーケー、わかった。―――俺たちも戦うぜ」

「正樹、いいのか?」

「今更じゃねぇか?裕樹」

と、正樹は思い出したように自分の傍にいる少女に向き直る。

「キャロル、そーゆーわけで俺は裕樹を助けてぇんだ。・・・それでいいか?」

しばし無言の後、キャロルは表情こそ変えなかったが、―――――――――確実に、頷いた。

「おし!決まりだ!」

「よし・・・じゃあ出発は明後日。もうこれからは時間との勝負だから、各自、準備を怠らないように!」

裕樹のリーダーとしての言葉に、クルー全員が力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確か・・・この辺りだよな」

「見事に森ですねー」

「白き月って・・・面白いです」

タクト、ミルフィーユ、エリスの三者三様の見事に別れた感想をぼやきつつ、三人は森を歩いていた。

今更であるが、ここは白き月の中。エリスの説明でしっかり結論付けられる辺りさすがである。

おおよそ想像も出来なかった白き月の光景に、少なからず感動を覚えているエリスの様子に、タクトも頬を緩ませた。

今でこそ、自分たちの立場、立ち位置はこうなってしまったが、本来ならばエリスにはこういう場所が似合うはずだ。

と、不意に森の中の休息所と言える広場が見え、そこに自分たちを呼び出したシヴァを見つける。

「シヴァ陛下・・・」

「タクト、ミルフィーユ・・・それに、エリスと言ったか」

「あ、はい。初めまして、エリス・マイヤーズです」

「トランスバール・女皇、シヴァ・トランスバールだ」

一連の挨拶が終わったというのに、シヴァの表情は暗いまま。

いや、始めからずっと沈んだままだと、タクトは今更ながらに気づいた。

「シヴァ様、どうしたんです?」

「いや・・・うむ・・・」

躊躇する。

このことを、タクトに話していいのかが。

ある意味、白き月への裏切りのようにも感じられるから。

――――――それでも

「・・・・・・あくまで、個人的な話をしたい、マイヤーズ」

私には、彼――――――裕樹と敵対することが正しいとは思えない。

何より、その現状を許せなかった。

2年前、自らの存在を消してまで“ザン・ルゥーウェ戦”で死んでいった者たちの因果を逆転させた行動。

無論、それ以外にも言い尽くせないほどに彼は様々なことをやってのけた。

それらの行動を見ている限り、混迷しているのはこちらで、朝倉裕樹は一切の迷いが無いかのように見えて仕方ないのだ。

だからこそ。

「私は・・・シャトヤーン様のため、白き月に留まり――――――縛られることを良しとした」

「は・・・?」

「――――?」

「だが・・・タクト、ミルフィーユ、エリス。・・・お前たちは違う」

タクトは一瞬、シヴァが何を言っているのか、そして何を伝えようとしているのかが理解出来なかった。

同時に、自虐的に語るシヴァが例えようもなく悲しげに見えて仕方が無かった。

「お前たちは、シャトヤーン様のためでもなければ、誰のためでもない・・・・・自分のために動いて、生きて欲しいと、願う――――――心から、願う」

裕樹たちと戦うな、とは、言えなかった。

本当は、タクトたち、彼らが自分たちの軍勢に居てくれることが何より嬉しいことに偽りはない。

だが、同時に裕樹たちと敵対することそのものが、どうしても許せないことでもあった。

だから、ここまで。

私が譲歩し、忠告、助言できるであろうことは、ここまでなのだ。

「・・・すまない、時間をとらせてしまったな」

これ以上、相反する想いのため、何も言う事が無くなってしまった。

だからこの場に居る事が耐えられず、立ち去ろうとし―――――――――

 

「シヴァ様・・・・・・久しぶりに、チェスしましょうか」

 

―――――――――そんな言葉に、呼び止められた。

「タク、ト・・・?」

「なんだかよくわからないですけど・・・・・別のことで悩んでしまうなら、遊ぶことに頭を使いましょう」

「お、お兄ちゃん・・・」

「まぁまぁ、エリスちゃん。―――――これもタクトさんらしさですよ」

どれだけずば抜けてるんだろう、とエリスは思った。

無論、あらゆる意味で、である。

「――――――・・・・・・そう、だな・・・。うむ、久しぶりに、相手をしてもらおうか、タクト」

そう言って、満面ではないけれど、シヴァは笑った。

これが、タクトがいつだって思っていること。

世界全てとは言わない。

だけど、自分が知り合った、自分の世界の人たちだけでも、全員が笑顔でいて欲しいと心から願う。

 

 

 

 

 

――――――そこに嘘、偽りは無く、

――――――当然のように、裕樹たちとも本当は笑い合っていたいと、心から願っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白き月への出発予定を告げてから一夜明け、ヴェインスレイ艦内は自然と明日に控えた出撃準備に取り掛かっていた。

多くの人が入り乱れ、今や格納庫内は人の渦と言っても過言ではない。

その拍車をかけるのが、昨日ファクトリーから到着したての二隻の新造量産型戦艦“ブリューナク”である。

軍の規模が大幅に拡大したこともそうだし、何より旗艦“ヴェインスレイ”に主力量産機である“セイカーディナル”や“エルドガーネット”を搭載する余裕はあまりないのだ。――――――紋章機はデカいし。

何より、今後は合体型追加装備武装“エスペランス”と“エスペランサ”の強化型も搭載する予定なのだ。空きスペースなんか微塵もない。

まぁ早い話、“ブリューナク”は量産機の輸送用というところである。無論、一隻での戦闘力だけでも“エルシオール”と正面から撃ち合っても勝てるほどに高いのだが。

「んー・・・・・・運動視野パラメーター、帯域センサーは・・・ドッキングした機体と同調させるっと・・・」

そんなわけで、今は新型エスペランスの調整を行っているわけである。

が、この新型エスペランス、春菜の斬新なアイディアのおかげで素晴らしいほどに設定がややこしい始末になっている。

ぶっちゃけ、つい2時間ほど前にエターナル・ラストクルセイダーの機体調整を100%完了したばかりなのだ。

…………なんていうか、イジメですか、春菜サン。

「なにか言いました〜?」

「別に〜?――――――・・・・・う〜・・・あーっっ!!」

背後で同じく武装、データチェックをしている春菜に答えながら思わずキーボードを投げ出す。

「ど、どうしたんですか、裕樹さん」

「・・・だめだー、もう集中力続きません・・・」

「そうは言っても・・・エスペランスを操作したパイロットは裕樹さんだけなんですから・・・」

だから調整、開発も俺が適任だと春菜は言いたいのだろう。

まぁしょうがないと言えばしょうがないのだが。

「・・・・・ふぅ・・・・」

「ヴァニラ先輩、少し休憩にしませんか?」

「・・・・・・そう、ですね」

一方、向こう側で新型エスペランサの調整を行っていたヴァニラ、ちとせも少し一服するみたいだ。

こちらも春菜を促して、2人の所へ歩み寄る。

「お疲れさま、ヴァニラ、ちとせ」

「あ、はい・・・」

「・・・裕樹さん、少し・・・手伝ってもらえないですか・・・?」

珍しい。

ヴァニラがこうもストレートに誰かに助けを求めることはそうそうない。

――――――さりげに無自覚で上目使いをするのは反則デスネ。

「んー・・・手伝ってやりたいのは山々だけどさ、俺にはH.A.L.Oシステムについては知識で知ってるだけだし・・・やっぱヴァニラとちとせで調整したほうが良くないか?」

「・・・そうですね・・・」

悲しげに俯くヴァニラ。

あれー?何もしてないのに何故か罪悪感に包まれるのは何故ですかー?

っていうか、機体調整でここまでへこむヴァニラは初めて見たぞ。

苦労は身に染みてわかるのだが。

 

 

 

 

 

とりあえず小休止。

格納庫の小さなコンテナの上に4人並んで、カップの紅茶とコーヒーを飲む。

ミルクティーを飲んでほっとしていると、格納庫のBGMが戻ってくる。

何かを打ち付けるような金属音。コンテナ等を運んでいるであろう、駆動アーム音など、実に様々な。

「裕樹さん」

「ん」

不意に、隣にすわるちとせが声をかけてくる。

「白き月に行くということですが・・・作戦はどうするのですか?」

「・・・ま、いくら報復っていう建前があっても当然、向こうは防衛戦に出てくるだろうしね」

「はい・・・タクトさんが、黙って通すとは思えないですし」

「――――――とりあえず、真正面からは初期のヴェインスレイ軍メンバー以外の軍勢で突撃してもらうつもり。指し当たっては、ヴァニラと正樹とキャロルと、後はブリューナク2隻・・・ってとこか」

「それって・・・戦艦ヴェインスレイの搭載機以外全部では・・・?」

「そういうこと。で、後はいつもの少数精鋭とヴェインスレイで、白き月の裏側から奇襲ってとこかね」

「最悪、シャトヤーンと対面すればいいだけですから、それほど大規模な戦闘にならなければいいんですけどね・・・」

春菜が呟いたことは、あくまで理想でしかない。

でなければ、今まさにここまで入念な戦闘準備や、新型機の調整、開発を進めたりはしないだろう。

それでも、今更止まれはしないことは、充分にわかっているつもりだ。

「本当に・・・なにやってるんだろうな、俺たちは」

「・・・・・・」

「裕樹さん・・・」

「・・・・・・それでも」

一人、ヴァニラだけは俯くことなく、揺らぐ事の無い瞳で、前を見ていた。

「それでも、私は・・・私たちは・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

白き月の廊下で、何人かの研究員とすれ違った中、リフレッシュルームでソファーに座るランファを見つける。

けど、単にくつろいでいるわけではなく、どこか俯きぎみな顔が、どこか放っておけなかった。

「・・・ランファ?」

「あ、ミルフィー・・・なに?」

「べつにー、なんでもないよ?」

自然とランファの隣に座る。

ランファもそれを良しとしたのか、特に何も言わなかった。

「―――――良かったね、クリスくん。両目とも、目が見えるように治って」

「ええ、そうね。セリシアやティア、エクスも毎日一緒にいるし、大丈夫でしょ」

(・・・・・・)

ランファがぶっきらぼうなのは気にしない。

彼女は、何かしら考え事をしていると他のことを気にする余裕が無くなるのだ。

もっとも、自分もそうだと言えばそうなのだけど。

 

―――――――――でも、今はランファが何を考えているかが、私にだってわかってしまうから・・・・・・

 

「・・・ね、ランファ」

「なによ?」

「・・・・・・正樹さん、どうしてるかな?」

「――――っ、知らないわよ、あんな裏切り者!」

「――――――」

ランファの表情に、辛さ、悲しさが増したように見える。

話すべきではないと思い―――――――――今更、やめるほうがもっと失礼だと思った。

「ランファは・・・・・正樹さんのこと、好きだったの?」

「・・・・・・べつ、に――――――」

言いかけて、ランファは口を閉じる。

同時に、少しだけ苦笑しながら顔をこちらに向けてくれた。

「・・・ううん、嘘。―――――多分、きっと・・・好きだったんだと、思う」

「そうなんだ・・・いつから?」

「アタシがエルシオールに戻ってきて・・・そしたらアイツもエルシオールに乗ってて、それで、いつの間にか」

どこか懐かしむようにランファは話す。

それは、もう届く事の無い過去への執着なのかもしれない。

それでも、話を聞くだけでランファが正樹さんを好きだったということは良く解る。

何がきっかけで、どこを好きになったのかは知らない。

だけど、それはきっと、確かなものだったのかもしれない。

「――――――アタシ、まだ何にも言ってない」

「え――――?」

「結果なんて、ほんとはわかってる。・・・・・けど、中途半端なのは、アタシ的に許せない・・・!!」

「・・・ランファ、でも・・・」

その想いを伝えるべき相手は、今や敵軍という、何よりも深い境界線の向こう側だ。

それを、どうするというのか、ランファは。

「大丈夫よ、ミルフィー。アタシは・・・アタシなりの行動で、ケリをつけるから」

「――――――」

「声かけてくれて・・・それと、話聞いてくれて・・・ありがとね、ミルフィー」

言って、ランファはリフレッシュルームを飛び出していった。

そんなランファを追うことはせず、ただ視線のみで見送った。

最後に、ふっ、と正樹の、彼の子どものような笑顔が脳裏を掠めた。

それが、ミルフィーユに出来た精一杯の抗議だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白き月の情勢も、まだ詳しいことはわかっていない」

翌朝、ドッグを訪れた裕樹は大幅に人員を増したヴェインスレイのクルー、及び新型戦艦ブリューナクのクルーを前に告げる。

「そして、ここアークトゥルスを中心としたリ・ガウス同盟軍の協力もあり、ヴェインスレイ軍は正式な軍属を名乗ることが出来る規模になった」

特に、各艦の人員が大幅に増員されたことが何よりも大きい。

これは無論、初期のヴェインスレイ軍メンバーではなく、ここアークトゥルスの同盟軍からの協力員である。そのおかげで、こうして量産機を数多に搭載した戦艦を2隻追加でき、戦略レベルの戦術を建てれるようになったのだ。

「シャトヤーンは今までの経緯もあって、おおよそ両世界の誰もが認める聖母だ。実際、彼女の言葉に嘘偽りはないし、正しいことだと、俺も思う」

悠然と語る裕樹を、美奈やヴァニラ、ちとせ、春菜、正樹、キャロル、彩、京介、和人が見つめる。

「けど、シャトヤーンの背後には必ず“奴ら”が存在し、そしてシャトヤーンも600年以上も前から計画してきたプロジェクトを発動させるつもりだ。そうなったら・・・誰もトランスバール、いや、シャトヤーンに敵う者はいなくなるだろう」

大勢のクルーを前に裕樹の瞳が少しだけ、悲しみを帯びる。

「それも・・・あるいは平和なことなんだって、思う。――――――けど、そこに行き着くまでの軌跡を、俺は見過ごすことなんて出来ない。だから、シャトヤーンに、“光の月”を創生させてはいけない・・・!!そのためにみんな、力を尽くして欲しい・・・っっ!!」

「ではこれより作戦の開始と同時に出航する!ブリューナク2隻はトランスバール本星を経由するルートで白き月を目指し、旗艦ヴェインスレイはその裏側から白き月を強襲する!」

和人がクルーの前に出て、ざっと指示を下していく。

「発進は30分後!各員、健闘を祈る・・・配置につけ!!」

指示を受け、大勢のクルーが慌しく散っていく。

その中、主要とするメンバーが残った。

「ほんじゃあな裕樹。白き月で会おうぜ」

「お前も気をつけてな、正樹。・・・それと、ヴァニラを頼む、な」

「え・・・?」

「いやまぁ・・・どうした、いきなり」

正樹と同じく、こちらを不思議そうに見上げるヴァニラを横目に、正樹に告げる。

「ヴァニラは、俺の“妹”になるんだからな」

「い!?」

「は!?」

「え!?」

なんつーか、美奈以外の全員が驚くのは見ものである。

とりあえず、一番驚いているヴァニラを見つめた。

「・・・こーいうのって、困る?」

「あ・・・い、いえ、その・・・」

「――――俺は、そういうつもりでいたいし、そうしてやりたい。・・・ま、この戦いが終わるぐらいまでに考えててくれ」

「うん。私たちは・・・全然そういうの構わないから」

それは、身寄りのないヴァニラを同情するものではない。

ただ純粋に、今まで自分たちを必死で支えてくれたこの少女と、家族になりたいって思っただけなんだから。

「――――――はい。私・・・裕樹さんや、美奈さんの・・・い、妹、に・・・なりたい、です」

「うん・・・ありがとう、ヴァニラ」

自然、ヴァニラを抱きしめていた。

お互い、自然な上での抱擁。それは、恋する異性には見えず、本当に兄妹のように華やかで、微笑ましいものだった。

 

 

 

 

 

ヴァニラ、正樹、キャロル、彩は先に発進するヴェインスレイを桟橋から見送る。

大気圏離脱用の大型ブースターを装備したヴェインスレイが、波しぶきを上げながら、美しい巨体を宙へと踊らせ一気に宇宙へと上昇していく。

ヴァニラは、遠ざかっていく戦艦をただ見つめ、見送った。

何もないと思っていた私を、家族として向かえてくれた。

今まで家族というものを知らなかった私だけど、それでもこの体を包んでくれるかのような優しい暖かさが包んでくれる。

これが家族。これが愛情。

今までにないほどに心が強くなれた気がする。

今の私なら、きっと誰にだって負けはしない。

この戦いの先に、彼らとの家族という絆が待っているのなら、ただそれだけを信じて――――――私は、戦っていける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えました!白き月です!」

予定通り、2隻のブリューナクが先に白き月を光学映像で確認する。

「トランスバール本星から嘘のように何も出てこねぇな」

「ま、そこらへんは報道管制とか政治もろもろが影響してるんでしょうね」

コロナ・グランディウスのコックピット内で呟く正樹に、彩が当然のように答える。

が、さすがに白き月はそうはいかないのか、多数の駆逐艦、IGバルキサスが防衛戦を張っている。

「よし、行くぞ!俺たちは出来るだけ防衛線を引きつければいい!全員、無理すんじゃねぇぞ!」

呼びかける声に、セイカーディナル、エルドガーネットのパイロットたちが答える。

正樹は最後に、キャロルの乗る“ファウンダー”、そして別艦にいる“リザレクトハーベスター”に通信を繋ぐ。

「よっしゃ、行くぜキャロル、ヴァニラ!」

『了解です・・・!』

『――――――』

返事こそないが、キャロルはしっかりと頷いてくれた。

「神崎正樹、コロナ・グランディウス、行くぜ!」

『ヴァニラ・H、リザレクトハーベスター、行きます・・・!』

『・・・・―――――』

正樹、ヴァニラ、キャロルは颯爽と、ブリューナクから出撃し、真正面に防衛網を敷くバルキサスに突撃していった。

 

 

 

 

 

「行きます・・・!!」

ヴァニラは機体を加速させ、守備体勢をとる多数のバルキサスに「ツイン・ゼーバーキャノン」を撃ち込み、立て続けに「エイミングレーザー」を発射する。連装する主砲を避けるバルキサスだが、続けざまに放たれていくレーザー、ミサイルに反応が間に合わず、機体に直撃していく。

視界の端を見ると、コロナ・グランディウス、ファウンダーも同様に、突破しない程度に敵戦力を削っている。

だけどまだまだひきつけるには足りない。

そう思い、ヴァニラが機体を旋回させ、トリガーを握る。

――――――その刹那

電撃のような気配を受け、即座にレバーを倒す。

先程までの空間をビームとミサイルが無数に突きぬけ、続けざまに真上から“アンカークロー”が迫り、ヴァニラは機体をバレルロールさせながら後方にエイミングレーザーを牽制に放つ。

「ランファ、さん・・・!!」

改めて正面から向き合い、――――――そして、驚愕した。

「え・・・・?」

『・・・残念ね、ヴァニラ。さすがの裕樹も、これに関してはタクトに及ばなかったみたいね?』

通信から聞こえるランファの声。

それで改めて、理解した。

(シージ・カンフーマスターと・・・ゼファー・ラーム、だけ・・・!?)

そう、あれだけ堂々と、それでいて派手に正面きって突撃してきたのに、エースクラスは僅か2機だけなのだ。

これでは陽動といっても唯が知れている。

思わず操作レバーを握り締め、はるか前方に見える白き月を睨む。

(裕樹さん・・・美奈さん・・・)

その視線の先を、シージ・カンフーマスターの機体が遮り、反射的にヴァニラは機体を旋回させた。

シージ・カンフーマスターが放ったミサイルを「エイミングレーザー」で迎撃しつつ、「ツイン・ゼーバーキャノン」「H.V.S.B」を時間差で放つ。それをシージ・カンフーマスターは2本のビームの間に機体を傾け加速し、正面からの「H.V.S.B」を絶妙なタイミングで急制御をかけ、真正面から避けきった。

「・・・っっ!!」

直後、ワイヤーを伸ばさずアンカークローを構え突撃してくる相手に、エネルギーシールドを全出力で展開し、自らシージ・カンフーマスターに激突した。

「くっ・・・!?」

「っっ」

怯んだのは一瞬、互いに即座に姿勢を立て直して再び加速。

2機の紋章機は、宙域を激しく交差していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァニラが理解した異変は、白き月の裏側の裕樹たちも理解していた。

すでにエターナル・ラストクルセイダー、ネイティブ・ヴァナディース、エンドオブウォーズ、アストラル・シャープシューターの4機はヴェインスレイから出撃したのだが、待ち構えていたのは“エルシオール”だった。

無論、タクト、ミルフィーユ、ミント、フォルテ、エリスの5人は自分の機体で出撃し、しかもヴェインスレイの後方をいつの間にかトランスバール軍の艦隊が展開されていた。

『う、そ・・・』

思わず呟く美奈。同時に、ちとせが更に最悪な事実に気づく。

『ヴェインスレイ後方に展開している、戦艦のあの陣形・・・ルフト将軍の・・・!?』

『バカな!ルフト・ヴァイツェン自ら指揮を執ってるっていうのか!?』

京介の驚愕する声が通信越しに届く。

そして、裕樹は今更ながらタクトの恐ろしさを痛感した。

 

 

 

――――――こっちは相手の裏をかく作戦を練ったつもりだった。

――――――だが、それを読まれたどころか、白き月をエルシオールが。その外側をトランスバール艦隊が。

――――――これはつまり、こちらの展開の仕方、タイミングをどうずらそうが、全てにおいて対応されているということ。

――――――つまりタクトは、こちらの裏の裏の裏までも見越した、3、4手先を読みきった布陣を敷いていたのだ。

――――――そして、こちらは見事にその布石を打たれてしまったということだ。

 

 

 

「ぐ・・・っっ」

思わず呻き、直後正面のギャラクシーウイングから通信が届く。

『裕樹・・・』

「タクト・・・ッッ!!」

『IGの操縦技術じゃ、とてもじゃないけど裕樹には敵わない―――――――けど』

直後、3機の紋章機の銃口がこちらに向けられ、同時に後方の艦隊全てにこちらがロックされていた。

宙域に身構える僅か4機。

それぞれが、まるで逃げ道など無いかのように全方位からアラートの警報が鳴り止まない。

『戦術、戦略じゃ、俺は誰にも負ける気はしない・・・!!』

同時にギャラクシーウイングは全ての砲口をこちらに向けながら、旋風のように加速する。

 

――――――相手の考えを読むのが好きなんだ、俺って。

 

かつてのタクトの言葉が蘇る。

あの時は冗談半分に聞いていたが、今になってその恐ろしさを痛感する。

あらゆる方向からビーム、ミサイルが放たれる中、裕樹はヴァレスティセイバーを抜き放ち、烈風の如く突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、裕樹たちは完全にタクトの策略に嵌っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

えー、本当にお久しぶりです、八下創樹です。気づけば、確実に1年以上空いてしまった更新だと思います。

佐野清流さんのご都合もあったのでしょうが、長期間サイトが停止してしまい、皆さんも離れてしまったかもしれません。

もちろん、私も申し訳ないですが、思うところはいろいろあったのですが、とりあえずそういうのはやめました。

ただ、まだ出来上がってない作品をそのままにするのは私的にどうしても気になってしまい、こうして掲載を続けてもらおうと思いました。

もし望めるのなら、これをきっかけにかつての賑わいに戻ってくれれば、と思っています。

ではでは。