『エルシオールへと投降した俺を待っていたのは衝撃と驚愕だった』

 

 

 

第三章「合流」

 

 

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「やれやれ」

四方からレーザーライフルを構えられても表情一つ変えず伊織は呆れたように格納庫の天井を仰いだ。

エルシオールに投降した伊織は<マーク・ヌル>から降りていた。

その直後、むさ苦しい男性クルーが両腕でレーザーライフルを構えている。

何故か鉢巻をし、鉢巻には、

 

 

ヴァニラちゃんの加護があらん事を

 

 

だの

 

 

ヴァニラちゃんの為に!!

 

などと太字で書かれ、汗で滲んでいた。

 

 

しかし、顔面には脂汗をびっしりと浮かべ構える腕も震えていた。

無理も無かった。

エルシオールの乗組員は大半が名誉職。

銃を向けて放った事も無いし、覚悟も無い。

多少、士官学校で訓練したつもりらしいが・・・・今ではどうだろうか

 

退屈しのぎにそんな事を考えていたら、格納庫の扉が開き

「あぁ・・・良いよ。下がって」

と、場違いな位、明るく朗らかな声が聞こえてきた。

タクト・マイヤーズである。

エンジェル隊が後ろにつき心配そうな表情でタクトを見つめ、彼は愛想良い笑顔を浮かべつつ近づいてきた。

「艦長のタクト・マイヤーズだ・・・・タクトで良いよ」

「何度も聞いた。何の用だ?俺は忙しいのだが・・・協力を仰ぐ気ならコレを下げろ」

レーザーライフルを突きつけられても全く無関心な態度で静かに述べる。

仮にも投降し、殺されるかもしれない状況下でも、面倒な色が浮かんでいた。

現に彼はこれまで幾つもの修羅場を乗り越えてきている。

過酷な状況の中、生存確率が少なくても自分は戦い、こうして生き延びた。

いや、

 

 

「生き長らえてしまった」

 

 

と、言った方が正しいが。

「君には色々と話してもらう事が歩けど・・・・良いかな?」

「『はい、そうですか』と、簡単に話すはずが無いだろ?」

挑戦的な笑みを浮かべて、返す。

「この天都伊織が最も好む事。それは上の階級の人間にNOと言ってやる事だ」

その言葉にタクトは苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

「ブリッジにお連れして」

「了解しました!!さぁ、来い!!」

レーザーライフルを構えたままヴァニラ親衛隊が伊織を取り囲むような形で格納庫を出て行った。

 

「大丈夫でしょうか?あの人・・・・・」

他人を思いやるミルフィーユにとって例え死闘を交えた敵でも心配してしまう。

それが、ミルフィーユ・桜葉という人間なのだ。

こんな状況でも他人を思える彼女にちとせは感心し、伊織が消えた扉をジッと眺める。

彼女の心には疑心と怒りが伊織に向けられているままであった。

 

 

エルシオールAブロック:ブリッジ

 

「―――――――君か・・・」

メインモニターの通信ウインドゥに映る初老の軍人が驚いたように伊織を見つめた。

搭乗者がこんなに若い男だったとは思っていなかったのだろう。

「天都伊織・・・覚えておけ」

不機嫌そうな表情で伊織は返した。

レーザーライフルは下げられたもの四方、取り囲まれつづけている。

「―――――――今、君が所持している機体と酷似している兵器が皇国軍問わず襲撃を繰り返している」

「・・・・・・・何?」

その一言に伊織は眉を顰め、怪訝顔でルフトを見つめるもそれは一瞬だけですぐに冷静さを取り戻す。

「俺にどうしろと?ソイツと戦うためにエンジェル隊と行動を共にしろと?」

無言で頷くルフト、険しい顔つきだった。

伊織は深く息を吐ついて、しばし、考え始めた。

弾薬の補給、機体の整備、食料etc

「良いだろう・・・・協力『してやる』」

『してやる』の部分を強調し不敵な笑みを浮かべた。

 

「ありがとう・・・」

後ろから声が聞こえるといつの間にタクトが満面の笑みを浮かべてブリッジに入ってくる。

ルフトにアイコンタクトを送るとルフトが軽く頷き、

「―――――――――頼むぞ。元老院からはわしが言い包めておく、心配せんでいい」

そこで通信は終了した。

タクトはクルリと後ろを振り向き伊織に、

「そういうわけだ。これからはよろしく頼むよ」

朗らかな笑顔で手を差し伸べて来た。

最初は少し驚きつつも伊織はその手を面倒そうに握った。

 

「じゃあ、まず自己紹介から。コッチの無愛想な男は副官のレスター・クールダラスだ」

「余計なお世話だ!!ったく・・・・・よろしく頼む」

「こちらこそ」

お互い感情を込めずに自己紹介を終了する。

妙な雰囲気にタクトは冷や汗を浮かべつつも二人のオペレーターに軽く手招きした。

「ココです。レーダーを担当しています」

栗色の髪を三つ編みにしトンボメガネを掛けた女性が笑顔で頭を下げる。

「アルモです。艦内外の通信を担当しています」

パープルのショーットカットの女性も元気よく手を上げる。

「よろしく頼む」

いつも通りの口調で伊織も返す。

「じゃあ、俺は伊織にエルシオールを案内するから」

「本当はサボりたいだけだろ?怠け者」

レスターの言葉に一瞬、顔が引きつったもののタクトは気にせず伊織と一緒にブリッジを後にした。

 

 

 

Aブロック

 

「まずはこの区画をAブロックって言うんだ。作戦司令部のブリッジや俺の司令官室、銀河展望公園とかがあるんだ」

「公園?・・・艦の中にか?」

信じられないといった顔をする伊織にタクトは自慢気に語った。

ある扉の前まで歩き、扉が乾いた音を立てて開いた途端、伊織にとって信じられない光景が目の前に浮かんだ。

 

澄み渡った青空、レンガのように茶色の歩道があるがそれ以外は新緑が芽生える芝生が広がっていた。

柔らかな陽光がその場を照らし、涼しい風に木々が揺れ心地良いざわめきを運んでくれる。

大きく息を吸い吐き出す。

「どうだ?」

「良い所だな。艦の中とはとても思えない。夜の景色も見てみたいものだ」

満足そうな伊織の表情にタクトはうんうんと頷き、次の場所を案内した。

 

 

 

Bブロック

 

「Bブロックは福利厚生施設が集中している。ティーラウンジでは良くエンジェル隊がお茶会をしているんだぁ」

楽しそうに語るタクトの表情。

鼻の下が伸びている事に伊織は気にしないことにした。

「あら?タクトさん・・・・その方ですの?」

ティーラウンジの中、円状のテーブルで紅茶を優美に飲んでいる水色ショーットカットの少女が、こちらを振り向き声をかけた。

「あぁ。彼は今日からエンジェル隊と行動を共にすることとなった」

少女は、まぁと小さく呟いて椅子から立ち上がり、ツカツカと歩み寄ってきた。

「ミント・ブラマンシュですわ」

「よろしく頼む」

差し出された手を握る。

彼女の頭に生えている耳については触れないことにした。

 

 

 

Cブロック

 

「ここCブロックは居住エリアでね。エンジェル隊は個室を与えられているんだ」

「ほぅ」

タクトの説明に伊織は静かに感心した。

自分が居た戦艦でも特別な力を持った人間でなければ個室を与えられる事は無かったな、と思い出に老け込んだ。

 

 

 

Dブロック

 

「軍用設備が唯一置かれた、ここDブロック。紋章機の運用や整備、補給が唯一できるのがこのエルシオールだからね。設備は充実しているのさ」

「ふむ」

 

 

「ハァッ!!セイ!!ヤァッ!!ハッ!!」

 

 

「何だ?あの声は」

伊織が指差した部屋――――――トレーニング・ルームから女性の声が聞こえてきた。

興味本位で覗くと長い金髪を持つ少女がトレーニングウェアに着替えサンドバックを蹴ったり殴ったりとやりたい放題だった。

「あら?タクトじゃない。ソイツがあの機体の・・・・?」

タクト達を見つけた金髪の少女―――――蘭花・フランボワーズがツカツカと歩み寄ってくる。

頷くタクトを見てランファの顔が渋くなる。

「まぁ良いわ。私は優しいから・・・・許してあげる」

金髪をぱさりとさせ微笑を浮かべるランファ。

「そいつはどうも」

と、感情を込めずに礼を述べた。

「そうだ!!あたしとスパーリングしない!?」

「・・・・・・構わない」

そう言って伊織は中央まで歩いていった。

「おい、伊織」

ランファが相手では分が悪いと思い引きとめようとしたタクトを伊織が軽く手で静止する。

「心配するな。負けはしない」

「あらぁ。言ってくれるわねぇ・・・・・・手加減はしないわよ?」

「好きにしろ」

腕を垂らしリラックスする伊織に向かってランファは伝統武術の構えを取り勢い良く接近した。

 

 

ぶつかり合う拳と拳。

交わる蹴りと蹴り。

死力を尽くしてぶつかり合う二人。

格闘技ファンが泣いて喜ぶようにお互いの動きが洗練されている。

ランファの右ストレート瞬時で左腕で止めたが、すぐにハイキックが繰り出され伊織の側頭部に命中する。

視界がボンヤリするのを気にせず伊織は、間合い取り腕を垂れ、リラックスした。

「もらったぁ!!」

ランファが加速をつけたストレートを繰り出そうと近づいてくる。

一瞬の隙をつき伊織は中段回し蹴りを繰り出し、ガードが敗れたランファの腹部に軽く掌底を叩き込む。

 

 

「「ハァ・・ハァ」」

 

 

ラッシュは数十分も続きどちらとも譲らない。

大きく息を切らし整える二人だが、これ以上の試合は無理だと同時に悟り互いに近寄り、握手を交わした。

「中々やるわね」

「お前もな」

清々しい気分になり伊織はトレーニング・ルームを後にした。

 

 

 

エレベーターホール

 

 

「凄かったな伊織。何かやっているのか?」

ベンチに座り冷えた緑茶を飲んでいる伊織にタクトが感心したように聞いてくる。

「別にそれといっては・・・・・運動神経が生まれつき良いだけさ・・・・」

大した事は無いといった感じで肩をすくめて見せる伊織。

「マーク・ヌルの状況を見たいのだが・・・・・」

「あぁ・・・良いよ。帰り道は分かるよな?」

無言で頷き伊織はペットボトルをゴミ箱に放り投げ格納庫へと向かっていった。

 

 

 

 

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「この機体は・・・・・」

その日、烏丸ちとせは格納庫にて待機姿勢を取り戦いの時を待ちわびる巨人を見つめていた。緑がかかった銀白色の巨人。

滑らかな流線形のボディの上をマントのように覆い被さる、ウイング・バインダー。

磨き上げられた神々を髣髴させるかのごとく美しかった。

しかし、その巨大さが出す威圧感を受け怯える自分も確かにいる。

 

「AFだ・・・・」

背後で声が聞こえ振り向くと漆黒の髪の青年がツカツカと歩み寄ってきた。

先程の戦闘で対峙した、この巨人の主である青年は敵対した、ちとせに軽く微笑んだ。

「AF・・・・・?」

聞きなれない言葉に首を傾げるも、すぐにこの巨人の姿を模した兵器の名だと理解する。

「開発コードLFX、Armamentrame、フレスヴェルグモデル」

「え・・・・LFX」

小さく呟きちとせは再び巨人に目をやる。

圧倒的な威圧感。

戦う為だけにその存在を許された戦闘マシンを初めて見た。

 

「あなたは・・・・・?」

「このAFの正式適合者、天都伊織だ」

その言葉にサッと身構える。

つい先程まで戦っていた人間がどうしてここにいるのか?

険しい表情でちとせは懐に締まってあるレイガンに手を伸ばす。

「やめておけ、そのレイガンを人に向けられるほど、お前は強くないはずだ」

「何ですって!?」

歯軋りをし、睨みつけるちとせを伊織は諭すような表情で述べた。

 

「知っているのか?銃が簡単に人の命を奪えるってことを・・・・」

「・・・・・・・」

 

「あっ!!ちとせに伊織さーん!!こんなところに居ました!!」

背後で大きな声が聞こえ振り向くとミルフィーユが笑顔で大きく手を振り駆け寄ってきた。

「ミルフィー先輩!?」

「桜葉・・・・どうした?」

「伊織さんの歓迎ピクニックをしようと思って、みんな公園に集まってるよ!!」

弾む笑顔でミルフィーユがスラスラと述べる。

「歓迎?・・・ピクニック?」

何故、歓迎なのか?またしても、ちとせは理解が出来ず首を傾げるしか出来なかった。

 

「ミルフィー先輩・・・歓迎って」

 

「俺から説明するよ」

新たな声が聞こえ、タクトが格納庫に入ってきた。

そして、伊織に関する全ての状況を説明した。

伊織と例の人型兵器とは無関係な事。

その機体の撃破の為に伊織の力が必要不可欠な事。

そして、その為一時的にエンジェル隊に配属となった事。

「だから、皆で伊織を歓迎するのさ」

「だが、俺はお前達と敵対していたんだぞ?エンジェル隊の他のメンバーが俺に気を許すかどうか・・・・」

顎に手を乗せて考え込む伊織にタクトがハハッと軽く笑い飛ばした。

 

「大丈夫さ。俺から話したし・・・伊織はコックピットを狙ってなかっただろ?」

その言葉に伊織はまぁな、といった感じで肩をすくめた。

ちとせも初めてその事に気がついた。

接近されて“ツインバレルハンドガン”を発砲された時もコックピットでは無く武装や、コックピットから離れた箇所だった。

改めて目の前に居る青年の操縦技術にちとせは驚かされた。

 

「さぁ!みんなが待ってるし・・・行こうか!!」

ミルフィーユとタクトが手を繋いで歩き、伊織が無言で頷いて歩いた時、

「天都・・・・さん。申し訳ありませんでした」

「お前・・・まだ、そんなことを気にしているのか?」

内心驚きながらも伊織は軽く溜息を吐き、軽く彼女の肩を叩いた。

「機体なら大丈夫だ・・・・・ここの整備員は優秀なんだろ?」

「機体じゃありません!!私は天都さんに迷惑をかけてしまったんです!!」

大きく声を上げ自身の声で我に帰り、ちとせはまた俯いてしまった。

 

「もし、お前が本当にそう思うのなら・・・・これから、俺を信じて欲しい」

「え・・・・?」

真っ直ぐに見つめられ、ちとせは恥ずかしさで頬を緋色に染めつつもコクン、と小さく頷いた。

「さぁ、行くぞ。桜葉やマイヤーズ、他のエンジェル隊のメンバーが待っている。・・ホラ」

そう言って伊織はちとせの手を握り銀河展望公園に向かい、ちとせは更に顔を染めて、おぼつかない足取りで付いて行った。

 

                  3

 

 

「まぁ!手を繋いで来るなんて・・・・・お二人はどういう関係ですの!?」

手を繋いで来た二人を見るなりレジャーシートに座るミントがまくし立てた。

伊織としては引っ張って連れてきたつもりなのだが、他人から見たら手を繋いで仲良く来たように見えるらしい。

らしい、というのは伊織本人に自覚が無いからだ。

「お楽しみのところ悪いが・・・・そういうつもりは無い」

ぶっきらぼうに返しちとせの手を離し、レジャーシートに向かってツカツカと歩き出す。

ワンテンポ遅れてちとせが慌てて付いていく。

「さぁ・・・・ご対面だねぇ」

呑気そうにフォルテがティーカップを口に運ぶ。

「それじゃあ、まず自己紹介からだな。ミルフィーとランファ、ミント、ちとせとは既に会っているね・・・じゃあ、フォルテから」

黒い軍帽、単眼鏡を身につけた女性がニッと白い歯を見せて笑い、

「フォルテ・シュトーレン少佐。一応、エンジェル隊の隊長ってことになってるけど・・・」

まとめ役だね、と言って再びニッと笑う。

「ヴァニラ・Hです・・・・」

ライトグリーンの髪を縦ロールにした少女が軽い会釈をする。

肩に乗っているリスらしき生き物がペコペコとお辞儀をした。

 

「じゃあ、自己紹介はこの位にして・・・・始めよう!!」

 

 

「「はーい!!」」

 

 

ミルフィーユがバスケットを開けた。

美味しそうな料理の匂いがバスケットの中から立ち昇る。

食べ始めるエンジェル隊。

「じゃあ、話してもらうよ。協力する以上は・・・・・」

タクトの一言に一同の注目を浴びる伊織は仕方ないか、と溜息を漏らし、語り始めた。

 

 

 

まるで、遠い過去を述懐するかのように・・・・

 

 

 

第三章   完    続く