第六章「始まりし死闘」

 

 

 

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真っ黒い墨を零したか、はたまた暗闇か。

広大な漆黒が広がる宇宙空間で二つの巨人がぶつかり合っていた。

双方とも超高速で活動している為、ブースターの光が目にも止まらぬ速さでぶつかり合う様子しか見えず、エンジェル隊はただ、

その光景を見守る事しか出来なかった。

 

「伊織さん・・・・・・」

ちとせはメインモニターに映るその光景を見つめ両手を合わせて必死に伊織の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズガガガガガガ!!!

 

 

 

飛来してくる機関砲の弾丸を咄嗟の反射神経で見事に避ける。

背後のヴァル・ファスク艦隊の残骸に直撃し更に細かく砕いた。

伊織は黒光りを放つ“ツインバレルハンドガン”のグリップを握る力に更に力を込め、銃口を向けて、照準を合わせトリガーを引く。

トリガーの冷たさまでもが伊織の右手に感じる事が出来た。

実弾とエネルギー弾が交互に撃ち放たれていく。

一方、敵も一瞬の早業で彼が放った凶弾を避けた。

 

AF――――――<マーク・ヌル>。

 

 

AF――――――<バニティ>

 

 

零の名を持つ巨人と消滅を冠する巨人。

双方は互いを滅ぼす為に持てる力を尽くし、ただ相手を打ち滅ぼすだけだった。

 

<マーク・ヌル>――――――天都伊織は愛する者の仇を討つ為。

亡き、彼女の無念を晴らす為。

恐怖など遥かに上回る猛烈な怒りが沸き起こる。

「雪華が流した、あの涙・・・・・・お前にも流させてやる!!!」

声に出して叫び、その言葉が伊織を復讐心の塊に変化させる。

今の伊織は殺す為の殺戮兵器と等しかった。

機械のような冷静さと冷酷。

伊織は一気に距離を詰め、単分子カッターで<バニティ>に切りかかった。

<バニティ>も後方に下がり手に装備する携帯火器で<マーク・ヌル>に―――伊織に向けて容赦なく弾丸を放つ。

 

 

「―――――――貴様の腕はその程度か?」

<バニティ>から若い男の冷たい声が直接、脳裏に響く感覚がした。

搭乗者である―――――フォート・マイヤーズである。

「―――――――本気を出せ・・・・真の実力はそんなものじゃない筈だ」

彼の言葉が聞こえてくる度に彼女の―――――雪華の泣き顔が浮かんでくる。

そして、怒りが彼を支配した。

声にならぬ声を上げ伊織は単分子カッターを逆手に持ち替え突き刺すように振り落とす。

単分子カッターが易々と<バニティ>の右腕を引き千切るように裂いた。

 

 

 

ドゴォォォォォォォ!!

 

 

 

次の瞬間、爆弾の炸裂に似たかのような銃声が聞こえ、<マーク・ヌル>の左腕を吹き飛ばした。

損傷箇所から緑色の衝撃吸収剤が球状に宇宙空間に姿を見せ浮遊する。

損傷した、と気がついた時には灼熱のような痛みが伊織の左腕を襲った。

根元ごと吹き飛ばされ、腕をもぎ取られる痛みに等しい激痛が伊織の身体で再現された。

歯を食いしばって痛みに耐え抜き怒りの炎を燃やす。

痛みは復讐の薪となり怒りはその薪を燃やす炎となるのだ。

 

負傷させられた事による怒りが更に伊織の暴力衝動を引き上げて戦闘行為に専念させる。

右の掌からホーミングレーザーを放射し敵との間合いを図る。

衝撃吸収剤と同色の清々しい幾重もの細い閃光がが<バニティ>の下腹部、脇腹に突き刺さるように命中したのが確認出来た時に

伊織は歓喜の声を上げていた。

 

――――――――――ホーミングレーザー、使用数限界、チャージを開始

 

搭載されたAIが冷静にシステムを実行しホーミングレーザーのチャージを開始した。

右腕部の装甲が開かれ銀色に輝く卵型のマイクロミサイルが顔を出し、

 

 

 

バシュッ!バシュッ!バシュッ!!

 

 

と一斉に火を噴き、<バニティ>に向けて飛んでいった。

敵も携帯火器でマイクロミサイルを全弾撃ち落す。

精密な射撃。

並みの操縦兵では到底及ばぬ技術と技量だろう。

機関砲の弾が尽きたらしく単分子カッターを引き抜きブースターを吹かし接近してきた。

伊織も手持ちの火器の弾丸が、全て尽きた事を確認し、単分子カッターを回収して同じく<バニティ>に向かって猛進する。

 

それぞれの思い、野心を刃に込めて、二つの巨人はぶつかり合う。

 

勝負は一瞬で、そして――――――あってけなく終了した。

あまりの速さにエンジェル隊は何が何だか、さっぱり理解できなかった。

気がついた時には伊織の<マーク・ヌル>の下腹部が大きく抉られ、

フォートの<バニティ>の頭部に単分子カッターを突き刺されていた。

 

しかし、高性能のレーダーやセンサーを搭載しているタクトだけはモニターに映るその光景を全て捉えていた。

 

 

 

まず、最初にフォートの攻撃だった。

<マーク・ヌル>が斬りつけようとしたが身を屈ませて、それを回避し、大きく振りかぶり左から右にカッターを振り回し<マーク・ヌル>の

下腹部を大きく抉る。

 

次に伊織の攻撃だ。

<マーク・ヌル>にダメージを与えた後、後方に下がり距離を取る<バニティ>に向かってブースターとスラスターを

同時に吹かし姿勢制御をし大きく右手を突き出す。

<マーク・ヌル>のカッターが<バニティ>の頭部に直撃し突き刺さった。

 

 

「―――――――――ハァ・・・・ハァ・・・まぁ良い。いずれお前も・・・・分かる」

機体同様、身体もボロボロな筈なのに勝ち誇ったように呟きフォートは通信を切り全速力でその場を離脱した。

「ま・・・・待・・・あぐっ!!」

待て―――――――と叫ぼうとして、身を乗り出した時、凄まじい激痛が伊織を襲う。

痛みで気がおかしくなりそうだった。

左腕と下腹部が特に酷かった。

骨ごと腕を断ち切られた感覚があった。

 

 

激痛に涙が滲む。

 

 

遠ざかっていく<バニティ>が映る景色がボンヤリとズレはじめ、

伊織は・・・・・意識を深い闇に沈ませたのだった・・・・・

 

 

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伊織が意識を取り戻し重い瞼をゆっくりと開けると、そこは医務室だった。

椅子にはケーラが座り柔らかな微笑を浮かべ伊織を見つめている。

「ここ・・・は・・・?」

激痛の所為か余り口を動かすことができずも、伊織は何とか声を絞った。

「医務室よ・・・みんな心配しているわ」

そう言って彼女が顎で示した先に顔を向けるとエンジェル隊が安心し切ったように彼を見据えている。

「お目覚めかい?」

フォルテがニカッと笑い白い歯を見せる。

「無事で・・・・何よりです」

ヴァニラが微かに微笑みを浮かべ、ホッと安堵の息を吐いた。

――――――――――これは、無事なのか?

そう聞きたかったが、やめて置いた。

 

「ちとせなんて伊織の事、心配して一日中ついていたのよ!!」

「ち・・・ちとせは・・・?」

ちとせの名前が出て彼女の安否について確かめ、身を乗り出した。

その瞬間、激しい痛みが伊織を襲い彼は再びベッドに横になった。

そんな彼の心を読んだのかミントが優雅な微笑を浮かべ、

「ちとせさんなら・・・そこに居ますわよ」

と、言って指差した。

伊織の左隣に置かれた椅子に座り、ちとせが頬を紅潮させながら伊織を見つめていた。

「ここに居ますよ・・・・伊織さんの傍に・・・・」

はにかんだ笑顔を見せてちとせはにっこりと微笑んだ。

その光景に伊織は目頭が熱くなるのを感じた。

 

「伊織さん・・・・・?」

目を潤ませる伊織にちとせが不安そうに訊く。

「いや・・・・何でもない。・・・・・・その、ちとせ?」

「あっ!!」

自分の左手が妙に暖かい感覚に包まれている事に気付き目線を配るとちとせの白いほっそりとした両手が伊織の左手をしっかりと包み込んでいる。

再びちとせの頬が上気したように、白い肌が紅く染まっていった。

慌てて手を放すとちとせは既にランファやミントに冷やかされ更に頬を染める。

 

 

「タクト・・・・少しブリッジの通信機を使わしてくれないか?」

「別にいいけど・・・どうするんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「伊織!!休んだ方がいいぞ・・・・・!!」

医務室に運ばれた伊織の姿を見たレスターが信じられない、といった表情で目を丸くする。

アルモ、ココも心配そうに伊織を見つめていた。

「問題ない・・・・それより、アルモ・・・この座標に通信を繋いでくれ」

「は・・・はい」

伊織から手渡されたメモを訝しげに見つめた後、手元にある装置を使い通信を繋いだ。

(一体、伊織は何をする気だ?)

(知らないよ。でも、どうやら彼は彼の世界に通信を繋いだらしい)

ヒソヒソ声で話す彼ら二人。

メインモニターに大きなウインドゥが映し出された。

 

 

真っ白な純白の間で“白き月“の拝見の間とは比べ物にもならない位の大きさの部屋が映された。

奥の玉座には伊織の通信を待っていたように老人がこちらを見つめていた。

 

 

 

白く長い髪と同色の髭。

穏やかな笑みを浮かべながらも、その瞳には闘志が宿っている気がした。

「――――――――待っていたぞ・・・・・」

「お久し振りです・・・・ガイン卿」

伊織は日頃、使わぬ敬語を使用し深く頭を下げた。

老人は手で静止し満面の笑みを浮かべ、

「――――――――気にするでない、そちらは?」

と、朗らかな笑みを向け、タクトとレスターに目をやる。

「彼らはこの世界“EDEN”の英雄的存在、タクト・マイヤーズ少将です」

「タクト・マイヤーズです・・・こちらは副官のレスター・クールダラスです」

タクト、レスターも伊織に習い深々と頭を下げる。

 

「――――――――気を使わんでもいい。その若さで少将とは・・・立派じゃのう」

妙な気恥ずかしさにタクトは思わず視線を反らしてしまった。

「紹介しよう。ガイン・ゼーガルド卿。俺が歴任していた皇帝直轄“聖光騎士団”の全権団長だ」

目の前の玉座に座る老人はいわゆるルフトのような地位的存在。

世界は違えど自分達よりも遥かに階級は上だ。

タクトとレスターは改めて頭を下げた。

「―――――――気を使わんでもいい」

軽く笑い飛ばし急に真顔になった。

 

「―――――――伊織、フォートは?」

伊織は無言でかぶりを振った。

ガイン卿はむぅ、と小さく唸る。

何かを隠しているような素振りだった。

「卿・・・・・何か?」

「―――――――うむ、フォートの離反後、多数の特捜機動部隊の幹部が彼に同調した」

「・・・・そうですか」

つまり、フォートだけではなく多数の同僚がこの“EDEN”に来ている事になる。

そして、それは大半の特捜機動部隊の幹部がガーリアンを裏切った事を意味していた。

「―――――――実質上、特捜機動部隊は解散という事になる」

「・・・・・・」

俯き床を見つめる伊織にガイン卿は語り掛けた。

 

「―――――――そこでじゃ、お前さんに任務がある」

「はい・・・・何なりと」

「―――――――現時刻を以って・・・・お前を“聖光騎士団“に戻す」

「はぁ!?」

その衝撃は今まで伊織が味わった事も無い位、彼を驚かせた。

素っ頓狂な声を上げ目を大きく見開く。

そんな彼の様子を楽しんでいるかのようにガイン卿は高笑いし、

「―――――――お前とて第七団団長を務めていたじゃろ?」

「ですが・・・・・わかりました。任につきます」

異議を申そうと思い顔を上げるとガイン卿の瞳に映る光を見て伊織は諦めて受諾した。

「―――――――助かるわい。当分、お前はその艦と行動を共にしたほうが妥当じゃな」

「仰せのままに」

跪きガックリと首を垂らす。

「―――――――マイヤーズ少将」

「はっ・・・はい!!」

そのやり取りにすっかり意識を持って行かれ、いきなり自分の名前が出た事に驚き、つい裏返った声が出てしまった。

ガイン卿の高笑いとブリッジクルーの忍び笑いに顔を恥ずかしさで染める。

「――――――――伊織の事・・・よろしく頼みますぞ」

そう言って微笑み、通信は途絶えた。

 

 

 

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安らかでそして暖かい感触に包まれている感覚を感じた。

このままこの安らぎに身を預けたい、と思った。

 

 

「はーなびら、風に抱かれ、ふーわりと舞い降りていくー」

 

 

ふと聞きなれた声が歌を口ずさんでいるのが聞こえてくる。

ンッ!―――――――と目を開けるとそこは銀河展望公園だった。

青く澄み渡った蒼穹はすっかり夜の景色に彩られている。

その星達の煌きは彼の心を落ち着かせてくれた。

「伊織さん・・・・起きました?」

突如、歌を歌っている声が伊織の顔を覗き込んだ。

視界がボンヤリと靄がかかった感じで誰だかすぐには分からなかった。

しかし、時間が経つにつれてハッキリと視界が良好になる。

 

色白の肌、長く優雅な黒髪。

両頬を軽く紅潮させながらも伊織を見つめ微笑む女性。

ちとせだった。

そして、伊織は初めて自分がちとせに膝枕をされていることに気がついた。

次の瞬間、伊織の頬もちとせと同じ様に紅色に染まり始める。

「ちとせ?」

「伊織さん、寝ていたんですよ?」

何で?――――――といった言葉を表情で表現したらしく、ちとせも、

覚えていないんですか?――――――と、フフッと笑う。

その微笑みは彼の心を星など比べ物にならない位、癒してくれた。

 

言われて気が付いた。

あの後、通信を終え銀河展望公園を散策していると、突然、睡魔に襲われたのだ。

そして、あっさりと寝入ってしまったのだ。

「その・・・・変だったろ?」

俺の寝顔―――――と小恥ずかしそうに述べる伊織にちとせの頬は紅潮を増し、

「そんなことありません。・・・・・・可愛かったです」

少し複雑になりながらも別に良いか、という具合で伊織は再びちとせに身を預けた。

「伊織さん・・・・・・あまり、危ないことしないで下さい」

「危ないって・・・・」

今更それはないだろ――――と、述べようとした時、ちとせの目が潤んでいることに気がついた。

何故だろう?―――――――不思議に感じながらも伊織はこれ以上、彼女を心配させない為に、

「あぁ・・・・・・約束する」

ぎこちない笑顔を浮かべた。

 

「伊織さん・・は私にとって・・・・・と・・・特別な人だと思うんです」

頬を更に真っ赤にしちとせは業とらしく視線を反らした。

一方、伊織もこれまでにない位に頬を染めている。

「ありが・・・・とう」

嬉しさの余り擦れ声で返すしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう!!白々しいわね!!好きなら好きで言っちゃいなさいよ!!」

見詰め合う二人を少し離れた茂みの中でじっと見据えているランファが小さく声を荒げる。

「まぁまぁ。焦りは禁物ですわよ・・・・恋愛は真剣勝負なんですから」

諭すように落ち着きを保つミント。

「良いのかなぁ?こんなことして・・・・」

不安そうな表情でちゃっかり二人を見つめるミルフィーユ。

お前も同罪だぞ。

 

最初から今まで見られていることなど知りもせずに二人は見詰め合うだけだった。

 

 

 

彼らの頭上に輝く“夜”は朝、昼とは異なる神秘な美しさを秘めている。

 

 

そして・・・・・・いつか奏でられし“夜想曲”を待ち続けている。

 

 

 

 

 

 

 

第六章      完    続く

 

 

 

 

後書き

 

 

読みづらくてすみません(泣

今回はガーリアンのタクトの息子、フォートが遂に登場しました。

彼が雪華の機体に細工をしたのは既に今までの物語に出ていますね。

言動からすると落ち着いて冷静な青年です。

今回はこの若造のイレギュラーが作った『惑星間統治帝政国家“ガーリアン”』の設定を。

               設定

           (世界観、部隊、組織、人物)

 

『惑星間統治帝政国家“ガーリアン”』

EDENのような奇跡的な技術はないものの優れた科学技術を有する国家。

その科学技術を見事に使い分け、銀河全土にその覇権を広げている。

また、その技術力で開発されたAFも従来の戦闘を大きく覆すほど。

皇国同様、軍隊も存在する。

その中でも皇帝直轄の“聖光騎士団”は特別な力を認められた者だけが入団が可能。

現在の状況は戦闘生命体“オルフェウス”と大規模な戦争状態が継続している。

 

 

『特捜機動部隊』

優れた科学技術により空間、時空転移が可能になる装置が開発される事により外界(※1)にAFを持ち出さず、そしてAFによる大規模犯罪を防ぐ公安組織。

 

『皇帝直轄“聖光騎士団”』

ガーリアンの皇帝直轄の最強部隊。

彼らが所有するAFは既に最高のスペックに仕上げられており、現行最強の部隊だ。

団員もその機体を操縦できるよう優秀な兵のみを集められ結成されている。

第一団から第八団まで存在し、各地の重要拠点の守護などを行っており、最高責任者、全権軍団長を務める人物は今や生きる伝説と化した

『ガイン・ゼーガルド卿』

 

 

『ガイン・ゼーガルド卿』

生きる伝説と化した人物で“聖光騎士団”全団員から尊敬と敬愛の眼差しを受けている。

伊織とは父子のような関係。

数々の戦績を立て現在は“聖光騎士団”の最高責任者、全権軍団長を務めている。