『トランスバール皇国暦414年、6月10日。
俺は・・・・・・かつての戦友と再会し・・・・殺し合うこととなった』
第七章「我が死を願う戦友の叫び」
1
バシッ!!バシッ!!
サンドバックを蹴る音が早朝のトレーニングルームに響き渡る。
トレーニングルームでサンドバックを相手にする青年。
黒いランニングにハーフパンツ。
バッ!バッ!バッ!!
蹴る、殴るといった洗練された動きがサンドバックに降り注ぐ。
そして、一際大きい回し蹴り。
激しく揺れるサンドバックを手で止め、青年はタオルを手に取り椅子に座った。
「ふぅ・・・・・・」
エレベーターホールで買ったスポーツドリンクのペットボトルの栓を回し口元に運ぶ。
青年――――――天都伊織は汗だくになった頭をタオルで拭き一息つく。
しかし、いくらサンドバックを蹴ったり殴打したりしても彼の心は晴れなかった。
気分転換に伊織は銀河展望公園に向かうことにした。
早朝特有の澄み切った冷たい空気。
少し灰色の空と陽光。
「すぅーはぁー」
大きく息を吸い込み、吐き出す。
足を動かし芝生の感触を脚の裏全体で感じる。
目の前に広がる新緑。
いつまでもここに居たい気持ちが彼の中で生まれた。
しかし、それはいけないことだ。
自分とここの世界は全くの別の世界。
本来こうして介入すること自体が重罪な程だからだ。
他世界を行き来する理由は二つ。
確認した他世界の調査、そして他世界に技術を持ち出す者の抹殺。
伊織は後者の任務として“EDEN“に来ている。
フォートを抹殺し終えたら帰らなければいけないのだ。
そのことに少し寂しさを感じている自分に気が付き遅れて驚いた。
いつの間にか自分はこの“EDEN”という世界を好いていた。
何故だろう?――――――――そう、自問してみても答えはいつも雲が掛かっていた。
離れたくない――――――――その気持ちが膨れ上がるたびにもう一つのドライな性格が自分を静かに静止する。
「伊織?」
「タクトか?」
背に声を掛けられ相手の名を呼び振り向くとタクトが目の下に隈を作り、おぼつかない足取りで近づいてくる。
そして、盛大に欠伸をした。
大きく口を開けてそれ以上にんんーっ、と背を伸ばす。
目をこすり、力ない笑みを浮かべ、
「レスターに捕まっちゃってさ・・・・・」
お互い近くのベンチに座り込む。
そして、昨夜起きた事件についてタクト自身の口から聞かされることになった。
―――――――――――――――――
「待て!!タクト・・・貴様、今度ばかりは逃がさん!!」
「すまない!しかし、俺にはミルフィーが待っているんだ!!」
声を荒げて睨みつけるレスターに負け時とタクトも張り上げる。
「知るか!!!」
拳を回転させながらタクトの頬を殴り飛ばす。
何故か、ごふっ!―――――と血を吐いてよろめき、
「お前のパンチを喰らって倒れなかったのは・・・・・・俺が初めてだぜ」
「はぁ?」
頭上に?マークを浮かべるレスター。
「俺からミルフィーを取らないでくれぇ(子安○人声)」
「誰も取らん!!仕事しろ!仕事!シ・ゴ・トッ!!」
「仕事したら負けかなと思ってる」
レスターの怒気にタクトは呆けた表情でブリッジの天井を仰ぎ、はふー、と息を吐く。
その行動が彼の怒りの導火線に火をつけてしまった。
ブチッ!!
何かが激しく千切れる音がし、タクトがそれについて考えようとした途端、レーザー銃と火薬式の銃、両方の銃声が計――――13発、ブリッジに響き渡った。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
金切り声で悲鳴を上げるタクト。
壁に背をくっつけている。
彼の周囲の壁には所々、穴が空いていて、その穴から少し煙がしゅーっ、という音を立てていた。
「俺を怒らせないほうが良いぞ?タクト・・・・ククッ!!」
恐怖で顔を真っ青にするタクト。
タクトの瞳に映るレスター・クールダラスの瞳は紅くらんらん、と怒りと狂気と殺意の光が入り混じり、彼自身、恐ろしいほど爽やかな笑みを向けている。
マガジンにカートリッジを装填し静かにレーザー銃、実弾銃――と二つの銃口を向け、
「死ね」
と、呟き容赦なくトリガーを引いたそうな。
――――――――――――
「いやぁ、危なかった」
乾いた笑い声を上げるタクト。
「よく笑っていられるな」
狂気に満ちた殺人狂に銃を突きつけられて笑っていられるこの男の精神に伊織は心の底からリスペクトした。
「まぁまぁ、終わりよければ全て良しだ」
――――――そうなのか?、と聞きたかったが、やめて置いた。
タクトが笑い終え、しばしの沈黙が場を支配する。
風に揺られる木々のざわめきが木霊していた。
「伊織・・・フォートは俺の息子・・・・・なんだよな?」
「あぁ。お前とは切っても切れない何かで繋がれている」
タクトは静かに溜息を吐き、
「どうしても、殺すのか?」
「当たり前だ。アイツは何の罪も無い彼女を手にかけた。生きていたいと必死に願った雪華を・・・・・!!」
「本当にそれで良いのか?」
諭すような口調で言われた、その言葉が伊織の心の中でも響き合い長い間、脳裏に過ぎった。
「どういうことだ・・・・・・?」
「復讐に人生を任せて台無しにして・・・・お前はそれで良いのか?」
彼の言葉が重く圧し掛かる。
息が出来ないような感覚。
何か言おうとしたが、伊織はあえてそれを呑み込んだ。
もし、言ってしまったら自分を抑える事が出来なくなってしまうような感じだった。
そして、呑み込み切れなかった言葉がほんの少し、口から零れた。
「俺はもう・・・・戻ることは・・・・できないんだ」
戻れるのならそうしていたかもしれない―――――痛切な響きが含まれていた。
しかし、もし戻ってしまったら、彼女はどうなるのか?
そう思う度に自分の心の中で真っ黒い何かが膨らんでいるのだ。
「怒りと復讐」
と、いう二つの念がゴウゴウと燃え盛っている。
「俺は例え別の世界でも・・・・息子であるフォートを救いたい」
「何・・・・・!」
そんな彼を見てタクトも辛そうに呟いた。
「いや、助けられるなら全ての人を助けたい・・・・全ての人に・・・・平和でいて欲しい」
しかし、彼は、
「まぁいい。・・・俺の邪魔だけはするな・・・・!!」
小刻みに身体を震わせ、怒りに身を燃やす伊織。
冷徹な光を宿す瞳でタクトを見つめている。
ベンチから立ち上がり立ち去ろうとした時、
ビービー!!
「―――――本艦の前方にヴァル・ファスク艦隊接近!総員第二戦闘配備!繰り返します」
アルモの声が艦内に向けて木霊する。
「出撃だ・・・・行くぞ」
「あぁ・・・・」
伊織に重い口調で返すタクト。
先のことなど分からず彼らは戦って道を切り開くしかなかった。
2
「―――――――敵艦隊の数は全部で18隻・・・・妙だな」
「どういうことだ?レスター」
ブリッジから敵艦隊の数を聞かされるも、彼の腑に落ちないその一言にタクトが妙な胸騒ぎを感じて、彼に訊く。
「―――――――ヴァル・ファスク艦隊は所々が損傷しているんだ。まるで、何かから逃げてきたかの様に・・・・な」
「―――――――副司令!!悪いけどアタシらは行かせてもらうよ!!」
クロノ・リッターとエルシオールブリッジの通信回線にGA−004が割り込み、フォルテが急かすように声を荒げる。
「わかった。みんな、気をつけて行動してくれ」
タクトが全機に向けて指示を出し、全機から了解、と返事が返ってきたのを確認し、タクトは愛機を発進させた。
クロノ・リッターから順にクレーンで宇宙空間に投げられるように出撃していく紋章機を
ボンヤリと眺め、伊織も出撃した。
「いっけぇ!!アンカークロー!!」
ランファの掛け声と共にメタリックレッドにカラーリングが施された紋章機、GA−002「カンフーファイター」に装備されている電磁式ワイヤーアンカーが敵重装艦に向かって射出された。
ゴウォッ!―――――という空を押し潰すような音を立ててアンカークローは重装艦を艦橋から斜め下まで押し破り大穴を開ける。
小さな稲妻が発生したかと思うと重装艦は盛大に爆散した。
飛び散る破片を軽々とよけてランファはアンカークローを回収し標的を変更しカンフーファイターを飛ばす。
レーダーとメインモニターの両方に目線を配りミントはフライヤーを精神の糸で操る。
内蔵されているプラズマ兵器の銃口が一瞬、煌いた瞬間、蒼白い閃光がピィッ!―――――――と発射され、敵突撃艦の動力炉を貫いた。
ミサイル、レーザーファランクス等で弾幕の密度を上げ確実に敵にダメージを与えていく。
火球に飲まれる突撃艦に向けて優美な微笑を浮かべ、
「いきますわよ・・・・フライヤーたち」
トリックマスターはフライヤーを引き連れて更に敵の駆逐に向かって飛び立っていった。
「邪魔をするな!!」
タクトは愛機「クロノ・リッター」に装備されている二連装レーザーキャノンにエネルギーのチャージをしながら、中距離ミサイルをほぼ至近距離での状態から戦闘母艦に叩き込んだ。
「ぐあっ!!」
敵戦闘母艦から放たれたミサイル群がシールドに激突するも、彼に与える衝撃には十分だった。
「コイツはお返しだ!!」
戦闘母艦に向けてチャージが完了した二連装レーザーキャノンの引き金を引く。
クロノ・ストリング・エンジンから流れ、溜め込まれていた爆発的なエネルギーが一気に放出され戦闘母艦に叩きつける。
シールドで遮断しようとするも出力はクロノ・リッターの方が数倍も上。
成す術も無く戦闘母艦は宇宙の塵と化した。
クロノ・リッターの機首を巡らせタクトは敵が密集しているエリアに向けて機体を飛ばす。
「いけ!“パラドキサ”!!」
<マーク・ヌル>の背部に装着されているガンオービッド“パラドキサ”が射出され、敵を見回すように銃口を向ける。
そして、狙いを駆逐艦、巡洋艦に定め、飛び立った。
艦の急所を狙ったフォーメーションを取り内蔵されている弾薬を一斉に吐き出した。
マシンガンやプラズマ砲の弾丸の雨がヴァル・ファスク駆逐艦に降り注ぐ。
シールドで弾かれるも大半の弾丸は撃ち込まれ大穴を空けていた。
艦橋を押し潰し、動力炉を貫かれ艦体の至る箇所が穴だらけになり、無残な姿になった駆逐艦はその場で停止し断末魔の叫び声にも似たように盛大に爆発した。
エルシオールに長距離空間転送装置によって運ばれた<マーク・ヌル>専用の武装。
右手に鮮烈な蒼白い光を宿す長大な刃を持つロングソードを握り締める伊織。
ウイング・バインダーを展開し内蔵されているスラスターを高レベルまで出力を上げる。
駆逐艦、重戦艦、攻撃機、通常戦艦がそれぞれ、二隻ずつの計八隻。
敵艦隊の頭上から一気に加速しながら下降する。
右手に握り締めるロングソードを構え、一挙に隊列を取る駆逐艦二隻の間に入り込み一瞬で斬り捨てる。
伊織の存在に気付いた攻撃機と重戦艦が機銃とミサイルを放ってきた。
ロングソードでミサイルを切り払いブースターとスラスターを同時に吹かし緊急回避を行う。
しかし、機銃が伊織の―――――<マーク・ヌル>の右脚部をズタズタに引き千切った。
「何だ!?あれは・・・・?」
密集しているエリアに到着したタクト。
クロノ・リッターのメインモニターに映るのは既に破壊尽くされたヴァル・ファスク艦隊の無残なスクラップがその宙域にぶちまけられていた。
その浮遊するスクラップを足場として利用し、こちらに背を向けて跪き待機する一機のAF。
ミリタリーレッドにカラーリングが施され、手の甲には接近戦用のナックルガードが填め込まれている。
「―――――――タクトさん!!」
「―――――――大丈夫!?タクト!」
「―――――――どうしたんですの?」
「―――――――大丈夫かい!?」
「―――――――何か・・・・ありましたか?」
「―――――――新たな敵ですか?」
「―――――――無事か?」
エンジェル隊の紋章機達と伊織の<マーク・ヌル>がその場に駆けつけ通信を繋ぎタクトの安否を確認した。
どうやら、それぞれ敵の駆逐を完遂しタクトの援護に来たようだ。
「―――――――その声は・・・・戦友よ!!いざ・・・・勝負だァッ!!!」
伊織の声を聞いた途端、そのAFは起き上がり右腕を突き出し高々と叫んだ。
「まさか・・・・・・ヘイズ?」
通信機から聞こえてくる男の叫び声に伊織は驚愕に震えた。
今、目の前にいるのは、かつて共に死線を潜り抜けてきた戦友。
しかし、その戦友と今、自分は対峙している。
「――――――――さぁ!!俺はお前を粉々に・・・・ぶち壊す!!」
そして、そのAFはブースターを吹かし勢い良く接近戦を挑んできた。
「お前ら!!手を出すな!!」
エンジェル隊に向かって叫びながら伊織は通信を切り戦闘に集中した。
気張ったつもりは断じてない。
相手が悪すぎるのだ。
相手の名は「ヘイズ・ウォーバルツ」。
百戦錬磨にて、そしてAFの接近戦に置いて「最強」の称号を冠する男。
彼に破れ挑んだものは消え去っていく。
ヘイズの異名はガーリアン全土にて広まっている。
いくらエンジェル隊が皇国軍最強の部隊でもそれはあくまでこの銀河“EDEN”での話だ。
AFはそのポテンシャルがずば抜けて高く最高クラスの機体に至ってはガーリアンで発見されたブラックテクノロジーが駆使されている。
下手に動けば返り討ち、最悪の場合死に至る事もあるのだ。
――――――――「ゴッドナックル」――――――――
神の拳と称されるヘイズの機体は基本水準を遥かに上回るパフォーマンスを秘めている。
完全に接近戦用に特化された機体だ。
伊織はブースターを吹かしエンジェル隊とエルシオールから遠ざかる。
ヘイズもまたブースターを最大限に吹かし追いかけてきた。
「さぁ!聞かせてもらおう!お前が何故!!!・・・・フォートに組するッ!!」
身体全身から怒りのオーラを出す伊織。
歯をきつく食い縛りヘイズの機体を睨みつける。
「―――――――フン!ガーリアンなど・・・・何一つ変わりはしない!!」
「だからといって・・・・フォートの反逆を許すのか!?」
あぁ!――――と返ってきた時、伊織は急に悲しくなった。
かつて、自分が悩んでいた時、悲しんでいた時、豪快に笑い飛ばし明るくさせてくれた友人のあの笑顔がもうどこにも無いこと悟り・・・・伊織は戦う事を決意した。
それと同時に戦争というものに激しい憎悪が生まれた気がした。
「――――――さぁ・・来い!!」
「・・・・・・あぁ!!」
頬を伝う涙を乱暴に拭い伊織は叫び返す。
二つの巨人は激しくぶつかった。
右手に蒼光を宿す長大な刃が備わった刀剣を握り締めて、大きく振り落とす。
ガキィン!!
しかし刃は「ゴッドナックル」のナックルガードによって弾かれてしまった。
刀剣――――――ロングソードを弾き飛ばし、フィールドを纏った拳を繰り出してくる。
瞬時にロングソードで連撃を防御するも衝撃がロングソードを通し伊織の身体に伝わってくる。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
装甲内から単分子カッターを引き抜き超近距離で切りつける。
攻撃は最大の防御なのだ。
一方、ヘイズはその土壇場の攻撃を避けようと後方に下がるも胸部を大きく切りつけ、抉られた。
「―――――――ぐぅ!!」
ヘイズの激痛に耐える声が聞こえてくる。
だが、今は彼は敵なのだ。
情けなどかけている暇など無い。
自分がかつて生きてきた境遇を伊織は走馬灯のように思い返した。
生きる為に必死だった。
欺き裏切るなど日常茶飯事だった。
昨日までの味方にさえ、その鈍く輝く銃口を向けて重く冷たいトリガーを引く。
生まれた時から施設で繰り返されてきた『戦闘訓練』。
殺し合いと言っても過言ではなかった。
事実――――――そうなのだ。
「ヘイズゥゥゥゥゥゥ!!!」
相手の名を叫び、カッターを逆手に持ち替えて大きく振り落とす。
「――――――ハッ!!!」
しかし「ゴッドナックル」はスラスターを吹かし右にスライドするように回避した。
何も無い漆黒の闇が無常に切り裂かれる。
「――――――さらばだ!!伊織・・・・また会う日まで。今度こそ貴様を殺す!!」
殺意に満ちた叫びを告げるとヘイズは緊急離脱した。
友よ、その身が砕け散ることになりても汝は戦うのか?
3
「いーい湯だな。アハハ!!」
ここ、Cブロックに新しい施設が生まれた。
その名も「エルシオー湯」
疲れを癒す為に船員の希望で生まれたのだ。
そして、男湯。
今いるメンバーはタクト、クロミエ、伊織の三人だ。
「いやぁ。強かったな?相手」
「大丈夫でしたか?」
「・・・・・・」
腰にタオルを巻き湯にのほほん、と浸かるタクト。
一方、伊織は無言で黙り生まれては消える泡を黙って見つめていた。
「友人だったのか?」
「一応・・・・な」
少し間を置き伊織は頷いた。
気まずい雰囲気が場を支配する。
何とか明るくさせようとした時、
「わぁーーー!!すごいです!!」
反対側の女湯からミルフィーユの歓喜に満ちた叫び声にも似たような声が聞こえてきた。
「ミルフィー!?」
思わず湯船から立ち上がり壁に耳を当て会話を盗み聞こうとするタクト。
「タクトさん・・・・」
「お前・・・・・・」
幻滅した眼差しで見つめられる事など気にせずタクトは耳を済ませる。
「―――――でも本当に大きいですよね?フォルテさん・・・・――――――の」
感心したようなミルフィーユの声、最後の部分が聞き取れなかった。
「―――――ミルフィーだって!!」
ランファが張り上げる。
「―――――皆さん凄いですね」
呑気そうに呟くちとせの声が壁の反対側から聞こえてくる。
「―――――あら?ちとせさんのだって負けてはいませんわよ」
悪戯が好きな子供のような声のミント。
「―――――ひゃぁ!!や・・やめてください」
上ずった悲鳴を上げるちとせ。
そんな会話を聞いていた男湯一同。
タクトは興奮して鼻の穴を膨らませ、クロミエは鼻血を出し湯船に力無く浮かんでいた。
どうやら、クロミエはこういう系統には弱いそうだ。
一方、伊織はというと、
「むぅ」
と呟きどこから取り出した酒瓶を湯飲みに注ぎ飲んでいた。
「伊織!!お前・・・・それじゃあ、男が泣くぞ!!」
酒のことは突っ込まないのか?
「・・・・・?」
タクトの言っている意味を今一つ理解できていない伊織は頭上に?マークを浮かべてタクトを怪訝顔で見つめた。
「とりあえず・・・・だ」
立ち上がって力無く湯船に浮かぶクロミエを肩に担ぎ伊織は男湯を後にした。
一方―――――――タクトの想像とは裏腹に
「返してくださいミント先輩!!風呂桶を!!」
「フォルテさんの風呂桶大きいですよね!?使ってみたいです!!」
ちとせの風呂桶を遠慮なく使い湯を流すミントにちとせが懇願したように見つめる。
ミルフィーユがフォルテの浸かっている特大の風呂桶を好奇心を押さえつけたように凝視していた。
そう、風呂桶の事なのである。
クロミエを医務室に運んだ伊織は銀河展望公園で風に当たっていた。
風呂上りの火照った身体が涼しい夜の風で冷やされていくのが実感できる。
風が優しく自分の額を撫でるように気持ちがよかった。
夜空を見上げると天の川や星達が無邪気な輝きを放っている。
そのことに無性に腹が立った。
いや、戦争と言うものに腹が立ったのだ。
命と精神を貪り食い、人から大切な何かを奪っていく、その見えない巨大な獣に。
腹が立った。
かつての友を変貌させるその獣。
大切な者を殺したその獣。
酷い憎しみが再び膨れ上がり自分を燃やす感覚に陥った。
キィィィィィィン!!
突如、耳鳴りが聞こえ頭痛が生まれた。
耳の鼓膜が破れそうな痛み。
息が出来なくなる。
目の前の視界がボンヤリと歪んでいた。
脚がふらつく。
経っている事すらままならない。
更に追い討ちをかけるように心臓が握り締められるように痛み出した。
いっそのこと殺してくれ―――と誰でも願うような生き地獄。
中途半端に生きているような不快感。
そして、突如、伊織の視界が暗転し、
バタッ!!
冷たくなった芝生の上に伊織は倒れこんだ。
第七章 完 続く