『トランスバール皇国暦414年、6月11日。俺達は白き月に向かうこととなった。そして、またしても俺は戦友と死闘を繰り広げることになった』

 

 

 

第八章「若き戦士の猛攻」

 

 

 

 

                1

 

 

「・・おり!!い・・おり!!ちょっと伊織!!!」

「ンッ!!」

身体を激しく揺さぶられて伊織は意識を取り戻した。

暗転した視界が徐々に光を取り入れていく。

少しまだ頭が眩むも、伊織は起き上がった。

伊織の傍にトレーニングウェアを着たランファが心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。

「ランファ・・・・?」

「どうしたのよ。一体・・・・・・まさか、例の発作?」

無言で頷く。

「戦闘中<マーク・ヌル>が受けたダメージは戦闘後も俺の身体で再現される。そして更にコアによる精神侵食での一体化で身体の細胞が少しずつ消滅していくんだ」

遠い目でスラスラと語る伊織。

 

「じゃあ、医務室にいきましょうよ!!」

またしても、伊織は無言でかぶりを振った。

「何でよ!?」

「“EDEN”の技術では“リプレイ”を抑える事は出来ないんだ。この前、痛み止めを貰ったがまるで効果がなかった」

ランファの顔をさー、と血の気が引いていく。

 

「まぁ、心配するな。何とかなる」

根拠などどこにもなかった。

ただこれ以上、ランファに心配をかけたくなかっただけなのかも知れない。

ランファの静止を無視し伊織は足早に銀河展望公園から去った。

 

「伊織。丁度良かった・・・・」

「今度はお前か」

後ろからツカツカと歩いてくるタクトに渋い顔で返す。

「実は白き月に向かうことになってさ・・・・」

「ほう?何故だ?」

タクトは訳を話した。

 

 

ヴァル・ファスク及び多数のAFによる無差別襲撃に伴い皇国軍軍評議会は一度、エルシオールを白き月に帰還させ“ガーリアン”の人間である伊織の話を聞くことにしたらしい。

 

「なるほど。俺に反逆者の内情を説明させたり、“ガーリアン”の機密情報を吐かせたりするのか」

「違う・・・・・・けど」

ひょっとしたら、というような表情。

タクト自身、どうなるか分からない状況といったところだ。

「危害は加えない!!俺から先生に頼んでおく!!必ず!!」

「その必死さで分かった。協力しなければ危害は加える。拒むと拷問に入り下手すれば殺される・・・・だろ?」

図星を突かれタクトは黙り込んでしまった。

「今更、遅いか。もうエルシオールは白き月に向かっているんだろ?」

「あぁ。もうそろそろ、第3方面軍の領域に入る」

そうか、と呟き伊織は自室へと引き返していった。

 

 

 

その背にはまたしても陰気な影がまとわり、死の影が見え隠れしていた。

亡者の方が生気があるようなその背。

どこか、悲しさと宿命といった『見えない何か』を背負ったようだった。

 

 

伊織の部屋は彼が一時的ではあるが新たに設置された。

一番端にありエレベーターに近い部屋だ。

 

 

バシュッ!!

 

 

と乾いた音を立ててドアが開く。

抹茶色の畳が目の前に広がる。

庭には枝垂桜が植えられ風に揺れて花びらを散らしていた。

玄関で靴を脱ぎ伊織は部屋へと足を踏み入れる。

縁側に腰掛けて懐から勾玉を取り出す。

鈍く光る銀色のチェーンが無造作に取り付けられた濃紺の勾玉。

まるで、中に何かが宿っているように一際、美しかった。

 

 

ピンポーン♪

 

 

誰だ、と思いつつ伊織は腰を上げて玄関のドアを開ける。

「伊織さん・・・・御邪魔して良いでしょうか?」

ちとせがほんのりと頬を染めて上目遣いで伊織を見つめている。

「構わん」

クルリと回れ右し、伊織は台所でお茶の準備をし始めた。

茶筒から適量の茶葉を取り出し急須に入れ湯を注ぐ。

二人分の湯飲みにお茶を入れ羊羹といったお茶菓子と一緒に盆に乗せて卓袱台の前に座るちとせに差し出した。

「どうも」

もどかしい動作で湯飲みを受け取るちとせ。

伊織は湯飲みを持ち縁側へと腰掛けた。

一口、茶を飲みコトン、と縁側に置き伊織はボンヤリと枝垂桜を眺め始めた。

「ちとせ・・・・」

「何でしょうか?」

伊織の隣に座るちとせに枝垂桜を見つめたまま伊織は話し掛けた。

 

 

 

「ちとせには・・・・・・戻れる場所ってあるか?」

 

 

 

彼の質問の意味が良く分からなかった。

何故そんな事を訊くのだろう?――――首をかしげながらそう思うと、

「簡単に言えば帰れる場所はあるか・・・・ってことだ」

「ありますよ。このエルシオールがそうですし白き月も同じです」

更に続ける伊織に数秒間か考えた後、ちとせは断言したような態度で述べた。

「そうか」

フッと顔がほころぶ伊織。

「よかったな」

そう言ってちとせの頭を優しく撫でた。

撫でた時の彼女の髪の温かさ柔らかさを伊織は忘れることはなかった。

「伊織さんは・・・・・・?」

恥ずかしさと嬉しさが入り混じったように。緋色に頬を染めるちとせは伊織に訊いた。

「俺?・・・・無いよ」

静かに告げられた。

自分の居場所があった話など遠い過去の話というのでは無く、元より存在しなかったような物が含まれている。

悲しげに笑う伊織。

「雪華さん・・・・ですか?」

無言で頷く伊織。

 

「彼女がいれば・・・・こうする事は無かっただろうな」

今も尚、最愛の者を思う伊織。

自分などが彼に好意を寄せていいのだろうか?

そう思ってしまった。

彼は自分など見ていないのではないのか?

そんな思いが脳裏を何度も浮かび、消えていく。

「どうした?」

黙り込むちとせに伊織は顔を覗き込む。

 

「いえ!!何でもありません!!」

慌てて否定し、

「楽しかったです・・・・また」

「あぁ。・・またな」

ちとせが部屋から出て行っても尚、彼の心は更に深い翳に覆われた。

 

 

 

                 2

 

「何なのよ!?あの機体!!」

ヴァル・ファスク艦隊の中央に青灰色の巨人が両腕に馬鹿でかいライフルを抱え、静かに佇んでいた。

ヴァル・ファスク艦隊はその青灰色の巨人を守護する配置。

 

「――――――――こちらは、反帝政組織「オルトロス」“EDEN”侵攻軍第一艦隊司令、クピード・エイブラムズです」

まだ、幼さが残った少年の声が周囲の宙域に響き渡った。

「エルシオール艦長のタクト・マイヤーズ」

クロノ・リッターのコックピットに座り相手に返すタクト。

モニターに映る少年。

黒い機器が備えられ黒のパイロットスーツ身を包み静かにエルシオールブリッジを見つめている。銀色の髪にブルーの瞳。

少年―――――クピード・エイブラムズは、あぁ貴方が、と言った様子だ。

「――――――――遅かったですね」

「何がだ・・・・?」

にやりと不敵に笑うクピード。

「――――――――第3方面軍なら先ほど我々が全滅させました。ここで朽ち果てるのは彼らと同じく・・・・・・貴方達だ・・!!」

彼の言葉と合わせ青灰色の機体が片手でライフルの銃口を向けてきた。

戦意を露にする機体。

 

「―――馬鹿げた事を方面軍がお前とヴァル・ファスク艦隊に全滅させられるなど!!」

レスターの言う事は最もだった。

ヴァル・ファスクといっても艦隊の数は10隻程度。

方面軍一つを相手にするには無謀といった数だった。

「―――――――じゃあ、それらは何です?」

穏やかな微笑を浮かべ、クピードは顎で示す。

「周囲のエリアを拡大します」

ココが周囲のエリアを拡大し、メインモニターに無残な光景が映し出された。

バラバラにされた銀色の艦隊。

それは間違いなく第3方面軍の艦隊だった。

 

「惨劇」

 

この言葉が第3方面軍に何が合ったのかを物語っていた。

「君がやったのかい?」

無言で頷くクピード。

満面の笑みを浮かべている。

「―――――――最も“ガーリアン“の打撃艦隊よりは弱かったですけど・・・・それなりに楽しめましたよ」

フフッと笑うクピード。

それは年相応の少年が見せる暖かい笑みでは無く一人の戦士として戦いを楽しんだ後のような晴々とした笑顔だった。

 

「――――――タクトさん!!あたし許せません!!」

一番機からミルフィーユの声が、

「――――――アタシもよ!!」

二番機からランファの声、

「――――――許される行為ではありませんわね・・・・!!」

三番機からミントの声が、

「――――――戦場の恐ろしさを叩き込まないといけないようだね」

四番機から静かに怒りを燃やすフォルテの声が、

「――――――酷すぎます」

五番機から悲しみに満ちたヴァニラの声が、

「――――――成敗させてください!!」

六番機からちとせの声が聞こえてくる。

 

エンジェル隊の怒りが通信機越しから伝わってきた。

「分かってる!!エンジェル隊出撃・・・・・・!!」

タクトの号令と共に紋章機達が次々とエルシオールから出撃していった。

 

伊織の<マーク・ヌル>も一個の弾丸となって猛スピードで出撃した。

 

「くっ!!」

「――――――させませんよ!!」

射程距離まで近づくハッピートリガーに青灰色のクピードの機体「リンドブルム」が両腕に抱える馬鹿でかいライフル――――――マルチ・ロングランチャーをハッピートリガーに構え、引き金を引く。

高速で飛来する弾丸を避けきれず、ハッピートリガーの右翼に装備されている中型ミサイルがポッドごと吹き飛んだのだ。

グラグラと衝撃に揺れるコックピットの中、フォルテは歯を食い縛り必死に攻撃に耐え射程距離まで近づく。

 

「今度はこっちの番だよ!!」

ハッピートリガーの前方に装備されている連装レールガンが火を吹いた。

ファランクスと残った左翼の中型ミサイルポッドとの連携でドカドカと放たれていく弾薬。

リンドブルムは上方に飛翔しライフルでミサイルを迎撃し、脚部に取り付けられているミサイルポッドでファランクスを相殺したのだ。

 

その光景を見たフォルテはチッ!と舌打ちし照準を合わせた。

その時、ハッピートリガーを<マーク・ヌル>が猛スピードで横切っていく。

速度を上げリンドブルムに接近する<マーク・ヌル>。

「――――――――少佐の機体では高機動の機体と相性が悪い。エルシオールで弾薬を補給し重装艦といった敵と対応してくれ!!」

音声のみの指示が聞こえフォルテは指示通りエルシオールに進路を変更した。

 

「頼んだよ・・・・・・伊織」

後方で繰り広げられる死闘を一瞥しフォルテは急いでエルシオールに向かっていった。

二機の巨人が離れてはぶつかり合う。

その度に光が炸裂していた。

 

 

 

 

リンドブルムは肩部の装甲を展開し内蔵されているマイクロミサイルの照準を<マーク・ヌル>に向けて容赦なく放った。

時間差攻撃を狙いマルチ・ロングランチャーを発砲する。

一方、<マーク・ヌル>はロングソードでマイクロミサイルを一斉に切り払った。

小規模の爆発が<マーク・ヌル>の前方で生まれる。

逃げる隙など与えずマルチ・ロングランチャーの弾丸が飛来し直撃した。

だが、そこにいるはずの<マーク・ヌル>はどこにもおらず弾丸は小惑星群を砕いただけだった。

 

 

ピピピピピピピピピピピ!!!!!

 

 

センサーが警告音を上げる。

「上だと!?」

クピードは上方を見上げた。

所々損傷を受けた<マーク・ヌル>がロングソードを振りかざし猛進してきた。

「くっ!!」

対特殊装甲用ダガーを引き抜きロングソードの刃を受け止める。

しかし、あっさりとダガーの刃は根元から、リンドブルムの右腕ごと切断された。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

余りの激痛に思わず叫び声を上げてしまった。

灼熱となって骨が捻じ切られるような感覚に気がおかしくなりそうだった。

 

「―――――――お前を殺したくはない・・・・・・」

通信機から静かに伊織の声が聞こえた。

淡々と諭すような落ち着いた口調だ。

「なに・・・・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「去れ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の叱咤に思わずびくりと身を振るわせた。

感じたこともない何かに身を包まれているような不快感。

初めて感じた殺気。

「―――――――撤退しないのならば・・・・・!!」

伊織は後の言葉を行動で示して見せた。

<マーク・ヌル>は右手に青く輝く刃を持つロングソードをリンドブルムに突きつけた。

頭部から段々と刃を下げていき胸部――――――すなわち、コックピットに剣先を突きつけ、動きを止めた。

彼の言っていることがクピードにもよく分かった。

撤退しなければこの場で自分を殺す、ということだ。

「フフフフ・・・・撤退するわけがないだろ!!!」

 

 

何か秘策でもあるのか・・・負惜しみなのか、それとも狂ったのか。

 

 

そんなことを思っても今の伊織にはクピードの考えなど分かるはずがない。

分かることといえば、クピードが申し出を拒絶したという事実。

伊織は静かにロングソードを握る右腕を後ろに引き、

「――――――――待て伊織!!殺すな!!」

タクトの声を無視し、

 

 

 

突き刺した。

 

 

 

 

 

綺麗な切断音のような音が奏でられた。

伊織は、はっきりとロングソードがリンドブルムのコックピットに突き刺さっているのが見えた。

おそらくパイロットは即死だろう。

不思議と悲しみは湧いてこなかった。

 

彼女を殺した者に加担する以上、全てが自分の敵。

そう心に決めたのだ。

それ故に今の伊織には悲しみという感情は表れず『敵と戦い倒した』という戦士にとっては日常のような感情が自然と表れていた。

その時、伊織は気がついた。

 

人を殺しておいて何も感じない自分。

つまり、平気なのだ。

殺そうとも何だろうと・・・・自分にとっては平気なのだ。

そして、自分は『兵器』でもあるのだ。

 

 

 

「こちら<マーク・ヌル>。敵AFとの交戦が終了、敵機撃破。帰還する」

ポツポツと呟くようにエルシオールブリッジに向かって報告し伊織はエルシオールへと向かった。

ロングソードには撃吸収剤が緑色の血のように纏わり付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                3

 

「伊織・・・・・」

コックピットから出てきた伊織にタクトが一同を代表して声を掛けた。

伊織はいつもと変わらないがどこか、生気が無いように見えた。

「やったぞ」

「お前!!何で殺した!!」

怒りを露にし伊織のパイロットスーツの襟を掴むタクト。

目には怒りと悲しみが同居し光に反射して潤んでいた。

「落ち着いてください!!タクトさん!!」

ミルフィーユの静止も聞かずタクトはギリッ!!――――と歯軋りし伊織を睨みつける。

 

「俺の邪魔をする者全てが俺の・・・・敵だ。敵を殺して何が悪い?」

「お前!!」

 

 

バキッ!!

 

と鈍い音が格納庫に響いた。

それまでやり取りを見てざわめいていた整備員やエンジェル隊のメンバーが一斉に静まり返った。

伊織は脚に力を入れて倒れず、タクトを睨みつけたかと思うと彼の拳の倍以上の力を込めてタクトの頬を殴り飛ばした。

無様に後ろへ引っくり返ってしまったタクトに伊織は上から見下ろすように睨み付け、

「何が救国の英雄だ・・・・!!教えてやろう戦場において“死“というのは誰にも平等に渡される・・・・それを貴様は分かっているのか!!

伊織の叫びが更に格納庫を静まり返す。

一瞥し伊織は格納庫を後にした。

 

部屋に戻り、パイロットスーツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。

だが、疲労は何故か・・・・取れなかった。

 

「ふぅ」

元の服に着替え、伊織は縁側に静かに腰掛けた。

時間は既に夜へと変わっている。

人を殺したというのに罪悪感も自己嫌悪の念も抱けなかった。

もし、彼女が生きており、自分を見たらどう思うのだろうか?

自問してみた。

 

多分・・・・いや、きっと悲しむだろう。

他人を気遣い、いつも笑顔を絶やさなかった彼女にとって『人の死』というのは苦痛以上だ。

それでも、彼は・・・・自らの取った行動と選択した道を正しいと信じる以外に思えるものが・・・・・何も無かった。

 

懐から勾玉を取り出しボンヤリと眺めた。

「雪華・・・・・俺はどうしたらいいんだ?」

 

 

 

 

 

第八章    完       続く

 

 

 

 

後書き

 

暗いですね。

登場早々、死んでしまったクピード君。

とりあえず、黙祷とごめんなさい。

「あれ?コイツ前に出てこなかったか?」

と、思いの方。

今作ではイレギュラーが書いたオリジナルSF小説を元にGAとの世界とクロスしています。

つまり、今作ではこの作品はイレギュラーが書いたSF小説の後日談ということになるんでしょうか。ややこしい話です。

タクトと亀裂が走りました!

修復の見込みは・・・・お楽しみというところで。

今後、伊織がどういう風にして道を進むのか?

掲示板でも書かれているようにちとせとの関係は?

それは物語が進むに連れてハッキリすると思います。

 

では、また