『舞踏会は始まり、何事も無く終った。しかし・・・この舞踏会が俺の悲しみを倍にし、新たな憎しみを生むとは・・・・夢にも思わなかった』
第十二章「Dalk Konzert」
1
「凄かったよねぇ・・・あのお城」
「お城じゃなくて、軍本部だよミルフィー」
ティーラウンジにて、テーブルを取り囲むように腰掛けるエンジェル隊。
先程まで見た軍本部、大聖堂のような“騎士の間”についてミルフィーユが思い出すように語っている。
目はうっとりと天井を見ていた。
おそらく、あの手のファンタジーのような物には目が無いのだろう。
思い出すたびに溜息を漏らす。
「確かに凄かったですわね?」
「えぇ・・・・“騎士の間”は特に、“拝見の間”よりも広く大きかったですよね」
ミントにちとせが同意する。
「アレより無駄な物があるの!?」
新たな声が聞こえ全員が振り向くと、ノアが呆れたような顔で近づいてきた。
「ノアさん・・どうしたんですか?」
「伊織の機体について本人に聞こうと思ってたんだけど・・・アイツは?」
「伊織なら軍本部に残ってるよ・・・・アイツも一応、筆頭だからね」
ノアの問いにフォルテが答え苦笑を漏らす。
「ふぅん・・・・・で?何でアンタが落ち込んでるわけ?」
彼女の瞳は真っ直ぐにちとせを見つめている。
確かにちとせは余り元気がなかった。
うわっちゃぁ、とフォルテが顔をしかめる。
無理も無かった。
伊織はタクトと同じ様に何十人という団員を統括するいわば“司令官”と同じ様な階級に位置する。
若干、十九歳にして第七団の団長を務める伊織はある程度、名は通っていた。
しかし、あまり良い噂ではなかった。
大半が『何かズルでもしたんだろう』と思い伊織を嫉妬の眼差しで見ているものが多い。
だが、軍のごく一握りの幹部クラスはそれとはまた違った意味で伊織を軽蔑していた。
イレギュラーナンバー・ツヴァイ
それが伊織のもう一つの名だと言うことには彼女達、ましてやタクトも現段階では知る由もなかった。
ちとせは盛られているフルーツタルトを食べようとせずに銀色に輝くフォークを純白の皿にカツカツ、と当てて頬杖をついて溜息をつくだけだった。
“ガーリアン”に戻ってきた伊織を待っていたのは凄まじい程の仕事の量。
“オルフェウス”の侵攻率、敵軍と帝政軍の配置について各団長と話し合い今後の展開についての行動をどうするか、など。
書類作業すらサボるタクトがこの仕事についたら数分も立たない内に「沈む」だろう。
第七団オフィス
「団長・・・お疲れ様です」
「あぁ・・・・・すまないって・・・コーヒーか?」
クラリスがコーヒーをコトン、と伊織の机に置いてニヤリと笑う。
「駄目ですよ?飲み物でも好き嫌いしちゃ・・・団長の悪い癖です」
少し頬を膨らませてから、コーヒーカップをげんなりと見つめる伊織の顔を見て可笑しそうにクスクス、笑うクラリス。
何故か、今のクラリスはとても自然で楽しそうな雰囲気だ。
“聖光騎士団”の第七団団長補佐とは思えない年相応の少女が見せる自然な笑顔。
目の前に居る彼女は軍人である前に普通の女性なんだな、と改めて実感した。
彼女の魅力の一つであるパールブルーのカラーリングは今はおろされている。
「では、私は戻りますね?ちゃんと飲んでくださいよ?・・・・・団長の為に淹れたんですから」
「あぁ・・・努力するよ」
苦笑する伊織を見て、また可笑しそうに笑うとクラリスは回れ右をし、団長室から出て行った。
彼女の髪がふわりと広がりまた、元の位置に集まる光景を見た伊織は何だか気分が弾む気がした。
コーヒーカップに手を伸ばし、口元に運び一口、飲むと、
「苦い・・・しかも熱い」
顔をしかめて伊織は鼻をつまみ一気飲みし、再び仕事に移った。
一方、ティーラウンジにいるちとせは少し気を落ち着かせるために「エルシオー湯」に入ることにした。
籠に軍服と下着を丁寧に畳んで入れ、タオルを持って浴場に入る。
誰もおらず、女湯には彼女ただ一人だけだった。
「ふぅ・・・・」
ちゃぽん、とまずは脚から浴槽に入れてから、浸かる。
丁度良い湯加減だ。
色白の華奢な肢体が湯に包まれる。
「はぁ・・・・・・・」
一つ溜息。
今ごろ、あの人が伊織さんにアタックをしかけているころでしょうか?
ふと、クラリスのことを思い出した。
急に現れたとはいえ、伊織にとっては彼女との付き合いのほうが長い。
しかし、自分も負けて入られない。
こういう風にお風呂に入っている間もあの人は!!
ちとせは、心の中で絶叫しがっくりと首を項垂れた。
そういえば、クラリスさんは胸を押し付けていたような・・・・
突如、そんなことを思い出した。
男の人はあぁ、いうのが好きなんでしょうか?
そう思うたびに頬が真っ赤に染まるのが分かった。
クラリスのを思い出して自分のと見比べてみる。
それほど、小さくは無いがクラリスと比べてしまうと圧倒的に・・・・・
「うぅ〜」
顔を口元まで沈め、ぶくぶくと泡を作る。
「でも、負けません!!」
ちとせは湯船から出て、軍服に着替え、『エルシオー湯』を後にした。
2
「・・・伊織」
「流水・・・・か」
書類に目を通している伊織に一人の青年が近づいてきた。
茶色の単髪。
おっとりとした同色の瞳。
優しそうな印象を受けるもどこか、幼さを残したまま成長したような顔立ち。
「相変わらずだね・・・・彼女の気持ちにも気付いてあげなよ」
流水と呼ばれた青年――――――雨宮流水はハハッと軽く笑った。
人懐っこい優しい笑顔。
相手を安心させるような穏やかな声だ。
「気持ち?・・・・・クラリスの?」
はぁ、とわざとじみたような溜息をする流水。
「気付いてあげなよ?」
「そういうお前は暇なのか?」
皮肉をこめて言い放つと流水は柔らかく受け止めて肩をすくめる。
伊織、クラリスがAFで指揮、戦闘している最中に旗艦や艦隊に指示を送る司令塔とも言えるべき人物。
それが、雨宮流水の役目なのだ。
普段は人情味が溢れ、決して自分を崩さすマイペースでいる彼。
しかし、戦闘時になれば氷よりも冷たく冷静な人間になる。
二重人格とかではなく、彼自身がそうなるのだ。
仲間の命を守る為に。
司令塔である自分が感情を露わにし、動揺などしたら艦隊のフォーメーションが一気に崩れ全滅を意味するのだ。
自分の中に巣食う死への恐怖や焦りを徹底的に押し潰し冷徹な人間に移り変わる。
よほど、意志が強くなければ出来ない行動だ。
「どこかの誰かさんが特捜機動部隊から戻ってきてくれたおかげで、ね」
負けじと、いたずらっぽい口調で返す流水。
「チッ!」
「ハハハ」
伊織を完全に手玉に取って、軽く笑い流水は団長室を後にした。
舞踏会当日
「本当にあいかわず・・・・凄いなぁ」
シヴァ、ルフト、シャトヤーン、エンジェル隊と一緒に席に座るタクト。
舞踏会会場はEDENのスカイパレスよりも大きく広い。
黄金の輝きを放つシャンデリア。
紅い絨毯が敷き詰められ、白いテーブルクロスが敷かれる円状のテーブル。
集まったのは一般人から軍人の名門までありとあらゆる人間が舞踏会会場に集まった。
タクトが聞かされた話では帝政国家といえど貴族といった人種は無いらしい。
とはいったものの、軍人の名門があるという話では皇国と同じ様だが。
「よく来てくださった!!本日は別世界“EDEN”から来た者達との親睦を深める為、舞踏会を行うことにした。今日は無礼講ですぞ・・・存分にお楽しみを」
中央の玉座に座るガイン卿が立ち上がり盛大に声を張り上げる。
(話が短くて助かるよ)
送られた新しいドレスに身を包むミルフィーユと早く踊りたくてソワソワと体を揺するタクト。
そして、舞踏会は始まった。
タクトは一目散にミルフィーユと手を繋ぎ、始まった演奏にあわせて軽快なステップを踏む。
残りのエンジェル隊に次々と男性陣がダンスの申し出が殺到する。
ちとせは男性に囲まれながらも伊織を見つけようと舞踏会場を見渡すも彼の姿はどこにも無かった。
舞踏会から少し離れ、寄り付かない丘の上にある公園に伊織は一人、ポツンと手すりに身を任せて、風に当たっていた。
漆黒の髪が風に揺れる。
同色の瞳は“ガーリアン”の町並みを静かに眺めている。
「団長・・・・」
後ろを振り向くとクラリスが頬を染めて彼を見つめていた。
白いローブ姿ではないものの、純白に黄金を散りばめたような真珠色の胸元がゆったりとしたロングドレス。
見事に彼女と似合っている。
まるで、精霊か妖精のようにも見える。
風が吹く度に彼女の長いパールブルーの髪が静かに揺れた。
「クラリスか・・・どうした?親父さんから逃げてきたのか?」
こくん、と無言で頷くクラリス。
何を隠そうクラリスは“ガーリアン”では名の通った軍人の名門、シャルロット家の一人娘。
父は軍の中ではかなりの高官に位置する人間だが“聖光騎士団”には頭が上がらないでいる。
「お父さんといると・・・・何か落ち着かないんです」
「そっか」
「寂しかったんです・・・・団長が特捜機動部隊に行ってから・・心に穴が空いた感じで」
「・・・・・・」
暗く落ち込んだ口調でクラリスは述べる。
「ごめん・・・」
「団長・・・・好きになって良いですか?貴方のこと」
クラリスは伊織の胸にすがり付き上目遣いで彼を見つめた。
目は静かに彼を見つめるも、瞳は潤んでいる。
「それは・・・・・・」
「良いんです・・・特捜機動部隊で何が遭ったか知りませんが、私は団長の傍に居られるだけで、幸せです」
何か、大切なものをそっと相手に差し出すように告げられた。
再び風が二人を撫でる。
遠くの舞踏会会場から微かだが、曲が流れてきた。
「団長は・・・・行かないんですか?」
「あぁいう・・・雰囲気は好きじゃない・・・・壊しちまいそうでな」
「団長らしいです」
口元に手を当ててクスクスと笑うクラリス。
「団長・・・・踊ってくれませんか?」
頬をほんのりと染めて告白するように告げるクラリス。
「あぁ・・・・俺でよければ」
「ありがとうございます!!!」
クラリスは伊織に近づいて右手を取り伊織も彼女の右手を取る。
微かに聞こえてきた曲が夜想曲に変わる。
落ち着いた夜のようなその曲にあわせ二人は踊り始めた。
頬を染める二人は楽しそうに微かだが笑みを浮かべステップを踏む。
まるで、恋人のような二人。
彼らの頭上ではそんな二人を祝福するように星達が輝いていた。
「今日は楽しかったです・・・・団長と踊れたことだけでも私には幸せ以上です」
「そ・・・・そうか」
じゃあ、と手を振りクラリスは去っていった。
「クラリス・・・・悪い・・うっ!!」
走り去るクラリスを見つめていた伊織は小さくなっていく彼女の背に呟くように告げた。
「俺に残されている時間は・・・・余り・・・無いんだよ」
悲しげなニュアンスが含まれたその言葉をクラリスに届くわけは無かった。
こうしている間にも細胞は微弱ながらも確実に破壊され身体は侵食されていく。
「ハハハ・・・・仇をとれずにアイツの・・・雪華の所へ行くのも・・・・良いかもしれないな」
よろめく脚を無理やりベンチに誘導させて座り込み息を整えながら夜空を眺めた。
漆黒の暗闇に散りばめられた星々が無邪気な輝きを放つ。
お前達は全部見てきたんだろ?人類の全てを
心で、そう問いてみた。
彼女が死んでからもう三年になる。
そして、自分が復讐に身を委ねてからも三年になるのだ。
「はぁ・・はぁ・・」
苦しそうに息を吐くその光景は余りに生々しく痛々しかった。
その時、物音がし首だけ力無くその音のした方へ向ける。
色白の肌、そして肌とは正反対な長い漆黒の髪。
純白で清楚なイメージな彼女にピッタリなロングドレス。
烏丸ちとせだった。
「伊織さん!!」
ぐったりする伊織に駆け寄るちとせ。
目に涙を浮かべる彼女に伊織は力無く笑うしかなかった。
「よぉ・・・・どうした?ちとせは・・・踊らなくていいのか?」
「自分の心配をしてください!!」
またしても、力無く笑う伊織。
「自分の身体のことは自分が一番良く知ってるよ」
まるで、これから死ぬ末期患者のような台詞。
「そんなこと言わないで下さい!!伊織さんが死んだら・・わ・・・・私っ!!」
泣き崩れる彼女の髪を優しく撫でる伊織。
穏やかな笑みを浮かべている。
「ちとせ・・・俺は死なない」
「わかりました・・・・や・・約束ですよ?」
涙を流しながら、にっこりと微笑む彼女。
どこか、懐かしい感じがした。
とても懐かしい。
まるで忘れていた感情が戻ってきたように・・・・
「ちとせ・・・踊ってくれないか?俺と・・・・・」
「でも、伊織さん・・身体」
「大丈夫、大丈夫」
立ち上がり大きく手を伸ばす伊織。
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『その時のちとせの表情は・・・・・・・とても綺麗だった』
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「頼む」
「わかりました。私でよければ」
既に曲は最後の方へと移っていた。
オーケストラが協奏曲を演奏し始めている。
二人は恥ずかしながらも、ぎこちない動作で互いの手を握りステップを踏み始めた。
夜の下で、奏でられし闇の協奏曲。
踊る二人は天使と闇。
互いに相反する存在。
復讐のプログラミングは着実に彼を突き動かそうと迫っていた。
同時刻:帝政国家兵器プラント、第二機密格納庫にて
「急がねばならん・・・・兵器というのは勝つ為の物だ・・・その為に存在する」
ヒースクリフ・オルランドは薄暗い兵器プラントにて目の前の闇に向かって囁く。
要員は舞踏会に行き、彼一人だけだ。
彼自身、「羽を伸ばして来い」と言ったのである。
しかし、それには別の理由がある。
この・・・・漆黒の闇の機密を守るために。
「最終調整は時期に済む・・・・・ククッ!」
ヒースクリフはマッドサイエンティストのような光を瞳に宿し不気味な笑い声を上げた。
悪魔のようなその笑いは薄暗い
第十二章 完 続く
後書き
いやぁ、伊織はどうなるのでしょうか。
クラリスは大胆な行動で攻め、ちとせは一途な想いで迫ります。
「何かあるでしょう」と期待された方々、次です!!
次で急転直下しますので。
ご期待くださいな♪
「伊織は女の尻にしかれるタイプ」とありましたが、時期にそれは砕かれるでしょう。
次回!
Nocutrne Of Angel
〜天使の夜想曲〜
第十三章「Chaos Maker」
今、
憎しみの歯車が復讐のプログラミングが
動き出した!!