『何でちとせを助けたか・・・・多分、もう失いたくなかったからだと思ったからだ。

大切な存在を』

 

 

 

 

 

第十四章「Ill will  Of  White

 

 

 

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帝都軍本部大会議場

 

「まさか、シャルロット補佐が戦死するとは・・・・!!」

ガイン卿が悲しげに俯く。

「ガイン卿、部下の死を嘆くのはあとにしてもらいたい」

ヒースクリフ・オルランドがピシャリと言い放つ。

まるでクラリスの死など気にもとめていない様子だ。

「オルランド!!」

「何ですか?貴重とはいえ、『人材』が『損失』しただけでしょう?」

鼻で笑いオルランドは険しい顔つきになりスクリーンにある映像を見せた。

それはAFに酷似した兵器ではあるものの、AFとは桁外れの大きさだ。

形状も禍々しく脚と言うもの無くブースターで飛んでいるのでは無く音も立てずに浮遊しているその兵器。

 

腕と言うものは無く代わりにキャノンのような射撃武器が装備されている。

その機体を取り囲むような八面体の結晶体が帝政軍AF部隊に向かって閃光を照射していた。

「これは・・」

「つい先日、第39艦隊との交戦中に撮影された戦闘映像です」

オルランドが淡々と述べる。

そして、機体の至る所に装備された火器が一斉に火を吹き、艦隊のAF部隊が爆散した。

この常識を超えた兵器を目の当たりにした首脳達は深刻そうな表情をより一層、深めた。

「オルランド・・・・このような物を見せるならお前のことじゃ。コレに対抗する兵器は完成しているのじゃな?」

しかし、オルランドは無言でかぶりをふった。

「まだ正式な適合者はいません・・・・・・しかし、丁度良い人材なら」

彼の一言にガイン卿はしばし黙考した後、

「よかろう、お前の判断に任せる。本日の会議はこれにて終了する」

解散の指示を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面にビッシリと広がる灰色の物体。

おびただしい数の墓石の群れの中で漆黒の青年は静かに墓石を見つめていた。

 

 

『帝政暦542年――――クラリス・シャルロット、ここに眠る』

 

 

刻まれた名の人物を思い出すたびに悲しみと怒りと憎しみが込み上げて来る。

絶対に忘れることはない。

綺麗なパールブルーの長い髪を簡単にポニーテールにまとめ、同色の瞳は可愛らしく優しげな笑顔は良く似合うが軍服など絶対に似合わない少女。

クラリス・シャルロット。

彼女と踊ったあの夜の美しさ、彼女の美しさを忘れることは無いだろう。

「クラリス・・・・俺、行くから。・・・・お前の分まで戦う」

景色が不意に滲み瞳から生暖かい液体が零れ、乾いた頬を静かに伝って地面に落ちる。

しかし、乾ききった彼の心が癒されることは無い。

彼女が好きな花を添えて、彼は未練がましそうにその場を立ち去った。

 

惑星『ノルン』。

先ほどの戦闘が終結した後、伊織は団長の権限を使い彼女の故郷に来ていた。

抱きかかえられた愛娘を見た両親は泣き叫び伊織を憎しみと怒りの目で睨み付けた。

 

 

――――――何故、助けてあげなかった!!!!

――――――どうして!?

 

 

胸をドンドンと叩かれてもジッと耐えた。

どんなに耳を覆いたくなるような罵声をぶつけられても伊織はジッと耐えるしかなかった。

 

 

―――――――――俺のせいだ。

 

 

脳裏に囁くように言葉が過ぎる。

聞き覚えがある、その声は・・・・自らの声だった。

何度も何度もその声は止め処なく自分に降り注ぐ。

実際、そうだったのかもしれない。

もう少しクラリスを早く援護してやれば、彼女は死なずにすんだのかもしれない。

そう思うたび、自分の無力さに激しい自己嫌悪を伊織は覚えた。

墓と墓の間に設けられたコンクリートの道をただ、黙々と歩き続ける。

 

ふいに天を仰ぐ。

驚くほど澄み切った蒼穹。

悲しいほど蒼く高い空が彼の頭上に広がっていた。

「何でだよ・・」

思わず声に出してしまった。

何故、自分ではないのだろうか?

何故、自分の周囲の人間が・・大切だと思う人間が眼の前で死んでいくのだろうか?

 

雪華もヘイズもそしてクラリスも。

何故?

「何でだよ!!!」

その一人取り残されたような虚しさと悲しさ。

「何で俺じゃないんだ!!」

シンと静まり返る墓地。

人一人いないその墓石の群の中、伊織は叫んだ。

止め処もない哀しみと怒りが彼の胸のうちで段々だと込み上げてきた。

憎悪の火はまるで業火か獄炎。

はたまた、巨大な火柱の如く勢いを増している。

 

 

もうどうでも良かった。

 

 

どうせ、死ぬなら・・・・最後の最後まで戦って死んでやる!!!

 

 

涙で潤んだ彼の黒瞳はキッと澄み渡った蒼穹を睨みつけ彼は心にそう誓った。

その為に『生』を受けた存在だからだ。

握る拳に更に力を加え伊織は<マーク・ヌル>の元へと向かう。

あの自分を柔らかく包み邪気の無い笑顔が戻ってくることなど二度とないのだ。

あの温かい髪に触れることも二度とない。

そして、彼女の声を聞くことも・・・・・・・・二度とない、一生ない。

込み上げて来る怒りに身を任せ伊織はキビキビと愛機の元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、クラリスが死ぬなんて・・・・」

エルシオールの自室にてタクトはがっくりとうな垂れていた。

あんなに元気の良かった彼女がこうもあっさりと死ぬなんて想像もしていなかった。

それ故にショックが大きい。

司令官として、そして何より一人の兵士としてでも彼女を救ってあげることが出来なかった自分に悔しさを感じる。

「ちくしょう・・・・ちくしょう!!ちくしょう!!ちくしょう!!!」

机をバンバンと叩く。

腕がかすかに震えている。

「タクトさん・・・・」

「ミルフィー・・・」

顔を上げると桃色の髪に白い大きな花が二つ付いたカチューシャを頭につけた少女がタクトを同情でもするかのように悲しそうに見つめていた。

ミルフィーユ・桜葉。

タクトの恋人でもある彼女もまたクラリスの死に驚愕した。

「クラリスさん・・・最後まで伊織さんと一緒にいられてきっと満足してますよ」

「そうか・・・・そうだな」

ミルフィーユが元気な笑顔でタクトに語りかける。

悲しむことならいつでも出きる。

しかし、前に進まないと一生その悲しみを引きずることになってしまう。

どんなに悲しいことでも亡くなったその人の分まで生き続けること。

数々の死と触れあいミルフィーユはそう心に決めた。

何故なら、

 

 

 

『命というのはその人に与えられた、“一度きりのチャンス“』だからだ。

 

 

 

彼女の強い意志にタクトも負けじと目尻を拭い、

「そうだな!!」

とまた、いつものように笑った。

その時、

 

『本艦及び第七団艦隊の前方に多数の熱源反応を確認。総員第二戦闘配備!!』

「タクトさん」

「あぁ!!行こう・・・・もう誰も悲しませない為に!!」

強い決意と思いを胸に秘めてタクトは力強く頷きミルフィーユと共に格納庫へと駆け出していった。

全てはこの戦いの終焉に訪れるであろう平和の為に。

 

 

 

ざぁん

 

 

 

クジラルームにて砂浜に波が打ち寄せる。

「あっ」

ちとせの目線の先には彼がいた。

悲しげにその海を見つめる黒瞳の青年。

「伊織さん」

「ちとせ・・・・」

ちとせが居たとは思っておらず伊織は少し目を見開くもすぐに伏せて、また目線を戻す。

本当に悲しそうな表情にちとせはどこか、不安になって来た。

今にも消えてしまいそうな彼。

「ちとせ・・・・・・一つ良いか?」

「はい」

砂浜に座り顔の向きをそのままにした伊織が呟くように訊ねる。

「お前は・・・・何で、何のために戦っているんだ?」

「どうして・・・・そんなことを聞くんですか?」

「頼む・・教えてくれ」

切実な願いのような感じの彼の声。

「私はとうさまのように皇国の人々を助けてあげられる為に戦います。そこに生きている人々がいる限り私は・・・・戦い続けます」

決意のようなその言葉。

気取っていった意味など微塵も無くちとせ自身が軍に入った時から胸に秘めていたもの。

かつて、憧れだった父のようになる為に・・・・自分自身に誓ったのだ。

「いいな。そんな立派な理由があって」

「伊織さんは・・・なんで戦うんですか?」

しばし、黙考し伊織は可笑しそうにクスクス、笑った。

自然的で緊張がほぐれるその笑顔の後、伊織は生気の無い顔で確かにこう言ったのだ。

「戦う為に生まれたから」

背筋にゾッとするような寒気を感じたその時、敵襲のサイレンが鳴り響いた。

「行くぞ・・・・」

伊織は立ち上がり静かに彼女の隣を通り過ぎクジラルームを去っていく。

既に優しく物静かな青年の姿など何処にも無く血に餓えた狂戦士のような後姿が彼女の眼に焼き付いた。

彼女は・・・・・ちとせは見たのだ、彼の怒りに燃える瞳を。

 

 

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漆黒が無限に広がる宇宙空間。

幾つもの閃光が生まれては消えていく。

まるで、儚き命のように・・・・・・・

「そこぉ!!」

二連装レーザーキャノンが牙を剥く。

銃口に閃光が収束し――――解放、一挙に膨大で爆発的なエネルギーが動力炉である『クロノストリングエンジン』から流し込まれ銃口から純白の中太の閃光が二つ、敵強襲艦の艦体を正面から串刺しにする。

更に接近してくるAFにレーザーファランクスを叩き込み間髪入れずにミサイルを撃ちこむ。

しかし、敵AFパイロットも負けてはいなかった。

手持ちのシールドで凶光を防ぎ持っていたロングランサーでファランクスを受け流し、ミサイルを叩き落すように切り払う。

横を次々とAFが駆け抜けてエルシオールに向かっていくのが確認できた。

“しまった!!”罠だったのだ。

何も紋章機に勝とうなどと敵も最初から思って見なかったのだろう。

 

焦る気持ちはすぐに消えた。

向かっていくAF部隊に捻じ込まれる様にして弾丸が撃ち込まれたのも確認できた。

タクトはそれが誰の攻撃なのかがすぐに分かった。

弾丸の描く光。

精密な射撃を物語る弾道。

敵AF部隊の頭上から右手に“ツインバレルハンドガン、”左手に“ロングソード”を握り締め、緑がかかった銀白色の巨人がウイングバインダーを展開してエルシオールブリッジの前に踊り出た。

聖光騎士団第七団筆頭――――天都伊織とその愛機<マーク・ヌル>だ。

 

「各小隊、両翼から回り込み一点に敵を集中させろ!!」

了解――――――という勇ましい返事が返ってきたのを確認し伊織は『敵』を睨み付け、一気に加速した。

“ツインバレルハンドガン”をホルスターに戻し“ロングソード”を右手に持ち替える。

減速せず疾走の勢いを力に変換し一気に長刀を振り下ろし敵AFの左肩から下腹部まで斜めにザックリと切りかかる。

回転し敵機を両断し振り向き際に<マーク・ヌル>の後を狙おうとしていた敵に“ツインバレルハンドガン”の銃口を向けて発砲。

動力炉に直撃し、二秒も立たないうちに四散する。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

今の伊織にはあまり戦況が見えていなかった。

ただ、怒りの余り、憎しみに身を任せて『敵』を打ち倒すだけの戦闘機械と等しい。

 

 

「うぅっ!!」

頭に何かを打ち込まれたような痛みが戦闘を終え、航行中のトリックマスターのパイロットであるミントを襲った。

どす黒く、冷たい怒りと憎しみ。

弱まることなど知らず、徐々に勢いを増していく。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

今までに感じたことの無い憎悪。

それがミントに嫌というほど伝わってきた。

操縦桿から手を離し頭に生える耳に手をあてきつく抑える。

キッと目を伏せるその光景は彼女が心の底から怯えているのがわかった。

「―――――ミント!!」

タクトの声が聞こえ意志を取り戻すミント。

「少し・・・・休ませてもらいますわ」

苦しく途切れ途切れの口調で告げるとミントはエルシオールに進路を変更した。

(恐ろしい憎悪・・・・あんなのを感じたことはありませんわ)

ミントの目線――――モニターに映る戦場では<マーク・ヌル>が飛び交い敵を次々と葬り去っていく光景が映し出された。

彼から伝わってきた悲しみ。

そして、それを遥かに上回る怒りと憎しみ。

 

 

「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁ」

<マーク・ヌル>が撃墜されることは無かった。

微弱なダメージは残るもののそれは、ひ弱な機関砲などによるダメージ。

撃墜に繋がる大規模な損害は未だに無い。

(まだだ!まだ行ける!!!)

“もっと敵を破壊しなければ!“使命感にも似た『何か』が彼を大きく突き動かす。

いつの間にか洗練された動きと化した<マーク・ヌル>の剣さばきは本当に無駄が無く流麗な動きだ。

すれ違いざまに敵AF二機のコックピットを一挙に両断したりするなど鬼神の如く暴れまわっている。

タクトのような「これ以上、誰かを悲しませない」といった想いとは違い「一機でも多くの敵を撃破する」といった暴力衝動と憎しみ、怒りに動かされるままに伊織は敵を葬る。

「はぁぁぁぁぁ、斬!!!!」

勢い良く振りかざし振り落とす。

綺麗な切断音が奏でられ敵の旗艦の艦橋が叩っ切られた。

 

敵AFと戦艦の残骸が<マーク・ヌル>の周囲にぶちまけられ宇宙の塵と化し音も無く浮遊して場を漂っている。

その時だった、眼の前に紅い稲妻が生まれ中から飛び出てくるように一つの『何か』が現われた。

AFに酷似しているも腕と頭部だけで足と言う物質は存在しない。

腕というものは無く代わりにキャノンのような武器がそのまま腕と直結されていた。

ソイツの周囲では透明に輝く八面体が音も無く浮遊している。

見れば見るほど自身すら飲み込まれてしまうほど一点の汚れの無い純白。

だが、目といった部分は赤く輝き殺意に満ちた光を宿している。

 

「―――――――久しぶりだな。伊織・・・・いや、イレギュラーナンバー・ツヴァイ」

通信機から静かな口調の男の声が聞こえてきた。

伊織が憎む男――――――フォート・マイヤーズ。

ガーリアンの高名な科学者でもあり軍人でもあり何を隠そう別世界“EDEN”のタクトの息子にあたる人物。

「―――――――フォート!!」

「これはこれは・・・・わが父君、ご機嫌いかがかな?」

タクトの呼びかけに丁寧に返すもどこか勝ち誇った態度が混じっている。

「何のようだ・・・・フォート」

怒りを静かに押し殺して訊ねる伊織。

「――――――――ツヴァイ。君は私を憎んでいるのだろう?決着を付けようじゃないか?」

「何が狙いだ・・!!」

クックと呆れたように忍び笑いをするフォート。

そして、全機に向かって通信を繋いだ。

その顔はやはりタクトの息子だけ合って彼とは似ているが決定的に違った。

それは瞳が宿す光。

野心家や冷酷な将校、または歴戦のベテラン戦士か暗殺者特有の鋭く冷たい光。

「―――――お前はやりすぎた、わからないのか?・・・・不確定因子」

 

 

ゾクン!!

 

 

不確定因子――――――イレギュラー。

 

存在を忌むべき者。

あってはならない存在。

この世を混乱に陥れる存在。

イレギュラー。

「―――――――全ては帝政国家の平和の安定と理想の為、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えろイレギュラー!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純白の衣を身にまとう『悪意』の象徴がその狂気に満ちた銃口を静かに向けるのだった。

 

 

 

 

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「くっ!!」

必死に敵から放たれた弾丸を回避しようと試みる。

スラスターとブースターを同時に吹かし巧みに身体の姿勢制御をこなし伊織は反撃とばかりに“ツインバレルハンドガン”を敵に向けて発砲した。

だが、二色に踊る弾丸は目前で消滅した。

まるで見えない防壁に攻撃を遮断されたかのようだ。

いや、そうなのだ。

 

 

――――――――空間防壁――――――――

 

 

自機の周囲の空間に目に見えない防壁といったシールドを展開した。

それは人類が開発したシールドではなく、そのシールドに触れた物質は空間ごと捻じ曲げられてしまう。

頭に知りもしない、しかし確かに知っている知識が響く。

まるで埋め込まれた芽が成長し開花する。

そんな感じだ。

 

少なくとも“ツインバレルハンドガン“が駄目ならばガンオービット”パラドキサ“の攻撃も通用しないということになる。

ならば残る手段での攻撃を試みるしかない。

すなわち、単分子カッターと“ロングソード”による接近戦。

零距離戦闘を。

「行くしかない!!」

自身に言い聞かせ伊織は―――――<マーク・ヌル>は右手に“ロングソード”を左手にカッターを握り締めスラスタを吹かす。

「―――――――伊織!危険すぎる!!」

「―――――――戻ってください!!!」

タクトとミルフィーユの叫びにも似たような静止を無視し伊織は超人的な反射神経と動体視力で敵機からの砲撃を回避、または受け流し着実に間合いを詰めていた。

並みのAFパイロットでは真似出来ようの無い芸当だ。

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

“ロングソード”を握り締める拳に力を込めて大きく振り上げ勢い良く振り落とす。

ガァン!!――――という激しい激突音。

何かに硬い物にぶつかったという手ごたえが<マーク・ヌル>の腕を通し伊織の右腕にも伝わってきた。

「―――――――どうした?その程度か?貴様、今まで運だけで生き延びてきたのか?」

「何ぃ!?」

「―――――――やれやれ、お前がお前じゃあの女も同類と言うわけか」

 

 

『あの女』

 

 

それが誰だかすぐに分かった。

生きたいという想いを常に持ち続け、踏みにじられた少女。

最愛の女性、一条雪華。

フォートの言葉がただの挑発だということくらいは読めていた。

しかし、雪華の名前を出された途端、彼は今まで溜め続けた怒りと憎しみを全て爆発させた。

理性はどこかへ吹き飛んでしまっていたのだ。

血液が沸騰するほどの激しい憎悪。

ゾクン!!という脈立ちが身体で生まれる。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

何度も何度も“ロングソード“の刃を空間防壁に向かって叩き込む。

そんな原始的な攻撃を嘲笑うかのように空間防壁が破られることは無くその鉄壁を誇張していた。

「お前が!お前が!お前が雪華を!!!!!」

脳から全身へと駆け巡る暴力欲求に素直に従い“ロングソード”の刃を叩きつける。

「―――――――伊織!!」

タクトの言葉と共に前方、後方から閃光が迸った。

それを知った直後、<マーク・ヌル>は吹き飛ばされていた。

八面体から放たれたレーザーが超高硬度のオリハルコン金属を綿飴を裂くかの様に容赦なく串刺しにする。

次に両大腿部、脇腹、右肩が八面体から伸びたレーザーの刃のような物で貫かれた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぐ!!」

今まで味わったことの無い痛みが伊織の身体に襲い掛かる。

「――――――――なるほど、知識しか『覚醒』していないようだな」

フォートはやはり、といった表情でフムフム、と呟き、

「――――――――所詮お前もここまでか。弱者に用は無い。消えてもらう・・・・イレギュラー」

 

 

 

純白の敵機に内蔵されている銃口が一点を示し光を収束する。

全火器を結集させて殲滅するその威力は大艦隊、一つを殲滅するほどの破壊力を持つ。

純白の敵機――――――“イーグリット”は閃光を照射しようとしたその時、

「ん?」

モニターに映る兵器に目をやった。

銀白色の巨人の前に一機の大型戦闘機が踊り出たのだ。

紺色のカラーリング。

長銃身レールガンにレーダー、スコープといった形状からして長距離戦闘向けの機体だろう。

フォートは長年のキャリアから確信した。

 “ガーリアン”とは平行宇宙に当たる世界、データにあった“EDEN”と呼ばれる世界に散在するロストテクノロジーの塊のような兵器。

紋章機―――――GAシリーズ。

戦闘機ながらも、その戦闘能力は戦艦以上の性能を秘めるという。

「どいてもらおう」

「―――――――嫌です!!」

若い少女の叫び声にも似たような拒絶が返ってくる。

「我々“オルフェウス”は帝政国家の平和と安定を目指して戦うのだ。現状では君たちは重要視されていないが邪魔をするなら殲滅対象として組み込む」

「―――――――かまいません!伊織さんは死なせません!私が守って見せます!!」

彼女に口々に他の紋章機からも異口同音が飛んできた。

「では、君もろとも死んでもらおう」

“イーグリット“の全銃口から収束する閃光が放たれた。

 

浮遊する残骸を消滅させ確実にシャープシューターと<マーク・ヌル>に迫る。

「伊織!ちとせ!!」

叫びタクトがメインモニターに手を伸ばそうとしたその時だった、

それまで浮遊していた<マーク・ヌル>が起き上がりシャープシューターを乱暴に突き飛ばしたのだ。

放たれた死の光の射線上から退けられたシャープシューターとその光の直撃を受けた<マーク・ヌル>。

<マーク・ヌル>は全身の装甲が飴のように溶けて吹き飛ばされ巨大な隕石にぶつかり息絶えたように動きが止まる。

超高硬度のオリハルコン金属のおかげであった。

 

「――――――チッ!まぁいい・・・良しとするか」

「フォート!!お前、何でこんなことを!!」

毒づき撤退するフォートにタクトは激しい怒りをぶつけた。

「――――――こうして貴方と話すのは初めてでしたね?我が父上」

「質問に答えろ!!」

「――――――全ては帝政国家の平和の安定と理想の為・・」

「何?」

「――――――現状ではこれだけしか言えません・・・・いずれ分かるでしょう」

それが最後の言葉になり、“イーグリット”は紅い稲妻と共に姿を消した。

 

「――――――タクトさん!!伊織さんが・・・・伊織さんが!!」

ミルフィーユの泣き声が響きタクトは慌てて通信をカンフーファイターに繋ぐ。

「救護班の用意!ランファ!!」

まかせて!!―――――と返ってきてカンフーファイターはアンカーアームで<マーク・ヌル>を掴みエルシオールへと運んでいった。

 

 

 

 

 

重機などで<マーク・ヌル>のコックピットを抉じ開けると吐気を誘う生臭い悪臭がコックピットに充満していた。

内部には紅い鮮血が飛び散り機器類を濡らしていた。

座席に座る伊織は破損し飛び散った機器類の破片が身体に突き刺さり至る所で出血している。

かろうじで呼吸していることに気がつき、タクトは丁寧に彼の体を抱き上げてケーラや救護班が持って来たストレッチャーに乗せた。

医務室に向かって走り去り、遠ざかる救護班が消えるまでタクトやエンジェル隊は見つめていた。

「クレータ班長、<マーク・ヌル>は?」

クレータは無言で被りを振り、

「損傷が酷すぎます・・・・もう、使え物になりません」

 

「ちとせ?大丈夫?」

「私がっ!!私が伊織さんを!!」

絶望に打ちひしがれていた、ちとせは両手で顔を覆い泣き叫んだ。

味わったことの無い『戦争』の恐ろしさを彼女たちは体感したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

 

「主任・・完成しました」

「ご苦労」

「それで?これが君の言っていた兵器か?」

ヴォルコフ・アルヴィースの問いかけにオルランドが無言で頷く。

「搭乗者の戦闘因子が強い人間で無ければ意味が無い」

淡々と述べて続ける。

「並みのイレギュラーナンバーでは瞬時に暴走させて『意志』を取り込まれますね」

「そうか・・・・この機体の開発コードは?」

ヴォルコフの問いにオルランドはゆっくりと『ソレ』に目をやる。

 

 

 

 

 

 

 

「開発コード『DZX』。アルスヴィドモデル、“リヒトクーゲル“です」

 

 

 

 

 

第十四章          完      続く