『エイシス・・・それがソイツの名前であり・・・本来の存在』

 

 

 

 

 

第十七章「殺戮者の帰還」

 

 

 

 

「伊織・・・・・」

「少し・・・エルシオールに行っても良いか?」

“リヒトクーゲル”のコックピットから出てきた伊織は流水と顔を合わせるなり少し不安にも似た表情で訊ねた。

「あ・・・うん」

「感謝する」

踵を返し再びコックピットに潜り込み“リヒトクーゲル”を起動させ“タイタロス”のカタパルトから出て行った。

「伊織・・・・・」

親友の名を流水は再度呟いた。

聖光騎士団第七団筆頭を務める彼が『手加減』されたのだ。

流水もショックを隠せないが一番の屈辱を受けたのは伊織自身だろう。

親友がどんどん遠ざかっていく気がして流水は背筋に寒気が走るのを感じた。

 

 

 

 

「あっ伊織さん」

「よぉ」

整備班長のクレータが声をかけ伊織も軽く手を挙げて応えて格納庫を出ようとしたら、

「ちとせさんならクジラルームですよぉ!!」

と投げつけられ伊織は何故、頬が上気するのかわからなかった。

「クジラルーム・・・・か」

いつの間にか脚がクジラルームに向かっていることに伊織はかなり近づいてから知り、首を捻りながら、

「まぁ・・・いいか」

と納得しドアを開けてクジラルームへと入った。

 

「伊織さん・・・どうしたんですか?」

クレータが言った通りちとせは砂浜に腰掛けボンヤリと海(クジラプール)を眺めていた。

その表情はどこか気落ちし元気が無いように見える。

「伊織さん・・・・?」

砂浜を踏みしめる音に気付きちとせが振り向くと音の主が伊織だと分かり軽く目を見開くもすぐに元気を取り戻したような笑顔になった。

「ちとせ、どうした?」

「伊織さんこそ・・・・どうしてエルシオールへ?」

そうだな、と蒼穹を仰いだ後、

 

 

「ちとせに・・・・会いたくなった」

 

 

頬を朱に染め上げながら伊織はハッキリとちとせに聞こえるように告げた。

「えっ?・・・・・あ・・・あぅ・・・えぇ・・!?」

一方、ちとせも喘ぐように口を上下に動かし伊織の数倍以上に真っ赤になった。

伊織はその表情が凄く可愛く見えた。

「ちとせ・・・隣り・・・良いか?」

「はっ・・・・ハッ!?」

返事をしようとした時、ちとせは何かに気がついたように硬直した。

 

 

 

――――――数日前

 

「いい?ちとせはひょっとしたら「気のいい友達」って伊織に見られてるかもしれないの。だからここらで「女のちとせ」っていうのを伊織にアピールしなきゃいけないの!」

「は・・・はぁ?」

遡ること数日前。

一向に進展しない二人に業を煮やしたランファが自分を彼女の部屋に連れて行き恋愛について熱く語られたことを思い出したのだ。

「だーーーーかーーーらーーーー!!!!」

そうして出されたのが・・・・・・

 

 

 

 

「いいいい伊織さん!?少しおおお、待ってて下さい!すぐ戻ります!」

慌てたような顔でちとせはさっさとクジラルームを出て行ってしまった。

再び伊織が蒼穹を仰ぎ驚愕に震えたのはそれから十分後。

 

「お・・お待たせ・・・しま・・した」

背後でちとせの声が聞こえ振り向くと、

「ごほっ!!」

派手に咽てしまった。

ランファから差し出されてちとせが着ているのは水着だった。

しかしその水着は・・・・・・ビキニだった!!!

白く柔らかい布地に青いライン。

頭上には椿の花の髪飾りがチョコン、と乗っている。

なめらかでいて透き通るような白い肌が惜しみなく曝け出され、長い黒髪で見え隠れする白い果実が寄せて出来た可愛らしい谷間が時折、顔を出していた。

女性らしい丸みを帯びた肢体をモジモジと動かしながら伊織をチラチラと見る。

「まじですか?」

慌てて視線を反らし蒼穹を仰ぎ、

(いや・・何かの間違いだろ。そうだ、そうに決まっている。また見ればちとせはいつも通り)

視線を戻すとやっぱりビキニ!!

「う・・・あ・・・え・・・えぇっと・・・」

「その・・・あのぉ。・・・・似合い・・・・・ます・・・・か?」

硬直し言葉を濁らす二人。

まるで全裸でいるように顔を真っ赤に染めるちとせ。

あまり肌を露出しない彼女にとってビキニの水着を着るということはある意味、凄まじい挑戦だった。

想い人の前で肌を露出し恥ずかしさの余りぺたんと砂浜に座り込んでしまったちとせ。

 

「ちとせ!?」

慌てて駆け寄り彼女の顔を覗こうとすると、ちとせは両手で胸元を抑えるように隠し顔を上げ懇願するような上目遣いで、

 

 

「い・・・・・お・・り・・・さん・・・・・」

 

 

その潤んだ輝きを放つ瞳と囁くような声が伊織の脳天を直撃し、

「あはははっははは・・・・」

 

 

ドシャア!!!

 

 

と倒れてしまった。

情けないことこのうえない。

 

「あぁ!伊織さん、倒れちゃったよ!!ランファ、どうするの!?」

その光景を最初から最後まで見ていたエンジェル隊一同の一人、ミルフィーユが慌てたような声を上げランファに小突かれた。

「大声出すんじゃないの!見つかったらどうするのよ!!」

「ランファさんも充分、大声出しておりますわよ。それにしてもちとせさんでは無く伊織さんが倒れてしまうとは・・・・想定外でしたわね」

すました声でランファにツッコミを入れて汗マークを浮かべるミント。

「やっぱり、失敗だったんじゃないのかい?」

「私も・・・・そう思います」

フォルテの意見にヴァニラも賛同する。

「いいや!一度、乗った船よ!最後まで乗り切って新しい大陸を見つけて見せるわ!!!」

「そのとおりですわ、ランファさん!!わたくしも協力いたします!!」

どこぞの冒険家のように熱いハートを燃やすランファにミントも協力を誓った。

 

 

「それって・・・・ただ単にあんた達が暇なだけじゃないか」

 

 

そんなフォルテの呟きも二人の野望の炎の前では無に等しかった。

 

 

 

 

 

 

「ッ!・・・・・・・・・ん?」

眩しさで目を覚ました伊織は真っ白いベッドに横たわっていた。

「あらぁ?お目覚めかしらん」

「オホホホホ」

「ランファ・・・・ミント・・・・って何だコレは!?」

横たわっていたのは真っ白いベッドでは無い。

硬いテーブルのようなものだ。

両手、両足首が固定されている。

それは正しく・・・・・・・・・・拷問台か実験台!!!

 

「おめでとう!天都伊織君!!この度君は神聖なショッカーのメンバーに選ばれました!!」

 

「あぁ!?何だそれは!!いつの時代の特撮番組だ!!!」

 

「オホホホホホホホホ!!!」

 

蝙蝠怪人のように甲高い声を上げるランファ。

実験博士のように血走った目をたぎらせるミント。

二人とも狂気に満ちていた。

「さっぱり話が見えないんだが・・・俺はどうなるんだ?」

冷静に考え直し、訊ねると。

「いやあのね。別にどうという意味でもないんだけど」

「ただ、貴方をもう少し女性の想いに気付けるように・・・かいぞ・・・」

「今、改造って言おうとしただろ!!いや、絶対言おうとした!!」

言葉を濁し気まずそうに目線を合わせ、

 

 

「アッアハハハハッハハハハッハハハッハハ!!!」

 

 

「・・・・人生オワタ・・・・・」

伊織が死を覚悟した瞬間、

 

「ランファ先輩!ミント先輩!!伊織さんに何をしているんですか!!!」

ドアが開き顔を恥ずかしさとは違った意味で真っ赤にして憤怒するちとせが入り込んできた。

「ちとせ!邪魔しないで頂戴!!」

「そうですわよ。この方がちとせさんの気持ちを気付いてあげないから、ちとせさんは哀しい思いをするんじゃありませんこと?」

 

(よく分からないが・・・・どうやらこの状況は俺自身が作ったようだな・・・ん?)

 

 

―――――――――ちとせが哀しい思いをしている?

 

どういうことだ?

心の中で諦めを感じながら伊織はあることに気がつき疑問に感じた。

何故、ちとせが傷ついているのだろう、哀しんでいるのだろう。

 

「私は・・・い・・・伊織さんが傍に居てくれればそれでいいんです。少しずつでも良い。ゆっくりと時間を費やして・・・そっ・・・それで・・・!!」

 

 

『前方に未確認の熱源反応確認!!エンジェル隊は至急、出撃準備を整えてください!!』

艦内スピーカーからアルモの切羽詰った声が流れ、ブリッジでのレスターが指示を出す声もかすかに聞こえて来た。

 

「ランファ、ミント・・・早く出してくれ」

渋々、頷く二人は手首と足首の拘束器具を外し一目散に格納庫へと駆けて行った。

「イタタタ」

「大丈夫ですか、伊織さん」

「まぁ、な。・・・・・・それより、ちとせ。・・・・・悪い」

拷問台から起き上がり背を伸ばし首の骨をコキコキと鳴らす伊織にちとせは心配そうな表情で彼の顔を覗き込む。

「すみません・・・・・私のせいです」

「ちがう。俺がちとせの気持ちに気付いてあげられなかった・・・それだけだ」

申し訳無さそうに気落ちするちとせに伊織は何とか元気を取り戻して欲しいと慌ててフォローを入れる。

「そう・・・・でしょうか?」

「そうだ。気にするな・・・・それと、これ」

「これは・・・・雪華さんの・・」

無言で頷く。

ちとせに手渡されたのは濃紺の勾玉にチェーンを取り付けた簡単なペンダントだった。

それは伊織が愛した者の遺品でもある。

「もらえません!これは伊織さんにとって大切な物じゃないんですか?」

「あぁ・・・・でも、な。ちとせになら安心して預けられる」

「でも」

「持っていてくれ・・・・お前には無事でいて欲しいんだ」

この時、ちとせは伊織に顔を背け気付かれないようにサッと目尻を拭い、

「はい!ありがとうございます!伊織さん!!」

笑顔を浮かべた。

行こう、とちとせの手を取り伊織は駆け出した。

失いたくない者を守るため。

いつしか彼にとっての戦いは・・・・殺戮ではなく復讐ではなく少しずつではあるものの守護に・・・その姿を変えていた。

 

「じゃあ。俺はここで」

「はい。伊織さんご無事で」

駆けていくその背に、

 

 

 

「預けるんじゃない。返すだけだ。無事でいてくれ・・・もう、お前を失いたくない、雪華、いや・・・ちとせで良いのか」

 

 

 

一言、呟き愛機へと駆けていき“リヒトクーゲル”のコックピットハッチが開き飛び込むように伊織は入った。

シートにパイロットスーツに着替えた身体の背を預ける。

機器がバイタルと接続され一瞬ではあるものの電撃が伊織の全身を駆け巡る。

 

 

―――――――――生体フェーズ接続確認。タイムリミットカウントダウン開始。システム戦闘モードに移行します。

 

 

 

『未確認の熱源反応は一機。データから見ると人型だ・・・伊織、悪いが先行して様子を見てきてくれないか?』

 

タクトの声が流れ無言で頷くと伊織は出撃する寸前、通信をシャープシューターに繋いだ。

「ちとせ・・・・」

『はっ・・・はい。何でしょうか?』

突然、伊織からの通信に慌てて返すちとせ。

「言い忘れていた」

『はい?』

「水着・・・似合ってた。・・・・・可愛かった」

返事を待たずに伊織は通信回線を遮断し、

「天都伊織、“リヒトクーゲル”出すぞ!!」

エルシオールから飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「何だコイツ!!」

伊織の目の前にいるその『未確認の熱源反応』。

ソイツは先日の戦闘で現れたゲシュタールという青年が駆っていた機体と酷似していた。

底の無い暗闇の如き漆黒。

メタリックグリーンのカラーリング。

両肩部にはウイング・バインダーではない別の、そう、人工的に作られたという点では共通しているものの全く別のフォルムの・・・・翼が四枚。

左右に均等に備わっており背部には四連装レーザーキャノンと思われる武器が装備されていた。頭部には二本の角が頭上に突き出ており、目とエネルギーラインは真紅。

そして右腕に抱えているのは長い銃身が特徴な“ロングライフル”でもあるが、今のソレの形状は『鎌』。“鎌形のロングライフル”。

“ロングライフル”の銃口の近くには弧を描くように飛び出た刃が殺意をたぎらせている。

 

 

―――――――悪魔だ。

 

 

心中で伊織は絶句した。

その余りにも禍々しい姿に、戦慄したのだ。

 

 

――――――オマエハ・・・・・イラナイ

 

「言葉!?」

しかし、声というものは届かない。

脳裏に直接、声というものが認識され響いたのだ。

 

 

――――――キエロ・・・・・オマエハ・・・・・ソンザイジタイガ・・・イツワリ

 

 

その途端、漆黒の悪魔は鎌を握る右腕を振り上げ、一気に間合いを詰めてきた。

「くっ・・・何ぃ!?」

間合いを詰めてきたというよりは一瞬で近づいてきたと言った方が正しかった。

敵の悪意と殺意に満ちた斬線を“リヒトクーゲル”は辛うじて回避し“マルチランチャー”の銃口を向けて引き金を引く。

 

 

ズバババババババババ!!!

 

 

蒼白い弾丸が幾重に連なって発射され同色の弾道を描いた。

敵は身体を捻り回転しながら鎌を振り回し全弾とも叩き斬る。

ガシャコ!!――――という音を立てて鎌の刃が銃身に収納され、ソイツは煌く銃口を“リヒトクーゲル”にむけて発砲。

 

 

ズギュン!!ズギュン!!ズギュン!!

 

 

“リヒトクーゲル”の“マルチランチャー”とは違い単発式だ。

とは言え弾速が恐ろしいくらいに速い。

並みの操縦兵では何が起こったか理解する前に死んでいただろう。

伊織も例外ではない。

“リヒトクーゲル”は右脚を貫かれ左腕を肩から先を吹き飛ばされた。

「これで<フォームチェンジ>は出来なくなったか」

あくまで冷静を装うも伊織は内心錯乱していた。

帝政圏現行最強のAF、そして第七団筆頭の腕を持ってしてもまるで歯が立たない。

目の前のソイツは兵器というよりは本当に天使と相反する力を秘める悪魔のようだった。

 

『伊織さん!!』

『伊織!』

『伊織さん!!』

『伊織!無事かい!?』

『伊織さん・・・・!!』

『伊織さん!!』

 

六人の天使の声が伊織を正気に戻した。

それと同時に理性が彼女達が危険な戦場に足を踏み入れることを警告し、

「やめろ!!来るんじゃない!!」

 

 

早くアイツを倒さなければ皆が危ない!!

 

 

いつもと違い感情に突き動かされるままに伊織はレーザーブレードを起動させソイツに向かって突撃した。

ソイツもその時を待ちわびていたように抱きしめるようにして腕を広げる。

「そこだぁぁぁぁぁ!!」

凄絶な気合のもと、レーザーブレードの蒼白い刃は深々とソイツの腹部に突き刺さった。

異変に気付いたのはレーザーブレードを抜こうとした時だ。

 

 

――――――――――――マチワビタ・・・・マッテイタゾ・・・・エイシス

 

 

相手を支配するような声と懐かしさを感じさせたその名前。

気がついた途端、レーザーブレードから蒼白い輝きが失せ、漆黒が刃一面に侵食し刃から“マルチランチャー”へと徐々に腕に伝わり腕から機体全体にその漆黒という漆黒が広まった。

コックピットにいる伊織は身体の奥から『何か』が目覚めようとしているのが感じ取れた。

奥底から別の何かが自分というキャンバスを塗り替えようとしている。

自分が自分でいなくなる得体の知れない恐怖が伊織を容赦なく襲う。

「やめろ・・・やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

ブツン

 

 

テレビのブラウン管が切れたように目の前が真っ暗になった。

 

 

のんびりとした笑顔でみんなを和ませる青年。

大抵のことなら笑って許してしまう優しい性格。

 

ピンク色の肩まで届いた髪に大きな白い花が二つ付いているカチューシャを身に付けた少女が天真爛漫の笑顔を浮かべて腕を振るった料理が詰め込まれたバスケットを掲げている。

 

真紅のチャイナドレスに身を包んだ少女。

本当は優しく他人の悲しさを汲み取れる涙もろい彼女。

 

スカイブルーのショーットカットに動物の耳のようなものが生える少女。小柄で小さいが冷静でちゃっかり者。

 

赤いセミロングの髪に単眼鏡を身につけ黒い軍帽をかぶった女性。

ニカッとした笑いが印象的な彼女。

よく射撃訓練に付き合ってもらった。

 

ライトグリーンの髪を縦ロールにし、両頬と頭を覆うヘッドギアを身に付け他人を気遣うことを忘れない心優しい女の子。彼女のナノマシンには世話になったこともある。

 

そして、長い黒髪の少女。

何事にも真面目で真剣に取り組む彼女と初めて会った時は銃口を向け合ったものの今では彼女達天使の中で一番、仲が良い。優しく心からの笑顔に癒されいつまでも一緒にいたいと思った。それと同時に妙な感覚に陥った事もある。

彼女と関わると懐かしい気がするのだ。

そう思うことがしばしばあるも、今の自分は間違いなく彼女のことが好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えぇっと・・・・・なんて名前だっけ。

確か・・・・・あれ?思い出せない、他のあいつらの名前も顔も段々と薄れて・・・・

 

 

 

もう・・・・上手く考え・・・・ら・・れ・・・・な・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊織が“リヒトクーゲル”ごと敵に取り込まれた直後、多数の“オルフェウス”の侵攻艦隊が姿を見せ襲撃を開始してから既に三十分。

赤黒い光の球が“リヒトクーゲル”がいた空間を包み込んでおりそこにはいかなる攻撃も遮断されていた。空間そのものを大きく捻じ曲げる防壁のように。

 

「タクト!このままでは危ないぞ!」

「分かってる!」

ブリッジでは損害報告が次々と飛び交う中、タクトは無力へと戻った自分に苛立ちを感じていた。

「司令、第七団の“レウグル”が撃沈!!“ハウト”もです!!」

「くっそぉ!!!」

大きく指揮官席を叩きつける音も爆音の前にかき消されていく。

「これが・・・本来の・・・・戦争なのか?」

人が簡単に死んでいく目の前の光景を嫌と言うほど見せ付けられた。

「紋章機のダメージ率が50%を越えました!!」

「くっ!!」

 

このままでは全滅だ。

 

彼女達ならいつもどおり、勝ってきてくれる。

 

軍人としてのドライな自分と一個人としての感情論が激しくぶつかり合う。

 

「司令!“リヒトクーゲル”がいた空間から高エネルギー反応が!!」

「司令!!ミサイルが多数、ブリッジへの直撃コースです!!」

 

もう駄目だ。

ごめん、ミルフィー、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせ。

必死に戦う天使達に心中で謝罪し、死を受け入れようとした時、タクトは見た。

赤黒い球がひび割れ中から何かが突き破るように出てきた。

ソイツはブリッジの前に踊り出て飛来するミサイルに何かを振りかざし、ミサイル群を一気に切り裂いたのだ。

 

「い・・・伊織・・・・?」

掠れた声で訊ねた。

 

 

『オイオイ。誰だソイツは・・・・』

通信機から伊織とは別の男の声が返ってきた。

冷たい声ではなく暖かく勝気でいて自信に満ち溢れたその声には聞き覚えが無かった。

「君は一体・・・・?」

男は軽く笑った聞いていて気持ちの良い笑い。

『俺か?・・・・・俺はなぁ』

 

 

赤黒い光の球から飛び出し、ミサイルを切り払ったソイツは右腕に握る鎌を肩に乗せて目の前に展開されている“オルフェウス”大艦隊に向かって左腕を突き出して親指を突き出しくるりと下に向きを変えた。

 

 

『俺の名はエイシス。イレギュラーナンバー・ツヴァイ『残酷なる殺戮者の眼差し』のエイシスだ!!!!』

 

 

 

 

かくて悪魔は降臨し、殺戮者は帰還した。

 

 

偽りの記憶は消え去る運命なのだろうか。

 

 

「で?ここはどこだ?」

悪魔――――――――スレイヴシリーズ二番機「エヴィル」のコックピット内でエイシスは首を捻りながら唸った。

眼の前のモニターでは見慣れない大型戦闘機が集中砲火を受けている。

「まっいいか!一機をよってたかって攻撃するなんざ吐気が出るぜ!!!」

エイシスの意志に共感を覚えたのか否か“エヴィル”は四枚の翼を広げ一気に“大型戦闘機部隊“を取り囲む敵AFの殲滅に向かい飛翔した。

「オラオラオラオラァ!!!どかねぇと死んじまうぜェ!!!」

シルバーメタリックにハーブグリーンのカラーリングの大型戦闘機とAFの間に割り込み、エイシスは両腕で鎌形のロングライフル“ゲシュペンスト”を振るった。

AFの首から上の部分が跳ね飛ばされエイシスは“ゲシュペンスト”を振りかざし首の根元から股間まで縦一線に切り裂く。

 

「≪シューティングモード≫!!」

 

ガシャコッという金属音の次に“ゲシュペンスト”の刃は銃身に格納され銃口が伸び顔を出した。

「さぁて・・・・悪い子をこらしめてやるかぁ・・・・そらよ!!」

照準を合わせ引き金を引いた。

明紫色に光る弾丸が三連発射され徐々に速度を上げて敵AFのコックピットを貫く。

「さっさと逃げな」

後ろにいる大型戦闘機に向かって告げるだけ告げるとエイシスは“エヴィル”を加速させ離脱を図った敵の追撃に向かった。

「おーらーーーよっと!!」

ぐるりと腰を捻りリバーススラスタを吹かしての回転を加えた斬撃を容赦なく浴びせ、瞬時に“ゲシュペンスト”を≪シューティングモード≫に移行し照準を合わせ引き金を引いた。基本的な武装はたったの一つだがその一つを駆使し遠近一体の戦闘を生み出すというのがエイシスの戦闘スタイル。

久しぶりの“命のやり取り“にエイシスは自然と精神が高揚していくのを感じた。

 

「できるぜ。俺も戦えるぜェ!!」

歓喜にも似た声をあげエイシスは―――――“エヴィル“は”ゲシュペンスト“を≪スラッシュモード≫へと変化させ敵、旗艦に向かって突撃を仕掛けた。

飛来する弾丸が愛機に直撃するたびにエイシスの高揚は高まりを増し背筋にゾクゾクとした快感が走り抜ける。

楽しんでいる。自分は今、この戦いを楽しんでいる。何故なら

 

 

 

 

 

――――――――――――「そのために生まれたからだ」

 

 

 

「こいつで留めだ!!!」

頭上で“ゲシュペンスト”を高速回転させながら旗艦の艦橋を横一線に薙ぎ払い少し離れ、≪シューティングモード≫に移行し、弾丸を撃ち込んでいく。

圧縮し破壊力を高めた高エネルギー弾が旗艦の艦体という艦体に撃ち込まれ爆発を巻き起こした。

そして、一際大きい爆発。旗艦の撃沈。

「あっははははははは!!やれやれ、手間をかけさせるんじゃないの!」

エイシスは操縦桿から手を離し腹に手を当てて盛大に笑った。

その笑いは狂気に満ちた笑いではない。

久しぶりに乾いた心が潤されたような、そうまるで楽しい娯楽を見つけたような心の底から楽しくてしょうがないという笑いだった。

 

 

「さってと・・・・どうすっかなぁ」

 

 

飽きたような光を宿した子供のような目でエイシスは大きく欠伸した。

ウェーブがかかったブラウン髪をクシャクシャと掻き通信を白塗りの巨大艦に繋いだ。

映されたのはブリッジらしき場所で中央の指揮官席には自分とそれほど変わらない年頃の青年が何故か目を丸くしてエイシスを見つめていた。

先ほど自分のことを「伊織」という人物と間違えた人物だ。

「よぉ。実はさ、行くところが無くて困ってるんだ・・・・ちぃと置いてもらえないか?」

『・・・・えっ!あっあぁ。もちろん!助けてくれたお礼もしたいし』

「良いってことよ。あぁいう吐気が出る悪は徹底的に殺るのが俺のポジションなんだわ」

慌てて引きつった笑みを浮かべる青年にエイシスもニカッと笑いで返す。

「じゃあ、上がらしてもらうわ」

『まった・・・・君の名前は?』

「言わなかったか?俺の名前はエイシス。エ・イ・シ・ス。ちゃんと覚えろよ」

エイシスは通信を切り、

「あぁ、あいつの名前・・・・聞いてなかった」

思い出しように呟き、

「そうだタクトだ。タクト・マイヤーズだ・・・・ん?」

その時、エイシスはもう一つの疑問に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺・・・・・・なんであいつの名前知ってるんだろ?」

 

 

 

 

 

 

第十七章

                完

                       続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

伊織死す!?

いいや、違いますよぉ。伊織は死んでいませんよぉ。

ただ少し仮死状態というか眠っている状態に近いだけですけど。

何故、伊織の身体をエイシスが乗っ取ったのか?

そもそも、エイシスは誰なのか?

二番目の応えは今まで出た物語で既にエイシスは出てきます。

ネタ明かしまでは少しありますのであしからず。