「哀しい物語を歩む一人の青年がいた。人を守る為に生まれた彼は自らの最期を知っていたのかもしれない」

 

 

 

 

第十八章「殺戮者、守護天使」

 

 

 

 

着艦完了のシグナルと共に白銀の天使が白塗りの優美な巨艦の格納庫に舞い戻った。

黒曜の翼を持つ悪魔と共に・・・・・

白銀の天使――――――紋章機と呼ばれる大型戦闘機はEDENと呼ばれる宇宙に満ち溢れたテクノロジー、いまとなっては遺失技術≪ロストテクノロジー≫となった技術で開発された高機動兵器だ。

そして、今ではそのEDEN文明の末裔であるトランスバール皇国と呼ばれる惑星間国家の国防に欠かせない兵器の一つである。

そのシルバーメタリックで汚れ無き装甲を持つ天使達が並ぶ中、一番左端にあるソイツは違っていた。まるで血に飢えた獣のように、流線形でいて細身のフォルム。これを一言で称すならば『禍々しい』という言い方が一番、適しているだろう。

そのような考えは見るもの全員に与え、ソイツは白銀の天使の中に唯一居る浮いた存在だった。底が無い深淵を象徴するかのように闇の如く漆黒。

反面、格納庫の照明に照らされたきらめくメタリックグリーンのフレーム。

両肩には翼と思えるパーツが取り付けられ背部にマウントされているのは四連装の高出力ENキャノンか何かだろう。指の先端に伸びた爪は鋭利な輝きを放ち重装甲すら引き裂くほどの切れ味を持つようだった。

そして右腕に持っているのは鎌。

いや、違う。鎌の姿を模しそして射撃すら可能にする“ロングライフル”と称される兵装。

通称“ゲシュペンスト”。

 

 

禍々しい・・・・・それでいて恐ろしい

 

 

ありとあらゆる恐怖が一つに凝縮されたように白塗りの優美な巨艦の艦長、そして白銀の天使達―――――ムーンエンジェル隊の指揮を務める青年、タクト・マイヤーズは静かに黙り込みその悪魔を凝視した。見れば見るほど自分すら呑み込まれるような漆黒。

「タクトさん・・・・あの機体」

「ミルフィー・・・それにみんな」

紋章機から降りた彼女達、ムーンエンジェル隊もまた不安そうにその漆黒を見上げた。

ついさきほどまで戦っていた味方の機体は目の前で直立する漆黒の悪魔に呑まれ消滅したのだ。現実ではありえないことが今こうして目の前で起きているという事実に誰一人、受け入れることは出来なかった。だが、これだけはわかっていた。

 

 

 

彼は・・・・・・・もういない。・・・・・・いなくなった、のだ

 

 

 

誰にも負けることが無く戦いを自らの宿命として縛り上げ、身すら犠牲にした青年の姿を見ることはもう無いのだ。エンジェル隊の一人、烏丸ちとせは呆然としてその闇の巨人を見上げた。首元には戦闘直前に彼に渡された濃紺の勾玉が照明に照らされ輝きを放っている。まるで、消えた彼がそこにいるように・・・・・命の灯火のように・・・・

 

 

「ちとせには・・・・無事でいて欲しいんだ」

 

 

(どうして?貴方はそうやって・・・いつも自分で背負い込むんですか?私はそんなに頼りないですか?・・・・私は・・・いつだって、貴方のこと!!)

 

心中で叫ぶもそれは例え声に出されても彼に届くことは無い。

 

彼はもう・・・・・居ないのだから。

 

「タクト・・・・」

「レスター」

格納庫へと入ってきた長年の親友も落ち着きを払っているも動揺はしているようだ。

「どうする?」

「エイシス・・・・彼はそう名乗った。一応、聞けるだけのことを聞いたら流水に指示を仰ぐよ。ここはEDENじゃないんだ“ガーリアン”のことは彼に任せていいと思う」

「そうか」

二人とも同時にまたその巨人を見上げる。

刹那―――――胸部ハッチと思われる部分が開いた。

昇降ロープを使い降りてくる青年。ブラウンのウェーブがかかった髪に同系色の瞳。

エイシスと名乗り“オルフェウス”の艦隊を一機で屠った人物。

「あっ・・・タクトさん!!」

格納庫に降り首の骨をコキコキと鳴らし大きく欠伸をする青年にそれまで黙っていた一同の中で沈黙を破るようにタクトが青年に歩み寄った。

「よぉ・・・・」

「君だな。あの時・・・助けてくれたのは」

へへっ、と笑い、

「助けたつもりじゃないんだが・・・まぁそういうことになんのかな?」

そしてクスリと笑う。

「自己紹介が遅れたね。俺の名前は―――――――」

「タクト・・・マイヤーズ・・・だろ?」

「えっ?」

「何で知っているんだって顔をしてるね。俺もわかんね・・・でもなアンタと話すのはこれが初めてじゃない気がしてならないんだ・・・・何でだろうな?」

ハハッと朗らかに笑い再び大きく欠伸をする青年。

「俺の名前はエイシス・・・・・まぁ細かいとこと抜きでエイシスって呼んでもいいぜ」

「そうさせてもらうよ」

苦笑するタクトに、

「聞きたいことがあるんならいいぜ・・・教えてやれる範囲なら、な」

「えっ・・・・良いのかい?」

「あぁ。俺はどこの所属って訳でもないしな」

「じゃあ、俺についてきてくれ」

 

手招きしタクトはレスター達に目線を配り無言で頷く親友にタクトは何も言わずに格納庫を出て行った。

 

 

 

 

 

司令官室でテーブルを挟んでソファに座り込む二人は互いを静かに見つめていた。

お互いを探り合うように。

「じゃあ聞いて良いね?名前は聞いたから・・・・あの機体はなんだい?」

「スレイヴ・・・“ガーリアン”のちょうど辺境に当たる位置にある惑星そのものが旧世代文明遺跡といっても過言じゃない・・・・・その遺跡に発掘された古代兵器の類さ」

「AFじゃないのかい?」

「あれは制圧する物であって“なる物じゃない”」

「“制圧する物“?」

首をかしげながらタクトはティーカップの淵に唇をつけて優雅に紅茶の中身を飲むエイシスはカップを置いて淡々と続けた。

「そ。AFは機体のコアに精神を侵食し一体化して操縦が可能になる」

「それとどう違うんだよ」

話は最後まで聞けとばかりに掌を出して宥め、

「まずスレイヴに乗ると並みの搭乗者は乗っ取られる」

「のっと・・・・られる?」

エイシスは尚も続けた。

スレイヴと呼ばれる遺跡で発掘された人型の高機動汎用兵器はAFとは大きく違い機体を操縦する物にしたものだった。しかし、搭乗時には並みのパイロットの脳は機体の意思、すなわちコアに当たる部分に飲み込まれ、食い尽くされて死亡してしまう。

「じゃあ、君はなんでアレに乗れているんだ?」

 

うーん、とうめきエイシスは頭を掻いた。

どう言えばいいか言葉が見つからない。

「それを説明するのは大分後だ。今はまだ・・その時じゃない・・・・悪いなタクト」

「いや、俺の方こそゴメン」

何でお前が謝るんだよと乾いた声をあげて笑うエイシス。

 

――――――司令、雨宮さんから連絡です

 

タクトの軍服に取り付けられている赤い宝石―――――――クロノクリスタルから女性の声が聞こえてきた。

「アル・・・・モ・・」

何故かエイシスにはその声の主がどういう人物なのか良く分かっていた。

いや、覚えていたといった方が正しいのかもしれない。

パープルのショートカットが特徴的で竹を割ったような元気な正格。

ブリッジで書類に目をやる白髪のあの男に恋心を持つ彼女の声をエイシスは初めて聞いた気にはなれなかった。

「流水・・・俺だ」

≪タクトさん・・・転送の準備は整いました≫

「そうか・・・ありがとう。世話になったな」

≪いえ・・・・ランファによろしくと言っておいて下さい≫

「あぁ・・・・約束する」

クロノクリスタルから聞こえて来た優しく暖かい男の声に向かって静かに礼を述べてタクトは通信を切る。

もう戻らない。自らの道を突き進むという意思を自らに焼き付けるように・・・その瞳には強い光が宿っていた。

「なぁ・・・・さっきの奴。その前の女の声も・・・・前に聞いた気がするんだ」

ポツリと呟くように告げられた言葉。

それはエイシスの思い出ではない。

彼が現れる前にタクト達の仲間だった男の記憶が確実にエイシスという人間に引き継がれていたのだ。

瞳を閉じればもう一人の男が自分の目の前に座っている気がした。

漆黒の髪に同色の瞳。白くかといってひ弱とはかけ離れた相貌。意志の強さと深い悲しみの光が入り混じった黒瞳は静かに自分を見つめている。

しかし、それは幻でしかない。タクトは滲み出る熱い雫をサッと拭い、

「さてと・・・・もう“ガーリアン”にはいられない。君のことも流水に任されたよ」

「そうか・・・わかった。俺も・・・・・アンタらと一緒に居なきゃいけない気がする」

少し気落ちしたような表情を浮かべるもエイシスは断言したような口調で告げた。

「じゃあ・・・部屋を紹介するよ」

部屋を出るタクトの後にエイシスも続いた。

奇妙な・・・・理解が出来ないこの・・・・懐かしさの正体を必死に思い出そうと記憶という倉庫を探りながら。

 

 

「ここだよ」

乾いた音を立てて自動ドアが開き、二人の間に和室が広がった。

仄かに香る草のような匂いが動揺に揺らぐ彼の精神をそっと撫でて落ち着かせる。

またしても思い起こされた懐かしさ。

でも思い出せない。歯がゆさが彼を苛立たせた。

「じゃあ・・・・俺はこの辺で好きに使っていいよ」

そう言ってタクトは出て行った。

廊下から漏れた照明光がドアが閉まったことにより遮断され真っ暗と化した部屋の玄関でエイシスはただ呆然とか出来なかった。

「くそっ!!!・・・・何なんだよ・・・・・この感覚ッ!!!」

苛立ちに身を任せ壁に大きく強く拳を叩きつけ、ジン!!!と痺れるような痛みが拳から腕へと広がった。

まるで自分こそがフェイクのような・・・この艦にいてはいけない別の何かのような存在。

深く考えても無意味だと悟りエイシスは靴を脱ぎ畳の上を歩き縁側に腰掛けた。

枝垂桜が風に揺られゆっくりとその枝を揺らし花びらを散らす。

「気晴らしに歩くか」

誰に向かって告げられたのかそれとも自身に言い聞かせたのかエイシスは艦内を歩くことにし部屋を出て行った。例えどんな状況でも逃げない・・・それが自身の存在意義を守る為でもあるのだ。

 

適当に艦内エレベーターに乗り、ある大きなドアが開くとエイシスは目を見開いた。

青い蒼穹と砂浜がエイシスを待ち受けていたかのように広がっている。

自然に脚が前に歩き出しエイシスはその心地よい踏み心地の砂浜を歩き始めた。

見上げると蒼穹が広がり陽光が彼に降り注いでいる。

ふと、足元に柔らかい感触を覚え振り下ろした視線の先には白い体毛に覆われた小動物がエイシスの脚の匂いを嗅いでいた。

「どうした?・・・・俺なんかの所にきても餌なんてねぇぞ」

身をかがめ優しくその小動物を抱きかかえそっと頭を撫でてすぐに地面に戻す。

これ以上、関わってしまうと・・・・壊してしまうからだ。

その暖かい命を。

「どうしました・・・・・」

おそらく小動物に向かって投げられたのだろう。

声のすぐ後に少女が茂みから姿を見せエイシスを見てあっ、と声を漏らし目を見開いてジッと彼を見つめ始めたライトグリーンの髪を縦ロールにし頭と両頬を覆うヘッドギアを身に付けた少女。

神秘的で妖精か精霊のような華奢で小柄な身体。瞳は紅かった。

初めて美しいものを見た気がしエイシスはその少女を見つめ返し、

「この子はお前のか?」

「はい・・・・」

「そうか」

クルリと回れ右をし部屋を出ようと歩き始めた。

 

 

居てはいけない・・・・・・

 

 

殺戮者として初めての破壊の忌避が彼をそのような行動に移させたのだ。

何故だか知らない。

自分が彼女達を手にかけてはいけない。

まるで『もう一人の自分』というものが理性で彼を押さえ込もうとしているようだった。

「ヴァニラ・・・・Hです」

「え?」

振り向くと少しの距離をおいて先程の少女がエイシスをじっと見詰め囁くように告げた。

それが彼女の名前だということにエイシスはワンテンポ遅れて気が付いた。

「あぁ・・・・俺はエイシス。よろしくな」

「少し・・・話しませんか?」

「俺なんかと話してどうするんだ?」

「駄目ですか?」

その真っ直ぐな視線にエイシスは折れて息を吐いてわかった、と苦笑しながらヴァニラの後について行った。

「エイシスさん・・・ですよね?あの時・・・私を助けてくれたのは・・・・」

「あの時?」

ふと、エイシスは先程の戦闘を思い出した。

『生』という鼓動を感じ目を覚ますとモニターに映ったのは愛機“エヴィル”が自己防護用に生成したフィールドが映っていた。

それから久し振りの戦闘に高ぶる気持ちに忠実に従いエイシスは敵を屠っていった。

殺戮の如く跡形も無く一人も生かして返さず。また、警告の意味で少数の戦力だけを残して・・・・

その中で「助けた」という言葉に当てはまる行動をしたといえばハーブグリーンの大型戦闘機と敵AF部隊の間に割り込んで敵部隊をねじ伏せたということだけだ。

「まさか・・・お前が?」

無言で頷くヴァニラにエイシスは目を見開いた。

見た目からしてみて13か14位の年端もいかない少女が大型戦闘機に乗って戦っているという事実に・・・・

「だから・・・お礼が言いたくて」

「・・・・・・・・あぁ。どういたしまして」

 

 

 

『―――――――本艦はEDENに到着しました。場所は第三方面。繰り返します』

 

 

 

スピーカーからアルモの声が聞こえた。

エルシオールは元の場所に“帰れる場所”に戻ったのだ。

「俺はもう・・・・戻れないな」

「え?」

ブラウンの瞳に浮かんだ哀しい光。

エイシスは苦笑しクジラルームを出て行った。

その背にはまるで冷徹な精密機械の如く生気が微塵も無かった。

 

「さってと・・・・これからどうすっかなぁ」

エルシオールの通路を歩きながらエイシスは呟いた。

ここはもう彼の居た場所ではない。故に行動も制限されるだろう。

「ん?」

その時、目の前から歩いてくる一人の少女に気がつき脚を止めた。

柔らかそうな漆黒の長い髪。肌は雪のように白く魅力的な少女だ。

しかしその少女はエイシスを仇のように睨みつけている。

「・・・して・・・・ください」

「ん?」

ポツリとかすれ声で言った所為か何を言っているのか良く聞き取れない。

キッとエイシスに対する視線の鋭さを増したかと思うといきなり飛び掛ってきた。

反応に遅れたのか、それとも少女の憎しみの視線に何故か罪を感じたのかエイシスはそのまま通路に押し倒された。エイシスの身体に馬乗りになり上から見下ろす形で少女は彼を睨みつけ、

「返してください!!伊織さんを返してください!!!」

涙を零しながら声を張り上げた。

「何故!?どうして貴方が!!何故伊織さんは帰ってこないんですか!?」

何を言っているかわからなかった。

そもそも伊織とは誰なのかすらわからない。

だが、これだけは分かった。この少女は少なからず自分を憎んでいる。

「ちとせ!やめて!!」

近くを通りかかったピンク色の髪に白い大きな花が二つ付いたカチューシャを身につけた少女が慌てて駆け寄りちとせをエイシスから引き離す。

「離して!!離してください!!!ミルフィー先輩!!」

「ちとせ!!私だって伊織さんがいなくなったのは哀しいよ!!でもこんなことしても伊織さんは喜ばないよ!!」

その一言に黒髪の少女は雷を打たれたかのようにハッと黙り込み再び泣き出した。

顔をクシャクシャにしもう一人の少女の胸に飛び込み堰を切ったように泣く黒いか身の少女の光景を見てエイシスは何故か胸が痛んだ気がした。

「伊織が誰だか・・・・俺はわからない。ただ・・・俺のせいでそんな風になったのなら・・謝る・・・ごめん」

返事を聞かずエイシスは回れ右をし急いでその場を去った。

何故、自分の心がここまでして痛むのだろう?どうしてなのだろう?

心中で問い掛けた彼の切なる疑問は誰にも届くことは無かった。

突き刺さった残酷な現実。戻ることの出来ない過去。

 

「エイシス」

「タクト」

曲がり角に差し掛かったところでタクトと再会した。

「どうした?・・・・表情が暗いぞ」

「なぁタクト。聞きたいことがある」

「何だ?」

「伊織って誰だ?」

それまで柔らかな笑顔を浮かべていたタクトから笑顔が消え、

「少し俺の部屋で話そう」

エイシスを司令官室に連れて行った。

 

 

 

 

 

「じゃあ・・・話すけど心を強く持ってくれ」

「わかったよ」

そう言ってタクトは今までの経緯を話した。

伊織と初めて遭遇したこと。

伊織がフォート・マイヤーズを憎み抹殺するためにこのEDENに来たこと。

死線を潜り抜けてきた戦友でありかけがえの無い仲間であること。

ちとせが伊織に恋心を抱いていたこと。

そして、伊織が消滅しエイシスが現れたこと。

聞かされたエイシスはショックを受けた様子は無く落ち着いて冷静に何かを考えていた。

ふと、軽く溜息を吐き、

「――――――――なるほど。これでようやく合点がついた」

「合点?」

エイシスは何かを納得した様子であり今度はタクトがそれについて疑問を感じた。

 

 

 

 

「おそらくその伊織って言う奴は俺を封じ込ませるために造られた『擬似人格』だな」

 

 

 

 

エイシスが何を言っているのかわからなかった。

「説明するよ」

そんな気持ちがタクトの顔に出ていたのだろうか、またはタクトの心中を察したのかエイシスは苦笑し本来あるべき事実を述べ始めた。

 

 

 

帝政暦538年

 

イレギュラーナンバーズと称される特殊部隊が突如として反乱を起こした。

帝政軍の記録ではこう記載されているがそれは大きな間違いであった。

軍の最高上層部がイレギュラーナンバーズのメンバーが持つ人知を遥かに超えた戦闘能力に恐れ秘密裏に処分するよう各部隊に指示を出した。

「最悪だったよ。俺達は理不尽な処刑に反抗したさ・・・・でも生き残ったのはほんの一握り・・・・ツォルフからジーベンまではくたばっちまった」

ツォルフやジーベンというのは各ナンバーズに割り振られたコードネームや識別を果たす役割を持っておりイレギュラーナンバーズは全十二名のメンバーで構成されていた。

だが彼の話を聞く限りでは殆どが「処刑」されたそうだ。

哀しげに呟くエイシスをタクトは黙って見つめることしか出来なかった。

自分はかつて生命の死に数度立ち会ってきたことがある。

しかし、今回のは死というよりも虐殺だった。しかも彼の場合、多くの仲間を目の前で惨殺されている。

物事には当事者しか理解できないことをタクトは承知していたからだ。

「俺は必死で戦ったよ・・・生き残るために」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

廃墟の中、エイシスは駆け抜けた。

右手には背丈を遥かに越える鎌『鳳旋火』を握り締め銃弾の雨を必死で逃げ切っていた。

その時、目の前の空間が揺れたと思うとその場に居ないはずの武装構成員の部隊がそれぞれ携帯している火器の銃口をエイシスに向け引き金を絞ろうとした瞬間、エイシスは先に動いていた。

「――――烈ッ!!!!」

一気に敵部隊との間合いを詰めて鎌のロッドの一番下の部分を握り締めて姿勢を低くし風を巻き上げるようして振るった。

首を切り飛ばされた武装構成員はその切断口から夥しい量の鮮血を噴出し倒れこんだ。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

肩を激しく上下させて呼吸を整えエイシスは再び疾走した。

 

 

―――――――――

 

 

「酷いもんさ・・・自分達で発見して・・・・結局は自分達で壊すんだからな」

 

 

エイシスの口調にどこか違和感をタクトは感じた。

表向きでは特殊部隊となっているのにまるで兵器が暴走しそれを破壊しようとしているような暗殺部隊。

更に続けた。

 

 

――――――――――――

 

 

広間に来ると蒼い髪を上にツンツンと伸ばした男が両手で剣を握り締めて敵の銃弾を弾き返していた。動体視力と反射神経が常人を遥かに超えた者に出来る離れ業だ。

「ゲシュタールッ!!!」

男――――――ゲシュタールの名を呼びエイシスは脚の裏に圧力を為、解放――一気に跳躍した。

ゲシュタールと反対方向に向き互いに背を預けるようにして攻撃を防ぐ二人。

「どうしたぁエイシス。息切れてんじゃねぇか」

「ハッ!そういうお前こそ肩こりが酷ぇぞ」

軽口で互いを罵りながら、

 

 

「「行くぜ!!!」」

 

 

それぞれの方向に向かって反撃を開始した。

まるで鬼神が派手に暴れまわっているかの如く。

 

 

 

――――――――斬ッ!!

 

 

ゲシュタールの双剣『時雨鷹』が敵の身体を真っ二つする。

 

 

――――――――轟ッ!!

 

 

エイシスの鎌『鳳旋火』が唸る風を切る音を上げて敵を隠れた壁ごと粉砕する。

 

 

その時だった。

 

 

 

「エイシス、後ろだ!!」

振り向いた瞬間、首筋に注射器が突き刺さり何かの薬物が注入されたような感覚を覚えた。

そして、エイシスはその場で意識を失った。

 

 

――――――――――

 

 

「そして気がついたら“エヴィル”のコックピットにいた」

「つまり帝政軍は君を押さえ込む為に伊織という仮初の人格を植え付けたってことか?」

「まぁ・・・・簡単に言うとそうなるなぁ」

コーヒーカップの淵に唇を当ててズズッと音を立ててにまりと笑うエイシス。

「まだ謎はある。その“エヴィル”が彼の・・・伊織の搭乗機を取り込んで何故、君が現れたんだ?」

苦笑し、

「各ナンバーズにはそれぞれスレイヴが与えられたんだ。いや、スレイヴとセットみたいなもんかな?多分、“エヴィル”はマスターである俺を探して永い間、彷徨っていたんだろ。

そんな時、俺を宿した擬似人格「伊織」を見つけて機体ごと取り込んで彼の精神に侵食し俺を呼び起こした」

「じゃ・・・・じゃあ伊織は?」

「消えたか・・・・・辛うじて生きているか?安全じゃないってことは確実だな」

しばしの沈黙。全身から落胆が読み取れた。

「わかった。君の今後の措置は悪いようにはしない。とりあえず白き月に向かう」

「OK」

誰も聞くはずの無い会話を聞いていたものが一人いた。

部屋に入ろうと思い二人の会話が聞こえ黙って聞いていたその少女は虚ろな黒瞳に殺意と憎しみの光を宿し部屋には入らず自室へと引き返していった。

 

透き通るようでいて滑らかな白い肌に漆黒の長い髪。

 

 

少女―――――――烏丸ちとせは虚ろな笑みと口元に微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

第十八章   完   続く

 

 

 

次回予告

 

「あなたが憎い!!貴方さえいなければ・・・・伊織さんはここに居られました!!」

愛するゆえの憎しみ。

 

 

「多分・・・俺は存在すら許されないと思う・・・・」

否定された存在。

 

 

「存在を許されない生命などありません。・・・・・貴方もその一人です」

否定された存在を受け入れる天使。

 

 

 

 

 

次回、第十九章「彼女の想い」

 

                    COMINGSOON