第十九章「彼女の想い」

 

 

 

「あっ!エイシスさん」

「よぉ桜葉か・・・買い物か?」

「はい!!タクトさんが疲れているようなので・・・・・・その格好は?」

ケーキ作りの材料を買いに宇宙コンビニに来たミルフィーユを出迎えたのはいつもの店員とエイシスだった。

そんな彼が少し変わっていることがあるのに気が付いたミルフィーユ。

「戦闘要員でもないんだけど・・・・・まぁ手伝いみたいなもんさ」

白い歯をニッと見せて無邪気な子供のような笑顔を浮かべるエイシス。

「エイシスさんが手伝ってくれたおかげで〜大分助かっているんですよ〜」

店員ものんびりとした口調にどこか嬉しさが混ざったように言う。

今、エイシスはいつもの軍服の上に宇宙コンビニのエプロンを羽織った状態でいた。

つまり、アルバイト店員になったのだ。

「とりあえず。桜葉は俺にとってのお客さんだ。販売の実行者たるもの商品とお客様を第一に考え売上げを全てとして生きるのさ」

アルバイト店員になってから日が浅いというのにもう商売人口調になって能弁と語るエイシスを見てミルフィーユは苦笑しながら買い物篭に卵と牛乳を入れて、

「お願いしまーす!!」

「あいよ」

笑顔で差し出された品物をチェックしていくエイシス。

「ありがとうございまーす!!」

「また来いよ」

駆けて行くミルフィーユの後姿を満足そうに微笑みながら見つめてエイシスは再び仕事に戻った。

 

 

「エイシスさ〜ん。もう今日は休んでもいいですよ〜」

棚にある商品の整理をしている最中、店員が近づき声をかけてきた。

目を見れば本当に嬉しそうな光が宿っていることがわかる。

「あぁ、そうですか。それじゃあ俺は」

「えぇ。ありがとうございます〜」

コンビニの店員に一礼しエイシスは格納庫へと歩き出した。

自分の相棒の様子を見に行くために。

「ん?」

途中、女性たちの華やかな声に脚を止め声の方を除くとそこはティーラウンジだった。

先ほど店を訪れていたミルフィーユもそこにいる。

どうやら自作のケーキでお茶会を開いているそうだ。ほかのエンジェル隊のメンバーも一緒だ。

ただ一人、あの長い漆黒の髪の持ち主―――――烏丸ちとせを除いて。

「あっ!エイシスさーん!!」

(やっべ!長く居すぎたな)

顔をしかめて急いでその場を立ち去ろうとした何者かがエイシスの肩をグッとつかみティーラウンジの中に引きずり込み一方のエイシスもあまりの唐突さにたじろきいつの間にか天使たちと一緒にテーブルを囲んで座っていた。

向かいの少女が軽く手を挙げて挨拶する。おそらく自分を引きずり込んだのは彼女だろう。

エイシスはそう分析した。

「で?アンタね?あの機体のパイロットって」

「“エヴィル”のこと?まぁ一応、俺の相棒ってところかな」

目の前に座る金色の長い髪にマラカスのような髪飾りを身につけ真紅の軍服を身に纏う少女が軽く右手でその金髪をかき上げながら訪ねて来た。

返事をしつつもエイシスはやはりその動作にやけに見覚えがあった。

 

 

 

前にも同じ光景を見た気がする・・・・・・?

 

 

 

今ひとつ確証が持てないままエイシスは差し出された紅茶が注がれたカップの縁に唇を当てる。

「で・・・・あたしが聞きたいのは――――」

「駄目だよランファ!!」

ランファの言葉をミルフィーユが静止する。

その光景からエイシスは彼女が何を聞こうとしているのか、聞きたがっているのか理解した。

 

 

 

何故、伊織が消えてエイシスが現れたのか?

 

 

 

だがそれはある意味でエイシスの存在を否定することのようにも思えた。

少なくとも誰とでも分け隔てなく接する良心の持ち主であるこのミルフィーユ・桜葉という少女はむやみに人を傷つけたくないと思っている。

故にランファの疑問を静止したのだ。

自分も同じ疑問を抱いているからこそ。

「いいぜ。教えてやっても構わない」

「いいんですか!?」

「別に俺はどこぞの所属ってわけでもないしな。ただし俺に言えることは限られている」

目線でいいな?と問いかけ無言でうなずく彼女たちにエイシスはタクトに語ったことと同様に説明した。

自らが血塗られた存在であることのみを伏せ。

 

 

「ひっ・・・ひどいです」

ミルフィーユは目に涙を浮かべてテーブルに目を伏せていた。

良心の持ち主である彼女故に人間の・・・しかも理不尽な死にはとても耐えられないでいるそうだ。

他のエンジェルも気落ちしたようにエイシスを見つめる。

「悪かったね・・・悪いこと聞いちまって」

セミロングの赤毛の女性――――――――フォルテ・シュトーレンが申し訳なさそうに謝る。

「別に・・・・日常茶飯事さ」

さほど関心がないかのようにボンヤリと天井を見上げながら呟くように返す。

「日常・・・茶飯事?」

エイシスの軽い一言にミルフィーユは雷で打たれたようにさらにショックを受けた。

彼の語った「日常茶飯事」の意味。

それはこうしている間にも銃弾に撃たれたり爆発で体をバラバラに引き裂かれたりと無数の命が散っているということだった。

無論、ここEDENでも未だにヴァル・ファスクという古よりの天敵と呼ばれる種族と小競り合いのような戦闘を続けているし辺境ではゲリラ戦なども展開されている。

しかしエイシスの放った一言はそんな状況をはるかに上回っている光景を目の当りにしてきた者の悲惨さと空虚さが含まれていた。

「生きるために欺き、裏切り、昨日までの味方にさえ平然と銃口を向けその冷え切った引き金を引く」

ハハハ、と苦笑するエイシス。

「どうして・・・・笑っていられるんですか?」

それまで沈黙を守ってきた少女――――――――ヴァニラ・Hが悲しげな光をその紅い双眸に浮かべて訪ねて来た。

「何度も味わっているからかな?嫌って言うほど命のやり取りしてさ・・・いつの間にか命の生死に何も思わなくなっちまった・・・・・」

再び苦笑。そして、

「でも悔やんでいたって始まらない。俺達がどんな気持ちを引きずっても「明日」ってものは必ず来るんだ。なら・・・・前を向いて歩くだけさ」

爽やかな笑みを浮かべてエイシスは小銭をテーブルの上に起き立ち去ろうとした時、

「エイシスさん!!今度・・・その・・・・みんなでピクニックに行きませんか!?せめてエイシスさんにも「生きていて楽しい」って・・・思って欲しいんです!!」

せめて生と死の狭間で生きてきた彼に生の楽しさを感じて欲しい、生きる喜びを生きていられる喜びを感じて欲しい。ミルフィーユはエイシスを助け出したい一心で叫ぶようにその背に語りかける。

ミルフィーユの呼びかけに脚を止めていたエイシスは再び歩き出しティーラウンジを出ようとした時、軽くてを挙げて応えティーラウンジを去っていった。

行き先変更。

やはりどうしても暇でしょうがない。

エイシスは再び宇宙コンビニに向かった。

「あれ〜?エイシスさん〜どうしたんですか〜?」

「やっぱ暇なんスよ!ボス!!」

「ボス〜?」

首を傾げながらも店員はハハッと笑い、

「じゃあ、手伝って貰いましょうか〜」

エイシスを手招きした。

 

「タクト・・・彼をエイシスをどうする気だ?」

う〜ん、と唸って返し、

「ただの宇宙コンビニの店員ってわけにはいかないよなぁ?」

当然だ、と冷たい視線が突き刺さり指揮官席をリクライニングにして倒しブリッジのメインモニターを見上げ、

「はぁ〜」

深く溜息。

「司令!三時方向より熱源反応有り!数は十五!一つは皇国の民間輸送船。もう一つの識別コードは・・・“ヴァル・ファスク”です!!」

「チッ!“オルフェウス”の次はあいつ等か!!総員第二戦闘配備!!」

毒づきレスターの指示にアルモが艦内放送で現状を伝える。

「レスター・・・・・」

「あぁ。ちとせは今日は待機だ」

『何故ですか!?副司令!!』

激情に流されたちとせが通信ウインドゥを開いてきた。

「ちとせ・・・わかってくれ」

『私が・・・不安定だからですか?伊織さんがいなくなって心が不安定だからですか?』

「ちとせ・・・」

諭すように宥めるタクト。

『大丈夫ですから!!私・・・戦えます!!』

ふぅ、と軽く吐息を吐き、

「わかった。その代わりエルシオールの護衛だ。君を失いたくない、これは命令だ」

『感謝します』

(伊織・・・・早く帰って来い。彼女・・・・・あんなに寂しそうだぞ)

タクトはシートを起こしエンジェル隊の指揮の準備を始めた。

 

 

「えっ!?ちとせ・・・・・やっぱり待機なんだ」

エルシオールブリッジから六番機シャープシューターを除く全機に向かってシャープシューターの待機が通達されGA−001“ラッキースター“のコックピットで操縦桿を握り締めてライトパープルにイエローのエネルギーラインが目を引くその禍々しいフォルムのヴァル・ファスク艦に向かって攻撃を開始したミルフィーユは心配そうに呟いた。

『大丈夫よ。ちとせなら乗り切れるわ。芯の強さは誰にも負けないわよ。さっさと帰ってお茶会でもしましょ!』

「うん!!」

並行して飛ぶGA−002“カンフーファイター“からの通信でミルフィーユは元気良く返し攻撃を開始した。

「えぇい!!」

蒼白い中距離レーザーが敵巡洋艦のエンジン部を貫き、エンジン部を貫かれ停止した巡洋艦にアンカーアームが叩き付けられ撃沈。

『次行くわよ!!』

「うん!わかったよ!!」

皇国士官学校時代からの腐れ縁とも言うがこの二人ほど愛機を理解し息の合ったコンビネーションは正に神業である。

防御が薄いカンフーファイターの前に出て攻撃を防ぎ撃ち返した次にカンフーファイターからアンカーアームがお見舞いされる。

敵はおそらく何もできずただ二色に踊る残像を目の前にして散っていくだろう。

 

「流石はエンジェル・・・・ってところだね」

「あぁ。この分なら問題ないはずだ」

そんなエンジェル隊の活躍ぶりをしっかりとメインモニターで確認したタクトの感嘆にレスターも冷静な口調ではいるものの満足そうに返す。

その時、

「民間輸送船は既に戦闘エリアから離脱しています。レーダーに反応、増援です!数は十!!距離は二千!」

『私が行きます!!』

「あっ!ちとせ!不味いな・・・・誰か!ちとせの援護を!!」

『ちょっと難しいよ!!』

焦ったフォルテの声が聞こえてきた。他の紋章機も大分離れていた。今からではシャープシューターのダメージは相当酷くなるだろう。

「砲撃!来ます!」

「総員、ショックに備えろ!!」

 

 

 

「始まったんだ・・・・」

「えぇ。衝撃に備えたほうがいいですね〜」

「はい。とりあえずこの新商品を置いて・・・何て名前だっけか?」

その時、

 

 

ゴォォォォォォン!!

 

 

すさまじい衝撃と爆音が宇宙コンビニを震わした。

当然、商品もただじゃすまない。

「酷い・・・・商品がめちゃくちゃです〜。エイシスさん?」

背中をワナワナと震わすエイシス。

「まだ名前すら覚えていない商品を・・・・・弁償してもらおうか・・・・・・・!!!」

某銀髪のデビルハンター並に怒りを押し殺した声で呟きエイシスは格納庫へと走っていった。

「エイシスさん!!これ・・・私一人で?」

散らばった商品を眺めて大きく溜息を吐く店員を残して・・・・

 

格納庫の扉が開いた瞬間、揺れなど気にもせずエイシスは“エヴィル”に向かう。

胸部ハッチ開放と同時に滑るようにコックピット内へ。

ハッチ閉鎖。機体システム機動、各火器管制異常無し、各関節異常無し、全系統(オール)異常無し(グリーン)

空間跳躍作動。

その時、漆黒の悪魔を緑色の閃光が包み次の瞬間、消えた。唐突に・・・・

ブリッジの目の前の空間が揺らぎ、緑色の閃光が生まれ中から突き破るように“エヴィル”が現れた。

右腕には死神の大鎌を髣髴させるロングライフル“ゲシュペンスト”が握られている。

『タクト!!今やった奴どこだ!?』

「え・・・・エイシス?」

突然の乱入者にタクトは目を見開きコンビニのエプロンを身に纏う青年を凝視した。

戦闘とはかけ離れた服装に少し不謹慎ながらも噴出しそうになってしまった。

「お前・・・お前は戦闘要員じゃないだろ!それにどうやって出てきた。格納庫は開けてない筈だ!」

『俺が出たいって望んだから出れた・・・それだけだ。で?敵は?』

「ハハハ。いいよ、敵は六時方向。今ちょうど、ちとせが向かってるけど助けてあげてくれない?」

レスターを静止しのんびりとした口調で告げた。

彼の見た目とはかけ離れた怪物じみた実力を知っているから。

『ようし。俺に任せな・・・・ちょっとあいつ等に販売の実行者として制裁を加えてやる!!』

通信ウインドゥが切れた瞬間、漆黒の巨人は凄まじい速度で敵の殲滅に向かって飛翔した。

 

「いくぜぇ!エクステンションウイング展開、スラスター全開ッ!!」

“エヴィル”の肩に装着された計四枚の漆黒の翼が開き更に敵艦隊との距離を縮め、そして、

「<スラッシュモード>!!」

右手に握り締める鎌形ロングライフル“ゲシュペンスト”が弧を描く刃を見せる。

邪炎の如く紫色の閃光が灯った刃を勢い良く振り上げ、振り下ろす。

「―――――――――斬ッ!!」

正に一刀両断。綺麗な切断音を奏で駆逐艦は真っ二つに切り裂かれた。

『―――あなたは!!何のようですか!?』

近くにいた濃紺の大型戦闘機――――――GA−006“シャープシューター“から通信がかかり漆黒の長髪の少女が睨み付けてきた。

首には濃紺の勾玉のペンダントが提げられている。

「ひっどいなぁ。助けにきたのにそれはないんじゃない?」

『―――頼んだ覚えはありません!!』

「む!!俺だってお前を助けたのはついでだよ!!俺はせっかくの新商品を台無しにされたからその腹いせ!!」

『――――なんですかそれ!?そんなので戦闘に参加するんですか!?』

「別に良いだろ!タクトにも許可を得たんだし!!」

子供の喧嘩のように言い争う二人。

ぷっと頬を膨らませてエイシスは通信を切り戦闘に続行した。

<シューティングモード>に移行させ銃口を向けて引き金を絞る。

紫色に光る弾丸が同色の弾道を描き敵重巡洋艦に撃ち込まれていき、すかさず距離を詰めて斬撃を叩き込む。

 

ピピピピピピピ!!

 

「しつこいなぁ」

エイシスは精神を集中させる。

それに呼応し“ゲシュペンスト“の刃もその紫色の光を強めていき”エヴィル“は左腰まで”ゲシュペンスト“を持っていき、

「醒波斬滅!!!」

横一線を描くよう一気に振るった。

紫色の光波がまるで鋭利な刃を持ったかのごとく陣形を組んでいたヴァル・ファスク艦隊を一掃していく。

「やれやれ・・・・・こちら“エヴィル”。敵の殲滅を確認。シャープシューターも無事。どうぞ?」

『こちらブリッジ。助かったよありがとう』

「別に良いってことよ・・・あぁスッキリ」

晴れ晴れしい笑顔でエイシスは愛機をエルシオールへと向かわせた。

自らの後姿を烏丸ちとせが憎らしげに見つめていることを彼は知らない。

 

 

「すごい!すごいですよエイシスさん!!」

ミルフィーユがはしゃいだ声をあげる。

着艦完了のシグナル、金属音と整備員の喧騒が格納庫に響く中、エイシスは額に滲んだ汗を拭いながら近寄ってきたエンジェル隊に応える。

「やるじゃない・・・・感心したわよ」

「どうも・・・あら・・・烏丸は?」

「ちとせ・・・・帰っちゃいました」

気落ちしたように呟くミルフィーユにハハハ、と苦笑しながら、

「あの子から見たら・・・俺は最愛の者を奪った張本人みたいなもんだからな」

大げさに肩をすくめてエイシスは格納庫を後にした。

 

 

 

 

「変ですわ・・・・・」

「ん?何がだい?」

エイシスの背を見つめながらGA−003“トリックマスター”のパイロット、ミント・ブラマンシュは疑問が含まれたように呟く。

GA−004“ハッピートリガー”のパイロットでありムーン・エンジェル隊の隊長を務めるフォルテがそんな彼女に視線を配る。

「あの方の心が読めないんですの・・・・・・まるで人間じゃないみたいに」

その言葉にフォルテは背筋に悪寒が走ったことに遅れて気が付いた。

彼女は嘘を言っていない。眼がそう語っている。

「とりあえず・・・・・今は様子見だね」

コクンと頷くミント。

二人とも格納庫を後にした。それぞれの思惑を胸に。

 

 

 

 

「伊織さん・・・・・」

薄暗い部屋。

いつもの自分の部屋。故郷の家屋を再現して貰い安らぎに満ちたいつもの光景。

だが、胸にはポッカリと空白が開いた気分。彼がいなくなってからもうどれくらい経つのだろうか?

優しそうな笑顔が好きだった。

力強い横顔が好きだった。

柔らかく抱きしめてくれる温もりが好きだった。

そっと撫でてくれる感触が好きだった。

そんな彼はもういない・・・どこにもいない。いなくなったのだ。

彼は本来、存在しない者なのだ。

エイシスという本来の姿を封じ込めるために埋め込まれた擬似人格。

「どうしてですか?私は・・・・・お荷物ですか」

悲しげに呟くも涙は出ない。

涙を出すことさえ無駄のようにも覚えてしまっている自分。

かつて大好きだった父も唐突にいなくなってしまった。

まだ幼かった自分の手が届くはずの無い遠い宇宙のどこかで・・・・

何かに思い浮かべたようにすっ、と立ち上がりちとせはある場所へと向かい部屋を出た。

 

「おっ・・・ちとせか・・・どうしたんだい・・・ってお待ち!!」

射撃訓練場にやってきたちとせを笑顔で迎えるフォルテはそんな彼女の行動に表情を蒼白色にした。

何か金属の塊を頭に押し付け眼を閉じ身体を震わせている。

「来ないで!来ないでくださいフォルテ先輩!!!」

彼女が自らの頭に押し付けている金属の塊はフォルテが愛用する45口径自動(オート)拳銃(マチック)

目を見開き額に脂汗を浮かべながらフォルテは宥めるように声をかける。

頭部に弾丸が貫通すればほぼ即死である。

「落ち着け・・・落ち着くんだ・・・な?ちとせ」

返事の代わりに安全装置が外れる音だけが射撃訓練場に響いた。

 

「ん?おい・・・何かあったのか?」

散歩の途中、エイシスはやけに人が集まっていることに気が付いた。

部屋の表示を見ると射撃訓練場と示されてある。

「おい」

「あぁ!今・・烏丸中尉が・・・!!」

 

 

 

ゾクン!!

 

 

烏丸と聞いた瞬間、エイシスは胸騒ぎを覚え、人ごみの中を強引に突っ切った。

「ちとせ・・・・やめてぇ!そんなことして何になるの!?」

「そうだ!やめるんだ!!!」

ミルフィーユとタクトが血相を変えて叫ぶ。

目を凝らすと先ほど自分と言い争いをした少女が頭に拳銃を突きつけて静かに震えていた。

「え・・・エイシス?」

「エイシスさん?」

人ごみを代表するかのようにエイシスがすっと前に出た。

いつもの陽気な面影はどこにもない。

「来ないでください!!撃ちますよ!!」

それでも進むことを止めずエイシスは一歩、一歩とちとせに近づく。

「どうして・・・・そうやっていつも・・・・!!」

一歩。

「貴方が・・・・憎い!貴方が憎い!貴方さえいなければ・・・伊織さんはここにいられました!!」

再び向けられた銃口。彼女の黒髪に負けない位、美しい黒瞳からは潤んだ輝きが放たれていた。

 

 

バン!!!

 

 

乾いた音が響き渡り喧騒がやみ一斉に静まり返る。

エイシスの足元にはポッカリと小さな穴があきそこから煙がシューッと音を立て、彼女の足元にはカランと音を立てた薬莢が落ちていた。

「こ・・・・・来ないでぇ・・・・!!」

子供のように泣きじゃくりながらちとせは自動拳銃の銃口を向ける。

尚をも進みつづけるエイシスの心臓部に。

「撃てよ・・・・撃ってみろよ」

「・・・・・?」

自分が死ぬかもしれない状況で何を言い出すんだとちとせは疑問に思いながら銃口も提げることは止めなかった。

そんな彼女を見てふぅ、と軽く吐息を吐く。

「どうした?・・・・もう撃たないのか?それとも撃てないのか?・・・・どっちだ」

「わ・・・・私は・・・・!!!」

呆れたように溜息を吐くエイシス。次の瞬間、何かが疾った。

煌き一瞬。

「あ・・・・・・」

握っていた銃に異変が起きた。銃口から銃身まで斜めに綺麗に切断されていた。

再びエイシスに目線をやると信じられない光景があった。

いつの間にか現れた身の丈をはるかに超える大鎌を右肩にトントンと叩きながら彼は黙って彼女を見つめていた。

「できないよな?お前は・・・守るためのエンジェルだ。俺のような殺戮者じゃない」

静かに諭すように告げるエイシス。

その場に居る全員の動きが止まり彼女と彼だけが互いを見つめていた。

「お前は生き続けろ。生きたいと思い生きられなかった者達の分まで」

「・・・・・・ッ!!」

涙が込み上げてきた。

彼女に向けられたのは怒気でもなく憎しみでもなくそっと受け止めるような笑顔。

その笑顔を見た瞬間、少しずつ心の氷が溶かされていく気がした。

かつて自分を優しく抱きしめてくれた彼の笑顔と同じように見えたから・・・・

 

 

カラン

 

 

銃の残骸が音を立てて床に落ち、それがきっかけのようにエンジェル隊やタクトがエイシスを通り抜けてちとせの元に駆け寄る。

「馬鹿!アンタ、自分で何をしようとしているかわかってるの!?」

「ランファ先輩・・・・・わ・・・私ッ」

「ちとせ・・・・一緒に待とうよ・・・伊織さん・・・・きっと帰ってくるよ。ね?」

「み・・・ミルフィー先輩!!」

ちとせは子供のようにミルフィーユに抱きつき大声をあげて泣き始めた。

そこには皇国とそこでそれぞれの生活を営む人々を襲う危機を救ってきた天使はそこにおらず年相応の少女が見せる泣き顔がそこにあった。

ミルフィーユも今度こそ彼女の中に巣食う心の氷を溶かすように。暖かい温もりに包まれながら、ちとせは満足そうに微笑み雫を流す。

「ふぅ」

先程まで姿を見せた大鎌は光の破片と消え失せエイシスは足音立てずにその場を立ち去った。

 

 

見渡す限りの緑の草原と蒼穹のコントラスト。

降り注ぐ日の光を一心に受けながらエイシスは柔らかな芝生の上に寝転がりながらボンヤリと蒼穹を模した映像を眺めていた。

 

 

「貴方さえいなければ!!!」

真っ直ぐ自分に向けられた銃口と黒瞳に宿った悲しみと怒り。

 

 

「イレギュラーは存在自体が間違っていたのだ!!」

守るべき対象から強いられた理不尽な死。

 

 

 

「何でかなぁ?」

誰に向けられたものでもない呟き。

そのブラウンの瞳を模した視覚センサにも先程の彼女のような潤みが生まれていた。

「どうしました?」

自分に降り注いだ静かでそれでいて聞いていて安心するような声にエイシスは上体だけ起こして、声の主に目をやる。

ライトグリーンの髪を縦ロールにした彼女がそこにいた。

ムーン・エンジェル隊、ヴァニラ・Hが紅の瞳を静かに自分に向けていた。

慌てて目じりを拭う。

「隣り・・・良いですか?」

無言でそして笑顔で頷くエイシスに軽い会釈で応え隣りに腰掛ける。エイシスも再び芝生の上に起きあげた上体を預け蒼穹を見上げる。

「なぁ、ヴァニラ。ヴァニラはさ・・・・「存在してはいけないもの」ってどう思う?」

「どうしたんですか?急に」

クククッと忍び笑いをし、

「ただ・・・聞きたくなっただけ。俺もその一人だからね」

静かにブラウンの髪の青年を見つめる紅の相貌。

その唇から、

「この世に存在を許されない生命などありません・・・・貴方もその一人です」

急に視界が歪んだ気がした。初めてのような気がした「存在」として扱われたのは。

いや「生命」という重い言葉で扱われたのが・・・・初めての気がした。

「ですが・・・私にはわかりません」

「何が?」

気落ちし寂しそうに紅の相貌を細めて視線を地面に落とす少女にエイシスは身を起こして訊いた。

「エイシスさんがティーラウンジで話してくれたこと。「生命」は変えられないかけがえの無い存在のはずなのに・・・・どの世界でも「奪い合い」が続いています」

「・・・・・・」

どの世界とはそのままの通りどの世界にも「生命の奪い合い」―――戦争などが存在しているのだろう。彼の故郷でも彼女の故郷、ここEDENでも。

「私は全ての生命が平和に暮らして欲しいのです。ですが・・・・」

「―――――私の力では不可能?」

彼女の切れた言葉を埋めるように訊くエイシスに無言で首を縦に振る。

「ヴァニラには立派な力がある。紋章機、そして最高の仲間が。でもな、力なんて物は本当は何も役目を果たさない。強いて言うならば「力を何に使いたいか」っていう本人の思いが本当の力・・・かな?」

柄にもないこと言っちまったかな?と苦笑するエイシス。

「エイシスさんは不思議な人です・・・・・」

「へぇ。そりゃまた、どして?」

「何て言いますか・・・・心に正直というか簡単に言うと自由に生きている感じがします」

「ふーん。これでもねぇ、問題事は山積みなの、いつ雪崩となって襲い掛かってくるかわかりゃしない」

再び苦笑して立ち上がりズボンに付いた草を払い、

「もう行くわ・・・・仕事あるしな」

「話せて楽しかったです・・・・」

そっか、とニカッと笑うエイシス。

「ちとせさんのこと・・・・ありがとうございます」

「いいよいいよ。俺がやりたいことをやっただけだから・・・じゃな」

鼻歌を歌いながら歌うその青年の後ろ姿を消えるまでヴァニラはその真紅の瞳で見つめ続けた。

 

 

「そろそろ“ガーリアン”じゃ『アレ』が実行されている時期か・・・・・」

誰もいない通路でエイシスが誰にとも無く呟いた『アレ』。

それが後に“ガーリアン”を揺るがしEDENにすら影響を与えることを彼自身、知らなかった。だが、おそらくは気付いていたのかもしれない。

おそらく彼の故郷では大量の血が流れているだろう。

全ては帝政圏の平和と新たな秩序を掲げた武装組織によって。

 

 

“オルフェウス”―――――――琴の名手の名を冠したその超大型武装組織による多極一斉攻撃により帝政国家は文字通り『陥落』するであろう。

 

そして企業軍も一気にこの大戦役に介入してくる。

『カオス・ウォー』作戦。

その名の通り「混沌の戦乱」を意味したその大規模一斉攻撃はある意味、帝政の民を混乱に陥れるかもしれないがそれもすぐである。

目的はあくまで帝政圏の平和。

無意味な殺戮はしないのだ。抵抗勢力は以外はの話だが・・・・・

 

 

混沌の戦乱が間もなく幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

第十九章    完     続く

 

 

 

 

次回予告

 

 

「アンタと話していると・・・・・まるで黒き月に居た時を思い出すのよ。凄く懐かしい気がする」

 

 

「人が人を愛するのは自分で自分の弱さを創ることだ。だけどその弱さを守る心こそ強さかもな」

 

 

「アイツがいないと何か・・・・落ち着かない。心に穴でもあけられた気分になる。小さくない大きな穴を」

 

 

 

 

第二十章         「黒き再会」

 

 

 

                        COMINGSOON