第二十章「黒と灰」
「で?何で俺が・・・戦うんだよ?」
漆黒の闇の中、純白の大型戦闘機――――紋章機と並んで飛翔するのは広がる無限の闇の如く底の無い漆黒の巨人。巨人―――“エヴィル”のコックピット内部でアクセルを踏み込むブラウンの髪の青年―――――エイシスは附に落ちないという表情を浮かべながら口を零す。
『―――――。一応、アンタは現在のところはエルシオールの戦力さ。大丈夫、あの店員ならしっかりとやってくれるはずさ。お前さんは一応、アタシらと共同ヴァル・ファスクを倒さなきゃ・・・白き月にもいけないだろ?』
連装レールガンにミサイルポッド、レーザーガンなどといった見る者に重圧を与える重武装で身を固めるシルバーメタリックにパープルのカラーリングの紋章機、GA−005“ハッピートリガー”から通信が繋がりウインドゥに映された女性が彼の疑問に応える。
赤いセミロングヘアーに単眼鏡、黒い軍帽が特徴的な女性。
エンジェル隊の隊長を務める、フォルテ・シュトーレン少佐だ。
「でも―――――」
『ホラホラ!敵が来るよ!!外したら晩飯抜きにするよ!!』
「わっかりましたー!!」
鬼の形相と化したフォルテに睨みつけられエイシスはそれ以上、疑問と愚痴を口にする事は無駄だという結果に辿り着き通信を遮断した。
モニターに目をやると既にGA−002“カンフーファイター”が先制攻撃を開始し、ライトパープルのカラーリングの艦隊もミサイルといった武装で迎撃をとっていた。
「やれやれ・・・派手なアクションしてヘルニアにならなきゃいいけど」
“ゲシュペンスト”を握りなおし飛来する高速戦闘機部隊と一気に間合いを詰め斬撃を浴びせる。すれ違いざまに切り刻まれた高速戦闘機は両断され火球に呑まれた。
銃身が伸び≪シューティングモード≫に変形した“ゲシュペンスト”の銃口を敵戦闘母艦に向けて照準を合わせる。目標は動力炉。
距離的には遠距離だが“ゲシュペンスト”なら問題ないだろう。
(カッコよく決めてやる・・・・・!!)
そう思いながら誤差を修正し、トリガーを絞る。
紫色の光弾は真っ直ぐに敵戦闘母艦に向かい貫くはずが、
「あぁ!?シールドなんてありかよ!!」
あっさりとシールドで防がれてしまった。怒り狂うエイシス。もはや戦術もへったくれも無い。≪スラッシュモード≫に変形、オーバーブースト。
溜め込まれていたブースターのエネルギーが一挙に解放しダムが決壊したような勢いをエネルギーが吐き出され驚異的なスピードと化した“エヴィル”は紫光を纏う刃を振るう。
高度に圧縮されたエネルギーを纏う“ゲシュペンスト”の刃が敵ヴァル・ファスク戦闘母艦のシールドを相殺し剥き出しとなった艦隊をバターのように切り裂く。
「斬ッ!!!」
ブースターの出力を下げ、そのまま切り裂き通り抜けた数秒後、背後での爆発に思わずニヤリと笑う。
「もたもたするんじゃないよ!!」
ハッピートリガーに装備された連装式レールガンが次々に弾丸を発射し敵の退路に向かってミサイルポッドが火を吐き、怯んだ隙を見逃さずレーザーガンで止めを刺す。
まさに『移動する火薬庫』のようにその紋章機中最高の火力を誇るハッピートリガーと正面からの撃ち合いになったら必ず宇宙の塵と化すか、かなりの損害を覚悟しなければならない。重装艦、巡洋艦の爆発にヒューッ、と口笛を吹き乾いた唇を舐めて潤し別の標的に相棒を飛ばす。
駆逐艦からのミサイルを紙一重で回避し、
「売られたモンはキッチリと返してやるよ」
ポッドから連続して放たれたミサイルが駆逐艦の艦橋を押し潰すように直撃。
レーザーガンから放たれた蒼白く細い光に動力炉を貫かれ小規模な爆発を繰り返した後に盛大に爆裂四散する重巡洋艦。
彼女の頭上で輝く『H・A・L・O』―――天使の輪が一層強い輝きを放ち始めた。
「オッシャァ!!一気に決めてくよぉ!!」
シルバーメタリックに紫色の『移動する火薬庫』の全兵装が解放され、動力炉であるクロノ・ストリング・エンジンが咆哮をあげる。
「ストライク・バーストォ!!!」
レールガン、レーザーガン、ミサイルポッドとハッピートリガーに装備された武装という武装が全解放され一気に弾丸を打ち尽くす。
豪雨の如く火力の雨に彼女が相手をした部隊は文字通り『一斉射撃』で高密度と化した弾幕に絶える事は出来ず次々と閃光に飲み込まれていく。
「こちら“ハッピートリガー”!!敵部隊撃破!補給の準備ヨロシク!!」
全弾を撃ち放ちフォルテは相棒を補給に向かわせた。
「フォルテさん、やっるぅ!!アタシも負けちゃいられないわ!!」
大規模な戦闘を目の当たりにしランファも負け時と闘魂を燃やす。
愛機“カンフーファイター”の機動力を生かしすれ違いざまにアンカーアームを叩き込み、急旋回、機銃で牽制し中型ミサイル発射。
嘲笑するかのように飛び回る“カンフーファイター”を捕らえることが出来ず敵艦隊はメタリックレッドの残像だけが残っているだけだ。
次々とアンカーアームを叩きつけられ撃沈していく戦艦。
垂直飛来するミサイルを機銃で撃ち落し、距離を詰めてアンカーアームを再び叩きつける。
艦体の至る所に損傷を受け、遂に爆ぜた浮遊防塁。
「オーホッホッホッ!!さぁ・・・これで終わりよ。アンカークロー!!」
彼女の頭上の天使の輪も一段と強い輝きを秘め、メタリックレッドのカラーリングの大型戦闘機からアンカーアームが戦闘母艦に向かって射出され、直撃、貫通。
一撃必殺の破壊力を秘めるアンカークローの直撃を受けて生きていられる敵など滅多にいない。沈んでいく戦闘母艦を満足そうに見つめランファは機首を巡らせ新たな標的に向かった。
「凄いなぁ・・・・相変わらず」
「タクト・・・・お前は充分、戦った。誰もお前を責めない」
いつもの彼の口調。だが長年の親友はそんな彼の胸に秘められた無力感に対する苛立ちと仲間を戦場に送り出す役職である自分に嫌悪感を抱いていることを察知し、ぶっきらぼうに返す。
「あぁ・・・・・・」
分かってはいる。司令官で部下であるエンジェル隊の戦闘指揮を執ることくらい。
だが彼女達、エンジェル隊は部下でも何でもない。かけがえの無い仲間なのだ。
そして、その中には自分が最愛する彼女もいる。
だからこそ、彼女達を危険な戦場に司令官として送り込む自分を彼女を愛しその仲間たちを信頼する自分が激しい自己嫌悪を感じるのだ。
「やりましたよ!タクトさん!!」
戦闘後に彼女が見せる笑顔。
怖かった・・・・
その笑顔が失ってしまうのが凄く・・・・怖かったんだ。
「・・・・・・・・ミルフィー」
「タクト。お前がミルフィーを愛する気持ちは分からんでもない。だが、アイツも銀河を救った天使達の一人だ。お前が信じてやらなければ・・・・駄目だと思うぞ」
「そうだね」
ハハと乾いた笑い声を漏らし再び閃光が勃発する戦場に目を向けた。
シルバーメタリックにピンクのカラーリングのGA−001“ラッキースター”がそのカラーリングと同色の自動追尾レーザーファランクスを放ち突撃艦に叩き込む。
「いっけぇ!やっつけちゃうんだから!!」
すかさず、ミサイルが発射されラッキースターを震わす。
それが引き金の役割を果たし彼女、搭乗者―――ミルフィーユ・桜葉の頭上で輝く天使の輪が輝きを強める。
「ハイパーキャノン!!」
引き金を絞った次の瞬間、ラッキースターの前方に桃色の中太の閃光が真っ直ぐに重巡洋艦に伸び正面からシールドに直撃し、シールドを玉砕して艦体を貫いた。
火球に呑まれる重巡洋艦を確認しミルフィーユは機首を巡らした。
丁度、エイシスが落とした敵が最後らしく帰還信号を受けた。
「何だこれは!!」
トランスバール皇国軍会議場にて一人の将校が声を荒立てる。
楕円状のテーブルを囲むほかの元老院や方面軍司令も険しい顔つきだ。
会議場に設置されているスクリーンに映し出された映像を見れば同じ立場の人間なら誰もが思い空気を引きずるに違いない。
銀色の巨大な物体。出撃口からは射出されるように灰色の巨人達が光の飛跡を帯ながら攻撃をしかけていた。自軍―――――すなわちトランスバール皇国軍の艦隊に向かって・・・
「これが“オルフェウス”・・・か」
「将軍!!これはもはや宣戦布告ですぞ!!」
「そうだ!!このままあのような輩を野放しにしておくわけには行きませぬ!!」
そうだそうだとざわめく一同。
「これはかつて無い事態じゃ。無論、戦争に繋がるかもしれない。故に先手を打つ必要がある。既に調査艦隊もあのように全滅させている以上、敵対意識はある。我々は彼らと正面から戦い打ち勝つ必要がある」
将軍―――――初老の男性軍人、ルフト・ヴァイツェンは決意を固めた表情で告げた。
『こうして、トランスバールと“オルフェウス”の全面戦争は決定した』
「白き月もひさしぶりよねぇ」
「しろき・・・・つき?」
ランファの弾んだ声にきょとんと首を傾げながらウェーブがかかった髪と同系色のブラウンの双眸に疑問符を浮かべる。宇宙コンビニの店員用エプロンを着たままティーラウンジでエンジェル隊と共にテーブルを囲む青年―――エイシスは心中で同様の人工惑星を思い浮かべた。
「惑星トランスバールを・・・・暗黒時代から救った・・・シャトヤーン様が住まう場所です」
「“白き月“そのものがロストテクノロジーの結晶ですのよ」
「へぇ〜!」
感嘆の声を上げフルーツタルトにかじりつき、
「上手いな」
一言漏らす。
(灰の月と似たようなものかな?)
故郷“ガーリアン”に旧世代文明技術をもたらした惑星丸ごとが旧世代遺跡であるそれは灰色の外見を持つ事から“灰の月”と称されていた。
「でさ何で俺が行かなきゃいけないの?その白き月に、さ」
「一応、君の措置をどうするか決めなきゃいけないから、ね」
「うーん」
『白き月』。それは128もの星系を統治する惑星間国家トランスバール皇国の本星、惑星トランスバールが暗黒時代に陥った時、突如姿を見せた人工天体である。
聖母シャトヤーンから与えられた天恵は瞬く間にトランスバールを復興させた。
そして今、トランスバールに住まう全ての民を暖かく見守りながら『白き月』は衛星軌道上に佇んでいる。
「うーん」
その白き月の広い通路のど真ん中で頭を抱えながら歩く青年が一人、困ったようにうめいていた。漆黒の制服はおそらく軍服か何かだろう。
ブラウンの髪と同系色の瞳には見た目とは裏腹にまだ幼さが残っている。
「くまったわぁ・・・・・迷子になっちまいわした」
保険のCMに出てくる熊のように困り果てオ○ドゥル語を平然と口走るこの青年の名はエイシス。このトランスバール皇国が存在する宇宙―――EDENとは別の宇宙、簡単に言うならば並行宇宙の関係に位置する宇宙に存在する惑星間帝政国家―――“ガーリアン”からやって来た青年。
見た目とは裏腹に驚異的な戦闘能力を発揮することを誰が信じられるだろうか?
そんな凄腕の戦士も今は困惑の色を浮かべていた。
今彼が置かれた状況。ズバリ、迷子なのだ。
「だから俺は行きたくなかったんだ・・・・」
ブツブツと愚痴を零しながら勘だけで通路を突き進む。
事の発端は遡ること三時間前。
「エイシス・・・白き月に到着したら俺と来てくれよ?」
「へいへい。尋問かい?拷問かい?」
「オレも出来る限りの措置は取って貰うように頼むからさ」
「へいへい」
「あの時、あんなこと言わなきゃ良かったァ!!」
頭を乱暴に掻きながら苦悩する芸術家のような叫びを上げる。
とりあえずやはり勘任せなので適当に曲がり角を曲がると、
「きゃっ」
「おっと危ない!」
誰かとぶつかった。悲鳴からして女性のようだ、それも若くまだ子供のようにも思えた。
「ん?」
その少女は地面に自分が倒れていないことに気が付きそれと同時に支えられていることにも気がついた。その少女が倒れないよう咄嗟にエイシスが少女を支えたのだ。
自分を振り向く少女の顔を彼は初めて見た。
浅黒い肌は日焼けか、それとも生まれつきか。長い金髪にバイオレットの瞳。
華奢で抱きしめたくなるような小柄な身長。紫色の双眸に映る自分の姿。
「ちょちょちょちょっと!アンタどこ触ってんのよ!!」
自分の腹部に手を回して支えられていたことにも気が付き少女は頬に朱を昇らせ、半ば殴るようにして青年を突き飛ばした。華奢な身体の割には思わぬ威力を秘めた拳のダメージに顔をしかめて地面に突っ伏し、
「な・・・殴ったね。親父にも殴ったことないのに!!!」
いやアンタ。そしたら親不孝者よ。
というより台詞間違えてるわよ。
額に冷や汗をかきながら少女は心中で呆然として呟く。
一方、青年はというと「あれ?受けない。セリフ間違えたかな?」と呟き首を捻る。
どうやら自分を笑わせようとしたらしい。
(あれ?)
少女―――――――ノアは奇妙な感覚が生まれていたことに遅れて気がついた。
暖かい懐かしさ。
まるで黒き月にいるような感じ。彼女には彼女の落ち着く場所がある。
それが黒き月だった。だがどうだろう。黒き月が破壊されコア・クリスタルにコールド・スリープし目覚めた今、こうして白き月に住んでいる。久しい感覚が生まれたのはこの青年と会ってからだ。『同じ者』のように感じるこの無邪気で子供のような笑顔を浮かべるこの青年に会ってから。
「アンタ・・・・名前は?」
見ず知らずの人間に名前を聞いた。
「エイシス・・・よろしくな」
間髪いれずに応え、ヘヘッと人好きの笑顔を浮かべた。
「ところでさ。拝見の間って知らない?」
冷や汗を浮かべる彼を見て警戒心が薄れてきたのだ。
「良いわ。ついてらっしゃい」
「それで・・・・そのお方は?」
淡い水色の髪に純白のドレスに身を包む女性が尋ねてくる。
何も言えずタクトはむぅ、と唸り声を上げて返すしか出来ない。
「御気になさらないで下さい・・・・御病気か何かですか?」
事情を知らない、いや事情を知らないからこそ彼女の言葉が胸に突き刺さり何故か罪悪感が生まれる。
言えるわけが無い、「肝心の人物は迷子になりました」などと。
ほんの一瞬だった。白き月を案内している最中だった。
「いいかいエイシス。ここが会議場って・・・・・・いねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
得意気に案内して振り向いた時、彼の姿はどこにもなかった。
それから数十分、走り回って探したが日頃の運動不足が祟りドロップアウト。
やんちゃな子供を持つ親の苦労がよく分かった・・・・などと考えていると拝見の間に到着してしまい、このような結果になってしまっているのだ。
(あぁそうだよ!!俺のせいだよ!!ごめんねぇ目を離してさぁ!!)
心の中で逆ギレしながらも表情には出さず歯を食いしばって震えるタクト。
「どうしたマイヤーズ。黙っていては何も分からんぞ!!」
「すいません。実は――――――」
観念しよう、そう思って話そうと口を開いた時、拝見の間の扉が開いた。
最初に入ってきたのは浅黒い肌で長い金髪、バイオレットの瞳が特徴的な小柄な少女。
数々の窮地を救ってくれた、ノアだ。
次に入ってきた人物にタクトは目を丸くした。
ウェーブがかかったブラウンの髪と同系色の瞳。漆黒の軍服のよう衣服に身を包む男。
エイシスだった。だが、彼の瞳は子供のように無邪気な光を浮かべ拝見の間を見回している。
「広いなぁ・・・無駄に。ん?あらまぁタクトじゃねぇか」
「エイシス!どこに行ってたんだよ!?というか何してた!?」
「ハッハッハッ!!迷子だ!!!」
胸を張り自慢できない事を自慢する青年に今までの苦労は全て水の泡と化したことを思い知った。
「そなたか。マイヤーズの言っていた男は」
(おい・・・誰だあの子。何か一般ピーポゥを遥かに超えたオーラが漂ってきてるぞ)
タクトの耳元で声を押し殺して聞く。
(シヴァ様だよ。トランスバール皇国の女皇陛下さ)
(何ィ!?VIPだと!?)
(そうなるのかな)
クックックッと小刻みに身体を揺らすエイシスにタクトは嫌な予感と背筋に寒気が走ったのを感じ、
(おい!何かする気か?)
(当たり前だ!国のトップっつうのを笑わしてみてぇのさ!!)
(何で!?)
(笑う時に歯茎を出すかどうか調べるため)
どうでもいい。
(どうでもいいだろそれくらい!?やめろ!やめてくれ、俺が!!)
(いいや限界だ!やるね!!)
「こら!先程から何を話している!?」
慌てて離れる二人、エイシスは何事も無かったように口笛を吹いて誤魔化しているつもりだが口笛すら出来ていない。この男はギャグ路線を突っ走る気なのだろうか?
「改めて自己紹介しよう。シヴァ・トランスバール。トランスバール皇国の女皇を務めている」
「私の名はシャトヤーン。白き月の管理者を務めています。ようこそエイシスさん。白き月へ」
「ワシはルフト・ヴァイツェン。トランスバール皇国軍の総司令官といったところじゃ」
(こ・・・・公国だと!?)
この時エイシスの脳裏に独裁者を気取るシヴァが演説上に立ち「立てよ国民!」と叫びあたり一面から「ジークトランスバール!!」といった歓声が上がっている風景が過ぎった。
「エイシス・・・・何を考えているか分からないけどさ。君が考えているのとは違うから」
「何だ」
残念そうに落胆する。
「そなたか・・・確かエイシスと言ったな」
(マズイ!!)
タクトの脳裏で第六感が危険信号を発しサイレンが鳴り響く。
エイシスはフッフッフッと笑い身体を揺らす。
「ちょっとビターな唇泥棒!“ハリケーンのエイシス”でっす!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「違うでしょそこは笑うところぉ〜」
沈黙する一同に歌いかける。
「やれやれだぜ。そして時は動き出す」
「あ!・・・・そ、そうか。エルシオールを救ってくれて感謝する。皇国を代表して礼を言う」
「・・・・・ありがとうございます」
慌てて我に返る。本当に時が動き始めたぞ。
「それでタクト。彼の件じゃが」
「先生・・・・・」
不安な表情を浮かべるタクトにルフトが安心させるような微笑を向ける。
(タクトの今の表情。保険のCMに出てくるパンダのフ○ンフ○ンだ・・・・・)
肝心の人物は深刻なムードとは一切、関係ない場違いな感想を抱いていた。
「お前からの映像を見た限りじゃ。彼の戦闘能力は突出しておる」
教え子から送られた映像を目の当たりにした時、驚愕に震えたのを覚えている。
単体戦闘能力ではまるで魔力に取り付かれた騎士、はたまた悪魔の如く凄まじい力で敵を屠る。確かに単体戦闘能力では紋章機を上回る。しかし、連携面などになると紋章機には及ばない。
「突出した戦力は一つにまとめた方が良いという考えに至り、彼を白き月の戦力下に置く事が決定した」
それには別の理由があった。彼の処遇を決めて方面軍司令が自分のところに置くと言い始めたからだ。連携されれば紋章機にかなわないが単体戦闘能力では遥かに上回る悪魔とその駆り手は戦力としては充分すぎるくらいの逸材だ。
彼を悪用されてはまたクーデターのような事が起きても可笑しくはなかった。
少なくとも皇国民には確実に被害が及ぶ。
それを抑止するためルフトは部下としてではなく一人の人間として接するかつての教え子に彼を任せたのだ。
「ではエイシスさん・・・これを」
シャトヤーンのから差し出された掌の上に置かれている円状の赤い宝石を指でつまみ面白そうに眺め回した。
「クロノクリスタル・・・・皇国軍の証です。どうぞ」
「・・・・・・・・・」
「どうしました?」
「これって・・・・・・・・・タダですか?」
汗を浮かべながらシャトヤーンは笑顔で頷いた。
「これでエイシスさんも立派なエンジェル隊の一員ですわね」
「そうなるな」
「おめでとうござます・・・・・・・・」
「やるじゃない」
繁華街を歩くエイシスの傍らにノア、ミント、ヴァニラの三人が口々に祝福のと言葉を贈る。
「ところでさ、アンタ」
「ん?」
ミントとヴァニラが買い物に行っている間、ベンチで座るエイシスの隣りに座り込んだノアが真顔で、
「アンタとあたし・・・・・どこかで会わなかったかしら?」
「ある訳無いだろ?俺は“ガーリアン”の人間だぜ」
「そう・・・・そうよねぇ」
「どうした?」
「アンタと話したり近くに居ると黒き月に居る時を思い出すの・・・・凄く懐かしい気がするの」
ふぅん、と空き缶を手で潰しゴミ箱に放り投げる。
「お待たせしました」
「すいません」
「お前ら遅すぎだぞ買い物するのに」
「あら、エイシスさん。女の子のショッピングは長いものですのよ?」
「へぇ、そら初耳」
四人が他愛も無い会話を楽しんでいる時だった。
「目標確認」
「行け!!」
「んむぅ!!」
「んん!!」
路地に引きずり込まれた黒髪の女性とピンクの髪の女性。
止めてあったトラックに引きずり込まれ連れて去られてしまった。
「ん?・・・・・・!!」
「どうしたんですの?」
「ミント・・・・・タクトに連絡しろ」
「何なんですの」
地面にかが見込んだエイシスがある物を見つけ、手で広いミント、ヴァニラ、ノアに見せた。
その瞬間、三人の顔から血の気が引いた。
彼が手に持っているもの――――それはボロボロになった白い大きな花と千切れた赤い紐。
おそらく花はミルフィーユのカチューシャ、赤い紐はちとせの紅いリボンだろう。
「ちっ!連中もパイロットに手を出しやがったか!!!」
「ど・・・・どういうことですの!?」
「何が起きたのよ!!」
「説明してください・・・・」
ふぅと息を吐き、
「連中はミルフィーユとちとせを拉致ったのさ」
誰も居ない格納庫に足音が響き渡る。
漆黒の巨人の前で足音の主が立ち止まり意を決した様に進もうとした時、足を止めた。
自分の首に当てられた銀色の刃を見て。
「やめとけ。説明聞いてなかったか?」
「エイシス・・・・・」
「お前のことだから・・・・・何しようとしてたかすぐにわかったぜ」
銀色の弧を描く刃を持つロッド、鎌と呼ばれる武器をトントンと肩に当てながら不敵な笑みを浮かべるエイシス。
「アレは人が乗る代物じゃない」
「でも・・・・ミルフィーや・・・ちとせを」
「気持ちはわからんでもないが・・・今は司令官として冷静になれ」
「司令官、司令官って、俺は司令官としてある前に人間だ!!大切なミルフィーやちとせを助けたい!」
「面白い男だ」
「笑いたきゃ笑え。俺は行く・・・“エヴィル”借りるぞ」
「駄目だ」
キッパリと言い放ち彼の前に踊り出る。
「人が人を愛するということは自分で自分の弱さを創ることだ。だが、その弱さを守ろうとした時人は強くなれる」
そして、
「俺が行く」
「な・・・・に?」
「聞こえなかったか?俺が行くと言ったんだ」
「何でお前が?お前はミルフィーやちとせとは関係ないはずだ」
「確かにそうだな。仲間になったばかりだ。だが、ちとせはともかくアンタの奥さんはそんなこと言ったか?」
明るく訳隔てない彼女は人を差別するなどしない。
「アンタの奥さんは誰かを差別したか?仲間に入りたてとか言って差別したか?そういう人間か?」
重い言葉がのしかかる。
「一つ聞かせてくれ・・・・・何故?」
「アイツが・・・・ちとせがいないと変なんだ。近くに居ないと心に穴が開い感じで・・・・寂しい気分になる」
「!?」
それはかつて伊織が彼に語った言葉と同様のものだった。
間違いなく彼を動かしているのは“彼”なのだ。
「行って来る・・・・行かせてくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・頼む・・・・・!!」
返事を聞くや否やすばやくコックピットに乗り込み機体を立ち上げる。
「エイシスいきまーす!!」
外部スピーカーから流れる声。
漆黒の巨人は緑色の燐光を纏い宇宙空間に出て機体と同色の闇を切り裂いていった。
第二十章 完
続く
次回予告
「何かさぁ俺・・・場違いな気がして。正直、伊織と交替して欲しいわ」
「伊織さんが帰る場所がここでも・・・・エイシスさんの帰る場所がここでは駄目ですか?」
「綺麗だ・・・・・・」
第二十一章「壊す者と守る者」
COMINGSOON