『食い違う信念。共に歩んだ道は一緒でも・・・・二人はぶつかり合った』
第二十一章「壊す者と守る者」
「ミルフィー先輩・・・・私・・・エイシスさんに酷いこと言ってしまいました」
「ちとせは・・・伊織さんのことが凄く好きなんだね」
色白の頬を紅に染めながらちとせは小さく頷く。
「あのね、ちとせ。例え姿形が変わっても伊織さんはちとせの中にいるよ」
「私の・・・中にですか」
驚き目を見開くちとせに優しく微笑みながらミルフィーユは自分の胸を指差し、
「そうだよ。だから悲しんじゃ駄目。だって伊織さんは生きているのにちとせが悲しんじゃ可哀想だよ」
「うっひょぉー!!いたよいたよ!!!」
漆黒の闇を切り裂くが如く蒼白い飛跡が伸びている。
その漆黒の闇の如き宇宙空間と同じく底の無い漆黒の巨人。
蒼白い飛跡はおそらく背部と機体各所に設置されたスラスタと両肩部にい装備された翼状のスラスタ――――――“エクステンションウイング“からだ。
そんな漆黒の巨人―――“エヴィル”のコックピット内で子供のようにわめくエイシス。
コックピットのメインモニタに映されたのは中規模の艦隊。しかしその艦隊はここEDENを探しても見つかるはずの無いフォルム。
大型武装組織“オルフェウス”指揮下の艦隊。おそらくEDEN侵攻用の分艦隊だろう。
ステルス空母、ステルス爆撃艦、イージス艦、重巡洋艦等ありとあらゆる戦艦という戦艦の出撃口から灰色の巨人が背部バックパックにデュアルミサイルやレーザーキャノン、プラズマキャノンにグレネードキャノンといった凶悪な武装を、腕には専用のマシンガンやレーザーライフル、リニアライフル等の火器を握り締めながらスラスタを吹かしエイシスが駆る“エヴィル”に向かって迎撃体制をとる。
「天使の護衛にしては多すぎやしねぇか?あらまぁ随分と人気があることッ!!!」
両手の指の骨をバキバキと鳴らして操縦桿を握り締めて回避行動を取る。
陣形を組んだ灰色の巨人―――単独有人搭乗式人型巨大汎用兵器「AF」が放ってきた火線を間一髪というところで上方に向かって回避。
「いっちょやってやるか!!」
アクセルを踏み込み“エヴィル”はAFを遥かに凌駕する機動性で敵部隊の弾幕を半ば強硬突破。悪魔を捕捉しきれず閃光の花びらがただ、漆黒の宇宙空間に舞い散る。その中を一陣の疾風の如く悪魔は駆け抜けていき、並行して飛来するミサイルを自機への直撃コースのだけを切り捨てて、上下前後左右ジグザグと縦横無尽に動いてマシンガンやリニアライフルの弾幕を避けながら、スラスタ全開。溜め込まれていたエネルギーを一挙に開放、オーバーブースト。
高速移動の最中でもエイシスは“ゲシュペンスト”を<シューティングモード>に変えて敵AFのメインカメラに向かって弾丸を放つ。
紫色の光弾によって吹き飛ばされたAFはほぼ目が見えなくなったようなものである。
的確に敵を戦闘不能に落とす。これがオーバーブースト中であるにも関わらず精密射撃を可能にするエイシスの動体視力はある種の領域を越えてしまっているようなものだ。
「守る者は新商品とお客様。お客様は神様です!コンビニ店員にとってその売上げこそが全て!!」
完璧に商人の台詞を口走りながら圧倒的な機動力を活かし敵の眼前にメタリックグリーンの残像を残しながら“エヴィル”は敵AF部隊を強行突破した。
この男はどこまでもギャグ路線を走るのだろうか?
と思ったら、
「―――――――閃ッ!!」
突破するその一瞬を見計らい鎌形ロングライフル“ゲシュペンスト”の<スラッシュモード>を振るう。刹那、AFの腕や脚部が切断され無重力空間に音も無く浮遊する。
部隊長がそのことに気が付いた瞬間、漆黒の巨人は艦隊の中に突っ込んでいった。
「さってと・・・こいうのは引っ掛けてくるから・・・俺はあえてこっちを攻めるッ!!」
エイシスが狙った標的は重巡洋艦。
捕虜というのは絶対に救出されないように警備の硬いすなわち旗艦に拘束しているはずだがおそらく捕らえた二人を助けようと旗艦に接近してきた敵を集中砲火するという戦術だろう。
「甘いねぇ。お見通しィィィィ!!!」
一隻だけ小惑星帯に待機してある重巡洋艦。
おそらくあの艦だろう。メック・アイ機動、ブラウンの瞳は敵を補足するセンサと化しミルフィーユとちとせを確認する。サーモグラフィ。目標生体反応確認。照合結果、ミルフィーユ・桜葉、烏丸ちとせと確認。戦闘オペレーション機動。
「オラオラオラオラ!!裁くのは俺のスレイヴだ!!」
奇妙な冒険の主人公のような台詞をはきながら重巡洋艦を護衛するAFがレーザーブレードを抜き放ちながら接近。腰を捻り体制を変えてブレードの蒼光を間一髪でよけ盛大に“ゲシュペンスト”を振り回し敵のAFの腕部等を破壊、怯んだ隙を見逃さず半ば突撃するような形で強引に“エヴィル”を重巡洋艦の格納庫に押し込んだ。
胸部ハッチ開放。コックピットから飛び出し“WOH“大鎌――――――――時雨郷を生成しロッドの部分で整備員の腹部等に突き刺して気絶させ、二人が囚われている部屋に向かって突き進む。
―――――――――侵入者警報
「侵入者だと!?識別は!!」
「識別は・・・イレギュラーナンバー・ツヴァイ!「残酷なる殺戮者の眼差し」のエイシスです!」
サイレンが鳴り響く重巡洋艦のブリッジでオペレーターの報告に艦長が血相を変える。
「馬鹿な!?イレギュラーナンバーは我々“オルフェウス”ではないのか!?」
「違うなぁ」
背後からの声。振り向くと漆黒の衣装に身を包んだ青年が一人いつの間にかブリッジの壁に背を預け不適な微笑を浮かべて艦長を見据えていた。
「ど・・・どういうことですか!!」
「イレギュラーナンバーは総勢で十二名その内の半数は消えちまったからなぁ」
他人事のように呟く青年を艦長は凝視した。
青年は艦長に向かって蒼い髪と同色の蒼い瞳にありったけの憎しみを込めて睨め付ける。
人間とは思えない冷徹な空気を漂わせるこの青年にある種の戦慄を抱いていた事に遅れて気が付く。
「いいけどよ。エイシスは俺が説得するさ、捕虜取るなんざせっけぇやり方してるからだぜ?まぁ俺としては向こうから来てくれて手間が省けたぜ」
「・・・・・・・・・・」
「一つ警告しておこう。「目には目を刃に刃を」。アイツも俺と同じ“灰の月”で開発されたBBHWだ。生身の・・・いや人間は近づけさせないほうが良いぜ」
「は?・・・・!!」
気が付いた。既に青年の姿はブリッジのどこにもいなかった。ドアが開閉する音も何一つ立たず尚且つずっとその青年を見ており彼もまたブリッジの壁に背を預けていたはずだ。
瞬きをたった一回するその時までは・・・・・・
「ミルフィー先輩・・・・」
「大丈夫だよ、ちとせ。・・・・タクトさん達が助けに来てくれたんだよ」
船員の悲鳴と銃撃音とサイレンが入り混じってある種の共鳴を発する中、疲れた表情で自分を見つめるちとせにミルフィーユはそっと彼女の頭を膝に乗せて、その暖かくて長い漆黒の髪を優しく撫でる。ちとせは溜まっていた緊張が解けるように満足そうな笑顔を浮かべて寝息を立て始めた。
この少女はどれだけの悲しさを胸のうちに秘めているのだろう・・・・
ふと、そうした疑問が彼女の脳裏に過ぎる。
大好きだった父親の死。そして男性として愛した『彼』も実質上、いなくなった。
愛した者の死に囲まれても尚、精一杯生きていくこの少女がエンジェル隊で一番強いのではないのだろうか?
心の底からそう思った。自分はどうだろうか?
タクトさん・・・・・・・
恋人の名前を呼んでみる。
最近忙しくろくに話が出来なかった。
でも疲れていても自分との時間はちゃんと作ってくれた。
「タクトさん・・・・」
再び彼の名前を・・・・呼んだ。
「あぁもう!!無駄に長いんだよここ。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッァ!!!」
武装ポッドを切り裂きながら突き進む。
再びメック・アイ機動。オートマップを立ち上げ現在位置と目標の距離を確認。
「おっしゃぁ!!」
いちいち叫びながらエイシスは足の裏に圧力をためて一挙に開放、常人を遥かに超えたスピードで長い通路を激走する。
“BBHW“――――――旧世代文明の遺産が眠る遺跡”灰の月“にて発見された機械と人間の融合独立固体を更に独自の遺伝子技術で発展させたある種の『意思を持った兵器』。
見た目は人間だが中身は人間を・・・・いや、通常兵器すら遥かに凌駕する。
「こっこだぁ!!」
ミルフィーユが何気なく扉に目をやったその時、光の亀裂が入りそして音も無く切断された。逆光に照らされたシルエットは大きな鎌を背負っている。
「え・・・・エイシスさん?」
「無事か?」
何事もなかったようにその青年は白い歯をニッと見せ、マニュピレーターを振る。
膝で静かに寝息を立てるちとせを背負うエイシスに、
「エイシスさん・・・・どうして・・・どうして助けに来てくれたんですか?」
「どうしてって?」
「だって連れて来られた時に見ましたけど・・・凄い数じゃないですか。戦艦とかAFとか」
「あぁ」
ワンテンポ遅れてミルフィーユが何を言っているのか彼はようやく理解した。
つまり、こんな危険なところにわざわざ突っ込んで自分を助けてくれるとは思っても見ず危険を冒してまでどうして助けに来てくれたんだ、と訊いているのだ。
「だって・・・・・仲間なんだろ?俺はもうエンジェル隊の一員なんだろ?」
「それはそうですけど・・・・・常識で考えてこんなこと・・・」
「常識離れしたのが・・・・俺の良いところさ、さっ!行こうぜ」
苦笑しながら頷くミルフィーユ。この破天荒な性格の青年には理屈や常識といった概念など無いのかもしれない。心の・・・・生き様に正直に真っ直ぐに生きているのだ。
ちとせが起きないようなるべく揺らさずエイシスは格納庫へと向かった。
格納庫には気絶した整備員や破壊された武装ポッドが散らばっているだけだ。
「さぁ・・・・行くぞ」
「そうは問屋はおろさねぇぞ」
低いが相手の耳に焼きつくような声。
振り向くと格納庫の二階から蒼い髪の青年が髪と同色の蒼い双眸を向けていた。
両手には照明に反射して銀色に輝く長い刃を持った剣が一本ずつ握り締められている。
黒い衣装に銀色の金具が特徴的な衣服を身に纏う青年―――ゲシュタール。
「ゲシュタールか・・・・・オヒサ」
「そうだなぁ。テメェ・・・・ナンバーズを裏切る気か・・・・!!!」
「うーん。俺は俺の存在意義を全うするまでだ。そうなるとナンバーズを裏切ることになるな」
憎しみの光が浮かぶ蒼い瞳に負けじとブラウンの双眸は強い意志の光を宿す。
「やれやれ。シルヴァンスの言う通りか・・・・」
「俺は俺の役目を果たすだけさ・・・・まぁ、俺を殺す奴はそれ相応の対応はさせて貰うさ」
「人間を守るためか?殺されそうになったのにか?お前は何にもわかっちゃいないな」
「わかっちゃいないのはお前のほうさ・・・・」
「何?」
二人が何を言っているのかミルフィーユにはわからなかった。
人間という言葉を何か別の意味で使うこの二人を見てまるで人間じゃない別の何かのような気がした。それと同時にとてつもない力を持っている気がした。
「人間っていうのは面白い生き物さ。生まれた場所や育った環境が違っても仲間になれる。そしてソイツを愛することが出来る・・・・そんな暖かい生き物さ」
「腐ったな」
「あぁ。腐ったお前らから見れば、な。・・・・人間を守るのが俺達の生まれた理由だろうが!!!」
「問答無用!!!」
二人は消えた。と思った次の瞬間、中央に現われていた。
「やめとけフュンフのお前じゃツヴァイの俺にはかなわない」
「馬鹿な・・・・負けた?・・・・俺が?」
「悪いな・・・・奪われた者を帰して貰うぜ」
またしてもあの不敵な微笑を浮かべエイシスは二人が乗った跪いて大気姿勢をとる“エヴィル”のコックピットに搭乗し、格納庫を出て行った。
「ハハハ・・・・・アイツ、化け物かよ」
それぞれの緊張が一気に高まり決壊し、激しくぶつかり合った。
並みの人間でも見えないだろう人間を超えた死闘。わずか一瞬でけりをついたようにも見えた。
ギィィィィィィン!!
ぶつかり合った鈍い金属音が響いたと思うと再び生まれる金属音。
それぞれのWepon Of Heart――――『心の武器』と称された各ナンバーズが所持している武具を巧みに扱う文字通りの死闘だ。
しかし、彼等二人は正に人知を超えた存在。その為、映画やドラマ、ゲームのような立ち回りなど一切しない。その為、繰り広げられた死闘は常人から見れば一瞬に見えてしまうのだ。
ゲシュタールの挟斬を紙一重で回避し大鎌を振るう。
「テメェはここで殺してやる・・・・せめて俺がな」
「生憎、俺は簡単に死んでやるつもりはナッシング!!」
何度も何度も鳥肌が立つような音が響く。
ゲシュタールの双剣がエイシスの脇腹をえぐるように切り裂き、エイシスの大鎌がゲシュタールの右肩から腹部に向かって斜めに浅からず深からずの傷を描く。
鈍い金属音を奏でながらぶつかり合う大鎌と双剣。衝撃で一瞬、お互いの動きが止まったかと思うとエイシスは足の裏に力を加え大きく腰を捻り回転を加えた重い斬撃をゲシュタールの双剣に与えた。
糸が切れ風に持っていかれた凧のように宙に吹き飛び床に突き刺さる。
「はぁ・・・・はぁ・・・・悪いな」
それだけ告げるとエイシスは痛みに顔をしかめながら愛機に向かって歩き始めた。
「畜生・・・・・畜生・・・・!!」
友人に裏切られ涙がゲシュタールの青い双眸から流れ頬を伝って格納庫の床に落ちる。
脇腹を抑えながら去っていく友人の背中を眺めながらゲシュタールは彼との思い出が走馬灯のように蘇って来た。
「お前・・・・・名前は?」
「エイシスだ・・・・よろしくな!!」
初めて会ったとき、名前を聞かれたまだ幼かった少年は邪気の無い笑顔を浮かべて白い歯をニッと見せた。何故だかその笑顔を見ると・・・・とても気持ち良い気分になった。
「エイシス・・・お前は誰にも殺させねぇ・・・俺が殺す!!」
仲の良かった友人だからこそ自分がとどめを刺す。
怒りと憎しみ・・・・・・そしてそれ以上の悲しさがゲシュタールの心を突き動かしたのであった。
「エイシスさん・・・・大丈夫ですか?」
「あぁ・・・まぁ、死にゃせんさ」
アクセルを踏み込み格納庫を出ようとした時、モニターにゲシュタールの姿が映り目頭が熱くなってきたのを無視しエイシスは格納庫を後にし進路をエルシオールに設定した。
「しっかりつかんでろよ。舌はかむなよ!!」
集中砲火をオーバーブーストで避けながらエイシスは揺れる操縦桿を一層強く握り締める。
(じゃあな・・・・ゲシュタール)
次ぎ会う時は確実に敵となる友を思い浮かべながら“エヴィル”は艦隊から離れ一条の閃光の飛跡と化し、漆黒空間を切り裂いていくのだった。
「マイヤーズ司令!十二時正面に熱源反応・・・該当データ“エヴィル”です!!」
観測オペレーター、ココの歓喜に満ちた声。
「通信つなぎます!!」
通信オペレーターのアルモも待ちきれずに通信回線をつなぐ。
ブリッジのメインモニターに“エヴィル”のコックピット内が映され、操縦席に座るブラウンのウェーブがかかった髪の青年だニッと笑顔を見せた。
後ろの開いているスペースに押し込められたように身を縮める二人の少女の姿を肉眼で確認したとき、タクトは肩の緊張が一気に開放されるのが良く分かった。
『よっ!お出迎えご苦労さん!!』
「“エヴィル”着艦します」
「行って来い・・・・」
レスターの一言が引き金の役割を果たし弾かれたようにタクトは勢いよくブリッジを出て格納庫へと駆け出していった。
「タクトさん!タクトさん!!」
「ゴメンよ・・・助けてあげられなくて・・・・・ミルフィーッ!!」
「いいんです。タクトさんにまた会えただけで・・・・あたし・・・!!!」
涙を流すミルフィーユを強く抱き寄せて身体を小刻みにするタクト達の様子を遠くからじっと眺め足音立てずその場を立ち去るエイシス。
「よっこらせっと・・・つうかコイツまだ寝てんのかよ」
背中で寝息を立てるちとせを医務室に連れて行った。彼女がこうして戻った事によってあの妙な違和感も無くなるだろう。確信に近い思いを胸に秘め足を進める。
1セット分の乾いた音だけが通路に響きちとせを背負うエイシスを確認した船医であるケーラが柔らかい笑顔を浮かべて、彼女を白いベッドの上にそっと寝かせた。
「本当にありがとう彼女達と貴方が無事で何よりだわ。ヴァニラなんて凄く心配してたのよ?」
「まぁ、あの二人は一緒に戦ってきた仲間ですからね」
「それ以上に・・・・・貴方のことよ」
俺?とキョトンとした様子で呆ける相手に再び微笑を浮かべる。
「かなり気にしているみたいよ?仲間以上に」
「仲間・・・・か久しぶりに聞いた単語だ」
ケーラに聞こえないほど微かな声で呟き、軽く会釈してエイシスは医務室を後にした。
「ん?」
彼が出た時のドアの音で目が覚め上体を起こすちとせを安心させるような柔らかい微笑で迎えるケーラ。瞼を擦りながら辺りを見回し、
「伊織さん?」
「どうしたの?」
「伊織さんが、助けてくれたような気がしました。とても暖かかったです・・あれは間違いなく伊織さんです!!」
「・・・・・・そう」
複雑な想いが彼女の無で交差するもそれを表情には出さずただ、笑顔を浮かべることしかできなかった。
星々が独自の旋律を奏でる漆黒の天蓋を眺めながら物思いに老け込んでいた。
冷たく突き刺さるような風がブラウンの髪を揺らす。
「仲間・・・・・・ねぇ」
仲間はかつていた。仲間という存在が自分にとってどれほど大切なものか、価値や数値といった安易なものでは量れないということくらい自分自身が一番知っている。
だが、その仲間も守るはずの人間によって抹消されまだ仮死状態の何万という同朋も殲滅作戦によって生き絶えてしまった。
はたして彼女達を・・・・いや、人間を信じていいのだろうか?
そして自分はここに居ていいのだろうか?
そんな想いが何度も・・・何度も彼の脳裏に過ぎっては消えていく。
生きるために人を殺したがそれは人ではない。『敵』というある種の標的へと変換された物体を消去したに過ぎない。それが例え多くても罪の意識など感じることは無かった。
彼女たちと出会ってもそうだ。何故なら自分の戦い、いや戦う者全てが「生きるために戦っている」からだ。
仲間も生きたいという願いを胸に秘め、散っていった。仲間の犠牲の上で自分は存在している。ならば、彼女達はどうだろうか?
彼女達の誰かが欠けて誰かが生き残ったら?
いや、それを彼女達は認めないだろう。
誰かが生き延びるために誰かが犠牲になる自分の世界と彼女達が住むこの世界とは大きくかけ離れている。
だが・・・・・もし、犠牲になるとしたら誰が?
ミルフィーユか?ランファか?ミントか?ヴァニラか?フォルテか?それともちとせか?
無理だ。そんなことは有りえない。
そんなことさせない。犠牲になるとしたら・・・・俺がなってやる。
硬い決意が一層その輝きを増す。
「エイシスさん・・・・・・」
「およ?ヴァニラか・・・どうした?」
「大丈夫ですか・・・・・敵に」
「あぁ。突っ込んだ!!」
親指を立てて固めを閉じて舌を出す。洋菓子レストランの入り口付近に置いてある少女の人形のような顔を浮かべエイシスはアッサリと言った。
「別に大丈夫さ」
視線を逸らしまた天蓋に戻すエイシス。
「ヴァニラは・・・・・伊織のことどう思う?」
「えっ?」
「何かさぁ・・・俺だんだん場違いな気がしてさ。正直、伊織と交代して欲しいわ」
悪戯を見つかった子供のようにニタリと笑って後頭部を掻く。
彼のブラウンの瞳は天に広がる夜想を見透かしどこか彼方を見つめて、ここにいるはずなのにどこにもいない・・・・・まるで透明化していくような錯覚にヴァニラは陥った。
「どうして・・・ですか・・?」
震えている自分の声に遅れて気が付き驚く。
『不安』・・・・・そうだ自分は不安になっている。
でも何故?何故こうまでして心に空虚さが漂うの?何故?
手を伸ばせばつかめるはずの距離に彼が居るのにまるで遠いところに向かっている感じ。
何故?そうだ・・・・そうなのだ・・・多分、いや私はこの人のことが好きなのだ。
力ある者にはそれなりの責任がつく
その言葉を聞いて自分は今まで自分が持っている力を使う事が責任だと思って生きてきた。
ただ、目の前に居る青年は責任や義務というのではない別の何かで動いている。
心に正直に生き自分の生き甲斐を見出し、その道を突き進んでいた。
いつしか彼の自由な意思に、生き様に惹かれていたのかもしれない・・・・・・
「聞いての通り。人にはそれぞれ帰るべき場所がある。俺の場合、ここじゃない。ここは伊織の場所さ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ヴァニラ?」
大きく見開かれた紅の瞳が潤んだ輝きを放っていることに気が付きエイシスは顔色を変えて少し腰を落としてヴァニラの顔を覗き込む。
「・・・・・・・・・ないでください」
「は?」
「そんなこと・・・・言わないで下さい。伊織さんの帰る場所がここでもエイシスさんの帰る場所がここでは・・・・・駄目ですか?」
言うだけ言うとガバッ!!と腕を回して胸板に顔をうずめるヴァニラ。
小刻みではあるものの身体が震えていることに気が付く。
「どうした・・・・・?急に」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
答えず無言でかぶりを振る彼女をずエイシスはそっと抱きしめた。
彼の腕も武器を振り下ろすマニュピレーターではなく胸板も強化金属ではない柔らかで、それでいて暖かみを持つものに姿を変えて彼女を包み込んだ。
背中から触れ合う首筋から彼女――――――――ヴァニラを通して生命の暖かい鼓動が伝わってきた。
「綺麗だ・・・・・・・・・」
耳元で囁いたその言葉は半分は夜空に、半分は涙を流すヴァニラに向かって告げられた。
星々が奏でる夜想曲。
恋する心が砕かれるのはそれほど遠くではない・・・・・・
『この時、エイシスには分かっていたのかもしれない・・・・自分の最期が』
第二十一章 完
続く
次回予告
「ゴメン・・・・僕、少し無理していたみたい」
「緋水愛璃です・・・・・そのよろしくね!!」
「そろそろ・・・アイツに戻ってもらうか」
交差する想い。絡み合う愛。
しかし、それは星空が奏でる夜想曲の旋律に過ぎない。
本当の悲しみが何なのか?
それを知るのはまだ先のこと・・・・・
第二十二章「苦悩」
COMINGSOON