第二十三章「最初の思い出、最後の思い出」

 

 

 

 

「エイシスくんって元気よねぇ〜」

「バカは・・・・・・風邪引かないっていうでしょ?きっと・・・・それよ」

「バカって言うな!!!」

倉庫から医務室への薬品を運んできたエイシスに船医であるケーラが感心したように頷くと診察に来ていたランファが風が原因で赤くなった鼻をすすりながら恨めしそうな目でエイシスを見つめる。

一方、気にしていることを言われ頬を膨らませて子供のように足をジタバタさせるエイシス。

「先生・・・・ありがとうございました」

「いいえ。お大事にね?」

「大変ですねぇ風邪って」

「エイシス君は本当に元気ねぇ。風邪引かないの?」

「引いたことが無いんですよ」

エイシスを含んだBBHWは特殊超合金と柔軟性に優れた鋼で組まれた外骨格を持ち人工皮膚に使用されているナノマシン細胞は軽い外傷なら単独で自己再生するなどといった機能まで備えた兵器である為、風邪というものは引きたくても引けないのである。

じゃあ、と軽く手を挙げて医務室を後にしようとドアに向かった時、

「エイシス君、ヴァニラも・・・風邪を引いちゃったのよ」

「へぇ・・・・・マジッすか!?」

目を大きく見開き口をぽかんと開けるエイシスにケーラはある頼みごとをした。

それは、

 

 

 

 

「と!いうわけで、俺は何故だか知らんがお前の看病を任されちまった。余りの展開の速さに俺自身が分からないくらいだ」

アハハハ、と腰に両手を当てて快活に笑うエイシスを見てクスリと笑う、ライトグリーンの少女。その後に『ゴホッゴホッ』と咳き込む。

すぐに少女が上体を起こしているベッドまで駆け寄り苦しそうに咳き込んで揺れる背中を擦りはじめた。

「ありがとう・・・ございます。大分良くなりました」

風邪が原因での熱とはまた違った意味で頬を染め上げて少女はぺこりと頭を下げた。

「いいって。早く良くなってくれよな?ヴァニラ」

はい、と頷くヴァニラと呼ばれた少女。

「そういえばさ・・・腹減らないか?」

「そう・・・ですね。少しお腹がすきました」

「ちょっと待ってろよ。台所借りるぞ」

ヴァニラの了承を得て入り口に置いてあったビニール袋からいくつもの食材を取り出し台所へと向かいそして、

「古の盟約に基づき、我矛となれ!!鳳旋火!!」

眩い光が一瞬、台所から溢れたと思うとすぐに消え代わりにあの大鎌を構えたエイシスが窮屈そうに出てきた。

「待ってろよぉ〜」

「あの・・・・エイシスさん?それは」

腕と一緒に振られる大鎌を見つめるヴァニラに心の武器!!と返し右手の親指をグッと立てる。

「それを振り回されると台所が・・・・・・」

「あ」

ようやくエイシスも気づいた。WOHの一つである鳳旋火はリーチそして殺傷能力を高めた鋭利な刃を持つ大鎌だ。振り回して食材を切り刻めば、先に台所が切り刻まれてしまう。

「すいません」

光の雫となり消え去った鎌の代わりに包丁を握り締め調理を始めた。

 

数分後、両方の取っ手を濡れたタオルで手を包んだエイシスが持ってきたのは土鍋だった。

ベッドの近くのテーブルに小皿と一緒に置いて蓋を開けた。

白い煮込まれた米と黄色い卵が入った卵粥だ。

「ありがとうございます」

スプーンに手を伸ばしたが彼の手が先にスプーンを奪い取りお粥を救い、

「ほれ、あーん」

「ッ!!!!?????」

恥ずかしさと同等の困惑の色を紅に塗り固めたヴァニラ。大きく見開かれた真紅の相貌は真っ直ぐにエイシスを見つめ、肝心のエイシスは頭上に?マークを浮かべている。

鈍感。

「どうした?食わないのか?」

「あぅ・・・・・・その」

言葉よりも行動で示している自分に遅れて気がついた。何と口を微かに開けていたのだ。

満足そうに笑いスプーンの上で彼女の口元に運ばれるのを待っているように横たわるお粥を息を吹きかけるように冷ましエイシスはヴァニラの口元にスプーンを運んだ。

意外なほど味はしつこくなく、程よく煮えた白米は口の中で完全にとろけ、卵の味もまた格別で、よく味わい飲み込んだ途端に食欲をそそる料理だ。

「おいしい・・・・です」

「そいつは良かった」

それから彼の厚意に甘え特製の卵粥を食べさせてもらい、

「もう・・・・入りません」

あと一口と言うところでヴァニラがお腹を擦りながら満足そうに微かな笑みを浮かべた。

「うーん。もったいないな・・・・・食べよ」

「え?」

エイシスは残り一口分の残った卵粥をスプーンですくって口に運んだ。

先ほどまでヴァニラが使っていたスプーンで・・・・・・

「エイシスさん??・・・・・・・・・・・・あの」

「何でしょう?」

一から十まで最後の最後まで鈍感だった。

 

 

「へぇ。そんなことが」

夜の展望公園でおでんの屋台で隣に座る女性――――――フォルテ・シュトーレンが目を丸くしてクックッと笑った。既に一週間が経ち宇宙風邪は消え失せクルー全員が健康に生活している。

「どうりでヴァニラがお前の事ばかり話すわけだ」

「俺のこと?どして?」

「本当に何も分からないのかい?」

「YES IAM」

「ヴァニラがお前とどこかへ出かけたいといっていたよ?」

「そうっすか」

「お前さんに拒否権は無いけどな」

「じょ・・・冗談じゃ」

エイシスは言葉を詰まらせた。こめかみに45口径の銃口を突きつけられては拒否権も何も無いものだ。

「フォルテの姉御も冗談がきついですぜ」

「悪い悪い」

苦笑いを浮かべ、

「ヴァニラのこと・・・・泣かすんじゃないよ」

そう言うと立ち上がりとっとと去っていった。

「姉さん・・・・・・・」

その後姿を見つめながら、

 

 

 

 

 

「代金、俺払い!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照明が落とされスクリーンの光だけがトランスバール皇国軍の会議場にて浮かんでいた。

皇都に存在するここトランスバール皇国軍会議場には各方面軍の方面司令が集結している。

「将軍、第一方面軍艦隊準備完了しました」

「同じく第二方面軍、準備は整いました」

一同が一斉にモニターを見つめ、モニターには皇国の未開拓辺境星系ヴィンス星系に展開される“オルフェウス”と称される大型武装組織のトランスバール侵攻艦隊が映されていた。

“ガーリアン”と呼ばれるEDENとは並行宇宙にあたる世界で開発、一気に普及し軍事力の要となった単独有人搭乗式巨大人型兵器、AF。

その脅威が正にトランスバールに向けられようとしているのだ。

「うむ、既にガイエン星系に向かったエルシオールと速やかに合流、“オルフェウス”の殲滅が今回の任務じゃ」

重い口調でルフトは告げた。人類と人類同士の愚かな戦争。

どれだけの血が流れどれだけの犠牲が出るのか、彼には嫌と言うほどわかる。

だからこそ、愛する者を、自分にとっての故郷であり行き場所である皇国を守る為、彼は下したのだ。同じ人類の武装組織“オルフェウス”の殲滅作戦を。

各艦隊司令はそれぞれの基地に戻り所属する艦隊に出撃命令を下しに会議室を出て行き残ったのは彼一人となった。

その時、ドアが開き一人の少女が入ってきた。

外見上、十歳ぐらいの少女は皇族の衣装に身を包み真っ直ぐ青紫色の瞳を彼に向けて歩みよる。

「殲滅作戦を下したそうだな」

「はい」

自分よりも遥かに年上である初老の男性に少女は敬語など使わず遠慮なしに話し掛ける。

彼女―――――――シヴァ・トランスバールこそ、このトランスバール皇国を治める女皇なのだ。

しかし、今の彼女は辛そうに顔を歪ませる。

「どうして・・・・同じ人間同士で戦わなければならない!!!」

拳を握り締めテーブルを叩きつける。

責任感の強い彼女故に自分が安全なところにいて犠牲の報告を聞くと言うのは苦痛を遥かに越えるものを与えるのだ。

「御気持ちはわかります。ですが」

「分かっている。少し休む、後を頼む」

首肯したルフトを見てからシヴァは大会議場を後にし、再び重々しく溜息を吐いたルフトだけが残された。

 

 

 

 

同時刻、ヴァル・ランダル

 

「オ・ガウブ一号機から二号機出撃準備完了。各艦隊問題なし」

「出撃させろ」

了解と返りヴァル・ファスク、ゲーベンは不適な微笑を浮かべモニターを見つめる。

彼が乗る重装甲戦闘要塞「ギル・ゼム」の後方にはそれを遥かに上回る超巨大戦艦、オ・ガウブが二隻、周囲のヴァル・ファスク艦隊より少し遅れて宇宙空間を進む。

「この宇宙を支配するのは我々、ヴァル・ファスクなのだよ」

ニヤリと笑いゲーベンは瞳を閉じるのだった。

 

 

 

「おい!!貴様ァ!!」

「そこのお前だ!!」

背後からの怒号の声にコンビニのバイト帰りのエイシスは声の主達に振り向いた。

少し離れたところで十数人程のクルーがこちらを睨みつけている。殺気すらも感じられる。

「何でしょうか?俺は今、疲れているんでさぁ」

「知ったことか!!ヴァニラちゃんをよくもたぶらかしやがって!!」

ん?と目を細め彼らを凝視するとその後ろで旗のような細長い物体が見え、それには

 

 

 

「ヴァニラちゃん!!親衛隊!!ここに参上!!」

 

 

と、汗臭く下手な字で殴り書きされ、瞬時に下手な字だなぁとエイシスは思った。

「で?その親衛隊さんがたは何をしてるんですかい?」

「無論!ヴァニラちゃんを誘惑する貴様にショッ・・・ごほん!親衛隊の裁きを下す!!」

(いちいち『!!』マークをつけるなよ。うるさいなぁ)

頭を掻きながらウンザリしたように溜息を吐く。

「行くぞ!!」

先頭に立つ男が吠えるように叫ぶや否や全員がエイシスに向かって特攻を仕掛けてきた。

どの隊員も目が血走り狂気で光り全身から殺気を感じさせる。

「別に大したこと無いんだよね」

エイシスは長年の経験上、知っていた。

憎しみに駆られ狂気を放出する奴ほど簡単に倒せる者はいないということを。

つまり、頭ごなしに殺気を見せる奴は大したことは無いのだ。

かといって通路で乱闘なんて起こしたら大目玉を食らうのは確定的だ。

故に彼が出した決断はクルリと回れ右をして一目散に向かって駆け出した。

「逃げるのかーーーーーーーーーーーーーー!!!!????」

「逃げるんじゃねぇ!!後ろに向かって前進するだけだ!!」

どこかで見たラブコメアニメの主人公のようにファンクラブや何かに追われてたまるか、という思いを胸にエイシスは最高速度でエルシオールの艦内を疾風の如く駆け抜けた。

 

 

 

 

ブリッジ勤務、艦内外通信オペレーターのAさんの証言。

*プライバシーの都合上、音声は変えてあります。

 

 

「はい。私はその時、副司令と一緒に書類を運んでいたのですが前から凄いスピードで『何か』が走ってきたんです。

その勢いで私は倒れこみ副司令の胸板に倒れこんでしまいすっごくラッキーでした!!

それどころ大量の書類が散らばってしまい、一緒に集めていると手が触れ合ってもう・・・・キャアーー!!」

                        雑音と悲鳴にて終了

 

 

 

「はぁ・・・・はぁ。ここなら問題ないだろ」

息を整えながらゆっくりと歩調を緩めて歩く。

 

 

ガサッ!!

 

 

「アギャァ!!」

背後の物音に奇声を発して目を瞑る。

「エイシスさん?」

聞きなれた声におそるおそる目を開けると、ライトグリーンの髪が風に揺れ、真紅の双眸が驚いたように目を見開いて自分を見つめ、肩に乗っているリスのようなナノマシーンペットは喜ぶようにガッツポーズを繰り返し彼女の内心を表しているようにも思えた。

 

「良い景色だと思いませんか?」

「あぁ。いつ見ても感動する・・・・・・心が癒される感じだぜ。って・・ん?」

「どうかしましたか?」

目をカッと見開きワナワナと震える彼のブラウンの双眸の先には黄色い物体。

目を凝らしようやく、それがバナナの皮だということにヴァニラは気付いた。

「ヴァニラさ・・・・バナナの皮って踏むと滑ると思うか?」

「えっ?」

何をいきなり、と思い彼の顔を見るといつに無く真剣な表情が浮かんでいた。

 

 

この人は本気でバナナの皮について考えているんだ

 

 

そう思うと何故か吹き出してしまいそうになる。

「ちょっと確かめてくらぁ」

エイシスさん、と静止する暇を与えずエイシスはバナナの皮に向かって疾駆した。

(足の速さは・・・よし!!踏み込む力もよし!!)

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

足に力を込め加速する勢いでバナナの皮を踏んだ。

 

 

ズル、グシャァ!!

 

 

無様。勢いよく後ろにひっくり返り後頭部を地面に打ちつける体制でこけた。

しばし痙攣した後、立ち上がり満足そうな爽やかな笑顔を浮かべて帰ってきた。

「少し座りましょうか?」

「うん」

子供っぽい声で呟きエイシスはその場で胡座をかき、その隣にヴァニラも座る。

 

 

「エイシスさん・・・・エイシスさんはこの戦いが終わったらどうするんですか?」

エイシスの顔を横から覗き込みながらヴァニラは尋ねた。苦笑いを浮かべエイシスは、

「さぁね・・・・・俺は俺の居場所を探すよ」

「そう・・・・ですか」

少し気落ちした様子で返すヴァニラ。この戦いが終わればどこかへ行く、彼の言葉にはそう含まれているのだ。

「なぁ、ヴァニラ・・・・この花、何て言うんだ?」

顎で近くに生えている黄色い花を示す。

「宇宙タンポポです・・・開花が終わった宇宙タンポポは綿帽子に姿を変えて旅立ちの時を待ちます」

「旅立ち?それってさ・・・・・もう死んじゃうってことか?」

ヴァニラは無言でかぶりを振り、

「命を生み育む為に別の場所に自分の子供たちを飛ばすだけです」

「命は繰り返すってことか・・・・どんな場所でも」

エイシスはゴメンな、とタンポポに向かって告げると四、五本茎ごと摘んで丁寧に結び何かを作っていき。そして、

「ちょっといいか?」

エイシスはヴァニラの頭に今作ったばかりのそれをそっと付けた。

「これは・・・・・?」

「タンポポの髪飾りかな?・・・・ちょっち自信ないけど」

ヘヘッと笑って下をチロッと出して笑顔を浮かべるエイシスに嬉しさで頬を朱色に染め上げたヴァニラが急に口を閉じたり開けたりしはじめた。

 

 

笑おうとしているのか?

 

 

エイシスはふと珍しく相手の心情を読み取ることが出来る自分に遅れて気がつく。

そんな彼女の頭に手の平を乗せてそっと撫で、

「いいんだよ、無理しなくて。いつか見てみたいけど・・・ヴァニラはヴァニラらしく生きればいい」

柔らかな生体兵器の笑顔を目の当りにし肩の力を抜くヴァニラ。

事情を知らない者がこの光景を見たら兄妹か?または恋人同士と思える。

そして、誰がこの男を兵器と思うだろう?

その時、クロノクリスタルからケーラの声が聞こえ用事が出来たとだけ告げるとヴァニラは名残惜しそうにその場を立ち去った。

 

「それでいい。いつかお前の笑顔が見たかったけど・・・・その時、俺はもう」

小走りに歩き去っていくヴァニラの背に向かって、

 

 

 

「俺はもう・・・・・・どこにもいないだろうな。俺の居場所と同じように」

 

 

 

・・・・届くはずの無い今にもかき消されそうな声で・・・・呟いた。

 

 

 

哀しげな微笑を浮かべエイシスは部屋に引き返す為、芝生の上に立ち上がり歩き始めた。

この一歩、一歩が確実に過ぎていく。楽しかった時間が一秒、一秒、確実に過ぎていく。

怖い。

恐怖と言う概念が無いと言うわけではない。

ただ、背筋が凍てつくように寒い。身体の芯から冷えていく。

重い足取りで出口に向かうエイシスはふと、奇妙な音を耳にし足を止めた。

 

 

すぅ・・・・すぅ

 

 

寝息にも聞こえる音の方に足音を殺しそっと近づき伺う。

「あ・・・・・・」

広がった漆黒の長い髪。色白の肌。

安らかな安心しきった無防備な寝顔をさらけ出す黒髪の少女――――烏丸ちとせがトレーニングウェアを着た状態で寝息を立てている。

「・・・・・・伊織が好きになるのも分かるかもな・・・やれやれ・・よっと」

そっと、彼女を背負い部屋まで運ぶ。

先ほどまで冷え切っていた自分の体が嘘のように急速に暖められていく。

「命の温もり・・・・・・か。伊織、お前が羨ましいよ」

ドアを開けて布団を敷いてその上に寝かせ、毛布を上からかける。

「良い夢見ろよ・・・・もうすぐだからな」

彼女の顔にかかった黒髪をさっと払いエイシスは部屋をへと引き返していった。

 

 

 

バシュッ!!

 

 

 

自分の部屋であり自分の部屋じゃない。

自分の居場所など無いのだ。

靴を脱いで卓袱台の前で腰掛けエイシスはしまってあったレポート用紙を取り出しペンを手に取り筆を進ませる。

声で・・・・言葉で言ってあげられなくても文章なら大丈夫だろう。

エイシスはスラスラと筆を進ませものの数十分もしないうちに二枚分の用紙を書き終え小さく折りたたみ卓袱台の下にテープで括り付けた。

これで良い。思い残すこともない。

後は・・・・もう少し傍にいてあげよう。最期の時まで。

『エイシス。ちょっと司令官室まで来てくれないか?』

「ん?・・・あ・・・あぁ」

『エイシス?』

「何でもねぇよ」

クロノクリスタルから通信が入りタクトの呼び出しに応える。そんなタクトも彼の様子がいつもと違うことに気がつくもエイシスは押し殺し隠すように返し通信をきる。

「ハハハハ・・・・楽しかったなぁ」

髪と同じブラウンの相貌から流れ出る熱い透明の雫を指先でサッと拭い部屋を後にした。

確かに流したのだ。生体兵器は涙という物を。

 

「あれ?エイシス」

「あ、本当だ」

「よぉ」

後ろから声をかけられ振り向くとランファと流水が二人並んでこちらに向かってきた。

ランファは流水の腕に半ば自分の豊満な胸を押し付けるようにすがり付き、流水の顔を赤く染めては楽しんでいるようにも見える。

お互い満更でも無さそうだ。どこにもいるありふれた恋人同士といった感じだろう。

「どうしたのよ?」

「タクトにちょっと呼び出し喰らっちゃって」

苦笑いを浮かべて返すエイシスに流水もアッと思い出したように、

「ごめんランファ。僕もタクトさんに呼ばれてたんだ・・・・・・・」

「ふぅん」

申し訳無さそうに謝る流水に冷たい視線で返すランファ。彼の身体が小さく縮んでいくの手に取るように分かる。おそらく流水は『女の尻にしかれるタイプ』だな。

と心の中で勝手な感想を浮かべつつそのやり取りを少し見ることにし脚をその場に留めた。

「なぁんてね。いいわ、行ってきて早く帰ってきてね・・・・・ダーリン」

「え!?・・あ・・・ぅ・・そのぉ・・・わかったよ・・・は・・・は・・ハニー」

『ハニー』という言葉を恥ずかしそうに先程の数倍以上に頬を朱色に塗り替えてか細くポツリポツリと言葉を濁しながら流水に満足そうな笑顔を浮かべて、行ってらっしゃいと返し部屋に引き返していった。

「いい女だな」

「そ・・・そうだね。僕なんかよりも活動的で明るくて、でも可愛くて」

「ん?」

「とっても優しいんだ・・・僕なんかじゃもったいないくらいだよ」

自嘲するようにエヘヘと笑いながら後頭部を掻き、

「行こっか?」

「おう」

幸せを笑顔で表現し流水とエイシスは司令官室に向かって足を進めた。

 

明日に幸せを作る男と明日を自らの手で消す男。

二人の男は司令官室の前で立ち止まり部屋の主を呼ぶ。

「いいよ、入ってきて」

「失礼します」

「邪魔するぞ」

口々に返し部屋の中へ入る。既に先客がいたらしく簡易ソファの上で腰まで伸ばした長い緋色の髪の少女が落ち着かなさそうに身体を時折、左右に動かし不安気に天井に視線を移していた。

「愛璃も来てたんだ」

「えぇ。私も呼ばれたから・・・あっ・・エイシス」

「よぉ」

軽くてを挙げて返す。

「悪いね。皆も風邪騒動には巻き込まれなくて良かったね」

 

書類整理を終えてソファに座り込むタクト。

「ご苦労様です」

「ありがと。それで、皆には言っておきたいことがあってさ」

言っておきたいこと?と頭上で?を浮かべる三人はタクトがやたらと深刻そうな表情を浮かべるので表情を強張らせて続きを待った。

「エンジェル隊にはもう連絡しといたんだけど、今、エルシオールは“オルフェウス”討伐のためにヴィンス星系に向かっている」

皇国に戦火を撒き散らすかもしれない武装組織“オルフェウス”。

現に捜査艦隊を全滅させている以上、敵意はあると見た軍上層部が決断したのは危険分子の殲滅。つまり、“オルフェウス”の排除なのだ。

その為、激戦が繰り広げられることを想定しエルシオールが停泊するここ、ガイエン星系駐留基地に各方面軍艦隊の半数が向かい戦力を増やしている。

「それだけじゃない。ヴァル・ファスクも動きを見せているんだ」

「三つ巴ですか?」

無言で頷くタクトに苦笑いを浮かべて床に視線を落とす流水。

「だから・・・・・・・」

更に顔を強張らせる三人。

「ガイエン星系で艦隊が集結するまで休暇を与えるから、しっかりと骨を休めてくれよな」

能天気な顔で告げ、パァと花が咲いたような笑顔を浮かべるタクトにエイシスは呆れ顔を浮かべ、

「おいおいおい。ここは儀礼艦とは言え軍所属だろ?いいのか?」

「いいんだよ。この艦じゃこれが普通なんだよ」

当たり前のような態度を取るタクト。どうやら本当らしい。

やれやれ、と肩をすくめて出て行くエイシスの後に丁寧に頭を下げてから出て行く流水と愛璃。

部屋を出た瞬間、待ち構えていたランファに顔を紅く染め上げておとなしく引きずられていく流水を愛璃は冷や汗を浮かべながら白いハンカチを振っていた。

 

 

「どうしようかな?」

誰にとも無く呟きながらようやく慣れたエルシオールの通路を一人、歩いていく。

曲がり角に差し掛かった途端、

 

 

「ひゃぁ!!」

 

 

暖かい何かが自分の胸に辺りむにゅり、と谷間に埋まった感触に思わず悲鳴をあげてしまい、ペタンとその場に座り込んでしまった。

「な・・・なに?」

おそるおそる胸に視線を移すと黒い球体が自分の胸の谷間で動いていた。

愛璃はそっとその球体を手に取り顔まで持っていく。

「むみゅー!!」

苦しそうに息を吐き出し笑顔を浮かべる黒く丸い球体。

見慣れない生物に目を細め凝視していると、

「子宇宙クジラ!!」

曲がり角から茶髪の上に緑色の帽子を被った少年が慌てたように現れた。

「これ・・・君の?」

「は・・はい。あの・・・子宇宙クジラが何か?」

「私の谷間に入っちゃって苦しそうだけど・・・・大丈夫?」

目を見開き少年は瞬時に顔を真っ赤にし、

「ゴメンなさい!!すみません!!ゴメンなさい!!すみません!!」

「え?えぇ!?」

何回も何回も頭を下げるクロミエに愛璃は思わず怯んでしまい周囲を見回した。

運良くクルーも通りかかっていないがこれでは自分が原因なようなものである。

尚も謝り続けるクロミエの手を取り自分の部屋へと連れて行った。

 

 

「はい」

すみません、とソファに座り身を縮める少年は差し出された水が入ったグラスを手に取り一気に飲み干した。

「ゲホッ!!」

「大丈夫?」

落ち着きながら慣れた手つきで後ろから苦しそうに咽込む少年の胸に手を当てポンポンと軽く叩き摩る。

自分の豊満な胸を少年の背中に思いっきり押し付けているということに気が付かず。

「ああああああ!!もう大丈夫ですから!!・・・・すみません、御迷惑かけてしまって」

「いいよぉ、別に・・・えぇっと君はぁ」

「クロミエと申します。クロミエ・クワルク・・・クジラルームの管理人です」

よろしくお願いします、と頭を下げるクロミエにこちらこそ、と柔らかな微笑を浮かべる愛璃。

 

「クロミエ君かぁ・・・じゃあ、呼びやすく『クロ君』でいいかな?」

「えっ!?・・・・・・い・・良いです」

「うん!じゃあ、よろしくね、クロ君♪それよりさぁ」

「はい?」

「さっきから顔が赤いけど・・・クロ君も風邪・・・・引いた?」

テーブル越しから上体をクロミエに伸ばし自分の腰まで届いた長い緋色の前髪をかきあげ、額を露にしクロミエの額にくっ付ける。

鼻と鼻がすれすれで擦り唇と唇が一気に近づく距離に年頃の男子であるクロミエは先程の数倍以上に頬を紅く染めて、「あわわ」と呟く。

一方、愛璃は全く気にとめず額を離してさっ、と緋色の髪をかきあげてニッコリと微笑み、

「良かったね、クロ君。熱は無いみたいだよ?」

何事も無かったように告げ、彼の膝に居る子宇宙クジラにも良かったね、と笑顔を浮かべる。

そんな彼女の横顔をクロミエは火照った目で見つめていた。

 

「じゃあ・・・僕はこの辺で」

「うん。またね」

ドアを出て去っていくクロミエ。突然、立ち止まり愛璃のほうへ向いて、

「お名前・・・聞いてませんよね?」

「そうだったね?私は緋水愛璃・・・これからよろしくね、クロ君」

火照った頬でコクンと頷き子宇宙クジラを肩に乗せて歩ていくクロミエが曲がり角に差し掛かるまでずっと、その後ろ姿を見つめ愛璃は部屋へと戻った。

 

 

 

 

「エイシスさん・・・・」

「およぉ?ヴァニラか・・・どうした私服姿で・・・お出かけか?」

「はい・・・・その、エイシスさんも一緒に行きませんか?」

通路を行くあても無く歩いている最中、私服姿のヴァニラに呼び止められた。

普段、見ないヴァニラの私服姿はいつになく新鮮だ。

清楚なヴァニラにピッタリとマッチした白を基調とし更に目を凝らすと白い服は緑がかかった白でヴァニラらしく素朴な可愛さが出ている。

そういえばいつかフォルテさんが言っていたな、と思い起こす。

「いいぜ。なるほど・・・・親衛隊が出来るのも無理ないな」

「はい?」

親衛隊の部分を聞き取れず首をかしげるヴァニラに、

「可愛いってことだよ」

ぶっきらぼうに呟いた彼の言葉にまたすぐに頬を紅に染めるヴァニラがまた、可愛らしい。

これで最後なのだ。彼女とこうして話すのも他のエンジェル隊と話すのも、トランスバール皇国侵攻艦隊を殲滅すれば、もうお別れなのだ。

せめて、最後ぐらいは良い思い出を彼女に与えよう。

それが、自分が自分として生きていられる最後の思い出となるのだから。

 

「じゃあ、早速行くか!?」

「は・・・・・・・はい」

まだ赤みが取れない表情でコクン、とか細い声で頷きながらヴァニラとエイシスは格納庫へと向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

観光客で賑わうガイエン星系のステーションの繁華街を通る二人。ヴァニラに手を引っ張られるように進むエイシス。

「エイシスさん・・・・ここに入ってもいいでしょうか?」

「えぇっと・・・・・みずぞくやかた?」

エイシス、馬鹿キャラ決定。

「水族館ですけど」

「へ・・・・へぇー。いやぁ、俺は読めてたよ。ただ敢えてね?」

しどろもどろ言い訳するエイシスを見て口元が微かに緩みながらもヴァニラは彼の手を引いてチケット売り場まで行き、ゲートを通って館内へと入った。

大きなイルカの水槽を見つけるや否や小走りで水槽に向かうヴァニラがいつになく無邪気で新鮮でそして可愛らしい。

「エイシスさん、宇宙イルカです。可愛いと思いませんか?」

水槽に両手を当てて顔を近づけるヴァニラの無邪気な姿がいつになく鮮明で新鮮に映った。

喜ぶのが普通なのだ。

だが、彼女とこうして過ごすのもこれで最後。

これが彼女との『最後の思い出』なのだ。

「そうだな・・・・でも」

水槽に両手を当てて水中を泳ぐイルカを見つめるヴァニラに近づき、

「俺には・・・・・・ヴァニラの方が可愛いかな?」

「じょ・・・・・冗談はやめてください。私なんかより」

「ヴァニラは可愛いぞ?十分、自身を持っていい!!さ!次行くか!?」

ゆっくりとヴァニラの手を取り駆け出すエイシス。

 

 

 

 

『俺はこのこと・・・・・・・・・忘れないから』

 

 

 

 

 

「楽しかったなぁ」

「はい・・・・エイシスさん。今日はありがとうございます」

「どういたしまして」

ニッと白い歯を見せる。今、二人は水族館を含んだテーマパークのとある場所のベンチに腰掛けている。

空は紅く頬を染めるように色を変えていた。

「エイシスさん・・・・あの」

ヴァニラが何か大事な話をする前にエイシスは彼女を胸板に引き寄せ、守るように背中を向ける。

次の瞬間、

 

 

 

ヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!

 

 

太陽に照らされた『何か』がエイシスの背中に突き刺さったのだ。

「ッ!!」

「エイシスさん・・・!!!」

苦痛に顔を歪ませるエイシスを見てヴァニラは何が何だか分からなくなった。

そして、

 

「くくククッ!上手く避けたネ?きミはまだ人間を守ろうとシているのかな?」

夕闇から現われるように一人の男が姿を見せた。

長い緑色の髪に碧眼。しかしその双眸には狂気しか浮かんでいなかった。

エイシスが着ている漆黒の制服と色違いの灰色の軍服を身に纏うその男。

「久しぶりの再会にこれは無いんじゃねぇのかい?」

背中に突き刺さった三本のナイフを強引に抜きその曲がった刃を眺め回し、

「相変わらず曲刀が好きだな?テメェの根性と同じく曲がった刃だ」

「クククククククククククククククククククク!!!!」

狂ったその男をみてヴァニラは体のそこから震え上がった。

両手で両肩を抱き身体を小刻みに震わせる。

怖い。ここに居たくない。

本能的な恐怖に支配される寸前、

「ヴァニラ」

暖かい彼の声にハッと我に返り彼を振り向く。

「俺がアイツを殺す・・・・・・お前は早いところアイツらと帰れ。いるんだろ?」

茂みの中から現われた誰かがヴァニラを抱きかかえすかさず走り出した。

漆黒の髪と同色の瞳。雨宮流水だった。

「ヴァニラ!!早く!!」

デートを覗き見していたエンジェル隊が血相を変えて走り出す。

彼の人間を超えた兵器としての聴覚センサには『エイシスさんが!!』と子供のように泣きじゃくりながら連呼していた。

何故か清々しい気分になりクックッと手を顔に当てて笑うエイシス。

「ドうかしタのかい?」

「ハッハッハッ。せっかくの最後の思い出をよくも潰してくれたな?」

何かを上に投げる動作をし右腕を天にかざす。頭上で光り収束しクルクルと回りながら落ちてくる大鎌のロッドを手に取り先端を男―――――――ヴェストに向けた。

「人の恋愛事情に首突っ込みやがって!イレギュラーナンバー・フィアー。テメェを殺す」

イレギュラーナンバー・フィアー、『陰にて笑う道化師』の異名を持つ男もいやらしい笑いで返しナイフを逆さに構えて肉薄した。

エイシスも大鎌を構え迎え撃った。

 

銀色の刃を持つナイフが無限に生成され投げつけられる。

右肩を、左大腿部を貫かれても走りつづけた。

今は兵器である彼にとって痛みと言う概念は存在しない。

そして視覚センサも同じだった。

『残酷なる殺戮者の眼差し』。冷徹な殺意を宿し殺戮を欲する者となったエイシスはただ、相手を殺すことだけに身体を動かす。どんな痛みを伴っても・・・確実に殺す為に。

投擲されるナイフを大鎌―――鳳旋火の刃で受け流し確実に距離を詰める。

切り裂かれた人工皮膚からは衝撃吸収剤が緑色の血のように流れ出ていた。

脇腹を深く抉られ苦痛にもだえるヴェスト。

あともう少し深ければ超高硬度の外骨格も引き裂かれていただろう。

凄まじい速さで繰り広げられる『戦闘』。

 

接近してくるエイシスに覚悟を決めて逆さでナイフを構え迎え撃つヴェスト。

両腕に握られたナイフの刃がエイシスの右胸、左胸に突き刺さる。

「エ・・・・・・?」

鳳旋火の刃が自分の胸を背中まで貫くことに気がつくヴェスト。

「悪いな。どんなことがあっても・・・人間を守るのが俺の使命だ」

弱々しい声で力なく笑うエイシス。

刃を抜き距離を離す。

「クカ!クカケキクゲコエクエアあぎゃ!!!」

奇声を発し口から大量の衝撃吸収剤を噴き出してカクカクと首を動かし動力炉が崩壊し爆散したヴェスト。

返り血のように辺り一面が彼と同じく緑色の衝撃吸収剤と残った湾部や脚部の残骸がぶちまけられた。

「ふぅ・・・・・・・ッ!!」

ヴェストの残骸に気を使っている場合ではない。

 

激痛でどうにかなりそうな意識を保ち同じく『緑色の血』を流しながら重い足を引き摺りエルシオールが停泊している軍用格納庫へと引き返していった。

 

 

 

「エイシスさん・・・・・!!」

傷だらけになって帰って来たエイシスを見るや否や駆けつけて抱きつくヴァニラ。

真紅の双眸は涙で緩み紅く充血し、身体も大きく震えていた。

「ただいま・・・ヴァニラ。無事でよかったな」

激痛を無理に隠すように笑顔を浮かべるエイシス。戦闘オペレーションが終了し大分、時間がたちナノマシン細胞が自己治癒を始めたおかげで、かなり楽になった。

「エイシス!!アンタ、大丈夫なの!?」

駆け寄るエンジェル隊にニヤリと笑ってみせる。

「まぁね。痛みなんて何度も味わったさ」

「すみません。エイシスさん・・・・すみません・・・・!!」

「もういいさ。ヴァニラが無事なら・・・・それで良い」

そっと彼女の頭を撫でた後、まだ泣き止まないヴァニラをエンジェル隊に預け部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから四日後、エルシオールを含む『大艦隊』は“オルフェウス”討伐作戦を決行。

ヴィンス星系に向かった。

 

 

 

 

 

 

第二十三章         完

                      続く

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

長いですねぇ。

言ってしまえば彼ももうおしまいなので強引に一話に詰め込みました。

思えば馬鹿キャラとかレッテルを貼られるエイシス。

私としては彼を作る際『主人公っぽくて主人公じゃないキャラ』ということで伊織とは全くの正反対で明るいキャラということで創りました。

兵器だけど常に前を向いて明るく生きていく彼に少しでも注目して欲しいな(それと、他のオリキャラなど)と思います。

それでは、長くなりましたが次回は徹底的に戦闘シーンをわんさか!!出したいです。