第二十五章「去る者」

 

 

 

 

 

夕暮れのオレンジが銀河展望公園を同色で塗りつぶしていく。

その中、一人の少女が冷え始めた冷たい風に吹かれながら芝生の上を歩いていた。

縦ロールにしたライトグリーンの髪が風に吹かれ靡く。

肩に乗るリスのような生き物が寒そうに身を震わせているのに気付きそっと身体を撫でながら物思いに老け込む。

 

 

どうして彼と離れると胸が痛むのだろう?

 

 

いつも笑顔を絶やさずに持ち前の明るさで周囲の人間を楽しませる彼。

暖かい笑顔が自分を満たし、暖かく自分を撫でてくれる手が自分を暖めてくれる。

その彼と居ると楽しく、傍に居ないと胸が痛む。

何故だろう?

モヤモヤする疑問。自分は彼に特別な感情を抱いているのだろうか?

そう思った直後、自分で思ったにも関わらず頬を急速に沸騰させてしまった。

 

 

 

 

「あれは・・・・・・・・・」

視線の先に見覚えのある顔を見つけた、と同時に急に体が火照り始めた。

心臓の鐘が奏でるリズムが早まる。

漆黒で地味なデザインの軍服に身を包む男性。ウェーブがかかったブラウンの頭髪の持ち主。

同系色の双眸は真っ直ぐに映像の太陽を見詰めていた。

悲しげな光を浮かべながら。

まるで今すぐにでも消えてしまってもおかしくない位、その男性は儚げな空気を放っていた。

妙な胸騒ぎが彼女の胸中で生まれた。まるでこれから起こる悲劇を暗示するかのように。

「エイシスさん・・・・!!」

気が付けば青年の名を叫ぶように呼び彼の元へ駆け出していた。

ヴァニラの呼び声に振り向き笑顔を見せる。

その笑顔が悲しみを覆い隠す仮面だということに彼女は気が付くことが出来なかった。

「よぉ」

人の姿を冠した兵器は寂しさを称えた笑顔を浮かべて彼女を向かえる。

「どうしたんだ?タクトから集まりがあるとでも言われたか?」

ポケットに入れてある紅い宝石――クロノクリスタルを眼前に持っていき訝しげに目を細める。

「こんなちっこいクリスタル一個で通信が出来るなんて俺には良く分からんね」

腰に携えてある黒くゴツく頼もしい重量感を与える通信機器を取り出しニシシと笑う。

その笑顔が虚無へと消え去るようにヴァニラには霞んで見える気がした。

「エイシスさん・・・・・」

「およ?どうした・・・・・・・ヴァニラ?」

クロノクリスタルをポケットに、通信機を専用のホルスターにしまいながら苦笑するエイシスは自分を上目遣いで見つめる紅い双眸に視線を止め目を細めた。

「エイシスさんは・・・・・どこかへ行きませんよね?」

無垢で純粋に自分を気遣うヴァニラのその言葉が胸に突き刺さった。

 

――――――気づいているのか?

 

自分がもうすぐ消えることをこの娘は気づいているのだろうか?

いや違う。目の前の少女の紅い瞳には不安と寂しさの光が浮かんでいる。

純粋に自分のことを気にかけているだけだ。

「・・・・・・・」

ただ無言で頭を撫でてエイシスは微笑んだ。

 

その暖かい手にヴァニラは安らぐように目を閉じ、自分の気持ちに気付いた。

多分・・・私はこの人が好きなのだ。

真っ直ぐにただ自分が思うままに生きていくこの人のことが。

言おう。言わなきゃ。

そう思った途端、躊躇いにも似たような感情が崩れ去った。

「あ・・・・・・ぅ・・・・その」

「ん?どうした?」

手を離しヴァニラを見つめるエイシス。

口を何度も開け閉めするヴァニラの薄紅色の唇から漏れた言葉は彼の考えを大きく覆す言葉だった。

 

 

 

「エイシスさん・・・・・私は・・・貴方のことが好きです。世界中の・・・・誰よりも」

 

 

 

唐突にそして静かに告げられた一途な想い。

エイシスは黙って少女の決意を聞き、受け止めた。

喜んでいいのかもしれない。笑って彼女の頭を撫でてもいいのかもしれない。

だが、素直に喜ぶことは出来なかった。

消え去る存在である自分と未来に向かって生きる彼女は相反する存在だ。

「あ・・・・う・・・・」

「良いんです・・・・ゆっくり、時間をかけても。私は待っています・・・ずっと」

情けない声しか出せないエイシスに微かな・・・・だが前よりも笑顔らしくなった微笑を浮かべヴァニラは背を向けて走り去っていった。

徐々に小さくなっていく天使の後姿を殺戮と守護の矛盾の狭間に生まれた兵器は視覚センサに一層強い悲しさを宿し見つめ続けた。

 

 

「タクトさん、ケーキを持ってきました!!」

「おぉ!ありがと、ミルフィー」

焼きたてのケーキが放つ香ばしさと甘さの匂いが漂うバスケットを掲げて笑顔を見せるミルフィーユに執務用デスクに詰まれた山のような書類と悪戦苦闘しているタクトが助かったといった具合に冷や汗を浮かべて苦笑する。

「大変ですねぇ」

「そうなんだよ・・・レスターの奴」

自分に山のような書類をプレゼントしてくれた親友の顔を思い出し忌々しげに呟きソファに座り込む。ここ、数時間書類を睨み付け目も疲れきっている。

背もたれにぐったりと背を預けながら天上を仰ぐと、

「わっ!!」

「きゃぁっ!!」

自分の瞳に映るはずの天井が恋人の顔の度アップになり思わず声を上げてしまう。

ミルフィーユも瞳を大きく見開いて身体をビクンと強張らせる。

「み・・・・ミルフィー!?驚かさないでくれよ」

「す、すみません。紅茶もいかがですかって聞こうと思ったんですけど・・・・」

申し訳なさそうにティーカップを握るミルフィーユ。

そんな彼女の様子が凄く可愛らしく思わずクスリと笑ってしまった。

「あぁ!何で笑うんですか!?」

ぷっと頬を膨らませるミルフィーユ。だが、元来笑顔が似合う彼女にはどうやら睨み付けるといった動作は似合わないようだ。

そのギャップがまた自分に笑いを与えてくれる。

「もーう!!どうして笑うんですかぁ?」

程よい大きさに切られたケーキが盛り付けられた皿をソファの前のテーブルに紅茶の入ったティーカップと一緒に置きながら同じことを質問する。

「ゴメンゴメン。ミルフィーが余りに可愛くってさ」

「ひゃ・・・・・」

頬を紅に染め上げお盆で半顔を隠しながら、

「もうータクトさんったらぁ!」

しばし見詰め合った後、声を出して笑い始めた。

最愛の恋人とこうして笑いあえる今の時が凄く大切で愛しく思えた。

 

 

畳が敷き詰められた和風の部屋でブラウンの髪の青年は卓袱台の上で静かにペンをノートに走らせていた。

庭の外は一片の光が差し込まない漆黒の夜天が埋め尽くしている。

「これが・・・・・答えだ。こんな形で・・・・返すことになってゴメンっと」

静かにノートを折りたたみ卓袱台の上に置きふぅと溜息を吐き、ある物をポケットから取り出し机の引き出しにしまった後、部屋を出て行った。

もう戻ることの出来ない居場所を後にした。

 

 

 

漆黒が広がりその中を紅、蒼、銀と宝石のように輝く星々が散りばめられ静かなる旋律を奏でていた。

人は古代から星を見上げ生きてきた。そして星は人類を永い間、見つめてきた。

喜びも悲しみも、そして殺戮によって生まれる憎しみの連鎖も。

芝生を踏みしめながら星を見上げる男は静かに己の最後が近づいているのを感じていた。

ウェーブがかかったブラウンの頭髪と同系色の瞳。

漆黒の軍服のような衣服で身を包む男―――――エイシスはこれまでの出来事を走馬灯のように思い出していた。

眠りからの復活、殺戮の衝動、生まれては消える閃光の中、自分は笑っていた。

戦う為、守る為、矛盾の象徴のような存在である自分はただ戦ってきた。

だが、自然とそれは大きく変わっていた。

銀河を守る天使。

彼女との出会いによって自分はまた一つ何かを手に入れたのだ。

なら今度はコイツがそれを手にする番だ。

自分の中で微かに残り眠りつづけるもう一人の自分の為に。

再び夜想に視線を移し耳を澄ませる。聴覚ではなく直接、脳に響く優美な旋律。

未練があるか?

自分に問い掛ける。

微かに・・・・だが自分で決めたことだ。

自分が消えるとまた誰かが悲しむ、だが自分がいると悲しみつづける人間がいるのも事実だ。

ならどうすればいい?

「そんなもん、そん時にコイツに決めてもらえばいいさ」

無責任な自分に対し苦笑いを浮かべた後、再び足を緩める。芝生の上だというのに足音一つ立つことがないのは彼自身の潜在能力か、それとも兵器としての基本性能か。

意志を持った兵器はただ歩きつづけ、脚を止めた。

視界に見慣れた顔が入り込んできたからだ。

涼しげな風に長い金髪の髪が揺れ、バイオレットの瞳は物憂げな光を宿し遠くの景色を眺めていた。

 

紫色の衣装を身に纏う小柄で華奢な体格の少女、ノアは遠くの景色を見つめ気を紛らわせようとしていた。

超巨大艦から放たれる無数の閃光が数多くの人間の命を奪っていく。

自分が守るべきはずの人間の命を。

巨大艦オ・ガウブに使用されているテクノロジーには黒き月のテクノロジーが使用されている。

でなければいくらヴァル・ファスクの技術でもあれまでのサイズの戦艦は開発できるはずがない。

結果、技術を盗まれ本来ならば守るための人間の命を数多く葬り去ってしまった。

それだけじゃない、エオニア戦役も自分ではないとはいえ勃発させてしまった。

守るべきどころか奪ってしまった尊い命。

忘れたくても忘れない罪が重くのしかかる。

「あたしは・・・・・・」

どうすればいいのだろう?このまま生きていてもいいのだろうか?

その思いが思わず口から零れた時だった。

あの声が聞こえたのだ。

「ノーア!どうした?」

「!?・・・・エイシス?」

「ちゃららーん、こん平・・・・いや、エイシスでーす」

青年の気さくな笑顔が飛び込んできた。

漆黒の皇国軍の軍服とはデザインが異なり、紐飾りといった余計な飾りがない動きやすいデザインだ。

よっぽどのことがない限り彼はこの服装のままスレイヴに搭乗し出撃することが多い。

癖のあるウェーブのかかったブラウンの頭髪をくしゃくしゃと手で梳きながら膝を抱えて座り込む自分の横に胡座をかいて座り込んだ。

「な!なによ!?」

「何って?いきなり隣に座っちゃ駄目か?」

いきなり隣に座り込まれ恥ずかしさと「何か」が同居したように頬を紅く染めながら声を荒げるノアの顔を覗き込むように返すエイシス。

顔が近づくにつれて彼女の動機も早まってくる。

「近づくんじゃないわよ!!」

「あべし!!」

恥ずかしさの余りどん!と掌底が彼の鳩尾に入る。

「あ!・・・えぇっと・・・・大丈夫よね?」

しまったと思い鳩尾を抑え蹲るエイシスの顔を覗き込む。

「これで・・・二度目だな?」

「へ?」

「二度もぶった・・・・」

 

 

 

「親父にもぶたれたことないのに!!!」

 

 

 

その時、エイシスの顔とある機械いじりが好きな民間人の少年がタブって見えたとか。

急にこみ上げてきたものを抑えきれず、

「ふっ!・・・・・あははははははははははは」

思わず笑ってしまった自分に遅れて気が付き驚く。

声に出して笑うなんていつ以来だろう?

そんな疑問が脳裏をよぎる。

「ようやく笑ったな」

「・・・・・・え?」

涙を拭いながらノアはハッとして尋ねた。

「お前さっきからずっと元気がないように見えたぜ。たまには声だして笑おうや」

ヘヘッと笑い自分の頭に手を伸ばし多少乱暴に撫でる。

これだ。この暖かさだ。

自分の頭を撫でるこの男の温もりが自分を満たし、この男の温もりが愛しい。

いつまでもそばにいたい。

本気でそう思わせるほどの暖かさを持つ青年。

彼女は知らない。それが不可能だということを。

「ねぇ・・・・聞いてくれる?」

自分でも驚くほど穏やかな口調で尋ねるノアにエイシスは黙って首を立てに振った。

ノアは話し始めた。

自分が何者であるかを。

自分の守れなかった役目を、その自分に嫌悪感を抱く自分を。

 

「だから・・・あの、オ・ガウブが生まれたのもあたしのせいなのよ」

オ・ガウブとおう聞き覚えのない単語を耳にし眉を細めたがすぐにデータベースから該当する物を取り出す。

オ・ガウブ、トランスバール皇国412年、エオニア戦役の半年後に再び訪れた戦乱、ネフューリア侵攻戦においてネフューリアが黒き月の技術を用いて生み出した超巨大戦艦。

「なるほど・・・オ・ガウブが生まれたのもエオニア戦役が勃発したのも全部“黒き月”の管理者である自分の所為ってわけか?」

無言で頷くノアに、

「考えすぎだ・・・人間を守る為とはいえ死んでいった奴は兵士だ。死ぬ覚悟ができて郡に入ったんだろ?」

「そうだけど・・・・それでも、役目を果たせなかったあたしを憎む、もうひとりのあたしがいる」

「守り切れなかったか?」

「え?」

「人間はまだまだ多くいる。なら、守りきれなかった分まで守れる奴を守ればいい」

「アンタなんかに・・・・あたしの何がわかるのよ!?」

「俺も同じだからだ」

激昂するノアにエイシスは冷たい声で返し、自分が何者であるかを洗いざらい語り始めた。

 

人間を守るために開発された戦闘用機械であることを。

「嘘・・・・でしょ?」

「嘘じゃない。俺は人間を強化人間といった兵器化した物じゃない。元々が兵器なのさ」

クククと笑うエイシス。

「どうして笑ってられるのよ!?」

「受け入れたからさ」

兵器として生きることを運命付けられた自分を受け入れその役目通り生きることを決めたから。

人間という愚かで壊れやすく暖かく愛しい生き物を守る為に。

その為に手に入れたこの力を持つ自分が化け物呼ばわりされても自分は人間が好きだから守り続けられる。

「強いのね・・・・・あたしなんかいてもいなくても・・・いや、居ないほうが良かったのよ」

芝生に視線を落とし弱々しい声で呟く彼女に、

「違う」

否定の言葉が跳ね返ってきた。

再び視線を向けると真剣なま眼差しで自分を見つめるエイシスの姿がそこにいた。

「命の輝きっていうのはな、全てが唯一無二なる存在だ。死んで良い命なんてない」

あるわけない、と断言するエイシス。

「でも、あたしの所為で・・・たくさんの人間の命が死んだのよ」

「それでも、お前がいたから・・・タクト達は死なずにすんだんだ。お前いなければ、皇国はどうなっていた?」

ノアがもしいなかったら、ネフューリア侵攻戦にも敗北していたかもしれない。

多くの犠牲者が出ていたかもしれない。

なおも詰め寄るノアに諭すように応えるエイシス。バイオレットの相貌に潤みが含まれているのに気が付き、

「お前が罪の意識を感じてるなら・・・・これから頑張って生きていくのが罪滅ぼしになるんじゃないのか?」

再び頭を撫でる手の温もりにこれまで死んでいった者達に対する罪の意識と役目を果たせなかった自責の念に苛まれ、冷え切った心の氷が微かに溶け始めた。

本当に微かだが、それでも彼女にとっては充分のようだ。

「あたし・・・・あたし・・・!!!」

堪え切れず込み上げていたものが溢れ出しノアはエイシスの腰に手を回し声を上げて泣き始めた。

嗚咽交じりの泣き声を上げ、体を震わす彼女をそっと、抱きとめるエイシス。

星空の下、重い物を背負った二人は静かに体を寄せ合った。

「今日は・・・・ゴメン」

「何がだ?」

「その・・・抱きついちゃったりして・・・・・・」

恥ずかしすぎ、これ以上言いたくないと言った表情で声の大きさを弱めるノア。

今、エイシスの目の前に居るのは“黒き月“の管理者といった戦う運命に縛られる者ではなくただの少女だった。

少なくとも彼には彼女の姿がそう見えた。

「まぁ・・・・女の子なら仕方ないんじゃないか?」

「でも・・・・ゴメン。・・・・それと」

「分かってる、誰にも言わない」

「ありがと」

そう言って賭けて行く少女の後姿を最後まで見送った後、一人苦笑した。

ライトグリーンの髪の少女が少しムッとした顔で自分を見つめている光景を思い浮かべたからだ。

これじゃまるで女たらしだな、と思い再び苦笑した後、天蓋に目線を移し、

「始めようか・・・・・エイシス・マイヤーズの最後のショータイムだ」

殺戮者が見せる不敵な微笑を浮かべエイシスは格納庫へと向かった。

 

 

 

「はい。流水。あーん」

「えっとぉ・・・・・そのぉ」

「何してるのよ?ほらぁ。あーんして」

「相変わらず仲睦まじいことで」

長い金髪の少女が黒髪の青年の口元にスプーンを運び満面に笑顔を浮かべる。

甘さ200%の声と彼女が見せる天使の笑顔に堕ちない男はいないだろう。

かといって彼女自身、邪な気持ちでその笑顔を見せるのではなくただ純粋で無垢なる心を象徴しているのがそれだ。

「流水さん。食べてあげてくださいまし」

「食べてくださいって・・・・・・これを?」

黒髪の青年こと雨宮流水は食堂の一角にある椅子に座りテーブルに置かれた皿に視線を落とした。

更に盛られたのはカレー。

いや、カレーのようなものといった方が正しいのかもしれない。

本来のカレーの色とは遥かにかけ離れた真っ赤と濃い茶色が混じったカレールーが純白の白米の上にかかっている。

(これはカレーなのか?)

本気で目の前にある料理が『料理』として成り立つのだろうかという疑念が脳裏に過ぎる。

「早く食べないと冷めてしまいますわよ?」

「そうよ。せっかく流水の為に頼んだんだから・・・・二人で食べましょ♪」

御丁寧に二人分のスプーンも用意し顔の近くまで持っていき両方とも打ち合わせカチャカチャと鳴らし可愛らしい笑顔を浮かべる少女、ランファ・フランボワーズ。

とても可愛らしい天使の笑顔が自分の魂の尾を刈り取りに来た死神にしか見えない。

「わかったよ・・・・ランファ、お願い」

「はい!あーん」

「あ・・・・・あーん」

パクリと口に含みよく噛み締めて喉に流し込む。

「どう!?おいしいでしょ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

バタ!!とテーブルに思い切り頭を打ちつけ雨宮流水は息絶えた。

「きゃあああああああああああああああああ!!流水!?」

「犠牲者・・・・これで二人目でしたっけ?」

思い出したように呟くミント。

これでまた一人と思った瞬間、

「あぁ、辛かったぁ」

割と何とも無さそうにムクリと起き上がりスプーンを手にとりランファカレーを食べ始める。通常のカレーの1,000倍の辛さを誇るランファカレーを物ともせず食べていく流水にランファ自身が驚いていた。

「流水・・・・・・辛くないの?」

「そうですわよ?無理はなさらなくていいんですのよ?」

「ん?確かに辛いけど・・・・・おいしいよ?」

最後の一口までたいらげ口元に御飯粒をくっつけながら何事も無かったように呟く。

雨宮流水。

ありとあらゆる状況に対応する為に士官養成局で彼は様々な訓練を経て艦隊戦闘司令を務めている。

黒髪がかかり幼い子供のように可愛らしい笑顔を浮かべ、

「また食べようね?」

と述べた。

 

 

 

紋章機の整備等の為、稼動する機器類と慌しく走る整備員の喧騒が充満する格納庫の中、クレータは作業服に身を包み黙々と作業を続けていた。

「あっ・・・エイシスさ・・・!?」

格納庫のドアが乾いた音を立てて開き入ってきたエイシスを見つけ笑顔で迎えるクレータ。

エルシオールの整備班長として作業服に身を包み油に見えながらもエンジェル隊の負けないくらい、その瞳には硬質の輝きが宿っている。

声をかけようと思った直後、彼女の思考は一瞬で深淵へと沈んでいった。

「キャァァァァァァ!!整備班長!?」

女性整備員の甲高い悲鳴が格納庫を静まり返らせる。

身の丈を遥かに超える死神のような鎌を掲げ、足元に横たわるクレータを見つけた整備員達が再び絶叫する。

「どうしたんだ!?」

ドアが開きタクトやエンジェル隊が、後から棒のようなもので歩いてきた流水も格納庫へと入ってきた。

エイシスの足元で力なく横たわるクレータを見つけ目を全員が見開く。

「遅かったじゃないか・・・・・」

鎌を右肩に乗せ口笛を吹くエイシス。

そのブラウンの相貌には空虚な光のみが宿りまるで、物を壊したような態度だ。

「エイシス・・・・お前がやったのか?」

「だとしたら?」

「何でこんなことをした?整備班長が何かしたか」

にっこりと笑い首を横に振る。

「じゃあ・・・・どうしてこんなことを!!」

長い黒髪の持ち主である烏丸ちとせも声を荒げる。

親しい友人に怪我を負わせた者に対する怒りが彼女の瞳に宿っている。

 

 

 

 

「邪魔なんだよ」

 

 

 

 

静かに発せられた言葉。

人を暖かく包み込み青年は既に消え失せ、冷徹に生命を突き放す殺戮者の姿がそこにいた。

ブラウンの双眸が凍てついた眼差しを突き刺してくる。

大きく溜息を吐いた後、

「人間なんて自分の幸せの為に誰かを傷つける。うんざりしたんだよ、そいつらを守ることが」

「何を・・・・言ってるんですか?」

冷たい何かに全身を包み込まれ身震いを起こし、震える唇から声を絞り出すちとせ。

彼の言動や口調から見てまるで人間ではない者の言葉にしか聞こえなかった。

人であって人でない。彼が古代に生まれた生体兵器であることはエンジェル隊には知らされていない。

ちとせ自身、彼の事実が話された会話の中で聞いたのは今はこの艦に居ない黒髪の青年の話だけだ。

「まぁ・・・・お前達にそれを知る由もない、か」

当然、といったように吐き捨てた後、くるりと背を向け“エヴィル”に向かって歩き始めるエイシス。

何故なら自分は消え去るのだから・・・・自分にとって虚構に塗り固められた明るいこの場所から。天使の園から。

自らの手で消え去るのだ。

「エイシスさん・・・・・!!」

振り向くとヴァニラが紅い瞳から透明な雫を流し自分を見つめていた。

「どうしてですか?どうしてこんなことを・・・・・?」

「さぁ・・・・・・自分で考えてみろよ。お前はちゃんと前に進めるだろ?」

顔だけ振り向き一層深い哀しげな笑顔を刻んでエイシスは“エヴィル”へ再び歩み始める。

「!?」

脚部に力を込めて一気に跳躍。

“エヴィル”のコックピットに入り込みすぐにハッチ閉鎖。

空間跳躍。緑色の燐光を撒き散らし“エヴィル”は宇宙空間へと消え去った。

『タクト!』

「わかってる!みんなはここにいてくれ!!」

返事を聞く前に“ピースキーパー”のデッキへと向かい駆け出すタクト。

彼女達も軟じゃない。

様々な戦いと困難を乗り越えてきたのだ。

だが、味方だと思った、笑顔を向け共に助け合い共に戦場に出た者が唐突に起こした不可解な行動。

自分には良く分からなかった。

何故、エイシスがあのような行動に出たのか。

そして、凍てついた眼差しの奥深くにある寂しさの光の理由が。

ハッチが開かれ白銀の巨人が宇宙空間に飛び出す。

「“シャープシューター”・・・・・ちとせ!?」

『私も行きます!クレータさんにあんな事をするなんて許せません!!』

レーダーの熱源で“シャープシューター”の出撃を確認したタクトが通信をつなぐ。

白銀の巨人の後に濃紺のカラーリングの大型戦闘機も続いて出撃したのだ。

「ひょっとしたら・・・・戦うかもしれないんだぞ!?仲間と」

『それでも・・・・行きます!!』

「ちとせ・・・・・」

彼女の黒瞳に宿った硬質の輝き。

それ以上、追求せず後方支援を彼女に任し白銀の巨人は眼前の闇と対峙した。

 

『よう。世の中何が起こるか分からないもんだな』

浮遊する小さな隕石の中、腕を組んで自分達を見つめる漆黒の巨人から通信が入ってきた。

クレータに危害を加えておいて知らんこっちゃないという態度だ。

その態度がちとせの怒りに油を注いだ。

『よくもクレータさんを!!貴方なんて信じたのが間違いでした!!』

「エイシス・・・・どうして・・・・こんなことを」

じれったい口調で言葉を零すタクトに、

『タイガー!タイガー!!じれっタイガー!!!』

「へ?」

返ってきた言葉は先ほどの凍てついた眼差しとは打って変わり暖かみのある声だった。

いつものジョークを飛ばす彼だった。

 

「どうしてだ!?どうしてこんなことを?仲間じゃなかったのか!?」

言葉を投げかけ、首をうな垂れ視線を落とす。

『それは・・・・・俺に言っているのか?』

「え・・・・・?」

『それは伊織に言っているのか?俺に言っているのか?』

『まぁいい。俺は自分で俺の運命に決着をつけさせてもらう』

「どういう意味だ・・・・・?」

『問答無用!“残酷なる殺戮者の眼差し“イレギュラーナンバー・ツヴァイ!エイシス・マイヤーズが相手だ!!』

「ま・・・・マイヤーズ?」

その瞬間、殺意の煌きを放ち紫色の弾丸が自機を掠めた。

ハッとして再び視線を持ち上げるロングライフル“ゲシュペンスト”を構えた“エヴィル”がそこにいた。

『手加減無用だ。貴様が戦わないならエルシオールから落とすぞ?』

「そんなことは・・・・させない」

『ならば・・・・戦うしかない』

「そうだな・・・・戦ってお前を倒して・・・・自室謹慎にしてやる」

不敵な微笑を浮かべるタクトにやってみろ、と返し二つの巨人はほぼ同時に動いた。

 

“ゲシュペンスト”から放たれる高出力エネルギー弾をRGYの弾丸で相殺しオプティカルランチャーで応射。

ぶつかり合い背後を取ろうと光の軌跡を交わせながら速度を増していく巨人。

かたや純白の巨人、光の象徴の如く美しく。

かたや漆黒の巨人は冥府から舞い降りた死神の如く、禍々しい。

四基のRGYから連続して放たれる光の弾丸を楽々と回避する“エヴィル”の回避方向にもオプティカルランチャーを発射する。

しかし、この攻撃も“エヴィル”には楽々と回避されてしまった。

驚異的な弾速を誇るオプティカルランチャーの弾丸を連続して回避できるのは実戦経験か、それとも兵器としてオプションユニットでもあるスレイヴを一体化するように操れるエイシスのポテンシャルなのか。

「これならどうだ!!」

RGYとオプティカルランチャーから一斉に放たれる弾丸。

小惑星群の中を縫うように飛びながら、全弾を避ける“エヴィル”。

「ちっ!」

射撃武器では確実に回避されてしまう。

悔しいが人型兵器の扱いに関しては向こうの方が上手だ。

(だとすれば・・・・・これしかない!!)

右腕に装着されているレーザーブレード発生装置を起動。

確率は低いが上手くすれば武器や頭部を切断し連れて帰れるかもしれない。

発生装置から蒼い輝きを放つ閃光の刀身が生成され、腕ごと振るい浮かぶデブリを一挙に切り裂く。

眼前の“エヴィル”も愛用の鎌を握り締めていた。

紫色に光り弧を描く刃を持つ死神の鎌。

スラスターを吹かし激突、刀身と刀身がぶつかり合い鮮烈な光が迸る。

“ゲシュペンスト”を振るって強引に“ピースキーパー”を弾き返した後、順手から逆手に持ち帰る。

リバーススラスタを吹かし回転を加えた重い斬撃に一撃一撃を込めた戦闘スタイル。

正直、エイシスは勝つ気などなかった。

勝ったところで何もない、負けても何もない、このまま生きていても何もない。

『これで終わりにしてやる・・・・エイシス。負けたら色々と教えてもらうぞ?』

「お前が勝てたらな。だって俺・・・・・・負ける気ねぇから」

白銀の巨人“ピースキーパー”。

漆黒の巨人“エヴィル”。

光と闇を象徴する二機が離れては激突し刃と刃をぶつけ合う。

蒼い刀身を紫色の刃で受け、再び引き剥がし、間合いを開けて再びぶつかり合う。

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

RGY起動。連装射撃ユニットから放たれる援護射撃が背後から漆黒の死神に飛翔し、タクトは“ピースキーパー”の速度を上げ右腕を左肩まで振りかぶる。

“ゲシュペンスト”自体を目の前で高速回転させRGYの援護射撃を弾き返し“エヴィル”も“ピースキーパー”を迎え撃とうと愛用の鎌を順手に持ち替えて構えなおす。

 

 

 

ビシィィィィィィン!!!

 

 

飛び散る火花。

鳥肌を誘うような刃と刃が激しく擦れ合い二機共にスラスタの出力を弱めず全開にする。

 

 

 

 

バシュッ

 

乾いた音を立ててヴァニラは靴を脱ぎ畳が敷き詰められた部屋に上がっていき台所へと真っ直ぐ向かう。

棚には必要分の食器類が丁寧に並べ置かれているが部屋の主である伊織がいない所為か少し埃を被っていた。

一番上の段に背を伸ばし、下のほうに視線を落としながら念入りに目当ての物を探す。

焦燥が徐々に大きさを増し彼女の心をかき乱す。

「!?」

茶色いノートが隠されたように大皿の下に潰されているのに気が付き慎重に引っ張り出す。

卓袱台の上に置きページを捲って中身を読み始める。

それは彼自身の決意と苦しみが書き綴られてあった。

「・・・・・ぅっ・・・・・ひっ」

全て読み終え気が付けば透明な雫が再び紅い瞳から零れ落ち用紙を濡らした。

「そう・・・・だったんですね?・・・・・どうして・・・・言ってくれなかったんですか?」

ノートを胸の前まで持っていき、ぎゅっと抱きしめ身体を小刻みに揺らし始めるヴァニラ。

 

 

 

漆黒の空間の中を漂うRGYを背部に固定し通信回線を繋ぐ。

「エイシス!!改めて問う・・・・・何が目的だ!?」

『面倒だな。そんなに聞きたきゃ教えてやるよ!!』

作用反作用の力でお互いが弾き返されるように離れ、

『俺の居場所は・・・・・ここじゃない!!!』

「な・・・・・に?」

『ここは・・・俺の居場所じゃないんだ・・・・あいつの・・・伊織の居場所なんだ』

「・・・・・・・・・」

『どんなに楽しくても・・・・どんなに幸せでも・・・・俺はコイツからその幸せを奪っているんだ』

痛切な響き。

至福の時を過ごした暖かいこの場所が自分にとっては偽りの存在。

自分が大切だと思ってきたこの場所にとって自分が偽りの存在。

兵器として生れ落ち、憎まれ拒絶されてきた自分を唯一受けて入れてきてくれたのが皮肉にも彼の生まれた故郷ではなく別の世界から来たエルシオールだったのだ。

誰が分かるだろうか?

拒絶され続けてきた痛みを必死に胸の奥にしまい込んで堪え続け、その気を紛らわす為に本来の自分を隠した。

兵器としての自分を隠すことで、拒絶の痛みを忘れることが出来た。

この男の苦しみを誰が分かるだろうか?

「エイシス・・・・・・お前・・・・」

『だから・・・・・俺は・・・・・ここで消えさせてもらうッ!!!』

スラスターにエネルギーが溜め込まれ始め両肩部に備わった黒曜の翼、エクステンションウイングも全開される。

「そんなことはさせない・・・・・・」

多分、どんなに彼が言ったことについて考えても自分には理解が出来ない。

理解が出来ないからこそ・・・・違う道を歩んできた自分しか彼を止めることが出来ない。

「お前がどんなに蔑まれても憎まれても・・・・お前は俺達にとって大切な仲間だ!!!」

二機の巨人がスラスターにエネルギーを溜め、一挙に解放。

爆発的、驚異的な速度を誇るオーバードブースト。

蒼い刃よりも先に紫閃が迸り、綺麗な切断音が奏でられ右腕の肘から先を斬り飛ばされた。

「そ・・・・んな」

右腕はおろか背部にマウントしてあるRGYも一瞬で切り伏せられてしまった。

メインモニターに浮かぶ右腕と遠隔支援ユニットを呆然と見詰め敗北を悟るタクト。

その時、モニターに映る宇宙空間の横から蒼白く輝く弾丸が飛跡を帯びて“エヴィル“に向かって飛来した。

 

紫色に発光する刃で蒼白い弾丸を受け流し“エヴィル”頭部を回し攻撃の主を発見した。

濃紺のカラーリングに長銃身のレールガン。

盾のようなレーダーと大きさは違うが人間サイズのスナイパーライフルに備わっている物と同じ形のスコープ。

遠距離狙撃に特化されたGA−006“シャープシューター”だった。

 

 

 

バシュッ!!

 

 

「ヴァニラさん?」

ブリッジに駆け込むように入ったヴァニラを栗色の髪を三つ編みにしトンボ眼鏡がチャームポイントのレーダー担当オペレーター、ココが驚いたように目を見開き乱れたライトグリーンの髪の持ち主の少女を凝視する。

「エイシス・・・・・さんは・・・どこですか?」

「あいつなら少し離れた宙域だ。・・・・たった今、“ピースキーパー”が行動不能になった」

見てみろとばかりにウインドゥが映し出されヴァニラは紅い相貌を見開いた。

紫光の刃を持つ鎌を肩に掲げた漆黒の死神が右腕と武装を切断された白銀の巨人を見下ろしている。

「通信は使えますか・・・・!?」

駄目です、とダークパープルのショートカットヘアーの持ち主である艦内外通信担当オペレーターのアルモがかぶりを振った。

「外部からジャミングが入って通信が思うように繋がりません!!」

「ヴァニラ。どうかしたのか?」

もし自分の予想が当たっているのなら彼の目的は別にある。

今、思えば人を愛してきた彼がその人を拒絶する理由などどこにもない。

そのことに気が付かず自分はただ彼だけを見続けてきたのだ。

彼の痛みなど知らずに。

「エイシスさんは・・・・自分が消えて伊織さんを戻そうとしています」

自分でも何を言っているかどうか分からなかった。本当に伊織が戻ってくるのかどうかも信じ難い。だが、間違いなく彼は何かをしようとしている。

確実に自分という存在を抹消して。

その一言にまさかと思ったレスターは再びモニターに視線を移した。

 

 

 

『よくも・・・・・タクトさんを・・・・!!』

「どぉする?・・・・・戦うか?この俺と?」

正直に言うとちとせは彼に勝てる自信がなかった。

様々な敵と戦ってきて真っ先に恐れたのは敵では無く彼―――――エイシスに恐怖の念を抱いた。

初めて姿をあらわし魔性のような戦闘能力でAF部隊を一機残らず殲滅したあの時の光景は今でも脳裏に鮮明に思い起こす事が出来る程、突出した戦闘能力は彼女に戦慄を与えたのだ。恐らくその実力は自分が想い慕い続けた漆黒の髪の青年を遥かに超えるだろう。

そんな相手に自分が勝てるのか?

いや、勝てるかどうかじゃない。戦わなければならないのだ。

大切な物を傷つけた目の前の死神を討たなければならない。

「戦います!!・・・・貴方がどんな思いでこのような行動をしたか分かりませんが。

戦います!!」

 

 

口元でニヤリと笑い、

「そぉか・・・・まぁ良い。言っておくが俺は手加減はしない性分だからな」

とだけ告げると“エヴィル”は再び血に飢えた獣のように動き始めた。

 

闇夜を切り裂く紫色の弾丸を回避し自動追尾レーザーファランクスを発射する。

濃紺の光弾が弧のように弾道を描いて突き進み火力を増強するかのようにミサイルを発射、弾幕を広げていき逃げ場を無くしていく。

そして、弾幕の嵐から出てきた所を長銃身レールガンで狙撃、撃破する。

しかし、スレイヴシリーズの中でも特に高機動に特化された“エヴィル”はスラスタにエネルギーを溜め込み始めた。

溜め込んだエネルギーを解放し驚異的な機動力を発揮するオーバーブースト。

彼女の予想を大きく覆し“エヴィル”は弾幕に突撃したのだ。

≪スラッシュモード≫に切り替えた“ゲシュペンスト”を巧みに扱い直撃して大きなダメージに繋がる弾丸だけを切り払い、叩き落し速度を弱めず“シャープシューター”に向かって驀進する。

「ひっ」

コックピット内に座りコントロールスティックを握り締めるちとせは一瞬、怖気ついた声を洩らした自分に気付き心の中で叱咤する。

(ここで・・・負けるわけにはいきません!!)

首元に提げてある愛機と同じ色の濃紺の勾玉にふと視線を移す。その中に自分の大切な人が居て柔らかい笑顔を向けている気がした。

勾玉に微笑み返した後、キッと強く硬い光を黒い瞳に宿し接近する漆黒の塊に照準を合わせる。

 

 

バシュン!!

 

 

音を立てて銀色に光る銃身から蒼白い弾丸が同色の飛跡を帯びて直進し漆黒の装甲にメタリックグリーンのフレームの巨人の左肩に直撃する。

「ちっ!!」

舌打ちしレールガンの直撃に一瞬だけ体制を崩す愛機をすぐさま調整し再び接近する。

 

「正鶴・・・・・そこ!!」

再び長銃身レールガンが火を噴いた。

脇腹を抉るように掠るも“エヴィル”は速度を弱めずそして、

 

 

バシィィィィィン!!!

 

 

「キャアアアアアアアアアアア!!!」

疾走による勢いをそのまま力に加え振り下ろされた“ゲシュペンスト”がシールドと衝突し衝撃がちとせの華奢な身体に容赦無用に叩きつけられる。

「かはっ」

内臓を圧迫され息苦しい呼気を洩らす。

『どうした?・・・・・その程度の実力なのか?』

「まだです。・・・・私はまだ・・・・負けていません!!」

彼女の叫び返してきた声に口元を緩める。

引っかかってきた。してやったりと満面の笑顔を浮かべエイシスは通信画面を繋いだ。

「そう怒るなよ・・・・はははっ!!」

エイシスの無邪気な笑いにちとせは顔に苦しみを混じわせながら満面の怒気を上らせる。

彼女の元来の生真面目さを仰げばこれでいい、後はちとせが上手くやってくれれば。

『貴方さえいなければ!!!貴方がいなければ!!!』

その一言が胸に突き刺さった。

イレギュラーナンバーとして忌むべき存在という過酷な運命を乗り越えることを決意し、自分が化け物であるということも受け止めた。

兵器として恨まれ憎まれ、拒絶され殺戮の象徴とも言われても堪え続けてきたではないか。

それなのに、胸が痛んだ。

拒絶の痛みなどもう何十、何百、何千といった数を味わい切った。

慣れたはずなのに。

だが、その苦しみも終わる。この歪んだ物が歩んできた道も、これから先にあるかもしれなかった道も。

全て終わらせる。

(もう一仕事だな)

「俺じゃなくて伊織が良かったってか?悪いなぁ・・・・あんな奴じゃなくてぇ」

『あんな・・・・奴?』

「そうだろ?大切な人間が死んでいちいちグダグダ悩んで・・・・・くだらねぇな。」

『貴方に何がわかるんですか?・・・・・貴方に伊織さんの何がわかるんですか!?』

「別にぃ。ただ伊織じゃなくてもお前達人間は簡単に壊れやすい愚かな生き物だって事は」

『・・・・・・・・・!?』

ちとせの表情に一層深い怒りが刻まれ、頭上の天使の環が輝きを強めていく。

「どうした?見せてみろよ・・・お前の伊織に対する想いって奴をよぉ」

ふざけた口調でちとせを仰ぐエイシス。

 

 

 

「まぁ・・・・あんな腰抜けに対する気持ちなんて・・・・虚無のようなもんさ」

 

 

 

冷たく嘲笑うエイシスの態度にちとせの怒りは臨界点を超えた。

そんなに知りたければ教えてやる。

私があの人をどこまで想っているか。あの人がどんな痛みを抱えているかなんてお前には想像もつかないことを。

私が教えてやる!!!

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

気合が喉を割るかのように彼女の桜色の唇から漏れると同時に一斉にレーザーファランクス、ミサイルが豪雨の如く発射され“エヴィル”に向かって濁流のように流れ込む。

『何・・・・・・・!!!???』

“ゲシュペンスト”を振るいながらも危険コースを走る弾丸を切り払うが数には勝てず“エヴィル”は弾丸の豪雨に呑み込まれる。

「終わりです・・・・・!!!!」

メインモニターに映る爆煙の中から現れ変わり果てた姿になった“エヴィル”を憎しみを込めて睨み付け、

 

 

 

「フェイタルアローッ!!!!」

 

 

 

引き金を絞った瞬間“シャープシューター”の長銃身レールガンから閃光の矢が発射され

真っ直ぐな軌道を描いた。

 

 

「駄目!!エイシスさん!!!」

自分でも驚くほどの大きな声を上げて気が付いたら光の矢が迫り避けようともしない漆黒の巨人に向かって白い小さな手を伸ばしていた。

そして、光の矢が・・・・巨人の胸部を真っ直ぐに射抜いた。

いや、射抜いたのではない。

呑み込んだのだ。水面に落ちる石のように。沈むように光の矢を漆黒の装甲は呑み込んだのだ。

「は・・・・・・ハハハハハ」

暖かい。

これがアイツに対する想いか。

「クククク」

虚無が静かに自分を誘っている。

やれるだけのことはやった・・・・後は、

『エイシスさん・・・・!!』

「よぉ・・・・ヴァニラ・・・か」

朦朧とする意識の中、不運にも聞きなれ、忘れるはずのない静かで穏やかな少女の声がスピーカーを通してコックピットに響いた。

“エヴィル”から周辺宙域に散布されたジャミングが弱まったのだろう。

そしてそれは自分がもうすぐ消え去ることを物語っていた。

『エイシスさん・・・・・どうして・・・・避けなかったんですか?』

『ヴァニラ先輩・・・・・?』

ちとせも通信に割り込んでくる。

撃った本人自身も驚きを隠せないでいた。

「避けようと思えば避けることくらい出来たさ。でも、こうしなきゃ・・・・ちとせ。伊織と会えないだろ?」

『!?・・・・まさか・・・・私の為に・・・・・?』

「馬鹿でいいよ。どう蔑まれてもかまわない。でもお前の為でもあり俺の為であったのかもしれない」

その言葉からは彼の本心がハッキリと伝わってきた。

いつ力尽きてもおかしくない弱々しい声。

「ずっと堪えてきた。憎まれても・・・・・拒絶されても・・・でも、もうそんなのは嫌なんだ。普通に生まれて普通に暮らして普通に好きな人と暮らして死にたかったよ」

ブラウンの相貌から透明な雫が一つ、また一つ流れていき頬を伝う。

「何を望んだわけでもない・・・・兵器として生まれてきたくなかった」

滲む景色を見つめながら頬を拭い涙で濡れた指を嬉しそうに見つめた後、

「涙・・・・・・俺にも流せたんだ」

嬉しそうに手を濡らす透明な雫を見つめて微笑む。

『エイシスさん・・・・!?』

白い光が収束し球状となって下から上に向かって“エヴィル”と包み込み始める。

 

 

『取り込み中、悪いが少し離れた宙域にヴァル・ファスク艦隊がドライヴアウトしてきた』

レスターの冷静な声も通信に割り込む。

モニターの端に紅い光が見える。ヴァル・ファスク艦隊の軌跡のようだ。

直後、エルシオールから四色の紋章機とAFが一機、出撃した。

これまで待機体制をとっていたエンジェル隊と愛璃、流水だ。

迎撃に向かう彼女達を安心するように見つめ、

「悪かったな・・・クレータは大丈夫だ。急所は外したし」

『エイシスさん・・・・行かないで下さい・・・!!』

その言葉がまたしても突き刺さる。

 

何故彼女の事を気にかけているのだろうか?

何故自分は彼女といると心を安らげるのだろうか?

(あぁ・・・・なるほど)

あることに気が付き納得した。

先程『遺書』にも書いたことじゃないか・・・・・。

確かに自分はもうすぐ自らの手で闇に消え去ろうとしている。

だが、その決断が果たして正しいものかどうか見極める必要がある。

もしこれから生を渡す相手に生きる気が無かったとしたら?

(だとしたら・・・・・強引に・・・無理矢理にでも生きてもらう必要があるな)

メインモニターに映る景色が徐々に下から真っ白に塗り固められていく。

まるで上から下に落ちるシャッターの向きが逆になったように。

エイシスは静かに瞳を閉じ、微かに残る『もう一人の自分』と会う為に、会って彼の気持ちを聞く為に意識を集中させた。

 

「っ・・・・・ひっ・・・!!」

行かなければ。

命を賭けてまで彼は何かをやり通したのだ。

自分が信じる道を突き進んだのだ。

ならば・・・自分も行かなかればならない。

彼は自分達に何かを託したような気がする。

「ヴァニラさん!!」

その想いを受け継ぐ為にヴァニラはココの静止を聞かずおぼつかない足取りでブリッジを後にした。

「大丈夫だから・・・・・!!」

肩に乗るリスのようなナノマシンペットにヴァニラは潤んだ輝きを放つ紅い瞳を向け哀しげに微笑んだ。

 

 

 

 

                         第二十五章

                                   完