第二十八章「例え道を違えても」

 

 

 

惑星間統治帝政国家“ガーリアン”の辺境星系フランシスにて幾つもの閃光が飛び交っていた。

 

片方は灰色のカラーリングで駆逐艦、巡洋艦などの五隻編成の艦隊が三つの合計十五隻。このフランシス星系を含め“ガーリアン”の正規軍、通称帝政軍が所有する戦艦によって編成された艦隊。帝政軍艦隊の各戦艦の武装という武装が前方に展開されるもう一つの艦隊に向かって放たれる。

灰色などの暗いカラーとはうって変わって白一色の艦隊はステルス艦、打撃艦、イージス艦などの戦艦によって編成された艦隊だ。その数は中の上といったところか。双方の歓待から放たれる機銃、ミサイル、魚雷、レーザー砲が火を吹く中を駆け抜ける深緑の機体に続き艦隊と同じく白い装甲を持つ巨人が次々と駆け抜けていく。

白いカラーリングの巨人、ここ“ガーリアン”ではAFと呼ばれる人型兵器の背部には小さめで高出力のウイングスラスターが取り付けられ、右腕に握る長銃身高出力レーザーライフル、左腕に取り付けた防楯システムが騎士を髣髴させるようであった。その光景はまるで、聖なる光に集いし騎士達が戦いに赴く様子といっても何も不自然で無かった。

 

 

「邪魔だ!!!」

両手に握り締める拳銃型の射撃兵装―――オプティカル・ツインガンの照準を定めトリガーを絞る。動力源であるオプティカル・エンジンから供給されるエネルギーが弾丸と化し、バシュ!バシュ!バシュ!という特徴的な銃声を奏でながら発射された蒼白い光輝を放つ弾丸は信じられない速度を叩き出して敵AFの装甲を貫いていき宇宙の残骸へと敵を変貌させていく。ディープグリーンのカラーリングに流線型の装甲体、“ドミネイター”を操りながら散華翔矢は左右上下と周囲の状況に目を配りながら、

「A小隊は各艦の警護、B、C小隊は火力を集中させて敵パーティの殲滅!

D小隊、F中隊は“ヘヴィ・チェンバー”と共に“シンフォニー”の護衛だ!」

間髪入れずに了解、という力強い応答が跳ね返り、翔矢は―――“ドミネイター”は再び敵部隊の殲滅に専念した。左右それぞれの敵AF、戦艦に銃口を向けて弾丸を放っていくその光景はハリウッド映画のアクションシーンを思わせるほど華麗で一切の無駄の無い洗練された動きだった。背部と脚部のスラスターを吹かし、敵艦隊は縦横無尽に疾駆する“ドミネイター”を捉えることは出来ず、逆に“ドミネイター”は高速移動をしている最中においてもAF、艦船関係無しといった具合で照準線上に捉え弾丸を容赦なく放っていくその光景はまるで嵐。

幾重にも連なるように放たれていく弾丸が閃光の嵐を作り敵を呑み込んでいくようだ。

 

「D小隊は三時方向の艦隊、F中隊は五時方向の艦隊に火力を集中させなさい!!」

武装に身を固める騎士達にテキパキと指示を与えながら“ヘヴィ・チェンバー”の火器を起動し弾丸という弾丸を叩き込む。本来が重装甲と高火力を重視して開発された機体の為、機動力は申し分程度しか備わっていないが、それをカバーするには十分の火力がこの淡い紅色の機体に備わっているのだ。ならばそれを最大限に活用するのが搭乗者である自分の役目であり生き残る為の手段なのだ。

背部バックパックに連結されているニ連装陽電子爆砕砲を立ち上げて照準を定める。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

喉を裂く気合と共に発射され目に痛いほどの鮮烈な光輝を放つ閃光が真っ直ぐに直線を描いて敵艦隊の中央を護衛のAFごと貫いていき閃光が消え失せた瞬間、次々と火球に包まれ残骸を撒き散らしていく。

右腕に握り締める長銃身兵装、オプティカル・ライフルの銃口を敵駆逐艦に向け照射線上に捉える。FCSも相変わらず良好で感度も鮮明、これで外すならそれは搭乗者に問題があるだろう。

周囲に白銀のカラーリングのAFがブースターを吹かして駆けつけ、手に持つ対艦兵器を敵艦隊に向かって照準を合わせる。

一つの火器で戦艦の装甲を貫き、複数の火力を一点に集中させれば要塞に穴を空けるほどの破壊力を秘める閃光が陣列を組む艦隊に向かって一斉に照射された。照射された閃光の先に広がる無数の光球。動力炉や艦橋に直撃を受けて灰燼へと帰しまた誘爆も引き起こし壊滅状態となったのだ。

「ふぅ〜」

静かに吐息をついた後、額に滲む汗をサッとほっそりとした指で拭い、千早は砲撃部隊と共に次の射撃地点に向かって移動を開始した。

 

搭乗者である翔矢の操縦に“ドミネイター”は忠実に彼の取るべき行動をトレスしていた。

携帯火器が弾切れを起こし近距離戦闘用の武装を抜き放ち接近してくる。隊列を整えてのコンビネーション攻撃を取る六機のAFを目の当りにしても深緑の機体は動じなかった。 勝った。部隊員の一人が心の中で確信した瞬間、左右に展開していた友軍機が爆裂四散した。突然の状況に混乱する精神を理性で押さえ付けモニターに映る敵機に目をやる。両手に握っていた銃器はホルスターに収められている。それ以外、その機体に攻撃する手段はないはずだ。視線を横に逸らし我が目を疑った。

飛び散る残骸と業火の中を『何か』がそこにいたのだ。煙が消え失せ漆黒の闇を漂っていたのは銀色のケーブルのような物体で目線をケーブルの根元に辿っていくとそれは“ドミネイター”の背部から飛び出していた物だった。

「逃げられると思うなよ?」

皮肉にも驚愕し身をビクッと強張らせる部隊員の動きすらもトレスするAFに向かっ、コックピットの中でゾッとするほどの低い声がポツリと放たれ、その言葉にはあらん限りの憎悪が込められていた。

「許さねぇ・・・・手前ら絶対許さねぇ」

次々と触手―――<スティング・アンカーユニット>に貫かれる敵AF部隊。周囲を取り囲み一気に切り伏せようと敵の残存戦力がレーザーブレード、装甲用ナイフなどを構えて猛進する。しかし、

「遅ぇ!!」

クルリとバレーのように回転した“ドミネイター”の背後から伸びる<スティング・アンカーユニット>が回転に合わせて一気にその長さを増し、接近中の敵部隊を絡めとり引き千切るように切り裂いた。もしそれが高硬度合金と柔軟性に富んだ鋼によって組まれた機体ではなくひ弱で生身の人間の身体であったら、肉を抉られ骨を切り裂かれ全身から滝のような勢いで出血していただろう。見る者全てに残虐なイメージを連想させるその光景もわずか一瞬で全身という全身を切り裂かれた巨人はそれぞれ誘爆を起こし残骸と化した。

 

ピピピピピピ!!!

 

敵の接近を伝えるセンサー類がうざったい程の騒音を生む。愛機といえどこれは苦手だ。

――――敵の接近を伝えるセンサーは精度が良い方がいい。お前は格闘戦ばかりするからな!!

立派な髭を蓄えた整備班長が笑い飛ばしながら自分の肩を叩きながら申し出を却下した。相変わらず煩く音を鳴らすセンサー類を黙らせる為、翔矢は先ほどホルスターに収めたオプティカル・ツインガンのグリップに手を伸ばす。どうせならギリギリの距離に引き付けてから撃ち落してみるか、と面白半分の考えを思い浮かべ早撃ち勝負をするガンマンのようにグリップに手を伸ばし硬直する体制を取る“ドミネイター”。そんな敵の意図など気にせず接近する灰色の巨人は装甲内から伸縮式のレーザーブレードを抜き放ち刀身を一段階伸ばし振りかざす。

「あば―――――」

あばよ、と手向けの言葉をかけたとき、

 

ゴァーーーーーーッ!!!!!

 

目の前でレーザーブレードを振りかざす灰色のAFが横から伸びた緑色の閃光に呑み込まれ盛大に四肢をばら撒いた。

一瞬、何が起こったのか理解が出来なかったが翔矢は考え事に向かない自身の脳をフル回転させて目の前の状況を処理し始めた。

射撃地点、銃声、弾丸の三つの点から考えて今の援護射撃を行った人間は一人しかいない。

望まない援護射撃をした機体に通信を繋ぎ、

「おい!人の獲物を横取りたぁ、ひでぇじゃねぇか!!」

『何言ってんのよ!カッコつけて落とされてたらどうすんのよ?』

援護射撃を行った“ヘヴィ・チェンバー”から搭乗者である千早が心外したように声を荒げて反論した。本気で翔矢に怒りを向けているようだ。

『アンタがやられちゃ・・・・・・あたし・・・・っっっっっ』

ヤバイ、直感的に感じた。

いつだってそうだ。人の楽しみを横から持っていっては自分の心配という理由をつける。

別に嫌なんじゃない。むしろ嬉しいくらいだ。ただ、素直になれないだけだ。

操縦桿から手を離して黒と茶色が入り混じる髪を乱暴に掻いた後、

「わぁーった!わかったから・・・・・ありがとな・・・・千早」

『・・・・・えぇ』

千早の返事に安堵しモニターに映る敵部隊の残骸に目をやる。

彼らの冥福を祈るつもりなどない。かといって彼らを倒した罪悪感も無い。

信念の元に動いているのだ。それで心が揺らいだら自分の信念は簡単に崩れてしまう。

(揺らいでたまるか・・・・・決めたんだ。俺がみんなを守るって・・・そのためなら)

『翔矢!・・・・・早く行こ』

「あっ!・・・あぁ」

黙り込んで闇に浮かぶ残骸を見つめる翔矢に千早が急かすように声をかける。

緑色の粒子を巻き上げHCDを実行し2機の人型兵器は旗艦へと向かった。

 

 

エルシオールDブロック、格納庫の壁に背を預け左腕に身に付けた腕時計に何度も視線を移す長い黒髪の少女、烏丸ちとせはその時を今か今かと待ち続けていた。現在の時刻は朝の8時58分。約束の時間まであと二分といったところか。短いようで長い二分をちとせはこれからの出来事について想いを膨らませていくことで、その短くて長い待ち時間を紛らわせることにした。笑い合う自分と彼。楽しい時間。

「はぁぅ・・・・・伊織さん」

「何だ?」

「ひゃぁ!?」

想い人である彼の名前を呟いた途端、横からの声にちとせは思わず情けない声を上げて身体を強張らせた。

黒い髪、同じく深い闇色の瞳。天都伊織だ。

「伊織さん?」

「どうした?もう9時だぞ」

ハッと息を飲み腕時計に目をやると時刻は既に9時を回っていた。不覚にも彼の妄想に時刻を忘れてしまっていたのだ。二つの恥ずかしさで白い肌を紅色に染めるちとせ。ふと、ちとせはあることに気が付いた。白を基調とした服装で上着は茶色のチェック模様の冬用で少々短めのコート、スカートはコートの下に隠した服と同じく白く自分にとってかなり大胆に膝が微かに隠れるほどのスカートに黒のニーソックス。初めは脚線の露出に恥ずかしさを堪えきれなかったが慣れた今ではそれなりに気に入っている。

一方、伊織は薄い緑色のシャツに皮製の黒いロングコート。下も同じく皮製のズボン。

頭にはよく目を凝らさなければ見えない程の黒いヘッドセットを身につけている。

歩くたびにガチャリ、ガチャリと金属がぶつかるような音が聞こえるのは気のせいだろうか?ブーツもまた黒一色で塗り固められ、踵には銀色の装飾が取り付けられ脛の部分には同じように銀色のプロテクターが仕込まれている。余りにも自分とは対照的である意味でインパクトを与える彼の服装。彼のことを自分も言えた立場ではないが軍服以外の服装の彼は余りにも新鮮だった。

「行くか?」

落ち着きを払うような男性らしい低い声。ハッと我に返りコクンと頷く。

「ランファ先輩や愛璃さんは・・・・もう出て行かれたんですよね?」

「あぁ。ランファは流水と、愛璃はクロミエとだ」

エルシオールの格納庫から駐留ステーションの軍港エリアに入りそこから繁華街などに向かう。格納庫を出て軍港エリア内を歩く二人。相変わらずガチャリという音を奏でる伊織の足音をちとせは不思議そうに思いながら歩き続ける。おそらく、踵の装飾品だろうという考えにしておき疑問を強引に解決させる。

しかし、ちとせは気付かなかった。

伊織の腰に巻きつけられ、自動拳銃が収められたホルスターの存在を。

足首に備えられた投擲用のナイフを。

隣に歩く男が全身を武装で包むエリート戦士であることを。

 

 

 

ガイエン星系の駐留ステーション内に存在する繁華街。そこには若者向けのショッピングセンターや所々に森林公園を備えた自然と都会が一体化した町並みが広がっていた。また、軍人が長期任務から休暇を貰い家族、恋人への土産を買うなどと一般市民、軍人が入り乱れてそれぞれの時を過ごしている憩の場所でもあった。

そんな街中を一組の若い男女が人混みに紛れて歩いている。

女の方は長身で上から下のボディラインが完璧とも言えるモデル顔負けのプロポーションを持ち、特に服の下から突き出た胸の膨らみは男をその気があれば誘惑するには十分なほどで、年は外見からみて二十歳前後だろう。

しかし、男の方はかなり若い。女に対し男は世間的にまだ少年で十六か七といったところか。茶色の髪に可愛らしい水色の瞳。頭に被った緑の帽子に左肩に乗る黒くて丸い生き物。余りにも対照的な二人だが一度、雑踏に紛れれば年は離れている者のどこにでもいるありふれた姉弟かカップルにも見える。

女性、緋水愛璃は人生初めてのショッピングに心浮かれて子供のように無邪気な光を腰まで届いた緋色の長髪と同様の彩色の瞳に宿し建造物やすれ違う買い物客を見てはしゃぎ、一方少年、クロミエ・クワルクはというと俯きながら愛璃の左隣を歩いていた。

生まれた時から生活してきた“灰の月”は愛璃にとっては牢獄同然だった。しかし、自らの力で帝政国家に住む全ての人々を幸せに出来るという強い使命感を持った時、愛璃は自らの時間を捨て、緋水愛璃ではなく『“灰の月”の管理者』として重い使命と悲しき運命を背負って生きていくことを決意した。

今では自分を縛る物もなく、それすらもない別宇宙であるここEDENにいる間は肩の荷が取れたように軽い気持ちになっている。悟られないように緋色の目線だけそっとクロミエに移す。やはり、この宇宙―――EDENの人間ということだけあって気を楽にしている・・・が、

(あれ?どしたのクロ君?)

クロミエの表情がいつもと違い引き締まっていた。

鍛えたわけではなくどうやら無理に引き締めているようだ。

まるで、落ち着かないように。

(ひょっとして・・・・・クロ君、緊張してる?)

愛璃の推測通り、クロミエは緊張していた。

異性との交流が限りなくゼロに近い彼にとって四歳年上である愛璃とのデートはそれはもう、純心でウブなクロミエに絶大ともいえる緊張を与えているのだ。

よく見れば両頬に赤みが差しているではないか。

(かっわいい♪)

その時、彼の左肩に乗る子宇宙クジラと目が合い、慌てて視線を逸らした。

凄く可愛い。幼さが残る顔つきと純粋な正確が絶妙のハーモニーを奏でているのだ。年下好きの女性からして見れば拉致したいほどだ。

もっとも、自分にはまだ恋愛だの異性を好きになるということがどういうことかはよく分からないのだが・・・・

「クっロ君♪」

「ひぇっ・・・あああああ、愛璃さん!?」

突然、手を握られ顔に差す赤みが濃さをますクロミエ。水色の瞳が慌てたようにカッと見開かれる。

だが、動揺は意外と早く収まり柔らかく暖かい繊手が自分の手を包み込む。

「意外と・・・・おっきいんだね。・・・・・手」

「意外って」

クロミエがわざと心外したような顔を作るとチロッ舌を出してエヘヘと笑顔を作る。

その笑顔を見た途端、これまで自分に圧し掛かってきた緊張や重圧が取り除かれていく感覚を味わい、それが女神の微笑みが齎した暖かな輝きによるものだと確信した。

暖かい笑顔だが、どこか哀しみもたたえているようにも見えるその笑顔。

「あっ!ねね!あのお店に行ってみない!?」

洋品店を見つけて目を輝かせ、クロミエの了承を聞かずに彼の腕を引っ張る愛璃。そんな彼女の強引さに思わず苦笑いを浮かべるもクロミエは素直に従い小走りをして彼女の隣に立って歩き始めた。自分よりも年上の癖に時折見せる子供のような愛くるしい笑顔を目の当りにすると怒るという気が薄れていきしまいには消えてしまうのだ。

(分かりましたよ・・・・・・愛璃さん)

胸の内で自分の腕を引く目の前の女性に語りかけクロミエは愛璃と共に洋品店に入っていった。

 

 

 

同時刻、愛璃とクロミエが向かった洋服店がある区画からさほど遠くない距離に位置する区画で流水はふと、蒼穹を仰いだ。

青い絵の具によって塗りつぶされた白いキャンパスのように雲一つない青空を呆然と見つめていた。

歩く速度はそのままにただ顔だけが頭上に向いている。もし他人が見れば限りなく広がっている青空の美しさに目を引かれているか、自分が置かれている状況に対応できず、受け入れる事が出来ず、逃避するかのように青空を仰いでいるという二つの答えが返ってくるに違いない。

生憎、彼の場合は後者のようだ。

蒼穹に向ける視線をゆっくりと力ない動作で自分の服装に目をやる。

ブルーのジーンズにピンク色のパーカー。

自分が着ているパーカーの胸には自分の腕に巻きつくように身体を密着させて満足そうな笑顔を浮かべ傍らで歩く少女の顔がプリントされ、また少女が着ている同色同型のパーカーには自分の顔がプリントされている。

今の自分達が第三者から見たらどう見てもペアルックを着ているラブラブカップルにしか見えない。

(これはまた・・・・・)

恋に対しては燃え上がるとランファの噂は良く耳にしていたのだが流石にペアルックまで考えていなかった流水にとってこの状況は彼の常識を覆していた。

(ハハハハ・・・・)

内心で苦笑しながら後悔しても仕方ないと言い聞かせる。

楽しそうな彼女の様子を見ると曇り積もっていく後悔の念がうっすらと晴れていく。

他人を思いやる心の持ち主である彼女から出される雰囲気なのだろうか?

「楽しそうだね」

「当たり前よ。久しぶりの休暇なんだもん、それに・・・・・・流水がいるから」

顔を赤くして恥ずかしさで俯きながらポツリと呟くランファ。

(やっぱり女の子、か)

銀河を救った天使といえど十九歳。自分より一つ、二つ下といえどやはりまだ恋に憧れる少女(?)なのだ。少なくとも今自分の隣で歩く彼女は。

「さってと。どこ行くの?」

「そうねぇ・・・・・来る前に調べたんだけど凄く良いカフェがあるの!そこ行こ!!」

瞳を輝かせ流水の腕を引っ張るランファ。

(強引ってところが彼女らしいな)

急な動作にも柔軟に対応し苦笑いを浮かべながら流水は素直に彼女の後に従った。

ランファに引っ張られて着いた先は通りに沿った街並みの中でどこから見てもいたって平凡なカフェだ。おそらく内装も外見同様だろう。

「入りましょっ」

了承を得る前に腕を引っ張るランファに悟られるぬよう苦笑しながらも流水は素直に彼女に従った。中は意外と落ち着いた造りになっていた。

カウンター席とテーブル席が丁度良い数で割り振られており、二人は出入り口からさほど遠くないテーブル席に座り、ランファは急いでメニューを手に取り目を走らせ、流水は店内を見回しあることに気が付く。

(カップルばかりだな)

店内に居る利用客は全員が男女のカップルだった。

何処から見ても仲睦まじい見ているだけで暖かい笑みを浮かべてしまう。

「すみませーん!これお願いしまーす!!!」

「はい、かしこまりました」

ランファの注文に丁寧に対応するウェイトレス。その時、ウェイトレスが暖かい眼差しで自分を見つめすぐに厨房に引き返していった。

どこかのお屋敷にあるお手伝い、メイドに似た服装に短めのスカート。

(ランファにこんな趣味があるのか)

そういえばランファは様々な服をどこからか持って来ている、とエンジェル隊とのお茶会の時にミルフィーユから聞いたことがある。通販だとは思っていたがまさか、実際に店から持ってきてはいないだろうと思いながら流水はニッコリと自分に向かって笑顔を浮かべるランファと目が合いわざとらしく視線を逸らしグラスに注がれた水を一気に飲み干す。

それにしても先ほどのウェイトレスの眼差しが気になる。

まるで、二人を幸せの世界に送る教会の神父のような・・・・・・

「お待たせしました。ラブラーブドリンクです!!!」

ウェイトレスが笑顔で一つのグラスをテーブルに置く。

「なっ!!」

「お客様!末永くお幸せに!!!!」

「ありがとうございまーす!」

笑顔で二人を祝福するウェイトレス。それよりも流水は運ばれてきたグラスを凝視した。

甘い香りを漂わせる水色の清涼飲料水。そんなことはどうでも良かった。

問題はグラスに刺さったストローの本数だ。水色の液体とは対照的にピンク色のクロスされたストロー。

以前、テレビか何かで見たことがある。

二本刺さったストローをそれぞれが咥え中身を飲んでいる途中に目が合い、自然と唇はストローから離れお互いの唇に向かって進み、そして重なるといった光景を。

(さすがはランファ、やることが違う。甘く見ていたよ・・・・君の爆発力を)

「どしたの?早く飲みましょっ」

男心を完膚なきまでに粉砕する笑顔を見せ付けられ流水は観念して唇をストローの元に運ぶのだった。

 

 

 

 

二組の男女が至福の時を過ごしている時を同じくまたもう一組の男女が森林公園を歩いていた。落ち着いた服装に身を包む長い黒髪の持ち主。

『可愛い』というよりも『綺麗』という言葉が似合うその少女は隣で歩く男との外出に胸を躍らせていた。

 

コツ

ガチャリ

 

コツ

ガチャリ

 

正確なリズムを刻む清楚な足音と金属と金属がぶつかる凶悪な足音。全身を武装で固める伊織は森林公園に興味があるように周囲を眺める。その様子はまるで初めて遊園地に来た子供のようにも見える。とはいっても表情は相変わらず『冷静の手本』になる顔だ。

目は口ほどに物言うと言われるが本当だ。彼の黒い双眸には好奇心の光が微かに輝きを放っている。普段の彼を知る者なら目を疑う光景だろう。むろん、伊織との関係が深いちとせだからこそそんな彼の意外な一面をまたしても発見できたのだ。

ちとせはクスッと暖かな微笑みを浮かべ、池を中心に散策する二人はとある木の下に腰掛けた。

ふと、喉を擦る。出かけてから何度も唾を飲み込んでいる。原因は冬場の乾燥した空気だけではないのだが恋愛に奥手の彼女にとってもう一つの理由は気付かない。だが、それが烏丸ちとせでありその答えを見つけるのも他人に教わるのではなくちとせであり彼女自身がそれを強く望むだろう。

「少し喉が渇いてきたので・・・・何か買ってきますね」

「いや、俺が行く。ちとせはここで待っていろ」

でも、と零すちとせを手で静止し、

「俺はお前を置いていったりはしないよ」

「信用できません」

ぷっと頬を膨らませるちとせに苦笑し伊織はすぐ側の出店に向かっていった。相変わらずガチャリという足音を立てて・・・・

彼の後姿を呆然と見つめながらちとせは物思いに老け込む。時折自分を見つめる彼の目が度々変化するのをちとせは感じていた。伊織は自分を通して別の誰かを見ている、そう思わせる目を浮かべるのだが、確かに自分を真っ直ぐに見つめることもまた事実なのだ。

(その目がまた・・・・良いんですよねぇ)

鷹のように鋭い眼光と時折見せる微かな笑顔。

「ねーちゃん!暇だろ!?俺たちと一緒に遊びに行こうぜ!!!」

そんな乙女の妄想を完全に打ち砕くいやらしい声が耳元に聞こえてきた。

二人の男が声と同様にいやらしい笑みを浮かべていつの間にか側まで近づいてきたのだ。

その笑みにちとせは背筋に寒いものを感じ後ずさりをする。

彼女の反応をあざ笑うかのように笑みを増して男が腕を伸ばした時、

 

 

ヒュン!!!

 

 

笛のような音が響き、男が伸ばした腕のすぐ側の木の幹に『何か』が突き刺さった。一瞬の出来事に目をきょとんとさせているのは男だけではなかった。弓道で鍛えた彼女にとって間違いなく男の手をめがけて何かが飛来してきたのだ。男が額に汗を浮かべながら木の幹を見ると銀色の刃物が陽光に反射して煌きを放っている。素人ならただのナイフに見えるのだがそれは軍人や暗殺者、裏の世界に生きる全ての者が見知った投擲用のナイフだった。

「おい!!!」

ナイフが飛来してきた先に目をやると伊織が両手に缶ジュースを持ってこちらに歩いてくる。伊織に向かって男は恐怖を押し殺した怒り声をぶつける。

先ほどのナイフは彼が投げたのだろうか?そう思うもちとせはすぐに否定した。

両手が塞がってる以上ナイフを投げる事は不可能なはずだ。では何故?その疑問はすぐに解消されることとなった。突然投げつけられたナイフを見て男は怒りを満面に上らせ伊織に向かって大股で歩き出す。

 

 

ヒュン!!

 

 

「ひっ!!」

再び飛来してきたナイフに頭を庇うように両手を回し地面に伏せる男。

今度はちとせにも見えた。飛ばされたナイフが描く銀色の軌道を。

「どうだ?恐怖を与えるようワザと遅く飛ばしたが・・・・お前にもそれなりの反射神経があるんだな」

感心したように呟くも、それはあくまで外見上のようなもので中身はどうでもいいといった無感情な呟きだった。

「この・・・・・・うわっ!」

問答無用でまたしても飛来するナイフ。クルクルと回転しながらもう一人の男の左肩を掠め木の幹に突き刺さる。

良く目を凝らしちとせはようやくナイフが何処から飛ばされているか分かった。

自分の推測通り両手が塞がっている以上、腕からの投擲は不可能だ。

伊織は『足』でナイフを投擲しているのだ。弓道を嗜む自分にとってある程度の早い物体は目で捉える事が出来る。

最初の一撃は恐らく自分の動体視力でも捉えることは出来なかったが二撃目は男に恐怖を与える為あえて遅く飛ばされたのだろう。

だから自分でも見えたのだ。

その二撃目でちとせは伊織が足首に固定したナイフを蹴る動作で飛ばしたのだと分かった。

伊織が飛ばした両足首に固定されたナイフは、暗殺者が凶器を悟られないよう身体の一部分に仕込ませて、対象を殺すといった俗に言う『暗器』と同じだ。

飛距離や速度を自在に調節が可能ということは相当の熟練者だという事だ。

改めて自分が今行動を共にし自分が想いを寄せている人物がどういう人間だかをちとせは理解した。

「まだやるか?構わないが俺も足の投擲には自信がなくてな・・・・・首の動脈をサックリ切ってもおかしくないぞ」

「「・・・・・・っ!!!???」」

感情を込めず危険な言葉を平然と口にする伊織。

生命の輝きが消え失せた、彼の深く沈んだ闇色の双眸を目の当りにし男は今までのことは全てお遊びでした、とでも言うかのようにすごすごと引き下がっていった。男が視界から消えるまで二人の背中を無感情な様子で見つめる。

そして、

「無事か?」

「は・・・・はい。ありがとございます、助けてもらって・・・・」

ちとせの隣に座り缶ジュースを渡す。先ほどと同じように感情を込めないで訊く伊織にちとせは緊張を紛らわすようにプルタブを開けて口元に運ぶ。

一方、右手で缶を握り左手でプルタブを弄る伊織。唐突に、

 

 

「怖かったか?」

 

 

「え?」

きょとんとし伊織の顔に目をやる。頬が火照りだすのを無視しちとせは彼の顔を見つめ、伊織自身ちとせの方を見ないで語りかける。

「俺・・・・・怖かったか?」

ナイフではなくナイフを投げた自分を。もし当たって怪我をさせ命を奪っていたことすらも考えず平然と男にナイフを投げつけた自分を伊織は怖いかと聞いてきているのだ。数秒の間、ちとせは視線を伊織から手にする缶へ落とし考えた。怖くないと答えれば嘘になる。

殺意すらの感情すら消え失せただ静かに相手を葬る暗く沈んだあの闇色の瞳を見れば誰だって彼に対して恐怖心を抱くに違いない。

だが、それ以上に嬉しかったのだ。伊織が自分を助けてくれたことが。

「確かに怖かったです・・・・でも、それ以上に凄く嬉しかった。伊織さんが助けてくれて」

「そう・・・・か」

「伊織さん。助けてくれてありがとうございます・・・・・!」

ちとせの笑顔を直視し伊織は急に頬が熱くなるのを感じ思わず額を抑えた。少し熱っぽい。

かといって体が重いというわけでもなく、まったくの健康状態だ。

ならばこの頬の、身体の熱はなんだろうか?急にこみ上げてきたこの熱は。

「ゴミ、捨ててきますね」

「あぁ」

飲み終わった伊織の缶を手にとりちとせは少し離れた場所に設置されているゴミ箱に向かっていった。後姿なので良く分からないが彼女の足取りが少しだけ軽そうに見えた気がした。

ふと気が付いたようにヘッドセットのスイッチを入れ、

「俺だ」

『よぉ!どうだ!?デートは?』

「デート・・・・か。そうだな、楽しいぞ」

小型マイクに声をかけると軽い男の声が聞こえてくる。

“マークヌル・ノイエ”の戦闘支援ユニット『EISYS』だ。

ヘッドセットを通して無線連絡をすることも可能でいざとなれば“マークヌル・ノイエ”をこちら側に持ってくることも可能なのだ。

『決めたのか?帰るか・・・・帰らないか』

「まだ、な」

“ガーリアン”で繰り広げられた大規模戦争が終結した今、帝政軍に所属する自分は帰還するのが筋だ。

帰還命令が下されたのなら尚更だ。本来ならば帰るべきなのだが、正直に言えば伊織は迷っていた。

ゴミ箱に向かって歩いていく彼女と傍にいたい。

彼女が愛する大切な仲間、世界を一緒に守っていきたい。

冷徹な軍人である自分がいつからか消え失せ今の自分がいる気がするのだ。

『俺がとやかく言える立場じゃねぇけど・・・・ちゃんと気付いてやれよ』

少し説教臭い『EISYS』の言葉に顔を渋めて、

「わかってるさ・・・・それ位」

ぶっきらぼうな口調で返しスイッチをオフにした。ちとせが戻ってきた以上、『EISYS』と話していると怪しまれる。

「行きましょうか?」

「あぁ・・・・その前に」

木の幹に突き刺さったナイフに手を伸ばして抜き再び足首のホルスターに収めてナイフをロックする伊織の後姿を見て、

「・・・・・・・・・ケチくさ」

痛い一言を洩らすちとせだった。

胸に刺さったちとせの言葉を聞き流し、

「それで・・・・・どこへ行くんだ?」

「少し伊織さんに見て欲しいものがあるんです・・・・・お願いできますか?」

あぁ、と伊織の返事に満面の笑みを浮かべて歩き始めたちとせについて行った。

 

 

 

「ここ、か」

「はい・・・・どうしても伊織さんじゃないと」

無言で頷きちとせの後について行く伊織。二人が入っていったのは水着販売店。

店内を見回すと殆どがカップルで賑わっていた。試着室は多めに設置され試着の順番待ちも見あたらない。

時折、視界に飛び込んでくる女性の刺激的な水着姿。

タクトが来たら喜ぶだろうな、と他人事のような感想を抱き伊織は試着室に入ったちとせを待った。

「あのっ・・・・・伊織さん。どうぞ・・・・」

「!!??」

数分後、試着室の扉が開き中から出てきたちとせが着ている水着。それはまたしてもビキニだった。

しかも前回自分を撃沈した清楚な白ではなく黒を基調とし、縁に走る赤いライン。

白い柔肌とは対照的なちとせの黒く艶やかな水着姿はそれはもう伊織に衝撃を与えるのだ。

急激な目眩、足に力を入れて体制を保つ。

「伊織さん!?大丈夫ですか?」

「まだだ・・・・まだ終わらんよ」

「はい?」

意味不明な言葉を発する伊織。再びちとせに目をやると肢体の露出を気にし胸などを隠すようにして身体をモジモジとくねらせる。

(そんなに嫌なら着るな)

乙女心を知らぬ男のキツイ一言を伊織は我慢して飲み込んで心の中で投げかけた。

凝視する伊織の視線に更に紅潮するちとせはこれ以上我慢できない、といった様子で試着室へと戻り着替え始める。時折、聞こえて来るシュルリという服を脱いだり着たりする音が聞こえた所為で伊織は早まる心臓の動悸を抑えようと何十回も深呼吸する羽目になったのだ。

「お待たせしました」

先程の水着をハンガーにかけてレジへと持っていくちとせ。結局買うのかよ、というツッコミをあえて入れなかった。その行動はおそらく自分にとって到底理解できない俗に言う『女心』というものだろう。理解できない自分が下手に口を出してしまったところでどうにもならない。入り口付近のベンチに座り、伊織はちとせの会計を済ませる間、大通りの道行く人々を、店内のカップル達を呆然と眺めた。

本当に平和そうな光景に微かな微笑みを浮かべる。

自分が今まで生きてきた世界と生き方とは対極に位置するこの世界。ガラス細工のように儚げで壊れやすいこの世界を必死になって守るちとせ達の理由が少しだけ分かる気がした。住んでいるところも生い立ちが違ってもそれぞれが明日を信じて生きているのだ。

なんて儚く力強くそして暖かい世界なのだろうか。

「伊織さん、行きましょう」

「あぁ」

会計を済まし恥ずかしながらも気に入った水着を袋に入れて手に提げるちとせの顔がいつになく輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?ガイン郷・・・・・連中はEDENにまで攻撃を仕掛けるつもりですか?」

戦闘終了後、翔矢と千早の二人は上官であるガイン・ゼーガルドに出撃報告をするために今、旗艦“シンフォニー”の艦長室にいる。一通りの報告を終えて翔矢は情報局のマザーベースにハッキングした時の記憶を思い出し目の前で机越しに座り込む老人に向かって溜息交じりに問い掛けた。まるで厄介ごとを引き受けるかのように。

「残念じゃが・・・・・・」

「あそこには第七団筆頭と艦隊司令がいるって聞きましたけど・・・」

千早が不安を隠し切れない表情で呟く。

第七団筆頭と艦隊司令。それはこの場にはいない伊織と流水、二名のことだ。

「伊織に流水・・・・・後者はともかく前者なら・・・ワシ達の力になってくれるかもしれん」

ガイン郷の一言に翔矢は目をカッと見開き、

「あんな殺人機械<キリークマシン>が人を助けるって言うんですか?冗談はやめて下さいよ!」

冷たく吐き捨てる。口調や言動から察するに心から伊織を翔矢は嫌っているようだ。

「翔矢!そんな言い方しなくても!!」

「千早だって聞いてるだろ?騎士団の時だって・・・特捜機動部隊からの噂だって、アイツは投降したにも関わらず全員殺したんだぞ?!」

特捜機動部隊員に与えられた特別裁量権。それは担当するテロリストといった犯罪者を独自の判断で対応、処理する事を許され犯罪を根から殲滅する特捜機動部隊のみ持つことが許される特権。その『特権』により部隊員は犯罪者を投降させるも更生させるのもそして『殲滅』するのも自由だ。

今、“シンフォニー”艦長室にいない伊織の噂を翔矢は嫌というほど聞いた。

子供すらも混じるテロリストの集団を単機で襲撃し投降にも関わらず全員を殲滅したのだ。

独自裁量権が与えられているとはいえ犯罪者に対して殺戮を繰り返す伊織の存在は自然と彼がかつて所属していた“聖光騎士団”にも伝わっていたのだ。伊織と同じく筆頭職を務めていた翔矢はその殺戮を聞いて深い憤りを感じていたのだ。

彼に対しての深い憤りは会って共同作戦を展開した時、すぐに覚えた。

嫌でもあの忌まわしい記憶が蘇ってくる。

 

―――――――――――――――――――

 

「おにぃちゃん・・・・助けてよ・・・・助けてよぉ」

「おい!伊織!!!」

「どけ・・・・敵なら排除する。俺はそう教わった」

まだ子供でアサルトライフルなど撃った反動で倒れるほどひ弱な少女は冷たさも暖かさも無い深く沈んだ黒い瞳に怯えていた。無言で銃口を向ける伊織。

「伊織!!!」

「邪魔をするな・・・・こいつに何人の人間が殺された?」

その言葉が翔矢に重くのしかかる。見た目とは裏腹にテロリストによる徹底的な訓練を施されたこの少女は騎士団の武装構成員の小隊を全滅に追いやった張本人だ。訓練さえ積めば子供でも扱える短機関銃を胸の前で握り締めて恐怖に怯えて身を振るわせる少女の至る個所で紅い鮮血がこびりつき、その真紅の血の数が少女がどれほどの命を奪ったかを物語っている。

本来ならば自分が出る幕でもないのだが伊織が出るということを聞き、仕方なく出向いたようなものだ。

至る所で銃声と手榴弾等の爆音が聞こえ廃墟の一角で伊織は少女を追い詰める。まだ十にも満たない年齢だ。

「ごめんなさい・・・・・ごめんなさいっ。死にたくない・・・おにぃちゃん、わたし死にたくないよぉ」

涙を零して謝罪する少女に伊織は無言で拳銃の銃口を向けたままだ。

「おにぃ―――――」

「黙れ」

 

 

タンッ!

 

 

乾いた音が響き翔矢が気がついた瞬間、辺りに鮮血が飛び散っていた。倒れ付して血溜まりを作る少女の亡骸を見ると眉間に軽くスポットが浮かんでいる。外傷から見ておそらく頭蓋を打ち抜かれたのだろう。死にたくないと謝罪したテロリストの一味の少女は今、この世を旅立ったのだ。少女の死と同時に通信機がなり、

『テロリストの駆逐に成功しました』

「そうか。警戒を怠らず撤収しろ・・・・・・死体は片付けておけ」

『了解!!』

部下の報告に人を殺したというのに感情一つ込めずに指示を出し、拳銃をヒップホルスターに戻す伊織。

そんな彼の態度に虫唾が走った。生命を見放す彼の無感情な態度が。

「てめぇ・・・・自分が何をしたか分かってんのか!?」

襟元を掴んであらん限りの怒りを瞳に宿し怒鳴り声を上げる翔矢に、

「敵を殺した」

力を込めているにも関わらず彼の腕を何とも無いといった様子で自分の襟元から離し、歩き始めすれ違いざまにポツリと呟いた。

彼が廃墟を去った後、翔矢は地面に伏して虚ろな瞳を晒す少女の亡骸を呆然と見つめる。

 

 

ギリッ!!!

 

 

鳥肌を誘うような敵意を剥き出しにした音がその場に響いた。

 

 

―――――――――――――

 

「そう言うな。お前さんこそ・・・・悪に対しては強い憎しみを持っていたじゃろ?」

「それは!・・・・そうですけど・・・・でも!アイツは!!」

諭すような口調のガインに指摘され声を詰まらせる翔矢はそれでも尚、腑に落ちないといった態度を見せる。確かに自分の両親が爆破事件に巻き込まれて死んだ。それ以来、犯罪者などに強い憎しみを感じるもいざ、自分が彼らを手にかけるとなるといささかの躊躇いを感じてしまうのも事実だ。結局は彼と同じく『殲滅』という結果に至るのだが、それでも言葉には表現できないどす黒い物が自分の心の中を漂っているのだ。

「伊織はワシの息子のようなものじゃ。あやつの不器用な性格はワシが一番よく知っている。伊織はお前と同じく自分の信じられる道を歩いているだけじゃ」

暖かい笑顔を浮かべてささくれだった翔矢の心を癒す。

誰が信じられるだろうか。目の前で暖かい笑顔を浮かべる老人が最強と称される大部隊を束ねる総団長を務め、その大部隊を率いて今は正規軍に反旗を翻すほどの強い覚悟と信念を背負っていることを誰が信じられるだろうか。

全ては平和のために。

ただ、それだけの為に今までの自分の地位や名声などを捨ててまで絶対的に君臨し支配する帝政軍に戦いを挑んだのだ。そんな老人の願いに共感し翔矢と千早、大多数の騎士団員が彼の元に集ったのだ。

「お前さんがあやつを思ってるほど、あやつは・・・・伊織は悪い人間ではないぞ」

「分かりましたよ。じゃあ俺たちはこの辺で失礼させて貰います」

諭すような瞳に鋭い光が増す。生きる伝説と化したガインの力は今も尚健在中ということか。面倒臭そうに溜息を吐いて髪の毛をクシャクシャと掻いてダルそうにドアに向かい、翔矢とは正反対に礼儀正しく、一礼する千早。

「失礼しました」

部屋を出て行く翔矢と千早の後姿が消えるまで見つめていた後、疲れたような溜息を吐いた。

「ワシ達は・・・・・・いつも『真実』を求めているのに、それを手に入れることは出来ないんじゃろうな」

その呟きに何が含まれているのかその場に誰もいない以上、誰も分からなかった。

 

 

 

 

その夜、補給を終えたエルシオールの格納庫で伊織は“ガーリアン”へと帰還する愛璃、流水はそれぞれの愛機へと歩を進めていた。楽しむだけ楽しめた。このもう一つの世界では大切な人も見つけられた。

だが、この世界の住人ではない自分はこの世界にとっては単なるイレギュラーでしかないのかもしれない。

彼女にはもっと相応しい相手がいるはずだ。

それが自分の自己満足なのは痛いほど分かる。自分を見つめていてくれた彼女の想いを裏切る形になるのだから。

願わくばこの世界で生まれ育ち、この世界の住人として彼女と出会い恋に落ちていたかった。

「愛璃、準備は出来た?」

『・・・・・えぇ』

通信を後方にて待機する“風花”に繋ぎ搭乗者である愛璃に呼びかけると、気落ちした声が返ってきた。彼女もこの世界での生活が心地良かったのだろう。帰れば緋水愛璃としではなく『管理者』として生きていかなければならないのだ。

「それじゃ行こうか?」

『えぇ』

『―――――――――行くのか?ならハッチは俺が開けてやる』

二人の通信に新に男の声が割り込んだ。

それが自分達と同じ世界の住人である人間の声だと二人はすぐに分かった。

「伊織・・・・君は行かないのかい?」

『――――――約束したからな。もう、悲しませないって・・・・』

問い掛ける流水に伊織は当然のような口調で返す。帰るつもりは無いらしい。

「伊織・・・・・僕は」

『お前はお前だ。自分の道くらい自分で決めろ・・・・自分で決めた道ならどんな奴に馬鹿にされても突き進めるはずだ』

「それ・・・・ガイン郷の?」

まぁな、と自嘲気味に返す伊織。

『――――――――愛璃』

「ひぇ!?なな何!?」

二人の会話を黙って俯きながら聞いている最中、突然自分の名前が呼ばれ慌てる。

さぞや間抜けな声を出してしまったのだと思い赤面する。

『――――――――これだけは言っておこう。

お前が管理者であろうと、俺の中ではお前は緋水愛璃だ。そしてそれは揺らぐことの無い事実だ』

「・・・う、うん」

嬉しかった。自分を人として扱ってくれることを。

無関心な口調でも愛璃はその中に詰まった信頼や絆がある、と確かに感じ取れた。

先ほどの恥ずかしさとはまた別の意味で顔に宿る熱が増していき、胸の動悸が徐々に早まっていく。

(なにこれ?・・・胸が・・・凄く熱い)

急に早まる胸の動悸。

妙な解放感。まるで彼が自分に繋がった鎖を一つ断ち切ってくれたかのように。

それでもまだ、鎖は残っている。冷たく固い鎖は自分の身体に巻きついたまま拘束する。

「うんっ・・・・・あ・・・ありがとっ!」

緋色の瞳から零れた雫が跳ねた。素早く通信を切って両手を顔に当てて嗚咽する愛璃。

嫌だ。帰りたくない・・・・もっとこの場所にいたい!

しかし、残った鎖がそんな思いから強引に『管理者』の使命に自分を縛り付ける。

一向に止まる様子を見せず、ただ身体を振るわせると同時に頬を伝って落ちていく涙。

そんな彼女の様子などお構いなしにクレーンが愛機を持ち上げ、ハッチは音を立てて開き始める。

『愛璃・・・・じゃあ行くよ』

「・・・・・・っ・・・・うん」

溢れる涙を拭う。これで分かれるわけじゃない。いつかまた、戻ってこよう。

この天使たちが命を賭けて守ってきた『楽園』と呼ぶに相応しい世界に。

(さよなら・・・・・伊織。みんな)

震える手に力を込めて“風花”はエルシオールから出ていき“フォルテス”と共に宇宙空間を突き進んでいった。

 

素早くハッチを閉め、痕跡を消し部屋へと向かう。

ふと、足を止めて二機がいなくなり空白となったスペースをぼーっと見つめた後、部屋への帰路を辿る。

例え道を違えてもいつか再び交わる時を伊織は信じた。

 

 

 

 

 

 

第二十八章

                           完

                               続く