第二十九章「EDEN」

 

 

 

「EDENはお前達が解放したんじゃないのか?」

ムーン・エンジェル隊の紋章機、タクトの“ピース・キーパー”が縦に並ぶ格納庫の最後尾にて待機する“マークヌル・ノイエ”のコックピットの中、腕を組んで青年は疑問を零す。

漆黒の髪に同系色の瞳は相変わらずどうでもいい、といった無感情の光が差し込んでいた。

『―――――それは俺達が聞きたいよ。でも、あぁやって連中が動く以上、俺たちも動かないと』

『―――――そうですよ。私達も一刻も早くジュノーに降下しないと行けません』

「その為に連中を叩くってわけか」

やれやれ、と肩をすくめてコックピットの固いシートに身を預ける。

二時間前にジュノーに接近したエルシオールは衛星軌道上に位置する複数の熱源反応を察知し第二戦闘態勢に移行、伊織も含めた戦闘要員であるエンジェル隊は自機に搭乗し格納庫にて待機するよう命令が下され、今に至るわけだ。

タクト持ち前のノンビリした口調と天性であるちとせの生真面目かつ熱心な言葉を聞いて伊織は改めて二人を含めエンジェル隊に対して強い関心を抱いた。自分とは違い彼女達の戦いは『守るべき者を守る戦い』であって自分のように『攻め滅ぼす戦い』とは大きく違うのだ。

あくまで“ガーリアン”の皇帝は象徴的のようなものだが、犯罪や反逆面などに関しては徹底的な弾圧を取る。これは『正義の鉄槌』とも取れれば『恐怖による支配』とも取れ、自分はその二つの見方が可能な行いを平然とこなしてきた。

どんな人間だろうと敵として認識したらそれは『敵』であり、自分は数々の『敵』を容赦せず倒してきたのだ。

罪悪感など感じない。信念が無いといえば嘘になる。

ただ、その時の自分の信念など彼女らのものに比べたら薄っぺらいようなものだ。

今になって思えば戦いの道具のような物に生まれてきた運命のようなものかもしれない。

その点、自分とは違い彼女達は立派な使命を背負い戦っている。

「まぁ、俺の戦う理由は俺だけのものさ」

『―――――どうかしましたか?』

ポツリと呟くような声にちとせが通信をかけてきた。

この所、出撃の度にちとせが通信を繋いできては、

『――――やーん!ちとせったら伊織とよく話すわねぇ?』

その度にランファが割り込み慌てて否定するちとせをミントが指摘しミルフィーユが止める。

五月蝿いが聞いていても不快な念は浮かんでこない。

むしろその会話を聞いていて和むほどだ。

『――――どうした?』

「いや、お前達は良いよな。出撃前でもこうしてリラックスできて・・・・さ」

『――――まぁ、紋章機パイロットであるけど、彼女達がだからこそ出来ることだな』

「・・・・・・・そうか」

相変わらず口論を続けるエンジェル隊をよそに通信を遮断し出撃の時を待つ。

『お前も大変だな』

完全に他人事のような口調が降りかかり思わず顔をしかめ、

「お前は相変わらず元気だな。芸人か何かか?」

『芸人か・・・・そうなりたかったな。俺はね戦うよりも笑いを取るのに命をかけているんよ』

仮にも戦闘兵器である男が開発者の期待を大きく裏切る言葉を平然と口にする。

男の声は確実に聞こえるが実体は無かった。

「まぁいいさ。フォローは頼むぞ・・・・・エイシス」

『――――何がフォローだよ。お前なら敵部隊を一人で全滅させてもおかしくないと思うぜ?』

嫌味なのかそれとも誉め言葉なのか今の伊織にとってはどうでも良かった。

“マークヌル・ノイエ”のシステムを司る戦闘支援ユニット『EISYS』はクックと笑い声を上げて続ける。

念の為、短時間で済ませることが可能なシステム調整を開始した。

自分なりに集中力を養いリラックスする方法だ。

各火器管制異常無し。各関節異常無し。FCS良好。全系統オールグリーン。

『――――結局、お前は帰らなかったじゃないか?その内、脱走者とみなされちまうぞ?』

「その時はその時さ。適当に追っ手を片付けて姿を眩ますなり何なりするさ」

『――――そうしたら・・・・また、ちとせが泣くぞ?』

「死ぬのと泣くの・・・・どちらがアイツの為になる?」

『――――女心を知らないのか?・・・・・お前、悪魔だな』

「――――悪魔か。クククッ・・・・・そっちの方が気楽だな」

システム調整を終えた後、再びシートに身を預ける。

軍に帰還しなかった答えは当に手に入れている。大切な存在と共に。

 

 

 

 

 

「まったく!ランファ先輩もミント先輩もからかうのはやめてください!!」

『―――――あらやだ。怒っちゃった?』

『―――――それほど伊織さんに対して真剣なのですわね?』

メインモニターに映り耳をパタパタとさせてニッコリと微笑むミントの言葉に一瞬、ウッとなるも、

「は・・・・・はい!私は・・・・いつだって真剣です!!!」

負けじと返した途端、自分の言葉にも関わらず恥ずかしさの余り赤面していくのが分かる。

顔が火照り健康であるにも関わらず熱が出たような感じだ。

それでも、自分の彼に対する想いなら誰にも負けない。いや、負けたくない。

『――――なるほど・・・・ランファさん。からかうのはおよしになりわたくし達も全力でフォローしなければいけませんわね』

そんな、ちとせの純心無垢な感情をテレスパスで察知したミントの顔つきが真顔になった。

『――――そうね。じゃあ、いきなりだけど・・・・あの手段を使いましょう』

『――――あの手段!?まさか・・・・ランファさん・・・・!!』

ランファの一言にミントが目を見開く。

「あのぉ・・・・あの手段って?」

『――――ちとせ。アンタは今まで通り生活しなさい。時間はかかるけど・・・可愛い後輩のためだもの。必ずやりぬくわ!!』

闘志を燃やす宣言を出した後、一方的に通信が切れた。

何かとてつもなく事態が傾いている気がする。

「ランファ先輩・・・・・やりすぎないで下さいね?」

通信が切れた後でもちとせは弱々しく語りかけた。

 

 

『――――ランファさん・・・・大丈夫なんですの?』

「本当はね?大丈夫じゃないって言えば嘘になるの。いきなり流水と愛璃が出て行ったって聞いて」

ちとせとの通信を終えた後、ミントは誰にも傍受されないよう専用回線を繋いだ。

先日、伊織から流水と愛璃が“ガーリアン”に帰還したと聞きランファはその場で両膝を突いたのだ。

テレスパス能力を持つミントはそんな彼女の心を読んだのだ。

 

何故、一言も打ち明けてくれなかったの?

私はそんなに信用できないの?

 

悲しさよりも自分には一言も教えてくれなかったことに対し、そのことから想像できる自らの無力さが苦痛だった。

「一緒にショッピング行ったりして・・・・ペアルック着て・・・ジュース飲んで・・・!!」

思わず声が震えていることに気が付きそれと同時に視界が滲んでいる。

双眸から流れ落ちるその雫が彼との思い出を脳裏に浮かべたことにより流れたものだとランファは確信した。

自分を柔らかく受け止めてくれたあの優しくも暖かい笑顔。

顔を紅くしながらもシッカリと手を握り返してくれた。

「でもね?・・・アタシ、あの子の・・・ちとせの姿を見て分かった」

何度も悲しみに暮れるちとせの気持ちが。

大切な者が唐突に消え去る痛みを今になって理解した自分に嫌悪感を覚えるも、

「あんなにも伊織のことを想い続けるちとせを見て、アタシもあんな風になろうって思ったの」

『―――――ランファさん・・・・』

「いつか必ず流水にまた会って・・・・思いっきり引っ叩いて・・・こう言うの!」

『―――――・・・・・・』

 

 

「アンタのことが好きだって」

 

 

言おうと思うも言えなかった。その想いを今度こそ伝えよう。

そう心に刻み込んだのだ。

 

 

 

 

『―――――敵の数は高速艦が六隻。駆逐艦が二隻と巡洋艦が五隻。重駆逐艦が三隻の計十六隻編成。今までと同じく例の人型もいる』

ブリッジから通信が全機に対して繋がれレスターから敵総数の分析結果が報告される。

『―――――こちらからも確認した。みんな準備は良いな?』

タクトの問いに了解、というエンジェル隊の凛々しい返事が通信回線を通り“マークヌル・ノイエ”のコックピット内に響く。

伊織も気だるそうに、

「・・・・・了解」

首を回し手足を伸ばして筋肉をほぐした後、操縦桿を握り締める。

「天都伊織、“マークヌル・ノイエ”出すぞ!!」

クレーンによって宇宙空間に放られ、アクセルを踏み込みんで機体を一気に加速させる。

徐々に漆黒の闇を切り裂く蒼白い光の軌跡と化した“マークヌル・ノイエ”は真っ直ぐにジュノーの衛星軌道上に向かった。

 

 

 

 

ライトパープルの装甲にイエローのエネルギーラインが映える。

皇国軍に所属する者ならば一度は目にしたことがあるヴァル・ファスクの戦艦にピィッと蒼白いレーザーが伸び装甲を貫いた。その次には桃色のレーザーファランクスが次々に叩き込まれていく。

ミルフィーユは操縦桿を握り締め“ラッキースター”を旋回させながら再度レーザーファランクス、近距離ミサイルの複合火力を叩きつけ、その場を離脱。間合いを取った後再び急旋回し駆逐艦に向かって機体中央部に備えられている中距離ビーム砲を発射。真正面から貫かれ各所で小規模な爆発を繰り返し駆逐艦は膨れ上がるように爆発に呑まれた。

「きゃっ!」

『―――――ミルフィー!大丈夫か!?』

それまで気が付かなかったミサイルが直撃寸前に叩き落され、爆発に揺れるコックピットの中、小さな悲鳴が上がる。

三発のミサイルを一発の弾丸で仕留めた“ピースキーパー”が“ラッキースター”の傍らに緑色の光輝を放つ粒子を撒き散らしながら現れる。

ある種の瞬間移動とも言える移動方を駆使しタクトはオプティカル・ランチャーの射程距離まで“ピースキーパー”を移動させ“ラッキースター”に接近するミサイルを撃ち落したのだ。

「大丈夫です。ありがとうございます!!」

心配するタクトの問いにミルフィーユがやんわりとした笑顔を浮かべて返す。

 

「二番機は六番機と。三番機は四番機、五番機はエルシオールの前方で待機してくれ」

エルシオールのブリッジにも搭載されている紋章機の指揮に使用する高速リンク指揮システムで各紋章機に指示を下す。

「ミルフィー。行くぞ!」

『――――――はい!!』

“ラッキースター”から元気の良い声が跳ね返って来る。

RGYが背部から放たれオプティカル・ランチャーとの同時攻撃により強化された火力が浮遊する隕石を消し飛ばし直進していき、“ラッキースター”の中距離ビーム砲から機体と同色の閃光が伸びていく。

迎撃用のミサイルもレーザーも意味を持たず駆逐艦、巡洋艦、≪レグ・ゼル≫を含めた艦隊は圧倒的な火力を前に一掃された。

「やるじゃないか、ミルフィー」

『―――――タクトさんこそ!!』

見つめ合い軽く笑った後、二人は別方向に向かって飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

緑色の粒子を撒き散らし“マークヌル・ノイエ”は右腕に握り締めるオプティカル・キャノン“ミハイル”の引き金を絞る。

緑の光輝を放つ弾丸に四肢を引き千切られ爆散する≪レグ・ゼル≫。

視覚センサの範囲を拡大して銀色の装甲体の捕捉を始めようとした時、撃墜された≪レグ・ゼル≫の爆煙の中からヌッと現れた“マークヌル・ノイエ”は両腕部に装備されているツイン・レーザーブレード“グリンカ”の左腕部を起動し発生装置から伸びる緑の刀身。

すっと刀身の先が策敵中の≪レグ・ゼル≫の喉元に添えられ、貫かれた。

僚機が撃破された一瞬の間、何が起きたのか喉元を貫かれた≪レグ・ゼル≫を操作する戦闘用スレイヴは理解が出来ずただ、死に際に爆煙が晴れて“マークヌル・ノイエ”の背部で音も無く浮遊する僚機達の残骸を発見したと同時に≪レグ・ゼル≫は爆散した。

「次は・・・・いや、移動する手間が省けたな」

ブースターを吹かしレーザーブレードを突き込んで来た≪レグ・ゼル≫を交わしがら空きとなった背後に銃弾を叩き込み、“グリンカ”でもう一機、斬りかかる≪レグ・ゼル≫の腹部を斬断。

「厄介事は嫌い何だかな・・・・!!」

五機の≪レグ・ゼル≫の機銃掃射を楽々と回避し接近。

右端の≪レグ・ゼル≫を切り伏せ隣の≪レグ・ゼル≫に“ミハイル”を向けて引き金を引いた。

直撃を受けるたびに大きく揺れる≪レグ・ゼル≫の四肢がバラバラに吹き飛んだ直後、ミサイル群が連続して直撃した。おそらく≪レグ・ゼル≫部隊の後方にて展開している艦隊からの援護射撃だろう。もっとも最強の楯を持つこの機体にそんな物は通用しないのだが。

“マークヌル・ノイエ”の周囲の空間が揺らぐ。

目に見えない最強の防壁の存在すら気付かずに静止する“マークヌル・ノイエ”に向かってレーザーブレードを握り締め斬り付けるもその瞬間、≪レグ・ゼル≫が異様な形に拉げ爆裂四散した。

接近戦の展開が不可能と察知し装備する火器を全弾叩き込むも途中で消滅する。

空間防壁。

自機の周囲空間を捻じ曲げ相手の攻撃を完全に遮断する高次元防壁を破れる兵器など≪レグ・ゼル≫を含めヴァル・ファスクすら持ち合わせていない。ミサイルランチャーや戦艦の主砲に対してもその鉄壁を誇示する“マークヌル・ノイエ”降り注ぐ火線を物ともせずに接近。

空間防壁を解除し間合いを詰めたところで“グリンカ”で斬る。

空間防壁の利点は防壁展開時と解除時の外観的特徴に変化が無い事だ。つまり、防壁を展開しても解除しても相手がそれを察知するのは不可能に等しく、何も知らずに防壁に突っ込み空間同様捻じ曲げられて粉砕される敵もいれば解除しているにも関わらず防壁展開中と思い込み攻撃を止める敵もいる。

機体を防御すると同時に相手をかく乱する事も可能な防壁なのだ。

“マークヌル・ノイエ”は圧倒的な機動力を見せ付け敵を翻弄する。

「じゃあな」

振り向きざまに背部に連結されている六連装空間歪曲砲を立ち上げ前方に向かって砲身を展開。銃口が陽炎のように揺らぎ始め、色も何も無く肉眼はおろか高度な視覚センサでも発見できない波動に呑み込まれ歪な形状に姿を変え≪レグ・ゼル≫や高速艦、重駆逐艦が一瞬にしてデブリと化した。

かつてのフォルムからは想像できないほど不気味に宇宙空間を漂う残骸を見つめた後、頭部を回し戦果を確かめた後、HCDを実行し“マークヌル・ノイエ”はその場から消滅した。

 

 

 

 

「ごめんあそばせ」

『――――――さっさと片付けていくよ!ミント!!!』

「わかりましたわ」

縦横無尽に飛び回りフライヤーを自在に操り敵を翻弄しながら確実に撃破していく“トリックマスター”を追い詰めようと≪レグ・ゼル≫部隊が一箇所に集中する。

所詮は決められた戦術パターンに従うだけの戦闘用スレイヴ。臨機応変に対応するほどの力は無く自分達が天使の策略に嵌ったことなど気付きもしない。

「でかしたミント!これでも喰らいな!!!」

“トリックマスター”の迎撃に気を取られ一箇所に集中した≪レグ・ゼル≫部隊に向かって“ハッピートリガー”は全兵装を開放、搭載されている銃弾を全て叩き込んだ。発射された銃弾の高エネルギー反応を察知し回避行動に移るも、

「どこへ行きますの?フライヤーダンスッ!!」

“トリックマスター”の周囲を浮遊するフライヤーが優雅な曲線を描くように動き内蔵されているプラズマ兵器の照準を密集した全ての≪レグ・ゼル≫の脚部などに向かって閃光を照射し完全に自由を奪う。フライヤーを引き連れ距離を取る“トリックマスター”がその場を離れ、自由を奪われた≪レグ・ゼル≫に向かって豪雨といっても何の疑問も無いレーザーファランクスやレーザーガン、レールガンの弾丸が閃光の波と化して≪レグ・ゼル≫達を飲み込み灰燼へと帰させていく。

担当したエリアの敵を全滅させた“ハッピートリガー”と“トリックマスター”はエルシオールに向かって移動を開始した。

 

 

 

 

「ちっ!」

オプティカル・ランチャーの引き金を引いて的確に弾丸を≪レグ・ゼル≫に叩き込んだ。全身にライトパープルのカラーリングを施されイエローのエネルギーラインが通るそのフォルムを見れば大抵の者はその人型兵器が≪ヴァル・ファスク≫が開発した新兵器だと一瞬で看破することが出来る。

白を基調とした≪レグ・ゼル≫と同じく人型兵器の類に属する“ピースキーパー”は右手に握るオプティカル・ランチャーの銃口を振り回すように敵に向ける。しかし敵の機動力の前に照準線上に捉える事が困難な状況だ。

 

ピピピピピピピピッ!!

 

敵機の接近を告げるサイレンが鳴り響き、“ピースキーパー”が頭部を巡らすと数機の≪レグ・ゼル≫が逆Vの字型のフォーメーションを取って接近してきていた。戦闘に出た≪レグ・ゼル≫が牽制に機関砲を放ち後の何機かは手にレーザーブレード等の接近用兵器を装備し肉薄する。

RGY起動。搭乗者であるタクトの思念で自由自在に動き敵を喰い止めんとばかりに内蔵されているレーザーユニットから閃光を照射していき、オールレンジ攻撃を仕掛けていく。それでも尚、接近を試みる部隊の維持にタクトは舌打ちを堪えモニターに映る敵部隊を睨みつけ右腕部に装備されているレーザーブレードを起動させ発生装置から伸びる蒼い刀身を振りかざし敵が放ったマイクロミサイルなどを切り落とし、オプティカル・ランチャーを左手に持ち替えて素早く銃口を向けて≪レグ・ゼル≫達を撃ち抜いていく。

両肩部に装備されているHキャノン・Cの砲身を前方に展開させ、瞬時に敵をFCS内に捉え引き金を引く。

蒼白く伸びる閃光に巻き込まれ音を立てて拉げた後、盛大に四肢を吹き飛ばした≪レグ・ゼル≫。

突如、背後からの銃声に機体を旋回させると斬りかからんと武装を振りかざす≪レグ・ゼル≫が火球に飲み込まれた。

爆煙が晴れるに連れて右斜め上の方向に銃口を構えて肩にかける銀色の巨人がその場に佇んでいる。

『―――――危なかったな』

「あぁ。ありがとな」

『礼はいらない。敵の殲滅に専念しただけだ。今のでラストのようだ・・・・帰還するぞ』

「あぁ」

暗く沈んだ闇色の瞳を目の当りにし妙な感慨をタクトは覚えた。

戦闘時には必ず伊織はいつもの態度から一変し冷徹な態度を取る。

軍人としては最もらしい行動だが彼にとって伊織はこれまでタクトが見てきた軍人の中でも異彩を放つ存在に見えた。

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました」

水色を基調とした服。長い金色の髪に服と同じく青系統の瞳。額のティアラが目を引く清楚な雰囲気を漂わせる少女―――ルシャーティがスカイパレス発着場に降りたエンジェル隊の面々の前でおっとりとした微笑を浮かべ優雅に頭を下げた。

男の目を引く美貌の持ち主だが伊織はむしろ彼女の傍らに立つ人物に興味を持った。

全身をすっぽりと銀色のコートで包む人物。

そのコートの光沢も特徴的で金属地味た感じで簡単に表すなら金属の銀をそのまま纏っているといっても何も違和感は無かった。

顔はフードで隠しているが、伊織にはその人物がどんな道を歩んできたことかはすぐに分かった。空気だ。どの人物でも漂わせる空気は人それぞれで自分のように血に塗れたような人間は戦闘時までにはいかないものの張り詰めた空気を出しているのだ。戦闘時になって初めて五感の鋭さが増したりなどそんな事があるわけが無い。

ようはその銀色コートの人物が明らかに周囲の護衛を遥かに凌駕する何かを持っているということだ。

おそらくレーザーライフルなどで武装した構成員や護衛の人間を出す必要などなくそいつ一人いれば何の問題も無いというくらいの。だが、伊織にはその人物についてある疑問を抱いた。

まるで人間じゃないような・・・・彼にそう思わせるほどコートの人物は謎めいた何かを身体から漂わせているのだ。

「久しぶりだね。隣の人は?」

軽く握手した後、傍らに立つ銀色のコートの人物を顎で示す。

「彼は私のボディガードのレイヴンです。とても優秀なんですよ」

少し喜びが含まれたような弾んだ声で答え、レイヴンは軽く会釈する。

彼女の態度から察するにレイヴンと呼ばれた人物は絶大な信頼を彼女から勝ち取っているのだろう。

「色々とお聞きしたいことがありますのでゆっくりとお話ししましょう」

優雅な微笑を浮かべ促すタクト達とワンテンポ遅れて後について行った。

 

 

 

ライブラリに到着した後、ルシャーティから近日の状況について簡単に説明された。

ヴァル・ファスクが再び動き始めたこと。

等身大自立機動兵器と言う対人兵器を開発し主要人物の抹殺に乗り出したこと。

「既に評議会議員のうち六人が死亡しました」

話の流れから推測するとその対人兵器に殺されたのだろう。

「ルシャーティは大丈夫だったかい?」

「私も危なく命を落とすところだったのですが・・・・レイヴンに助けられました」

相変わらず傍らで直立不動の体制を取るレイヴン。

「それじゃ皆は適当に街に出たりしていていいよ。辛気臭い話しになるからさ」

苦笑いを浮かべてエンジェル隊を見送るタクト。辛気臭い話は自分も嫌いだがそれを彼女達にまで押し付けるのも嫌いだ。自分のことだ、おそらく途中で睡魔に襲われ大事な話にも関わらず寝入ってしまうに違いない。

後で簡単にまとめて貰おう。

今この場にいない副官が聞いたら激昂する程、いい加減な考えを浮かべながらタクトはどこまで睡魔と戦えるか闘志を燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 

「迷った」

スカイパレスの一角にある公園で伊織は途方に暮れていた。

今思えばちゃんとエンジェル隊について行けばよかった、と思う。

 

伊織は溜息を吐いた。

迷子と軍人の中間の生命体となり永遠にスカイパレスをさまようのである。

そして相変わらず見知らぬ場所に出くわすので伊織はその内考えるのをやめた。

 

「そうだ・・・・確かちとせに地図を渡されたな」

ポケットから小さ目の地図を取り出す。

真面目なちとせのことだ非常時のことを考えて日々、所持しているのだろう。

多少希望が見えた途端、伊織は取り出した物を見て絶句した。

 

 

「これは・・・・で○か字マップ埼玉県版!!・・・・いくらレッズが優勝を決めたからってこれはないだろ」

多分、間違えたのだろう。

この時、伊織は初めて思うのだ。誰にでも失敗はある。どんなに優秀な人間でも。

再度溜息を吐いてヘッドセットに手を伸ばす。

ふと、違和感を感じた。スイッチを入れても通信が繋がらず代わりにノイズだけが耳元に流れ込んでくる。

「・・・・・・・・・・」

後ろに妙な気配を感じ振り向きざまにヒップホルスターに差し込んであった自動拳銃を引き抜いて何も居ない空間に向かって銃口を向ける。引き金の冷たい心地良さが指を通して伝わってくる感覚を無視し発砲。

 

 

 

タンッ!!タンッ!!

 

 

 

小気味良い銃声が平穏なスカイパレスの公園内に響いた。

伊織が手にしている自動拳銃はパンツァー・インダストリィが生産している物で主に近距離から中距離の相手に効果を発揮し短い銃身でありながらも精度は他社のそれを遥かに上回る程で取り回しと使い勝手が良く携帯性にも優れている為、愛用している。

放たれた弾丸が何も無いはずの場所に確かに当たった手応えを感じ信じられない速度で銃口を次々と別方向の場所に向けては発砲していく。

第三者から見れば伊織が試射でもしているのか、と思うだろう。

その時、彼の前方で小さいも稲妻が明滅し次の瞬間、歪な物体が姿を見せた。

ライトパープルのカラーリングの装甲にイエローのエネルギーラインが映える。

ヴァル・ファスクの対人戦闘用兵器。艦船ではなく人間を抹殺する為に造られた殺人機械≪キリークマシン≫。

おそらくヘッドセットが不調なのはこの兵器部隊によるジャミングだろう。

クルクルとトリガーガードに通る指を中心に回る自動拳銃をホルスターに差し込んだ後、

「鳳旋火・・・・」

聞き取る事すら困難なほど小さく呟いた伊織の右掌に光が集束し始め形状を象っていく。

集束した光が弾け、彼の掌に握られていたのは自身の身の丈を超える鎌だった。

黒いロッドに弧を描く銀色の刃。身の丈を超える処刑鎌を肩に抱えた後、伊織はザッと目の前の敵を観察した。

腕部一体型の銃器。生身の人間が全弾を叩き込まれたら一瞬で肉塊に朽ち果てるだろう。

その時、伊織はルシャーティとの会話の最中に出た死亡した六人の評議会議員を思い出した。

(高度な光学迷彩を搭載することで姿を消し対象を抹殺するのがこいつらの役目か)

どんな理由にせよ敵なら排除するだけだ。

微かな稼動音が聞こえ伊織はサイドに跳んだ。するとすぐ後ろに設置されていたベンチがバラバラに引き千切られた。おそらく機銃掃射によるものだろう。

「上等だ・・・・貴様等のような機械人形に殺られるつもりなどもとよりない。スクラップになるのはお前達だ」

獣のような俊敏性を見せ付け伊織は端に待機していた一体に向かって鳳旋火の刃を振るった。装甲がひ弱なのかそれとも鳳旋火の切れ味が驚異的なのかは定かではないが、ザックリと切り込み引き千切るようにして強引に抜いて、振り向きざまにすぐ傍のもう一体の突き込む。先ほど斬った一体を一点に集中する三体目掛けて、

「ハッ!」

気合が喉を割るかの如く放たれ、鳳旋火の斬撃を最初に喰らった一体が一点に集中する三体に向かって蹴り飛ばされ、大きく内部から膨れ上がるようにして僚機を巻き込んで爆ぜた。

一気に四体を撃破し刃で貫かれている敵を鳳旋火ごと振り飛ばしスカイパレスの外、つまり空中に投げ飛ばす。

一瞬停止したかと思うとすぐに重力に流され真っ逆さまに落ちていく。

少し経ってから爆発音が聞こえたのは伊織が残りの五体の敵から放たれる機銃を巧みに回避している時だった。

卓越した身体能力を駆使し徐々に研ぎ澄まされていく五感のままに動く。

物陰から出て一気に間合いを詰めるも敵の火力に押され側転で別の物陰に隠れる。

いくら伊織が突出した身体能力の持ち主といえど圧倒的な火力には成す術も無い。

生身の人間では限界があるのだ。

「・・・・・・・」

鳳旋火を消した後、代わりに自動拳銃を引き抜く。機動戦闘を展開するしか無さそうだ。

脚に力を込めて一気に解放。物陰から飛び出し三体の内二体の中心部を照準線に捉え引き金を引いた。

タンッという音が二発その場に響く。

減音装置≪サプレッサ≫を装着すればよかった、と思いながら伊織は解放した脚力を駆使し間合いを詰め連続で拳を繰り出す。

時折、膝蹴りを混ぜながらの連続打撃の流れの速さについていけず装甲を凸凹状に変え弱々しく後退し爆発した。

生身の人間が複合装甲を破れるはずが無い。常識に忠実な科学者がこの光景を見たら目を疑うだろう。

生身の人間が打撃のみで複合装甲の形状を大きく変えたのだから。

先天的な能力と後天的な努力によってある種の怪物と化した伊織の周囲には火炎に包まれた機械の残骸だけが不気味なオブジェとして横たわっていた。

「やれやれ・・・・・」

周囲を見回し改めて誰もいないことを確認し伊織はその場から離れた。

警備の人間に見つかると色々と面倒なことになるからだ。

 

 

 

 

『――――そっちを右方向。それから真っ直ぐに行くと大通りに入るからな』

「あぁ」

対人兵器を撃破したことによりジャミングが治まった今、EISYSの誘導によって伊織はスカイパレスの大通りに向かって歩いていた。

ちとせからの地図があてにならない以上、EISYSからの誘導だけが頼りになる。

「あっ・・・・伊織さん!」

「本当だ!どこ行っていたんですか?」

「連中が来た。切るぞ」

後ろから聞き慣れた声が聞こえ、ヘッドセットのスイッチをオフにして振り向くとエンジェル隊のメンバーが集まってきた。

中には自分に間違った地図を与えた少女も居る。

「今までどこに行っていたんですか?」

「迷った」

「は?」

ランファが呆れたように口を開く。

迷ったと言っている割に本人は平然を保っている。

「でも・・・・・地図を渡した筈ですけど」

「地図って・・・・これか?」

ちとせの言葉に眉をピクリとさせながら、渡された『で○か字マップ埼玉県版』を取り出して手渡す。

「これはどこからどう見てもスカイパレスには関係ないと思うが」

「ひゃ・・・・すすすすみません!!!」

冷静な指摘に顔を真っ赤にして腰ごと折って頭を下げるちとせ。地図を間違えただけでここまで謝る彼女姿を見ていて可愛らしいと思った。

「まぁ、俺もそこまで気にしてはいないさ」

相変わらず腰を折ったまま頭を下げるちとせの頭をそっと撫でながら口元に薄い笑みを作る。

「はあぅ・・・」

頭を上げて伊織が撫でたところ両手で触る。

ちとせにとって伊織の『撫で』はどんな物すら遠く及ばない暖かさを与えるのだ。

相手を思いやる真っ直ぐな暖かさが手の平を通して頭に伝わりそれから全身をゆっくりと駆け巡る。

このまま相手に何もかも委ねてしまいたいような安寧が心の中で生まれつい、うっとりとした満面の笑顔を浮かべる。

「あらぁ?伊織ったら大胆ねぇ?」

ランファのニヤついた一言に思わず我に返り白い肌を紅く染め始めるちとせ。

「そうなのか?」

冷ややかな笑みを浮かべるランファに真顔で尋ねる。冷やかしのつもりなのだが本人の大真面目な視線にウッと詰まってしまった。

本来ならば良いムードになっている二人を冷やかし、二人の赤面ぶりを見て更に追い込むのがセオリーなのだが相手が相手だけに今回ばかりは上手くいかないようだ。タクトのように女心、ましてや他人の感情すら察知しにくい鈍感ぶり且つ対人経験が余りにも少なく口下手で不器用な性格を持つ伊織は落胆するランファや顔を紅くして俯くちとせの意図がさっぱり分からなかった。

「仲睦まじくて羨ましい限りですわ」

パタパタと頭から生える耳を動かす。優雅な微笑の裏に隠された策略など二人には到底気がつかないだろう。

行き交う人々の笑顔。平和を取り戻し希望に満ちたスカイパレスの住人の様子を見ると微笑ましい気分になってくる。

誰もがこの平穏な風景が少しでも永く続くことを祈るだろう。

そして、唐突にその平和を砕く音が響いた。

 

 

 

ゴシャァァァァァァァァァン!!!

 

 

 

建造物が盛大に音を立てて倒壊する爆音。揺れるスカイパレス。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

男の叫び声が聞こえ一同が男の方に目線を移すとバラバラに引き千切られて倒れ伏す男がいた。

男の死がまるで引き金かのように恐怖の波が一斉に通行人を呑み込んでいき恐怖の感情を感染させていく。至る所で生まれる叫び声。

目を見開き呆然と立ち尽くす彼女達の隣で伊織はヒップホルスターに差し込んであった自動拳銃を抜き放つ。

先程の戦闘で若干、弾を消費したが予備弾倉を携帯している為、問題は無い。

だが、予備弾倉といえど長期戦になれば不利になるのは目に見えている。

連中は機械でありこちらは生身の人間。体力の差が大きく過ぎる以上、長期戦闘は望ましくない。

そこらじゅうに置いてある物体がオレンジ色の炎に包まれ煙を立ち上らせる。

微かな物音が聞こえたのを伊織はシッカリと聴覚で細くし物音の方に銃口を向けて引き金を引いた。

フォルテを覗く突然の伊織の発砲に思わず身体を強張らせるエンジェル隊は向けられた銃口の先にある何もいないはずの空間に稲妻が走り次の瞬間、姿を見せたライトパープルの装甲を持つ対人自律機動兵器を目の当りにし目を見開く。

禍々しいフォルムとカラーリングが視界に入り一瞬でそれがヴァル・ファスクの兵器だと理解したからだ。

 

伊織を先頭にエンジェル隊はライブラリに戻り状況を知らされた。

突然の襲撃に皇国軍も反応が送れて被害を拡大させてしまったらしくも現在、武装構成員が襲撃部隊の制圧に向かっており、ルシャーティとタクトは一足早くエルシオールに避難しているらしい。

「敵部隊の本隊は?」

「おそらくスカイパレスから少し離れた空域にて待機していると思います」

「決まりだ。エルシオールに戻り本隊を叩く」

皇国軍ジュノー駐留艦隊司令官と思える軍人の冷静な対応にひとまず安心した。

どうやら貴族などの御飾り軍人ではないらしい。

彼ならば正確な指揮を執り速やかに事態の収拾を行えるはずだ。

自分達は自分達に出きることをするだけだ。

そんな彼の隣で慌てふためく副官の態度に虫唾が走り伊織は副官の腕から短機関銃を奪い取り、

「聞いてのとおりだ。俺達で本隊を叩くぞ!!!」

銃声と爆音が響くライブラリの中、呆然と立ち尽くすエンジェル隊に、

「何やってるんだい!?アタシらが終わらせるんだよ!!!」

フォルテがアサルトライフルのセーフティロックを解除しながら伊織同様、声を荒げる。

傭兵からの叩き上げで軍に入隊した彼女は対応が少し遅れたもののすぐに自分達に出来ることを理解し、行動に移った。

「伊織!先頭頼む!アタシは最後尾で警戒するから!!」

「了解・・・・・全員散らばらずに一ヶ所に集中しながら移動しろ!絶対に後ろを振り向かず立ち止まるな!!」

「「「「「・・・・・・・・」」」」」

「何をしている!?死にたいのか!!!!」

「はっ・・・はい!!」

怒号に我に帰り、ライブラリから駆け出した伊織の後にミルフィーユが続き後からミント、ヴァニラ、ランファ、ちとせ、フォルテが続く。

曲がり角から現れた対人兵器に向かって駆けながら短機関銃の冷え切った引き金を引いた。

反動が手を通して全身に伝わる。

腰に備えておいた手榴弾の安全ピンを歯で抜いてゾロゾロと並んで姿を見せる兵器群に投げつける。

小規模の爆発を巻き起こすも部隊を一掃し、まだ晴れない爆煙の中を駆けていく。

至る所から銃声、爆音、悲鳴など耳を塞いでいたい声が聞こえる中、伊織は先ほど見せた焦燥の念から無表情に変わっていた。

冷静に対処しなければいけない。誰か一人が欠ければエンジェル隊のテンションに関わってしまう。

 

 

ヒュゥゥゥゥゥゥン!!!

 

 

「!?全員伏せろ!!!」

何かが徐々に近づいてくる音が聞こえ伊織は響き渡る爆音に負けじと声を張り上げた。

少し離れた場所がオレンジ色の火の粉を撒き散らし設置されてあったベンチを大きく吹き飛ばす。

「あ・・・・あぁ・・・!!!」

「ミント!!!」

突然始まった惨劇を受け止めきれず反応が遅れたミントに吹き飛ばされたベンチの破片が飛来してくる。速度や硬度から計算して直撃すれば頭蓋を叩き割るほどの威力を秘めているだろう。

自分の頭蓋を砕く威力を秘めて飛来するベンチの破片を呆然と見つめながら顔を青ざめるミント。

突然、目の前に鈍い銀色の煌きが現れ、

「ハッ!」

放たれた気合と共に銀色の閃光が迸り飛来してきた破片を斬断した。

「レイヴン・・・さん?」

目の前に居る人物が先ほどルシャーティの傍らに立っていた銀色のコートの人物、レイヴンだと分かった。

再び近隣にミサイルが放たれ直後、雪崩のように爆風が迫ってくる。

吹き飛ばされそうな爆風から自分の目の前に立って爆風を遮るレイヴン。

その時、逆行した爆風でコートが外れた。

 

 

 

「「「「「「え・・・・・・・?」」」」」」

 

 

 

伊織を除く全員が動きを止めた。

外れたフードの下に隠れていた人物の顔を見て驚愕に震えたからだ。

 

今でも覚えている。真っ白いシーツを鮮血に染めながら死に際、心を理解し力なく笑って息を引き取った彼の姿を。

その彼が何故、前の前に立っているのか。エンジェル隊には理解が出来なかった。

悪い夢か何かだろう。本気でそう思った。

しかし、これは現実。巻き起こる爆風も悲鳴を掻き消す銃声も全て現実である以上、目の前に立つ男の存在もまた現実なのだ。

 

 

 

「ヴァイン・・・・・さん?」

 

 

ミントが掠れた声で訊ねた。

「俺が誰かなんてどうでもいい!さっさとエルシオールに戻れ!!!」

「ヴァインさん!?」

両手にロッドを握り締め投下された対人兵器部隊に向かって駆けていくヴァインに似た男、レイヴンの後姿を追おうとするミントに、

「ミント!アタシらは早いとこエルシオールに戻るよ!早く終わらせてから話を聞かせてもらえば良い!!」

フォルテの切羽詰る叱咤で我に返りミントは雑念を捨てて再び駆け出していった。

 

 

 

 

「ミルフィー!みんなも無事かい!?」

「レイヴンは?レイヴンは大丈夫なんですか!!??」

エルシオールに入ってきたエンジェル隊を見つけるや突進するかのように駆け寄るタクトとルシャーティ。

「ルシャーティさん・・・・どうして、ヴァインさんが?」

未だにヴァインと思わしき人物との邂逅に衝撃を隠せないミント。

「どういうことだ?ヴァインはあの時・・・・」

かすれ声でルシャーティに訊ねるミントの疑問にそんなことあるはずない、と言った様子のタクト。

一方ルシャーティは見てしまったんですね、といった様子で弱々しい声で、

「彼はヴァインではありません・・・・彼、レイヴンは」

 

 

 

「ヴァインの兄です」

 

 

 

 

 

エルシオールがジュノーに到着する三週間前のこと。雨が降るスカイパレスの公道を突き進む護送車の中でボンヤリと外の景色を見ると銀色のコートの男が歩道を歩いており、どこかで見た顔だと思い確認の為に止めてくれと言った瞬間、例の対人自律機動兵器の襲撃に合い死ぬ寸前にその男が助けてくれたのだ。

それから数日をかけてルシャーティは男の行方を追い、とある公園で座っている所を発見し、話し掛けた。

「この前はありがとう・・・・助けてくれて。良かったらフードを外してくれない?」

黙ってフードを取る男。隠された顔は間違いなく彼だった。

金色の髪に紫の双眸。

「俺はヴァインじゃない」

ヴァイン、と呼びかけようと口を開く前に男が語りかける。

「あいにく俺はヴァインじゃあない。俺の名前はレイヴン・・・・・覚えておけ」

話し方もヴァインと違うところから見て彼はヴァインではなくレイヴンという男だ。

しかし、まだ彼の話をしていないにも関わらず彼の名が出てくるということは何らかの関係を持っているということだ。

「貴方は・・・・ヴァインの?」

「兄だ・・・・・双子のな」

双子の兄。それならばヴァインと瓜二つの外見をしても何らおかしくなかった。

彼、レイヴンはヴァル・ファスクの中でも優れた能力を持つもそれをヴァル・ファスクの軍事行動には使用せず、そのことからヴァル・ファスクの中ではかなり浮いた存在らしく、元老院直属特機師団長への就任の話が出されるもレイヴンはそれを放棄、弟のヴァインに譲ったらしい。

「どうして?」

「俺はな。今のヴァル・ファスクが嫌いだ」

自分もヴァル・ファスクだというのに同胞に対して毒を吐き出すかのような態度を見せるレイヴン。

「EDENとの戦争も俺や他の穏健派の連中は望まなかった。ましてやあんな物に頼って勝利を収める態度が気に食わなかった」

彼の話しではヴァル・ファスクにもEDENとの友好関係を築くべきだという『穏健派』と徹底的に殲滅する『過激派』の二大派閥が形成されているらしく穏健派はEDENとの戦争、クロノクウェイク爆弾の使用には異議を唱えた。

しかし、当時の総帥であるゲルンの絶対的な圧力にその意思は砕かれてしまったのだ。

もし穏健派の力が強かったらEDENとの戦争は起こらず時空震も生まれなかっただろう。

「どうして?私にそんなことを教えるの?貴方達から見れば・・・私達は敵のはずよ?」

最もな意見だ。

何故、先程会ったばかりで見ず知らずの人間にここまで自分達の内部状勢を詳しく教えるのだろうか。

「別に深い意味はない。ヴァル・ファスクが悪の代名詞なんてイメージを引きずりたくないのさ」

要はヴァル・ファスクの中にもまともな奴はいる、ということらしい。

彼の言葉からルシャーティはそう解釈した。

それからルシャーティは彼をすぐ傍に置き自らの護衛とした。

監視の必要もあるが、多分失いたくなかったからだ。大切な存在を。

 

 

 

 

 

“ピースキーパー”を操りながら≪レグ・ゼル≫を撃破していくタクトは複雑な心境を胸に抱いていた。

ヴァインの兄であるレイヴン。

彼にとって自分達はどのように見られているのだろうか。弟を苦しめた仇なのだろうか。

「いや、考えるのはやめよう。あとでゆっくりと話を聞かせてもらおう」

白銀の巨人と昏い銀色の巨人の後に白銀の天使達が惨劇を終わらせる為に前方に展開されている艦隊に向かって飛翔した。

 

 

「くっ・・・・あぁ!!!」

ミサイルの直撃を喰らってしまい揺れるコックピットの中で歯を食い縛り必死に衝撃に耐えながらミントはフライヤー達を操っていく。

しかしフライヤー達の動きがいつにもましてキレがなく鈍く感じ取れる。

先程のレイヴンとの邂逅によってミントのテンションを不安定に落としたのだ。

「このままじゃ」

本当に落とされてしまうという凍てついた恐怖が身体を包み込む。

現にスカイパレス襲撃部隊の本隊はかなりの数だ。

もっとも“オルフェウス”との戦闘時に割り込んで来た艦隊の数ほどではないが。

それでも紋章機といえどといった数には違いない。単体戦闘能力では紋章機を下回るが物量戦になるとそれは大きく覆させられてしまう。

その時、紅の一閃が目の前を横切った瞬間、攻撃機や高速戦闘機、≪レグ・ゼル≫が一瞬で灰燼へと帰した。

「な・・・・なんですの!?」

突然、音もなく撃墜された敵を見せ付けられ驚きを隠せないといった様子のミントは条件反射のように流れる動作で“トリックマスター”の索敵系で攻撃の主を探す。意外とすぐ早くに見つかった。今自分が操縦席に腰掛ける愛機の四時方向。

燃え盛る紅蓮の業火を髣髴させる機体がそこにいた。

背部のフライトユニットから放たれる蒼白い光。右手に握り締める両刃の刀剣。

肩部に固定されている銃器。

ツインアイの瞳は緑色に輝いている。索敵系機器の塊でもあるアンテナは鬼の角のようだ。

いや、もはや『鬼』といっても過言ではなかった。

ライトブルーの“トリックマスター”のすぐ傍に青系統の色彩と対照的な紅鬼がいるのだ。

『―――――――お前はさっきの・・・・・・そうか、お前がヤツの言っていた『天使』というわけか』

直後、通信が繋がり画像ウインドゥが広がる。

操縦席には銀色のコートで身を包む男―――レイヴンがミントを見て目を細めながら言った。

『―――――――テンションが下がっているならエルシオールに帰還しろ。目の前で死なれると胸糞悪くなる』

冷たい空気を漂わせているような言葉だが叱責している訳でもない。

どちらかというと諭すような言い方だ。口調から見てヴァインではないのは100%のようだ。

「ご忠告ありがとう御座います。でも私はまだまだ戦えますわよ?」

『―――――――そうか』

通信が遮断され紅鬼がフライトユニットから蒼白い光を吐き出させEDENの大空を切り裂いていった。

 

 

 

「なるほど・・・・今のヴァル・ファスクは根から腐っているようだ」

淡々と呟きながらレイヴンはフライトユニット、脚部に備えられたスラスターを自在に調整、操り≪レグ・ゼル≫や攻撃機などといった艦隊を撃破していく。

“ヴェーアヴォルフ”。それが彼の操る機体の銘で意味は戦狼。

その名の通り俊敏性を見せ付け敵を楽々と撃破していく光景はまさに血に飢えた狼そのものだった。

本来≪レグ・ゼル≫のプロトタイプとして位置付けされる“ヴェーアヴォルフ”だが戦闘能力は単体で≪レグ・ゼル≫の何十機分に匹敵し一個大隊を率いて接近する≪レグ・ゼル≫達を高出力プラズマライフルで吹き飛ばし一掃するなど圧倒的な差を開ける一方だ。

コックピットに座りレイヴンはふとあることに気が付く。

“ヴェーアヴォルフ”の周囲に敵がいないことを。知らず知らずのうちに殲滅してしまったらしい。

「あとはエルシオールの連中に任せておこう」

モニターに映る銀色の機体が信じられない速度で弾幕の雨を潜り抜けレーザーブレードのようなもので戦闘母艦の艦橋を切り裂いていた。一対一でやったらどうなるかと思うほどその銀色の機体の能力は突出していたのだ。

「化け物だな」

渋い表情を浮かべた後、レイヴンは愛機をスカイパレスの方角に向け帰っていった。

 

 

 

 

『――――――――お疲れ様です、伊織さん』

「ちとせもみんなもお疲れ」

たった今、最後の一隻を沈め伊織はエルシオールへと戻る最中、周囲に集まってきた紋章機に向けて珍しく労いの言葉を書けた。

『―――――――アンタが労うなんて・・・・悪いものでも食べたの?』

ランファの一言に対し、

「俺が労うことがそんなに不思議か?」

『―――――――えぇ』

当然といった様子で返すランファ。内心で苦笑しながらエルシオールへと愛機を進める。

その時だった。モニタに自分が憎むべき相手が現れたのは。

 

 

 

茶色い髪と同系色の瞳。

突如として通信回線に割り込み、モニターに映るタクトと瓜二つの外見の持ち主であるフォート・マイヤーズ。

並行世界“ガーリアン”ではタクトの息子であり、故に瓜二つの相貌を持っていても何らおかしくない。

ただ、父親であるタクトのように暖かみなどなく冷たい微笑を浮かべている点を除いての話だ。

「貴様・・・・」

『――――――そう怒るな。今日は諸君に言う事があってな』

「なんだと?」

唐突に顔を見せたフォートに敵意と殺意を剥き出しにした伊織のドスの効いた声が響く。

おそらく遠距離からの通信だろう。フォートがEDENに来ているはずが無い。

『―――――“オルフェウス”は帝政軍と和解し私は軍に戻る事が出来た』

「それだけの理由か?」

『―――――まさか』

彼から放たれる次の言葉は伊織を含むエンジェル隊を驚愕させるには十分過ぎるな内容だった。

 

 

『――――――トランスバール皇国を含むEDEN全域に宣言する。我々帝政軍はEDENに宣戦を布告する』

 

 

 

「「「「「「「!!??」」」」」」」

 

 

「どういうつもりだ・・・・フォートッ!!」

フォートの宣戦布告に衝撃を受けるエンジェル隊の中で一番伊織が我に帰った。

感情を極限まで押し殺す伊織だがその声質からは明らかに殺意と怒気が察せられる。

『――――――聞いての通りだ。お前も早いところ復帰したらどうだ?』

「ふざけるな。誰がお前がいる軍に入るか、それに・・・俺は軍や階級よりも大切なものをこの手で掴んだ」

『――――――祖国よりもか?』

「そうだ。例え祖国を裏切っても一度掴んだ大切なものを俺は失いたくない。

お前達がそれを壊そうというなら・・・戦ってやるさ。どんな相手だろうとな」

キッパリと言い放つ。

例え自分が生まれ育った祖国が相手だろうと自分は大切なものをこの手で掴んだのだ。

かけがえのない仲間と大切な彼女。

それらを失うくらいなら反旗を翻す覚悟だ。

彼の黒瞳には美しいと称してもおかしくない程の強い決意の光がそれを物語っているのだ。

モニターに映るフォートはまるでその言葉を待っていたかのように口元にうっすらと笑みを浮かべ、

『――――――いいだろう。どうやらお前とはこうなる運命らしい』

「当然といえば当然だ・・・・・お前にちとせは殺させない。『二度』もな」

クックックッとヒステリックな笑い声を上げた後、通信が途切れた。

 

 

 

それが新たな大破壊と繰り返される悲惨の幕開けでもあった。

 

 

 

 

 

                第二十九章

                         完

                              続く

 

 

 

後書き

 

久しぶりの更新ですね。

二十八章では伊織の残酷性を見せ付けました(?)がここから物語りは急展開を迎えます。

最後に出てきたちとせと『二度も』の関係。勘の良い読者の皆様ならすでにお分かりいただけましたでしょうか?

もし推測等を立てているならば答えは次章にて明かされます。

私もあと二週間少しで試験日でNOAも最終段階に突入します。なるべく予想を裏切りアッと言わせていきたいと思っています。

残りあとわずかですが最後までお付き合いくださいませ。

では、イレギュラーでした。