第三十一章「独裁者の最期、そして・・・」
「戦闘領域に突入。これより戦闘を敵部隊の『殲滅』にとりかかる」
大きく身体をスピンさせながら優雅に疾走する銀色の巨人。脚部、背部に備えられたスラスタから蒼白い光を吹かしながら巨人―――“マークヌル・ノイエ”は右手に握り締める“ミハイル”の引き金を敵≪レグ・ゼル≫部隊に銃口を向け引き金を絞る。直後放たれる緑色の弾丸がある種の竜巻と化し、銃声は竜巻が生む唸り声となり≪レグ・ゼル≫を巻き込んではバラバラに吹き飛ばしていく。
爆発など目に求めず“マークヌル・ノイエ”のコックピットに座る伊織は目の前に展開されている光景を見て身体が微かに震えていることに気がついた。
『どうした?武者震いか?』
「そんなところだ・・・・ッ!!!」
右腕に装備されているレーザーブレード発生装置“グリンカ”からレーザーブレードを生成、対艦サイズまで刀身を伸ばし大きく振るう。次々と放たれるミサイルを発射したと思われる敵駆逐艦ごと斬断する。巨大な刀身に触れた瞬間、爆発を引き起こし駆逐艦は巨大な刀身が装甲に食い込み次の瞬間、真っ二つに切断される。
“ミハイル”をホルスターに差込み、更に左腕の装置も起動。両腕を広げて伸ばし、一気にスラスタを吹かし周囲と前方に展開されている≪レグ・ゼル≫を切り伏せながら突き進んでいく。“マークヌル・ノイエ”が通った後には次々と爆発が生まれ残骸のみが不気味に漂っているだけだ。
『まぁいいさ。あーあ・・・俺も思いっきり大暴れしてぇ。お前に身体渡さなきゃよかったぜ』
つまらなさそうに愚痴を零すEISYS。仮にも彼と銃口を向け刃を交え今、伊織は存在として確立され身体を有している。
「そうすれば・・・ヴァニラとも別れずにすんだってか?それにしても・・・いつまで隠し通すつもりだ?」
『ヴァニラがこんな機械の姿で俺と会ったって・・・・悲しむだけだ』
悲しげな声で返すEISYS。機体の全システムを司るAIと同化したとしても彼の意思はそのまま残っている。まるで彼自体が機体―――“マークヌル・ノイエ”そのものだといっても過言ではない。そう思わせるほどEISYSの言葉一つ一つには単なるAIという存在には無い感情が込められていた。
「・・・・別に俺には関係ないがな。そういうのは当事者だけで事を進めて欲しいものだ」
“グリンカ”を通常サイズに戻し斬りかかる≪レグ・ゼル≫の動きを見切り腹部を引き裂き、背後からレーザーソードを掲げるもう一機に向かって振り向きざまに斬撃を浴びせ頭部を綺麗に切断し吹き飛ばす。
微かに生じた硬直を見逃さずに無防備な胸部―――動力源に向かって刃を突き刺し、勢いよく投げ飛ばし巡洋艦に向かって投げつけた。
破裂する巡洋艦と≪レグ・ゼル≫を見つめ周囲を回頭。不気味に漂う残骸を確認し、“マークヌル・ノイエ”は出力を上げて一条の光と化して閃光飛び交う戦場を駆け抜けていった。
漆黒の宇宙空間とは対照的な白銀の彩色を持つ巨人は猛スピードで移動し右手に握り締める中銃身ライフル、“オプティカル・ランチャー“の銃口を向けて引き金を引いた。精密な射撃に撃ち抜かれていく≪レグ・ゼル≫。尚も速度を緩めない”ピースキーパー“の背後に回りこみ追撃を試みようとレーザーライフルを構える≪レグ・ゼル≫及び攻撃機、戦闘機。背後から横、下などをすれすれで飛来する紫色の閃光。
タクトは思念を集中しピースキーパーの背後に連結されているRGY―――リモートガンユニットのロックを解除。全周囲モニターではなく脳裏に浮かぶ背後の敵にRGYを向かわせる。全周囲モニターがHALOを通じて彼の生体脳に視覚が投影されているのだろう。
例え機体の後方だろうと関係ない。RGYを巧みに操る。鋭角的な軌道を描く銀色の遠隔操作ユニットは主の思念を忠実に受け取り、目標に向かって攻撃を開始する。
「一体・・・いつまでこんな無意味な争いを続けるつもりだ!!!」
心の底から生じた怒りを抑えきれずタクトは叫ぶように声を荒げた。
虚しくなった。彼女と自身、そして大切な仲間の命をかけて醜い欲望を打ち砕いた。
はずだった。あの時の苦痛がまるで無駄だった、と言いたげに目の前に展開された艦隊は問答無用を言葉ではなく行動で示していたから。
「オレ達がやってきたことは・・・無駄だったのかよ?」
『――――――違います!!!』
「ミル・・・ふぃー?」
痛切な呟きに可愛らしい声が反論した。
少し遠距離からブースターを吹かして接近するシルバーメタリックにピンクのカラーリングの紋章機と呼ばれる大型戦闘機。GA―001“ラッキースター”の愛称で知られタクトの恋人であるミルフィーユ・桜葉の乗機だ。
通信ウインドゥが繋がる。肩まで届いた桃色の髪の持ち主であるミルフィーユは先程と同じように続けた。
『―――――私とタクトさん!それにみんなが一緒になって戦ったあの戦いは無駄じゃありません!!』
強く否定するミルフィーユ。
『―――――思い出してください!確かにあの時は苦しかったですけど、その分タクトさんが好きになりました!もっともっと好きになりました!!』
「ミルフィー・・・・・」
『―――――私はタクトさんと・・・みんなともっと一緒に居たいです!だから戦うんです!みんなと・・・タクトさんが一緒だから何度でも戦えるんです!!!』
必死になって声を荒げるミルフィーユにタクトは先程の考えが馬鹿馬鹿しくなってきた。
戦えばいい。守ればいい。
それこそ何度でも・・・何度でも。
オレには信じあえる仲間と大切なミルフィーがいるじゃないか!!
改めてモニター越しの少女の芯の強さを実感した。
「そうだな。ありがとうミルフィー。オレも・・・ミルフィーのことが大好きだ!!!」
『―――――ひぇっ・・・』
半分はタクトの言葉で。そしてもう半分は自身の言葉に今更照れて顔を赤らめるミルフィーユ。
「行こう。一緒に」
『―――――タクトさん・・・・・。はい!』
元気良く頷いた後、満面の笑顔を浮かべた。
“ラッキースター”と“ピースキーパー”はブースターを吹かし突き進んだ。“ラッキースター”のレーザーファランクスで体勢を崩した突撃艦に全RGYの集中砲火で確実に撃墜していく。共に背中を預けあえる者同士、最愛の恋人同士の前ではヴァル・ファスクの無人艦隊も無に等しかった。
「危ない!」
浮遊する残骸の中を突き進み右上、左下とありとあらゆる方向に向かって“ミハイル”を構え≪レグ・ゼル≫を貫いて行く“マークヌル・ノイエ”の前方に幾重も連なって飛来するミサイルを“シャープシューター”のモニターに捉えたちとせは素早く対象を照射線上に捉え、機体中央部よりも右に装備されている長銃身レールガンの引き金を絞った。
レールガンから射出された弾丸が飛来する全てのミサイルが連なった瞬間を貫き一瞬で全ミサイルを爆発へと誘う。
更にレーザーファランクスを発射。機体と同色のファランクスが光の軌道を緩やかに描いていき重戦艦の武装に叩き込まれていく。
その隙を“マークヌル・ノイエ”が見逃さず、一気に間合いを詰めて“グリンカ”を通常のサイズよりやや長めに生成し重戦艦の装甲を抉り大きな裂け目を与え、その場を離れる。
「伊織さん!大丈夫ですか?」
爆発の光を背後に背負いシルエットと化した“マークヌル・ノイエ”に通信を繋ぎ伊織の安否を気遣うちとせ。
『―――――あぁ、損傷は無い。あれぐらいなら空間防壁で防げた』
「そ・・・・・そうですか」
余計なことをしてしまったのだろうか、と少し気落ちしてしまった。そんなちとせの胸中を珍しく察した伊織は、
『―――――だが、ありがとな・・・・ちとせ』
彼と余り会話を交わさない人間なら慰め程度の感謝だろうと思うだろう。
しかし、ちとせには心からの感謝の気持ちがその短い言葉に凝縮されていることをよく分かった。想いが通じ合った彼女だからこそ彼の些細な優しさを理解する事が出来る。
そう思えば思うたびに嬉しいさが増していきテンションが高揚してくる。
「・・・・は・・・はい!!」
満面の笑顔を浮かべちとせは気を引き締め直し戦場の中を突き進む。
今、エンジェル隊と皇国軍艦隊及びEDEN防衛部隊はジュノーの衛星軌道上にてヴァル・ファスクの大艦隊を相手に大規模な戦闘を展開している。ヴァル・ファスク側からは全戦力と言っても過言ではないほどの艦隊が。そしてジュノーからは≪レグ・ゼル≫に対抗して開発された最新鋭兵器、刻印機が大量に戦場各域に散らばりその性能を見せつけるように奮闘している。
「どうして・・・・こんなことになるのでしょうか?」
心の底から浮かび上がる疑問を桜色の唇から洩らす。ただ相手を倒す為に兵器を造りその剣を振るい戦火を撒き散らす。そしてそれは連鎖となり延々と続いていくのだ。
こんなことはやめさせたい。
そんなちとせの切実な願いに呼応するように“シャープシューター”は彼女の想い通りに動いていく。ただ戦うのではない。今こうしている間にもこの世界、別の世界で命を落としている者は大勢いる。その命を落とした者の為にも平和を信じて戦わなければならない。強い使命感が彼女の五感に鋭利さを与えていくのだ。
接近する敵を長銃身レールガンで的確に射抜いていきレーザーファランクスを叩き込む。
「遅すぎます!!」
機体を加速させ≪レグ・ゼル≫の機銃掃射を回避し掃射後の僅かな隙を突いてミサイルを発射。ミサイルの直撃を喰らい音を立てて拉げ、そのライトパープルの四肢を盛大に吹き飛ばし、全周囲モニターに映るロックオンカーソルが煙の向こうの敵に定まりレールガンで敵を射抜く。
「敵部隊の殲滅に成功。“シャープシューター”、補給に戻りますので準備の方をお願いします」
エルシオールのブリッジに告げちとせは自分と愛機が駆逐した部隊の残骸を縫うようにして白塗りの優美な巨艦に向かって進みはじめる。
「伊織さん・・・・ご武運を」
最愛の者の無事を祈って。
「アンタ達なんかに負けるわけにはいかないの!!そこをどきなさい!!!」
シャインレッドの色彩が爆光によって輝く。赤い一条の閃光は縦横無尽に砲弾が飛び交う戦場を飛び回る。ランファは愛機、“カンフーファイター”を巧みに操りその機動力を最大限に生かして放たれたミサイルを全弾、綺麗に回避しアンカーアームを戦闘防塁に叩きつけた。
メキッという破砕音を立てて装甲版を散らしながら体勢を崩す戦闘防塁に中型ミサイルを発射。ミサイルの直撃を受け内側から破裂するような勢いでオレンジ色の光を洩らし爆ぜた。
ランファは今は戦うしかないと自身に言い聞かせた。いつか再びあの心優しい青年に会う為に。自分の想いをシッカリと告げる為に。
「いっけぇ!アンカークロー!!!」
喉を割る気合と共にワイヤーから放たれたアンカーアームが≪レグ・ゼル≫を掴み投げ飛ばして攻撃機に叩きつけ、別のアームはちっぽけな≪レグ・ゼル≫の装甲を軋ませながら盛大に握り潰す。
「甘い甘い甘い!!!」
真正面に直撃コースを描く銀色の弾頭を機関砲で迎撃し大きく機体をスピンさせながら機体色と同じレーザーファランクスをぶっ放し高速戦闘機を貫通、撃破する。まさに闘士の如く怒涛の勢いで敵部隊を駆逐していくランファのテンションはただ高揚の一途を辿るばかりだ。
(アタシがちゃんと言っていれば良かったんだ!だから今度こそちゃんと・・・アンタに言うわね?)
右手で射出したアームを操り左手で“カンフーファイター”を操りながらランファは胸中にあの優しい笑顔を浮かべる青年を思い浮かべる。彼と共にいた時間こそ自分の幸せ、その幸せを再び掴む為にも目の前の壁を崩して先へ進まなければならない。
(だから・・・・アタシの想いをちゃんと受け止めて!!!)
重戦艦を左右からアンカーアームで押し潰して撃破しランファは想いを寄せる黒髪の青年に届かぬ思いを伝えた。
「・・・・・・ッ!!」
脚部とウイングユニットのブースターを吹かし次々と飛来するミサイルを回避。右腕に握り締める高出力プラズマキャノンで応射し弾丸を追うように紅の戦狼は左腕に抜き放つロングレーザーソードを握り締め驀進する。圧倒的な機動力を誇る戦狼―――“ヴェーア・ヴォルフ”はロングレーザーソードで≪レグ・ゼル≫を斬り捨てながら速度を落とさずに三時、十一時方向の敵にプラズマキャノンの弾丸を叩き込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・せいッ!!」
驚異的な加速性能を見せつけるように敵部隊の戦闘母艦の艦橋の目の前に現われソードの刃を振るい艦橋を切り落とす。バックし機体の至る個所にプラズマキャノンの弾丸を撃ち込み旋回、爆発の影響に巻き込まれないようにその場を離れる。
また、ヴァル・ファスク独自の能力で“ヴェーア・ヴォルフ”の搭乗者であるレイヴンは担当していた≪レグ・ゼル≫部隊全機を爆発寸前の戦闘母艦まで誘導し一掃。生身で機械を操る独特の能力を持つのがヴァル・ファスクだが彼のそれは他のヴァル・ファスクを遥かに上回る程だ。
一時期は特機師団長にも推薦されたが自分はそれを捨てた。
そんな物は別の誰かにやらせればいい。俺が出る必要はない。
正直に言うと役職や階級云々などどうでも良かった。今のヴァル・ファスクに何も期待は出来ない。
ならば作り上げるしかない。この手で。
「お前達・・・・俺の下僕となれ・・・!!」
≪レグ・ゼル≫及び周囲に展開している艦隊の戦闘用スレイヴに語りかけるように支配。途端、紋章機や皇国軍艦隊への攻撃を止め大きく旋回し始めるヴァル・ファスク艦隊。その数は駆逐艦が十三隻、重戦艦と巡洋艦を合わせて七隻、浮遊防塁が十隻と≪レグ・ゼル≫が三十機。
並大抵のヴァル・ファスクといえど一人で操れる数ではない。優れた操作技術を持ちヴァル・ファスクの中でも群を抜くレイヴンだからこそ出来る芸当だ。
「各艦隊・・・・攻撃開始!!」
レイヴンに支配され操られている艦隊の主砲という主砲が一斉に火を吹く。ミサイル、レーザー砲や機銃が同じヴァル・ファスク艦隊に向かって放たれるその光景は色鮮やかな曲線が並行に描かれまるで五線譜のようだった。
レイヴンによって支配されていることに気がつかず裏切られたと思いながらデブリへと変貌していく敵艦隊を見つめる彼の眼差しに宿る凍てついた氷はより一層固さと冷たさを増していくだけだ。
「くだらん・・・お前の限界はその程度だ。いい加減気がついたらどうだ?」
接近し斬りかかろうとする≪レグ・ゼル≫に向かって睨みを放つレイヴン。次の瞬間、大きく拉げ破裂する≪レグ・ゼル≫。
『―――――お前はどうして私の邪魔ばかりする!?』
通信が繋がり年老いた男の驚愕に震えた声が聞こえてきた。
「言ったはずだ。もはやヴァル・ファスクに勝機は無い、と」
『―――――ククククッ!私にはアレがある』
「まさか・・・・クロノ・クラッシュ・ボムを使う気か」
『ヴァル・ファスクに敗北の歴史など必要ない!ましてや敗者などこの世に必要ない!!』
声の主―――ゲーベンは次第に精神の均衡を崩壊させているような気がした。おそらく彼は大艦隊の後方にて待機しているはずだ。ゲルンが討たれた後、新に総帥として君臨する彼は独裁者を絵に描いたような男だった。その傲慢さはゲルンに勝る劣らずと言われている。
だが、レイヴンにとってゲーベンの存在などどうでも良かった。
問題は自身の唇から漏れた兵器。
クロノ・クラッシュ・ボム。クロノ・クウェイク・ボムなどという惑星間の交信手段を途絶えるような生易しい代物ではない。
その名の通り銀河そのものを壊す爆弾だ。ゲーベンの狂気は銀河そのものを壊す気だ。
レイヴンは通信を全周囲に散在するエンジェル隊の紋章機に向かって叫ぶように呼びかける。
「マズイな・・・・・。エンジェル隊!!聞こえるか!敵はクロノ・クラッシュ・ボムを使用する気だ!!」
『――――――クロノ・クラッシュ・ボム!?』
“ピースキーパー”からタクトの声が響く。
「銀河そのものを崩壊させる代物だ。クロノ・クウェイク・ボム以上に危険だぞ」
『――――――ほう。銀河そのものを壊すボムか・・・・ヴァル・ファスクも随分と暴走するな』
更に冷徹な声が加わった。以前、自分が戦慄を覚えた銀色の機体の搭乗者だ。名は天都伊織。
エンジェル隊と互角かそれ以上の戦闘能力を秘める男。
『――――――それはどこだ。どこにある』
「おそらく艦隊の後方・・・・ゲーベンが乗る旗艦“デニクス”だ」
『――――――分かった。聞いての通りだ。タクト行けるな?』
右に緑色の粒子を撒き散らしながら現れる銀色の機体―――“マークヌル・ノイエ”。砲弾が飛び交う戦場を駆け抜けてきたというのにその銀色の装甲に残るのは微かな傷跡のみ。その損傷の少なさが搭乗者の腕の優秀さを無言に物語っていた。
左に“マークヌル・ノイエ”と同じように現れる“ピースキーパー”。先程の声の主であるタクトの愛機だ。
『――――――あぁ!俺たちが止めてみせるさ』
「俺が先導する・・・・ついて来い!」
背後のウイングユニットのバインダーを展開し猛然と先行する“ヴェーア・ヴォルフ”に“マークヌル・ノイエ”と“ピースキーパー”が続いた。
三角形状のフォーメーションを形成し驀進する三機。戦闘を“ヴェーア・ヴォルフ”が右翼を“マークヌル・ノイエ“が左翼を”ピースキーパー“が担当し前方にのみ火力を集中し一点突破を図る陣形だ。
三機の行く手を阻もうと戦闘母艦から出撃し、前方に展開しはじめる≪レグ・ゼル≫に向かって“マークヌル・ノイエ”は両腰部に装備している“クレメンティ”を展開し、邪魔だとばかりに紫色の閃光を照射し蹴散らしていく。無惨な残骸へと姿を変貌させられまだ煙が漂う中を三機は速度を緩めず逆に上げて敵艦隊を駆け抜ける。
多勢に無勢か、多数のミサイルが豪雨と化して三機に飛来する。
その時、背後から無数のレーザーファランクス、レールガン、レーザーキャノンの弾丸がミサイルの豪雨と激突、相殺した。それが“ハッピートリガー”のストライクバーストだと分かり、
「ありがとう!フォルテ!!!」
『――――――さっさとお行き!!!へばるんじゃないよ』
弾薬を使いきりエルシオールへと補給を受けに戻る“ハッピートリガー”から前方に目線を移し再びタクトは愛機を走らせた。
「目標、駆逐艦三隻と突撃艦六隻・・・・か」
再び“クレメンティ”を前方に展開する駆逐艦三隻と突撃艦六隻で編成された艦隊に銃口を向ける。最大までエネルギーを溜め込み、射線上から“ヴェーア・ヴォルフ”と“ピースキーパー”が退避したことを肉眼で確認し伊織は引き金を絞った。紫色の二本の閃光がライトパープルの装甲を軽々と貫いた。まだ撃墜出来ていない戦艦に向かって“ミハイル”の銃弾を叩き込みトドメを刺す。
『―――――目標を確認。俺はゲーベンを、お前達はボムを頼む』
左に方向転換し飛び去る“ヴェーア・ヴォルフ”。おそらくゲーベンとの決着をつけに赴いていったのだろう。
「こちらでも確認した。想像以上にデカイな」
巨大艦の中央部の巨大アームに挟み込まれる円筒上の物体。
これこそ銀河を破壊する最悪の兵器。欲望と狂気が生み出した負の産物。
『―――――これさえ落とせばヴァル・ファスクも。でもどうやってやれば・・・・』
「お前のCBSでボムを破壊し、溢れ出る寸前のエネルギーをオプティカル・エンジンのエネルギーで押さえ込み、相殺する」
『―――――分かった』
意識を集中させ、“ピースキーパー”に搭乗するタクトの頭上に輝くHALOがその光輝を強め、次の瞬間、白銀の“ピースキーパー”の右腕に大剣が握り締められていた。機体の全高を遥かに越えるその剣は巨大艦すら容易に斬断することが可能と思わせるほどの輝きを放つ刃を備えていた。
クロノ・ブレイク・ソード。最強兵器であるクロノ・ブレイク・キャノンと同等の破壊力を秘める“ピースキーパー”全武装中最も破壊力の高い武装であり唯一、クロノ・ブレイク・キャノンの直撃を受けきれる武装でもある。
両腕でしっかりと柄を握り締め戦艦ごとボムを一刀両断した。綺麗な切断音を奏でながら二つに割れたボムから眩い光が迸り始めた。内部に溜め込まれたエネルギーの暴走だ。
『―――――伊織!!』
「了解!」
円筒のクロノ・クラッシュ・ボムから痛烈な閃光が迸り始めた。内部に蓄えていた莫大な破壊エネルギーが制御下を逃れ肥大し、溢れ出ようとしているからだ。伊織は―――“マークヌル・ノイエ”は静かにクロノ・クラッシュ・ボムに近づき両手を添える。両掌から緑色の光が生まれゆっくりとボムを包み込み、次の瞬間、
ドン!!!!
何か固い物を押し潰したような音が走り渡った。クロノ・クラッシュ・ボムを包み込む為に外部に放出されたオプティカル・エンジンのエネルギーがボムの持つ強大な破壊エネルギーとぶつかり合ったのだ。
押さえ込むようにしてぶつかり合う双方のエネルギーの影響が“マークヌル・ノイエ”の腕を通し機体全身、操縦桿へと伝わる。ガクガクと揺れる操縦桿を握り締める腕により一層、力を込める。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
『出力、最大!』
「あれは・・・・・伊織さん!?」
担当していた敵部隊を刻印機と共同で殲滅したちとせは戦闘領域の後方で発生した強烈な光を視界に捉え“シャープシューター“のメインモニターを拡大する。円筒状の物体から溢れ出るエネルギーを両掌から放出される緑色の光で包み、押さえ込んでいる”マークヌル・ノイエ“を発見したちとせの黒い瞳に驚愕の色が浮かんだ。
しかし、それだけではなかった。
「え?・・・・・翼?」
“マークヌル・ノイエ”の背中から『何か』が生えたのだ。自分の見間違いでもなければそれは明らかに翼の形状だ。だが、色は自分達の紋章機が生成する白い光の翼ではなく、深緑の・・・・それもよく目を凝らさなければ見分ける事が出来ないほどの限りなく黒に近い深緑の翼だった。
「止まれって言ってるだろうがーーーーーーーーーーーー!!!!!」
黒に近い深緑の翼を生やす“マークヌル・ノイエ”が放出しクロノ・クラッシュ・ボムを包み込む緑色の光がその光輝の強さを増した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
緑の光輝が段々と強さと輝きを増しボムから溢れ出る破壊エネルギーを圧縮していく。
「滅ッ!!!」
ドゥン!!!
掌を力いっぱいボムに押し付け大砲が発射された音ともに破壊エネルギーが消滅した。
押さえ込んでいた緑色の光輝が弾け飛び雪のように漂う。
「こちら“マークヌル・ノイエ”。目標、クロノ・クラッシュ・ボムの『殲滅』を完了」
戦闘全領域に向かって静かに告げた。
いつの間にか深緑の翼が消えた“マークヌル・ノイエ”に“ピースキーパー”が接近しながら、
『―――――やったな。伊織』
「あぁ。アイツは?」
『―――――旗艦“デニクス”だ。でも・・・オレ達が出る幕は無さそうだ』
「そうだな。アイツ自身の手で決着をつけなければならない」
「馬鹿な・・・・クロノ・クラッシュ・ボムまでもが・・・・」
深緑の翼を生やした一機の機動兵器によって野望を打ち砕かれたゲーベン。
『―――――今度こそ終わりにさせてもらおう。独裁者』
「ひっ!?」
呆然と切り札が破壊されていく光景を目の当りにし掠れ声で絞るように唇から言葉を漏らす。途端、冷たい男の声と共に彼が搭乗するヴァル・ファスク旗艦“デニクス”の艦橋の目の前に紅い戦狼が姿を表した。
「貴様!私を殺せばどうなるか分かっているのか!?」
『―――――知らんな。知ったところで俺はやめんさ』
「な・・・何をだっっ!?」
ウインドゥが開き金色の髪の男が凍てついた光をヴァイオレットの瞳に宿し、
『――――お前を殺すことだ』
「ひぃぃぃっ!!??」
“デニクス”の司令官席に座るゲーベンにもはや独裁者の影などどこにも無かった。ただ、刻々と迫る自らの死に恐怖し怯える生き物と同じだった。
「くそ!このまま・・・死んでたまるか!!!」
思念を集中し必死で周囲の艦隊に呼びかける。しかし、反応が返ってこない。まさか、と背筋に寒いものを感じるゲーベンの心境を察し、“デニクス”のメインモニターにウインドゥが新しく開かれた。
そこに映るのは無惨にも破壊され兵器としての埃を失った残骸の姿だった。
戦狼。戦へと赴き狼の如く獲物を仕留める。一切の油断をせずに獲物を確実に仕留める狩人。
紅の戦狼はただ無言でレーザーソードを抜き放ち“デニクス”の艦橋へと刃を突き刺した。
高熱を帯びた刃がゲーベンの身体を包み込むように一瞬にして押し潰したのだった。
レーザーソードを抜いて高出力プラズマキャノンを船体の至る個所に向かって弾丸を叩き込んだ後、ブースターを吹かし急速離脱。
背後で生まれた盛大な爆発を見てレイヴンはようやく果たせた使命感に思いを馳せる。
ヴァイン。これで良かったんだよな・・・・ヴァル・ファスクにも平和が必要なんだよな?
今は亡き弟に静かに呼びかけた。
『―――――お疲れ様です!伊織さん』
「・・・・・・あぁ。ん?」
『―――――どうかしたの?』
エンジェル隊の紋章機、“ピースキーパー”と共にエルシオールへと帰還する伊織は少し下方のところで漂う物体を見つけ機体を降下させた。近づくに連れてその物体が救命ポッドだと分かり“マークヌル・ノイエ”は両手でそれを掴んで上昇。
『――――――救命ポッド?どうしてこんな所に・・・』
「分からない。どうやってあの激戦地の中を無事でいたのか・・・ただヴァル・ファスクではないな」
愛機を操り、伊織はエルシオールへと帰還した。
「じゃあ開けまーす」
クレータとその他の整備班員が銀色に輝く救命ポッドのハッチを開けた。
「えぇ・・・・?」
中身をのぞき目を丸くするクレータ。何だとばかりに伊織とタクトがコックピットを除くとそこには可愛らしい少女が寝息を立てていた。
うなじまで届く緋色の髪。外見から見て年は十六、七歳といった所だろう。
「こいつは・・・・・」
「可愛い女の子だね・・・・うそうそ!冗談だよ」
鼻の下を伸ばすタクトに向かって軽蔑の眼差しを送る伊織の視線に気付き慌てて手を振って撤回する。
「まぁいい」
「ぅん・・・・ここは?」
少女が眠気眼を擦りコックピットから出て辺りを見回す。
「ここはどこですか?」
「エルシオールだ。お前は誰だ?」
伊織がぶっきらぼうに返す。
「自己紹介が遅れました。緋水麻衣です」
軽くを欠伸をした後、丁寧に返す。
「緋水って・・・・愛璃の?」
「はい。緋水愛璃は私の姉さんです。・・・・・お願いです!姉さんを助けてください!!!」
麻衣の緋色の瞳には焦燥と悲しみの色が漂っていた。
「なるほど。“灰の月“で面倒なことが起きているようだな」
作戦会議室に集まるエンジェル隊、タクト、伊織。そして麻衣。
麻衣の話しでは愛璃は“灰の月”の最深部へと身体を繋げられ知識を引きずり出す道具とされているようだ。
「くそっ・・・・・!!」
「「「「「「!!???「」」」」」」」
伊織がゴミ箱に向かって一蹴。一同は伊織が感情のままに物に当たる光景を始めて見た気がした。
「この手の話を聞いてくると胸糞悪くなるんでな」
イライラを押し殺したように説明する。
「まぁ。俺たちも次期に“ガーリアン”に行かなきゃいけないし・・・・大丈夫だよ?」
「あ・・ありがとうございます!!」
先程まで俯いていた暗い麻衣の顔がパァと花が咲いたように笑顔になる。その笑顔から麻衣がどれだけ愛璃のことを大切に思っているか分かった。
「それで・・・・部屋割りなんだけど。みんな、案内してくれないか?」
「構わん」
「了解しました」
「はーい!」
「任せておいて・・・・ウフフ」
「私達に任せておけば万事オッケーですわよ・・・・フフ」
「あんたら笑みが怖いよ」
「何か・・・・企んでいます」
口々に賛同するエンジェル隊のメンバーに伊織とちとせは背中に薄ら寒い物を感じた。
「ってここ、クジラルームじゃない」
一同が向かった先は白い砂浜と青い海が最大の特徴であるクジラルームだった。
「みなさんどうかしましたか?」
管理人室から現れたクロミエの目の前に麻衣を連れ出すランファ。
「この子は・・・・愛璃さんの妹さんか何かですか?」
「緋水麻衣。よろしく」
「よろしく。それで何か用ですか?」
クロミエの問いかけにランファは悪魔のような笑顔を浮かべ、
「この子をエルシオールで保護することになったんだけど・・・・部屋が足りなくて管理人室に住ませてもらっていいかしらん?」
「えぇ・・・分かりま―――――ハァ!?」
クロミエが大きく目を見開く。
「嘘ですよね!?エルシオールに足りない部屋ってあるんですか!?そこ!何をニヤニヤ笑っているんですか!?」
「タクトの指示よぉ?」
「不公平だ・・・・世の中不公平だよぉ」
意地の悪い笑顔を浮かべるランファに涙ぐむクロミエに、
「よ・・・よろしくね?クロ」
「はぁう!!」
顔を赤らめ小首を傾げながら視線を向ける麻衣。その威力は純粋なクロミエに絶大なダメージを与えた。流石は姉妹といったところだろう。姉のような肉体美が無かろうとも生まれ持った容姿で対象を萌え堕とす。
「頑張るんだぞ?クロミエ」
「伊織さんまでぇ〜」
肩を叩く伊織。だが、魔の手は彼にまで及んだ。
「あっ!伊織とちとせも同居してもらうから」
「何ィ!?」
「ひぇぇぇぇぇぇぇ!!??どどどどど同居ぉ!?伊織さんと・・・同居」
頬を赤らめるちとせとクロミエと同じように目を大きく見開く伊織。恐らく彼がエルシオールに来て最も感情を露にした瞬間だろう。
「実はちとせの部屋でトラブルが起きてねぇ?それでちとせ行く当てがないのぉ」
「馬鹿な・・・・夢だ!何かの間違いとしか考えられ――――ん?」
裾を掴むちとせ。顔を向けると、
「不束者ですが・・・・これからよろしくお願いします。伊織さん♪」
伊織の目の前が真っ暗になった。
第三十一章
完
続く