第三十二章「帝政軍との戦い」

 

 

 

聖光騎士団≪ホーリーライト・ナイツ≫。

それがかつて皇帝直轄部隊として任を受け帝政国家全土から選び抜かれた精鋭で固められ、『最強部隊』と称されたのも過去の話。しかし、聖なる光に集いし騎士は反旗を翻す。千にも及ぶ騎士団団員を束ねる総団長、ガイン・ゼーガルド郷を旗頭に、“ピース・オーケストラ”と名乗り帝政軍に反逆したのだ。

“ピース・オーケストラ”の白を基調としたカラーリングの艦隊が漆黒の宇宙空間を突き進む中。

第一団から第八団まで八つの分艦隊に分かれておりその艦隊の総司令官を筆頭と呼び何百以上もの部下を束ねている。

旗艦“シンフォニー”の格納庫に待機姿勢をとる深緑の人型兵器“ドミネイター”のコックピットにてシステム調整を行う青年――散華翔矢もまた“ピース・オーケストラ”の一員であり元聖光騎士団第二団筆頭である。

「EDEN人達と合流するだぁ!?」

「うるさいわねぇ。仕方ないでしょ?ガイン郷が決めたことなんだから」

システム調整が終わり“ドミネイター”から降りてきた翔矢に長身の女性が声をかけ先程耳にした情報を彼に告げた。

すると案の定、目を見開き少しばかり怒気が混じったように声を荒げた。そんな熱くなった彼に女性―――神居千早が静かに、そして諭すようになだめる。

「ちっ!」

隠そうとしない怒気を表すかのように盛大な舌打ちを誰にとも無くかました後、キビキビと歩いて格納庫を後にしようとする彼を慌てて追いかる。

「ちょっと!!どこに行くのよ?」

「寝るんだよ。ここんとこシステム調整やら戦闘続きで休む暇が無いからな」

「でも――――」

「それに・・・・・EDEN人との合流先であるザンズェスに最近、帝政軍の分隊が終結しているって噂だ」

「それって・・・・・」

「デカイ戦闘になる。連中は俺達やEDEN人も消すつもりだ。だから今のうちに休むんだよ」

翔矢には情報局に多数のそしてかなりの有力なコネが繋がっている。例え軍を離反したとしても彼を慕う者は部署こそ違えどかなりの数だ。“ピースオーケストラ”のパイプ役としてもかなりの力を発揮することが出来る。

目標で合流先でもあるザンズェス星系に帝政軍の分隊が終結しているという情報もそのコネからなのだ。

「ねぇ?私も翔矢の部屋に入っていいかしら?」

「すすすす・・・・・・好きにしろ!・・・・ったく」

「ふふふっ。ありがと♪」

翔矢の腕に自分の腕を巻きつけてすがりつく千早に翔矢は頬を紅く染めて視線を逸らしぶっきらぼうに返す。

そんな彼の素直じゃない性格に自分は惹かれたのだと改めて実感し千早は彼の腕にすがりついたまま廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁぁぁ・・・・むにゃむにゃ」

横になっている上半身を起こしクロミエはベッドから降りてパジャマを脱いで自分専用の皇国軍服に着替え台所へと足を運んだ。いつも通りの生活が待っている・・・・はずだった。

「おはよう。クロ、朝ご飯はもうすぐ出来るから待っていてね?」

「うん・・・・・って!何で君がここにいるのぉ!?」

台所からパタパタと姿を表した少女は軍服らしい制服の上に薄い緑色のエプロンを羽織っている。

身長は自分よりも少し高めだが年齢は同じぐらいのはずだ。

フォルテのようにただ赤いのではなく水のような透明感を持つ綺麗な緋色の髪と瞳。

肩甲骨の辺りまで届いたその髪は絹糸のようにサラリとした触感を触れた者全ての掌に与えるだろう。

「昨日言ったじゃない。“灰の月”に到着するまで私はここで暮らす事になったんだから・・・」

「いや、でも・・・・ゲストルームとかあるじゃない?」

「私がここにいちゃ・・・・駄目?」

潤む緋色の瞳。

「うっ!駄目とかそんなんじゃなくてね?僕たちまだ未成年じゃん?同棲なんて・・・・まだ・・・」

「照れてるの?」

少女――――緋水麻衣は顔を赤くして口篭もるクロミエに近づき顔を覗く。その無邪気な動作が彼の動悸を早めたのだ。

「わわっ!えぇっと・・・ほら!朝ご飯まだ?」

「はーい!」

にっこぉ、と笑顔を浮かべて台所へと戻っていく麻衣の後姿をクロミエは凝視した。恐ろしい。年齢も近いというのにただ性別が違うだけでこうまで重度の負担が自分にのしかかるとは。嫌なわけじゃないのだ。ただ、彼女の仕草が彼女自身が自分にとっての凶器なのだ・・・・色々な意味で。

「僕は終わりだ」

某新世界の神を目指す高校生のように呟きながらクロミエは改めて自身が置かれている状況を嫌というほど認識した。

「あっ!クロぉ!」

「今度は何ぃ!?」

再び台所からパタパタと足音を立てて現れる麻衣。

「私の事は『麻衣』って呼んで?」

「え?・・・・うん。よろしく、麻衣」

「えへへ♪ありがと♪」

無邪気な笑顔を浮かべて再び台所へと引き返していった麻衣を目の当りにしクロミエは頬に差した熱が中々引かないのを感じた。

 

 

 

 

一方、彼が知らぬ場所で悪夢はもう一つ起きていた。

 

 

 

 

 

トントントン

 

 

正確に刻まれるリズムに伊織は目を覚ました。徐々に朧から視界がくっきりと鮮明になる。

ニ、三回瞬きをし眠気眼を擦り上半身を起こして欠伸。

「おはようございます、伊織さん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・っう!?」

台所から姿を見せる長い黒髪を持つ優雅で古風な雰囲気を漂わせ、自分が寝る布団の傍まで近づき丁寧に三つ指をついて挨拶をする少女に伊織は目をカッと見開いてうめくような声を上げて押入れにぶつかる勢いで後ずさった。

「どうしたんですか・・・・・・?」

普段着ている制服の上から白い割烹着を着用しているのが彼女らしい。むしろ、日本の新妻っぽい。

「どこか・・・・変でしょうか?」

「いや・・・・悪くは無いと思うが」

余りにも合っている。ちとせにうぐいす色の着物を着せたりすることはもはや火に油を注いでいるようなものだ。これぞちとせの恐ろしさなり。しかし、伊織は並みの人間よりも不器用且つ鈍感な為『萌え』の要素すら理解できずにただ異様なまでの可愛さに翻弄されるだけだ。

完全武装のちとせを目の前にした聖光騎士団第七団筆頭を冷静に保たせるなど不可能であった。

「今、朝食を作っていますのでもう少し待っていてくださいね」

にっこりと微笑むちとせはパタパタという足音を立てて台所へと引き返していった。

どこから見ても明らかに新婚生活の二人。伊織は起きたばかりだというのに頭痛に悩み頭を抱えた。

「頭痛が痛い」

間違った日本語をポツリと呟きながら伊織は着替え始める。台所と居間の引き戸を閉め素早く軍服を身に纏った。ちとせが着用している白い皇国軍軍服とは正反対に地味で何の飾りも無くあるとしたら多種にわたるポケットくらいといった動き易さを追求したズボンと上着の二つで構成されている帝政軍の軍服だ。

ベルトを締め、引き戸を開けると、

「うぁっっ!?」

「ひゃあ!?」

すぐ目の前に真っ白な美貌があった。いきなりの出来事に素っ頓狂な声を上げてしまう伊織と目と鼻の先にいる恋人にちとせもその白い肌を紅に染めている。

お互い顔を朱色の染め上げただ見つめあうだけの二人を第三者から見たらまさにできたてホヤホヤの『新婚』と呼ばれるくらい絵になっていた。

「ど・・・どうした?」

最初に沈黙を破り口をぎこちない動作で動かす伊織。

「い・・・いえ。朝御飯の準備が出来ましたので・・・・」

「そうか・・・・・ありがとう」

「いえ、御礼を言われることは・・・なにも」

見ていてヤキモキするほどの二人はスロー再生の如くゆっくりとお互い卓袱台に食事を運び向い合って食事を摂り始める。

 

 

伊織の今朝の献立

 

 

味噌汁(豆腐と油揚げ)

目玉焼き

焼き魚

御飯

漬物

味付け海苔

 

 

「美味い・・・・本当に美味いぞこれ・・・!!」

子供のようにちとせが作った朝食を夢中で食べる伊織の姿に驚くも徐々に彼女の表情に浮かぶ驚きが温かい笑顔へと変わって行く。また一つ彼の意外な一面を見れたこと、彼が自分が作った料理を誉めてくれたこと、二つの嬉しさがじんわりと心に染み込んでいくのを実感した。

「あっ!伊織さん・・・御飯粒が」

(やるしかないけど・・・・だ・・・大丈夫よね?)

伊織の右頬に白米が付いていることに気がつき、心の中で自問しながら身を乗り出し、

 

 

チュッ

 

 

キスをしたような音を立ててその形の良い桜色の唇で伊織の右頬に付着している白米を口の中に入れ食べるちとせ。

「ちちちちち・・・・・ちとせ・・・・!?」

「おいし・・・かった・・・・です」

小首を傾げ、ソワソワと上目遣い。そして、紅潮する頬。

この波状攻撃に耐えられる男などこの世に存在するのだろうか?

本気でそう思ってしまう程、彼女の力は絶大なダメージを伊織に与え続けていくのだ。

急に視界が揺らぎブラックアウトしていく。不安定に陥る精神を伊織は戸惑いを覚えつつも卓袱台に倒れそうな上半身を両手を卓袱台に乗せて支えちとせから繰り出される波状攻撃を乗り切った。

「大丈夫ですか!?」

「いや・・・・・・問題ないぞ」

(何が原因だか自分の胸に聞いてみろ・・・・!!!)

心の底から伊織の身を心配するちとせ。作り笑いを出来ない正直な心の持ち主である彼女だからこそだ。そんな彼女に伊織は口元に薄い笑みをたたえて反面、胸中ではその原因を作っている彼女に向かってドスが聞いた声で叫んでいた。

「無理はしないで下さいね」

「あぁ。ありがとう、少しブリッジに行ってくる。色々と準備があるからな」

食器を片付け終わったちとせに告げると、

「はい。御気をつけて」

「!・・・・あぁ」

仕事に赴く旦那を送り出す妻のように温かい笑顔を浮かべ三つ指を立てて深々と頭を下げるちとせに伊織は早まる動悸を隠すように部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

バシュッ

 

 

「やぁ、伊織。どうだい?ちとせとの同棲生活は・・・ってヒッ!!!」

ブリッジに入ってきた伊織をどこか娯楽を楽しむような感情を含んだ朗らかな笑顔を浮かべるタクト。すぐに喉が鳴った。

自身の首筋に弧を描く刃が添えられいつ首の動脈を切り裂かれてもおかしくない状況に立たされ且つ彼から向けられる銃口は間違いなく自分の眉間に狙いを定めている。正に命を狙われている状況なのだ。

「礼を言うぞ。おかげで動悸は早まるわ、視界が暗転するわで大変でなぁ・・・・お前も体感してみるか?」

「いや・・・別に悪気は合ったわけじゃ――――」

「首筋を切り裂かれて自身の身体から血液が噴出し確実に向かう死に恐怖して死ぬか、眉間を撃ちぬかれ死ぬか、好きなほうを選べ」

「ひっ・・・れれれ・・・レスター!!!」

伊織の余りにも真剣な態度にタクトは血相を変えて、身体を動かさず半狂乱になって副官の名を叫ぶもその副官は、

「自業自得だ」

完全に他人事のように返し通信担当オペレーター、アルモと打ち合わせをしている。

「頼むよ・・・レレレのおじさ―――じゃなくて、レスター!!!」

「・・・・・・・・」

「おーい!アルモとイチャイチャしているレスターくーん!聞こえているのかなぁ!?」

「伊織・・・・殺っていいぞ」

「だそうだ」

伊織が鳳旋火を右肩に担ぎ一気に振り下ろした。

 

 

 

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 

その日の朝、ブリッジに凄絶な断末魔が響いた。

 

 

「今度はちゃんと言葉を選ぶんだな」

「怖いよ!お前は死神か!!!」

鎌形の武器、鳳旋火で首筋を狙い自動拳銃で眉間を狙われ危うく命を落としそうになったタクトは冷酷な口調で呟く伊織に向かってヒステリックに叫ぶ。

「自業自得だ。それより目標ポイントはこの近くだな」

「あぁ。空間跳躍で“ガーリアン”に呼び寄せられる」

フランクなタクトを置いてきぼりにするかのように深刻そうな顔で今後の行動を話し合うレスターと伊織。

「何か・・・・オレって場違い?」

「大丈夫ですよ、マイヤーズ司令。ちゃんと書類整理をしてくれれば立派な指揮官です」

「ココさん。思いっきり何かが突き刺さりましたよ」

レーダー担当オペレーターのココの痛烈な皮肉にタクトは思わず心臓を抑えながら苦笑いを浮かべた。

刹那、紅い稲妻がエルシオールを包む。そして、消えた。

つい先ほどまで見ていた宇宙空間と同じだが伊織の態度から考えると既に“ガーリアン”に入ったらしい。

「もう・・・“ガーリアン”なのか?」

「あぁ」

余りにも急な展開にタクトはかすれ声で呟き、伊織がいつも通りの口調で返す。

 

 

ピピピピピピピピピピピピピ!!!!

 

 

 

「本艦の前方に多数の熱源反応!該当データ・・・・帝政軍です!!!」

「来やがったか!総員!第二戦闘配備!!!」

鳴り響くサイレンにレスターはマイクに向かって敵の接近を艦内に告げて、伊織とタクトは同時にブリッジを飛び出して格納庫へと走った。

「待ち伏せ・・・・か!?」

「おそらくな・・・・」

走るペースをそのままにエレベーターを乗り継いで格納庫へと入り、それぞれの機体へと駆けて搭乗を開始する二人。既にエンジェル隊のメンバーは紋章機への搭乗を終えたようだ。

ハッチ閉鎖。システム起動と同時にタクトの頭上に光の輪が生成される。

彼が搭乗する白銀の機体―――“ピースキーパー”をロックアームが掴みエルシオール下腹部の発進口まで移動させる。ガコンという音を立ててエルシオールの下腹部が左右に開きピンク、シャインレッド、スカイブルー、バイオレット、ライムグリーン、ブルーのカラーリングの大型戦闘機―――紋章機が発進し、ロックアームが外された。

“ピースキーパー”は後方にて同じ姿勢で待機する昏い銀色の機体、“マーク・エンデ”と共に異界の宇宙を駆けて抜けていった。

 

 

 

「来た来た来た来たぁ!!!野郎ども、戦闘準備整えろぉ!!!」

浮かれた気分を全身で表すように翔矢が愛機へと走る。彼の顔は自然な笑顔が浮かんでおりこれから始まる戦を楽しみにしているようにも見える。

他の格納スペースには彼の部下らしき男達が荒々しい声を上げて彼の指示に応えた。

滑るような動作でコックピットへと入り込みハッチを閉鎖。システムを立ち上げる。

『システム、通常から戦闘モードへと移行します』

システムに搭載されている戦闘支援ユニットの合成音がコックピット内に木霊するも今の彼には耳に入っていない。

全身の血が震え顔に刻まれた笑顔が一層深くなった。ロックアームが彼の機体を掴みカタパルトへと移送を始める。

ゲートが開かれ、

『進路クリア。“ドミネイター”発進どうぞ!!!』

「散華翔矢!“ドミネイター(支配者)”発進するぜ!」

スロットルを踏み込み翔矢は―――――“ドミネイター”は背部ブースターから蒼白い光を吐き出しながら閃光が生まれては消失する漆黒の宇宙へと駆けていった。

その“ドミネイター“の後から何機ものAFが出撃口から発進していき先陣を切って移動する翔矢は全機に向かって、

「テメェら!手加減なんていらねぇぞ!!EDEN人にこっち(第二団)の流儀ってやつを見せてやれ!!!」

再び吠えるような声が跳ね返ってくる。

その光景は戦国時代の武将が配下を率いて戦場へと赴いている様を髣髴させた。

 

 

 

 

『――――なによ!こいつら・・・・数多すぎ!!!――――きゃぁ!!』

「ランファぁ!!ひゃうっ!!!」

圧倒的なる火力が叩きつけられ“ラッキースター”は大きく後方に吹き飛ばされる。シールドによって機体へのダメージは軽減されたが機体から全身に伝わる衝撃にミルフィーユは奥歯を食い縛ってガクガクと揺れる視界に目を凝らす。

例え紋章機といえど物量戦に持ち込まれてはその戦力差は大きく覆されてしまう。それは単に量で物を言わせるのでもなくテンションによって性能差が変わってしまう紋章機のパイロットに圧倒的な数を見せ付け戦意を喪失させる。性能が下がった紋章機に一気に攻撃をかける。

完全にHALOを、紋章機の特性を生かした戦術だ。

「ひっ!!」

喉が鳴る。“ラッキースター”の前方に三機のAFがレーザーブレードの刃を生成しコックピットに突き刺そうとブースターを吹かして接近してきた。僅かな隙をも逃がさない徹底した戦闘。相手が戦争のプロフェッショナルだということは自覚していたが心の奥底で油断があったのかもしれない。また、あの時のように起こる奇跡を信じて。

しかし、実際の戦闘は殺すか殺されるか、だ。

僅かな隙も命取りになるのだ。

(駄目!タクトさん!!!)

『――――邪魔だ!そこどきなぁ!!!』

「!?」

瞼をキツく閉じて死を覚悟した瞬間、ミルフィーユを包もうとした死の影が突如乱入した荒っぽい声に打ち消された。ビクリと身体を強張らせつい、開けてしまった瞳の先にいたのは深緑の機体。両腕に構える薙刀のような武器で三機のAFを一刃のもとに切り裂いていたのだ。

『――――EDEN人!戦闘の邪魔だ!補給受けるなり何なりしな!』

一方的に言うだけ言うと深緑の機体、“ドミネイター”はブースターを吹かしあっという間に光の点まで小さくなりミルフィーユの視界から消えていった。

その後を追うようにレーザーブレードや大型バズーカ、ガトリングキャノンと凶悪な武装を構える純白のAFが“ラッキースター”の後ろから駆け抜けていく。

 

 

 

 

「邪魔だ!邪魔だ!死にたい奴だけ前にでな!・・・・って死にたいから戦場に来てるのか」

怒号と共に両手に握り締める薙刀状の武器、≪バシリクス・グレイヴ≫を豪快に振り回し帝政軍のAFをいとも簡単に切り裂き、時として吹き飛ばし楽々と屠っていく。その光景は戦国時代の名将が蘇りその力を振るっているようだ。実際、搭乗者である翔矢自身乱戦に慣れているのも事実。

モニターに目を凝らし機体を自分の身体として操っていく。

「おらよぉ!!」

連なるようにして前方から接近してきたAF部隊。戦闘のAFを横一線に切り裂き第二線として猛進しレーザーライフル、大型バズーカを乱射する残りのAFに対し“ドミネイター”は空間防壁を展開し迎え撃つ。一方、空間ごと捻じ曲げて展開される高次元の防壁に既存の兵器に太刀打ちすることなど出来ずに“ドミネイター”の接近を許してしまった。

空間防壁解除。右腕で≪バシリクス・グレイヴ≫を握り締めロッドを脇に通し、一気に前へと突き刺す。“ドミネイター”の前に進む推力とAF部隊の前へ進む推力が合わさり破壊力が倍増した≪バシリクス・グレイヴ≫によってAF部隊は先頭のAFから順に次々と貫かれていき、串刺しとなった。

「おっと。忘れもんだぜ!骨が残ってたら供養してやんな!!!」

ロッドを右脇に通したまま、腰を捻り串刺しとなったAFを撤退しようとする敵残存部隊に向かって投げつける。

AF同士の激突によって四散した破片の中をスイスイと移動しながら“ドミネイター”は帝政軍の巡洋艦に向かって≪バシリクス・グレイヴ≫の刃を突き立てブースターを吹かし大きな裂け目を与えて装甲を抉った。

そのまま巡洋艦の装甲を抉り離脱する“ドミネイター”は左腰部に備わっているホルスターから射撃兵装、オプティカル・ツインガンを引き抜く。

横一列に飛来する合計、十発の中距離ミサイルをグレイヴで薙ぎ払う。しかし、ミサイルは形を真似た閃光弾で切り払った途端、眩い光が零れ出た。

「ちっ!セコい手を使うぜ」

レーダーに目をやりながら眩い光の中の先にいるAFに向かってオプティカル・ツインガンの銃口を向けて引き金を絞る。直後、二つの銃身から光が漏れたかと思うと銃口の先に佇んでいたAFを貫いた。

光が消え失せていくにつれて腹部を貫かれ火花を飛び散らせながら、次の瞬間内側から爆ぜるように爆裂四散した。

「千早!」

『――――分かってるわよ!!』

通信機器に向かって声を荒げると彼の声、そして銃声などの発射音に負け時と千早の声が返って来たと同時に蒼白く太い二つの閃光が前方に佇みゆっくりと移動する巡洋艦、重駆逐艦を呑み込み灰燼へと帰させる。

 

 

 

「まったく・・・・前で好き勝手に暴れて。後方支援の身にもなりなさいよ・・・・!!」

右腕に握り締める長銃身のオプティカル・ライフルを両腕で構え遥か前方に位置する分艦隊の指揮艦の艦橋に向ける。

「さようなら」

ポツリと呟き引き金を絞った。淡い紅の機体が両腕で構える銃器の銃口が火を吹いた。細く蒼白い光を帯びた弾丸は正確に分艦隊指揮艦の艦橋への直撃コースを描き直進していく。カメラをズームにし、オプティカル・ライフルから放たれた弾丸の直撃を確認した後、淡い紅の機体――――“ヘヴィ・チェンバー”は銃口を向けては引き金を引き、遠距離に位置する敵艦の急所を次々と貫いて行く。

「まどろっこしいわね」

両肩に装備した特殊弾倉対艦ミサイルを起動。前方にミサイル発射口を向ける。

カチッという小気味良い音と共に発射口から四角いミサイルポッドが発射され直進する。“ヘヴィ・チェンバー”から少し離れ、敵分艦隊と中間の位置に到達したところでミサイルポッドからおびただしい数の超小型ミサイルが無数に発射された。

それぞれが自動で標的に向かい豪雨と化してステルス空母の装甲に着弾していく。

護衛のAFが混乱しながらミサイルを撃ち落そうと火器を発砲している間に背部に備わったニ連装陽電子砲を連結。両手でグリップを握り締め提げるような形で構える。

エネルギーチャージ開始。

連結され巨大砲となった陽電子砲の銃口に光が集束し始める。“ヘヴィ・チェンバー”に気が付いた帝政軍のAF部隊がブースターを吹かし接近を開始してきた。

エネルギーチャージ完了。

引き金を引いたと同時に連結陽電子砲から目に痛々しいほどの閃光が迸りAFを呑んで直進し分艦隊を灰燼へと帰させた。

「これで全部かしら?」

『―――――あぁ。連中、逃げ足も速えみたいだな』

「了解、帰還するわ。“シンフォニー”に行って出迎えないと。一応、お客様だしね」

HCDで深緑と淡い紅のカラーリングのニ機は旗艦へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「あっという間だったね」

沈黙がはびこるシャトル内に座るエンジェル隊の中で唯一タクトが先程の戦闘の感想を口にする。待ち伏せを受け窮地に陥ったエルシオールを例の“ピース・オーケストラ”が駆けつけ見事な戦術と戦力によって帝政軍を撃退したのだ。改めて彼らが戦争のプロフェッショナルであることを彼女達は実感した。

彼が言うあっという間とは戦場への乱入から戦闘終結までの話。おそらく総指揮を執っていたのはあのガイン郷だろう。

確実な証拠は無いが確実に敵を分散し仕留めるスタイルを取るやり方は誰にも真似できるというわけではない。

「ついたようだね」

「伊織さん?」

真剣な顔つきの伊織が目に入り声をかけるちとせ。その表情はどこか嫌な予感を思い浮かべているような感じだ。

「・・・・・・何でもない」

そう返すと銃の安全装置を外し再びヒップホルスターに差して席を立ちシャトルの出口へと向かった。

 

 

 

「助けてくれてありがとう。オレはタクト・マイヤーズ、よろしく」

「こちらこそ。貴方のことはよく聞いています」

差し出された手を握り返す女性。

「神居千早です。よろしく」

「久しぶりだな」

タクトの後ろから面倒臭そうに現れる伊織に暖かい笑顔を浮かべて迎える千早。その時、

「殺人機械は天使ともツルむのか?」

痛烈な皮肉が格納庫内に響いた。声のほうから一人の青年が歩いてきた。

茶色が混じった黒い髪。漆黒の軍服のうえから白いジャケットを羽織っている。

「散華か」

「ひゅう。殺人機械にも記憶力があるんだな?そうか、殺した人間を覚えているのか?」

明らかに敵意を剥き出しにする男に伊織は、

「お前も相変わらず阿呆らしい皮肉屋だな」

涼しげに返す。

「お前とまた顔を合わせることになるたぁな。頭が痛くなってきた」

「そうか。ついでに脳に異常が無いか診てもらったらどうだ?」

「けっ!殺人機械が人の心配かよ」

二人のやり取りを黙って聞いていたちとせの堪忍袋が限界にまで達していた。

最愛の者を殺人機械と呼ばれ怒気に身を小刻みに震わすちとせの拳がガクガクと揺れ白い指の先端に血が集まっている。

遂に我慢できずにキビキビと前に出て伊織の前に立ち、

「何も知らないくせに・・・・伊織さんを悪く言わないで下さい!!!!」

声を荒げて男に言い返しキッと睨みつけるちとせ。一方、男は驚いたように目を見開き、

「お嬢ちゃん?コイツは残虐非道な殺人機械だぜ?悪い事は言わね――――」

「貴方が誰で伊織さんとどんな関係か知りませんが・・・・伊織さんを悪く言わないで下さい!!」

再び声を荒げて男の言い分を跳ね除けるちとせの肩にそっと手が添えられた。伊織の手だった。

「気にするな。もう慣れている」

表情と向けている方向はそのままだがその言葉は怒気に身を任せる彼女に向けられている。

「でも――――」

「大丈夫だ」

尚も引き下がらないちとせは口を固く閉ざした。視線を自分の顔に移すことで見れた彼の瞳の奥に浮かぶ優しい色を見て。

 

 

 

「そろそろいいかの?」

 

 

 

一同が振り向くと長い白髪と同色の髭を携えた老人が杖を片手に歩み寄る。伊織を含め、先程彼に罵倒を浴びせた男と千早が跪き首を垂れる。“ピース・オーケストラ”の総司令官であり“聖光騎士団”総団長のガイン・ゼーガルド郷だ。

「翔矢、客人の前じゃぞ?礼儀を忘れるな」

「はい・・・・・申し訳ありませんでした」

悔しそうにグッと堪えて謝罪の言葉を搾り出す。

「久しぶりじゃの伊織。元気そうじゃ」

「ガイン郷こそ・・・・お久しぶりです」

改めて伊織の敬語に違和感を覚えるタクト。彼が敬語を使う場面など目の前に立つガイン郷と話す時だけだ。

それほど伊織が彼を崇拝し尊敬しているからだろう。

「そこにいる者は?」

後ろからオドオドと出てきた麻衣が懇願の色を浮かべて、

「お願いです!姉さんを・・・・緋水愛璃を助けてください!!!」

「緋水愛璃・・・・“灰の月”の管理者じゃの?」

コクンと頷く麻衣を見て渋めに唸ったガイン郷は一同に手招きした。先程、翔矢と呼ばれた男と千早と名乗った女性も彼の後についていった。

 

 

 

 

 

「紹介しよう。散華翔矢じゃ・・・・ほれ」

「散華翔矢だ。よろしく頼む」

明らかに面倒臭そうに消極的な態度を表す先程の男―――翔矢。

「改めまして神居千早です」

「翔矢は聖光騎士団第二団筆頭、千早は補佐として務めておった」

翔矢とは対照的に千早は礼儀正しい動作で頭を下げた。明らかに対照的な二人だが彼女だからこそ、この男を支えることが出来るとタクトは思った。

「単刀直入に言おう。“ピース・オーケストラ”の最大目的は“灰の月“奪還と軍会議制圧じゃ」

真顔になったガイン郷。その瞳の奥底にはかつて所属していた軍にすらも反旗を翻してまでも目的を果たす強い決意と覚悟が宿っている。指揮官として相応しい器をそろえている人物だ。

「じゃあ!!姉さんを助けてくれるんですね!?」

真顔から一転し孫を見守るような温かい笑顔を浮かべて頷く。

「お前さんたちはどうする?」

「帝政軍が今回の騒動に関与してEDENに攻撃を仕掛けるなら・・・オレ達はそれを止めます」

タクトはしばらく黙考した後、キッパリと言い放った。例え日頃は軽い調子であろうとも決める時には決める。彼の真摯な眼差しと双眸にはガイン郷に勝るとも劣らない硬質の輝きが秘められていた。

「お前さん・・・・良い顔つきになったのぉ」

ハハハ、と頬を赤くして恥ずかしさを紛らわすように頭の後ろをポリポリと掻く。功績を除いて自身が褒められるなど何年ぶりだろうか。

何故目の前の老人が千をも越える騎士団団員から尊敬の眼差しを受けているのか分かる気がした。

「それでは共同戦線じゃな」

ガイン郷が満足そうに呟いた。

「あの!じゃあこれからエンジェル隊と一緒にパーティでもしませんか!!」

「おっ。いいねぇ、ミルフィー!!」

「ふざけんな。誰が見ず知らずのEDEN人なんかと・・・・あだだだっ!!!」

「ごめんなさいね。こいつは少し人見知りするのよ」

ミルフィーユの提案に納得いかない、という様子でそっぽを向く翔矢の耳を捻りながら千早が凍りついた笑顔を浮かべる。言動や態度から翔矢はまだタクトやエンジェル隊に対して警戒心を抱いているようだ。そんな彼の態度を無視し耳を引っ張りながら強制的に会議室から出て行った。

「よろしいでしょうか?ガイン郷」

「よかろう」

ニッコリと頷くガイン郷に一同の顔がパァッと花が咲いたように明るくなりタクトを先頭に部屋を出て行くエンジェル隊。

「伊織さん?」

「俺は・・・・ガイン郷と話すことがあるから先に行っていてくれ」

「そうですか」

弾むような足取りで会議室を後にしたちとせの後姿に暖かい光を宿した瞳を伊織はすぐに本来の光を取り戻しガイン郷と向き合った。

「ガイン郷――――」

「残念ながらお前さんの思う通りにはいかないようじゃ」

「そう・・・・・・ですか」

彼らの会話の内容からガイン郷は伊織から何かを頼まれたようだ。そして、返事から推測するにその願いは虚しく水泡に帰してしまったらしい。では、その願いとは何なのだろうか?

「“灰の月”が占拠されてしまっている以上は」

「ならば、奪還さえ出来れば」

「そのつもりじゃ。伊織・・・・エンジェル隊に深入りするな」

ドクン!と心臓が強い鼓動を放った。たった一言。彼のたった一言が伊織に深い衝撃を与えたのだ。

「何故・・・・・ですか?」

「お前自身が知らなければ意味が無い。だが、これだけは言おう。お前はいずれ後悔することになる」

温かい光は消え失せ鷹の様に鋭く刃物のような煌きを放つガイン郷の双眸を伊織は真っ向から受け止め、

「覚悟は出来ています。その為にも俺は・・・・・『力』が必要なんです」

「それで・・・・いいのじゃな?」

「もし・・・・そうなったとしたら。俺は全てを捨てても守り通して見せます」

言い放った。軽い雰囲気など微塵も無い。彼の言葉、いや。全身から彼自身が背負った重い覚悟が迸っていた。

例え修羅の道を歩もうともこの世で大事な者を守り通す、そう決意したものが見せる強い硬質の光を宿した黒い双眸をガイン郷は目の当りにした。

この男は自分を捨てる気だ。本能的な予感がガイン郷の脳裏を駆けた。

伊織のことは風の噂で耳にしていた。大切な者が出来て弱くなった、と。だが違う。

その反対だ。大切な者を手に入れ、そしてそれを守る為にどんな敵とでも戦うという強い覚悟を背負ったのだ。どんな道を歩もうと守る対象からどんなに罵られようとも守り通すと自身の心に刻んだのだ。

それが自身と大切な者を結ぶ絆を断つという結末になったとしても。彼はその道を歩むだろう。

見ていて痛々しい。だが、不器用な彼だからこその道だ。口を挟む領域ではない。

「よかろう」

「ありがとうございます」

口元に薄い笑みを浮かべた。まるで、胸中に潜ませた感情を隠す仮面のように。

 

 

そしてそれは、これから起こるであろう悲劇と憎しみと怒りが連鎖する戦いの始まりだった。

 

 

 

 

第三十二章

                               完