第三十四章「動き出した歯車」

 

 

 

 

 

 

まさか自分が人を助けるなどとは夢にも思わなかった。

いつだって戦場を自由に飛び交いただ標的を撃破する自分が。

操縦桿を握り締めこちらへと放たれるレーザーやミサイル。はたまた艦船クラスの主砲を物ともせずに昏い銀色の機体―――“マークヌル・ノイエ”は驀進する速度を落とさず逆に上げて目の前に展開されている帝政軍の艦隊に向かって移動する。

本来なら全身が飛来する砲弾によって無惨に引き裂かれる筈だが“マークヌル・ノイエ”の装甲には小さな傷が一つも無かった。

代わりに“マークヌル・ノイエ”を囲むようにして周囲の空間が陽炎のように揺らいでいた。

空間防壁だ。空間ごと捻じ曲げて敵の攻撃を完全にシャットダウンする高次元の防壁に既存の兵器など無に等しい。

故に避ける必要も無く“マークヌル・ノイエ”はその鉄壁を誇示するが如く砲弾の雨を駆け抜けていくのだ。

「俺が人を助けるとはな」

小さく呟きながらシートに背をゆったりと預ける。未だに危険な戦場を飛んでいるにも関わらず彼の行動と言動から大きな余裕が伺える。

「エイシス。あとどれくらいだ?」

『そうだなぁ。十五分三十一秒ってところかな』

「そうか」

操縦桿を握り締めながら伊織は抑揚の無い黒い瞳で進路を見つめる。

空間防壁を展開した“マークヌル・ノイエ”を通すわけには行かないと密集し壁を作る駆逐艦とステルス艦。あともう少しで機体がギリギリで通れる僅かな隙間を“マークヌル・ノイエ”は何ともないといった様子で通った。

周囲の空間ごと捻じ曲げる防壁で全身を包む“マークヌル・ノイエ”。防壁の効果によって駆逐艦とステルス艦の側面の装甲が大きく抉られる。

『後方で帝政軍と“ピース・オーケストラ”が交戦を開始した』

「そうか」

またしても感情を込めずに呟くようにして返す伊織。

機械のような彼の態度に機体に搭載されている全システムを司る独立戦闘支援ユニットであるEISYS(エイシス)は溜まりに溜まったストレスを一気に発散した。半ば伊織に怒鳴りつける形で。

『だぁー!!お前はどうしてさっきから「あぁ」とか「そうか」とかそう言う事しか言えないんだよ!!!』

「悪かったな。直そうにも余り直らないんだ」

『機械に言われてどうするんだよ!!』

EISYS(エイシス)は元は外見を限りなく人間に近づけさせた生体兵器の類にあたる兵器だ。しかし、彼持ち前の明るさはその暗く物々しいイメージを大きく覆す。元々彼は沈黙などが余り好きではなく人の笑った顔が好きでどうしようもないギャグばかりを連発する。

機体に搭乗する伊織よりもよっぽど『人間らしい機械』だ。

「それも・・・・そうだな」

『何だよ。何を考えてんだ』

伊織は先ほど自分が考えていたことをEISYSに洗いざらい話した。

彼と戦闘を共にしてからまだそれほどの時間は経っていないが自然と彼には何でも話せる。

EISYSは今では伊織にとって信頼できる数少ないものだ。

『なるほどね。自分が人を助けるのに違和感を感じるってことか』

無言で頷く。

人を殺したり敵部隊を殲滅したりといった血に塗れた作戦ならいくらでも実行する。

だが人を助けるといった作戦は彼が軍に入り戦ってきた中で初めての経験だ。

今まで手を、全身を血で染めてきた自分が今更人を助けていいのだろうか?それを行うに相応しい人物なのだろうか?

しかし、それまで奪ってきた命に対する罪悪感がなく、それがさらに心を重くしていくのだ。

『別にいいんじゃねぇの?』

「は?」

『悩んでないでさっさと道を決めな。後ろへ逃げる道も前に進む道も開いて進むのは己自身だからな』

その言葉の重みを伊織はなんとなくだが感じ取った。逃げ道を作って逃げるのも自分。決意を固めて前へと進み道を切り開くのも自分。

誰に引かれたレールじゃない。自分が決めて選んだ道。

自分の道だからこそその重みを感じることができる。自分の道だからこそ進んでいける。

EISYSの言葉はどこか諭すような物を含んでいた。改めて今こうして会話をしている機械生命体(現段階)の人間らしさに素直に感嘆した。

『もうそろそろ突撃の時間だ!準備はいいか!?』

「あぁ・・・・・・オペレーション・スタートだ」

小天体クラスサイズの旧世代技術の塊である“灰の月”の発進口に“マークヌル・ノイエ”は勢い良く突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが初陣だというのに紋章機と互角にやりあうとはね。まぁ、君なら互角以上だと思うけど」

「そう・・・・でしょうか?」

トレーニングルームの隅に設置されてあるベンチに座り込みトレーニングウェア姿の流水にフォートは口元に薄い笑みを浮かべて隣に座る。

彼が率いる特殊戦闘部隊は通常作戦も遂行するが対特機戦を想定して結成された部隊で独自の権限も持ち合わせ帝政軍の所属であり独立した部隊でもある。フォートはその特殊戦闘部隊が所属する艦隊の総司令官。

対特機戦。“ガーリアン”において特機クラスに入るのは最新鋭高性能AFか旧世代技術の塊であるGunngelシリーズ。そして、紋章機だ。

対紋章機戦闘。つまりある程度、トランスバールとの戦いを想定された部隊でもあるのだ。

その実働部隊長がシルヴァンス。そして部隊長補佐が流水である。

「“カンフーファイター”。搭乗者である少女は君の知り合いらしいね」

「はい」

暗く痩せたような顔を上げる。その顔には焦燥の色がくっきりと刻まれていた。

幼さが残る顔つきとは正反対に鍛え抜かれたしなやかな肉体にはうっすらと透明な汗が浮かんでいる。

 

 

『悩んでいる時は身体を動かして気分をリラックスさせるの!そうすれば、自然と心もスッキリするのよ!!』

 

 

サンドバックに蹴りや拳を叩き込みながら言う彼女の顔はいつもよりも輝いて見えたから。

敵となってしまった彼女が良く言っていたことを実践してみるも心の奥底に残る不安を拭い去る事は出来ない。

無理も無い。そんなことで落ち着けるほど心に巣食った不安は軽くないのだから。

「戦えないかい?」

「いえ。ですが・・・・・・そんなことは」

「君って嘘が出来ないね。戦いたくないって顔に書いてあるよ」

そうですか、と疲れきったように返し首をうな垂れる。

この特殊戦闘部隊に配属された瞬間、ランファと死闘を交えることは予想できた。

だが予想が現実になるとは思わなかった。今だってその事実を認めることも受け止める事すら出来ない。

「僕は一体どうすれば・・・・・」

「戦わなきゃね」

弱った流水の心にフォートの凍てついた一言が突き刺さった。

「確かに彼女は君と仲が良かった。それだけの話であってそれは過去の話。今を生きている私たちには関係ない」

キッパリと言い切るフォート。さらに覚めた口調で続ける。

「私たち軍人は倒す対象である『敵』と守るべき対象とを区別しなければならない。違うかい?」

その言葉には『敵として現れたからには容赦するな』といったものが含まれている気がした。いや、現にそう言っているのかもしれない。

そして、その考えを聞いて流水は友人を思い出す。

黒い髪と黒い瞳の持ち主である友人を。

例え友人であろうと恋人であろうと『敵』として現れた以上は全力を以って排除する。

その冷酷無比な非道さに違和感を覚えるも間違ってはいない彼の考えを否定する事が出来なかった。

軍人であるならば尚更だ。

その考えをまだ胸に秘めているならおそらく彼は自分が敵に回ったことをすぐに割り切っているはずだ。

敵となった自分を平然と討つはずだ。

「そうですね・・・・・『敵』なら容赦する必要はありませんね」

呟く流水を面白そうに見つめていたフォートの瞳の奥底に光るそれは野心などで表せない凝縮した何かだった。

「僕はランファを討ちます・・・・・この手で」

 

 

 

 

 

照明が落とされた部屋の中、ベッドの上で布団に包まるランファ。

何かから逃げるように自分を守るように布団に包まる。

「寒い」

全身を駆け抜ける電撃のような寒さ。

目を閉じないように必死で睡魔と戦おうとする。目を閉じてしまえば眠ってしまう。

そうすれば悪夢を見てしまう。大好きな彼と彼と過ごした大好きな日々をこの手で壊してしまう悪夢を。

「ランファ・・・・入るよ?」

ドアが乾いた音を立てて開く。日常的な音でさえ沈黙が支配する暗いランファの部屋のなかでやけに響く気がした。

廊下から差し込んだ光が差し込む。再び乾いた音を立ててドアが閉まる。

「ミルフィー?アンタ・・・どうして・・・今、作戦展開中じゃ」

「ランファが元気ないとあたしも元気ないから戦えないよ。だから今日はお休みを貰ったの」

部屋に入ってきたのはミルフィーの愛称で親しまれている少女だった。そして、士官学校時代からの同期。

元気付けようと持ち前の明るさが持つ、ほんわかした笑顔を浮かべてランファがいるベッドまで近寄り腰掛ける。

「流水さん・・・だったの?」

「・・・・・・・・・・・・・・うん。あれは間違いなく流水なの」

自分が愛した黒髪と黒い瞳。優しく受け止めて包み込んでくれる笑顔を浮かべる顔。

全て自分が愛した彼、雨宮流水だった。

「なのに・・・・流水と・・・・!!!」

赤い紋章機“カンフーファイター”で蒼い機体と刃を交えた。

大切な人間をこの手で殺めてしまう恐怖。敵となった以上、それが何回繰り返されるのかわからない。

「戦えないよ!流水とはアタシ・・・戦えないよぉ!!」

「ランファ・・・・・ランファは何がしたいの?」

「アタ・・・・シ・・・?」

静かに問い掛けるミルフィーユに涙を零しながら呟く。

「アタシは・・・流水といっしょにいたい。それでまたショッピングに出かけたり、『ハニー』って呼んで貰って」

「別に流水さんを死なせるわけじゃないでしょ?ランファが流水さんを引っ叩いてエルシオールにつれて返ればいいんだよ!!」

「簡単に言わないでよ!アンタに何が分かるって言うの!?いつもノンビリとただ笑っているアンタに!アタシの何が分かるって言うのよ!?」

「分かるよ!だってずっと一緒にいたじゃない!それに大切な友達だから・・・・」

キッと睨みつけて声を荒げるランファに負けじと言い返すミルフィーユ。

そう言ってランファをそっと自分の胸に抱き寄せ、

「ランファ。一人で悩まないでよ・・・あたし達、友達でしょ?」

「ミルフィー・・・・うっ・・・ううぁっ!!!!」

いままで溜まっていた感情が一気に溢れ出した。

声を上げて身体を震わせ親友の優しさに甘え彼女の胸で涙を流す。

いつか、彼にこの涙の代償を払って貰おう。うんと甘えさてもらうことで。

「アタシは流水を連れて返る」

決意を言葉で確認し心に刻むのだった。

 

 

 

 

 

「邪魔だな」

機銃掃射を交わしつつショルダーハーネスに収めていたアサルトライフルの引き金を引く。

マズルフラッシュが“灰の月”内部の薄暗い通路の中、灯火のように光った。

弾丸を帯び朽ち果てても次々と現れる無数のオートウェポン。

「ちっ!」

フォーメーションを組み死角の無い状況を作り機銃を放つ。すかさず曲がり角に曲がるも伊織の熱源を感知している所為か曲がり角の壁が機銃弾で音を立てて削られていく。あの小さい機体のどこに弾丸を備えているのだろうかと思うくらいオートウェポンが装備している機銃は装弾数に富んでいた。

「面倒だな。お姫さま助けるにしては・・・・危険すぎだ・・・・っ!!!」

手榴弾の安全ピンを抜いて曲がり角の向こうにいるオートウェポンに投げすぐに身体を隠す。機銃やアサルトライフルの銃声とは訳が違う爆音が響き伊織はすぐさま踊り出てアサルトライフルを発砲しながら前へと突き進む。

エレベーターに入り込みパネルを操作し最深部へと移動を始める。

「はぁ・・・はぁ。・・・・ぅっ!?」

息を整える時、突然訪れた激痛。右脛の部分に六ミリぐらいの弾痕が生まれそこから血が少しずつ流れていた。

先ほどのオートウェポンの機銃弾を喰らってしまったのだろう。

脚に生じた痛みを無視し伊織はアサルトライフルのカートリッジを換装する。

今、彼が身に纏っているのは上下一体の戦闘用スーツでありいつもの黒い軍服ではない。

左肩に吊り下げるショルダーハーネスには右腕に握り締めるアサルトライフル。右のショルダーハーネスには単発、破壊力に特化した対複合装甲弾を備えたジョイント式長銃身ライフルを収め、ヒップホルスターには使いまわしを重視した高性能サプレッサを装備した自動拳銃。腰とスーツの上から羽織っているベストの表、内側にはそれぞれの銃火器用のカートリッジがラックに取り付けられている。

足首には暗器の役割を果たす小型等適用ナイフ。徹底した重武装だ。

そして、その戦闘用スーツは特殊繊維の防弾、防刃、防熱の役割を果たす代物で、伊織はその上から白い長めのジャケット羽織っている状態だ。

「その割には貫通してないか?」

苦笑いを浮かべながら止血をした後、最深部フロアの扉が開き伊織は四方に警戒しながら目標部へと急いだ。

 

 

 

 

 

「負けません!絶対に愛璃さんを助けて見せます!伊織さんを守って見せます!!!」

ロックオンカーソルを動き回る標的に合わせタイミングを見計らい長銃身レールガンで仕留める。どんなに高性能のAFといえど長時間のブースター移動には限界がある。必ず短いチャージ時間を有さなければならずそこを狙って確実に仕留める。

接近する敵には機銃、レーザーファランクス、ミサイルといった副兵装で牽制したり、またそのパターンを組替えて攻撃することで相手を足止めする時間を長くする。

今、ちとせを含むエンジェル隊は“ピース・オーケストラ”が展開する“灰の月”奪還作戦に参加していた。

今回の目的は兵器ファクトリーが多数存在する“灰の月”を急襲し制圧、それと管理者である緋水愛璃を救出することで戦力と補給面に強いバックをつけることと直接の拠点にすることである。

帝政軍の要とも言える“灰の月”が直接の拠点ともあれば軍も下手に手を出す事は出来ない。何故なら“灰の月”の内部には未だ科学技術陣が見ていない情報が、兵器の数々が眠っているからだ。

だが、ちとせは愛璃を救出するのが何故、伊織なのだろうかと疑問に思った。

囚われた愛璃を救出する伊織。2人が急接近する絵を何故か思い浮かびちとせの頬が少しずつ紅潮していく。

(まさか、伊織さんに限ってそんなわけ・・・・・あるわけ)

伊織に抱きつく愛璃。その大量破壊兵器並みの殺傷能力を持つ豊満且つ美麗な胸を押し当てて。

彼女の胸は尋常ではなかった。今まで自分が見てきた中でも最高位を誇るに相応しくないほどの代物だ。大きさ、形申し分なく女性の自分でも憧れを抱くほどであり触った時の柔らかさなどはもはや言葉では言い表せないだろう。

私には無い物を使われたら流石の伊織さんも、という考えが脳裏を過ぎる。

(男の人はあぁいう胸がいいんですかぁ!?)

徐々に焦りが出てくる。

「はっ!いけない!!」

戦闘に集中しなければ思った矢先、

『はっ!いけない!!じゃねーよ』

“シャープシューター”の右隣に緑色に光る粒子を撒き散らしながら深緑の巨人が姿を見せた。“ドミネイター”だ。

その声を聞いてちとせはぶすっとした表情を浮かべた。

“ドミネイター”から聞こえる声の主である散華翔矢をちとせはどうしても好きにはなれなかった。無論、人間としてだが。

自分の恋人と会うたびに必ず彼を罵り悪く言う。それがちとせには我慢できなかった。

『まーた、アイツのこと考えてたのか?』

「貴方には関係ありません。それに!私が伊織さんのこと考えていたらいけないんですか!?」

呆れた口調の翔矢に噛み付くように返すちとせ。彼と話すとき、必ずといっていいほどちとせは日頃の丁寧な仕草が消えている。

『アンタ・・・・アイツの恋人らしいな』

突然、翔矢の声が険しく暗くなる。次に通信ウインドゥが繋がった時、ちとせは身体を小さく強張らせた。翔矢の黒い瞳がどんよりと沈んでいたから。かつて伊織と初めて会った時のように。まだ死者の方が活気がある、とさえ思ってしまう昏く光が消え去った虚ろな瞳。

「だから・・・・何で・・・すか?」

言葉に言い表せない恐怖がちとせ全身を一気に包み込み肌からそれが染み込み骨に絡み付き寒気を誘う。

 

 

 

『やめときな』

 

 

 

「は・・・・い・・・?」

翔矢が疲れ切ったように呟いた言葉にちとせは意味が理解できず情けない声で返してしまった。

『説明しなきゃ分かんねぇか?』

―――――『やめときな』。その言葉の意味がちとせにもかなり遅れて理解できた。理解できたと同時に訳の分からない怒りが込み上げて来た。

「あ・・・・貴方にどうしてそんなことを言われなければならないんですか!!??」

これ見よがしに怒気を放つちとせ。彼女の普段を知る者がこの光景を見たら己が目を疑うだろう。ちとせの黒い瞳に宿る怒りの火を見て。

『受け入れるのか?アイツの全てを、さ』

「どういう意味ですか?」

『アイツはお前達とは違う「何かを守る立場」じゃない「何かを奪う立場」だ』

「だから!それが一体何になるんですか!!」

イライラが頂点まで高まり手近にある装置を思いっきり叩いた。ミシッという音が聞こえるのを無視しちとせはウインドゥに映る男を睨みつける。

『このままじゃお前さんはアイツを否定し拒絶する事になるって言いたいんだよ』

「私が?伊織さんを否定して・・・・拒絶する?」

無言で頷く翔矢。

『アイツは人殺しだ。おたくらと違う。何かを守る立場にあるお前さんがアイツを肯定する事が出来るのかい?その覚悟があるのかい?』

「私は・・・・ただ、伊織さんと一緒にいたい・・・だけです・・・・」

『そんな生半可な気持ちなら手を引いてアイツのことは忘れな。後悔するのはおたくらだ』

震える声で想いを数珠繋ぎに言うちとせに翔矢は尚も言い詰める。

『まぁいい。後悔するのもおたくらだから、俺には関係ない、か。これだけは言っておくぜ』

ぶっきらぼうに呟き翔矢はちとせの心を揺らす言葉を呟いた。

 

 

 

『アイツとおたくらじゃ・・・・・住む世界が違いすぎるぜ?』

 

 

言うだけ言うと“ドミネイター”はHCDで“シャープシューター”の前から姿を消した。残ったのは数個のデブリとブルーのカラーリングの“シャープシューター”。

そして、ちとせの心に巣食った不安という名の暗闇だった。

 

 

 

 

 

ドォン!!!

 

 

“灰の月”内部の通路に機銃音やアサルトライフルの銃声とは比べ物にならない位の轟音が轟いた。

伊織が腰だめに両腕で構えた、対複合装甲弾が装填されているジョイント式長銃身ライフルの発射音。安定した射撃を行う為に金属プレートが床に突き刺さっている。

「・・・・・・」

無言で見るも無残な形となったオートウェポンの残骸。先ほどの一発が瞬時にオートウェポンを殲滅したのだろう。もはや原形すら留めておらず元が何だったのか、と問いたくなるくらいの形にまで拉げきったそれらを気にせずに踏み潰す。

「ぐっ!」

放たれる機銃弾が右肩、左脇腹を貫通し周囲の床や壁を音を立てて削っていく。

さらに膝を撃ち抜いた。激痛によって脱力していく右膝に無理矢理力を込めて踏ん張る伊織。そうすることで痛みがますことなど気にも止めず。

 

 

ガシャコッ!!

 

 

銃身の横に備えられたレバーで薬莢を排出し弾丸を装填。痛みに霞む景色に目を凝らし照準を合わせ再度、ライフルの引き金を絞る。

 

 

ドォン!!!

 

 

すかさず銃声が轟き発射の反動が全身に伝わり、再び激痛が走る。

そして弾丸の直撃を受けて爆裂四散したオートウェポン達を確認し安定プレートを銃身に畳み込み、銃身を一段階縮めてショルダーハーネスに収めた後、伊織は再び薄暗い通路を進み始める。

もはや警報のサイレンも突入から数時間が経った今、すっかりと聞き慣れ伊織の作戦には何の支障も無い。いや、元々彼が遂行する作戦に支障というものは存在しないのかもしれない。ただ、作戦目標を遂行する為に最善の手段をとる。邪魔な障害物は破壊して進むまでだ。

天井に設置されている機銃つき監視カメラに自動拳銃の弾丸を叩き込みながら、前に進んでいると一際、大きなドアに行き当たった。

それが最深部への扉だろう。伊織は作戦前に情報部から手に入れたデータを使用しパスワードを入力していく。

「これで・・・・終わりだ」

最後の番号を打ち込み一秒も経たないうちに扉が音を立てて開く。

無感情な様子でドアを潜り中に入る伊織。その瞬間、彼の黒瞳が僅かに見開いた。

「愛璃・・・・・」

人一人が入れる細長い培養器の中で培養液のような物に浸かり目を閉じる愛璃がそこにいたのだ。一糸も纏わぬ全裸の姿を晒したままの愛璃が。

懐かしい感じがする。最後に言葉を交わしたのが何年ぶりだろうか、と思ってしまう程彼女の顔を見るのを久しく感じた。

培養器を操作しようと装置に手をかけた時、

「や・・・やめろ!!」

錯乱した声が聞こえた。その耳に媚びり付くウザったい声に伊織は鬱陶しそうに顔をしかめて振り向くと一人の男がこちらに拳銃を向けて立っていた。

髪の少ない頭に厚いレンズの眼鏡。白衣。おそらく“灰の月”内部にいた科学者だろう。

「彼女に何をする気だ!?」

「連れて帰る」

「管理者だぞ!勝手な真似は許されない!!!」

その時、科学者は伊織を見て目を見開いた。まるで化け物でも見るかのような目で。

彼の瞳に映っていた青年の顔が綺麗に微笑んでいた。瞳には虚ろな光が灯ったまま、口元が吊り上る。デスマスクを被った男がそこに立っていたのだ。

「こいつは緋水愛璃だ。何者でもない・・・・・緋水愛璃だ」

いつの間にかデスマスクの微笑みが消え、そう言うや否や伊織は装置を素早い動作で動かしていく。ふと手を止め、

「お前か?愛璃をこんな物に詰め込んで知識を引きずり出すだけのデバイスにしたのは?」

「それがどうした!?彼女は管理者だぞ!!!」

「くだらん」

胸糞悪くなってきた感情に苛立ちを示すかのように伊織は操作する速度をより一層、速める。

「やめ―――――」

 

 

タンッ!!

 

「ひっ・・・・ひぃぃぃぃ」

伊織を静止する科学者の足元の床が数ミリか窪みそこから煙が立ち昇っていた。カランという音を立てて床へと落ちる薬莢。

「鬱陶しい・・・・・黙れ。次、喋ったら・・・・・撃ち殺す」

操作が終わり培養液が排出され倒れ落ちる愛璃を受け止める。その白い肌も悩ましい肢体も綺麗な緋色の長髪も培養液で濡れていた。まだ気を失っているようで、その顔は悪夢でも見ているかのようにも見える。

「彼女をはな・・・・・・え?」

科学者は何故、自分の左胸に血を帯びた弾痕が生まれたのか分からなかった。どっと溢れ出る自らの身体に納められていた血液を呆然と見つめ床に倒れ伏す。徐々に科学者の体が冷えきり一際大きな痙攣をした後、科学者は生き絶えた。

「言ったはずだ・・・・・撃ち殺す、と」

伊織は一流の軍人だ。任務に問題を生じるイレギュラーをどう排除すればいいかも心得ている。それと同時に殺すといったら殺すのだ。

その言葉に嘘も気負いも、そして躊躇いも感じられない。一度相手の命を奪うと言葉にして言った以上、確実に相手の命を奪うのだ。

科学者を撃ち殺した自動拳銃をヒップホルスターに差込み、白いジャケットを愛璃に被せる。

今思えば悩ましい彼女の肉体が目の前で晒されている事実に気がつき伊織は不器用な性格ゆえに頬に宿った熱の正体が分からなかった。

 

 

「んっ・・・・・ぅん。いお・・・・・伊織?どうして・・・・ここに」

「救出作戦だからな」

目を覚ましぐったりと身体を伊織に預ける愛璃。顔だけ伊織に向けて話し掛ける。一方、伊織もいつも通りの冷静さを取り戻す。

「とりあえずジャケットを着ろ」

「えっ?・・・・・・・・・・・・・・・ひゃぁ!!」

女としての大事な個所が見えそうで見えない状態に愛璃は自分の長髪よりも紅い色を頬に差し込む。ジャケットで前を隠し伊織が背中を向けた事を確認しジャケットを羽織った。少し前まで彼が着ていた所為か生暖かさが残っている。だが、それは決して不快感ではなく冷え切った自分の心を癒してくれる温もりであった。

「伊織・・・・・・どうしてここへ?」

「言ったろ。救出作戦だ・・・・・お前、まだ管理者としてなのか」

感情を変えずに愛璃の質問に答える。しかし、その顔は愛璃がしっかりとジャケットを着たことを確認しどこかホッとしているようにも見えた。

服の下からでも分かる突き出すような胸の膨らみ。ジャケットの大きさが良かったのか大事な個所もシッカリと隠れている。

だが、脚の脚線の殆どは露出している状態だが、そこは別に愛璃本人は気にしていないらしい。

「お前はお前だ。緋水愛璃だと言ったはずだろ?」

そう言って頭に置かれた手の暖かさに安心し愛璃は胸の奥から熱いものが込み上げて来て、同時に目頭も急に熱くなってくる感覚を味わった。

身体に巻きついたままだった残った鎖が音を立てて千切れようやく解放された感覚。ようやく味わう事が出来る暖かな安堵感。

「愛璃・・・・・!?」

「私・・・・・嬉しかった。伊織が・・・・助けに来てくれて嬉しかったよぅ・・・えっく・・・うっ」

伊織に抱きつき嗚咽で身体を振るわせる愛璃。

静かに彼女の背中にぎこちない動作で手を回し愛璃を受け止める伊織。その行動がきっかけのように愛璃が声を上げて泣きはじめた。

警報が鳴り響く中、生まれた泣き声を伊織は笑いもせずにただ黙って聞きながら愛璃を受け止め続けた。

 

 

「オペレーション・コンプリートだ。帰還する」

「いーおり!」

「・・・・・・・・・・・・・むぅ」

操縦座席に座る伊織の膝の上に座る愛璃。甘えるように彼の首に細い腕を回し胸板に顔を埋める。

その時、伊織の脳裏にちとせが鬼の面を被って待ち構えている様子が浮かび寒気を感じた。

スロットルを踏み込み、機体を“灰の月”の発進口から出撃させ伊織はエルシオールへと戻っていった。

 

 

 

「姉さんっ!!」

「麻衣っ!」

伊織と共に姿を見せた愛璃を見るや否や麻衣は全速力で彼女の元へと駆けていき力いっぱい抱きつきまた、愛璃も涙を浮かべる妹を負けじと抱きしめ返す。

「会いたかった!・・・・会いたかった・・よぅ・・・姉さぁん・・・・・!!」

「ゴメンね?辛い思いさせて・・・・本当にゴメンねっっっ・・・・」

感動の姉妹再会に涙を浮かべるエルシオールのクルー。

願わくばこの姉妹に永遠なる幸せを。

「ちとせ・・・・どうした?」

「いっ・・・いえ。何でもありません」

伊織に声をかけられ慌てて反応するちとせ。そんな彼女の様子を伊織は目を細めて見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「“灰の月“がついに奪われてしまったか。まぁいい、これから取り返せば問題は無いさ」

椅子から立ち上がり大きく背を伸ばした後、フォートは野心を隠す仮面の微笑みを浮かべて、

 

 

 

「さあ行こうか。裏切り者と天使に死の花束を届けにね」

 

 

 

 

 

                         第三十四章

                                 完

                                      続く