第三十五章「僅かな休息」

 

 

 

 

 

その日、伊織は人生で一番最悪な一日を迎えようとしていた。ちとせとの同棲生活から一週間以上も経つ現在。

伊織はちとせから少し離れた場所に布団を敷いて寝ていた。布団を敷く時、ちとせは何故か残念そうな顔をしていたが。

そんな時だ。そのちとせが伊織の一日を朝っぱらから破砕したのは。

「――――――り・・・・さぁん。伊織さぁん」

「んぅ?・・・・・・っぅ!?ちちちち・・・ちとせ!?どうした・・・・・!?」

ちとせの苦しそうな声に、伊織は目を覚ました。おぼろげな視界が一瞬でクリア化されていく。それもそのはず。

青い寝間着を身に纏うちとせが自分の布団から移動し伊織の布団に入り込み彼の身体に腕を巻きつけるようにして抱きついていたのだ。

寝間着の間から見える白いふとももや、襟元から微かに見える白い果実の谷間に嫌でも目が食い入ってしまう。

すがるように抱きつくちとせは息が荒く顔がいつもとは違いどこか火照ったように赤く見えた。

「お前・・・・大丈夫か?」

「はい・・・・大丈夫・・・こほっ・・・・です・・・こほっ!!」

「咳混じりに返されても説得力に欠けるぞ。起きれるか?医務室に行くぞ?」

ぐったりとするちとせの腕を自分の肩に回しゆっくりと起き上がろうとするが、急に脚がもつれ合い(ちとせに引っ掛けられたとも取れる、というかどこから見てもちとせが引っ掛けたようにしか見えないのだが)布団の上に伊織が、その上にちとせが倒れこんでしまった。それが丁度、何故かちとせが伊織を押し倒している形になっている状態になりどこからどう見ても夜這をかけている状況だ。

「ち・・・ちとせ?」

「伊織さん・・・息苦しいので・・ポヴェラップ・・・・塗ってくれませんか?」

黒い瞳は媚びるように潤んだ光を放っていた。

そういって胸元をはだけさせ、どこから持ってきたのか伊織の手を取り指を蓋の空いたポヴェラップにつけ自分の胸元へと誘導する。

伊織はというと余りの急展開にいつもは冴えた思考が回らず追いつかずちとせに主導権を握られたままだ。より一層、露出度が高まったちとせの白い果実に伊織の思考は完全に停止する。

ちとせってこんな大胆なキャラクターだっけか?

脳裏に過ぎる疑問は誰にも向けられずただ、心の中で膨らむだけだった。

伊織の手がちとせの胸元に到達し微かに白く水々しい果実に触れると、

「あっ・・・・んっ!」

という誤解を受けるような声を洩らすちとせ。そのふにゅふにゅした感触を与える果実に指が触れる度に伊織は身体を強張らせる(もはやこの小説が無事に掲載出来るかどうか怪しいところであるが)。

そんな状態が数分続いた時だった。

「伊織ー!おっはよーう!!・・・・・ってはう!?」

「愛璃・・・・・違うぞ。これは・・・・えっと・・・その・・・・誤解という奴で」

押し倒されている伊織が言っても説得力に欠けるというものだ。

「あはははははは。邪魔しちゃったね・・・・ハハハ・・・・・」

押し倒す伊織の手を自分の胸元に導くちとせにされるがままの状態で押し倒されている伊織を突如、入ってきた愛璃は彼とちとせの様子を見るや否や顔からサッと血の気が失せこの世の終末を目前に控えた人類のような表情を浮かべてすぐに引きつった笑いを浮かべて足早に退散した。

「なんて・・・・こった」

「勝った・・・・・・・勝ちました」

溜息を吐く伊織と妙に勝ち誇った表情を浮かべるちとせ。彼女に視線をやると先ほどまでの具合の悪さが嘘のように健康状態だった。

少なくとも今、額に脂汗をビッシリと浮かべる伊織が目の当たりにするちとせはいつも通りの彼女だ。

「ちとせ?何の真似だ?」

 

「いや・・・・別に。伊織さん・・・・・・こんな私はお嫌いですか?」

 

潤んだ輝きを放つちとせにうっと詰まらせてしまったが、あることに気が付き伊織は頬を一層赤く染めた。後ろの方を向いて一言、

「ちとせ。その・・・・いい加減、胸は隠してくれないか?」

「え?・・・・・・ひぃ!ひゃあ!!!!」

あと寸前で襟からこぼれる白い果実を慌てて両腕で覆いへたり込む。そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに、と突っ込みを入れたくなるのを我慢し伊織は白いジャケットに腕を通し部屋を出て行った。これ以上、彼女と同じ部屋に居たら理性が音を立てて崩れてしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一汗流すか・・・・」

『エルシオー湯』の看板を見てすぐに男湯の方へと入っていく。先ほどちとせが引き起こした騒動で流出した汗の量が多すぎる。大きな風呂で流すことで心身ともにリラックス出来る筈。それにいくら、ちとせでも男湯まで迫ってきたりはしないはずだ。

「奴に限ってそれは・・・・・多分無いな」

先ほどの彼女自身、顔を真っ赤に染めていた。おそらく羞恥心を堪えていたのだろう。

「何故あんなことに・・・・・女とは分からない生き物だな」

自分ともっと距離を縮めたかった健気なちとせの想いにはまるで気がつかず伊織は溜息を吐いた後、青地に白い文字で『男湯』と書かれた暖簾を潜る。

ここで『エルシオー湯』内部を説明しておこう。

入り口は一つで入ってすぐに男湯、女湯と再度入り口が分かれている構造だ。

また、『エルシオー湯』近隣は広めのホールとなっておりマッサージチェアや自動販売機などが設置されていたりして、以外にも素の牛乳が人気だったりする。

靴を下駄箱に押し込みスリッパに履き替えて『男湯』専用の引き戸を開けた。

服を脱いで籠に入れて長めのタオルを腰に巻いて浴場へと入る。ふと、腕に目をやると切り傷か擦り傷かよく分からない長い傷跡が残っていた。

それが先日の“灰の月”奪還の際に内部突入の時、オートウェポンの機銃によって生まれた傷跡だと遅れて思い出す伊織。

「また消さなきゃいけないな」

身体を一通り流してから浴槽に脚からゆっくりと浸かり肩までいくと全身を包む湯の温度が骨にまで染み渡り身体の芯から温まっていく。

「しかし・・・・誰もいないな」

男湯には本当に誰も居らず伊織ただ一人が寂しげに広い浴槽で湯を楽しんでいるだけである。

それはそれでゆっくりできるか、とノンビリした考えを持ち深く顎まで浸かった時、勢い良く男湯の引き戸が空いた。

湯気で誰が入ってきたか分からないがその人物が近づいてきた時、伊織は情けないように目を大きく見開てしまった。

「あ・・・・愛璃?」

黒い眼差しの先には悩ましく恵まれ肢体をタオル一丁で包む愛璃が立っていた。

瞬時に訪れた目眩に伊織はつい湯船に沈みそうになるも手を湯船に乗せて体勢を保ち愛璃に目をやる。

全身を包み込むタオル以外、本当に何も着ていない。

目を引くのがタオルの下からでも突き出るような美しい胸の膨らみは外科手術でも真似は出来ないほど豊麗なものだった。

一体、何が起こるのだろうか?と得体の知れない不安に震えている伊織に愛璃はにっこりと女神のように微笑みかけ、

「伊織!背中流してあげる」

「愛璃。そのまえにここは混浴風呂じゃない・・・・入浴は女湯で楽しめ」

「何よその態度!むむむむむむぅ!!もう怒った!むりやり流させてもらうもん!!!」

落ち着きを払う伊織の態度が癇に障ったのか全身から怒気を立ち上らせて、そう言うや否や湯船まで近づき伊織の股間に手を伸ばす愛璃。

「はほっ!?」

「へぇーえ?なかなか立派な刀じゃない」

伊織のアレを思いっきり掴み柳眉をピクピクと上下させる。

陰の棒を握られ完全に主導権を奪われた伊織はただ口をパクパクと上下させるだけであった。

「あっ・・・・あぎっっ・・・・ぎゃぼっ!?」

「人の親切は素直に受けなさい。い・い・わ・ね?」

「はい。わかりました」

伊織に敬語を使わせた愛璃は満足げに頷き伊織のソレから手を離し、湯船から出るよう指示をする。大人しく愛璃の指示に従い伊織は風呂椅子に座り込み背中を晒す。

「あれ?以外に怪我の跡とかないんだね?」

愛璃は当初、伊織の背中には弾痕などの外傷の跡が多数刻まれていると予想していたが以外にも目立った外傷は見当たらなかった。

あるとしたら新しい弾痕が二、三個程度。

「あるにはある。作戦終了後は傷を消しているだけだ」

「へぇ。どして?」

「言われてみれば・・・・何故だろうな。その時の気持ちでも引きずらないと言った方が分かり易いかも知れない」

要は傷跡を残して自らを戒める必要もなくただ、その都度の戦闘に徹する為に前回、その前の戦闘などによって生まれた傷跡を消す事で新しい作戦にも一から始められると、愛璃は解釈した。

だが傷跡など無くても言動や口調、含まれているニュアンスだけで目の前で自分に向かって背中を預ける青年が改めて戦場での仕事を生業としているのを愛璃は理解した。

戦うことで生きてきた目の前の男が今までにどんな生き方をしてきたのかを。愛璃はそのしなやかでたくましい背中から垣間見ることが出来た。

そして彼が今まで受けてきた傷、これから受けるであろう傷をどうした癒せられるかという考えが脳裏を過ぎる。

伊織はというと愛璃がいつまでも行動を起こさないのでどうしようかと考えていた。

「じゃ!じゃあ・・・始めるね?」

「あぁ。よろしく・・・・・頼む」

直後、シュルリという音が聞こえたが伊織は聞こえていないフリをした。

まさかという言葉が脳裏を飛び交う中、

 

 

むにゅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!

 

 

何ともいえない柔らかい感触が背中に突き当たった。おまけにボディソープでもつけているせいかその柔らかい感触は滑りを帯びている。

伊織の胸板に両腕を回して身体を更に密着させる愛璃。彼女が自らの身体を押し付けるたびに豊満で柔らかな感触が一層強く背中に突き当たった。

「んしょ!んしょ!んしょ!!」

何故か愛璃が身体を動かすたびにその感触も上下に動く。

「愛璃・・・お前、何を――――」

「だめぇ!お願いだから!!!・・・こっ・・こっち見ないでぇ!!!」

「はい」

背中に当たる柔らかい感触の正体を確かめるため、振り向こうとするが頭に手が回され強制的に前へと向かされる。そして、愛璃の恥ずかしさで一杯といった声が後ろから飛んで来た為、伊織は柔らかい感触の正体をあきらめることにした。

奇妙な物体によるマッサージが十五分くらい続いた後、タオルを再び身体に巻きつけて、

「どう?少しは楽になったと思うよ?」

「そうだな。謎は残ったままだが・・・・・・・・・・楽にはなったな」

伊織の返事に満足そうな笑顔を浮かべた後、愛璃は男湯を出て行った。

未だに彼女の行動の真意が分からない伊織は頭上に?マークを浮かべながら男湯を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

災難(?)な目に遭ったと思いながら軽くなるどころか重くなった身体を引きずるようにして自室のドアを開けると、メイドがいた。

いや、メイドの格好をしたちとせがそこにいた。

「お・・・お帰りなさいませ・・・ご主人さ――――」

「間違えました」

 

 

 

バシュッ!

 

 

 

ちとせが何か言う前に伊織はドアを閉めた。

「本当に部屋を間違えたか・・・・・?」

違う、自分の部屋だ。間違いなく。

ならば今のはなんだ?何故?ちとせが『メイド服』なるものを・・・・

いや、今のは幻覚だ。いくらちとせと自分が交際を始めたとはいえ『メイド服』はないだろ。

 

伊織は額に多量の脂汗が浮き出てこめかみを流れていくのを感じた。

紺といった地味で目立たない色をベースに白いレースとフリルで飾り付けられ止めとばかりに頭には白いカチューシャのようなものを身に付け、そんな彼女が色白の肌を紅に染め上げながら喘ぐように言葉を放つ様子は伊織でなくても絶大なるダメージを男に与えるのだ。

少し艦内を周っておこう。まだ疲れているのかも知れない。踵を返し伊織は再び艦内を歩き始めた。

 

 

「あぅ〜。ランファ先輩から前借りたこのメイド服なら・・・・そうだ、これにすれば」

自分のメイド姿を見るや否やドアを閉めた伊織の行動にショックを受け涙ぐむちとせ。前にランファには「これを着てハートを撃ち抜かれない男はいない」と言われて思い切って着て見たらこの有様だ。伊織さんはメイド服が苦手なのでしょうか、と思い箪笥の中を捜し始める。

「こ・・・これは・・・・・!?」

ちとせが手にした物は・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・はぁ」

息を整えながら伊織は展望公園を歩いていた。朝のちとせと言い。風呂の愛璃といい。自分は何か罪を犯してしまったのだろうか。

そうでもなければあのようダブルインパクトが起こるわけない。ベンチに座り込み必死に思考を巡らせて考えるも思い当たる節が無い。まるでない。

「俺が一体・・・・・・・・・何をした」

がっくりと首をうな垂れる。

 

 

ガサッ!!

 

 

物音が聞こえ条件反射とも言える素早く無駄の無い動作で伊織がヒップホルスターに差し込んであった拳銃を抜き放ち音の方に向かって振り向きざまに銃口を向けた。

「なっ・・・・・・・」

目を見開き伊織は情けなく口を開けてしまった。

白と赤、二色の巫女服。そして狐の耳と狐の九尾。

狐巫女服姿のちとせが芝生の上に座り込み顔をこれでもかという位に真っ赤に染め上げ一言、

 

 

 

「こっ・・・・・・・コンっ!」

 

 

 

「ついに・・・・・俺の番か」

巫女服狐姿のちとせを見るや某四脚機動兵器に乗る傭兵のセリフを口から吐いて伊織はその場へと倒れこんでしまった。

朝っぱらから積み重なった精神的重圧はバベルの塔が崩壊するかのごとく伊織に重く圧し掛かり彼の意識を深い闇に静めたのだ。

ちとせが慌てて駆け寄り身体を揺らす事にも当然気がつかず伊織は呻き声を上げながら芝生の上に横たわっていた。

 

 

 

「良い景色ね」

「あぁ」

一方、伊織がぶっ倒れた銀河展望公園の別の場所で翔矢と千早は芝生の上に並んで座りながら寄り添って空を眺めていた。素直になれない二人だが今この瞬間は互いの気持ちが通じ合い本当の恋人同士のように見える。

翔矢の肩に身体を預ける千早は満ち足りたような笑顔を浮かべ、翔矢も顔をほんのりと赤く染めながらも彼女の茶髪を優しげに撫でた。日頃、好戦的で言葉遣いの荒い彼だがその様子を見る限り本来は優しい性格のようだ。

「ねぇ?翔矢」

「何だよ」

おもむろに彼女の顔に視線を向けると懇願するような目で、

「抱きしめて」

「うぇっ?うぁ・・・・えぇっと」

ぎこちない動作で彼女をそっと自分の胸に寄せ、千早もまた彼の背中に手を回し抱きしめ返す。

幸せだった。こういう平和な時が大切な人と過ごせるこの時間が二人にとっての幸せだった。

「私たち・・・・・ずっと一緒よ?」

「あぁ。ずっと一緒に・・・・・・・・・ずっとな」

彼女の耳元に囁いた後、翔矢は近くの芝生に妙な物を発見し手にとって胡散臭げに眺め回す。ようやくそれが何なのか思い当たり一言、

 

 

「なぁ?これって狐の毛か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ!・・・・んぅ」

ムクっと起き上がり伊織は辺りを見回した。白い砂浜と青い海。クジラルームのようだ。

重い身体を起こし、立ち上がって砂を払う。程よい暖かさを与える日光が頭上から降り注ぐ。手で日差しを作りながら周囲を見回すも、誰もいない。

「俺は・・・・」

そうだ。確かちとせの『巫女狐姿』の一撃を喰らって意識を無くしたのだ。そして気がついたら何故かクジラルームにいる。

“まさか!?”と嫌な思いがし慌てて走り去ろうとしたが時既に遅し。後悔アフターザフェスティバル。

「伊織さん。良かった大丈夫ですか?」

恐る恐る後ろを振り向き伊織は目を見開いた。ちとせはまたしてもビキニの水着姿で自分の目の前に立っていたのだ。それもこのあいだ二人で外出に出た際に買った黒地に赤いラインのビキニ水着。

二十一年間、女と関わってきた回数はどちらかといえば少ないが今日だけでそれをはるかに上回る経験をした。

「ちとせ・・・・お前」

「せっかく買ったんですし・・・・伊織さんに見て欲しいと思って。どうですか?」

たわわに実る白い果実がずいずいと迫り伊織は後ずさる。

「おいおい。天都、テメェどうしてここにいるんだ?っておわ!!」

「散華か」

その場に現れた翔矢はちとせの姿を見るや否や顔を赤くし一歩後ずさった。

ちとせもまさか他人が入ってくるとは思わず羞恥心に顔を赤らめてしゃがみ込む。

「翔矢ぁ!こんな所にいたの?」

「いぃぃぃぃっ!?」

茶髪で明るく活発な千早も何故か水着姿で現れ、彼女の姿を見るや否やちとせの時よりも多く後退する。

ちとせのように白い肌ではないが程よく日に焼けた肌が健康的な肉体を印象付ける。ちとせよりも年上かつ軍人の為、日々のトレーニングを欠かさない所為か出るところは出て引っ込むところは引っ込んでおり、ちとせの肢体とはまた別の意味で眼のやり場がない。

「お前!どうして水着姿なんだよ!!!??」

目を丸くしながら裏返った声で千早を指差す。彼の態度が気に食わないのか額に青筋を浮かべ、ズンズンと近づき、

「人に指を差さないの!せっかくこう言う場所があるんだから楽しみたいじゃない!?」

「うぇぇぇぇ」

ガックシとうな垂れながら木の下に座り込む翔矢。だが内心は恋人の水着姿を見れて心は弾んでいるようだ。

その時、新にもう一組の男女が現れた。

「ほーらー!クロぉ。早く早く!!」

水色のセパレートタイプの水着に身を包む麻衣が顔を真っ赤にして俯きトボトボと歩くクロミエに腕を絡ませ引っ張る。

「クロミエ・・・・・・・・完全に振り回されているな」

「女の尻にしかれやすいんだろ?」

何故か一緒の木下で体育座りをする伊織と翔矢。

恋人の水着姿が眩しすぎて退散してきた二人は恥ずかしがり仔犬のように首をふるふるとさせるクロミエを哀れむかのように見つめていた。

麻衣は十六歳。そこそこだが発展途上の膨らみはこれからの姿すら想像させない未知のポテンシャルを秘めている。

彼女のセパレート水着はクロミエにとっては太陽をじかに見つめるようなものらしく絶対に麻衣の姿を見まいとばかりに別方向に顔を向けていた。

そして、ついに女性陣中最高の肉体を持つ女もその場に現れた。

 

 

「やっほー!みんなも水着姿でまぁ・・・・ここって泳ぐのに良いよねぇ!!」

 

 

 

伊織、翔矢、クロミエ「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」

 

 

彼女の出現に三人は奇声にも似た雄叫びを上げてしまった。

現れたのは緋色の長髪の持ち主である愛璃だ。妹である麻衣と同じく水色のビキニで身を包んでいたが麻衣とは比べ物にならなかった。

抜群、絶妙のプロポーション。すらりとくびれた腰。

そして両手ではとても収まりきらない二つの柔房。

愛璃の髪が緋色の所為か水色の水着で胸や股間の部分にどうしても目が食入ってしまう。

赤系統の髪と青系統の水着によるコントラストを最大限まで活かすことで肉感的なボディを目立たせた水着である、と感づいたちとせは額に冷や汗を浮かべ彼女の水着姿を凝視した。

それは彼女が誇るある意味最強の武器である胸にも。

そんな『全身凶器』の彼女の出現に男性陣も興奮と驚愕が入り混じった声を上げてしまったのだ。

「あっ!伊織だぁ!!おーい!!!」

自分と同い年だと言うのに子供のように無邪気な笑顔を浮かべて元気良く手を振る。

だが、彼女の美しい双丘は水風船のように感度良く反応し動く度に揺れたわんでしまい、クロミエにいたっては既に白目を剥き始めてしまっていた。

目をきっと伏せ絶対に目を合わせないようにしているが、愛璃には逆効果だったらしく近くにきて言おうと思いこちらへ近づいてくるではないか。

「ごめんなさい、伊織さん!!」

「悪いな天都!!」

「な!?・・・・・・お・・・・オンドゥルルラギッタンディスカー(OwO;)!!???」

最後の力を振り絞りクロミエと翔矢が慌てて逃げ出した。

顔を真っ青にしてオンド○ル語を吐き自分も逃げようとするが右肩に置かれた手にビクリと身体を強張らせ後ろを振り向く。

「やっほぉ。い・お・り♪」

寄せる必要のないメロンのような大きさの胸がムッチリとした谷間を作り伊織の顔に迫っていた。

もぉ駄目だ。壊される・・・・俺の理性が壊される!!

見えない恐怖に怯える伊織は仔犬のように身体をふるふると震わせる。

目の前に破壊力抜群の『むっちり』とも『もっちり』とも言える核爆弾が迫ってきたのだから。

伊織でなくても男ならば、凄まじい光景に神経を麻痺され精神を錯乱領域にまで追い詰められてしまう。

「あ・・・愛璃さん!!!」

「姉さん!伊織さんが困ってるじゃない」

「麻衣にちとせ!どうしたの?」

慌てて駆け寄る麻衣とちとせに振り向いて呑気な対応をする愛璃。

目の前の核爆弾二つが無くなり、“た・・・・助かった”と伊織が心の中で安堵の溜息を吐いたことは言うまでも無い。

「そのっ!・・・・あのぉ!!」

チラチラと自分のものでは勝てるはずのない愛璃の胸に視線を注いだり外したりするちとせ。

「いつ見ても姉さん胸って本当に大きいよねぇ?」

「本当。愛璃ぃ半分分けてよぉ!!」

妹の麻衣は姉の発育良い胸に改めて感嘆の溜息を吐いて、千早は珍しい物を見るかのように愛璃の豊球二つを鷲掴みにする。

その際に愛璃の柔房が面白い形に拉げるも二つの球の柔肉は千早のほっそりとした指の股からはみ出てしまった。

「ひゃぁあ!?・・・・うぅん・・・って言っても気付いたらおっきくなってただけだし」

いきなり触られたのかびっくりした後、すぐに冷静さを取り戻し“分けられるなら分けてあげたいよ”という快活な笑顔を見せる。

彼女の笑顔を見て、意識を喪失したのか千早はしぶしぶ愛璃の胸から手を離した。

「あれ?伊織は?」

「あっ!いた。しかも逃げ足速ッ!!」

一同の視線の先には砂浜を物凄い勢いで走破している伊織がいた。

人間であれまでのスピードが出るのか?と真面目に聞きたいぐらいの速度で伊織は“これ以上いられるか!!”という思いを胸にオーバードブースト並みの勢いでクジラルームを出て行った。

 

 

 

 

 

「あーーーーーはっはっはっ!!!確かにお前から見たら災難だなぁ!えっ!?」

その話を聞いた途端、EISYSは狭いコックピット内で轟くほどの豪快な笑い声を盛大に上げた。

それこそ機体全身を揺らすくらいのボリュームで

「イーーーーーーーヒッヒッヒッ!!アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!イーーーーーハハハハハー!クーーーーヒャヒャヒャヒャ!!!ゲアハハハハハハハハハハハッハハハハハハハッハハハハハハハハハハァ!!!ヒィアハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

相変わらず笑い声を上げるEISYSに伊織の額に青筋が浮かんだ。左眼の下が痙攣している。

「笑うな!!俺にとっては苦痛だったんだぞ!?」

顔を真っ赤にして声を荒げることから見ると彼の今日一日はいつ理性が崩壊してもおかしくなかったらしい。

かくにも最悪の一日だった、とうな垂れる伊織。顔を紅くしたり蒼くしたり散々な一日だ。

一方、EISYSはそんな彼の考えを読み取ったかのように、

「でもよ。もうそんな良い意味での騒がしい日は・・・・・・もう無いと思った方がいいぜ?」

「分かっている。おそらく・・・・・・・・これが最後かもしれない」

これから先の帝政軍との戦いは激しさを増すだろう。その分、自分も敵を選んでいる余裕も無い。

殺人機械に戻ってしまうかもしれない。いや、むしろ戻った方がいいのかもしれない。

結局は自分の弱さがきっかけで雪華もクラリスも死なせてしまった。守ってやれなかった。

ならば弱さを捨て去り非情になれば・・・・殺人機械に戻れば彼女達を銃火から守ってやれ、元の世界に返してやれるかもしれない。

彼女達はこの世界にいるべき人間ではない。優しさを持つ天使は常に肥え続ける銃火が溢れる世界にいてはいけないのだ。

しかしそうすれば、心が安らげるこの場所も大切な彼女とも離れなければいけなくなる。

そう考えると今日のような一日はもうないかもしれないのだ。

彼女や誰かが死んでるか、自分が死んでるかのどちらかになる。

だが、そんなことはさせない。自分の居場所を壊す奴は誰であろうと屠る。片っ端から完膚なきまでに撃砕するまで。

容赦などしない、その為ならば誰にどう言われようと関係ない。

自分なりの守り方を貫くだけだ。

それが大罪になろうとも、だ。

「最後の思い出・・・・・・・か」

コックピットの中で伊織は虚ろな声で静かに呟く伊織。

「そうそう、お前にも言っておくか」

ふと思い出したような表情を浮かべ、

「あ?なんだよ?」

キョトンとした様子で返って来る声に淡々と語りかける。

「実はな・・・・・機体名を変えようと思う」

「こいつのか?今更って気もするが・・・・・・何にするんだ?言ってみぃ。EISYSに言ってみぃ」

コホンと軽く咳払いしてから、

「マークヌル・ノイエ」

「マークヌル・ノイエ・・・・・『新しい零』か。理由は?」

しばし黙考してからEISYSも納得がいったような態度で訪ねてきた。

「“マークヌル”は。俺が・・・・・・雪華と一緒だった時の機体の名前だ」

一旦言葉を区切り、

「雪華も・・・ここの連中と同じくらい大事な存在だったんだ。だからどんなに時が流れても、俺はあいつのことを忘れたくないんだ」

「せめて機体の名前を変えて・・・・・雪華の存在を忘れないようにするってことか?」

無言で頷く。

自分がここまで来れたのも雪華との出会いが影響だろう。彼女との出会いによって自分は大切なことを学んだ気がする。

そんな雪華の存在を今でも忘れないようにするために伊織はかつての愛機の名前を新しくこの機体に名付けた。

終りという名の機体から『新しき零』の名を冠した機体へと変えたのだ。

「いいんじゃないのか。“マークヌル・ノイエ”」

微笑が含まれた返事に伊織も満足そうに頷いた。

「この“マークヌル・ノイエ”で、どこまでやれるか分からないが・・・・・・俺は自分なりの生き方をするまでだ」

決意が込められた言葉を一言、口にした後、伊織は再び機体調整を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

                         第三十五章

                                 完

                                     続く