GALAXY ANGEL ANOTHER HERO STORY
第五章 心の片鱗 力の片鱗
『あ、・・・あー!・・・テス・・テス・・ト・・・』
エルシオール前方にいた強襲艦ケルベロスから発進した5機の戦闘機はいきなり回線に割り込んできた。しかし、雑音がひどい。
『よし!兄〜貴、繋がったよ』
調整が済んだらしく、雑音が消え相手側の声が鮮明となった。
『やあミルフィーユ、僕のマイ・ハ・・・うおっ!?』
カミュが何か言おうとしていたようだが、ブラットはお構いなしにランチャーを撃った。
「久しぶりだなヘル・ハウンズ。会えてうれしいよ」
最悪な再会に皮肉を込めて言った。
『愛する僕たちの優雅なひとときを邪魔するとは・・・少々無粋ではないか、ブラット?』
俺の攻撃を間一髪で回避したカミュが睨みながら言う。だが、言ってる意味はよく分からない。
「俺の名前を覚えてくれていたとはね」
名前を覚えていたのは意外だった。
『そんなヘンテコな機体のパイロットを忘れるわけないだろ!』
答えたのはベルモットだ。2度目に会った時は忘れていただろに・・・。
『・・・強き者を俺は忘れない』
「それは光栄だよ。俺もおまえらは忘れない。おまえらのおかげで第一方面軍は壊滅したのだからな!」
ブラットとヘル・ハウンズとかいう連中の会話を聞いて、タクトは違和感を覚える。
それはブラットの様子だ。普段の優しく友好的な態度とは違い、言葉の所々に負の感情が見え隠れしている。
そういえば、戦闘の時はやけに強気になることを思い出す。若干17歳にしては頼もしすぎるほどに。
彼と出会って2週間ほど・・・。まだ知らない部分の方が多いのかもしれない。
「司令!シヌイが戦闘を開始しました」
「あ!?シヌイの通信回線強制切断されました!」
「なんだって!?」
また、彼らしくない。この艦ではヴァニラと同じくらい命令に忠実なブラットが命令なしに戦闘を始め、勝手に通信を切るなんておかしい。
そんなタクトをよそに戦闘は始まる。
ブラットとカミュとレッドの機体は猛スピードで互いにぴったり平行な位置を飛んでいる。どんなに変則的な動きをしても3機の距離は変わらない。
(さすがだな)
現在はシヌイが若干前にいる。今のままでは後ろに付けないだろう。
戦闘機は基本的に前方を攻撃するように武器を装備している。戦闘機同士の戦闘でそれを有効に使うには敵の後ろに付くのが一番であり、3機はそれをしようとしているのだ。
そして旋回性能はシルスの方が高い。それを活かした綺麗な行動で2機のシルスはシヌイの真後ろに着いた。
『もらったよ』
『・・・落とす』
二人は撃墜を確信する。距離や速度を考えても自分達の腕ならば必ず当てる自信があったからだ。
しかし、それは相手が『ただの』戦闘機だった場合であった。
二人がトリガーを引こうとした時、シヌイはタイミング良く変形し、人型となる。シヌイのスピードが予想以上に落ちた。
「もらった!!」
振り返りざまに両手にビームサーベルを持ち、振りぬく。最高速が付いている2機に急旋回はできなかった。
『しまった!』
『・・・くっ!』
それぞれ片翼を半分ずつ切り裂かれ、コントロールを失い回転しながら飛び続ける。
(外した!?)
ブラットとしては完璧にコックピットを狙った一撃だった。それを直前で機体を傾けるとはなんて腕だ。
しかしそれはカミュも思う。
『あの一瞬で・・・なんて奴だ!』
機体がすれ違う、たった0.数秒で2機のコックピットに完璧な攻撃を仕掛けたブラットの反応速度は恐ろしかった。おそらくシヌイがこちらに突進していれば助からなかったであろう。
『ヘル・ハウンズ、離脱する』
すでに戦況はこちらが不利だ。本当ならシヌイを落として紋章機と互角の戦いをする手筈だったのが、シヌイ一機にここまで苦戦すると前回の戦いからは思ってもいなかった。
『カミュ。やられたのか!?』
紋章機の相手をしていたリセルヴァ達からだ。
『兄貴達が!?』
ベルモットも驚いた声で言う。カミュとレッドは隊員でも1、2を争う腕の持ち主である。その二人がたった一機にやられたのだ。
『あいつはそんな強かったのか!俺も戦ってみたいぜ!!』
ギネスだけは普段通りだった。
だが・・・それに返事が来るとは思わなかった。
―――「相手をしてやろうか?」
いつの間にかシヌイはヘル・ハウンズとケルベロスの進路上にいた。
「ブラット!帰還するんだ!」
タクトは叫ぶ。
やはり今回のブラットはおかしい。もう勝敗が見えているのに追撃するような奴ではないはずだ。
けれど、ブラットからの返事はない
『タクト、どうする?ブラットを止めるかい?』
そこへフォルテから通信が入る。一瞬どうするか迷った。
「頼む。ブラットを連れ戻してくれ」
『あいよ!あの子はあたしが責任持って連れてくる』
ハッピートリガーは再び戦闘となった宙域へ飛んでいった。
『くっそぉぉぉぉーー!!!』
『まさか・・・この僕が!?』
『うひゃ〜!!?』
2機の帰還を援護するため残った3人は信じられない気持ちだった。紋章機との戦闘で被弾はしていなかったのに、シヌイ一機の攻撃でシールドはボロボロだ。
「情けない・・・」
ブラットは静かに言う。相手に対してではない自分に向かって。
自分があの時ヘル・ハウンズを倒せていれば、本部衛星の脱出はもっと行えたはずだ。・・・もっとたくさんの人命を救えたはずだ。
タクトやエンジェル隊に言えばそれは俺のせいではないと言うかもしれない。でも理屈ではない。
―――ただ、辛くて・・・情けなくて・・・悲しかった。
あの時は・・・あの時は・・・といつも自分は後悔ばかりする。
理不尽かも知れないが、これはただの八つ当たりなのだ。
しかし、負の感情は自分を強くした。
そして誰も気付いてはいない。いつの間にか彼のその視線が氷のように冷たく、瞳がサファイアのような『青い色』になっていることに。
『俺の攻撃をくらえぇぇぇぇーー!!!』
ギネスは得意の突撃戦法でシヌイに襲い掛かる。相手から射撃の1つも受ければそれでお終いだが、彼はこの戦法をやめなかった。戦闘なんてケンカと同じで勢いがあれば勝てると思っているからだ。
ミサイルやバルカンは使わず、レーザーだけをシヌイに向かって乱射する。シヌイはそれを回避するだけで反撃はしてこない。きっと自分の鋭い攻撃に慌てているとギネスは思った。
そしてシヌイの横を高速で飛びぬける。
背を向けた自分を今度こそ攻撃してくるだろうとみて、ギネスは後ろを向く。けれど、そこにいるはずのシヌイの姿がなかった。
『何処へ行ったぁぁぁぁーーー!!?』
首を回してシヌイを探す。前後左右と見たがどこにもいなかった。
『ギネス!下だ!』
リセルヴァの必死の声でようやくシヌイのいた場所が分かった。下を見ると、シヌイの両手の火器が火を噴くのが確認できた。
『あのバカが・・・』
リセルヴァはシヌイの攻撃を真ともに受け、ふらふらしながら離脱していくギネス機に向かって毒のある言い方で言う。
おそらくレーダーで確認すればすぐに分かったはずだ。だがあのバカはきっと肉眼で確認しようとしたにちがいない。
『リセルヴァの兄貴〜!!ど〜うしよう!?』
たった2機だけになってしまい、弱気になったのであろう。
『くそっ・・・』
ベルモットの泣き声を聞きつつ、戦闘機型で向かってくるシヌイを見た。
「後2つ・・・」
ブラットの瞳には動きを止めている2機の戦闘機しか見えていない。
もうすでに相手をどうやって倒そうということしか考えていなかった。
だが、次の瞬間モニターが赤と桃色と銀色で広がった。
『ブラットさん、戻ってください!』
ミルフィーの声がコックピットに流れる。
よく見るとラッキースターとカンフーファイターにほとんど押さえつけられている状態になっていた。
『まったく・・・ミルフィーじゃないんだから世話かけるんじゃないわよ』
『ランファ。あたしお世話なんてかけてないよ?』
『そう思ってる時点で世話かけてるわよ!』
二人は何しに来たのだろうか・・・まさか人を捕まえて漫才をしたいのか?
続いてハッピートリガーが追いついて来た。
『はいはい二人とも漫才はそこまでだよ。ブラット、とりあえず通信を開きな』
フォルテさんの言葉でようやく通信を切っていたことを思い出した
「・・・了解」
通信回線をすべて回復させる。
瞳はもう翡翠色に戻っていた。
『・・・帰還してください。タクトさんが呼んでいます』
ヴァニラに促され、逃げ帰るヘル・ハウンズ隊を放置して俺はエルシオールへ戻った。
「申し訳ありませんでした!」
ブリッジに入っての第一声は謝罪しかないと思い実行した。
「ブラット、なにやってるんだい?」
タクトがきょとんとした顔で言う。
「戦闘配備中の通信遮断、命令無視の戦闘行為によって隊の連携を崩してしまったことは自分の責任です。どんな処分でも受ける覚悟です」
「別に気にしてないよ?処罰はしないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
ここの軍規はどうなってるんだ?命令違反で処罰なしか!?だめだろさすがに・・・。
「君のおかげで、紋章機はほとんど無傷で戦闘を終えることができたんだ。むしろ感謝してるくらいさ」
「タクト・・・」
タクトの優しさはうれしいが、それでは俺の気がすまない。だが、タクトはなかなか頑固なとこがある。一度決めたことは覆らないだろう。
「タクト、さすがに処罰なしってわけにはいかんぞ?」
さすが常識人のクールダラス副指令。副指令のいうことならタクトも意見を変えるかもしれない。
「そう?それじゃこうしよう・・・・・・ごにょごにょ」
タクトの命令に耳を傾けた。どんな処罰が下るのかと不安だったが・・・。
「えっ!?本当にそれだけですか?」
その言葉に一瞬自分の耳を疑ったぞ。
「そうだよ。がんばってこい」
「はあ・・・。いえ、了解しました」
どんなことであれ、処罰は処罰。けど、本当にそれだけでいいのだろうか?と疑問に思いつつ、俺はブリッジを後にした。
ブラットがブリッジを出て行くのを見てから、タクトはメインモニターに視線を戻す。
「レスター。どう思う?」
「いつも通りだったな」
今回の戦闘時、ブラットの様子が変だったことはレスターも気付いていた。
何か変わってしまったのでは?と心配していたがどうやら杞憂だったようだ。
「ただ・・・戦闘の時、明らかに反応速度が上がっていた。それがどうにも・・・」
「分かってるよ・・・」
ブラット・スカイウェイ。彼は何者なのだろうか?もしかしたらいつか知らなければならない日が来るかもしれない。
「でも大丈夫さ。ブラットは俺たちの仲間だよ」
自分とレスターに対してタクトはそう言い聞かせた。
その日。食堂で大量の宇宙じゃがいもと宇宙ニンジンの皮むきを必死にしているブラットが目撃された。