GALAXY ANGEL  ANOTHER HERO STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八章 旅の終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・暗い・・・真っ暗だ)

すぐにここが意識の中だと分かった。

しかし、それが分かったところでこの寒気にも似た悪寒はなくならない。

(夢? ・・・それとも死んだかな・・・)

考えても仕方がないことだが、考えずにはいられない。そういうことでも考えていないと寒さに負けてしまいそうだったからだ。

寒さに耐え切れず、自分の腕で身体を抱く。

・・・そして気付いた。

その腕の先・・・掌が真っ赤に染まっていることに・・・。

(血・・・?)

意識の中の身体には傷一つ付いていない。それなのに掌だけは綺麗なほどに赤い血が付いている。

(この血は・・・この血は・・・『―――』の・・・)

込み上げてくる吐き気が容赦なく襲ってくる。けれど、意識の中では嘔吐ができずに苦しさがなくなることがない。

(やめろ・・・俺にこの血を見せないでくれ・・・やめろ・・・やめてくれー!)

終わらない光景に恐怖が押し寄せてくるが、どうにもならない。

その時、暗闇に光がさした。

 

 

 

 

 

「う・・・ん?」

光が明けた向こうにぼんやりと見えたのは清潔感溢れるどこかの天井だった。

(ここは・・・?)

首を左右に振ってみるがカーテンに囲まれたベッドの上ということしか分からなかった。

「目が覚めたかしら?」

声のした方向をみると、エルシオールの女医であるケーラ先生の姿があった。

「ケーラ先生・・・。ってことは、ここは医務室ですか?」

ゆっくり重い身体を起こしながらたずねる。

「そうよ。それより、まだ寝ていたほうがいいわ」

そう言ってケーラ先生は優しく俺をベッドへ寝かせてくれる。

「後でヴァニラにお礼を言っときなさいよ。あの子が治してくれなければ、あなたは今頃集中治療室行きだったのよ」

「えっ? ・・・あ、はい」

忘れていたが、確か俺は被弾して気を失っていたのだ。相当深い傷を負ったはずだが、気だるさ以外ないのはヴァニラのナノマシン治療のおかげのようだ。

「それより戦闘は・・・俺たちはなんで助かったんですか?」

俺が今この場で寝ているということは良くも悪くも戦闘が終わってエルシオールが撃墜されていないということだ。

まさかエオニア軍に拿捕された―――なんてことになっていたら目覚めが悪すぎる。

「ルフト先生が駆けつけてくれたんだよ」

その不安を解消する答えをくれたのは、いつからいたのか入り口に立っていたタクトだった。

「ルフト・・・? 確か前のエンジェル隊の司令官だった?」

「そう。そして俺とレスターの士官学校の時の先生だった人だよ」

その後の話をまとめると、囮として分かれたはずのルフト准将がなぜか先にロームへ到着し、エオニア軍がエルシオールの包囲網を敷いていると察知して艦隊を率いて援護に駆けつけてくれたそうだ。

「そうか・・・よかった」

「本当だよ。後少しでも先生が遅れていたらやられていたよ」

「・・・それで? それだけじゃないだろう」

「やっぱり、ばれてた?」

タクトがわざわざケガ人に現状報告しにくるとは思えない。なら、『アレ』のことについて聞きたいのだろう。

「さっきの戦闘・・・といっても12時間前だけど、それとこの前のヘル・ハウンズとの戦闘の時、君の様子がへんだったのはなぜだ?」

(いきなり核心かよ)

本当にタクトは抜け目がない性格をしている。もう少し遠まわしに言うだろ、普通は。

「・・・解離性同一性障害って病気を知っているか?」

「かいり、どうい、しょうがい?」

(絶対に知らないな・・・)

名称もちゃんと言えてないタクトに対して軽くため息をついた。

「いわゆる多重人格のことね」

ケーラ先生は、さすがにカウンセラーというだけあって分かっていた。

「多重人格? つまり、あの時のブラットは・・・」

「彼の名はアナザー・・・もう一人の俺です」

それから手短にアナザーへの変化条件やその安全性―――アナザーの制御ができることなどを二人に話した。

 

 

 

 

 

「司令ちょっといいかしら?」

概ねブラットに聞きたいことを聞きおわり、彼を休ませるため早々と医務室を出たところをタクトはケーラに呼び止められた。

「今のブラットの話のことなんだけど・・・」

「多重人格のことですか?」

ケーラは頷き話を進める。

解離性同一性障害っていう病気はね・・・心的外傷による原因が多いの」

「心の傷・・・ですか」

タクトは念のために言葉の意味の確認を取った。

「彼・・・もしかしたら、病気以上に重い『傷』を持っているかもしれないわ。私もできるだけ気をつけるけど・・・司令のほうでも、そうしてもらえないかしら?」

「それはもちろん。・・・でも『傷』ってなんですか?」

「それは分からないわ。一般例に小さい頃虐待を受けたとか色々あるけど、ブラットがそれに当てはまるわけではないわ」

「多重人格になるほどのブラットの『傷』か・・・」

タクトは医務室のドアを見て、その向こう側にいるブラットへ眼差しを向けた。

 

 

 

 

 

・・・翌日

「もう大丈夫ね。健康そのものよ」

「ありがとうございます、ケーラ先生」

ケーラ先生の軽い診察を終え、俺はやっと医務室から出られる許可が出た。

「でも、念のため後数日訓練は控えておきなさい。傷が開くことはないけど、一応病み上がりなんだから」

俺が医務室から出ようとドアを開いた時、ケーラ先生が思い出したように言った。

「分かってますよ。医者の言うことは聞くようにしてますから」

首だけ振り返り、そう言ってから俺は医務室を出た。

 

医務室から最初に向かったのは格納庫だ。

理由は単純。シヌイが気になったからだ。

ハーベスターの後ろで固定されているシヌイは人型のままである。いつもと違うのはその点と左側のパーツがいくつもないところだ。

(思っていたより損害がひどかったな)

被弾した部分が全て撤去されているから、なんだが建造中にも見える。その姿がなんだか痛々しかった。

「ブラットさん!? もう大丈夫なんですか?」

クレータ班長が、俺に気付きこちらへ向かってくる。

「はい、心配かけてすみません。それより、シヌイの修理状況は・・・?」

「正直、コックピット以外はお手上げです。元々シヌイに回せるパーツがほとんどありませんでしたからね」

今まで被弾しなかったから、どうにかなってきたが、壊れる前になんとかすべきだったと後悔した。

「でもご心配なく。すでに友軍と合流していますから戦闘はないでしょうし、ここで作れなかったパーツもファーゴに発注を頼んでいますから」

小悪魔みたいに歯が見えるように笑いながらクレータ班長が言う。

「それじゃあ、俺の出番はないですね」

「はい。ブラットさんはゆっくり休んでいてください」

「そうします。ここにいても邪魔になりそうですしね」

もう一度だけシヌイを見てから格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

訓練も整備もできないので、エンジェル隊がいるであろうティーラウンジへ来た。

すると予想通りにエンジェル隊と、なぜかというか、当たり前というかタクトがいた。

「やあ、みんな」

「あらブラットさん・・・もうお体はよろしいんですの?」

「ああ、ご覧の通り・・・そういえば、ヴァニラが俺を治してくれたんだよな。ありがとう」

「いえ・・・それが私の仕事ですから」

ヴァニラの表情は変わらないが、肩のナノマシンペットは恥ずかしそうに顔を赤くしている。なんだか微笑ましい。

「、ブラット。アナザーのことはタクトからだいたい聞いたよ」

タクトに目を向けると『しょうがないだろ、みんなにはちゃんと言っておかないと』みたいな目をしていた。

「驚いたわよ。まさかアンタが二重人格だったなんて思いもよらなかったわ」

「言わなかったことは謝るけど・・・やっぱりこういうことは知られたくなかったんだよ」

「それでも私たちには言ってもらいたかったですよ、仲間じゃないですか?」

ミルフィーが嬉しいことを言ってくれる。けど、なんか違和感が・・・。

「なんで、そんな不思議そうな目で私を見てるんですか?」

「いや、いつもなら『そういうことってなんですか〜?』とか言いそうだったから、なんか意外で・・・」

「あははは! ・・・確かにそうだ」

タクトが盛大に笑い声を上げ、ミルフィーはちょっと不機嫌そうな顔になった。

「も〜う! ブラットもタクトさんもひどいですよ〜」

ごめんと言って一旦話を切り、俺は言葉を続ける。

「せっかくみんながそろっているんだから、今のうち言っておく。短い間だったけど、一緒に旅が出来て楽しかった、ありがとう」

軽く頭を下げながらそう言うと、みんなの目が点になっているのが分かった。

「ちょっと、それはなんの冗談よ!」

ランファが感情的になる。どうやら説明が必要なようだ。

「もうすぐ、ローム星系に到着する。不正規部隊である俺はそこでこの艦を降りることになる」

「そうだったね・・・すっかり忘れていたよ」

「残念ですわ・・・せっかく仲間になれましたのに」

(今言ったのは失敗だったか。なんだか場の雰囲気が悪くなったな・・・)

明るかった場が暗くなり、軽い自己嫌悪に陥った。

「でも、これでずっとお別れってわけじゃないですよね?」

重い空気の中でミルフィーがなんとかそれだけ言った。

「・・・そうだな。戦争が終われば、また会えるよ」

「・・・はい」

早く戦争が終わり、またこのメンバーで会えることをせつに願った。

 

 

 

 

 

・・・3日後

ファーゴに到着した直後、タクトと・・・なぜか俺は総司令部の作戦会議室に召還された。

「タクト・マイヤーズ大佐及びブラット・スカイウェイ曹長。ただいま参りました」

敬礼しつつ入室すると、巨大なテーブルの周りに将官クラスの人々が10人近く座っていた。

「二人とも座りたまえ」

その中央にいたジーダマイア大将の隣にいた人物がそう言い、彼を見た時俺は・・・いや、俺とタクトは驚いた。

「コルト・マイヤーズ参謀・・・!?」

「兄さん・・・!?」

なにせ第一方面の参謀であるコルトがいたのだから。

「タクト、ブラット早く座らんか!」

ルフト准将がなかなか座らない俺たちを座るように促す。疑問を後にし、とりあえず座った。

その後、ジーダマイア大将とその取巻き達の無駄話が1時間ほど続いた。

 

そして、会議? ・・・が終わり将軍達のほとんどが退室していった。

残っているのは俺とタクトとコルトとルフト准将だ。

「・・・お久しぶりです兄さん」

「ああ・・・そうだな。それにしてもおまえがエルシオールの司令とはな・・・タクト」

とても久しぶりに再会した兄弟が出す雰囲気ではない。お互いにトゲがありすぎる。

「後、まさかおまえもいるとは思わなかったよ、ブラット」

「こちらもそう思いますよ参謀。よく第一方面本部を脱出できましたね」

おそらく誰よりも早く脱出してきたのだろう。あの時の状況ではそれより遅いと助からなかったはずだ・

「ふん! ・・・貴様もちゃんと戦っていれば、我が本部も壊滅しなかったかもな」

(こいつ・・・)

それは俺自身が一番分かっていることだが、こいつに言われるのだけは我慢ならなかった。

「待て待て、感動の再会はまた後じゃ。コルト参謀、わしはこの二人に報告せねばならんことがある。すまんが退室してもらえんか?」

空気を読み取ったルフト准将が仲介に入ってくれた。コルトは納得いかなそうだったが、何も言わずに部屋から出て行った。

「まったく・・・相変わらず身内とは仲が悪いの、タクト」

呆れ顔で准将がため息をついた。

「直そうとは思いませんけどね」

「・・・本当に相変わらずじゃの」

今度は頭を抱えている・・・なんだか准将の苦労が窺えた。今回はその一部は俺のせいだが・・・。

「それで、ルフト先生。俺たちに報告することとは何ですか?」

「おっと、そうじゃったな。・・・まずは第一方面軍不正規部隊ブラット・スカイウェイ曹長」

はっ! ・・・と返事をして耳を傾ける。

「貴殿は現時刻をもって、その所属を第三方面辺境軍へ転属、またこれまでの功績により少尉へ任命する」

「は? ・・・いえ、了解です」

(正規軍へ転属? おまけに昇進? なんでそんなことになったんだ?)

「納得いかない・・・と顔に出ておるぞ」

言われて自分の顔を触ってみるが、分かるわけない。

「非常時だったとはいえ、不正規部隊がシヴァ皇子を守っていたという事実を上層部は望んではおらん。・・・そこで記録上ではお主はクーデター前に正規軍にすることにしたんじゃ」

「たったそれだけの理由ですか?」

「後々の世に皇国正規軍が無能という歴史が残るのがいやなんだそうじゃ」

今度は俺も頭を抱えた。戦争中にそんな根回しする暇がよくあったものだ。

「では、次にタクト・マイヤーズ大佐。貴殿は4日後エルシオールの司令官を解任される予定じゃ」

「・・・っ!」

俺の行動を笑ってみていたタクトの顔が凍りついた。

「それまでに引き継ぐ準備をしておくように」

「准将!なぜタク・・・いえ、マイヤーズ司令が解任されるんですか!?」

俺は食って掛かったが、准将にも詳しいことは分からず、ただすでに会議で決定したことだという。

「ブラット、もういいよ。それにルフト先生に言っても仕方がないだろう?」

「・・・分かった。タクトがそういうなら」

「すまんな二人とも。・・・それともう1つ。お主らとエンジェル隊は3日後の舞踏会に参加せよ・・・とのことじゃ」

・・・舞踏会。今、准将は確かに舞踏会と言ったよな?

「准将・・・『それは絶対に出席しろ』・・・ということですか?」

「ああ、そうじゃ」

「無理です。私はダンスなんて踊るどころか見たこともありません」

そんな高貴な事は興味もなかった。知識でも素人以下だろう。そんな俺が出たところで恥を掻かされるだけだ。

「大丈夫じゃ。ちゃんと手は打ってある」

そんな俺の心配をよそに准将は笑顔だ。そしてクロノ・クリスタルで誰かを呼んでいる。

しばらくして会議室のドアが開くと、そこに30代くらいであろう女性がいた。

「・・・あの、准将・・・こちらの方は?」

どことなく嫌な予感がしたので、恐る恐る准将に質問した。

「このローム星系1のダンスの先生じゃ」

(・・・まさか・・・いや、嘘だよな・・・)

冷や汗をダラダラ掻いている俺の肩をルフト准将は遠い目をしながら叩いた。

「後2日もある。がんばるのじゃよ」

(やっぱりー!!!)

後2日もある?冗談じゃない、2日しかないのだ!

ここは丁寧にお断りして帰ってもらおう。

・・・しかし、それは適わないことだとすぐわかった。

ダンスの先生である女性が指を鳴らすと、どこからともなく体のよい二人の男性が俺を左右から羽交い絞めにした。

「えっ?あの、ちょっと?」

わけが分からず、男性二人に離せと言ったが聞いてもらえない。

すると女性が俺の目の前まで来て・・・

「大丈夫。痛いのは最初だけだから」

と言った。

「ダンスの練習ですよね?・・・辛いじゃなくて、痛いってなんですか!?」

俺の質問には誰も答えず、そのままダンス教室まで連行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後に帰ってきたブラットはこう言った。

 

「戦闘より辛いものってたくさんあるんだな・・・」と。

 

この時の彼の顔にはなぜか切り傷や擦り傷が大量にあったが、何より痩せ細っていた。