GALAXY ANGEL ANOTHER HERO STORY
第九章 終わらない絆
巨大なホールに着飾った人々が音楽隊の演奏に合わせて優雅に舞っている。
今日はシヴァ皇子がローム星系に到着した記念の舞踏会である。
その光景を着慣れない士官服を着たブラットは驚きつつも、見とれていた。彼はこのような場が初めてなために戸惑っていたのだ。
「へ〜・・・」
アホみたいな声を出し、都会に初めて来た田舎者のように左右をキョロキョロと見てしまう。
俺にとってはそれほどにも、今までの価値観を変える光景だったのだ。
「ブラットさん。浮かれるのは分かりますが、もう少ししっかりしてください」
初心者のブラットの付き添いとして隣にいたミントが少し怒った風に言う。今の彼女はドレスのおかげか、かわいいというよりは綺麗だ。
けれど、それほどだらしない態度だったのだろうか?
「折角凛々しいお姿になられたのですから、見た目に恥じない行動を心がけてください」
「すまん・・・気をつけるよ」
「分かればよろしいのですわ。さあ、みなさんと合流いたしましょう」
実は、まだホールの入り口である。昨日・一昨日のとんでもないダンスレッスンのおかげで、3時間前まで完全に熟睡していたため、他のみんなより遅れてしまっていた。
エンジェル隊を見つけるのは苦労しなかった。彼女達はいやでも目が付くので今回はそれが幸いした。
「すまん、遅れた」
「おそ〜〜い!!」
拡張マイクでも使ったような大きな声でランファが迎えてくれた。けど、耳鳴りがするほどうるさいのはどうかと思う。
「タクトよりも遅いなんて重役出勤じゃないかい」
「別にそういうわけじゃないんですけど・・・」
「冗談だよ。・・・まったく真面目だね〜」
本当は分かってはいるのだが・・・悲しいことにフォルテさんの冗談を返せるほど俺の言葉のボキャブラリーは多くない。
「いえいえ、フォルテさん。ブラットさんは少尉に昇進されたのですから、立派な重役になられたのですわ」
ミントの言葉がなんだか痛い。待ち合わせに遅刻したことをまだ怒っているようだ。
「こんにちは・・・ブラットさん」
「こんにちは、ヴァニラ」
ヴァニラがおっとりとした動作で会釈をしたので、俺もそれを真似して返した。肩のリスも同じ動作をしている。
タクトとミルフィーの姿が見えないが、ランファが言うには「あの二人はほっといたほうがいいわよ」ということだ。・・・まあ、そのうち会うだろう。
「ところで、ブラット。まず、アタシ達に言うことはないの?」
「言うこと?」
なんだろうか? 最初に遅刻したことは謝ったし、何かランファと約束をしたりはしていないはずだ。
「ほらほら」
ランファが綺麗にターンする。意味がわからないけど。
「ランファ、何やってるんだ? それより言うことっていうのがわからないんだけど?」
途端にランファの顔が険しくなった。その口が開こうとしたが、言葉は出ずに代わりにため息を出した。
「アンタの彼女になる子は苦労するわね、きっと」
いきなり失礼なこと言う。まあ、彼女なんて作らないからどうでもいいけど。
「彼女以前に男として失格ですわよ、ブラットさん」
「ミントまで・・・いったい俺が何をしたって言うんだよ」
「何もしていないからダメなのですわ」
結局この二人が言いたいことは最後まで分からなかった。
しばらくすると、エンジェル隊は一人、また一人とダンスに誘われて行ってしまい俺はその場に取り残された。
改めて周りを見るが、この華やかな場所に自分は場違いではないかと思ってしまう。
それは兎も角、付き添いであるはずのミントも行ってしまっては、どうすればいいのかよく分からない。
仕方が無いのでバイキングの食事でも取っていようとしたら、何人かの女性がこちらに近づいてくる。
「そこの方、いいかしら?」
女性が誰を呼んでいるのかと思い、周りを見たが周辺には俺意外誰もいない。
「あなたよ、士官さん」
ここでようやく呼ばれていたのが俺だと気付いた。士官服を着ている人物はこの会場にはそうはいない。
「俺・・・いえ、自分になんの用ですか?」
知らない女性だ。この舞踏会にいるということは貴族の出か、将官クラスの軍人の関係者だろう。一応敬語を使っておく。
「お暇なようなら私たちと踊っていただけないかしら?」
「自分と・・・ですか?」
物腰から見ても女性達は良い所の出のはずだ。そんな人たちが俺みたいな新米士官をなぜ相手にするのだろうか?
「あのエルシオールでエンジェル隊と一緒に戦っていたパイロットとはあなたのことでしょう? 英雄よりはあなたと踊ってみたいわ。この子達もね」
どうやら先ほどエンジェル隊と一緒にいた時から見られていたようだ。
ここで断ると後でなにかとマズイことになるかもしれない。そう思い、一曲ずつなら・・・と言って4,5人と踊ることになった。
ダンスレッスンは無駄にはならなかったようだ。
なんとか慣れない相手と慣れないダンスを踊った俺は、宇宙が良く見えるバルコニーで一休みをすることにした。
正直もうダンスはしたくない。自分の柄じゃない気がする。
(柄じゃない・・・俺の柄に合うものは・・・戦闘だな。認めたくないが、間違いない)
分かっていたことだが、改めて確認すると嫌な気分にさせられる。自分には戦うこと以外にできることが何も無いことに。
柵に寄りかかりながら上を見る。
艦影がいくつか見えるが、綺麗な宇宙を見るのは感傷してしまった自分にはいいものだった。
(艦影?)
宇宙を見ていてふと思った。距離が遠いにしても皇国軍の白い艦が、ローム星や太陽が出す光が当たる場所で『影のように黒く見える』ものだろうか?
(まさか・・・!)
胸騒ぎを感じ、俺は会場を後にして宇宙港へ目指した。
当たってほしくない勘ほどよく当たるものだと思う。
宇宙港に入ると軍人達が慌しく走り回っている。
「おい、護衛艦隊と連絡がとれないらしいぞ!」
「レーダーも妨害されてるってさ」
「艦長はいまどこだ!? 司令部も何をのん気に・・・」
すれ違いざまに聞こえる会話に胸騒ぎは確信に変わっていく。
戦闘機用格納庫にようやく到着した。第三方面軍に転属したため、シヌイはエルシオールではなくこちらに格納されていたからだ。
すでに修理が終わっているシヌイにパイロットスーツを着て飛び乗る。
(詳しい現状を把握しないと・・・。司令部は・・・取り合ってくれないだろうな。ならエルシオールに)
急いでエルシオールとの通信回線を開く。
「こちらシヌイ。エルシオール聞こえるか?」
『ブラットさん!? どうしてそこに? 舞踏会は?』
アルモが驚いているが説明している余裕はない。
「そんなことはどうでもいい! 副指令はどうした?」
『それが・・・レーダーが使えなくなってすぐにシャトルで舞踏会場へ。『何かあったら官制の命令を無視してでも発進しろ』とは言われてますけど、私たちにはどうすればいいのか・・・』
どうやらエルシオールでも現状は把握できていないようだ。でもその状況でそんな命令を出した副指令は、さすがに切れ者なだけはある。
「おそらくだが、エオニア軍の奇襲が来る。爆発の音や振動が来たらすぐに出せるように準備しろ。俺もすぐにそちらへ向かうから」
『了解です』
通信を切り、こちらも発進準備に入る。エルシオールよりシヌイの方が港を出るのを苦労するはずだ。早くしなければならない。
固定アームを操作してシヌイを戦闘機用のカタパルトへ移動させる。
『おい! そこの機体、何をしている!? 命令なしでの発進は許可できないぞ』
予想通りの管制官の声に軽く舌打ちをした。
「こちらは第三方面軍所属のシヌイだ。外の偵察に出るだけだ。ハッチを開けてくれ」
まさか敵の迎撃に出るとは言えない。もし管制が混乱したら戦闘に影響がでる可能性がある。
『シヌイ? 聞かない機体だな・・・それに偵察任務の報告は受けていない。発進は許可できない』
(頭でっかちだな・・・)
目の前の現状を分からないはずないだろうに、この管制官はそれよりも自分の業務や規律を守ろうとしているのだ。
(仕方ない。少々荒っぽいが・・・押し通る!)
すでにシヌイは真空のカタパルト上だ。『ハッチを壊しても』大した被害にはならない。
俺は照準をハッチに合わせてトリガーを引いた。ロングランチャーの砲撃でハッチは音も無く吹き飛ぶ。
そこからシヌイはリニアカタパルトにより高速で宇宙へ飛び立った。
戦場は思ったより混乱していなかった。
シヌイが出た直後にファーゴに空襲が始まり港を潰したものの、護衛艦隊は未だに健在だ。
(エルシオールは・・・?)
ブラットがファーゴ付近を見やるが反応もない。まだ出航していないのかとも思ったが、遠くに光る白い煌きがそのエルシオールであると分かると安堵した。
そして、すぐさま通信を入れる。
「エルシオール。副指令は戻ってきたのか?」
『まだです! もうすぐだと思いますが・・・』
自信なさげに言うアルモは反対側にいるココを見る。
『ジャミングでレーダーが戦闘空域内しか写りませんので、現在どこにいるのかも不明です』
目だけでその意図を汲み取ったココが続きを話した。
現在、ファーゴの周りは大量の民間船が離脱中であり、肉眼ではどれがエルシオールのシャトルか区別できない。
しかし、その中で一隻だけ乱暴な運転をしているシャトルが真っ直ぐこちらに向かってくる。
誰が乗っているか考えるまでもなかった。
そのままシャトルはエルシオールに追突するように着艦すると、すぐさま5機の紋章機が飛び出してきた。
『アルモ、ココ、現状は!?』
ブリッジにもタクトと副指令、そしてシヴァ皇子が到着したようだ。
これで、こちらも迎撃体勢が整った。
いつの間にかジャミングが解け、戦場が把握できるようになった。
エオニア艦隊はファーゴを囲むように展開し、その数は以前のシェリー艦隊よりも多い。
だが、ここはエオニアに反抗する部隊の集まるファーゴだ。
前回と違い数では負けていない。個々の艦の性能差はあるが、紋章機が加わればその差は問題ではなくなる。
皇国軍とエオニア軍の戦力比は互角といってよいだろう。
あちこちで火線が走り、爆発が絶えず起こっている。
その中をシヌイと紋章機は艦隊左舷にて敵を迎え撃とうとしていた。
『敵は多いけど、こっちも多数の友軍がいる。みんなは敵の全滅よりファーゴを護衛に徹するんだ』
タクトがいつも通りにどこか抜けた声でエンジェル隊に告げる。
『『『『『了解』』』』
それを返すのはいつも通り5人の声だ。
(このやり取りを聞くのは今日で最後だろうな・・・)
タクトは明日転属し、ブラット自身もすでに転属した身である。
ブラットは日常の変化に軽いショックを受けつつ、こちらもエルシオールに通信を入れる。
「転属した身だけど、今回はタクトの指揮下に入る」
『分かった。頼んだぞブラット』
「任せろ」
続いてエンジェル隊にも通信を送る。
「エンジェル隊、最後の共闘だ。よろしく頼む」
『最後じゃないですよ!』
ブラットの言葉にミルフィーユが頬を膨らます。
『何をふざけたこと言ってんのよ!』
ランファはこれが画面越しでなければ、胸倉を掴むような勢いだ。
『そうですわ』
すました口調だが、ミントの眉は少しつり上がっていて怒っているのが分かる。
『同じ部隊で戦わないぐらいで、おまえさんとあたしらの仲は終わっちまうのかい?』
フォルテは静かに訊ねるように言う。
『・・・私たちは、ずっと仲間です』
ヴァニラも珍しく咎めるような口調だ。
『ブラット。俺達は離れていても、ずっと一緒に戦っているんだよ。仲間なんだから当たり前だろ?』
最後にタクトが優しい言葉で会話を閉めた。
「そうか・・・そうだよな」
ブラットは自分の迂闊な言葉を恥じた。そして同時に暖かい気持ちが心を占めていくのを感じた。
「よし! シヌイ、戦闘を開始する!!」
終わらない絆を胸に、ブラットは戦闘空域へ突き進む。