GALAXY ANGEL  ANOTHER HERO STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一章 覚悟を決めて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がんばるわね。白き月の子ども達・・・それとあの人形も」

エンジェル隊とブラットが向かう先・・・黒き月中央クリスタルの中に存在する少女が可愛らしく微笑みながら紋章機とシヌイを観察している。

しかし、その穏やかな表情から出される感情がどうにも感じられない。まるで人ではないようだ。

それもそのはずでこの少女こそ、黒き月を制御しているインターフェイスである。名と姿は管理者ノアと同じだ。

「でもそれもおしまい。お兄様の邪魔をするやつらなんて、ノアが壊してあげる」

クスクス・・・と口を押さえて笑う。それを終えるとノアは触手のような左腕を軽く上から下へ振り下ろした。触手の先からは通常、宇宙では見えないはずの黒い光が広がってゆく。

「さあ、味わってね。死の恐怖を・・・そして絶望を・・・ふふふ」

黒い光が広がるさまをノアは感情なき微笑みで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

一方、黒い光を浴びた皇国軍の艦隊は著しい混乱を極めていた。

急にクロノストリング・エンジンが停止して攻撃することもシールドも発生させることも、さらに移動することもできず、敵の眼前で完全な的に成り下がってしまったからだ。

 

 

無論エルシオールと紋章機もその例外に洩れていない。

 

 

「ココ、アルモ、エンジンの再起動はできないか?」

「無理です。さっきから何回も再起動を試みていますが・・・原因が不明なため対処もできません」

「補助エンジンにより環境維持システムと通信は大丈夫です。でも、この状態じゃ戦闘なんてできませんよ〜」

「泣き言を言う暇があったら原因を見つけろ! ・・・タクト、この状況はやばいぞ」

レスターの怒鳴り声でブリッジの混乱は少し収まる。

最後の言葉をレスターはタクトだけ聞こえるように小声で言う。混乱している現状で、指揮補佐官がそんなことを言っているとブリッジクルーに聞かれるわけにはいかない。

レスターの言葉に軽く頷き、タクトはエンジェル隊に紋章機はどうかと通信を入れた。

『こちら4番機。こっちもダメだ。ハッピートリガーはうんともすんともいわないよ』

『・・・クロノストリング完全に沈黙。・・・タクトさん、どうしますか?』

「・・・どうにもならないのか・・・」

内心の悔しさを見せずに、タクトはエルシオール前方の戦闘を見る。

 

 

 

 

 

皇国軍が無力化された中、シヌイは先行してエオニア艦隊に牽制攻撃を行っていた。

なぜ、シヌイのエンジンが止まっていないのかというと、クロノストリング・エンジンではないからだ。

だが、大艦隊相手では時間を稼ぐことしかブラットにはできなかった。

「タクト! まだエンジンは再起動できないのか!」

ブラットは叫びつつも、ミサイルを惹きつけてマシンガンで迎撃し、ロング・エネルギーランチャーを標準もつけずに乱射していた。

敵艦隊とはまだ距離があるため、集中砲火こそ浴びてはいないが、巡航ミサイルが絶えずに飛び交い、止っている暇がない。おまけにこちらの攻撃は射程外のため当たらなく、偶然に当たっても敵のシールドの前には歯が立たない。

進行速度を若干遅めつつも、敵艦隊は着実にエルシオールと紋章機に迫ってきていた。

『・・・ブラット、頼みがある』

タクトはある決断をした。色々試したがエンジンの再起動はすでに絶望的、このままでは敵の射程内に入り、攻撃をなすがままに受けるのもすでに確定しているようなものだ。

『シヴァ皇子をシャトルに乗せて出す。君は皇子を連れてこの宙域を脱出してくれ』

「なっ!?」

自分に仲間を見捨てて逃げろと言うタクトの言葉にブラットは驚愕した。

『俺達は大丈夫だよ。エルシオールと紋章機はロストテノロジーだ、何とかなる』

「ふざけるな!! そんな不確定要素で俺が納得するわけないだろ!!」

『・・・やっぱり?』

この状況下でもタクトはいつもの屈託のない笑顔を見せた。が、それもすぐやめた。

『それでも頼む。シヴァ皇子がやられたら、今度こそ皇国軍はおしまいだ』

それはブラットにも分かる。ただ、頭でそれが分かっていても心は全く納得してくれない。

「・・・黒き月に攻撃をかける」

ブラットのとんでもない提案に今度はレスターが驚愕した。

『たった一機であの大艦隊を突破してか!? やめろ、無茶だ!』

「無茶でもなんでも他に艦隊を止める方法はないですよ!」

シヴァ皇子の説明通りなら、あの黒き月こそエオニア軍の要だ。あれに打撃を与えればエオニア軍は撤退するかもしれない。

『だけど・・・!』

それでもタクトはブラットを行かせたくなかった。ブラットは仲間のためなら自分の命を簡単に投げ出してしまう。それは予想だけではなく前回の戦いという例からでもある。

「シヴァ皇子! あなたはどういたしますか!?」

煮え切らないタクトを置いてブラットはシヴァに話を振る。

「このまま私と共に逃げエルシオールが沈むのを見るか、私の作戦に賭けるか・・・。ご判断を!!」

シヴァ皇子はいきなり話を振られて驚いていたが、すぐに落ち着いてブラットを見据える。

『私は・・・本星でも民達を見捨てて今日まで生き延びてきた。もう二度とそのような思いはしたくはない。スカイウェイと言ったな? その作戦、許可しよう。必ず成功してみせよ』

「ありがとうございます!」

ブラットはシヴァに敬礼し、そのまま視線だけをタクトに向ける。タクトは諦めて深いため息をついた。

『・・・分かった、認めるよ。でも、命を粗末にはしないでくれよ』

「『大丈夫だ、何とかなる』・・・それよりエンジン回復を急いでくれよ」

さきほど自分が言ったのと同じことを言われてタクトは苦笑しながら、シヌイを見送った。

「スカイウェイか・・・あの男、今後の皇国のためには失うわけにはいかないぞ、タクト」

エンジン回復のため、再び喧騒となったブリッジでシヴァはタクトにだけ聞こえるように呟き、タクトはそれに深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

ブラットは敵艦隊の集中砲火の中を貫くように突き進む。

さっきはタクトに大丈夫とは言ったが、成功する確率なんて万に一つ。

万に一つ・・・ブラットは自分の内なる存在を呼び起こし、黒き月を攻撃させるしかない。

彼が黒き月を攻撃してくれるかも分からないが、彼も自分であり、自分も彼だ。そこを信じる。

 

 

・・・『ドクン!』

 

 

感情が高まり心臓が跳ねる。

 

 

もう二度と仲間を失いたくない。その気持ちで一杯になる。

 

 

そして・・・頭の奥で聞こえた。

 

 

―――〈・・・死なせないからね〉

 

 

以前聞いたことがある言葉・・・。そして聞いたことがある声で・・・。

 

 

それを確かめることはできずに・・・。

 

 

身体の熱とは逆に、目は冷たくなっていく・・・。

 

 

そしてブラットの意識は落ち・・・。

 

 

「へっ! なるほど、あれを殺るのか。ブラットの言いなりにはなるのはしゃくだが・・・。楽しめそうだ!!」

 

 

『氷のような青い目』のもう一人のブラット―――アナザーが目覚めた。

 

 

 

 

 

 

アナザーの駆るシヌイは無敵といってもよいだろう。その戦闘を見るものは誰でもそう思ってしまう。

黒き月への進路にいる艦艇は次々とシヌイに沈められていく。

決して特別戦闘機動が速いわけでも、圧倒的な火力があるわけでもないシヌイが黒い艦艇を沈めるさまを、皇国軍人達はまるで映画を観ているような気分で見ていた。

 

 

 

 

「数ばかりごちゃごちゃいたって、てめーらごとき、俺の敵じゃねー!!!!」

アナザーには黒い艦艇と民間船は大した違いはないと考えている。強いて言えば反撃してくるかしないかはあるが、あまり関係ない。どちらも『遅く』て『一撃』で倒せるのだから。

その考えを肯定するようにシヌイのビームが乱射するたびに戦場で花火が上がる。

前方に捉えた突撃艦を見た時、アナザーはあることを考えて軽く笑った。

シヌイは大きく回りこんで突撃艦の推進だけを破壊した。突撃艦の先にはシヌイを追ってきた巡洋艦他多数の艦が密集している。メインの推進を失った突撃艦は止まりきることも避けきることもできずにそのまま巡洋艦に激突し、周りの艦をも巻き込んで沈んでいった。

「ふふふははは!! 味方仲良く墜ちやがった!!」

アナザーの悪魔のような笑いは誰にも聞こえない。それでも彼は笑い続ける。

 

 

 

 

 

 

『すごい・・・』

シヌイの戦闘をミルフィーユは固唾を呑んで見ていた。

前回ブラットがアナザーに変わった時は、自分も敵艦の迎撃に追われていたため、その活躍を見るのは今回が初めてだった。

『あれが、アナザーの力なの・・・?』

似た戦闘スタイルを取るランファもその戦い方は驚くばかりだ。やる事成すこと全て紙一重で、とても常人が真似してできることではない。死に急いでいるようにも見える。

そしてそのような戦い方をしているのは自分達が動けないためだというのが悔しかった。

『・・・ねえランファ。あたし達見てることしか出来ないの?』

『そりゃアタシもどうにかしたいわよ! でもエンジンが動かないとどうにもならないでしょ!』

『そうだけど・・・。このまま見ているだけなんて出来ないよ!!』

(タクトさんを守りたい・・・ブラットさんを助けたい・・・)

そのミルフィーユの強い願いをラッキースターのH.I.L.Oは感じ取り、コックピットの天使の輪が光りだした。

 

 

 

 

―――NORMAL SYSTEM CUT OFF

 

 

 

 

『何!? ラッキースターどうしたの!?』

いきなり表示された文字にミルフィーユはあたふたする。

『ミルフィーもかい? ハッピートリガーにも妙な文字が表示されたよ』

『わたくしもですわ』

『アタシもよ』

『・・・同じです』

どうやら紋章機全部に同じ現象が起こっているようだ。

 

 

 

 

―――ARC SYSTEM STANDBY

 

 

 

 

 

続けて同じように文字が表示されたかと思うと紋章機は綺麗で眩い発光を始めた。

『何? 何? 何よこれ?』

光り始めた愛機をランファはキョロキョロ見てやる。

『これは?』

ゼロだったエネルギーが急上昇してゆく。元々のエネルギー量を通り越してどんどん上がってゆくのをミントは信じられないと思いながらも見ていた。

『何かが勝手に動いて』

フォルテ自身は何もしてないのに、システムがどんどん変化してゆく。

『紋章機の隠された力・・・』

普段表情をあまり出さないヴァニラも今回ばかりは驚きの表情をみせた。

 

 

 

 

―――ARC SYSTEM STARTING

 

 

 

 

 

機体の発光が終わると、それよりもさらに綺麗な光の翼が紋章機の基本翼に形成されていた。

 

 

 

 

 

 

その頃、圧倒的に攻勢をかけるアナザーだが、シヌイにどうしようもならない事態が起き始めた。

「ちっ! 弾切れかよ!!」

ファーゴを脱出してからずっと補給なしで戦ってきたシヌイはエネルギー切れを起こし始めていたのだ。

弾切れのマシンガンを放り投げて、自機の残り燃料を見る。

推進剤はまだ大丈夫だが、ビームライフルやサーベルに回すメインエネルギーが満タン時の1割くらいにまで減っていた。

―――〈誤算だった・・・〉

アナザーの頭の中でブラットが一人呟く。

なんとかアナザーへ変わって状況を打開できると思ったが、彼の猪突猛進で目の前の敵を必ず倒す戦闘スタイルが災いした。

「黙れブラット! てめえがしゃべると頭に響くんだよ!」

本当はブラットがしゃべるから頭痛がするのではなく、ブラットの意識レベルが上がるから頭痛がするのだが、アナザーにはそんな違いは分からない。

「くそっ! だったらあのデカブツに・・・」

―――〈やめろ! いくらお前でも、この状態じゃ何もできないぞ〉

「だからしゃべるなって言ってんだろうが!!!」

アナザーとて決して考えなしなわけではない。ブラットに言われなくてもそんなことは分かっている。

だが、回避行動を取る以外にできることはなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あたし達に任せてください〜い!』

緊張感がない声が戦場に響き、アナザーは10枚の光の翼を見た。

 

 

 

光の翼を持つ紋章機は瞬く間に艦隊を突破して、黒き月へ攻撃をかけた。