GALAXY ANGEL ANOTHER HERO STORY
第十二章 それぞれの思い
光の翼を持つ紋章機の働きにより、黒き月は機能を停止し、動けるようになった皇国軍はロームを挟んで反対側の宙域で再結集をしていた。
「兄さんが!?」
ルフト准将の報告を受けてタクトは初めて自分の兄が殉職したのを知った。
『すまん。わしらが不甲斐無いばっかりに・・・』
「・・・いえ、先生のせいではないですよ」
幼い頃からいがみ合ってきた兄ではあったが、肉親が死ぬというのは辛い。胸が痛むという言葉では軽いくらいだった。
だが、それをルフト准将のせいにする気などなかった。あの混乱の中、ルフト准将がどれだけ苦労していたのかは聞かなくても分かる。
『辛いとは思うが、いかんせんわしらにはそれを悲しんでおる時間もない』
「・・・分かっています」
『あの黒き月への対策・・・。それには白き月へ行く必要があるとのことじゃったな?』
「はい」
紋章機に現れた光の翼。それを調べているうちにエルシオールの追加兵装の存在と白き月の秘密が明らかにされた。
あの強大な力に対抗するためには追加兵装を取りに行くしかない。
『厳しいかもしれんが、エルシオール単独で白き月へ向かってもらう。皇国の明日のため・・・頼んだぞタクト』
「大丈夫です。のんびり気楽に行きますから」
『ははは! おまえらしいの!』
緊張感が薄れ、ブリッジでも軽い笑いが漏れた。
『ああ・・・それと頼まれていた例のものじゃが、そちらにデータを送っておくぞ』
「ありがとうございます。それではエルシオール発進します!」
タクトの言葉を聞くと同時にレスターはブリッジクルーに命令を出していった。
「やってくれたな。エルシオールと紋章機・・・それにあの人型は」
黒い艦隊の中心に位置するエオニア旗艦。そのブリッジの椅子でエオニア・トランスバールは動きを止めている黒き月を見ていた。
「ヘル・ハウンズの話ではあの機体には傭兵が乗っているようです。名はスカイウェイとか」
その椅子の後ろでは副官であるシェリー・ブリストルが皇族に対する礼である肩膝を突いて報告している。
「うむ。ロストテクノロジーである紋章機はともかく、あの程度の機体でこれほどの戦果を挙げているとは、興味深いな」
データを調べたところシヌイと呼ばれるあの機体自体には大した能力はない。ならばなぜ? というのがエオニアの頭にあった。
「しかし、敵であってはどうであれ排除するのみです」
「分かっている。だが、ヘル・ハウンズでも艦隊でも墜とせなかったのだ。それに、あの翼を持つ紋章機もいる。どのようにして墜とす?」
エオニアの言葉にシェリーは返答できない。物量でも技量でも勝てないのならば、策にかけるしかないのだが、おそらく奇襲程度では墜ちないだろう。
「心配いらないわ、お兄様」
声と同時にブリッジにノアがテレポートのように現れた。
「やあ、ノア。首尾はどうだい?」
エオニアはノアを見た目の年相応に接するように話かける。
「調べてきたけど、紋章機の翼についてはノアの紋章機も負けないから安心して。人形の方も大丈夫よ」
「ノア・・・様。大丈夫とはどういう・・・?」
あいにく、シェリーにはこの黒き月のインターフェイスがシヌイに対する良い策があるとは思えなかったのだ。
「あの人形と同じ立場なら対抗できるわ。楽しみにしててね、お兄様。ノアがあの人形より強い人形を作るから・・・」
「ああ、楽しみにしてるよ。・・・シェリー」
エオニアは優しい口調から一変し、厳しい口調でシェリーの方へ向く。
「どうやらエルシオールは白き月へ向かったらしい。時間がほしい・・・足止めの部隊を向かわせろ」
「ならば、私が参りましょう」
「そなた自らか?」
「はい。エオニア様の手を煩わせる前に、この私があれらを墜としてみせましょう」
シェリーからすれば、これ以上ノアがエオニアの信頼を得るのは耐えられない。ならばそれより早くその要因になるものを潰そうという考えだ。
「・・・いいだろう。だが決して無茶はするな、無理だと思ったらすぐに引き返して来い!」
逆にエオニアからすれば、自身の大切な片腕を危険な目に合わせないように黒き月を使っているのだが、今回のシェリーの気迫に少し迷いながらも承諾した。
「ご心配ありがとうございます! 吉報をお待ちください」
即座に艦隊を編成するため、シェリーはブリッジを後にした。
・・・ブラットは夢を見ていた。
アナザーに変わると必ず昔の夢を見る。だから、変わるのは嫌いだった。
夢の中のブラット・・・いや、アナザーは遠ざかる人型機動兵器をただ見ている。
危ないというのが分かるが、夢のアナザーは助けない。
(待て・・・待ってくれ! 行くな! そっちに行っちゃだめだーー!!)
ブラットは叫ぶ。だが、これは所詮夢。ただ映像を見せられているだけで、どれだけ叫ぼうが何も変わらない。
そしてその機体は眩い閃光に消えていった。
(あ・・・ああ・・・うあああぁぁぁーーー!!!)
その絶叫はどこまでも響くような気がした。
「!!! ・・・はぁ・・・はぁ」
夢が終わり俺はようやく目が覚めた。背中が汗でべた付いている。
「また・・・か」
いつまでこの悪夢をみるのだろうと考えるが、自分はこの悪夢から永遠に逃れられないと、いつも夢の後はこの考えを繰り返す。
ふと、机の上に置いてある女性物のペンダントを手にとって壊れない程度に強く、でも優しく握る。
その手は自分でも分かるくらいに大きく震えていた。
数日後・・・。
惑星ブラマンシュでの補給も終わり、タクトは先日ルフト准将から受け取ったデータを自室で眺めていた。
画面には次のようなデータが表示されている。
―――『ブラット・スカイウェイに関する報告書』
エルシオールにあったデータは、ブラットの現所属しか記されておらず、彼自身は自分の過去を語ろうとはしないので、ルフト准将にこれを頼んだのだ。
タクトは操作して次のページを表示した。
―――410年 15歳の時、トランスバール皇国軍不正規部隊に入隊
―――第一方面337戦闘機部隊2番機として数々の任務をこなす
―――優秀度A− 理由:パイロット能力、白兵戦能力はAである。しかし、非人道的活動を嫌う傾向があり、当時上官であったコルト・マイヤーズ参謀の命令を拒否することが多いため若干ランクが下がっている
―――出生惑星、生年月日、搭乗機であるシヌイの出所、これらは不明
「これだけ?」
報告書を見てその情報の少なさに驚いた。普通の報告書の数分の一くらいしかなく、タクトが一番知りたかったアナザーについてや彼の心の傷についてのデータはなにもなかった。
それに不明な経歴が多すぎるのも気になる。410年以前のデータが何もないのだ。
「ふぅ・・・」
タクトは深く溜め息をついた。
ブラットのことも気になるが、先日展望公園でミルフィーユと隔壁を閉鎖するという一件以来、彼女ともうまくいってない・・・というより会えていないので、さすがに気疲れしたのだ。
黒き月の脅威に白き月の秘密、そしてミルフィーユにブラットなど、タクトは抱えている問題の多さを確認して再び溜め息をつくのだった。
「なにしてるんだ、ミルフィー?」
ブリッジに向かおうとしていたブラットは司令官室前の通路影で隠れるようにしているミルフィーユに声をかけた。
「ひゃっ!? あ・・・なんだ、ブラットさんか・・・」
驚いたかと思えばいきなり哀しそうな顔をされ、なぜか困った。
「え、え〜と・・・どうした、タクトに用事があるのか?」
別に自分が気にかける必要がない気もするが、こんな顔をされて見過ごすわけにもいかない。
「・・・別にそういうわけじゃないです」
「そうか? なら・・・」
なんでこんなところにいるんだ? と続けようとしたところで、司令官室のドアが開きタクトが出てきた。
「あ、タクト。ちょうどよかった、今・・・あれ?」
一人では、気持ちが沈んでいるであろうミルフィーを励ますのは無理と思い、タクトに話を振ろうとしたのだが、肝心のミルフィーがいつの間にか姿を消していた。
「ブラット、俺に何か用かい?」
タクトは少し気だるそうだ。
「いや、さっきまでミルフィーがここに・・・」
「なに、ミルフィーが!?」
ミルフィーの名前を出した直後、タクトは今の今まであった気だるさをどこかに放り捨て、俺に詰め寄ってきた。近くに寄り過ぎているので正直、気色悪い。
「タクト、寄るな! 暑苦しい!」
「それより、ミルフィーはどっちに行った!?」
仕方なく、おそらく行ったであろう方向を指差すと「ありがとう」と言って、タクトは去っていった。
「・・・・・・いったい、二人して何があったんだ?」
走り行くタクトの背中を見ながら、残された俺は腕を組んで考えて込んでいた。
考えてる途中で考えてることが馬鹿らしく思え、ブラットは当初の目的のブリッジへ来た。
「あれ、ブラットさん? どうかしたんですか?」
ココと談笑していたアルモが入ってきたブラットに気付いて話しかける。
「大した用事じゃない。副指令、次のドライブアウト地点は惑星フリードでしたか?」
副指令用の椅子で何かの資料を見ていたレスターはそれを止めて、席を立つ。
「ああ、そうだ。その様子だと、おまえも俺と同じ考えらしいな」
「はい。そろそろエオニア軍の追撃部隊が追いついてもいい頃合です」
エルシオールが白き月に向かったことなど、エオニア軍は瞬時に分かっているはずだ。
そこから部隊編成の時間と距離を考えると、次のドライブアウトくらいで追いつかれる。
「おまえは敵艦隊の規模をどのくらいだと考える?」
「おそらく多くても20隻くらいでしょう。大艦隊では高速艦を揃えても遅くなりますし」
「うむ。概ね俺も同じ意見だ」
「・・・なんだが司令より、副指令とブラットさんの方が司令らしいですね」
ココが二人のやり取りを見て、ぼそりと呟いた。この光景を見る限りレスターが司令で、ブラットが副指令に見えて仕方がない。
「そう言うな、俺よりタクトの方が司令に向いてるよ」
レスターの言葉にブラットも頷く。
「確かに。副指令や俺じゃ、とてもエンジェル隊の指揮はできなそうですからね」
自分も言えた義理ではないが、あそこまで自由奔放に戦闘をする紋章機をあそこまでうまく指揮するなんて、能力以前に、センスが必要だ。それをタクトは持っているが、ブラットとレスターにはないだろう。
「そういうことだ」
「タクトで思い出したけど、タクトとミルフィーは何かあったのか?」
三人にさきほどの状況を説明した。
「知らん」
レスターは即効で答えた。・・・少しくらいは考えてくれてもいいと思うのだが。
「二人の間に何かあったみたいですけど・・・詳しくは知りません」
「右に同じです。・・・二人のこと気になるんですか?」
ココ興味深そうにブラットを見る。実はブラットはこのエルシオールでレスターとクロミエの次くらいに人気がある。前二人は恋愛に興味はなさそうだが、ブラットはどうなのかは気になるところだ。
「気になるというか、見ていて気分がいいものでもないだろう? だから早く解決してほしいんだよ」
ブラットの回答にオペレーターの二人は「「・・・微妙な線ね」」と同時に呟くのだった。
ブラットとレスターの予想通り、惑星フリード付近でドライブアウトをしたところで、追撃艦隊に追いつかれることとなった。
待ち受けていたミサイルがエルシオールを直撃したものの、迎撃体勢を整えたが・・・。
「タクトがまだブリッジに来ていないって、どういうことですか!?」
敵がもう戦闘宙域に入っているのに、タクトがいなくてはシヌイとラッキースター以外の紋章機はエルシオールの周りから動けない。
ちなみに最初にミサイルを撃ってきた衛星はすでに撃破ずみだ。
『ミルフィーもまだ来ていないね。・・・まったく、二人してどこで油を売っているんだい?』
さすがにフォルテも呆れている。
『あの二人・・・まさか、まだ・・・?』
ランファには何か思い当たる節があるらしく、一人顎に手を当てて考え込んでいる。
『あ! みなさん見てください。ラッキースターが出てきましたわ』
ミントの言葉で全員がエルシオールに目をやると、ちょうどハッチからラッキースターが勢いよく発進してきたところだった。
『みんな、遅れてごめんね!』
本当に悪気があるのか疑わしいくらい明るい声でミルフィーユが通信を入れた。
『ミルフィー・・・。もう大丈夫みたいね』
『うん! あたしはもう大丈夫だよランファ』
ミルフィーユの元気な証拠と言わんばかりにラッキースターの天使の輪は輝くばかりに光っている。
『みんな! 遅れてすまない!』
少しタイミングが遅れてタクトがブリッジに駆け込み。レスターが「遅い!!」と怒鳴っていた。
戦闘はあっけないくらいに早く決着がついた。
敵艦隊はエオニア軍副官のシェリーの高速戦艦を筆頭にその他すべてが突撃艦の計21隻ものかなりの規模だったが、初手からいきなりラッキースターがハイパーキャノンを発射して、艦隊の陣形を切り崩し、残りはただの烏合の衆と成り下がったからだ。
残りの散り散りになった艦は各個に紋章機とシヌイが撃ち落とし、その光景をシェリーは苦虫を噛んだように顔をしかめながら見ていた。
「おのれ紋章機・・・そして、シヌイ! ならば、この艦をぶつけてでもエルシオールを落としてみせる!!!」
シェリーは自分が乗っている高速戦艦の推力を最大にして、真っ直ぐエルシオールへ直進する。
高速戦艦の特攻に気付いた紋章機とシヌイは持てる火力を全て向け、攻撃をかける。厚い装甲も集中砲火の前にどんどん剥がれ落ちてゆく。
「まだだ! もう少しだけもってくれ・・・!」
ブリッジ付近にも被弾し、深いケガを負いながらもシェリーはエルシオールから目を背けなかった。
「あと少し・・・あと少しでエルシオールを!!」
エルシオールを落とせばエオニアの勝利は確実なものとなる。それだけを思いシェリーは叫ぶ。
だが、その視界にシヌイが割り込む。
『覚悟は立派だが、特攻させるわけにはいかない!!』
最後の最後にシェリーは今まで苦しめられてきたブラットの声を聞いた。
シヌイのビームライフルはシェリーの身体を焼き、高速戦艦は巨大な爆発を起こし沈んだ。
数時間後・・・。
シェリー死亡の報告を聞いたエオニアは自室で一人涙を流した。