GALAXY ANGEL ANOTHER HERO STORY
第十三章 第二次トランスバール本星攻防戦
白き月
遥か昔、クロノクェイクで衰退していたトランスバールを救い、現状にまで文明を回復させた皇国一のロストテクノロジー。それの聖母シャトヤーンと共に皇国で知らない者はまずいない。
ブラットが白き月について知っているのはこれくらいである。
一般の国民でさえ、普通はこれより多くのことを知っている。だが、ブラットは知らない。
ただ単に興味がなかっただけだ。どこまでいっても自分は不正規部隊の傭兵。白き月どころか、本星付近に来ることなど死んでもないと、つい二ヵ月半前まではそう思っていた。
その白き月の巨大で優雅な或いは神秘的ともいえる姿をブラットは見惚れるようにして目の当たりにしていた。
「あれが白き月・・・」
資料やテレビで何度か見たことはあるが、それと実際見るのとでは全く違う。
ブリッジで呆けているブラットを見て、アルモとココがクスリと笑いを漏らす。ブラットはそれに気付いて気まずそうに軽く咳払いをした。
「すいません・・・。白き月を初めて見る人はみんな同じ顔をするので、つい」
笑いを含んだ声で謝られても、全然誠意を感じられないがさすがにもう慣れてきた。エルシオールとはこういうところだと諦めないと間違いなく胃がやられてしまう。
「アルモ。笑っていないで白き月に連絡を取ってくれ。シールドはさきほどシヴァ皇子が解除されたから繋がるはずだ」
タクトの命令にアルモはあまり悪びれた様子のない返事で返し、それを実行する。
ちなみにシールドとは、白き月に張られていた封印のことであり、攻撃も通信も遮断してしまうそれはシヴァ皇子のみが解除できるものだった。シヴァ皇子曰く「エオニアが自分を狙っていた原因はこれゆえだ」とのことだ。
そして通信に返答が返ってきた。
「ファーゴの時も思ったんだけど・・・」
白き月の神殿に通された、タクト、ブラット、エンジェル隊、シヴァ皇子は月の聖母シャトヤーンが姿を見せるのを今か今かと待っていた。
「なんで俺までここに来る必要があったんだ?」
そんな中、ブラットはぼやく。前回の会議の時は、昇進と転属という連絡という理由があり納得できたが、今回こそ自分みたいなほぼ無関係な者が白き月にいるのは場違い以外の何者でもない。
「何を言うスカイウェイ。おぬしはエンジェル隊に勝るとも劣らない活躍でエルシオールを守ってきたではないか? そんなお主を呼ぶのは当たり前というものだ」
「あ、いえ! 光栄の極みであります!」
ぼやきがシヴァ皇子に聞かれた失態を隠すようにブラットは背筋をピンと張り、直立して敬礼する。
「ぷっ!! くくく・・・」
それを見たタクトとエンジェル隊はその不器用さに思わず吹き出した。
(なんだか最近こういう役回りになったな・・・)
ブラットは二ヶ月前の傭兵だった自分が懐かしいと思いふけっていた時だった。神殿の奥から規則正しい静かな足音が聞こえてきた。
「なんだか賑やかですね。お邪魔だったかしら?」
声の主が姿ウィ現した瞬間。騒いでいたエンジェル隊の全員が床に膝をつき、礼をとる。
タクトとブラットも少し遅れて同じ姿勢を聖母シャトヤーンに向かって取った。
「シャトヤーン様!」
一人だけ礼の姿勢を取らなかったシヴァ皇子がシャトヤーンに走り寄る。その様はまるで母親に駆け寄る子どもそのものだ。
「シヴァ皇子よくご無事で・・・」
二人の抱擁はまるで絵画のように美しいものだった。それもわずか数秒で終わり、上座の二人は下座の二人―――タクトとブラットを見る。
「シャトヤーン様。右の者が司令のタクト・マイヤーズ大佐、左の者がパイロットのブラット・スカイウェイ少尉です」
二人はそれぞれ名を呼ばれた時に少し頭を動かして、それを自分であると表現する。
「マイヤーズ司令、スカイウェイ少尉、それにエンジェル隊のみなさん。シヴァ皇子を守っていただき本当にありがとうございます」
「わたしからも礼を言おう。大儀であった」
事実上皇国でトップの立場にいる二人の礼にタクトは「もったいないお言葉です」と礼を返した。
「しかし、本当の戦いはこれからです。私達は黒き月への対策を求めて白き月に戻ってきました」
「そうですか・・・では」
「はい。強いては白き月の秘密と黒き月についてシャトヤーン様にお伺いしたいのです」
全員がシャトヤーンに真剣な眼差しを向ける。
「あなたがたには、真実を教えするべきでしょう」
シャトヤーンもその眼差しと同じものを返し、話を始めた。
白き月の真実たつ兵器工場の存在。それを平和のために封じた昔のトランスバールの人々。
そして白き月と対なす目的で造られた黒き月。
「・・・二つの月にそんな事実があったのか」
他の皆が驚く中、ブラットだけは淡々としていた。
先に言った通り、ブラットの白き月に対する認識は薄い。だから、ただ単に知識が上乗せされたというくらいでしか、シャトヤーンの話を受け取らなかった。
「二つの月がなぜ造られたのか。なぜ、トランスバールに姿を現したのか。それは、私にもわかりません」
だが黒き月は白き月を求めている。それはエオニアが皇国を求めるそれと同じ想いだろう。とシャトヤーンは続ける。
「黒き月を手にしただけで、あれほどの虐殺をしたエオニアに白き月を渡すわけにはいかない」
タクトの言った言葉はその場にいる全員の意思だ。
「あなた方の想い受け取りました。紋章機には本来の力が出せるように、エルシオールにはクロノブレイク・キャノンを取り付けましょう」
その日はこれで解散となった。おそらくすぐにもエオニア軍の本隊が襲来する。
決戦は明日だと誰もが分かっていた。
「敵艦隊、距離50000です」
翌日。タクト達が予想したのとほぼ同じ時刻にエオニア軍本隊は首都トランスバールに到着した。
「予定通りだな」
「ああ。クロノブレイク・キャノンの装着もぎりぎり間に合ってよかったよ。もうちょっと早く来られていたら危なかったな〜」
「ふっ・・・おまえの悪運が効いたんだろ? 戦闘もそれを効かせろよ」
決戦直前となってもタクトとレスターの緊張感が薄い会話はブリッジクルーを落ち着かせていた。
「司令。敵艦から通信が入っています」
それまでへらへら顔だったタクトの表情が急に真面目なものとなった。エオニア軍で今もなお通信を送ってくる人物をわかっているためである。
『まだ抵抗を続けるのか、エルシオールの諸君。勝ち目がないのはわかっているだろう?』
もちろんエオニア軍総帥たつエオニア・トランスバールその人だ。
「さてね。エルシオールも紋章機も白き月で強化してもらったんだ。少なくとも負ける気はしないね」
タクトは相変わらず相手を挑発するような喋り方だが、エオニアはそんなことは気にも留めずに威厳ある態度を示す。
『ふん。その強がり、いつまで続くか見せてもらおう。ゆけ! ヘルハウンズよ! 紋章機を倒し、この戦いを終わらせよ!』
通信の終わりと同時にエルシオールに接近する『6機』の機体が急速に加速を開始した。
翼を供えた紋章機はそれぞれヘルハウンズのダークエンジェルと一騎打ちの形で応戦していた。
『やあ、マイ・ハニー。やっと君と話すことができて、僕はとても幸せだよ』
『な、なんなんですか?』
ミルフィーユはもちろんだが、エンジェル隊がヘルハウンズと会話をするのは今回が初めてである。
『なんなんだとはつれないね。でも大丈夫。どんなにつれない態度を取ろうとも僕の君への愛は決して変わらないよ』
カミュがどんなに熱弁しても、ミルフィーユには気持ち悪い人としか思われない。若干テンションが下がったが、それでもラッキースターはカミュのダークエンジェルを圧倒していった。
『さすが、僕のマイ・ハニーだ! 戦闘もなんてすばらしいんだ!!』
『わからないことばっかり言ってないで、帰ってください〜!!』
一方、ランファとギネスは・・・。
『はあぁぁぁーーー!!!』
『うおおおぉぉぉぉーーーー!!!???』
2機は傍目から見ても無茶な戦闘機動を繰り返しながら、無謀なドックファイトをおこなっていた。
お互いに身体の反射神経だけで戦闘している。そんな感じだ。
『わはははは!!! 楽しいぞ・・・楽しいぞ、ランファ・フランボワーズ!!!!!』
『アタシは楽しくないわよ! とっとと墜ちなさい、アンカークロー!!』
高速戦闘の中、ランファは上手に2つのアンカーを使いギネス機を追い詰めていく。ギネスもそれを掠りながらも直撃を受けずに、紙一重で回避して反撃を行っている。
『『まだまだーー!!!』』
似たもの同士の戦いは熱かった。
ミントとリセルヴァは・・・。
『おのれミント・ブラマンシュ! 長距離射撃ばかりするとは、なんて卑怯な!』
『トリックマスターは長距離攻撃仕様の機体ですわ。今まで散々追いかけておいてそれすらも分かりませんの?』
ミントのすまし口調にリセルヴァは頭に血を大いに昇らせた。
『おのれ! 成り上がり商人の娘が!!』
『操縦技術に家柄は関係ありませんわよ?』
この二人は本来の戦闘を不十分に、口論の戦闘が本格化していた。
フォルテとレッドは・・・。
『ほらほら、くらいな!!』
フォルテはハッピートリガーの特性を活かしに活かしまくって、過剰なまでの弾幕を張っていた。
『・・・攻撃の弾数が戦闘を左右するわけではない。・・・必要なのは一撃で敵の急所を撃つことだ』
レッドは必要最低限の動きでハッピートリガーの攻撃を回避し、そのエンジン部を的確に狙い撃つ。
それをフォルテは機体をうまくずらして急所への直撃をさけている。元々装甲の厚いハッピートリガーには今のところ損傷は軽微だ。
『はん! 口ではどう言おうが、当てなくちゃ意味ないよ! 』
『・・・うるさい女だ』
ヴァニラとベルモットは・・・。
『・・・』
『当たれよ! この野郎!』
ヴァニラは決して無理な攻撃を行わず、ほとんど牽制に近い攻撃をしていた。
それがベルモットには面白くない。戦うのでも、逃げ惑う相手を追い詰める戦いみたいでもなくイヤなのだ。
『戦うのか、逃げるのかどっちかにしろよ、このダンマリ!!』
『私は・・・戦います。平和を取り戻すために!』
そしてブラットはダークエンジェルとは違う、大型戦闘機と対面していた。
「新型か?」
だが、ブラットにはこれが初めて見る機体に思えない。どことなく・・・どことなくだが、シヌイと似ている。そんな機体だ。
『ふふふ・・・』
強制通信が入り、金髪で左手に触手のようなアクセサリーを着けた幼い少女の映像と笑い声がモニターに映し出された。背景を見る限り、目の前の戦闘機のコックピットにいるのは彼女のようだ。
『どう、よく出来ているでしょう? あなたのお人形を真似して造ってみたの。計算よりも強力な機体に仕上がったわ』
少女―――ノアはまるで自分のおもちゃを褒めるようにブラットに話しかける。
だがブラットはノアの口調よりもその言葉が気になった。彼女は確かにその戦闘機を『真似して造った』といったのだ。
彼女の特異な容姿・態度・言葉。明らかに普通の人間ではない。
少なくともブラットはそう判断した。
危機感を覚え、見た目は幼い少女が乗っている戦闘機をブラットは若干躊躇しながらも攻撃した。
だが、シヌイの放ったビームとグレネードはその戦闘機の手前―――おそらくシールドがあった―――で弾け、グレネードの爆発煙で戦闘機の姿が遮られる。
『無駄よ。その人形じゃこのダークソルジャーには勝てないわ』
ゆっくり煙が晴れると戦闘機の姿はなく、代わりにシヌイの倍ほどの大きさがある人型兵器がそこに仁王立ちしていた。
「なっ! 可変機だったのか!?」
それならシヌイに似ているのも肯ける。可変構造はほぼ同じなのだろう。
しかし、構造が同じの割には機体の体型が全然違う。高機動戦闘をメインにおいたシヌイはそれを活かすために流形な体型をしているが、この『ダークソルジャー』と呼ばれた機体は歪な体型で、例えるなら西洋鎧を纏った騎士のような体型をしている。どう見ても高機動戦闘には向いていない。
それが意味するダークソルジャーの戦闘スタイルは・・・。
『さあ、踊りなさい!』
ダークソルジャーは左手に持ったガトリン砲をシヌイに乱射する。シヌイの装甲で一発でも受ければ致命的な損傷になりかねない威力の攻撃を、ブラットはシヌイを人型に可変させ遠ざかりながら回避する。
ダークソルジャーは間違いなく重火力タイプ。人型の重火力重装甲の機体はシヌイに最悪の兵器かもしれない。
「やっかいな相手だが、引くわけにはいかない! この戦い・・・ここで終わらすんだ!!」
いくら相手との相性が最悪でもこの戦いは引けない。引けば戦いが終わらない。引くわけにはいかないのだ。
シヌイはビームサーベルを右手に構え、ダークソルジャーのビームバズーカが放つ高エネルギーをよけながら、近接して斬りかかる。収束されたビームにシールドは貫けたが、本体に届く前にそれが持っていたシヌイには些か大きいバズーカで直接殴られ吹き飛ばされた。
「くっ・・・!!」
ブラットは激しい衝撃に揺さぶられつつも、視線だけはダークソルジャーから離さない。視線を一瞬でも離せば回避が遅れやられる。
『ふふふ・・・まだよ。まだ墜ちちゃだめよ。ノアが戦っているところをお兄様に・・・・・・』
会話を不自然に止め、ノアの笑顔が急に無機質な無表情なものに変わる。
『あいつら・・・負けちゃったのね。これだから人間は・・・』
変わらぬ表情のまま視線を明後日の方向に向けてぼそりと呟く。
ブラットからすれば殴られて体勢を崩したところを狙われなくてよかったのだが、あまりにも不自然だ。
『そう。力がほしいの・・・だったらあげる。ふふふ・・・これで私の最高傑作が完成するわ』
その言葉を最後に通信が切られ、さらにダークソルジャーはシヌイに背を向け戦闘機形態に可変して飛んでいった。
その飛んでいく方向を見て、ブラットもその後を追った。
『ぐおおおぉぉぉぁぁぁ!!!』
『な、なんだこれは!!?』
『うわあぁぁーー!!! 来るな〜!!』
ヘルハウンズを圧倒し、彼らを撤退させようとしたエンジェル隊が見たものはまさに惨劇だった。ダークエンジェルのコックピットで、ヘルハウンズ達が悲鳴を上げながら一人、また一人と機械に串刺しにされ息絶えていく。
『うははは・・・! これが・・・力!!!!』
『美しい・・・これは美しいち・・・カラ・・・ダ・・・』
最後に残ったカミュとレッドもその言葉を最後に人でないものに変わった。
そして、その光景をノアは微笑を浮かべ楽しそうに眺めている。
『やっぱり人間ではダメね。余計な感情を出さずに攻撃だけしていればいいのに・・・。でも大丈夫。その状態ならあなた達はエンジェル隊に勝てるわ。さあ、踊ってダークエンエジェル。黒き月で死の舞を。うふふふふ・・・』
天使のような悪魔の笑顔。ノアの微笑みはそんな恐怖に満ちたものだった。
この光景を見ていたのはエンジェル隊だけではない。
「カミュ、ギネス、リセルヴァ、レッド、ベルモット・・・」
すでに人間ではない5人に対してブラットは惜しむように呟いた。
決していい奴らではない。憎しみに近い感情で接していた彼らだったが、ブラットは本気で殺したいと思っていなかった。出来れば生きて・・・生きて罪を償ってほしかった。
死んで詫びるなどは簡単だ。死ねば苦しまない
生きて償いのは難しい
辛いから
でも、生きていればまだ希望は持てる
生きてさえいれば・・・
死ねば全て無に還る
何も残らない
想いも・・・感情さえも・・・
そして・・・自分はまた何も出来なかった 『ドクン!!』
救えなかった 『ドクン!!』
見捨てたようなものだ 『ドクン!!』
ならばせめて・・・ 『ドクン!!』
その縛られた肉体を解放しよう 『ドクン!!』
たとえ悪夢に見舞われようと・・・ 『ドクン!!』
死を背負うことしか、今の自分にはできないのだから・・・ 『ドクン!!』
身体が熱を帯びてくる。
しかし、目だけは氷のような冷たさが広がり、意識が遠のく。
きっと、自分はまた悪夢を見るだろう。
それを最後にブラットに意識はなくなり、翡翠色の瞳の目を瞑る。
そしてすぐに目を開けると。
その瞳は氷のように冷たい青い色になっていた。
パイロットをアナザーに変えたシヌイはダークエンジェルの編隊の前に展開し、即座に迎撃を行う。
『モクヒョウ、カクニン、コウゲキ、カイ―――』
カミュだったものは戦闘の舞を一度もすることなく、シヌイのビームサーベルの直撃をコックピットに受け、その身体を蒸発させた。
「弱い・・・。弱い! 弱いじゃねーか!!!」
アナザーはカミュを瞬殺させると同時に叫ぶ。
『テキセントウキ、キケン、カイヒ、フカノ―――』
レッドだったものは零距離からマシンガンを撃たれ、その身体を潰された。
「弱い! 弱い!! 弱い!!! なぜだ!!!!」
アナザーがまた叫ぶ。戦闘狂のとはいえ、アナザーは決して人格破綻者ではない。事実を事実のまま言っている賭けだ。
つまり、ダークエンジェルののっとられた彼らヘルハウンズを本気で弱いと感じているのだ。
確かに機体は強化され、スピード、火力、装甲は格段に上がっている。だが、それでも今の彼らは以前の彼らより弱いとアナザーは断定できる。
『コウゲキ、メイチュウセズ、テキカイヒコウドウ、ヨソクヨリ47%マシ』
ブルモットだったものは制御推進を吹き飛ばされ、超スピードのまま浮遊していた艦の残骸に激突した。
アナザーは怒っていた。彼らが支配されたことにではない。彼らを弱くされてことを怒っていた。そしてその怒りの根源がブラットと同じということをアナザーは気付いていない。
ブラットとアナザー。捉え方が違うだけで感覚は同じなのだ。
『どうして?』
ノアは当惑していた。
時間にすればわずか1分ほどで自分の最高傑作ともいうものを3機も墜とされたのだ。それが紋章機ならばまだ許容内だったが、墜としたのはシヌイ。ロストテクノロジーというよりオールドテクノロジーと言い換えられるような物にだ。
シヌイの有効性については黒き月のコンピューターもそれを認めている。が、それはあくまでも人型兵器の有効性であり、シヌイ自体はおおよそ性能不足の役立たずのはずだ。それが何故?
ダークエンジェルには不確定要素をすべて排除し、完璧な兵器になったはずなのに・・・。
だが、ノアは気付かない。その不確定要素を排除してしまったからこそ、ダークエンジェルはアナザーに勝てないことに。
戦艦であれば、不確定要素・・・例えば攻撃命中率の不確定を取り除くのは有効だっただろう。だが、戦闘機で不確定要素を排除すれば、どうしても回避や攻撃パターンが単調になってしまう。臨機応変さが売りの戦闘機にこれはとても痛い。ましては機械にはヘルハウンズ達のような豊富な経験による先読み能力も備え付けられてはいないのだ。
もっと簡単にいってしまえば、これはマシンガンを一発一発狙って撃っているにも等しい行為だ。ムラやズレがあったほうがいい場合もあるということを黒き月はその性質ゆえに学んでいなかった。
そして一番の誤算だったのは、それによってブラット達に起こる異常な興奮・・・怒りを計算に入れていなかった点だ。
ヘルハウンズの相手をシヌイに任せて、5機の紋章機はエオニア艦隊を相手に完全に圧倒していった。
『許さない! こんなことは絶対に!!』
怒声を吐くミルフィーユの声には涙声も含まれていた。
戦争なのだから人が死ぬこともある程度は分かっていた。でも、それはとても悲しいこと。
だから、戦争を早く終わらせたかった。
けれど、これはなんなんだろうか。それほどまでに勝つことは大切なのだろうか? 人ではなくなっても、どんなに被害を出そうとも、勝つことがそれほど大切?
いや、そんな訳ない! 生きることが一番大切のはずだ!
そんなミルフィーユの想いはタクト達全員の意思でもあった。
5機の紋章機は大艦隊を次々になぎ払いエオニア旗艦へ向かっていく。
エオニアは乗艦のブリッジ玉座にてその自軍の圧倒的劣勢をまざまざと見せ付けられていた。
数の比較でいえば1:20以上の差がある。
だが、今の光景はどうしたことだろうか?
前衛の艦隊はすでに壊滅し、まわりの装甲の厚い護衛艦隊ですら、紋章機の攻撃に瞬く間に沈黙或いは爆散していく。
すでに紋章機は肉眼でも分かる距離まで接近して、5つの光の玉が黒い光の横を過ぎるたびに閃光が煌めいている。
頼みの綱のダークエンジェルとダークソルジャーはシヌイ1機にいいように翻弄されていて、援護は不可能だろう。
そして赤い紋章機から伸びたアンカーが真っ直ぐこちらに飛来したのが見え、エオニアは自分の最後を悟った。
戦争最初の絶対的優位から一転、いったい何処で何を間違えたのだろう。エオニアは走馬灯を見始めていた。
おそらくタクト・マイヤーズとブラット・スカイウェイという二人が介入してからだ。
これ以上にないほどうまくエンジェル隊を指揮した司令官。時折5機の紋章機以上の戦闘力を発揮する少年。だが、今となってはそれもどうでもいい。
(シェリー・・・すまない)
エオニアが走馬灯の最後に見たものは常に側に居てくれた女性だった。
「エオニア艦沈黙。敵艦隊も動きを止めました!」
ココの報告でタクト達は一瞬遅れて歓喜の叫びを上げた。長かった戦争の終わり。誰もがそう思った。
だが、事態は最悪の最終シナリオに向け、大きく動き出す。