GALAXY ANGEL ANOTHER HERO STORY
第十六章 6番目の天使と運命
ハーバード防衛任務から2ヶ月。
この2ヶ月間でブラットは『運命』というテーマを考えさせられることになった。
なにせこの2ヶ月・・・。
なぜかこの2ヶ月・・・。
行く先々でランスとリノが待ち構えているのだ!!
確かに旧来からの仲間であるから、一緒に仕事はやりやすい。
だが、あくまでし・ご・と・はである。
それ以外のプライベート面は相変わらず散々だった。
リノはともかく、ランスはどこに行ってもナンパばかりで、その後始末は全てブラットが請け負っている。
仕事もすんなりこなし、人格も良くてリーダーシップもあるランスをブラットが尊敬できない原因は全てこれにある。
直してほしいと思うと同時に無理に違いないと思う。
でも、ブラットもリノもランスを責めることはしても、見限ったりはしない。二人にとってはどんなに軽い性格だろうとランスはよき兄であり、かけがえのない家族であるから。
そして現在。
ルフト宰相の命令によりブラットが白き月に呼び出されても、二人は何故かそこにいた。
「・・・ハーバードでも同じこと言いましたけど、なんでここにいるんですか?」
さも当たり前に白き月の港にいるランスとリノに向かって、ちょっとげんなりした口調で言う。
「勘違いするなよブラット。前みたいにシヌイに盗聴器つけてブラットの先回りをしていたのとは違って、今回は正式に近衛軍からの命令でここに来たんだ」
「そうそう。今回は嘘偽りなしの正式任務だよ〜」
「・・・」
色々言いたいことはあるが、まずは今度のシヌイのオーバーホールの際、きっちり隅々まで機体を確認しようと深く誓った。
俺が深い溜息をついていると、月の巫女と思われる女性がこちらに近づいてくる。
「ロット大尉、スカイウェイ中尉、トリスト曹長ですね?」
キラーン!!
女性を見たランス隊長の目が光って見え、条件反射的に俺は右手を振り上げる。
「君! この後、お茶でも『バキッ!!』・・・ふぐっ!!?」
ランスが瞬時に女性の手を握ってナンパに入るが、ブラットがすかさずいつものように後頭部に手刀を下ろした。
「はい。スカイウェイ以下、間違いありません」
気絶して床に倒れこんだナンパ人を尻目に、何事もなかったかのように女性に敬礼しながら返事をする。
「シ、シャトヤーン様がお呼びです。謁見の間までご同行お願いします」
女性はランスを気にしつつも、しっかりした声でそう伝えた。
「シャトヤーン様が? 了解です。リノ行くぞ」
「うん♪ わあ、シャトヤーン様に会えるなんて、すご〜い!! でも、ランスはどうするの?」
視線を床に向けながらリノが言う。さすがに白目を剥いたままなランス隊長をシャトヤーン様に会わせるわけにはいかない。
「・・・引きずっていけばそのうち目を覚ますよ」
根拠はないが、そうなると祈って俺はランス隊長を引きずりながら謁見の間に向かう。
結局、起きていようが、気絶していようが、ランスの後始末は全て自分に回ってくる『運命』にあると思えた。
謁見の間に向かう途中、ブラットは考えていた。
さっきの月の巫女の言葉で、自分が白き月に呼び戻されたのはルフト宰相の命令ではなく、本当はシャトヤーン様が呼び出したというのが推測できた。
それだけならまだ分かる。
曲がりなりにも自分は先の大戦で皇国軍の最強戦力たる紋章機を駆るエンジェル隊と共に行動していたのだから。
問題はランス隊長とリノもシャトヤーン様、或いはルフト宰相が呼んだらしいということだ。
前はともかく、今は別部隊の3人を同時に呼ぶというのは明らかに故意だ。偶然ではなく、俺達3人だから同時に呼んだのだろう。
これでも当時、第一方面の337不正規部隊といえば裏社会ではかなり有名な存在だったのだ。
マフィアや海賊を倒したことは数え切れないほどあるし、その中には一般社会にも名の知れた組織もあった。
不正規部隊でありながら、第一方面参謀直属部隊扱いだったのはここら辺の活躍の賜物だ。もっとも、その参謀コルト・マイヤーズの私兵扱いにされ、表社会の皇国軍には情報が届かずに一般兵には全く知られない無名な存在でもあったが・・・。
それはともかく、そんなメンバーが呼ばれたのだ。
強力な戦力が必要な、そんな事態になっていなければいいと思いながら謁見の間に到着した。
謁見の間に通されたブラットとリノの二人はすぐさまシャトヤーンとの対談に入った。
「お久しぶりです、スカイウェイ中尉」
「シャトヤーン様、お元気そうでなによりです」
まるで全てを包み込むような暖かい笑顔でシャトヤーン様は俺達を迎えてくれた。
「そのままじゃお辛いでしょう。姿勢を楽にしてください」
ひざまずいていた俺達は肯きあってゆっくり立ち上がる。
「あなたがトリスト曹長ですね」
「は・・・はい。リノ・トリストで、す」
いつも無邪気なリノにしては珍しく、緊張した面持ちでシャトヤーン様に敬礼をする。彼女にとっても月の聖母シャトヤーン様は敬愛すべき存在なのである。
「ロット大尉はどちらに・・・?」
(うっ!)
その言葉に軽く心臓が跳ねた。今この場にいるのは、シャトヤーン様と俺(ブラット)とリノ、そして扉の近くに侍女がいるだけだ。いくらシャトヤーン様がランス隊長の顔を知らなくてもいないのはすぐ分かる。
「・・・おそれながら、大尉は現在寝込んでおりましてここにはこれません」
シャトヤーン様に嘘をつくことを罪悪感に駆られたが、とても『自分がナンパを止めるために気絶させました』なんて言えない。そして、そのランス隊長は結局目が覚めなかったので、近くにいた兵士に頼んでゲストルームへ運んでもらった。
「まあ、それでは仕方ありませんね。ロット大尉にはお大事にとお伝えください」
「はい・・・必ず・・・」
シャトヤーン様の優しさが、今だけ心に痛い。なんというか、単純な言葉の暴力ではなくて、自分の良心の呵責だから余計に痛むのだ。
「それでシャトヤーン様。私達をお呼びになった理由とはなんなのですか?」
「それをお話する前にあなた達に紹介しておきたい人がいます」
シャトヤーン様の言葉に反応して、侍女の一人が謁見の間から出て行き、ほんの1、2分で戻ってきた。その傍らに一人の少女を連れて。
少女は長くて綺麗な黒髪が印象的で真新しい士官服に身を包んでいる。容姿としてはかなりの美少女だ。
ん?
そこまで考えると、ふと何か違和感を覚えた。まるで何か忘れているような、そうでもないような矛盾した変な感覚。前にも同じことを考えていたことがあるような・・・。
「ご紹介しましょう。この子が新しいムーンエンジェル隊の烏丸ちとせです」
「こ、このたびムーンエンジェル隊に配属されました、か、烏丸ちとせ少尉です」
烏丸少尉は誰がどうみても『私はとても緊張しています』と分かるような真っ赤な顔で、それでも礼儀正しく綺麗な敬礼を俺達に送る。
と、その目線が俺と被った。
「・・・っ!!」
「・・・?」
烏丸少尉は驚いた顔になってずっと俺を見続ける。対する俺はそのわけが分からなくて、彼女をじっと見る。
「二人ともどうかなさいましたか?」
「一目惚れでもした?」
さすがに数十秒も見つめ合っていた(ように他者からは見えた)俺と烏丸少尉をシャトヤーン様は怪訝そうな顔で、リノは面白そうに言った。
「いえ・・・。それより、烏丸少尉がムーンエンジェル隊とはどういうことです?」
あえてリノの発言は無視して、シャトヤーン様に尋ねる。烏丸少尉は「ひ、一目惚れでは!?」とか呟いておもいっきり動揺していたが、悪いがこちらも無視だ。
「先の大戦以来、この白き月の兵器工場が解放されたというのはご存知ですね? その時、ちとせの紋章機『シャープシューター』が発見されたのです」
「『シャープシューター』・・・。6番目の紋章機ですか・・・」
「はい。その適正を行った結果。もっとも高い適正を認められたのがちとせです」
「なるほど・・・烏丸少尉については分かりました。でも、少尉と俺達を会わせるのと、今回の召集になんの意味があるのです?」
「それについてはルフト宰相から映像を預かっています。あちらをご覧ください」
謁見の間の側壁に3Dモニターが表示されると、そこには自分が良く知る初老の軍人が写り出された。
『ひさしぶりじゃなブラット。それにちとせ君、ランス君、リノ君、急な召集すまない。今回集まってもらったのは、君らにとある任務を任せるためじゃ』
映像がルフト宰相から皇国の版図に移り変わる。第三方面の大部分が塗りつぶされている。
『知っている者もおるかもしれんが、最近第三方面にて強奪集団が活発化しておる』
それは報告書で見たことがあった。相当な規模の組織らしく、第三方面の広範囲でその活動が確認されているらしい。
『ただの強奪集団であれば、お主らを呼ぶ必要もないのじゃが・・・問題なのは彼らが使っている戦闘艦は先のエオニア黒い艦と同じらしいということじゃ』
「「「えっ!?」」」
皆が驚きの声を上げるが、映像なのでルフト宰相は話を止めない。
『明確な確認が取れているわけではないが、もし本当なら事じゃ。じゃが、今の皇国軍にその調査に割り当てられる戦力もない。・・・そこで、お主らに白羽の矢が立ったというわけじゃよ。まず貴君ら4名はこれより第三方面辺境区域へ向かいエルシオールと合流してもらう。その後、強奪集団の拠点があると思われるレナ星系の調査をしてもらいたい』
エルシオールまで駆り出されるとなるとさっき考えていた通り、本当にヤバイ事態になっているようだ。
『その他詳しい事はこの映像と共に命令書を白き月に届けておる。そちらを確認してくれ。それと・・・ブラット。お主にはもう一つ別の任務がある』
(俺だけの別任務? なんだか胸騒ぎが・・・)
何か非常に嫌な予感がした。ルフト宰相の表情が以前ファーゴの会議室で見たあの時の顔と全く同じだったのだ。
『お主にはちとせ君の訓練補佐・・・実戦を教えておいてもらいたい』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
開いた口が塞がらない。なぜゆえ俺に紋章機のパイロットの指導をしろと?
『大丈夫じゃ、紋章機といえど基本的なことは普通の戦闘機と変わらん』
さすがにタクトの師だ。俺の思うことを先読みしてその答えを映像に入れている。でも、その能力の活用は明らかに間違っていた。
というか聞きたいことも微妙に違う。俺に指導役ができるかではなく、なんで俺が指導役なのか聞きたい。
『ちとせ君。彼は優秀なパイロットだ。よく学び、早く紋章機に慣れるようにがんばってくれたまえ。では皆、任務頼んだぞ』
映像とはいえ反論を許さないスピードでルフト宰相は逃げた・・・少なくとも俺にはそう見えた。
「「・・・」」
映像が終わり、謁見の間の沈黙に、あまりの事態に固まっている俺と烏丸少尉と楽しそうに笑っているリノと微笑のシャトヤーン様が残された。
シャトヤーンとの謁見が終わり、ランスに報告するためブラットとリノとちとせはゲストルームに集まった。
「・・・というわけで、俺達はまた同じ隊を組んで明朝第三方面向けて出発します」
「・・・ああ」
ランスはベッドに縛り付けられながら面白くなさそうに答える。
なぜ縛り付けられているかというと例によって例の如く、部屋に入った瞬間にランスがちとせを口説こうとしたためブラットが再び彼に鉄拳制裁を下し、リノが縛りつけたためだ。
でも、子どものように口を尖らせているのはさすがにどうかと思う・・・。
「すまない烏丸少尉。こんなだらしないのが部隊長で」
ランスの態度になんだか情けなくなったブラットはちとせに意味もなく謝る。
「いえ。ロット大尉は優秀な軍人だと聞き及んでいます」
「おお・・・!」
烏丸少尉の言葉にリノが驚きの声を出す。この状態(ベッドに縛られている)のランス隊長を見てもそんなことが言えるというのは確かにすごい。
「えっ、なに? 俺ってもしかして有名人?」
ランスは期待の眼差しをちとせに向ける。本当に子どものようだ。
「渡された資料にロット大尉達の簡単なプロフィールが載っていましたので」
ちとせのキッパリとした言葉がランスに強く突き刺さった。
「・・・そうかい」
期待を砕かれランスはおとなしくなった。相当悲しかったらしく、涙も流している。
「あの・・・ロット大尉、どうしたのですか!?」
ちとせはランスがなぜ泣いているのか分からずに慌てている。すると、その光景を見ていたリノがブラットに耳打ちをする。
「もしかして・・・烏丸さん、気付いてないのかな〜?」
「・・・らしいな」
「天然さんだったんだね」
「・・・らしいな」
「ブラット、これから大変そうだね」
「・・・はぁぁぁ・・・」
なんとなくだがリノの予想が当たりそうだとブラットも思う。それを考えると深い溜息が出た。後はせめて彼女が優秀であることを願うばかりだ。
と、ここでブラットは彼女の出身が気になった。物腰から考えると士官学校の出だと思うが、念のため手元にある彼女のプロフィールに目を通す。
―――烏丸ちとせ 17歳―――
(17ってことは俺と同じ年か)
―――出身惑星 ヤマト―――
(結構田舎だな。・・・というかプロフィールに出身惑星はいらないだろう)
―――センパール士官校 主席卒業―――
(すごいな・・・。あのセンパールの主席卒業か。それなら訓練も苦労しないかもしれない・・・ん?)
この文を読んで、ブラットはさきほどとちとせを見た時と同じ感覚になった。やはり何か忘れている気がする。
(センパール・・・センパール・・・・・・ハーバード?)
2ヶ月前にハーバードの防衛任務に就いていたのだから当時学生だった彼女を見たことがあるのかもしれない。
しかし確信は持てない。やはり気のせいだろうか・・・。
「スカイウェイ中尉」
「え? ・・・うわっ!?」
考え込んでいたブラットはその考えていた当人のちとせがいきなり目の前に現れたことに驚き奇声を上げた。
「す、すみません! 驚かせるつもりでは・・・」
ちとせは頭を大きく下げてブラットに謝る。
「いや、俺がボーっとしていただけだから・・・。で、何か?」
ブラットは止めなければしばらく謝っていそうなちとせを止めるため話を促す。
「あの・・・中尉は私のこと覚えていませんか?」
ちとせの言葉でさきほどの疑問が確信に変わる。
「ああ・・・やっぱり君と会ったことがあったんだ」
今までの疑問が晴れたのはいいが、代わりにブラットは罪悪感に駆られた。自分は彼女と会ったことをまだ思い出せていないが、申し訳なかった。
「なに!? おい、ブラット! おまえいつの間にそんなかわいい子にナンパをしていたんだ!!」
二人の会話を聞いていたランスが縛り付けられたベッドを大きく揺らしながら抗議する。彼の立ち直りは早かった。
「してませんから」
ブラットはキッパリと否定する。出会い方は覚えていないが間違いなくナンパはしていないと分かる。むしろそんな出会い方をしていたら覚えていないほうがおかしい。一部例外はいるが・・・。
「あの時は助けていただきありがとうございます」
(助けた? ・・・ああ!!)
ブラットはようやく思い出した。2ヶ月前に自分がハーバードのスラム街で一人の少女を助けたことを。ついでにその時気になっていたことも。
「礼はいいけど、あの時烏丸少尉はなんであんな所(スラム街)にいたんだ?」
「あの、それは・・・ええと」
ブラットの言葉にちとせは顔を赤くしてもじもじしている。
「・・・俺、へんなこと聞いてないよな・・・?」
誰に言うわけでもなくブラットは呟いた。これではまるで自分が苛めているみたいだ。
「あ〜、ブラットが烏丸さんを苛めてる〜」
「茶化すなリノ。でも、言いづらいなら別にいいよ。無理しても聞きたいわけではないから」
「いえ。そうではなくて・・・その・・・」
ちとせの声が次第に小さくなっていく。
「実は・・・道に迷ってしまいまして・・・」
ちとせの聞き取りづらい言葉を要約するとこうだ。
当時、卒業間近だった彼女は最後に自分が世話になった都市衛星を友人と見て回っていたのだが、その友人と逸れた上に行ったこともないスラム街に迷い込んでしまったとのことだ。
(この子・・・本物だ)
ブラットは呆れていた。いくら友人と逸れたといってもなんであんな分かりやすいスラムに迷い込むか分からない。そこで考えられる理由はただ1つ。
(天然だな、間違いなく)
どうやらこの烏丸ちとせも立派なエンジェル隊であるらしい。個性の強さでは他の5人に引けを取っていない。
(新隊員は天然か・・・まあ、真面目そうだし、大丈夫だろう)
ブラットがランスやリノ、引いてはタクトやエンジェル隊と出会って得た教訓がある。
(前向きに考えよう)
彼女らに対して深く考えるだけ無駄である。でも、イヤではない。
(楽しい旅になるな)
これからを考えるとブラットは少しだけ楽しい気分になった。
「これからよろしく頼むよ、烏丸少尉」
「はい。よろしくお願いします」
二人はお互いに微笑みながら綺麗な敬礼をした。