GALAXY ANGEL  ANOTHER HERO STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八章 恐怖の初戦闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の宇宙。

どこまでも広がるその空間に二つの光が見えた。

それは戦闘機・・・。

しかし、並んで飛ぶ二つの機体は形も大きさもまるで違う。

一つは銀色の装甲に紺色の塗装が施してあり、主兵装らしき長身の砲が特徴的な機体。

もう一つは全身が青黒い色で塗り固められ、戦闘機としては歪な形をした機体。

ただ、2機ともに言えることは、その速さは矢のように鋭く、その旋回は舞のように優雅だった。

 

 

 

 

 

 

 

だが、第三者の客観的な意見と本人達の主観的な意見は決して同じとは限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「少尉、スピードを落とすな!!」

青黒い機体―――シヌイのパイロットのブラットはもう一機、今は旋回行動中の紺色の機体に向かって怒鳴っていた。それでもデブリ帯に漂う岩には全くぶつかる気配はない。

『はい! でも、これでは・・・』

紺色の機体―――シャープシューターのパイロットのちとせはブラットに返事しつつも、こちらはデブリの岩を何とかギリギリといった感じで避けながら飛んでいた。

見て分かる通りこの二人は訓練の最中であり、今は機体の操縦訓練である。まったく優雅とは程遠い。

(元々の腕はいいんだけど・・・)

必死に回避行動をとるシャープシューターを見ながらブラットは考える。

新人であるちとせの技量は、熟練のブラットから見ても相当なものであるが、新人ゆえの気になる部分もある。

(少しマニュアル通りすぎるな・・・)

彼女の操縦はまさに教官が生徒に教えるような、きちんとした丁寧なものだった。

それは決して悪いことではないのだが、あまりに教科書通りすぎると熟練の軍人には先読みされるおそれもある。そして、世の中では軍人全てが味方とも限らない。元軍人が海賊や傭兵に成り下がるというのはどの時代でもよくあることだ。

(だからルフト将軍も俺に烏丸少尉を任せたんだな・・・)

傭兵とは教科書通りとは対局な操縦法を持っている人物がとても多い。

つまり、ルフトもブラットと同じようにちとせの操縦の危険性に気付き、自身が唯一知っている元傭兵のブラットにちとせを任せ、言い方は悪いがもう少し雑な操縦を覚えさせるようにしたいのだろう。

―――ピピピッ!

と、ブラットがそこまで考えていると輸送船から通信が入った。ディスプレイにランスの顔が映し出される。

『お二人さん。そろそろ昼だし、もう戻って来い』

「分かりました隊長。烏丸少尉、訓練終了。帰還するよ」

『了解です』

二機はゆっくり旋回し、デブリを抜け輸送船に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輸送船に着艦し、機体チェックも終えたブラットはそのままシャープシューターに向った。

「烏丸少尉、お疲れさま」

「あ、スカイウェイ中尉。今日もご指導ありがとうございました」

ぺこりとお辞儀をする烏丸少尉をみると、なんだか背中がむず痒くなる。きっと、これまでこのような性格の人間にあったことがなかったからだろう。

(いや待て! これが普通の対応だよな)

自身の変な思い違いに今まであった軍人達を思い浮かべる。

ランス隊長にリノ、そしてタクトやエンジェル隊・・・。

(・・・・・・・・・・・)

今まで会った軍人達に『普通』を求めるのは酷かもしれない・・・・そう思った。

 

 

「あの・・・どうですか、私の操縦は?」

ランスとリノがいる広間行くまでの通路でちとせがおもむろにブラットに尋ねてきた。

「基本的には大丈夫だよ。ただ、訓練中にも言っていることだけど、もう少し機体を振り回すように操縦してもいいくらいだ」

「振り回す・・・ですか?」

「ああ。君は少し操縦が丁寧すぎるところがあるからね。でもまあ実戦を経験すれば自然にそうなると思うよ」

「・・・実戦・・・」

ちとせが不安そうに呟くのを聞いて、ブラットは慌てたように取り繕う。

「あ・・・えっと、でもエルシオールと合流するまでは実戦なんて起きないから」

「いえ。軍人たるもの、いついかなる時も戦闘の発生を考慮し、それに望む覚悟があります!」

言葉だけ並べればちとせは立派なことを言っているのだが、その顔はよく見れば不安げだ。操縦技術や覚悟がいくらあっても、彼女はまだ実戦経験のない新米に変わりはない。

(責任感があるというか、頑固者というか・・・)

言葉と態度がかみ合わないちとせを見ながらブラットはそんな感想を心で呟いた。

そうこうしている内に二人は広間にたどり着く。

広間ではすでにテーブルにランスとリノが座りながら二人を待っていた。その4人がけにしては少し大きなテーブルには彼らの昼飯がある。それはいい。

ただ非常に気になるには他の3つがチャーハンであるのに対してランスの前にある物は鍋であり、その中には水分の多いご飯―――おかゆがあるということだ。

「・・・隊長。まだ胃の調子がダメですか?」

「・・・うぅ・・・早く普通の飯が食いたい・・・」

ランスは先日のリノの料理という名の非食物を食べた影響が未だに残っており、固形物はまだ食べられない状態だった。

「そんなの大げさすぎだよ・・・ねえ、烏丸さん?」

「ええと・・・その・・・たぶん大げさではないかと思います」

ちとせの言葉にブラットとランスもうんうん、と顔を縦に振る。

それを見たリノがうわ〜ん、と声を上げて泣き、それを見たちとせがオロオロしながらリノを慰める。が、嘘泣きであることを知っているランスは一生懸命に慰めているちとせを見て笑いを堪え、ブラットはやれやれという風に首を横に振っていた。

4人を乗せた輸送船はまだ平和の中にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな平和な時間が終わりを告げたのはその日の午後にブリッジに召集がかかってからだ。

 

 

 

 

 

 

自室で報告書を書いていたブラットがブリッジに来たときには、すでに他の3名は到着していた。

「いきなり召集をかけるなんて・・・何があったんだ?」

「前方約10万先から救難信号をキャッチしました。識別によると民間機のようです」

ブラットの問いにコンピューターを操作しているちとせがそのままの体勢で答える。

「・・・だそうだ。あ〜・・まったく面倒だな」

ランスはブリッジシートに深く腰をかけ、言葉通り面倒くさそうな態度で呟く。

「面倒でも民間人なら助けなくちゃならないでしょ。俺たちはもう不正規部隊じゃないんですから」

当たり前の話だが、皇国軍の軍規には『民間人の救助は優先するものである』とある。だが元不正規豚のランス達にはそんな規則や概念など存在していない。

けれど、そんな彼らも今や皇国の正規軍人だ。好き勝手出来ていた傭兵時代とは違う。

「分かってるよ・・・よし!」

ランスは一息入れてシートから立ち上がる。同時にその表情を普段の軟派な緩みあるものから引き締まった真面目なものに変えた。

「約10分後に機動部隊は救難信号の発信地点へ向けて出撃だ! 輸操船はその手前に待機して以後の命令あるまで動くなよ!」

「「了解!!」」

ランスの命令にブラットとリノはきびきびとした動きで準備を始める。

「え? ええっ!?」

しかし、ちとせはいきなり態度の変わったランスに戸惑いを隠せない。

「烏丸少尉。ほら、ぼーっとしてないで出撃準備を始めるぞ」

立ち尽くしているちとせをブラットはその手を引いてブリッジから連れ出した。これからたった10分で出撃準備をしなければならないのだ。1分1秒がおしい。

「あの・・・ロット大尉は?」

「とっくの昔に格納庫へ向かったよ」

というか、彼は自分で命令を下した瞬間にはブリッジを出ていた。

「いえ、そうではなくて急に態度が・・・」

「ん? ・・・ああ、そうか」

ブラットはようやくちとせが何を聞きたいのかその意味を悟った。

「あれが俺を2年半前から戦場で引っ張ってきたランス隊長の姿だよ」

そこでブラットは一旦言葉を切り軽く溜息をつきながら・・・。

「まったく・・・常日頃からああいう態度なら尊敬もできるんだけどね・・・」

軽く愚痴のようでもあり、嬉しそうでもある口調で言った。

と、ここまで話したのにちとせに何も反応がないことを不審に思い後ろを振り返る。

「〜〜〜っ」

そこにいたちとせは頬を真っ赤に染めて、ブラットの顔と右斜め下―――自身の右手がブラットの右手に掴まれている―――を交互に見比べていた。

「あ、すまん」

そんなちとせを見てブラットは手を強く握りすぎたのだと思いその手を離した。彼の鈍感は筋金入りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シヌイ発進準備完了です」

『同じくシャープシューター発進準備完了しました』

『OK。こっちも準備は整ったぞ。リノ、目標地点に到着したか?』

格納機全ての発進準備が整い、輸送船内は今までにない緊張感に包まれてきていた。

『ちょうど今到着したよ。射出準備も完了してるからいつでも発進できるからね』

『よし! じゃあいくぞ、最初は俺、次はシャープシューター、殿はシヌイだ』

ランスの最後の確認にブラットとちとせは了解と言いながら肯き返す。

「烏丸少尉」

『はい。なんでしょうか?』

「一応これが君の初出撃だけど、コンディションは大丈夫かい?」

『問題ありません』

「今回は戦闘をしない。救助活動も俺とランス隊長でほとんどやるから君はいつも通りの操縦を心がけてくれ」

『了解です』

輸送船の上部ハッチが大きく開き、リニアカタパルトの2本の棒が平行に伸びていく。

『いくぞ! 337部隊「隊長違います」・・・って何が違うんだブラット』

ランスは勢いよく号令を上げようとしたところをブラットに横槍を入れられ少しムッとした顔になる。

「俺たち337部隊じゃないですよ?」

『おお、そうだったな・・・で、今の所属はなんだったか?』

「〈近衛軍旗艦(エルシオール)第2防衛部隊〉です」

ちなみに第1防衛部隊は言わずと知れたエンジェル隊のことである。

『近衛軍旗艦第2防衛部隊・・・って長い! 号令が言いづらいじゃねーか!』

ランスは年甲斐もなく子供のように駄々を捏ねる。せっかくここまでシリアスで決めてきた雰囲気がここに来て一気に台無しになりつつあった。

「なんでもいいですから、早く発進しますよ」

『じゃあ今から〈ガーディアン隊〉と呼ぶことにする』

「・・・いくらなんでもそれは安易じゃないですか?」

防衛部隊だからガーディアン・・・まるで子どもの発想である。

『おまえなんでもいいって言っただろ! これからはガーディアン隊でいくぞ』

「はいはい・・・」

ブラットはこうなったランスに何を言っても意味がないと判断し、諦めた。

『じゃあ今度こそ行くぞ! リノ!!』

『だから、準備はとっくにできてるよ〜』

『ガーディアン隊1番機、ランス・ロット行くぜ!!』

リニアカタパルトにより、勢いよくグラム高機動戦闘機が発進していった。

『スカイウェイ中尉先に行きます』

「ああ! しっかりな」

『エンジェル隊6番機、烏丸ちとせ行きます!!』

シャープシューターもグラム高機動戦闘機に続き勢いよく発進していく。

「最後は俺だな。リノ、留守は頼んだ。それに・・・」

『分かってるよ。警戒は厳に・・・でしょ?』

言うべきことを先に言われてブラットは苦笑いを浮かべる。

「ガーディアン隊2番機、ブラット・スカイウェイ出るぞ!!」

戦闘機形態のシヌイも先に出た2機に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どういうことだ?』

救難信号の発信地点に到着した3人はその光景に驚いていた。

「何もない・・・」

救難信号が発進されていた場所は多少のデブリこそあるものの、その他船らしきものはなにもない。

『場所は間違いありません』

ちとせが何度も現在地と発信地の確認をおこなっているが、それらにも問題はない。

『誤信号だったのか?』

考えられるのはそれくらいだ。ここには確かに救難信号を出した船がいたが、それはなにかの誤作動で、本当は何でもなくすでにここを離れたという可能性が一番高い。

「念のためこの周辺を探索し・・・・・・」

何か言おうとしたブラットが急に口をつむいだのを見て、ランスとちとせは不審に感じた。

『スカイウェイ中尉?』

『おいブラット。どうかしたのか?』

二人が問うもブラットは何も答えず、しばらく周りをキョロキョロと見てやり・・・。

「ちっ! ・・・はめられたか!」

と舌打ちしながら毒づく。

ちとせには意味の分からないことだったが、ランスにはピンときたのか先ほどのブラットと同じように周りをキョロキョロと見てやっていた。

『どこだ?』

「正面12時の方向と右後方上4時方向と左下9時方向・・・ですね」

『数は・・・分からないな』

『多くはないと思いますが・・・最低でも3機は確実ですからね』

『あの・・・いったい何の会話をしているのですか?』

言葉少なめにされているブラットとランスの会話が理解できずにちとせが口を挟む。

「ああ、ごめん」

一言謝りブラットは言葉を続ける。

「どうやら俺たちは偽の救難信号で誘い込まれたらしい。デブリの中に妙に規則的に動いているのがある。あれらにはおそらく戦闘機が隠れているのだろう。完全に囲まれているな」

『・・・これからどうするのですか?』

ちとせも新人ながらさすがに軍人であるだけあって、慌てることなく現状を受け入れたようだ。

「ランス隊長、どうします?」

『こんな不遇な遭遇戦などやってる時間も戦力もない。隙を突いてとっとと逃げるぞ』

「了解です。烏丸少尉、いきなりで悪いが戦闘になる。俺と隊長もできるだけ援護するけど、どこまでできるか分からない。君は即座に戦場から離脱してくれ」

『いえ、私も戦います』

ちとせの決意の篭った目にブラットは少し困った顔をしながら説得する。

「この戦いの目的は殲滅じゃない。それに正直今の君にまともな実戦は無理とは言わないがきついだろう」

『ですが・・・!』

なおも食い下がろうとするちとせにブラットは次はなんと言って説得すればいいかと考えているうちにランスが言葉を入れる。

『烏丸君。君には輸送船の護衛を頼みたい。反論は聞かないよ。頼むとは言ったがこれは命令だ』

『・・・了解しました』

不服そうにしながらもちとせはランスの命令を聞き入れた。

「隊長助かりました」

安堵の溜息をつきながらブラットはグラム高機動戦闘機のみの回線を開いてちとせに気付かれないようにランスに礼を言う。

『おまえは相変わらず不器用だな』

こっちは呆れた溜息をついていた。

『よし、全機急速反転!! クロノ・ドライブ地点に入り次第緊急クロノ・ドライブだ!!』

ランスの号令と共に3機は反転して来た方向に機首を向け、加速をかける。

同時にブラット言った3箇所のデブリからそれぞれ4機ずつ漆黒の戦闘機が飛び出してきた。

「12機!? やばい、予想以上に多い!!?」

『確かにやばいな。烏丸君はリノと合流したらすぐにクロノ・ドライブしてくれ。ブラット、俺たちが殿をやるぞ』

「了解!」

『・・・了解しました』

 

 

 

 

シヌイとグラム高機動戦闘機はもう一度反転し、12機の敵戦闘機に向かう。

グラム高機動戦闘機が4機編隊の真ん中にビームを撃ち込む。すかさず4機の編隊は散開して回避行動を取るが、そこにシヌイのビームとマシンガンを撃ち2機が爆散する。

「!? こいつらは・・・!?」

爆散した戦闘機の横を通りすぎ、その機体を見たブラットは驚く。

(似てる。ヘル・ハウンズが乗っていた偽紋章機に・・・。偶然か? それにこいつら全部無人機だ)

それを深く考える暇を与えないかのように、4機編隊と先ほど撃ちもらした2機の内1機の計5機がシヌイの後ろに張り付いてくる。

ブラットは一瞬だけグラム高機動戦闘機を見てやると、そちらもシヌイと同じように5機の敵機に追いかけられていた。

とりあえず、シャープシューターを逃がすという目的は達したようだ。

しかし、ブラットにはそれに何か違和感を感じていた。

(こいつらの目的はいったいなんなんだ? 最初は軍人狩りかと思ったがどうも違うみたいだ)

罠の誘い方からして罠を仕掛けた奴は軍人を誘ったのは明白だ。

ちなみに軍人狩りというのはその名の通り軍人を倒してその金を稼ぐ者達で、その出資者は主に軍人を嫌うマフィアだ。そしてそいつら全てに言えることは皆凄腕のパイロットということだ。

なのにこの機体達は皆無人機である。新しいタイプの軍人狩り組織とも考えられなくもないが、おそらく違う。

『ブラット! 目的は達した。俺達も離脱するぞ!』

「分かりました! 先に行きます!」

2機は10機の敵機をなんとか引き離しながら離脱を開始した直後だった。

『きゃあああぁぁぁぁぁ!!!!』

「少尉!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちとせは横殴りの衝撃を受けながら、画面に強制通信を入れた相手を見ていた。

『会えて嬉しいぜ・・・紋章機ぃぃーーー!!!』

その男はボサボサした赤茶色の髪を持ち、醜く笑った口からは普通の人間より伸びた犬歯が野犬のように見える。なにより特徴なのは顔に左右均等にある奇形な刺青だ。

『あなたは・・・!』

『へへへ・・・一応(・・)俺は軍人狩りだ。かの有名な紋章機・・・殺ればいくら金が貰えるかな!!』

ちとせが帰還途中にいきなり現れたこの男はさきほどの12機と全く同じ機体を駆っている。

『あなたが指揮官ですか!?』

『そうだ! さあ、楽しませろよ紋章機ぃぃーー!!!!』

男はそれだけ言うと、大量のファランクスを射出する。

ちとせはそれらを必死に回避するが、全ては回避しきれず数発直撃を受ける。

『くっ・・・』

『おらおら! そんなもんか紋章機の実力は!!!』

『そんな事ありません!』

ちとせは叫びながら主兵装であるレールガンを撃つ。

しかし、かなり近距離からのこの攻撃を男の戦闘機は荒々しい操縦でかわし、再びファランクスをシャープシューターに叩き込んだ。

『きゃあ!!』

『・・・手加減してるのかとも思ったが・・・。どうやらそれがおまえの実力らしいな』

男はつまらなそうな顔をしながらちとせを画面越しに見下す。

『興醒めだ・・・』

男の戦闘機の銃口がシャープシューターに合わさる。

『あ・・・ああ・・・』

ちとせは自分と男の実力の差を肌に感じて恐怖に顔が強張る。

『死にな』

男は引き金を引き、戦闘機のレーザーがシャープシューターに向かう。

『っっ!!』

ちとせは恐怖に動くこともできず、目を瞑った。

(やられる! 父さま!)

ちとせは目を瞑りながら、今は亡き父を呼んだ。

しかし、それに聞こえてきたのは・・・

『やらせるかぁぁーーー!!!』

自分の教官の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラットはシヌイを可変させ、人型形態にさせてシャープシューターと敵戦闘機の間に入る。

(足に当てれば!)

シャープシューターに向かっていたレーザーにシヌイの左足を無理やり当てて、左足を吹き飛ばしたものの威力を殺すことに成功した。

『てめぇ! ザコが・・・よくも邪魔しやがって!!』

「仲間はやらせない! ・・・少尉、無事か!?」

男に視線を向けながらもブラットはちとせに通信を入れる。

『あ・・・』

ちとせは放心状態であったものの画面で見る限りは大丈夫そうだった。

「ここは俺に任せて離脱しろ! できるな!?」

『え・・・はい、分かりました』

虚ろな瞳のちとせが頷き、パイロットのテンションが下がってスピードの低下したシャープシューターがゆっくりと離脱をしていく。

『逃がすか!』

男はシャープシューターを追撃しようとする。

「おまえもな」

隙を見せた敵機にブラットはビームライフルを放つ。敵戦闘機は回避するが、うまくいかずに右翼先端に直撃し、その部分は溶け穴が開く。

『邪魔をす・・・!?』

機首を振りかえした男が見たのは画面一杯に接近しきった片足のシヌイが大型ビームソードを振り下げていた。

『くそっ!』

ビームソードの巨大なビーム上の刃がコックピットに直撃する直前に男は脱出レバーを引いて、コックピット部分を射出する。

主の居なくなった戦闘機は動くことができずにビームの刃が真っ二つにした。

『この俺が人間如きに臆して脱出したのか・・・!? おい貴様、なんて名だ?』

少し間を置いてブラットは男の質問に答える。

「・・・ブラット。ブラット・スカイウェイだ」

『ブラットか・・・! 俺はイバリィエ!! 貴様の名、忘れはしないぞ!!』

イバリィエと名乗った男は追いついてきた無人戦闘機が回収し、全機を伴いこの宙域を離脱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

 

『死にな』

敵戦闘機のレーザーが自分を貫いた。

「い、いやあぁぁぁーー!!」

 

「あ!! ・・・夢・・・か」

その光景の後ちとせは目を覚ました。

嫌な夢だった。

昼間の体験が想像以上にショックだったのだと嫌がおうにも思い知らされる。

「すぅ・・・すぅ・・・」

隣のベッドではリノが幸せそうな顔で眠っている。

もう一度眠ろうかと思ったがやめた。

とても今は眠れそうな気分ではない。

ちとせは少し寝汗をかいた寝巻きから普段の制服に着替えて部屋を出た。

消灯されて薄暗い通路を歩き、輸送船の最後部に向かう。

扉を開けた先の通路を大きくしたような部屋には宇宙が広がっていた。この場所はこの輸送船の中で一番外が見えるように作られており、ランスは展望室と呼んでいた。なぜか簡易なベンチがあるのはリノ(の希望によりブラット)が作ったからである。

「ふぅ・・・」

息をつきながらちとせはベンチに腰を下ろし、星のきらめく宇宙を眺める。

しかし、いつもは心を落ち着かせるその光景も今日だけは孤独感を芽生えさせるだけだった。

(寒い・・・)

船内な暖房がかかっているはずなのに、ちとせは寒気を覚え自分自身を両手で抱いた。

―――プシュ。

その時通路の扉の開閉音が聞こえた。

「やあ」

「スカイウェイ中尉・・・」

入ってきたのはブラットだった。彼は両手に持った湯気の立つカップの片方をちとせに渡す。

「これは?」

「ホットミルク。嫌いだったか?」

「いえ・・・」

「なら、よかった」

ブラット優しく微笑むとゆっくりちとせの隣に腰を下ろし、先ほどのちとせと同じように外の光景を眺める。

しばらくお互いに何も話さずそのまま沈黙を保つ。

「・・・あの」

沈黙に耐え切れずちとせはブラットに話しかける。

「ん? なんだい?」

「スカイウェイ中尉はどうしてここに?」

まず、最初から気になっていた点を質問する。

「船内の監視モニターに君がここに向かうのが見えたから」

「それだけ・・・ですか?」

「・・・さあね」

ブラットはそれだけ言って、再び沈黙を続ける。

ちとせはブラットの意図が読めず、しかたなく彼の持ってきたホットミルクを飲むことにした。少し熱めのホットミルクがさきほど感じた寒気を取り払ってくれる。

同時に気がついた。

あの戦闘が終わった後、自分はブラットと今の会話以外一言も話をしていない。もちろんランスやリノとも同じだ。

それほどまでに自分は放心しきっていたのだ。

 

実戦という命のせめぎ合いに。

 

今まで経験したこともない、ただ純粋な恐怖に。

 

再び身体が震えだした。

(恐い。・・・恐い! ・・・恐い!!)

先ほど・・・いや、戦闘中ですら気付かなかった恐怖心が今まさに自分の中に芽生える。

しかし、それはすぐに払われた。

「落ち着いて。大丈夫・・・大丈夫だ」

隣にいたブラットがそっと自分の頭を撫でていた。

たったそれだけ・・・それだけなのに、昔父親に抱きしめられたかのような暖かい抱擁感をちとせは感じていた。

 

 

 

 

 

「申し訳ございませんでした」

ようやく落ち着きを取り戻したちとせは出撃前に手を握られた時よりさらに赤い顔をしてブラットに頭を下げた。

「いや、いいけど・・・」

ブラットが言葉を止め笑う。それを見て、ちとせはきょとんとなる。

「ここまで俺と同じ行動を取られると結構笑えるな・・・」

「スカイウェイ中尉と同じ・・・?」

笑いを止めたブラットが今度は宇宙を見ながら遠い目をして話を続ける。

「昔、俺が初めて実戦をした時も烏丸少尉と同じように放心して、そんで帰ってきて安心したら恐くて震えてた。そん時に今俺が少尉にやったことと同じ事を隊長がやってくれたらすごく安心できたんだ」

「ロット大尉が・・・」

ちとせは驚いた。正直あのランスがそんなことをするなんて想像ができないからだ。

「あ、いや違う。ランス隊長じゃない。・・・違う人だよ・・・」

ちとせにはそう言ったブラットがとても寂しそうに見えた。その姿にちとせが声をかけようとしたのと同時にブラットはベンチから立ち上がった。

「まあ、とにかく。これで少尉も実戦の恐怖を分かってもらえたと思う」

「はい。それはよく」

「それが分かればきっと死なずにすむ。忘れるなよ」

「了解です」

「ははは・・・ようやくいつもの烏丸少尉らしくなってきたな」

ブラットが軽く笑いながら再びちとせの頭を撫でる。

―――ドキッ!!

ブラットに頭を撫でられた瞬間。ちとせは自分の胸が大きく高鳴るのを感じた。

さっきまでは恐怖に駆られて分からなかったが、ブラットの自分より大きく暖かい手の感触が鮮明に伝わってくる。

早い話が異性に触れられて急に恥ずかしくなったのだ。

そして、そんな事に全く免疫のないちとせはその手を振り払うことも、挙句の果てには声を出すこともできずに成すがままにブラットに撫でられ続けていた。

しばらくして撫でるのを止め、腕時計で時間を確認し、

「そろそろ戻るよ。これ以上ブリッジを空けているわけにはいかないからな。じゃあ少尉、今日はゆっくり休んでくれ」

と言いながら部屋から出て行った。

折りしも、暗い部屋の中だったためブラットは硬直していたちとせの変化には気付くことなく、ちとせは翌朝リノに発見されるまでその場から動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――同時刻。

 

 

『・・・で、のこのこ逃げ帰ってきたというわけね』

ここは戦艦の巨大なブリッジである。そこの設置された巨大なモニターの画面には美人だが近寄りがたそうな雰囲気の女性が映され、その鋭い眼光はこの船の主たる赤茶色髪の男―――イバリィエを見下していた。

「・・・申し訳ございません。ネフューリア様」

『まあ所詮あなたには期待していなかったわ』

(くそ・・・この女が!)

イバリィエは拳をぐっと握りながら自分の上司であるネフューリアの言葉を聞き入れていた。

『あなたが紋章機と戦いたいと言うからせっかく情報を手に入れ、軍人狩りに成り済ます手筈も整えたというのに、結果は何? 新型のダークデスエンジェルを13機も使っといて紋章機どころか護衛機も1機も倒せず、挙句の果てにはダークデスエンジェルを3機も失っているじゃないの』

「・・・」

それに関してイバリィエは何もいえない。それは列記とした事実だからだ。

『ついでに教えておいてあげるわ。あなたが戦ったあの紋章機は新人のパイロットが操縦していたそうよ』

「なんだと! くそっ、だからあんなに弱かったのか!!」

(それにこの情報。知っててあえて俺に教えなかったな)

完全に自分を馬鹿にしたネフューリアの態度に我慢の限界に達したイバリィエはモニターを睨みつけながら怒鳴る。

『おだまりなさい!!』

「・・・申し訳ございません」

ネフューリアの叱責にイバリィエは自分の立場を思い出し、彼女に頭を下げる。

『その弱い紋章機に3機も落とされたあなたも十分に弱いわ』

「いえ、俺を落としたのは紋章機じゃありません」

『なに・・・?』

ネフューリアの顔が若干驚愕に変わる。

「落とされた3機はいずれもたった1機の護衛機にやられました」

『ダークデスエンジェルがたった1機に?』

「はい。しかもその機体、人型に変形もする変わったものです」

『人型に? 変ね・・・トランスバール皇国軍に人型兵器が存在するなんて情報はないわ』

腕を組んで少し考え込んだイバリィエはある一つの可能性に到達し、ネフューリアに進言することにした。

「ネフューリア様。人型兵器ということは『奴ら』の関与はありえませんか?」

同じく少し考え込んでいたネフューリアだが、イバリィエの意見に首を振って否定の態度を示す。

『いえ。それはありえないわ。『奴ら』の戦力ではこんな辺境に手を回す余裕などないはず・・・。それに仮に『奴ら』がこの辺境に来ていたとしても、EDENの落とし子たるトランスバールに関与なんてハンパな手段を取るということはありえないわ』

「確かに」

『まあ、そのことに関してはもういいわ。それよりあなたはすぐに帰還してもらうわよ』

イバリィエも考えることを止め、再びネフューリアの言葉に耳を傾ける。

「では、ついに・・・?」

『ええ。オ・ガウブの製造も最終段階に入ったわ。それと、タクト・マイヤーズがもうすぐ帰ってくる。あなたにはそちらの対応をしてもらうわよ』

「御意」

通信が切れ、画面が黒くなったのを確認すると、イバリィエは近くの壁に渾身の一撃を叩き込む。

ドゴッ!! という爆音の後、壁には拳の跡が残った。

「ネフューリアめ・・・。どこまでも俺をコケにしやがって!」

イバリィエは興奮が抑えきれず、肩で息をしていたが、それもゆっくり落ち着いてくる。

「だが、タクト・マイヤーズか・・・。人間とはいえ英雄と呼ばれる男だ・・・楽しませてくれそうだな。それにあのブラットとかいう男。二人とも俺が倒してやる・・・このヴァル・ファスクのイバリィエがな!! ふは・・・ふははははは!!!!」

イバリィエの笑い声は誰もいないブリッジに大きく響いていた。

 

 

 

 

 

戦乱の渦は刻一刻と迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

まず、みなさんごめんなさい!

前回のあとがきで夏休みを利用して遅れを取り戻すと書いておきながら、それを全く実践できなかった愚かな私を許してください。

 

さて、今回の話は題名の通り、ちとせの初めての実戦に伴う恐怖心についてのお話です。

原作のMLにて実戦を初めておこなったちとせがあまり恐怖心やら新人に有りがちな心の葛藤とかがなかったので、それは少しおかしいんじゃないかと思って書いてみました。

そのために主人公のブラットの性格が微妙にキザ化してしまったのが気になりますが・・・まあ、許容範囲だとは思いますけど、ちょっと心配です。

 

感想や誤字・脱字などがありましたら、ぜひ雑談室に書いてもらえると嬉しいです。

それでは、また後ほど。

 

9月17日  紅だった人より