GALAXY ANGEL ANOTHER HERO STORY
第十九章 先輩と後輩
ブラット達の乗る高速輸送船が宇宙港のレーザーセンサーに同調し、誘導されながら入ってきた。
「港とのドッキング完了。2、3分もしたら空気が充満して船外に出られるよ」
「了解。リノ、ご苦労さん。・・・それにしてもやっと最後に補給する港に着いたな」
ここは惑星ザッハの第2宇宙港である。
本当は皇国軍の第3方面に所属する防衛基地の一つなのだが、民間人の比率が軍人より多いため港という名称になっている。
ブラット達はここでエルシオールの補給としてさまざまな物資を調達し、3日後に合流する予定となって・・・
「おっしゃー!! いざ行かん。まだ見ぬ乙女たちとの出会いを求めて!!」
・・・いる。そのはずである。
しかし、例によって例の如くランスは港の繁華街に出て女の子達をナンパするための完全装備(髪型から靴まで綺麗にめかし込んでいる)を終わらせ、ブリッジの入り口で謎のポーズを決めていた。
「・・・で、ランス隊長は何をやっているんですか?」
高確率で自分の望まない答えが返ってくると知りながら、ブラットはあえてランスに問う。
低確率の答えを信じてブラットはランスの答えを待った。
「ナンパの意気込みを叫んでる」
―――かちゃり!
ブラットはいつの間にか手に持った愛刀を抜刀し、ランスの喉元に突きつける。しかし、ランスは驚いた様子もなく鼻歌を歌っていた。
この二人は再会した時(十五章参照)も同じ事をしていたが、もう一度いう。これはこの部隊の日常茶飯事の光景である。
「そんな時間があるわけないでしょう!!!」
今回はブラットの雷も付いていた。
「今日中に物資の搬入とシヌイの修理を終わらせなくちゃいけないんですよ! しかも俺達たった4人で!!」
「がんばれ」
―――ブチッ!
ブラットの怒号にランスはたった一言だが、ものすごいカウンターの一言を放ち、彼の怒りのボルテージをさらに上げさせた。
「あなたもです!!!」
そんなぎゃあぎゃあ、と騒ぐ一角を見ながらリノは、チューっとストローでオレンジジュースをすすっている。
「うん。今日の二人はまた迫力があるね〜」
呑気である。リノにとっては二人の騒動も近所のネコが喧嘩している程度にしか見えていない。
「リノさん、早く止めないと!」
唯一慌てているのは、未だに慣れていないちとせである。
「大丈夫だよ烏丸さん。どうせ・・・」
リノの言葉を遮るようにドサッ! っと何かが床に落ちる音が聞こえ、ちとせは身体を大きくビクつかせながら音の方向に振り向いた。
「はぁ・・・はぁ・・・分かりました。・・・2時間だけ・・・ですよ」
手と膝を床に着き、まるで完走したマラソン選手のように息を荒げたブラットが悔しそうにランスに向かって言う。
「分かってるって。2時間もあれば、俺なら12人の女の子のハートを捕まえられるぜ」
勝ち誇った顔のランスはブラットに向かってVサインをする。
それにしても、ランスの言葉を実演するなら、だいたい10分間で一人の女の子をナンパするというとんでもない計算になるが、その自信が何処から来るのかまったく分からない。
唖然としているちとせにリノはさきほどの言葉を続ける。
「・・・どうせ、口論でブラットがランスに勝てるわけないんだから」
そこでリノはちょうどオレンジジュースを飲み終えた。
そんな理由でブラット達は、本当は最後に持ってくるはずだった『自身に必要な雑貨の買い物』を最初にするという大盤狂わせな変更を余儀なくされた。
「まったく隊長は・・・」
4人で輸送船を出た後もブラットはぶつぶつと文句を呟いていた。
「いいんですか? 準備もしないで出かけるなんて・・・」
「いいわけないけど・・・言い出したら聞かないからな、ランス隊長は・・・」
隣にいるちとせに答えながら、ブラットは前を歩くランスとリノを呆れたような目つきで見る。
「ですが、今日中に出発準備を整えなければエルシオールとの合流に支障をきたしてしまいます」
「分かってる。いざとなったら徹夜でやるさ。・・・それに君は手伝ってくれるだろ?」
「はい。もちろんです」
「なら、間に合うさ」
4人は談笑しながら、第一格納室を抜けて第二格納室に入る。
ブラット達の輸送船が置いてある第一格納室から繁華街に出るにはこの第二格納室を通るのが最短ルートだったからだ。
「ん? ・・・こいつは!?」
何気なく入った第二格納室でブラットの目に入ったのはシルバーメタリックにレッド、ブルー、グリーンの3種3機の大型戦闘機だ。
「あれ? ブラット、これって紋章機じゃない?」
気付いたリノがブラットに尋ねる。
「・・・ああ、確かに」
ブラット達の前にはカンフーファイター、トリックマスター、ハーベスターが陳列しており、ブラットは驚きを隠せない。
(待てよ。これがここにあるってことは・・・)
「あら、あなたは・・・?」
ブラットが考えを巡らせたのとほぼ同時に4人の後ろからすまし声が聞こえた。
振り返るとそこにいたのは見た目10歳前後に思える水色のショートヘアーをした少女。しかもその髪からは動物のような白い耳が生えている。
「え?」
「なんだアレ?」
「かわいい・・・」
見慣れないその容姿にちとせ、ランス、リノは三者三様の態度を取る。
「やはりブラットさん。おひさしぶりですわ」
「やあミント、ひさしぶりだな。やれやれ、やっぱり君がいたか」
ブラットの溜息混じりの声に反応するかのようにミントの大きく白い耳がピョコっと動く。
「ひさかたぶりにお会いしたのに、やれやれとはずいぶんな言葉ですわね」
「あはは・・・まあ、他意はないから気にしないでくれ」
ミントの言葉にトゲがあるのを察して、ブラットは苦笑いしながら誤魔化す。
と二人が話しているとブラットは後ろから服を引っ張られる。ブラットが頭だけ振り返るとランスとリノが目で「説明しろ」と訴えていた。
「ああ、そうだった。紹介するよ。彼女はミ・・・『ミントー!! こっちは終わったわよーーー!!』・・・ミントがいるなら当たり前か・・・」
ブラットの声を遮って紋章機の陰から現れたのは長い金髪の少女とライトグリーンの髪をポニーテールにしている少女だ。
「やあ、ランファ。それにヴァニラも」
「あ・・・ブラットさん」
ヴァニラのその表情がかすかに驚きを見せる。普段無表情の彼女からすればなかなか珍しい。
「あらほんと。アンタ、こんなところで何やってるの?」
「それはこっちのセリフだ。君たちこそこんなところで何やっているんだ?」
「それは・・・」
と再び会話している二人に邪魔が入る。
ただし、今度割り込んできたのは声ではなく物体であったが。
「君、綺麗だね。ここで会ったのも何かの縁だ。お茶でも一緒にどう?」
ランスである。
彼はいきなり横入りしたかと思った次の瞬間にはランファの手を握って口説きにかかっていた。
ランファは相当な美少女なのだから、普段のランスを知っていれば特に驚く光景ではない。ミントやヴァニラを無視したのは、おそらくランスの守備範囲外だったのだろう。
「えっ!? あの、ちょっと・・・!!」
ランファはそんなランスの行動に戸惑いながらも顔を赤らめてどこか嬉しそうである。
そんなお約束の行動にブラットは今日何度目かも分からない溜息を再び吐く。もう怒る気力もない。
「・・・リノ」
ブラットは肩を落としたまま小声でリノを手招く。
「なに?」
「・・・やれ」
「オーケイ!」
ブラットに親指をグッっと立てた後、リノはこっそりランスの背後に回り、ポケットから黒い古いリモコンのような物体を取り出しランスの服を引っ張る。
「ランス、ランス」
「ん? 邪魔すん・・・ゲッ!?」
リノを見たランスの目に飛び込んできたのは彼女の持ったスタンガンだ。それに驚いてランファの手を離した瞬間、リノは情け容赦なくランスにスイッチを入れたスタンガンを押し当てた。
「ぎゃあああぁぁぁーーーー!!!」
ランスの絶叫は宇宙港内に大きく響いた。
「じゃあブラット。私達は船に戻ってるよ」
「ああ。隊長は任せた」
白目を剥いたランスを引きずってリノは来た道を戻っていった。
「・・・あの二人なんだったの?」
戻っていく二人を見ながらランファがブラットに尋ねる。
「・・・後で説明するから今は聞かないでくれ」
額を片手で押さえながらブラットは疲れたように言う。
「ブラットさん。後ろの方はどなたですか?」
ヴァニラの言葉でブラットはハッとする。今まで一言も発さなかったのでブラットはちとせを完全に忘れていた。
そのちとせはどこか緊張した表情でランファ達を見ている。
「・・・烏丸少尉?」
「お初にお目にかかります、私はこのたびムーンエンジェル隊に配属されました烏丸ちとせ少尉です」
ちとせはランファ達に敬礼する。その動作はどれも無駄がなく綺麗なものだった。
「まあ、あなたが・・・。お話はルフト宰相から伺っていますわ。わたくしはミント・ブラマンシュと申します」
「はい。ミント・ブラマンシュ中尉ですね」
「アタシはランファ、ランファ・フランボワーズよ。よろしくねちとせ」
「よろしくお願いします、ランファ・フランボワーズ中尉」
「ヴァニラ・Hです」
「はい。ヴァニラ・H中尉」
「「「・・・」」」
ここにちとせとランファ達の自己紹介が終わった。
だが、ちとせに名前を呼ばれた後のランファとミントの顔がひきつっていた。ヴァニラに至っては無表情だが、肩のナノマシンペットがなんだか複雑な表情をしている。
「・・・ねえ、ちとせ」
「はい。なんでしょうフランボワーズ中尉?」
「その『フランボワーズ中尉』っていうの・・・やめない?」
ランファの言葉にちとせは軽く首を傾げる。
「では・・・私はフランボワーズ中尉をなんとお呼びすればよろしいのですか?」
「名前でいいわよ」
ランファはきっぱりと言った。
「私達も名前で呼んでください。ね、ヴァニラさん?」
「はい」
「ですが、それでは先輩方に失礼では・・・」
先ほどまでの引き締まった凛々しい表情から一転、ちとせは迷子の子どものような困惑した顔になる。
「別に失礼でも何でもないわよ」
ランファがまたもきっぱり言った。ただし、その表情は優しげなため、言葉のわりにきつめな印象はない。
「そうですわ。むしろ、ちとせさんが私達を名前で呼ばない方が失礼ですわよ」
「そうなの・・・ですか? でも・・・やはり偉大な先輩方を名前で呼ぶのは・・・」
と・・・こんなやりとりがこの後10分ほど続いた。
(見事なくらいに平行線を辿っているな)
女の子同士の会話の入り方が分からないブラットは4人から少し離れたところでそれらを見守っていた。
(お? どうやらちとせの方が折れたらしい)
ちとせが顔を真っ赤にしながら「ラ、ランファ・・・先輩」と言うのが聞こえ、その滑稽とまではいかないが面白い姿にブラットは軽く笑う。
そしてちとせがミントとヴァニラの名前を呼び終えた後、4人は一斉にブラットの方に顔を向けた。
「ちょっとブラット」
「ん? ・・・なんだ?」
「アンタはちとせを名前で呼んでないわよね?」
「ん・・・まあ」
ランファの問いにブラットは経験上、嫌な予感を覚え曖昧に答える。
「直しなさい!」
「・・・・・・・・・へ?」
「だ・か・ら! アンタもちとせを名前で呼びなさい」
一応言っておくが、ブラットは断じてランファの言葉の意味が分からなくて素っ頓狂な声を出したわけではなく、なんでそんなことをしなければいけないのか分からないから声を出したのである。
「仲間外れはいけません・・・」
「いや、別にそういう理由で烏丸少尉を名前で呼んでないわけじゃないから!」
手振りをしながらブラットは言う。
「なら、そういう理由にならないように、ブラットさんもちとせさんを名前で呼んでください」
(って・・・しまった! はめられた!!)
さっき自分で言ってしまった以上、ここでちとせを名前で呼ばなければ、ヴァニラの言うように仲間外れということになってしまう。
(つーか、前も似たような感じでエンジェル隊に名前で呼ばされたんじゃないか・・・いい加減なんで慣れないかな、俺は!!)
ブラットは自分の迂闊さとたった一言で自分をはめた3人の話術も呪った。
「あ、でも烏丸少尉はいいのか?」
最後の希望たるちとせに内心祈りながらブラットは言う。
「はい。先輩方の言うように、部隊内での信頼関係向上には良い方法だと思います。ですからスカイウェイ中尉がよろしければ私を名前で呼んでください」
最後の希望はすでに洗脳された後だった。
「ブラットさん。往生際が悪いですわよ?」
「わ、わかったよ」
別にちとせを名前で呼ぶことは前回の経験で大した抵抗はない。
ただ、前回の教訓を生かせず、こんなに簡単にはめられたという自分の愚かさが嫌だった。
ブラットの目にはランファ、ミント、ヴァニラが天使の姿をした小悪魔に見えた。
「じゃあ、これからはちとせって呼ばしてもらうよ」
「はい。スカイウェイ中尉」
「「「「・・・」」」」
この後、ちとせにブラットの名前を呼ばせるのに多いに時間が掛かったことは言うまでもない。
余談であるが・・・。
「・・・しびれ・・・しびれが・・・・・・・」
「う〜ん・・・スカンガンの威力強すぎたかな?」
痺れが取れずにランスが呻いていたのをブラットが知るのは、ランファ達に買い物の荷物持ち付き合わされた後である。