GALAXY ANGEL  ANOTHER HERO STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一章  変化なき日常生活

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ〜・・・」

ブラットは大きく息を吸い、

「はぁ〜・・・」

彼は大きく息を吐いた。

彼は膝を屈め目を瞑りながら、深呼吸を繰り返す。

彼の前には厚さが数十センチもある鉄屑が固定されて置かれ、彼は自身愛用の刀を鞘に納めたまま構えを取っている。

ブラットは深呼吸を止めながら、ゆっくり目を開き目前の鉄屑を見る―――いや、その視線は睨むというほうが適切だろう。

「―――我流」

かまえた右手に力を込めて、ブラットは口を開く。

「―――極技」

次の瞬間に、ブラットは刀を抜刀し、腕を振りかぶった。

―――ガチン!!

金属同士が激しくぶつかり合う高い音がトレーニングルームに響き渡る。ブラットが振った刀は、鉄屑を切断しきれずにその真ん中ほどで止められていた。

ブラットはしばらくその中途半端に切られた鉄屑を睨んでいたが、一度疲れたように息を吐くと、今度はやや困ったような表情でそれを見つめる。

「まだ・・・俺には使いこなせないか・・・」

ひび一つ入らない業物の刀を高く掲げ、どこか悲しげにブラットは呟いた。

「・・・シュウ。俺は―――」

「『シュウ』って誰ですか?」

「のはぁ!?」

「わぁ!?」

背後からいきなり声をかけられたブラットが素っ頓狂な声を上げると、それに驚いた相手も声を上げる。

「もう! 驚かさないでください!」

ブラットが振り向くと、そこには半年振りにあったにも関わらず、まったく変わってなかった花のカチューシャが目立つ天然少女がいた。

「ミ、ミルフィーか・・・」

ブラットは先ほどの醜態をミルフィーユに隠すよう冷静な口調を心がけて喋る。が、ところどころに動揺が漏れていた。

(・・・集中しすぎて気づかなかった)

そう思いつつ、やや早くなった鼓動を抑えるようにブラットは軽く深呼吸する。

「それでブラットさん。さっき『シュウ』って言ってましたけど、それって人の名前ですよね? 誰なんですか?」

ミルフィーユの問いにブラットはほんの数秒だけ考え、

「・・・・・・昔の知り合いだよ。で、ミルフィーはこんなところに何の用だ?」

と、強引に話題を変えた。いつものことだが、この話術の下手さは、ブラットの人付き合いがあまり得意でないと誰でも分かる代名詞みたいなものだ。

しかし、ブラットにとっては幸運なことにこの常々天然全開の少女はそんな彼の下手な言い回しや話題を変えた意図には全く気づいていない。

「ああ! そうでした! ブラットさん、今何時だと思っているんですか!?」

ミルフィーユに言われ、ブラットはトレーニングルームの壁にかけてある時計に目をやる。その瞬間、ブラットの口から「げっ!?」と声が漏れた。

実はこのトレーニングの後にエンジェル隊とガーディアン隊の面々でシュミレーションルームのシステムを使った模擬戦をやる予定だったのだが、今の時間はその予定時刻をゆうに20分は過ぎている。完全な遅刻だった。

「フォルテさんが怒ってましたよ」

それを聞いたブラットには不敵な笑みを浮かべ鞭をしならせているフォルテの姿がごく鮮明に想像し、その恐怖に思わずブルっと身を振るわせた。

「わ、わかった。すぐ行こう」

本当はすぐにでも逃げ出したいという選択に後ろ髪を引かれるブラットだったが、それは問題を先送りにしているだけだとすぐに思い直し、足早にミルフィーユと共にトレーニングルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォルテさん。遅れてすみま―――」

トレーニングルームから普段の半分以下の時間で到着したブラットだが、シュミレーションルームに一歩踏み入れた瞬間に、甲高い音が鳴り響いた。

「遅い!!」

フォルテは怒鳴り、再び持っていた鞭を鳴らす。

「す、すみません! つい鍛錬に時間を忘れて・・・」

「鍛錬も大事だけど、約束事は守ってもらわないとね」

あたふたと弁解に走るブラットにフォルテは淡々に告げる。その口調から漏れた冷たい感情にブラットはその平均的に成長している身体を萎縮してゆく。

「いや、あの・・・」

冷たい汗をダラリと垂らしながら、ブラットはいい弁解の言葉を捜す。しかし、その最悪なコンディションではいいアイディアが浮かぶわけもない。

「おいおい、フォルテ。もうそのヘンで許してあげなよ」

そんなブラットに助け舟をだしたのは、普通ならこんな場所にいるはずもないこの艦の司令タクトだ。といっても、このエルシオールの乗組員でタクトが真面目にブリッジで仕事していると思っている人間はいないので、ここでは逆にこの状況が普通だ。

「はいはい。ま、嘘を並べて弁解しなかったことだし、今回は許してあげるとしようかね」

「それに、遅れているのはブラットだけじゃないしね」

そのタクトの言葉が示す通り、この場所にいなければならない人物が後二人足りない。

片方は不真面目の代名詞みたいな人なのでブラットはそれほど意外に思わなかったが、もう片方の真面目の代名詞の人物がいないことにはいくらか驚いていた。

「ランス隊長はともかく、ちとせは? 何か仕事でもしているんですか?」

さも、当然のようにブラットが言う。言葉に彼のそれぞれの者に対する評価が出ていた。

「ミルフィーと同じだよ」

タクトの一言だけでブラットは理解した。つまり、彼女もランスを探しているらしい。

「でも、隊長今の時間は部屋にいるんじゃ・・・?」

「そうだとは思うんだけど、通信に出ないからちとせが直接呼びに行ってるんだよ。いなかったら探すと言ってたから、時間的に考えて探してるんだと思う」

と、タクトがちょうど言い終えたタイミングで残りのメンバー二人がシュミレーションルームに入ってきた。

「よう、わりぃわりぃ。ちょい、遅れたな」

ランスは爽やかな笑顔で全く反省の色がない謝罪の言葉を並べる。

しかし、タクト達はそんなランスにツッコミを入れることもせず、彼に隣の人物に視線を集中させた。

なぜかちとせの様子があからさまにおかしい。

まるで、自分の作った恥ずかしいポエム集でも他人に見られたかのようなごとく、顔を真っ赤にさせていた。

「ちとせ、どうかしたの?」

「・・・いえ、問題・・・ありません」

心配そうに尋ねるミルフィーユにちとせは顔を横に振る。

「いや、でも大丈夫そうではないよ? 体調が悪いとか?」

今度はタクトが質問を変えて尋ねる。

「・・・いえ、体調は万全です」

ミルフィーユの時もそうだが、なんだかちとせの返答がいつもの彼女らしくない。普通ならもっときっぱりとした口調で話すはずだ。

「おい、ランス・ロット」

何かを悟ったのか、フォルテが唸りを上げるような低く冷たい声でランスをフルネームで呼ぶ。

「お、おう」

対するランスはフォルテの視線に圧倒されて、やや上ずった声で返答した。

「あんた・・・まさかちとせに変なことしたんじゃないだろうね」

そう言いつつ、腰の拳銃に手を伸ばすフォルテが物凄く恐い。それが、今この場にいる全員の一致した考えだった。

「い、いや。ちとせに変なことしてねえよ」

微妙にアクセントをつけてランスは答える。

「・・・に? って! 隊長、あなたもしかして・・・」

過去に思い当たる出来事を思い出して、ブラットはランスに詰め寄る。

「いやなに。ちとせが入っていた時、ちょうどアレが終わった直後でな。まあ・・・タイミングが悪かったとしか・・・」

「―――隊長。ここは正規軍の軍艦ですよ。というか、そうじゃなくても、部屋に女性を連れ込むのは止めてください!!!

ブラットがそう叫んだ直後、ランスの隣にいたちとせはその場に倒れた。

どうやら、ランスを迎えに行った時、彼女には早すぎる何かを見た記憶が思い出されたらしい。

しかし、この場にその気の弱さを咎める者はだれもいない。むしろ、ちとせの性格から考えて、今までよく気絶しなかったと褒めてやりたいくらい彼女はがんばった。

当然その後は、気絶したちとせの介抱とランスへの厚生で、シュミレーションルームは大騒ぎになったことはいうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にすまない!」

ソファーに横たわるちとせに向かって、ブラットは直角以上に体を折り曲げて頭を下げる。

「謝って許される問題じゃないことも分かっている。ちとせに大変な迷惑をかけたことも承知だけど、ここは俺に免じて許してくれ」

「ブラットさん、頭を上げてください。不注意に部屋に入った私にも責任があります」

「いや、どう考えてもアレが悪い」

アレと言ってブラットが指差す先には、骨格の構成上、人が曲がらない方向に身体が曲がっている騒動の発端だった。

「うごぉぉぉ〜〜〜!!! ぶ、ブラット。早く戻せ〜」

苦痛の表情を浮かべながらランスが唸る。

そう。その言葉の通り、別にランスは身体中の骨を折られたわけではない。ただ、外せる関節を全て外されているだけだ。

もちろん、やったのはブラットである。

「少し黙りな。モテ男」

床の上で軟体動物のように身体を動かすランスをフォルテは皮肉をこめてハイヒールの踵で踏み潰した。

「なんかすごい光景だ・・・」

「そ、そうですね・・・」

普段は騒動を起こす側のタクトとミルフィーユもさすがに顔が引きつっている。それほどに現在のシュミレーションルーム内の光景は異様だった。

「はいはい。このままじゃ埒が明かないから、今日のところはこの辺にしとこうよ」

さすがに見ていられなくなり、タクトは手を叩きながら場の収拾にあたる。

「・・・分かりました。それじゃあ、フォルテさん。ランス隊長を戻すの手伝ってください」

「あいよ」

ブラットとフォルテは寝転がっているランスを両側から抱き上げる。

「・・・ね、ねえお二人さん。まさか、二人で同時に治そうとしてるんじゃ・・・」

顔を青くして怯えるようにランスが尋ねる。

よく聞くことだが、脱臼などは外す時より戻す時のほうが痛いらしい。

やや間を空けて二人は同時に、

「「当たり前」」

と、さも当然のように声を揃えて答えた。

「なに、その答えがそれしかないみたいな答えかた!! ・・・ま、待て。せめてゆっくり・・・ねえ、お二人さん聞いてる? ちょっと何で呼吸合わせを・・・あ、ああ・・・」

せぇーの、と頷き合って、ブラットとフォルテは同時に腕に力を込めた。

「あああぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」

その時のランスの叫び声とゴキゴキといった謎の不協和音はエルシオールに大きく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所が変わっても、彼らの日常を全く変わる様子を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

そう、今のところは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

あ、あぶない・・・。

そう思わずにはいられない紅だった人です。

いくらPCデータが喪失したからって前回の更新からすでに5ヶ月と少し・・・。

ちょっと自分の更新スピードに自己嫌悪してしまいます。

どうか、読者の皆様!

このアホな私を見捨てずにいてほしいです!!

いや、マジで。

 

 

5月10日 紅だった人より