男は、無機質な黒い艦の一室で洋酒の満たされたグラスを傾けていた。

そこへ一人の女性が入ってくる。

 

「…ジーダマイアが敗れました」

 

「そうか」

 

女性の報告を聞いても、男はまるで反応を示さない。

 

「何故、あのような男を?元より我らのみでも…」

 

「復讐だ。…かつて私を陥れた男に…叶わぬ夢を見させ…」

 

男が勢い良くグラスを握りつぶした。中の洋酒が飛び散る。

 

「叩き潰す」

 

「…失礼な事をお聞きしました」

 

女性が頭を垂れる。

 

「よい。…我らも行くぞ」

 

「ハッ!」

 

女性は踵を返して部屋を後にした。

その時、男の後ろから声が聞こえた。まだ幼さの残る無邪気な少年の声だ。

 

「…彼女達はあなたが思っている程、簡単な相手では無いはずですよ?」

 

「フッ…十分にわかっている」

 

「こちらの『私』は彼女達に敗れたのだからな…」

 

エオニア・トランスバール。それが男の名前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    天使、再び舞い降りて…

    

                第十四章 「異邦人来たりて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジーダマイア艦、撃沈を確認しました!!」

 

「やったか!」

 

「敵艦隊、投降を始めています!」

 

ココとアルモの報告に安堵の表情を浮かべ、シートに体を預けるレスター。彼にしては珍しい光景だ。

 

「ようやく終ったな…」

 

溜息をつき、レスターは宙を見つめる。

そしてはたと気付いた。いつもなら真っ先に声を上げるはずのタクトの声が一向に聞こえてこない。

 

―――まさかもうブリッジから消えたか?―――

 

そんな事を考えつつ司令官席を見やる。そしてそのまま数秒固まってしまった。

 

そこにいたのは、腕を組み何かを考えている様子でジッとモニターを見つめるタクト。

幻覚でも見ているのではないかと目をこする。が、やはり変化は無い。

 

「…おいタクト。お前らしくもないな、何をやっている?」

 

タクトはレスターへの返答代わりにこう言った。

 

「ココ、ヘルハウンズはどうしている?」

 

不意打ちを食らったかのように言葉に詰まるココ。

咳払いを一つしてから答える。

 

「あ…はい…全機、ポイント372へ向かってるみたいですね…。何かあったんでしょうか?」

 

ココは位置を確認し、怪訝そうな表情をする。

無理も無い。今ヘルハウンズが向かっている先には、特筆すべき物など何も無いのだから。

しばらく考え込むタクト。 …やがて何か決心した様子で口を開く。

 

「ココ、エンジェル隊に後を追わせてくれ」

 

「は、はい!」

 

「アルモ、ヘルハウンズに通信だ。 …繋げるか?」

 

「やってみます」

 

そう指示を出し、背もたれに体を預けるタクト。

そのタクトにわけがわからないといった様子のレスターが声を掛ける。

 

「タクト、一体どういう事だ?」

 

モニターを見つめたまま、タクトが呟くように言う。

 

「まだ、終わってない…そんな気がする」

 

タクトの言葉を聞いたレスターは無言で自分のシートに戻り、各部署に指示を出し始める。

 

「…お前がそう思うって事は、そうなんだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…カミュ…良いのか?」

 

リセルヴァが問い掛ける。どことなく落ち着きの無い様子で。

 

「何がだい?リセルヴァ」

 

いつもと変らぬ語調のカミュ。だが、いつもの笑みは無い。

 

「…わかっているのではないのか…?」

 

レッド・アイまでが通信に割り込んで来る。普段はまず無い事だ。

 

「なになに、何の話?」

 

「うおぉぉぉぉぉーーーー!!!わからん、何の話だぁぁぁぁーーー!?」

 

そして、馬鹿二人。

三人が一斉に溜息をつく。

 

「ん? …カミュ、エルシオールから通信だ」

 

「…そろそろ来る頃だと思っていたよ」

 

右手でコックピットの脇に置いてあるプラスチックのケースから薔薇を取り出し、左手に持ち替えて通信を開く。

 

「やあ、マイヤーズ君。僕に何か用かな?」

 

モニターに映るタクトはどこか不機嫌そうに見える。

だが今のカミュにそんな事を気に掛ける余裕など無かった。

 

「…カミュ、お別れって事かい?」

 

全てを見透かしたかのようなその言葉に、カミュは黙って頷く。

 

「ああ…主の出迎えをしないとね」

 

「そうか…」

 

二人の視線が交わり、お互いに笑いかける。

まるで昔からの友のように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全艦、攻撃態勢!ポイント372を中心に包囲陣形を取れ!!」

 

通信が切れ、ブリッジにタクトの声が響く。何が何だかわからないまま命令を実行するクルー達。

 

「おい…タクト」

 

「わからないか? …親玉の登場だよ」

 

「何…?」

 

まだよく事態を飲み込めていないレスター。

そんなレスターを尻目に、状況は動き出す。

 

「へ、ヘルハウンズの後方に大型艦3隻が出現!!ドライヴアウト反応はありません!!!」

 

「…そういう事か…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ダークエンジェルのコックピットではヘルハウンズの面々がモニターに映る男に頭を下げていた。

 

「お待ちしておりました」

 

「うむ…ヘルハウンズよ、ご苦労だった」

 

全身を覆う紫のマント。その下に見え隠れする赤の刺繍が施された漆黒の長衣。

肩までかかる長い金髪に、紅の瞳。

 

後にエオニア戦役と呼ばれた戦いの最終局面において、自らの艦と共に宇宙の塵と化した筈の、その人物。

 

 

――――エオニア・トランスバール。

 

トランスバール皇国第十四代皇王である――――

 

 

 

 

 

エルシオールの通信回線が開かれた。

そこに映る人物にクルー全員が凍りつく。

 

「久しぶりだな、エルシオールの諸君。 …いや、『こちら側』では始めましてと言うべきかな?」

 

エオニアの言葉の中に不可解な点を見つけ、タクトが呟く。

 

「こちら側…?」

 

「まあ、どちらにせよ久しく見る事の無かった顔だ。もう少し話していたい所だが…そう言う訳にもいかん」

 

「………」

 

「消えて貰おうか」

 

「!!」

 

その言葉を最後に通信は切られた。

固まったまま動けないでいるタクト達。そこへ立て続けに通信が入った。

 

「タクトさん!今の人ってエオニアさんですよね? …どうして…?」

 

「ちょっとタクト!アイツ生きてたの!?」

 

「あの状況で生き延びられた…とは考えにくいのですが…」

 

「どっちにしたって同じさ!敵なら戦うしかないだろ!?」

 

「フォルテさんの言う通りです…タクトさん、ご命令を」

 

「あ、あれがエオニア廃太子…モニター越しでも凄い威圧感です…」

 

「皆…」

 

エンジェル隊の声を聞き、現実に引き戻されるタクト。

慌てて状況報告を命ずる。

 

「て、敵艦隊、攻撃を開始しました!ヘルハウンズも戦線に加わっています!!!」

 

「僅か三隻でこちらの艦隊と戦うつもりなのか…?」

 

「その自信があるって事だろうね。 …それが何かはわからないけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定通り、交戦を開始しました」

 

「ふむ…私も出るぞ。用意しろ」

 

エオニアの言葉に、シェリーが下げていた頭を上げる。

 

「は…用意、と言いますと…?」

 

自らのシートから立ち上がり、歩き出すエオニア。

口元には微笑を浮かべている。

 

「『イシュラント』だ。実戦テストを行う。 …天使達を相手にな」

 

一瞬驚いた様子のシェリーだが、すぐに頭を下げ駆け出していった。

 

「さあ…開幕だ…」

 

一人、エオニアの声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つかの間の静寂を破り、宇宙に閃光が走る。

 

「カミュさん!一体どういう事なんですか!?」

 

ダークエンジェルから放たれる光の刃を掻い潜りながらミルフィーユは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だった。この人達と戦う事が。

自分をまた仲間達と引き合わせてくれたから。

 

 

知ってしまったから。自分達と同じだと。

少しだけ不器用なだけだと―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その想いが、断ち切られそうになる。

 

「…前に言っただろう?君を助けたのは命令だったから。なら、君と戦うのも命令だ」

 

「カミュさん……」

 

歯を食い縛り、狙いを定める。

割り切るしかなかった。ここは戦場だから。

 

不意に、被ロックオンを示すアラートが止まった。

カミュが、いやヘルハウンズが後退していく。

 

「え……」

 

ブリッジの声が聞こえた。

 

「敵旗艦より正体不明の機動兵器が発進!モニターに出します!!」

 

その映像は紋章機にも届けられる。

 

「人…?」

 

映っていたのは、人型をした兵器。

初めて目にする物だ。

 

「エンジェル隊の諸君、聞こえているだろう?」

 

「…!! エオニア、さん…?」

 

「これは新型の機動兵器で『イシュラント』という名前だ」

 

「これの実戦テストを諸君にお願いしよう。こちらは私一人で構わない」

 

自信に満ちた声。今や銀河最強として知れ渡るエンジェル隊を前に6対1の戦いを挑んでいるにも関わらず、だ。

その態度、表情に狼狽の色を隠せないエンジェル隊の面々。

代わりにタクトが口を開いた。

 

「皆…これはチャンスなんだ。あのエオニアの自信は確かにおかしい。何かあるのかもしれない」

 

「それでも…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦ってくれ、ムーンエンジェル隊!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が開始される。

さきほどまで落ち着きの無かったエンジェル隊だが、タクトのおかげか今は落ち着いた様子だ。

 

「このっ…アンカークロー!!!」

 

放たれたアンカークローをエオニアは余裕をもって回避し、機体の手に持ったレーザーソードで左のアンカーアームを破壊する。

 

「そんな程度か?」

 

「くっ…」

 

尚も追撃をかけようとするイシュラントを多数のフライヤーが遮る。

 

「フッ…無駄だ!」

 

胸部が開き、閃光が放たれ、拡散する。その一つ一つがフライヤーを撃ち抜いた。

 

「なめるんじゃないよっ!!!」

 

ハッピートリガーの全武装が開放される。

「ほう…。…!?」

 

その弾幕の間隙を光の矢が一直線に飛んでくる。

だがエオニアは動じず、手元のパネルを操作した。

 

「!?」

 

その瞬間、全ての攻撃が吸い込まれるように消える。

 

「て、敵機、ネガティブ・クロノ・フィールドを展開しました!」

 

「何!?」

 

全員が驚愕の声を上げる。…いや、一人だけ違った。

 

「大丈夫です!!」

 

イシュラントの放つビームキャノンを回避しながら距離を詰めるセレスティアルスター。

 

「ミルフィー…?」

 

唖然としているタクトに微笑んでから、ミルフィーユはモニターに映るイシュラントを睨みつける。

 

「セレスティアルスターもネガティブ・クロノ・フィールドを展開!中和されていきます!!」

 

「何だと…!?」

 

「ノア…」

 

皆何かを叫んでいるが、今のミルフィーユには届かなかった。

自分の指先に全神経を集中させる。

 

 

捉えた――――――――

 

 

その瞬間、トリガーを引く。

光が放たれる。それは周囲の闇を飲み込み、真っ直ぐに伸びていく。

 

「な…何っ!?」

 

エオニアの余裕の笑みが崩れる。

そして、光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りが、闇を取り戻す。

そして多くの者が目の前の光景に息を呑んだ。

 

「イ、イシュラント確認!目標は…健在です!!」

 

「馬鹿な…」

 

現時点でイシュラントに対抗し得る唯一にして最大の火力を持ってしても、エオニアは崩れなかった。

 

「フ、フフ…フハハハハ!!!!」

 

エオニアの笑い声が木霊する。

 

「残念だったな。お前達程度に私は敗れはしない!!」

 

言葉を失う面々。

 

「だが…傷をつけた事は褒めてやろう。 …褒美だ、受け取れ」

 

「イシュラントの胸部にエネルギーが収束していきます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えるがいい!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イシュラントを中心に凄まじいエネルギーが解き放たれ――――――――辺りを包んだ。