―エオニア旗艦、エオニアの私室―
ノックの音が響き、体格の良い長身の男が入ってきた。左目の上に特徴的な傷のある男だ。
「お呼びでしょうか、エオニア陛下」
エオニアは持っていたグラスを置き、男の方へ向き直る。
「良く来てくれたな、カサノバ」
カサノバと呼ばれたその男は肩膝をつき、頭を垂れる。
「ハッ…!」
「…ヘルハウンズが裏切った。お前の手駒を使わせてもらうぞ」
エオニアの言葉に微塵も驚いた様子を見せず言った。
「承知しました。 …では準備がありますので」
そう言って、カサノバは部屋を後にした。
一人残ったエオニアは再びグラスを手に取る。
「…新たな翼…二つの鍵…」
ククッと低く笑い、満たされた洋酒を飲み干した。
天使、再び舞い降りて…
第十七章 「動き出す『時』」
―エルシオール、医務室―
今、ここにはタクトとエンジェル隊、それにヘルハウンズの4名が集まっていた。
理由は一つ。カミュの容態だ。救出されてからまだ一度も目を覚ましていない。
「カミュさん…」
「…マイハニー…泣いているのかい…?」
「カミュさん!!」
ミルフィーユの声に、ケーラから話を聞いていたメンバーも集まってくる。
「…カミュ、目が覚めたか」
「リセルヴァ…」
カミュは一瞬だけリセルヴァに視線を移すが、すぐにまたミルフィーユを見る。
「…よかった…よかったです…もしこのままカミュさんが…起きなかったらどうしようって私…」
言葉をつづけようとするミルフィーユだったが、不意に肩に手を置かれ硬直する。
見ればカミュが起き上がり左手を肩に、右手をミルフィーユの顔の前に置き、何時の間にか薔薇を握っている。
あまりに近いその距離に、ミルフィーユは顔を紅潮させる。
「な、な、な…」
「何するんですか〜!!!折角人が心配してるのに!!!!」
急いで体を離すが…
「ああ、マイハニー!照れなくてもいいんだよ。さあ!!」
「来ないで下さい!!あ〜ん、誰か助けて〜!!」
そのまま廊下へ駆け出していくミルフィーユ。
「ミっ、ミルフィー先輩に手出しはさせません!!」
逃げるミルフィーユと追うカミュの間に割って入るちとせ。
「ミルフィー、今行くわよ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!逃げる気か、ランファ・フランボワーズゥゥゥゥゥ!!!!!」
「カミュの兄貴、オイラも行くぜ!!」
カミュの後を追うランファの、後を追うギネス。
そして何故か続くベルモット。
何やら悲鳴らしき物が聞こえてくる。
「ヴァニラ…多分ケガ人がでるから頼むよ…」
「…はい、タクトさん」
タクトに言われ、ヴァニラも続く。
残ったのは半数以下の5人。
「…完全復活したみたいだね」
タクトの言葉にリセルヴァが肩を落とす。
「…面目ない…」
「さて…話してくれるかい?リセルヴァ、レッド」
タクト、ミント、フォルテの三人はリセルヴァとレッド・アイの二人から事の顛末を聞くため、会議室に集まっていた。
「ああ。僕達が知っている事は全て話す」
「…お前達はパラレルワールドという物を知っているか…?」
「パラレルワールド?」
聞き慣れない単語に、タクトが疑問の声を漏らす。
「そうですわね…選ばれなかった可能性が選択された世界…とでも言いましょうか…」
「そうだ。平行時間軸…あのエオニアはその一つから来た。この世界でお前達が倒したエオニアとは違う」
「って事は…あんた達もこの世界の人間じゃあないんだね? …おかしいと思ったよ。死んだ筈の人間が現れるなんて…」
フォルテの言葉に顔を見合わせるリセルヴァとレッド・アイ。
「…いや…僕達は違う。エオニア戦役でお前達と戦った事も、…黒き月に乗っ取られた時の記憶もある」
「失礼ですが、ならば何故生きておられたのですか?」
「…それには、エオニアが使っているテクノロジーから説明しないといけないな…」
トランスバール皇国歴412年。それは起こった。
惑星トランスバールの目前で行われた、皇国軍対エオニア軍の最終決戦。
この世界の歴史ではタクト・マイヤーズ率いるエンジェル隊の活躍によりエオニア、そしてそのエオニアを操っていた黒き月が
敗北を喫している。
だが、それとは違う歴史を持つ世界があった。その世界はこの戦いの結末をこう伝える。
『エオニア軍が勝利し皇国軍は全滅。黒き月が白き月を取り込み、この戦争は終結した』と。
「その勝利によってエオニアは皇王になった。そして融合した月の力を使い、領土の拡大にやっきになっているのさ」
「…その『両弦の月』のテクノロジーによって俺達は呼び戻された…」
「呼び戻された?」
「クローン再生…こちらでも研究はされているだろう?」
「「「!!!!」」」
驚愕の余り言葉を失う三人。
「それじゃあ…君達は…」
「ああ。お前達と戦ったヘルハウンズの『クローン』だ」
しばしの沈黙に包まれる会議室。ミントとフォルテは表情を歪め、リセルヴァとレッド・アイは俯いている。
だが一人だけ…
「そうか」
その瞬間、皆の目がタクトに向く。
「…俺には、難しい事はわからない。でも…」
リセルヴァに目を向ける。
「君たちが仲間だって事はわかる」
「タクトさん…」
「タクト」
「改めて言うよ」
「ようこそ、エルシオールへ」
リセルヴァとレッド・アイが固まる。呆気にとられているのかもしれない。
やがて、リセルヴァが笑い声を上げた。
「フッ…ハハハハハ!」
「…リセルヴァ…?」
「変った奴だな、お前は…」
そして、タクトと視線が交わる。
「よろしく頼む、『タクト』」
…今度は、タクトが固まる番だった。
翌日―――――
「ふう。皆はティーラウンジかな?」
タクトはティーラウンジのドアを開け、中を見回す。
一際賑やかな一角があった。
「カミュさん、どうですかここのケーキ?」
「マイハニーの作ったケーキには及ばないけど中々美味しいね。 …あ、リセルヴァ、そこのイチゴタルトを取ってくれ」
「自分で取れ!!!」
何かぶつぶつ言いながら、カミュは自分で取るために立ち上がった。
その様子を見ていたランファが話し掛ける。
「カミュ…アンタって意外と食べるのね…」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!男は食べる闘魂だからなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!(!?)」
「アンタには聞いてないわよ!!!」
そう言いつつ回し蹴りを放つランファ。
だが、ギネスは腕で防御する。
「その程度かぁぁぁぁぁ!?ランファ・フランボワーズゥゥゥゥゥゥ!!!!」
「上等よ!トレーニングルームに来なさい!!」
「望む所だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
そのまま二人は超速で姿を消した。
「…神のご加護を…」
「…別に死んでも構わんがな」
ヴァニラとレッド・アイ。…この二人だけは静かだ。
皆の様子を見て、タクトは満足気な笑みを浮かべる。もうすっかり打ち解けたようだ。
その中に混じろうと一歩目を踏み出した瞬間、警報が鳴り響いた。
「マイヤーズ司令、至急ブリッジまでお戻り下さい!!機動部隊は発進準備お願いします!!!」
数分後、ブリッジのドアが開きタクトが入ってくる。
「何があった?」
「…救難信号を出している難破船を発見した。が、俺達とは逆方向からエオニア軍の艦隊が接近している。全て見たことの無いタイプだ」
タクトは黙って席につく。
「アルモ…じゃなくてルシャーティ!状況をモニターに出してくれ」
「了解です」
モニターに周辺宙域の様子が映し出される。
「エオニア艦隊は難破船を目指していたようだが、俺達に反応してこちらに進路を変更している」
「…そのせいで陣形が滅茶苦茶だね」
「ああ。多分、無人艦だろうな」
ふぅん、と軽く息を吐き、指示を出す。
「機動部隊は発進準備が完了した者から各個に出撃!敵艦隊を迎撃してくれ!!」
格納庫にエンジェル隊とヘルハウンズの足音が響き、それぞれの機体へ駆け寄っていく。
唯一、カミュだけがクレータに呼び止められていた。
「すみません、カミュさんの機体はまだ修理が終わってないんです」
頭を下げるクレータ。カミュはその頭にポン、と手を触れると尋ねた。
「あれは何だい?」
カミュが指差しているのは、たまたま定期点検で出ていたディヴァインセイバー。
「え?ああ、あれは適合者のいなかった9番機です」
そうか、と言いカミュは歩き出す。
「…カミュさん? …まさか…」
「そのまさかさ」
「6番機、アブソリュートシューター発進します!」
「…全機発進しました!」
「よし!エルシオールは現在位置に待機!!」
「了解!」
指示を出し終えたレスターがタクトに近づく。
「やはり、カミュは出れないか」
「いや、そうでもないみたい…」
首を傾げ、タクトの見ているモニターへ目を向けるレスター。
同時にココが声を上げる。
「…!? ディヴァインセイバーが発進しました!!」
「何っ…!まさか…カミュか!?」
「みたいだね」
タクトはまるで驚いた様子も無く指示を出す。
「ミントとちとせはエルシオールの防衛にまわってくれ。他の皆は各自の判断で敵の遊撃を頼むよ。」
「了解!!!」
「なんでカミュさんがそれに乗ってるんですか〜?」
「それが運命だからだよ、ミルフィー」
「運命、ですかぁ?」
「ミルフィー。そんな変態の言う事、まともに相手したら駄目よ」
「おや、何を言うんだいランファ」
「その自己陶酔全開の喋り方をやめろって言ってんのよ!!」
特別驚くでも無く、普通に会話する三人。確認しておくがここは戦場である。
「…さあ、始めようか」
ディヴァインセイバーがカノン・シールドを射出した。射出されたシールドは、僅かに形を変え攻撃態勢を取る。
光が放たれ、命中した艦が炎上する。
「無人艦なんかにやられるもんですか!」
ミサイルを回避し、カンフーマスターが加速する。
撃ち出されたバーストクローが敵艦の装甲を突き抜け爆散させる。
前線を突破した戦闘機隊がエルシオールに接近する。
が、エルシオールを射程圏内に捉えるよりも早くアブソリュートシューターが吼えた。
「この距離なら…沈みなさい!!」
宇宙空間を次々と光が走り、敵機を貫いていく。
なんとか生き残った戦闘機を小型の飛行物体が取り囲む。
「心ゆくまでお聞き下さいな、妖精達の調べを!!フェアリーシンフォニー!!!」
インペリアル・トリックマスターに搭載された遠隔攻撃兵器フェアリーが一斉に攻撃をかけ、容赦無く敵機を撃墜する。
「へえ。皆やるじゃないか」
他の紋章機の戦闘を眺めていたフォルテが向き直る。
「さて…あたしも行くとするか」
その先には大型戦艦7隻。
凄まじい砲火の中を突き進むアルティミットトリガー。
「一斉射撃といこうかねぇ!!!アトミックバースト!!!!」
大型戦艦7隻の砲撃を更に上回る程の圧倒的な火力。
敵艦のレーザー、ミサイルを全て打ち消し、7隻を同時に撃沈する。
「…まだ結構残ってるねぇ」
そう呟いたフォルテの横をヴァニラのリバイバルハーベスターが駆け抜ける。
「問題ありません…ハイパーキャノン…!!!!」
機首に装備されたハイパーキャノンから光が発せられ、敵艦隊を薙ぎ払う。
「これで最後です!!」
残る一隻をセレスティアルスターが撃ち抜き、敵艦隊は全滅した。
「敵艦隊、全滅を確認しました!」
「よし!リセルヴァ、レッド・アイ、シュトーレンの三人には予定通り難破船の調査に向かわせろ!」
「了解!!」
―難破船付近の暗礁空域ー
そこにはブルー、ダークグレー、ホワイトの三機の人型機動兵器が待機していた。
ブルーの機体のパイロットが口を開いた。
「5分24秒…予想より一分以上早いわね」
続いてダークグレーの機体のパイロットが答える。
「直接戦闘でも仕掛けるか?」
「命令違反だよ、ウルズ!」
「五月蝿いなカティ。対応力があると言ってくれ」
「何が対応力よ!」
ウルズと呼ばれたダークグレーの機体のパイロットと、カティと呼ばれたホワイトの機体のパイロットが口論を始める。
「二人共、任務中よ。 …ウルズ、今は撤退する。それでいいわね?」
「…わかったよ。でも、あれはどうするんだ?」
そう言って難破船を指すウルズ。
「放っておきなさい。私達の任務には関係無いわ」
「ま…それもそうか『今は』まだ…な」
「もう…マリアさんの言う事なら聞くんだから」
「何か言ったか、カティ?」
「何でも無い!!」
「?」
マリアが軽い溜息をつき、機体を反転させる。
「ふう…。撤退するわよ」
「ああ」
「了解です」
三機は高速でこの宙域を離脱した…。
あとがき
オリキャラ登場!
彼らのメカニック設定は完成してるんですが、一部、本当に一部だけストーリーに関わるネタバレが入ってしまったために公開はまだ先になります。
もし知りたいと言う奇特な方がいましたら、メールか雑談室にてご連絡下さい。
ネタバレ部を外した物をお送りします。それでも、意味不明にはなりませんのでね。
さて、次は…難破船の中からかなり重要な役所のオリキャラが!? …みたいな感じです。(短っ!)
ではまた。