天使、再び舞い降りて…

 

                 第十八章   「疑惑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―エルシオール、医務室―

 

 

「この人が難破船から発見された生存者ですか?」

 

「随分と…お若いですわね」

 

聞こえてきた声に、後ろを振り返るタクト。

 

「ミルフィー…ミント…どうしてここへ?」

 

「どのような人なのか気になったからに決まっているじゃありませんか」

 

「…そういえば二人共さっきは居なかったね」

 

タクトの言う『さっき』とは、この生存者の少年が運び込まれた時の事である。

エンジェル隊とヘルハウンズの面々が集まっていたのだが、何故かこの二人だけがいなかった。

当然気にはなったが、ランファやフォルテ達が特に何も言わなかったので、タクトもあえて聞こうとは思わなかったのだ。

 

「ええ、クレータさんとお話をしておりましたの」

 

「私はセレスティアルスターの調子が変になって…」

 

「大丈夫なのかい?」

 

タクトの問いにニッコリと笑って答えるミルフィーユ。

 

「はい!もう直りました!!」

 

「良かった」

 

交わる二人の視線。そのまま異空間を形成しそうな雰囲気になるが、ミントの咳払いがそれを断ち切る。

慌てて視線をそらす二人。

 

「…それで、容態はどうなんですの?」

 

「あ、ああ。ケーラ先生に聞いたら数日中には目覚めるって…」

 

その時、小さい呻き声のような物が響いた。

ベッドの上の少年へ目を向ける三人。

 

「…う……」

 

やはり今の声はその少年の物のようだ。

タクトが近づくと、ゆっくりと目を開いた。

 

「気が付いたかい?」

 

「…!?」

 

タクトの声に驚いたのか飛び上がるようにベッドから飛び起き、体をこわばらせる。

 

「怖がらなくて良いよ。 …一応、俺達が君を助けたんだ」

 

その言葉を聞き、僅かに顔を紅潮させる少年。

差し出された皇国軍の認識票を見る事はせず、タクトへ返す。

 

「あ…そうでしたか…済みません…」

 

深々と頭を下げるその姿に、タクトは少し戸惑ったような様子を見せる。

 

「いや、そんなに気にしなくても…。君の名前を教えてくれるかい?」

 

「あ、はい…。僕はキィ…キィ・カレンシーです」

 

自分も名乗ろうとしたタクトだったが、それより先に後ろのミルフィーユ達が口を開いた。

 

「ミルフィーユ・桜葉です。よろしくお願いしますね!」

 

「ミント・ブラマンシュと申します。キィさん…で宜しいですか?」

 

構いません、と微笑むキィ。無邪気で、人懐っこいとはこういう笑顔の事を言うのだろう。

遅れてタクトも自己紹介をする。

 

「タクト・マイヤーズ。一応、この艦の司…」

 

タクトが言い終えるより先にキィが叫んだ。

 

「タクト・マイヤーズ!?」

 

「え…ああ、そうだけど…」

 

「…ではこの艦はエルシオールですか?」

 

頷くタクト。

 

「そうでしたか…」

 

安心したのかベッドに腰を下ろすキィ。

俯き、深く息を吐き出す。

 

「僕以外に生存者は…?」

 

ゆっくりと首を振るタクト。

 

「そう…ですか」

 

目に見えて沈むキィ。が、すぐに顔を上げ手を差し出した。

 

「会えて光栄です。タクト・マイヤーズ様」

 

「…ありがとう。でも、様ってのは無し。タクトで構わないよ」

 

そのタクトの後ろでドアの開閉音が響いた。

 

「タクトさん。クールダラス副司令が…」

 

「ルシャーティさん!!」

 

入ってきたのはルシャーティ。そのルシャーティを見るやいなや本日2度目の叫び声を上げるキィ。

ルシャーティの方も数秒硬直した後、声を上げる。

 

「キィ君!!」

 

「キィ……君!?」

 

なにやらルシャーティらしからぬ単語を耳にし、タクトもつられて叫ぶ。

ハッと気付き、顔を紅潮させるルシャーティ。

 

「あ…いえ…」

 

「そんなに怯えなくても大丈夫ですわ。誰もルシャーティさんをからかったりは致しません」

 

「怯え…って。 …まあその後は正しいけど」

 

「そう…ですね…」

 

どことなく表情を暗くするルシャーティ。タクトに理由はわからなかったが、話題を変えた方が良いと悟った。

なるべく気付かれないよう、それでいて不自然でない言葉を模索する。

 

「二人は知り合いなのかい?」

 

「あ…はい。よくライブラリに来ていましたし、スカイパレスの中を一緒に散歩したこともありますよ。 …ね?」

 

「そうですね。あの頃は…よく…」

 

途端に笑顔が曇るキィ。

内心心苦しさを感じるタクトだったが、聞かない訳にもいかない。

 

「キィ、君は…いや、君達の船はどうして?」

 

「…ルシャーティさんからEDENの事は…?」

 

「一通り聞いているよ」

 

「…そうですか、では…」

 

キィは一つ一つ言葉を選ぶかのように話し始めた。

 

「知っての通り、EDENでは内乱が起こっています。反政府組織と政府…と言うか評議会ですね」

 

黙って頷くタクト。

 

「僕の父は評議会議員でした。 …父は評議会派を纏め上げ、惑星ジュノーからの脱出計画を実行に移しました」

 

「…全部で…2、30隻はいたと思います」

 

キィの表情がより一層暗くなり、俯きながら言葉を繋ぐ。

 

「…ですが、トランスバールとの境界付近で黒い無人艦隊に襲われて…生き残ったのは僕が乗っていた船だけです。 …その船も…」

 

「そうか…ご免、辛い事を聞いちゃったね…」

 

顔を上げるキィ。そこには先程と同様、無邪気な笑顔があった。

 

「気にしないでください」

 

ありがとう、とタクトが頷く。

その時、ルシャーティが何かを思い出したように大声を上げた。

 

「あっ!!」

 

怪訝そうに振り向く三人。

 

「ご、ごめんなさいタクトさん!私、副司令に言われてタクトさんを呼びに来たんでした…」

 

「…え?」

 

ようやくタクトは自分がクロノ・クリスタルを切っていた事を思い出した。

 

「何か相談したい事があるとかで…」

 

そう言いかけたルシャーティの横を一陣の風が吹き抜けた。タクトだ。

 

「ええっと…三人でキィに艦内を案内してあげてくれ!」

 

「良いんですか?」

 

「後三分で交代の時間だしね。それと…」

 

ミントに目で合図するタクト。それに気付いたミントは黙って頷く。

 

「それじゃあ頼んだよ!!」

 

エルシオールの中を風が駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、レスター!遅れた!!」

 

「ああ。遅い」

 

てっきりブリッジに入った瞬間にラリアットで吹っ飛ばされるか、容赦無い射撃を浴びるだろうと予測していたタクト。

そのためガードを固めつつブリッジに入り、すぐに横へ跳んだのだが…待っていたのは「遅い」の一言。

挙句レスターに、何をやっている?とまで言われてしまう始末である。

 

「…いや〜新作のストレッチだよ…」

 

「はあ?馬鹿な事言ってないで席に着け」

 

予想外のレスターの対応に戸惑いつつ、席に着くタクト。

 

「で、何があったんだい?」

 

レスターがパネルを操作し、トランスバールの星系図が表示される。

 

「…俺達は丁度一時間ほど前に本星の勢力圏に入った。現在はここだな」

 

「が、出迎えの艦隊と連絡が取れないまま通信障害が起こった。 …となれば司令官の判断を仰ぐ必要があるわけだが?」

 

「…よくもまあ次々と障害にぶち当たるもんだね」

 

「俺達が災いの種を運んでいたりしてな」

 

災いの種と言う言葉を聞き、タクトはキィを思い浮かべた。

どうも彼には違和感を覚える。言葉にしろ、と言われれば何とも言えないのだが。

 

「ま、ここで悩んでいても仕方無い。合流ポイントを目指そう。 …ところでレスター」

 

「何だ?」

 

「合流ポイントってどこだっけ?」

 

凍りつくブリッジ。レスターだけでは無く、その場に居たクルー達までもが固まっている。

 

「あの〜レスター?」

 

「…仕事をしろ、とは言わん。だが頼むからそれぐらい覚えてくれ。 …俺の胃に穴が開く前に」

 

「何だレスター、そんなに不健康な生活を送ってるのか?ちゃんと寝ろよ」

 

「誰のせいだ!誰の!!」

 

「誰だろうね〜?」

 

その瞬間、タクトの額に銃が当てられた。

 

「…良かったな、タクト。これで大将だ。友として嬉しく思う」

 

「ま、待てレスター!大将は荷が重過ぎる!!」

 

…どう考えても突っ込みどころが間違っている。

そんな事を気にしている場合でもないのだろうが…。

 

「タクト」

 

やけに落ち着いた様子で笑顔を投げかけてくるレスターを見たタクトは、首を傾げる。

…実際の所は金属製の物体に頭を押さえつけられているので、まるで動いていないのだが。

 

「何だい、レスター?」

 

「何故だろうな…きっと俺は今、心から笑っている…」

 

どこかで聞いたような台詞を口にしながらトリガーに指を掛けるレスター。

タクトは何事かわめいているが、いまの彼には多分聞こえていない。

 

「…これで終わりだ。グッバイ、俺の頭痛」

 

「副司令!!」

 

「ええい、止めるなアルモ!俺は殺らねばならんのだ!!」

 

「いえ、これで」

 

そう言ってアルモが差し出したのは…

 

『ムカツク奴(の頭)を吹っ飛ばせ!!55口径の力を見よ!!!』

 

…とか書かれたラベルの貼ってある大型拳銃。

どこから?いやそれより何でアルモがそんな物を? タクトの思いは声にならない。

 

「駄目よアルモ。そんな証拠の残る物じゃなくてこれで…」

 

ココは何やら怪しげなアンプルを持っていた。

一応ビタミン剤と書かれてはいるが、仮に本物とするとそれでどうやって殺す気なのか?

 

(違う…あれは絶対ビタミン剤じゃない…。ビタミン剤のアンプルにドクロマークがついてるわけ無いんだ…)

 

「よし…では確実性を重視し、併用するか」

 

「了解です」

 

このままでは本当に消されかねないと思ったタクトは、普段寝ている事の多い脳を叩き起こしフル回転させる。

 

「…思い出した!!民間のステーション『メビウス』だ!!」

 

タクトの大声に三人は凍りつき、どんよりした雰囲気で持ち場へと戻って行った。

 

「あの…レスター…」

 

「冗談だ。気にするな」

 

「…偉く壮大なジョークだったね」

 

気を取り直し、モニターへ目を向けるタクト。

 

「じゃあ早速行こう!ココ、クロノ・ドライヴに入ってくれ」

 

「おい、タクト!」

 

「良いじゃないか。立ち止まってても仕方ない。それに…」

 

真面目な表情から一転、間の抜けた笑顔になる。

 

「休みたいし」

 

「結局それかぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

 

「怒鳴るなよ、レスター。 …ああ、それと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―クジラルーム―

 

 

「…ようやく見つけた。ヴァニラもいるみたいだな」

 

タクトはミルフィーユ達に駆け寄っていく。

 

「あ。タクトさ〜ん!こっちです!」

 

「こんにちは…タクトさん」

 

「お仕事は終わったんですか?」

 

「まあね。 …キィ、どうだい?エルシオールは」

 

タクトに話し掛けられ、宇宙ウサギを抱いたまま立ち上がるキィ。

 

「いいところですね。艦内にこんなスペースがあるなんて…」

 

「動物は好きかい?」

 

「…はい」

 

タクトはキィが一瞬答えに迷った気がしたが、口には出さない。

 

「ところで、ミントは?」

 

「ミントさんなら管理人室の方でクロミエさんと話していましたよ」

 

「ありがとう。ちょっと行ってみるよ」

 

「はい」

 

そう言って微笑んだキィを見た時、タクトは背中を冷たいものが走るのを感じた。

 

(ヴァル・ファスクだった頃のヴァインもこんな顔だったな…)

 

「タクトさん?」

 

「ああ、ごめん。じゃあまた後で」

 

タクトは足早に管理人室へと向かった。

幾重にも重なった広葉樹の影に入り、ミルフィーユ達が見えなくなった所でこちらに歩いてくるミントとクロミエに声を掛ける。

そこに、いつもの笑みは無い。

 

「…二人共、どうだった?」

 

抑揚の無い声。

 

「…特別おかしな所はありませんわ。少し、エルシオールの雰囲気に驚いているようですけれど」

 

「宇宙クジラもミントさんとほぼ同じです。心に微かな靄がかかっているようですが、悪意の類は一切無いと言っています」

 

「「ですが…」」

 

二人の声が重なる。驚いたように顔を見合わせ、ミントが先にどうぞと目で示した。

クロミエは軽く頷いて視線をタクトに戻す。

 

「どうも見えていない部分があるようだ、とも宇宙クジラは言っているんです」

 

「見えていない部分?」

 

困ったような表情を浮かべるクロミエ。

 

「ええ…上手く言えないんですが…すみません」

 

「いや、いいんだ」

 

頭を下げようとするクロミエを手で制し、タクトはミントへ目を向ける。

 

「…私の場合は、テレパスを使うと痛みが走りますの」

 

「痛みが…走る?」

 

「普通はそんな事は無いんですけれど…キィさんの声を読み取ろうとすると負担が大きいようですわ」

 

どう考えれば良いのかわからない。

頭を掻き、タクトは天を仰いだ。作り物の青空がそこにはある。

いつもは心地よいと感じるその空も、今は思考の妨げにしかならなかった。

 

「それに…自分の周りの人がいなくなってしまったというのに落ち着きすぎているような気もします」

 

言われ、タクトは視線を下げる。

 

「確かに。普通、もっと沈んでいるものだとは思うね」

 

タクトの声に頷く二人。

 

「…悪いけど引き続き頼めるかな?」

 

その後に繋がれた言葉を聞いたミントが悪戯っぽく笑った。

 

「あら、タクトさんにも手伝って頂きますわよ?」

 

「え…?」

 

ミントはポケットから何やらメモのようなものを取り出した。食材の名前などが何行にも渡って書かれている。

 

「ヘルハウンズの皆さん、それにキィさんの歓迎ピクニックをするそうですわ」

 

「…ああ、なるほど!」

 

「よろしくお願いしますわ、荷物持ち」

 

「…は〜い…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、買い物はこれで全部かい?」

 

手に持った大量の荷物を床に置き、タクトはそう言った。

あの後キィをヴァニラ達に任せ、ミルフィーユ、ミントの二人と共に宇宙コンビニへ買い物に向かったタクト。

今はミルフィーユの部屋に来ている。

 

「はい! …後は皆に伝えてきて欲しいんですけど…」

 

「わかった。一時間後に展望公園でいいかい?」

 

「はい」

 

「じゃミント、ミルフィーの手伝いを頼むよ」

 

「ええ、お任せ下さい」

 

軽く微笑み、タクトはミルフィーユの部屋を後にした。

 

「まずは…トレーニングルームに行ってみるか」

 

呟き、トレーニングルームへ足を向ける。

部屋の前で暑苦しい叫び声を耳にしたが、気にせずドアを開けた。

 

「あら、タクトじゃない」

 

軽く右手を上げ、返事を返す。

 

「やあランファ」

 

「何か用?」

 

そう言ったランファの後ろに突如暑苦しい大男が現れた。ギネス・スタウトだ。

ランファに襲い掛かろうとするも、側頭部に強烈な回し蹴りを受け昏倒する。

その様子を見て言葉を失うタクトに向かってランファは同じ言葉を繰り返した。その視線は一度も動いていない。

 

「で、何か用?」

 

「あ、ああ。ピクニックをするから55分後に展望公園。そこで倒れてる人にも伝えといて」

 

「わかったわ。じゃ、また後でね」

 

「ああ」

 

トレーニングルームを出たタクトは一人呟く。

 

「ギネス…死んで無いよな、きっと」

 

タクトは深く頷くと、射撃訓練場を目指し歩き出した。

近づくにつれ、銃声が聞こえてくる。

 

「お、撃ってるみたいだな」

 

ドアを開けて中に入ると、銃を撃っていたのはフォルテではなくキィ。その様子をフォルテとヴァニラ、そしてルシャーティが見ている。

 

「あれ…?」

 

「あ、タクトさん」

 

そう言ってタクトの方を向くキィ。

いや銃を持ったまま振り向かないで、とタクトが口を開きかけた時、キィの手から銃が滑り落ちた。

 

「あ…」

 

「え…」

 

音をたてて床に落ちる銃。

瞬間、火を噴く。

 

焦げ臭い匂いと共にタクトの前髪が宙を舞った。

 

凍りつくタクト。固まるキィ。

 

「やっぱり少し重かったかねぇ」

 

そう言いながら銃を拾い上げるフォルテ。

 

「フォルテ〜…」

 

「何だい、タクト。情けない声を出すんじゃないよ。 …ほらキィ、今度はこっち撃ってみな」

 

「は、はい」

 

フォルテに促されるまま銃を受け取り、的に狙いを定めるキィ。

どう見ても先程より大型な拳銃の気がするのだが。

それに気付いたタクトが止めようとするが…

 

「うわぁっ!!!」

 

反動でキィが吹っ飛んだ。手遅れだ。

 

「フォルテ!」

 

「ごめんごめん。調子に乗りすぎたよ。立てるかい?キィ」

 

「はい…なんとか…」

 

覚束ない足取りでキィが立ち上がる。

 

「ヴァニラ、一応医務室へ連れて行ってあげてくれ。 …大丈夫そうなら50分後に展望公園でピクニックをやるからさ」

 

「了解しました…」

 

「あ、私も行きますね。じゃあタクトさん、また後で」

 

キィに肩を貸して射撃場を後にするヴァニラと後に続くルシャーティ。

 

「さて…タクトも撃っていかないかい?」

 

「遠慮しとくよ。吹っ飛びたくはないしね」

 

苦笑するタクト。

だが、ふと思い出したかのように表情を引き締めた。

 

「…フォルテ」

 

「ん?なんだい、急に」

 

「キィをどう思う?」

 

タクトの問いかけに驚いたのかフォルテは考え込む表情をする。

 

「ん〜そうだねぇ、中々礼儀正しくて良い子じゃないか。ランファにも見習って欲しいよ。 …ただ」

 

「ただ?」

 

タクトの表情が一層険しくなる。

それを見て、満足げにニヤッと笑うフォルテ。

 

「…14の男にしちゃあ身長が低すぎるねぇ」

 

一気に脱力するタクト。

 

「フォルテ〜…」

 

「アッハッハ!!お前さんが何を危惧してるのか知らないけど肩に力が入り過ぎてるよ。そんなんじゃ、見える物も見えなくなる」

 

肩を落とすタクトを前に、フォルテは声を上げて笑う。

 

「ま、その気持ちはわからないでもないけどね。一旦落ち着いた方がいい。…ミルフィーの弁当でも食べて、さ」

 

「そうだね…ありがとう、フォルテの言う通りだな」

 

タクトも立ち上がり、微笑むフォルテに笑みを返すと足をドアへと向けた。

 

「それじゃあ俺はもう行くよ」

 

「ああ、また後で」

 

 

 

 

 

 

 

射撃訓練場を後にしたタクトが、次に向かったのはシミュレーションルーム。

 

(誰かいるかな…)

 

そう思いつつドアを開けると、話し声が聞こえてきた。

どうやらちとせ、カミュ、リセルヴァ、ベルモットが訓練をしていたらしい。

 

「やあ、皆」

 

4人が一斉に振り向き、ちとせだけが歩み寄ってきた。

 

「あ、タクトさん」

 

手に持っていた戦闘記録を差し出す。

 

「今の訓練結果だね」

 

「はい」

 

受け取り、軽く目を通す。やはりこのメンバーの中ではカミュがダントツのようだ。

次いでリセルヴァ、ちとせ、ベルモットの順である。

 

「相変わらず凄いね、カミュ」

 

「ありがたく受け取っておくよ。 …さて、何か用があってここに来たんじゃないのかい?」

 

「ああ、そうだった」

 

手をポンと叩き、話し始めるタクト。

歓迎ピクニックをする事、50分後に展望公園に集まる事を手短に伝える。

全員が集まるのを確認した後、部屋を後にした。

 

 

 

 

「これで全員か。 …まだ時間が結構あるな。だったら…」

 

そう呟き胸のクロノクリスタルに触れる。

 

「…レスター、聞こえるか?すぐに司令官室まで来てくれ」

 

「はあ?何を言って…」

 

「頼む」

 

最初は軽い調子のレスターだったが、タクトの重い語調に気付き声のトーンが落ちる。

タクトから顔は見えないがおそらく表情も引き締めているだろう。

 

「…わかった。すぐ行く」

 

通信が切れるのを確認し、タクトは足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうだったんだ?」

 

部屋に入るやいなや言葉を投げかけるレスター。表情は険しい。

そのレスターの言葉を聞き、タクトは両手を広げてみせる。

 

「どうにも。ミントもクロミエもハッキリとはわからないみたいな言い方してたし」

 

「だったら何故俺を呼んだ?」

 

レスターは表情を歪めた。

 

「…今のところ出来るのは監視をつけて泳がせるくらいだ。だから…」

 

タクトが意味深に目で合図し、レスターが受ける。

 

「…わかった。キィをブリッジの方でモニターしておけばいいんだな?」

 

黙って頷くタクト。そしてこう付け加える。

 

「何も無ければ一番良いんだけどね…」

 

「そうだな」

 

そのまま踵を返し司令官室を出て行こうとするレスターをタクトが呼び止めた。

先程までの深刻な表情ではなく、いつもの彼の笑顔で。

 

「それと俺はこれからピクニックだから。何かあったら呼んでくれ」

 

レスターの足が止まる。

 

「何か…だと?一時間後にはドライヴアウトするのをわかってて言ってるのか?」

 

「勿論。よろしく頼むよ副司令」

 

タクトは多分レスターが突っかかってくるだろうと考えていたが、予想に反してレスターは深い溜息をついただけだった。

最早タクトを止める手段は無いと悟ったようである。

 

「ああ…わかった。司令官不在の間にエルシオールが落とされない事を祈っててくれ」

 

一言嫌味を残し、レスターはブリッジに戻った。

 

「さて…と。俺はミルフィー達の手伝いにでも行くか」

 

タクトもゆっくりと立ち上がり、司令官室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――同時刻、エオニア軍艦「テンペスト」―――――

 

 

 

誰も居ない静かな通路をマリアは一人歩いていた。通路には彼女の足音だけが響いている。

目的の部屋の前で足を止め、一呼吸置いてからインターホンに手を掛けた。

 

「開いてるよ。入んな」

 

中からの返答が聞こえると同時に足を踏み出す。ドアは音も無く開いた。

部屋の奥にあるソファに褐色の肌の女性が体を預け、テレビを見つめている。

 

「で、いよいよアタシ等の出番か?」

 

その女性―――クメールは視線を動かさずに言葉だけをマリアの方へ飛ばした。

 

「ええ。様子見、だけど」

 

様子見、という言葉に反応したのかクメールはテレビを切りマリアへと向き直る。

 

「確かにカサノバとしちゃあ今のエルシオールを沈める訳にはいかないからね。 …ま、こっちにとっちゃ好都合だけど」

 

そうね、と頷くマリアにクメールはグラスを差し出す。

中には透明な茶色の液体が入っている。

 

「これは?」

 

「お茶だよ。見ればわかるだろ?」

 

そう言って自分のグラスの中身を飲み干すクメール。

しばらくグラスを眺めていたマリアも口をつけるが…

 

「…ん…ぐ!?…ゲホッ!ゲホッ!!ゲホッ!!!」

 

激しく咳き込みグラスを床に落とす。それもそのはず、グラスの中身はお茶ではなくウィスキー。

勿論クメールはマリアがアルコールを飲めない事を知っている。

 

「あ、貴方ねぇっ…!!」

 

口元を抑えつつマリアは顔を上げた。

 

「私が下戸なの知ってて酒飲ませるなんて…!!何考えてるのよ!?」

 

珍しく怒鳴り声を上げるマリア。彼女の気持ちもわからないではないが普通、飲む前に気付くだろう。

 

「…まさか本当に引っ掛かるとは思ってなくてね…悪かったよ」

 

言葉では謝罪するクメールだが、顔は笑いを堪えるのに必死のようだ。

その様子を見て呆れるマリア。

 

「はぁ…もういいわ。 …それより、話を戻すけど」

 

落ち着きを取り戻し、話を戻そうとする。もっとも、クメールの方はまだ余波が残っているようである。

 

「カサノバはエオニアの方で手一杯みたい。私達の事まで気が回ってないわね。 …あの子が戻ってくれば変るんでしょうけど」

 

マリアの落としたグラスを拾い上げ、再びソファに座るクメール。

 

「そうだね…メンバーは?」

 

「ゲイルは機体の調整が終わってないから無理ね。4人だけよ」

 

「11対4か…やられないように気を付けないと」

 

喋りながら煙草を取り出すクメール。そのまま火を付けようとするが、マリアの言葉がそれを遮った。

 

「煙草は止めて」

 

首を振り、テーブルの上のケースに煙草を戻す。

 

「いよいよ動き出した、か…」

 

「ええ。あまり時間は無いわ。 …まあ、一番焦ってるのはカサノバでしょうけどね」

 

クメールは黙って立ち上がるとドアへ歩き出した。マリアもそれに続く。

二人は足早にどこかへと立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

オリキャラが出て来ましたね。一緒に投稿したキャラ設定(ホント、短い物ですが)に目を通しておいた方が良いですよ、多分。

話の進行に合わせて同じキャラでも解説が違う物も送っていこうと思っていますので。

 

ではまた。 …あとがきまで短いですね…。