天使、再び舞い降りて…

 

                第二十章 「失われた鍵の管理者と紫の魔術師」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリッジにレスターの怒号が響く。

 

「ココ!可能な限り索敵範囲を広げろ!!アルモ!周囲の状況をモニターに出せ!!」

 

「「了解!!!!」」

 

慌しく動き始めるブリッジ。そこへタクトとルシャーティが駆け込んできた。

 

「レスター、状況は?」

 

メインモニターを指差すレスター。

 

「完全に待ち伏せを食らったな。こちらはエルシオール含め7隻だが…敵さんは40隻近い艦隊で包囲陣を敷いてる」

 

「状況は良くないね…」

 

そう呟きながら司令官席に体を預けるタクト。ルシャーティは自分の席へと走っていく。

それを確認してから、レスターはタクトに小声で話し掛けた。

 

「…不思議に思わないか?連中は明らかな“待ち”に入っていた。俺たちが何処からクロノ・ドライヴしたのかすら掴めていない筈なのに、だ」

 

タクトは僅かに顔をしかめた。レスターの言いたい事はわかる。可能性の一つとして内部に内通者が居る事。そしてその可能性は決して低くない事を言外に言っているのだ。

そのまま考え込む様に口を閉ざすタクトに向かって、レスターは続ける。

 

「お前の事だ、無策ではないのだろう。だがな、この先ずっとこの調子では士気にも関わる。エンジェル隊の司令官として、その辺りはどう考えているんだ?」

 

タクトの返答は、全くの沈黙。レスターの中に、微かな不安と不信が宿る。

 

「おい、聞いているのか!?」

 

思わず語気を荒げるレスターに、タクトは一言、静かに言った。

 

「…今は眼前の対処が先だよ、レスター」

 

「…わかった」

 

明らかに納得していない様子のレスターではあったが、タクトの言っている事は正しい。確かに今は眼前の危機に心血を注ぐべき時だ。それがわかっているからこそ、レスターは大人しく引き下がった。

 

「ルシャーティ。メビウスの友軍艦隊と交信は?」

 

「あ…はい。すぐにこちらに向かうとの事ですが…」

 

歯切れの悪い言い方のルシャーティ。それをレスターが引き取る。

 

「…間に合わんだろうな」

 

「そうだね。 …聞いてたかい、皆?」

 

タクトが呟くようにそう言うと、ブリッジにフォルテの声が響いた。

 

「ああ、勿論聞いてたさ。エンジェル隊及びヘルハウンズ出撃準備完了。いつでも行けるよ、タクト!」

 

「わかった。そのまま待機しておいてくれ」

 

了解、というフォルテの返事が聞こえるか聞こえないかの内に、タクトは次の指示を飛ばした。

 

「敵の旗艦に通信を。各紋章機にも繋げておいて構わない」

 

わかりました、と頷きパネルを操作し始めるルシャーティ。

メインモニター脇に通信ウィンドウが出現し、懐かしくさえある顔が映った。

先に口を開いたのは、タクト。

 

「やあ。一応、始めましてかな?」

 

モニターのその人物――――シェリー・ブリストルは不意打ちでも食らったかのように眉を動かした。

 

「…なるほど。裏切り者から大筋は聞いているというわけね…」

 

「まあ、大体の事は。 …随分と出世したみたいだね?」

 

タクトはシェリーの階級章に目を止め、あくまで挑発的な語調のまま言った。

 

「ええ。一応、大将を務めているわ」

 

シェリーは口元に微笑を浮かべそう答えた。タクトは大袈裟に肩を竦めて見せる。

 

「そんな御方がたかだか40隻程度で動くなんてあまり良い策じゃないな。待ってるから一度退いて数を連れて来たらどうだい?」

 

そのタクトの言葉に、シェリーは声を上げて笑った。

 

「『英雄』を待たせるのも失礼だから遠慮しておくわ。 …次に会えた時には考慮しておきましょう」

 

そう言ってシェリーは通信を切……………思いとどまった。何か、子供が新しい玩具を与えられたような表情で。

 

「そうそう…そちらの生活はどうかしら?“失われた鍵の管理者”さん?」

 

その言葉はタクト達にとって意味のわからないものだったが、“管理者”という単語、そしてシェリーが口元に綺麗に歪んだ笑みを浮かべてルシャーティを見下ろしていた事を鑑みれば、それが誰を指しているのかは明白だろう。

唯一人、当のルシャーティのみが何を言われたのかわかっていない、そんな表情でモニターのシェリーを見つめていた。

 

「…まあ、不自由はしていないでしょう?皇国にとって貴方を救助したという事実は将来EDEN政府が復興した時に極めて有効な“カード”となりえる」

 

僅かに、ルシャーティの表情が曇った。

唇が小さく震えている。

タクトが口を開きかけたが、それより早くシェリーが言葉を紡いだ。

 

「そしてなにより、貴方はライブラリそのもの。手放す筈が無い。有用な“道具”は壊れるまで、あるいは他にもっと便利なものが手に入るまでは大切に扱うでしょう?」

 

シェリーの言葉はそれだけの短いものだったが、ハッキリと、ルシャーティに変化が起きた。

顔面蒼白になり、肩を震わせている。

今度こそタクトは声をかけようと、シートから立ち上がりかけた。

だがそこへ、またしてもシェリーの言葉が響き、自然と目線はモニターを向く。

 

「…さて。その“道具”を、貴方は何の為に、何をもって側に置いているのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉も無かった。

言われるまでも無い。自分のような小娘とトランスバール政府との間に繋がりがあるなど、普通ではありえない。

そして、なりゆきとはいえタクト達皇国の最強部隊が半ばルシャーティの護衛になっているのも、同じ事だ。

 

 

 

 

管理者だから。

 

 

 

 

ライブラリを使えるから。

 

 

 

 

だから自分はここに居る。居る事が出来る。

“ルシャーティ”だからでは無く、ライブラリの唯一の管理者だから。

恐らくタクトは、タクト達は、管理者が例え自分―――――“ルシャーティ”でなくとも同じように接するだろう。

 

それが、悲しかった。

悲しくて、泣きたくなった。

でも、それはいけない事だと頭でわかっていた。

 

ここで泣いては、悲しんではいけない。

泣けば、必ずタクトに要らぬ心配をかける。

 

それは、自身の望む所では無い。

そして何より、怖かった。

 

自分が悲しい時、寂しい時、辛い時…。

いつだってタクトは優しい言葉で自分を慰めてくれるだろう。

 

 

 

 

 

だけどそれは自分に向けられたタクトの心よりの言葉でなく。

 

 

 

 

皇国の軍人として自国に有益な存在の機嫌を損ねないようにしているのではないかと。

 

 

 

 

そんな風に、考えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

そんな自分が、なにより嫌だった。

だから極力他人の前で弱みを見せないようにしようと、EDENに戻ってからの自分は心の中で誓ったものだ。

その覚悟も、エルシオールの中で生活する内に段々と崩れていった。

必要が無くなったのだ。

再び接するエルシオールのクルー達は余りに自然で。

自身の想像が馬鹿馬鹿しくなった。

そのまま、“誓い”は忘れ去られた。

日々は楽しかったし、キィと言う同郷の知り合いも居る。

だから、忘れた。

いや、忘れようとした。

 

 

 

だが――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、ルシャーティの中には一人の少年の顔が浮かんでいた。

かつてヴァル・ファスクに捕らわれ、自身の生きる価値を見失った時、支えとなってくれた少年を。

 

恋………では無かったと思う。恋愛感情は持っていなかった。

そういうことではなく、唯、“家族”だったのだ。

 

血の繋がりなど関係無く、自分にとって彼は本物の弟だった。

いや、今もその思いは変わっていない。

 

ヴァイン。

 

彼だけが、今までで唯一無条件に信用出来る“人間”であり、

最も信のおける人間だった。

 

その彼も…もういない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルシャーティは自身の想いの波にのまれ、唯、孤独だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“それ”に気付いた時、何かが、音を立てて崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳をつんざくルシャーティの絶叫が、ブリッジに響いた。

タクトは駆け寄り、ルシャーティのヘッドセットを床に投げ捨てると、コンソールを叩きつける様にして通信を切った。

 

迂闊だった。

 

タクトは歯噛みする。

あのシェリーの言葉の後、ルシャーティの様子が微かにおかしくなった事には気付いていたが、まるで考える間を与えないかのようにシェリーは不可解な、それでいてなにかしら重要そうな、そんなよくわからない話を続けていた。

そちらに気を取られた、自分のミスだ。

 

「レスター!救護班を!それと医務室にも連絡だ!!」

 

一体何故ルシャーティがこんな状態になったのかはわからない。

自身の不甲斐なさに、腹が立った。

 

視界の隅では、レーダーが進軍する敵艦隊の姿をとらえ、アラートを鳴らしている。

背後では、医務室への連絡を終えたレスターが迎撃の指示を始めている。

 

そして…

 

 

 

 

 

 

そしてルシャーティは、タクトの腕の中明らかに焦点の合っていない眼で、じっと虚空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

え〜、GAの小説なのにエンジェル隊ではフォルテしか台詞の無かったお話。ルシャーティメインです。

今回の続き…つまりルシャーティがどうなったか、については二十二章でのお話となります。

次は普通にシェリー艦隊と戦闘ですので。

ちなみに、サブタイトルにある『紫の魔術師』とはシェリーの事です。

何故彼女に魔術師という呼称を使ったのかというと、それは私自身の魔術の考え方に関係がありまして…。

その辺も後に書くと思いますので、今はご容赦を。