私の名前はルナ・マイヤーズ。
彼、タクト・マイヤーズの元許婚。
五年前に、ある出来事をきっかけに私は彼の許婚ではなくなった。
さて。同じ家名を冠してはいるけど、意味合いは大きく異なる。
私は分家であり、彼は本家。
もともと一つだったマイヤーズ家が二つに分かれたのは、単に途中で双子の兄弟が生まれたことがきっかけだった。
どんな争いがあったのか分からないけど、マイヤーズ家は二つに分かれた。
はじめこそ仲が悪かったものの、年を経るごとにその関係は良好なものへと変わっていき、本家が分家から嫁や婿を取るようになったくらいだ。嫁に関しては、本家から分家に嫁ぐこともあったらしい。
ところで、タクトは幼少のころは実に不幸な人生を送っていた。
マイヤーズ家は、より優秀なものを後継者にすることを決めており、その後継者は一族の会議で決定していた。
本家には、三人の男子がいたわ。長男にクロード、次男にタクト、三男に、私が最も憎む男、ルーク。
当時彼らの年齢は、クロード様が11歳、タクトが7歳、ルークが5歳だった。
まだ成人していないため、通常ならば後継者を定める一族の会議が本決定することはありえない。しかし、彼らはタクトに何を見たのか、幼くしてタクトを後継者として定めたの。
ある程度分別があったクロードは納得などしなかった。それまで興味など一つも持とうとしなかったタクトに、ちょっかいを出すようになった。それは子供らしいものなどでは決してなく、中には成功すれば死に至るものも存在していたと聞いたことがある。
ちなみに私がタクトと許婚になったのは、私が5歳のとき。
初めて会ったときは、私にもびくびくとおびえる子供だった。
「お前なんかとは仲良くしたくない」
そう言われたこともあったけど、私としては仲良くなりたかったから、毎日のように通っては彼と友達になろうと苦心した。
まもなくして、タクトは小学部にあがった。マイヤーズ家は中流貴族でしたが、それなりにいい地位についている。だからか、皆幼くしてマイヤーズ家の後継者となられたタクトに興味を抱いていたようで。
さて、学校ではクロードのとりまきがいた。クロードは彼らを用いて、タクトをいじめた。毎日のようにそれが続き、タクトはついに友人の一人も作ることが出来なかった。
一年もしないうちに、タクトの心は荒んだものとなっていった。
仲良くしようとする私を全く信用してくれなかったし。
それでも私は諦めなかった。だって、彼がいつも一人でさびしそうに、遊ぶほかの子供たちを見ていたりしたから。
ある事件をきっかけに、本当に仲良くしてくれようとしているとようやく悟ったのか、ぎこちないながらもタクトは私と仲良くしてくれるようになった。
それから、6年後。
タクトは言った。
「俺、こんな場所はもういやだ」
と。それは、タクトが初めて口にした弱音。
「今は平和だし、調査と護衛くらいしか仕事がない軍隊に入ってみたらどう?」
私はそう答えた。
ああ、それいいなとタクトは口にした。
「希望すれば、何もない辺境に配属させてくれるかもしれないな」
と。
その表情は、絶望の中から希望を見出した人のようで、当時では今まで見たことがないほどの笑顔。
こうして、私とタクトは離れ離れになった。互いに連絡を取り合うことはしなかった。だって、タクトはタクトの道に進んでいったんだから。だけど、別れの時には一抹の寂しさを感じ、
「今度会うことができたから、ずっと一緒にいてくれる?」
なんて、口走って彼を困らせたりしたけど。
その一年後のこと。
私の父ダグラスが、本家に対して叛乱をもくろんだ。
理由は分かりません。本家に対する不満が爆発したのかもしれない。
それをそそのかしたのはルーク。
ルークにそそのかされ、エオニアの叛乱に加担し、叛乱計画が実行されようとしたとき、エオニアは捕らえられ、ジェラール陛下は何を考えたのか、エオニアと直属の部下を追放、それ以外の加担者を処刑した。
もちろん、加担者の一族も。だけど、私は処刑されなかった。ルークは私になれなれしく近づくと、お父さんとお母さんのことは残念だったね、だけど君の籍は何の疑いの余地もなく本家のものになっているから、君が処刑される心配はない、と。
私は悟った。ルークが、この事態を引き起こしたと。
だから、私は復讐のための力を求めて、士官学校を経て軍隊に入隊。
しばらくして、私は白き月に見出され、ダークライトの搭乗者に選ばれた。所属は、第三方面軍のもののままで。
それから、私はルークに対する復讐の機会を窺い、しばらくして私は諦めた。永久に、その機会が来ないことを理解したから。
「タクト……ルーク……」
ぽつりと、ルナは呟いた。白き月の休憩室から、窓の外を見る。大気があれば瞬いて見える星々は、しかし宇宙空間に浮かぶ白き月から見れば冷たく輝くものだった。
「ルナさん」
彼女の元に、ピンク色の髪にカチューシャをしている少女が話しかけてくる。
「ミルフィー……どうしたの?」
「寂しそうに、見えたから」
「そう………心配してくれて、ありがとう」
ルナは優しく笑ってミルフィーと言うらしい少女に答えた。
もう一度窓の外を見る。
窓の外の冷たい星の輝きをじっと見る。なぜか、心がざわめいた。それは予感だった。なにか、いけないことが起きるという漠然とした予感。
なんだろう、とルナは考えた。この、悪い予感は一体、なんなのだろう。