トランスバール皇国のことを説明する前に、まずはEDENについて述べることにしよう。
EDENとは、今は既に失われた文明の総称だ。EDENの名を冠する惑星もあったらしいが、今となっては定かではない。
EDENは栄華を極めたとされる文明。それを成し遂げたのが、ある二つの技術だ。
恒星間航法、通称クロノ・ドライブと恒星間通信だ。クロノ・ドライブはワープと言い換えても言い。クロノ・スペースと呼ばれる亜空間クロノ・スペースを利用することで通常ならば一年や二年、いや、下手すると一世紀はかかる距離をわずか数時間から、長くて一ヶ月で行き来することが出来る。
恒星間通信も原理はクロノ・ドライブと同じだ。
この二つがなければ、EDENは銀河を覆うことなど出来なかっただろう。今はただ、その名残を残すだけ。EDENの技術をロスト・テクノロジーと称して、利用し、探索が続けられている。
ところが、今からおよそ600年前のことだ。
時空震、クロノ・クェイクと呼ばれる現象が発生したのだ。天災と呼ぶことも出来ず、かといって人災とも言い切れない原因不明の現象。これにより、EDEN中のクロノ・スペースは使用不可能になった。クロノ・ドライブ中にあったものは災難だったといえるだろう。
何しろ、いきなり弾き飛ばされたのだ。恒星間通信を試みてもどこにもつながらず、クルー達は孤独を味わった。
時空震がもたらした影響がこれだけですむはずがない。
EDENにも、多くの国家がある。一つの惑星を国とする国家。貿易によって繁栄していた国が多数。それが、クロノ・ドライブが使用不可能になったことで、経済が立ち行かなくなり、故郷を離れて生活をしていたものは故郷に帰ることも出来ず、宇宙空間の只中にいたものは、最寄の惑星で補給を受ける前に燃料が、いや、燃料がなくなる前に食料と水が尽きるという事態が多発。
通信も使用不可能。パニックに陥らないほうが同化していた。絶望。故郷に帰れず、両親の顔、あるいは妻、夫、子供、孫。せめて最期には。そう思っても、かなわなかなった。
急速に文明レベルは低下し、結果、滅びた惑星もある。中世と呼ばれていた文明レベルにまで低下したほうはまだよかったといえる。この惑星が、現在のトランスバール皇国トランスバール本星だ。
およそ400年前。当然のように、わずかな資源を求めて争う人々の前に、突如として『白き月』が現れたのだ。突如という言い方は決して比喩ではない。文字通り、突然現れたのだ。
クロノ・ドライブだ。200年もして、クロノ・クェイクの影響はなくなったらしい。
人々は突然現れた『白き月』に驚愕し、更に『月の聖母』の姿に驚愕した。人とは姿の異なる異形の宇宙人か。今となってはそんな根も葉もないでたらめが通用していた時代だ。自分達と寸分も変わらない姿形に驚愕したことは想像に難くない。
混乱は、しかしすぐに納まった。技術の提供。人々は再び宇宙を手に入れたのだ。各国から優秀なエンジニアが選ばれ、送られる。
白き月の技術、歴史。調査は徹底され、紐解かれた歴史が人々に知れ渡るにつれ、伝説と鼻で笑っていたものが実は真実だと知り、強力すぎるということで封印されたものも数多い。
白き月がもたらしたロスト・テクノロジーを恩恵(ギフト)と呼び、最大の収穫はなんと言っても恒星間航法と恒星間通信の復活だ。
トランスバール暦100年ごろに、トランスバールは星間国家トランスバール皇国となった。同時にトランスバール暦が制定された。
200年ごろになると、解読してきたロストテクノロジーを利用して銀河各地に進出。版図を拡大し、調査・復興に努めてきた。
300年ごろには、128の惑星を版図に治め、以降は維持に努めてきた。
そして、トランスバール暦402年。時の皇王ジェラールが白き月に攻め込むという暴挙を実行し、白き月をトランスバール皇国の直轄地としてしまったのだ。ただ、直轄地としただけで以降はあまり白き月に口出しをしない。恩恵を忘れたわけではないからだ。
故に疑問が残る。では何故白き月を直轄地にしたのだと。
ところが、その三年後の405年。エオニア第5皇子はトランスバールの勢力拡大を企み、白き月の力を求めたのだ。ジェラールはこのエオニアの行為を禁忌に触れたとし、皇位継承権剥奪およびトランスバール皇国から追放したのだ。
そのときから5年が経過している。トランスバール暦412年。
「……?」
白き月の展望台から夜空を眺めていたルナは、異変に気が付いた。
空気がないため、星は瞬くことがない。だが、同じ輝きをずっと放っている。その輝きが、一つ、また一つと急速に失われていく。
よく見れば、艦がドライブ・インおよびドライブ・アウトするときに見かける翠の光が一瞬だけだが見える。
と、突如として炎が上がった。音もなければ、衝撃波もない。だが、何か異常があったと知ることが出来る。
レッドアラートが点滅、けたたましいブザーが鳴り響く。
生返事しかしないと分かっていても、ルナに話しかけることをやめなかったピンクの髪の少女、ミルフィーユ・桜葉は今発生した事態に理解が追いつかず、パニックに陥りかける。
「え、え?なに、何が起きてるの?」
「ミルフィー」
ルナが話しかけると、ミルフィーユは混乱した様子でルナにつかみかかろうとして、
「ミルフィーユ・桜葉少尉!緊急事態が発生!私達が今すぐに起こすべき行動は!?」
やかましいアラームの音に負けないように、ルナがミルフィーユの目の前に指を突き出し、意識が指先に集中したときを見計らって大きな声で問いかける。
はっとして、ミルフィーユはルナを見た。ミルフィーユが理解したことをその視線から感じ取ったか、ルナは視線で話しかけた。
うなずき、ルナとミルフィーユは格納庫へと向かう。
白き月にある謁見の間。そこに二人の人物がいた。真っ白な衣装に身を包んだ女性。現代『月の聖母』シャトヤーン。もう一人は、白い軍服に身を包んだ初老の男性。『近衛軍衛星防衛艦隊司令官』ルフト・ヴァイツェン准将。
「何が起きているのですか?」
異常事態を知らせる報は、既にシャトヤーンの耳にも届いている。
「最後に入った通信によりますと、エオニアが反旗を翻したと」
「エオニア・トランスバールですか……。目的は、私と白き月でしょうね。本星はまだ大丈夫ですか?」
「第一方面軍が常駐しているのです。そう簡単には…」
その時。ルフトのクロノ・クリスタルが輝き、途切れ途切れの連絡が入った。
『もうだめ……さい…う…防衛ラインとっ……!!』
ぷつりと通信が途切れる。それを聞いて、シャトヤーンは沈んだ表情を浮かべ、しかし次の瞬間には毅然とした態度で命令をした。
「ルフト将軍。エルシオールで、今すぐにシヴァ皇子とエンジェル隊を連れて脱出しなさい。私は白き月にシールドを張ります。そうなれば、直接干渉も通信も出来なくなります。ですが、シヴァ皇子にならば封印を解くことが出来るでしょう」
ルフトは疑問を持ったが、すぐにそれを忘れる。目の前にいるのは、あるいは皇王以上の重要人物。その人物からの命令なのだ。疑問をさしはさむのは無礼に当たる。
「了解しました、と申し上げたいところですが、私にはエンジェル隊の指揮は荷が重過ぎます。そこで、私が思う適任者に任せたいと考えています。許していただけますか?」
「構いません。あなたが適任者と選んだのならば、大丈夫でしょう。それと……あの機体のことです。無事に脱出できたのならば、シヴァ皇子が許可しない限りは出撃しないようにと、シヴァ皇子とルナ・マイヤーズにお伝えください」
「分かりました。それでは私はこれにて」
最敬礼をして、ルフトは謁見の間から立ち去る。ルフトがいなくなった後、シャトヤーンは祈るように、目を閉じてある言葉を口にした。
「シヴァ……無事にかえってくると信じていますよ」
それから、ルフトは十歳ほどの少年を連れてエルシオールへと向かっていた。少年の名前はシヴァ・トランスバール。だが、彼は今駄々をこねていた。
「放せ、ルフト!放すのだ!」
「なりません!シャトヤーン様のご決定です!シヴァ皇子のお気持ちは分かりますが、ここは私達とともに脱出することが先決です!」
「しかし!」
「白き月にはあらゆる干渉を無効化する結界があります。しかし、私達がすばやく脱出することが出来なければ、シャトヤーン様はシールドを張ることが出来ません!そうなれば、エオニアの反乱軍はここに侵略を果たすでしょう」
「でも!」
「お分かりください!シヴァ皇子!」
「……分かった。シャトヤーン様から離れるのはいやだが、白き月が侵略されるのは我慢できない。お前の言うとおりにしよう」
観念したように、シヴァはぽつりと言う。
ルフトは安堵の息を漏らしかけ、しかし気を引き締めなおしてエルシオールで向かった。
エルシオールに乗り込み、扉が閉まる直前にシヴァは振り向いた。
「シャトヤーン様……どうか、無事でいてください」
奇しくも、それはシャトヤーンの祈りの言葉と同じであった。
ルナとミルフィーユが格納庫に到着したときには、既に他のエンジェル隊はそれぞれの機体に乗り込んでいた。ミルフィーユとルナも、おのおのの紋章機に乗り込む。
紋章機は、白き月で発見された大型戦闘機。戦闘機といっても、単独で一個小隊を相手に出来る戦闘力を持つ。公式に5機と発表されている紋章機だが、6機目があることは知られていない。軍事最高機密に当たる情報だ。おいそれと知られるわけには行かない。
また、6機目に関するデータは月の聖母か、それに順ずるものでないと開けないように設定されている。禁忌とされた紋章機。
GA-000「ダークライト」。ルナ・マイヤーズの搭乗機だ。今回は緊急事態ということも手伝って、出撃が認められている。
GA-001「ラッキースター」はミルフィーユ・桜葉の機体。
GA-002「カンフーファイター」は、一言で説明するならば気の強い金髪のチャイナ娘、蘭花(ランファ)・フランボワーズの機体だ。ミルフィーユの親友でもある。
GA-003「トリックマスター」は、テレパスであることを示す耳を付けて(生やして?)いる小柄な少女、ミント・ブラマンシュの機体。
GA-004「ハッピートリガー」は、一見して士官学校の教官に見える赤い髪の女性、フォルテ・シュトーレンの機体。
GA-005「ハーベスター」は、翠の髪で紅い瞳に、肩にリスに似て非なる生物(?)を乗せた少女、ヴァニラ・H(アッシュ)の機体だ。
発進準備を整えると同時に、ルフトから通信が入る。
『発進の準備は出来ておるか?』
「できてます!」
「もちろんよ」
「当然ですわ」
「とっとと行こうじゃないの、司令官殿」
「…問題、ありません」
「私もよ」
上からミルフィーユ、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、そしてルナだ。
『我々の任務はシヴァ王子を連れて脱出することだ。エンジェル隊の諸君は、その為の道を切り開いてくれ。頼んだぞ!』
「「「「「「了解!」」」」」」
エンジェル隊が発進したとき、本星は攻撃を受けていた。白き月にも、火の手が上がる。だが、エルシオールが白き月から発射したのと同時に張られた結界により、紙一重の差で無傷でいた。
外にでてきて、エンジェル隊は始めてエオニア率いるクーデター軍の艦隊を見る。それは皇国軍のものとフォルムは全く同じだった。ただ、皇国軍の艦隊が白を基調としているのに対し、反乱軍は全てが黒く、また数も圧倒的だった。
こうして発進および戦闘行為に入るまで、戦争をしているのだという実感がわかなかったエンジェル隊に、急速に実感がわいてきた。
本星は特に首都を狙っているらしい。皇王ジェラールおよびこの緊急事態に謁見の間に並ぶ貴族達に、エオニア軍の様子が映し出されている。
「こ、これは…」
画面を埋め尽くす黒い艦隊に息を呑む人物もいれば、
「第一方面軍はなにをしている!このような時にこそ我々を守るのがやつらの務めだろう!」
などと身勝手なことをわめき散らす人物もいる。
『いや、残念ながら既に第一方面軍は壊滅してしまったよ』
モニターが一瞬ゆがんだかと思えば、そこに長身端麗という言葉がふさわしい、皇族のみが着ることを許されている白い衣服と浜逆の、黒の衣服に紫のマントで身を包んだ、金髪で、日焼けしたのか黒い肌の青年が映し出されていた。
『私が誰か、皆さんはよくご存知でしょう』
「…ああ、よく覚えているとも。エオニア・トランスバール。追放されたことを恨み、このような暴挙に出たのかね?」
ジェラール皇王が冷静にエオニアに問う。
『これは異なことを。あなたの行った白き月への侵略に比べればこの程度、どうということもありますまい』
「そうかもしれんな。だが、私がああしていなければいずれ、お前が白き月を侵略していただろう。白き月を手に入れたお前は、今お前が行っていることと何も変わらないことを実行に移そうとする。それを防ぐためには、先んじて白き月を直轄地に入れる必要があった」
『さすがはジェラールだ。甥である私のことをよく理解していらっしゃる』
くくく、とエオニアは笑う。
『私にはあなたが我慢ならない。いや、私の父であった先代皇王も、先々代もだ。白き月のテクノロジーを利用すれば、版図を広げることが出来る。それなのに、あなた方は128の惑星を版図に入れた程度で満足し、自己保身のために策略を費やすことに時間をかけている。更なる繁栄を手に入れられるだけの力を手にしていながらね!』
端正な顔をゆがめ、声を荒げる。だが次の瞬間には、元の穏やかな表情に戻っていた。
『追放されたことは恨みに思っていません。いや、むしろ感謝している。白き月とは別の力を手に入れることが出来たのだから。では、さようならだ。諸君。せめて苦しまないように、一撃で皆様方を安らかな眠りに導こう』
マントから手を持ち上げ、指をぱちんと鳴らす。王宮を集中的に狙った攻撃が、王宮を焼き尽くした。ジェラールがあげた断末魔の悲鳴すらも、焼き尽くそうとばかりの攻撃。
手を下ろすと同時に攻撃がやむ。
もうもうと立ち込める煙が晴れた後、かつての面影を一切残していない王宮を見下ろし、エオニアは笑った。
「くっくっくっくっく……はっはっはっはっはっはっはっは!!』
「作戦を説明する。ポイントX403211までエルシオールの護衛。そこにたどり着いた後、クリオム星系にクロノ・ドライブをする。以上だ。各自、おのおのの判断で敵を撃墜せよ。必要になれば命令を下す」
「一番機、了解しました」
「二番機了解」
「三番機、了解しましたわ」
「あいよ了解!」
「…了解しました」
「零番機、了解」
攻防更に速度に優れたラッキースターが、エルシオールの逃亡を阻止しようとする黒い駆逐艦に、長距離ビーム砲、中口径レールガン、中距離エネルギー砲、近距離ミサイルの連続攻撃を敢行する。
レールガンとミサイルはシールドに阻まれ届かなかったが、ビームとエネルギー砲はシールドを貫いた。
機関部にうまく命中したため、相当のダメージを受けたはずだが駆逐艦はミサイルとマシンガンによる攻撃を仕掛けてきた。攻撃のためにOFFにしていたシールドをミルフィーユは咄嗟にONにする。その際、ミルフィーユは間違えてシールドの自動防御項目をONにしていた。玉が命中する前に、シールドが展開、攻撃を防いだ。
駆逐艦とラッキースターがすれ違い、十分に距離が離れたところで旋回しようとした瞬間、ロックオンされたことを知らせるブザーが鳴る。
そこにカンフーファイターが飛び込んで、ラッキースターに攻撃を仕掛けようとした別の駆逐艦に中型ミサイルをぶつけてやる。
『大丈夫、ミルフィー!』
「ありがとう、ランファ!」
『お礼はいいから、さっさと倒しなさい!』
通信が切れる。ミルフィーユはよーしと気合を入れ、狙いを定めなおす。その際、紋章機が一瞬輝きを放ち、翼の幻影が見えた。
「ハイパーキャノン!!」
中距離ビーム砲として普段は使用しているそれに、エネルギーを集中させる。高出力エネルギー砲として発射した。
駆逐艦を完全に沈黙させただけではなく、エルシオールに接近していた巡洋艦も貫いた。
カンフーファイターは高いレベルでバランスがいいラッキースターとは違い、速度を徹底的に上げたため、装甲が紋章機の中では一番薄い。その分、速度は紋章機中最高だ。
戦法としては敵戦艦に特攻を仕掛け、すれ違いざまに攻撃を仕掛けて離れるというヒットアンドアウェイ戦法が型にはまる。
更にランファは動体視力が高く、生半可なことでは相手の攻撃にあたりはしない。カンフーファイターが機動性、旋回性にも優れているためだ。
「いっけーー!!」
先ほどミルフィーユに不意打ちを仕掛けようとしたそれに中型ミサイル砲を撃ち、左に旋回する。更に右に旋回して、向きを駆逐艦に向ける。
今度は近距離ミサイルを時間差をつけて二発、放つ。
残念ながらそのミサイルは駆逐艦に届く前に打ち落とされる。だが、ミサイルが上げた爆煙がカンフーファイターの姿を見失わせた。
煙がはれた先にカンフーファイターはおらず、黒い駆逐艦のAIがその姿を見つけ出す前に、電磁式ワイヤーアンカーによる一撃が動力部を貫き、駆逐艦は戦闘不能になる。
「まだまだ!アンカークロー!」
もう一つの電磁式ワイヤーアンカーを放ち、機体の操縦とは別の操縦器でワイヤーアンカーをコントロールし、見事に巡洋艦を弾き飛ばした。
落とすことが出来なかったことに舌打ちをするが、その巡洋艦とは別の敵に標的を変える。任務はエルシオールの護衛だからだ。
「…心が読めない…いえ、人が乗っていませんの?」
ミントは二機の駆逐艦を同時に相手しながら、まるで舞でも舞うように敵の攻撃をよける。無傷でというわけには行かなかったが、致命的な一撃は一度も受けていない。トリックマスターはカンフーファイターやラッキースターほどではないが、旋回性が優れている。
ミントはテレパスだ。そして、この紋章機にはその力を増幅する装置がある。複数のフライヤーを操ることが出来るのもその為だ。原理そのものは全くの不明だが。
(テレパシーをジャミングしているわけではない…ということは)
「ヴァイツェン司令官。敵は無人艦ばかりですわ」
『確かなのか、ブラマンシュ少尉』
「ええ。少なくとも、この場に人の心を感じ取れるのは、私達エンジェル隊とエルシオールからだけですわ」
『…道理で単調な攻撃ばかりを繰り返すわけだ。では、わしはこのことを他のエンジェル隊にも伝える』
「はい」
通信を切る。ミントは会話をしながらも目の前の敵から眼を離していない。
「人が乗っていらっしゃらないことが分かった以上、遠慮はいりませんわね。フライヤーダンス!」
複数のフライヤーを打ち出す。
まさにダンスでも踊るように、フライヤーが敵の周りを舞い、レーザーを断続的に打ち出す。二機の巡洋艦を沈黙させるには十分な攻撃だった。
「へえ、なら思いっきりやってもいいってことかい?ヴァイツェン司令官殿」
『その通りだ。遠慮はいらん。派手にやってくれ』
「ハッピートリガー、了解」
ハッピートリガーは紋章機の中でも数多くの武器を持っている。搭乗者の趣味が反映されたらしく、装甲もそれに見合い、紋章機の中でも耐久力が高い。欠点があるとすれば、それは装備や装甲のせいで遅いということくらいだ。
目の前で交戦中の巡洋艦に改めて狙いを定める。
装備は中距離レーザー砲およびレーザーポッド二装、連装長距離レールガン二装だ。
「派手に行くよ。ストライクバースト!」
装備している全ての武器を一度に開放した。見る見るうちに巡洋艦が蜂の巣になっていく。途中で別の方向から飛んできた流れ弾により、ダメージを受けるが無視しても構わない微々たる物だった。
「蜂の巣、一丁上がり!」
ハーベスターは特殊な機体だ。ラッキースター、カンフーファイター、ハッピートリガーのように前線で戦える期待ではない。後方支援が主な機体だ。
中距離高出レーザー、近接迎撃レーザーに大型のシールドを持っている。だが、最大の特徴は前面に取り付けられているゲージだ。これにはナノマシンが入っている。
ヴァニラ自身もナノマシン使いであるため、ナノマシンを散布することで味方の機体を回復させることが出来る。
「……皆さん、回復します。リペアウェーブ」
画面左下には各機体の損傷レベルが表示されていた。皆既に50パーセントのダメージを受けている。これ以上のダメージは危険だ。
後で、それぞれの言葉でありがとうという言葉が返ってきた。それらにどういたしましてと、ヴァニラは答え、高出力レーザー砲で駆逐艦を撃墜した。
ダークライト。シヴァ皇子の許可なしに出撃させてはならないとシャトヤーンが言った機体。
しかし、封印されることだけはなかった。なぜか。それは分からない。
黒と白のカラーリングの機体がラッキースターとほぼ同じ速度で飛ぶ。辺りはすっかり敵に囲まれてしまっている。しかし、なぜか振り切ろうともせず、反撃すら使用ともせず、ルナは敵の攻撃をかわすだけに専念していた。
理由は、と聞かれれば簡単だ。囲まれてるのは、そこに間違って入ってしまったため。攻撃を仕掛けようとせず、交わすだけにしているのはどれから相手すればいいのかわからないため。
更に言えば、これがルナの初陣だ。実践訓練すら積んでいない。シミュレーションは繰り返し行っていた。しかし、これは実戦。今更ながらにシミュレーションと実戦の違いを理解する。
緊張はしていない、といえば嘘になる。では何故あの時毅然としていたのか。幼いころから教えられてきたことを、忠実に再現していたからだ。すなわち、『貴族たるもの、いつ如何なるときにも毅然としていなければならない』と。
実行できるものが少ないこの教え。これをルナは特に気に入っていた。故に、緊張を押し隠し、ミルフィーユを嗜めることが出来た。
精神が極限状態になってくる。誰も助けには来ない。全く、どうして敵だらけのこんなところに入ってしまったのか。脳裏に浮かぶのは二つ。
『また会おうな、ルナ。いつか、また』
タクトとの別れのときの、挨拶。
そして、もう一つは、焔。
死ぬものか。その思いが爆発する。タクトにもう一度会うまで。それは愛情といえるかもしれない。ルナにもよく分からない。
あいつに復讐を果たすまで。タクトとは別の誰かを、ルナは憎む。死にたくないという思いに、愛と憎しみとが入り混じる。
それはまるでダークライトの白と黒のカラーリングと同じように。
急に、やるべきことが見えてきた。突破口はあそこだ。前方右斜め上の巡洋艦。先ほどランファの『アンカークロー』で傷がついている。突破口を見出すのならばあそこからだ。
「あああああああああああああ!!!」
叫び声が口から漏れている。ルナはそのことに気が付いていない。そのくせ、指は冷静に、シミュレーションルームでさんざん繰り返した動きを忠実に再現する。
ダークライトの武装は長距離レーザー砲、中距離ミサイル、近接レーザー砲、そして鋭角に展開される高出力バリアに、ブースターだ。
長距離レーザー砲が正確にアンカークローでつけられた傷を貫く。ミサイルが傷口を広げ、近接レーザー砲で後方に迫っていたミサイルを打ち落とす。
巡洋艦が沈んだ。残っているのは駆逐艦4隻。巡洋艦2隻。
引っ張る。ほぼ一直線に並んだ。好都合だ。
その場で半回転し、向き直る。
ブースト発動。高出力・鋭角バリア展開。
「ペナトレートニードル!」
急加速。慣性を中和する設定にしていなければ、内臓が一つつぶれているかもしれないほどの加速。鋭角に展開したバリアが6隻の戦艦を貫いた。
エルシオールがドライブ・ポイントに入ったという連絡が入る。
機体をエルシオールに向け、急いで戻る。ドライブ・ポイントが転送され、クロノ・ドライブに入る。クロノ・スペース内でエルシオールの中に入り、紋章機を格納した後、ルナは気を失った。