クロノ・ストリングエンジンというものがある。宇宙のかけらとでも呼ぶべきクロノ・ストリングは、ビッグバンによって発生したものと考えられているもので、何千分の一という確率ながら莫大なエネルギーを手に入れることが出来る。
問題は先ほど述べた確率だ。何千分の一。これを解消するために、クロノ・ストリングエンジンを数基から十数基積み込んでいる。
ちなみに一個のクロノ・ストリングエンジンに積み込まれたクロノ・ストリングは小型なものなら10個、大型になれば1000個積み込まれている。
安定したエネルギーを手に入れるためとはいえ、これには問題がある。質量が必然的に多くなり、機動性が鈍ってしまうのだ。たとえば旅客船や商船などならばそれでも問題はないが、戦艦にとってはこれは致命的だ。質量が多くなれば慣性の力も増える。推進力をどれだけ増やしても、小回りが利かないのは変わらない。
ところが、紋章機はクロノ・ストリングエンジンを二基、一番機ラッキースターに至っては一基しか積んでいない。これではなるほど、確かに機動性は高まり、軽い分速度も増すだろう。だが、安定したエネルギーを手に入れることは出来ないはず。
しかし、実情を言えば紋章機は、戦艦よりも莫大なエネルギーをクロノ・ストリングから確率を変動させることで発生させている。確率を変動させているのだ。一体どのようなからくりがあるというのか。
そのからくりというものが紋章機に取り付けられたH.A.L.O(有機脳人工脳連結装置)と呼ばれるものだ。天使環(エンジェルリング)を用いて、紋章機と搭乗者をリンクさせるシステム。
詳しい原理は不明。ブラックボックスの一つだ。効果は分かりやすく言えば、搭乗者のテンションによって紋章機の性能が上がったり下がったりするというものだ。テンションが高ければより多くのエネルギーをクロノ・ストリングから引っ張り出せ、逆に低ければクロノ・ストリングから得られるエネルギーは微々たる物となるということだ。
砕けた言い方をすれば、パイロットが元気なら紋章機も元気になるし、元気がないと紋章機も元気をなくすということだ。
故に、紋章機のパイロットの精神状態を常にケアしてやらねばならない。気分が落ち込んでいるなら向上するように仕向け、高ぶっているならば更に発奮させるように仕向ける。これが、エンジェル隊を預かるものの基本かつ重要な任務だ。
第二方面軍クリオム星系駐留部隊司令官タクト・マイヤーズ。階級は大佐。同じく副司令官レスター・クールダラス。階級は中佐。
貴族というしがらみから逃れるために軍に入ったというのに、貴族だからという理由で入隊時の階級は少尉だった。半年に一度の昇進を重ね、わずか三年で大佐になってしまった。大した仕事を行ったわけでもない。
とはいえ、自分を貴族としてみない仲間はタクトにとって重要で、その意味ではレスターは最高の仲間だった。親友と言い換えてもいい。
レスターはグラーツ士官学校を首席で卒業した秀才。タクトとは士官学校時代に知り合った。初めは周囲を警戒するタクトを不審に思っていたが、あることをきっかけに親しくなった。
授業の一環として取り入られていたチェスの授業。実戦の授業の際、戦法についてもよく学び、研究していたレスターは勝ちに勝ちを重ねていた。だが、もう一人勝ちを重ねている人物がいることを程なくして知ることになる。
それがタクトだ。運動もだめ、勉強もまともに勉強していないとしか思えない人物。挙句の果てに人間不信に陥っている人物。しかし、チェスは強い。どういう人物なのかと、興味を持った。
ある日、授業とは関係ないところでチェスで対決することになった。レスターとタクト、どちらがチェスの腕が上なのかを誰かが言ったのだ。
結果はレスターが紙一重の差で負けた。相手の手を読みきれなかったために喫した敗北。何度も挑戦するようになった。一度もチェスで勝つことが出来ない。
だからタクトを注意深く観察することにした。それで気が付いた。その気になれば、その場にいた誰よりも上にたつことが出来るだけの爪を隠していると。
チェスの勝負の最中、レスターはタクトに訊ねた。何故実力を出さないと。タクトは答えた。貴族だと、知られたくないからだと。
その事実にレスターは驚愕し、しかし理由を察してしまった。頭の回転の速さがなせる業だった。
「俺は俺で苦労したが、お前もかなり苦労したようだな」
「あそこは最低だった。何度も思ったよ。何で貴族の家に生まれたのかってな。本当は、平穏無事に生きることが出来ればいい。波乱に満ちた人生なんて真っ平だって」
「そうか」
「それに、学業なら何とかなるけど、運動はもう並みのレベル。クールダラスにはとてもかなわない」
「…ふん。どうだかな。それはさておき、どうして士官学校に入学したんだ?」
「…俺は貴族の出身だ。どこに行ってもいい顔をするやつらか、痛い腹を探ろうとするやつらか、そのどちらかしか今まで見たことがない。俺の知る限りの一人の例外を除いて、な」
誰かのことを懐かしむように、目を細める。そんな顔も出来るのかと、レスターは感心した。
「でな、その人が提案してくれたんだ。提案を聞いて俺は考えた。世の中のどこに行っても貴族というしがらみはついて回る。なら、そのしがらみというか、影響が少ない軍はいいんじゃないかって。その人は自分のことよりも、俺のことを気にしてくれてさ。どこの惑星ならば、マイヤーズという家名がほとんど知られていないか、調べてくれたんだ」
「…女か?」
「さて。どうだろうね」
笑みを浮かべる。正解とも取れるし、間違いだとも取れる笑顔。
「チェック」
「……いつの間に?」
「お前の集中力がよそに向いていたからな。…ようやく、お前に勝つことが出来た」
「油断していたとはいえ、俺を負かすことが出来るなんて。…ええい、もう一度だ、もう一度」
以上の出来事がきっかけでタクトとレスターは親しくなった。その日から、タクトは他人に対する警戒を、少なくとも気が疲れない程度に無くし、友人を作ることが出来た。それでも。自分を見る目が変わることを恐れてか、貴族であることは口にすることはなかった。
レスターが女性からチョコをもらっていると、寄ってきて俺にはないのかと聞き、ないわと答えられて打ちひしがれるようにもなった。おそらく、これがタクトの本来の姿。いや、タクトが望んでいた姿。恨みがましい目でにらまれたときは、何でにらまれなければならないんだ、と思ったが。
そして、現在。
「タクト。何か言い遺す事はないか?」
レスターは腰から下げていた光学式銃を取り出すと、タクトの目の前に突きつける。引き金を引くだけで確実に殺せる距離。さり気なく威力は最大にしてあった。
「ちょ、ちょっと待ってくれレスター!今こそ落ち着くべきだろう?」
「黙れ。また俺に仕事を押し付けてサボる気でいただろう?今日という今日は赦さんぞ」
「だ、だから部屋でやるって、だからな、な」
「その台詞は既に1770回目だ」
「数えてたのか?暇なやつだな」
「今すぐに死にたいか?」
引き金を半分引く。後一ミリほどで銃が発射される。だらだらと冷や汗をかく。どんな言い訳をして逃げようか。そんなことを考え始めたことを察したか、レスターは銃を額に押し付ける。
「ゼロ距離射撃だ。誤作動でも起こさない限り、はずしようがないな」
「分かった!ここでやるから、今すぐにその銃をおろしてくれ!」
「…よし。そら、これがお前の…」
銃を腰に下げ、書類を取り出そうとした瞬間にタクトは脱兎のごとく駆け出す。ブリッジから外につながる扉にたどり着いた次の瞬間。タクトの足元に光線が命中する。
ブリッジで繰り広げられるそれにクルーは苦笑いを浮かべるだけ。どうやらこれが日常の光景と化しているらしい。
「どこに行くんだい?タクト君」
「……は、はは……レスター、その言い方、いろんな意味で怖い……」
「観念したようだな。さあ、やれ。すぐにやれ。今すぐにだ。3秒で出来なかったら撃つぞ」
「3秒は無茶だろうレスター!?」
「生憎と俺は本気だ」
「分かった!今までのことは俺が悪かった!だからせめて三日にして!?」
「ほう、三日だな?いいだろう。出来てなかったら、分かってるだろうな?」
どっちが上官なのか分からない光景。タクトは大粒の涙を流しながら仕事に取り掛かった。
レスターはくくくと笑いながら光学式銃を磨いている。左目は眼帯のせいで分からないが、右目は妖しく輝いていた。
「……レスターって、……こんなやつだったっけ?」
がっくりと首をタクトは首を落とした。それから、何かよくないものに取り付かれているんじゃないのかと、真剣に疑った。
「まったく、何でお前はいつもいつもブリッジに居たがらないんだ?」
「何言ってるんだ、レスター。普段ブリッジに居ない俺が居たら、緊急事態じゃないか」
「……仕事を期日に間に合わせたからよかったものの。そういえば、クーデターが発生したと聞いたが」
「ああ。…これが送られてきたんだ」
一枚のMDをタクトはレスターに渡す。それを自分専用の端末に入れる。
映像記録のようだ。再生してみる。
『エオニア……クーデター…本星陥落……第一ほう……全滅……裏切り者が……』
そこで映像は途切れていた。タクトとレスターが今旗艦としている巡洋艦と同じもので、映像はひどく途切れており、音声もすべてを再生することは難しいと見える。
「いったい、誰が……」
「分からない。ただ、分かることはひとつ。これを送ってきたのは、俺がどこに居るのかも知っている奴だ、てことだ。この映像、第二方面軍本部から送られてきたわけじゃない。そろそろ送られてくるころじゃないかな」
それじゃあ、とタクトは立ち去る。そうとも、緊急事態でも発生しない限り、タクトはブリッジにいようとはしない。
レスターは引き止めなかった。昔から、そうだったからだ。
昔から、自分では何もしたがらない。いや、しようとしない。どうしてそうなったのか。レスターは知っている。
だから、何も言わなかった。
「タクト。今、哨戒機が三機の艦影を発見した。記録しておいたものだが、見るか?」
ブリッジに来るなり、レスターからそういわれた。艦内放送で呼び出されたから、何かあったのかと思ってきてみれば、確かに何かがあったらしい。
「再生してくれ」
そういうと、モニタに記録された映像が流れる。
それはものすごいスピードで駆け抜けていった。一機だけ、間近を通ったためか、機体の横に描かれているシンボルがはっきりと写る。
「これは……この紋章は」
その紋章は、羽を広げた天使をイメージしたもの。
「で、どう思う?タクト」
「……敵じゃないことを祈るだけだね」
つぶやいた途端に、モニタに四機の姿が捉えられる。同時に通信があちらから入ってきた。
通信をつなげると、ピンク色の髪の毛の少女がモニタに映し出される。
『すみませ〜ん。タクト・マイヤーズ司令の艦(ふね)って、これでよろしいんですか〜?』
「へ?」
恐ろしくのほほ〜んとした挨拶がやってきた。少し身構えていただけに気が抜ける。
『ミルフィー!もう少し言い方ってものがあるでしょ?』
金髪の髪に、昔にはチャイナドレスと呼ばれていたものに身を包んだ少女。
「もう一人出てきた……」
『はいはい、こんなところで口げんかしないの』
赤い髪に片眼鏡(モノクル)をかけた大人の女性。
『お前さんが、タクト・マイヤーズ大佐だね?』
「君たちは、何者なんだい?俺の名前を知っているようだけど」
『おっと、そいつはすまない。まだ自己紹介が済んでなかったね。あたしの名前はフォルテ・シュトーレン。ハッピートリガーのパイロットさ』
『ミルフィーユ・桜葉です!ラッキースターのパイロットです!よろしくお願いします、マイヤーズ司令』
『ランファ・フランボワーズ。カンフーファイターのパイロットよ』
同時に、オペレータが声を上げた。
「識別信号照合できました。あれは……紋章機です!」
「紋章機だって!?」
「紋章機といえば、白き月を守るムーンエンジェル隊が登場する機体じゃないか。どうして、こんなところに」
『まだもう一人いるよ。ほら、久しぶりの再会なんだろ?早く顔を出したらどうだい』
『フォルテさんに言われるまでもないわ』
もう一人写る。その少女は、黒い長い髪をツイストにまとめた少女。
タクトが驚いて立ち上がる。
「タクト?」
「ルナ……!?なんで、こんなところに」
『あなたを迎えに来たの。タクト。着艦許可、出してくれる?』
首を少しだけ傾げ、笑って訊ねると、タクトは「あ、ああ」と答えてうなずく。
直後に、レーダーに新たな反応が現れる。
識別信号はなく、そのフォルムは皇国軍のものとよく似ていたが、漆黒の艦隊であった。
『途中で見つかったから、逃げてきたんだけどね。やっぱりここまで追ってきたか』
「……レスター。格納庫に伝えておいてくれないか?ルナをここまで連れてきて欲しいから」
「……今回だけだぞ。同じ軍属でも、部外者を引き入れるのは」
「ああ。分かってる」
タクトのいつにない真剣な顔に、レスターはため息をついた。
程なくして、ルナはブリッジに入ってきた。
「久しぶり、タクト。また会えたわね。約束は、覚えてる?」
「忘れられるわけが、ないじゃないか」
「そう。よかった」
からからとルナは笑った。懐かしい感覚に、タクトは頬をほころばせる。
「おい、敵艦隊が間近なんだぞ。のんびり話している場合か?」
「っと、そうだった」
改めてタクトは表情を引き締める。
「あれは、エオニアの艦隊。性能は皇国軍のものよりも少し上ね」
「艦の種類は、こちらと同じということか」
バーメル級巡洋艦に、スパード級駆逐艦。目の前に広がるのは、それぞれ巡洋艦が三隻、駆逐艦が四隻だった。
「数が多いな……俺たちの艦隊と紋章機を合わせても、足りない」
「レスター・クールダラスは紋章機の性能をご存知でないようで。いいわ、それならみんなが見せてくれる」
『ルナは普段はあたしらの指揮のサポートに周っているからね。何か分からないことがあったら、彼女に生聞いとくれよ』
『ただ見てるだけでもかまわないわよ。あの程度の敵、あたしたちの相手じゃないから』
『バーンと倒して見せます!見ててくださいね、マイヤーズ司令』
『その前に、今からあたしらをマイヤーズ司令の指揮下においてくれないかい?』
「ああ、別にかまわないよ」
笑って、言った。
「うわさのエンジェル隊の実力、拝見させてもらうよ」
『それじゃあ、まずはこいつをインストールしておいてくれないかい?今からデータを送るから』
すぐにそれは到着する。
『高速リンク指揮システム。あたしらの戦いは刻一刻と変化する。通常の指揮システムじゃあ到底追いつかない。言ってみれば、紋章機専用の指揮システムだね』
「ほかの艦隊ももちろん指揮できる。今回は、この巡洋艦の護衛でもかまわないわ」
「へえ、そうなんだ。それじゃあ、ますます楽しみになってきたよ」
「目標は敵艦隊の全滅。作戦は……各個撃破ということでいいな?」
「そうだね。こんな何もないところじゃあ、作戦も何もありはしない。そういうことだ、エンジェル隊、戦闘開始!」
『『『了解!!』』』
紋章機と敵の黒い艦隊がぶつかり合う前に、ルナはタクトに紋章機のことを教えてくれた。簡単に。
「ミルフィーのラッキースターは万能タイプ。遠距離、近距離、中距離全部をカバーする兵装を持っているわ。長距離はビーム、中距離ではレーザーファランクス。近距離だとバルカンね。ランファのカンフーファイターは接近戦タイプ。近距離ミサイル、バルカン、電磁式ワイヤーアンカー。中距離から対応しているのは今のところミサイルだけ。紋章機一の速度で敵に近づいて攻撃するのが売り。フォルテさんのハッピートリガーは攻撃タイプ。長距離ビーム砲、レーザーファランクス、電磁式レールガン、マシンガン、ミサイル……実弾系中心ね」
「……攻守ともに優れているラッキースター、速度は速いけどその分装甲が薄いカンフーファイター、兵装はすごい分、装甲が厚く、速度が遅いハッピートリガー。…今のところ、これかな?」
「正解。相変わらずだめそうに振舞って、物事の本質はきっちり突いてくるんだから」
ルナはうれしそうに笑った。タクトは、昔とあまり変わっていない。
「ちなみに、敵の大半は無人艦」
「……それはすごいなあ。ということは、遠慮は要らないということだね」
そうしているうちに、紋章機たちは敵との交戦圏内に入った。
さて、戦闘に関して少しレクチャーをしよう。
敵艦隊との戦闘開始の合図は、互いの距離が十万キロメートル以内に入ったとき。ここで警報が鳴り、敵と交戦するか、それとも撤退するかが求められる。
交戦圏内となるのは互いの距離が一万キロメートルに入ったときだ。このときの目安は、射程距離だ。狙って当てられる可能性が10%以上あるところ。
最も激しいのは、距離が五千キロメートル以内に接近したとき。命中確率が70%を超える。
だが、命中率がそれだけ高くなったとしても、それぞれの艦(ふね)はシールドを持っている。
そう簡単には倒すことはできない……はずだった。
ラッキースターが目標に選んだのは巡洋艦。ビーム、レーザーファランクスと放つ。はじめはシールドで防がれていたが、次第にシールドが持たなくなっていき、ついに命中するようになる。
三度目の交差で、ミルフィーユは必殺技を放つ。
「いっけ―――――――――!!ハイパーキャノン!」
先ほどまで放たれていたビームとは、明らかに出力が異なる。通常を十とすれば、これは五十以上だ。巡洋艦を軽々と貫き、その射線上にいた駆逐艦を二隻貫いていく。
駆逐艦と相対するのはカンフーファイター。対巡洋艦のために作られたこれは、当然のように攻撃力は高い。戦艦ほどではないが。その兵装は大半が実弾。
その攻撃を、カンフーファイターは軽々とかわし、ミサイルの反撃を行う。
シールドに防がれるが、そんなことはランファにとっては予想済みの出来事。すれ違い、相手はまるで判を押したように同じパターンで攻撃を仕掛ける。
「いつもと同じ攻撃パターン、当たるわけないでしょ!」
スピードを更に上げる。駆逐艦が想定していた軌道上に、カンフーファイターの姿がなくなる。
「アンカークロー!」
シールドをものともせず、アンカークローは駆逐艦を貫く。動力部をやられ、機能停止したそれを、ランファは文字通りぶん投げた。
こういったことは無人艦の想定内にはない行動。更に悪いことに、この無人艦は味方を攻撃するプログラムがない。つまり、飛んでくるそれに警報を出すだけで、よけようともせず、駆逐艦が投げられた先にいた巡洋艦は駆逐艦の爆発に巻き込まれ、沈黙。
「あたしも負けてられないね〜」
フォルテは不敵な笑みを浮かべながら、多数存在する銃火器の引き金となるものを握り締める。
遠距離攻撃用のものこそ光学兵器であるものの、大半が銃火器で占められているハッピートリガーだ。
シールドの能力自体は低いが、装甲は厚い。ダメージを受けても、微々たるものだ。
「そんな攻撃で、あたしはやられないよ!ストライクバースト!!」
巡洋艦のシールドを力任せに破る。見る見るうちにぼろぼろになっていく巡洋艦に、止めとばかりにある弾を打ち込む。命中し、直後にそれは内側から巡洋艦を焼き尽くした。そのままそのレーザーは、駆逐艦に収束していく。バリアをあっさりと貫き、そしてそれはその駆逐艦に致命的な一撃を与え、駆逐艦は沈黙した。
戦闘開始からわずか10分の出来事であった。
「どう?タクト」
「本当にすごいな。皇国最強の名は伊達じゃなかったか」
「疑ってたの?ひどいな、それ」
「疑ってはいなかったさ。ただ、予想以上の活躍だったからね」
「そうなんだ」
久しぶりに再会したとはいえ、いきなり二人だけの世界を繰り広げるタクトとルナに、レスターは深い深いため息をつく。
「まあ、何だ。二人だけの世界を繰り広げるのは別にかまわんが、ブリッジでやるな。……第一戦闘配備、解除」
珍しく疲れた表情だった。
「ところで、彼女たちがエンジェル隊ということは……」
「見る?私のIDカード」
はい、と手渡されたものを見ると、そこには「第三方面軍第一情報部仕官ルナ・マイヤーズ」とあった。IDに刻まれた紋章は、中尉。
「本当の所属はほかのみんなと同じムーンエンジェル隊なんだけど……いろいろと特殊な事情があってね」
その事情を今は話す気がないようだった。
「このIDは偽物?」
「データベースにはそう登録されているわよ」
「じゃあ、本物か……」
さて、とルナは話を変える。なんだろうとタクトは少しだけ身構えた。
「私たちはここに遊びに来たわけじゃないわ。あなたを迎えに来たの。ある人の要請でね」
それはそうだろう。こんな緊急事態時に、遊びに来たなどというものはいない。何か用事があったから、来たに違いがないのだから。
「ある人?誰だ、それ」
「来てのお楽しみ」
そういうわけで、タクト艦は紋章機に案内される形で、その区域を離れた。
「命令書もないのに、離れるきか?」
「いつまでも連絡の取れない第二方面軍に義理だててとどまるより、彼女たちについていった方が有益な情報を手に入れられるだろう?」
「それはそうだが……」
と、レスターが難色を浮かべるのも気にせず、「ま、気楽に行こうよ」といつもの台詞をタクトは口にした。