「エンジェル隊の司令官をやってくれんかの?」
そんなことをタクトは頼まれた。始めは難色を示したものの、彼はすぐに受け入れた。
さて、どうしてそんなことになったのか。それよりも数時間前。
「チェック」
タクトはルナが指した手に、唸った。逃げ場があるといえばあるが、どこからどう見ても誘いだ。逃げ場をなくすための、次の一手。しくじれば、待っているのは純粋な負けだ。
「強くなったなあ、ルナ」
「昔のあなたなら、もうとっくにチェックメイトなのに」
しばしの間、タクトとルナは視線をぶつけた。火花がバチバチと散るのが見える気がする。
タクトは長考して、次の一手を放った。指し進めていくと、タクトはルナの仕掛けたわなから逃げおおせることができた。
「あ……逃げられた」
悔しそうにルナは顔をしかめる。その様子を、レスターはなにやら感心しながら観戦していた。仕事はもちろんきちんとやっている。
だから、その合間に見ているのだ。
「なかなかやるな……俺でもこうはいかない」
タクトを追い詰めることができたこと自体が、まれだ。追い詰められているように見せて、実はこちらが追い詰められているという手段を、タクトは好む。その彼が、本当に追い詰められているように見える。
「チェックメイト」
だが、どうやら追い詰められながらも相手を追い詰めていたらしい。
「……また負けた。ひどい……少しくらい手加減してくれても……」
ルナが涙を浮かべる。タクトはその様子に冷や汗をかく。なんだろう、勝ってはいけない勝負だったのか。
そんなはずはない。何か賞罰があるわけではないのだから。
「女を泣かせるか。お前の言葉じゃないが、最低だな。タクト」
すん、すんとルナが泣き始める。タクトはただ戸惑うだけだ。ルナをなだめたいが、どうすればいいのか分からない。
「なんでこんなことになるんだ〜?」
『チェスの勉強を散々やってきたからねえ、ルナは』
『負けたのが悔しいのよ、きっと』
『手加減してあげてくださいよ、マイヤーズ司令』
手加減したら怒るからねといったのは、どこの誰だ、とタクトは叫びたくなった。
「もう一度勝負しない?ルナ」
「……手加減してくれる?」
上目遣いに頼む。何か来るものがあり、タクトはうなずいた。
「ああ、するさ」
ルナはその返答ににっこりと笑い、告げた。
「手加減したら、怒るからね」
「…………どっちなんだよ〜………」
口では勝てそうになかった。かくんと、タクトは首を落とした。
「アステロイドベルト(小惑星帯)……ここに何があるというんだ?」
『すぐに分かるよ』
フォルテの言うとおり、少し先に進むとそれが見えた。戦艦には、どう見ても見えなかった。だが、軍人ならば一度は見たことがある。いや、トランスバール本星に居住するものならば、誰でも見たことがあるものだ。
「エルシオール!?」
タクトは驚く。まさか、月の聖母が乗っておられるのか。
識別信号を調べてみても、それに間違いはない。呆然としていると、エルシオールから二機の未確認信号。
「あれは、形状は違うけど紋章機?」
『ご明察』
識別信号によれば、あれは蒼いカラーリングのはGA-003、トリックマスターで、翠のカラーリングはGA-005、ハーベスターだという。
両機から通信がつながる。モニタに一人の少女の姿が映る。小柄な少女で、青い髪と耳が特徴的だった。
『あなたがタクト・マイヤーズ司令ですか?私は、ミント・ブラマンシュと申します』
「君まで知ってるんだ。……ん?」
『どうかされましたか?』
ニコニコと笑みを絶やさない彼女。かわいいとは正直に思うが、あの耳は何だろう。
聞いてはいけない気がしたので、訊ねなかった。
「いや、君は俺を呼んだ人のこと、知ってる?」
『ええ、知っていますわ。……そのようなことをお尋ねになるということは、フォルテさんたちは何も教えなかったのですね』
『その方が面白いじゃないか』
『それでのこのことついてくるあなたも、変わった人ですわね』
毒舌。タクトはそれに気が付かず、照れた。
「いや〜、照れるな〜」
「ほめられてないぞ、タクト」
『お話中失礼します』
モニタにもう一人少女が写る。翠の髪と赤い瞳が特徴的だった。わけもなく、タクトはその赤い瞳に魅入られる。
「こんな子供まで……一体、どうなっているんだ?」
レスターが思わず呟いた。
それもそうだ。後で個人データを見て分かったことだが、彼女はなんとわずか13歳だというのだ。一体、どうしてエンジェル隊に配属されることになったのか。そこまで記録されていないので、調べようがなかった。本人に聞けば分かるかもしれないが、聞くことは結局なかった。
『ヴァニラ・H(アッシュ)といいます。…ルナさんが乗っていたシャトルに乗って、こちらに来てください』
タクトの反応がない。ぼーっと見ている。ルナが小突いてやると、ようやくタクトははっとして、慌ててうなずいた。
「あ、ああ……ありがとう」
『……?……どういたしまして……?』
なんだか混乱してしまったらしい。とりあえずお礼されたから、返しただけという感じがした。
「何やってるのよ、タクト……」
ルナのあきれた声に、タクトは「あはは……」と力なく笑うしかなかった。
シャトルに乗って格納庫へと現れたタクトとレスターは、もう一つ紋章機があるのを見つける。
「ルナ、あれは……?」
「あれ?私の紋章機よ。軍のトップシークレット中のトップシークレット。あれに関する情報をみることができるのは、シャトヤーン様以外にいないわね」
「そうなんだ」
それ以上は何も言おうとしなかったため、タクトはこれ以上聴くことをやめた。
気になるところだが、タクトはルナが話してくれることを待つことにする。
「ある人のこと、教えてくれないかな」
「すぐに分かるわよ」
はぐらかされた。そうしていると、一足先に着艦していた紋章機から五人のエンジェル隊がやって来た。
「長旅お疲れ様です、マイヤーズ司令」
「君たちに出迎えてもらえるなんて、光栄だよ」
ふにゃ、という表現が似合いそうな感じでタクトは表情を崩した。ほんわかした雰囲気が漂う。
それにしても、と思う。
ミルフィーユが軍隊にいるのがとても不思議だった。彼女はここにいるよりは、花嫁修業をしているほうが似合っているような気がするのだ。
「……ようこそ、マイヤーズ司令」
ヴァニラが出迎えの挨拶をする。肩には先ほどは見えていなかったリスが見える。正確には、リスのような生き物が。
少しそれが光沢を帯びているように見え、まさか、とタクトは思う。
「あのリス、ナノマシンの集合体じゃないか?」
レスターがそんなことを耳打ちしてきた。
「レスターもそう思うか……エルダートの癒し手なのかな、彼女」
「それ以外にはないだろうな……」
惑星エルダート。EDENから、ナノマシンとそれを操る技術を伝える唯一といってもいい惑星。
ナノマシンの製作技術はEDEN当時、かなり普及していたものだったのだが、クロノクェイクのことがあってからはエルダートがかろうじて伝えるのみ、という状態だ。
そして、ナノマシンを操る技術は誰にでも身につけられるものではない。宗教家のそれとよく似た精神修行をしなければ、ナノマシンを操る技術を修めることはできない。
そして、ヴァニラはそのナノマシンをかなり自在に操っているように見える。感心して見つめていると、ヴァニラは見返してくる。気恥ずかしくなったか、すっと、視線をはずした。最も変化が現れたのは、ナノマシンだ。恥ずかしそうに顔を覆い隠したのだから。
「ヴァニラばっかり見つめないの、タクト。さっきもヴァニラを見つめてぼうっとしていたでしょう?」
ルナに茶化された。内心慌てて、タクトは顔を赤くした。ヴァニラも共に顔を赤くする。
「何でヴァニラも顔を赤くするのかな?」
からかうように、ルナがヴァニラに問いかける。そのときのルナの笑みは、とてもやさしいもので。同性でも見惚れるんじゃないかというほど、その笑顔はきれいだった。
さて、そのとき、格納庫の出入り口だと思われる場所から一人の人物が歩いてきた。かつかつと、ブーツと固い床のぶつかる音がこ気味良く耳に響く。
彼の姿を見たとき、タクトとレスターも驚かずに入られなかった。
なにせ、彼は彼らが学生時代だったとき、世話になっていた恩師なのだから。
「ルフト先生!?」
「久しぶりじゃの、タクト、レスター」
驚かすことができたことが楽しいのか、初老の男性、ルフト・ヴァイツェンは笑う。
「ところで、今のわしの役職は知っておるか?」
タクトは笑って、首を横に振った。
「宇宙人事局に興味がないもので」
「それくらい知っておけ、タクト。ルフト先生は、今では将軍。階級は准将、近衛軍総司令官だ。しかし、何故将軍がここに?」
やれやれ、とルフトはため息をついた。だが、そうでなくては困る、という呟きも聞こえたような気がする。
「詳しい話は、会議室で行うことにする。そこまで付いてきてくれ」
聞かないわけにはいかない。タクトとレスターは顔を見合わせて、頷いた。自分よりも階級が高いものからの命令だ。そして、それは連絡の取れない第二方面軍本部からの命令よりも最優先されるものでもある。
大義名分を得た彼らは、何の躊躇もなくルフトの後を追いかけた。その後ろをエンジェル隊がこっそりとつけていく。
ルナはまた?という表情を浮かべながらもついていくし、ヴァニラは無表情ではあったが、興味があるのか追いかけていった。
「さて、話というのは他でもない。……率直に言おう。タクト、エンジェル隊の指揮官になってくれんかの?」
「唐突ですね。でも、どうして俺なんです?近衛軍総司令官であるルフト先生が、頼まれたんじゃないですか?」
誰に、とは言わなくても分かる。そのような命令を下せるものは、皇王ではない。皇王にその権限は存在しない。軍属であるとはいっても、彼女たちは白き月を守護する天使たちだ。白き月直属の近衛部隊、それがムーンエンジェル隊だ。
それに、近衛軍総司令官だというのであれば、ルフトは白き月に常駐していたはずだ。シャトヤーンから信頼され、彼女たちの指揮を頼むのは道理であった。
「頼まれはしたが、引き受けてはおらんよ。大艦隊を率いて対抗せよ、というのならばともかく、エンジェル隊は自由奔放に戦場を駆ける。命令するのはたやすいが、それでは彼女たちの真価は発揮できんからの」
「何があるんですか?」
「紋章機は、搭乗者の気分しだいで出力を変化させる特殊な戦闘機。搭乗者の機嫌を損ねることは、戦力の低下を意味する。わしでは荷が重過ぎる」
なるほどなあ、とタクトは考える。それでも、何故自分にお鉢が回ってくるのか、それが分からない。
レスターもそこを図りかねているようだった。
「お主を選んだ理由者が……わしが知っている人物で、最も理解不能な生徒がお前さんじゃからじゃ」
「……はあ」
「それに、おぬしは神経も太い。多少のことでは物怖じせず、前を向ける性格じゃと、わしは判断しておる。じゃから、おぬしに任せようと考えたわけじゃ」
なんだかなあ、とタクトは思う。やっぱり人選を間違えられている気がする。自分の神経はこんなにも繊細なのに、とか口にしたい気持ちに駆られる。
が、タクトは頷いた。
「……俺をそこまで先生が信用してくださったんならば、断る理由はありません」
相変わらずルフト将軍を先生と呼ぶタクトだ。レスターは将軍だろ、と何度も小突いているのだが、どうも効果なしらしい。
はあ、とレスターはため息をついた。
ルフトは懐かしそうに一瞬目を細める。三年前、卒業するときまで同じだったからだ。いろいろとつるむようになり、どうしてあんなだめ貴族とあんな優秀な民間人が仲良くしているのか、と不思議な目を向ける人物多数の、まあ、そんな友人関係から変化していない。
要するに、二人は相変わらずだ、と考えたわけである。
「さて、この艦に来たときから疑問に感じているじゃろうが、この艦に乗っておられるのは、シヴァ皇子じゃ」
「……誰でしたっけ?」
「覚えておけ。……もっとも、お前だけでなく、他の皆も忘れてしまっているから無理はないが……ジェラール皇王が戯れで民間人の女性に産ませた子供がシヴァ皇子。それが原因で白き月に隔離されるという形で育てられ、よほど大きなものでなければ式典にも姿を現されないのだから」
重々しくルフトは頷き、答えた。
「今現在生き残っている皇族が、彼一人だけなのじゃ。……第二方面軍が無事なら、ここで友軍と合流した会のじゃが、どうじゃ?」
その問いにタクトとレスターは顔を見合わせ、首を横に振る。
「だめです。何度も通信を送りましたが、返答はただの一度も……」
「そうか……仕方あるまい。最初の予定通り、第三方面の中枢惑星ロームに、向かうとする」
当面の行き先が提示され、タクトとレスターは了解した。
さて、とルフトが立ち上がり、改めてエンジェル隊の紹介をしようと会議室から外に出ようと、扉を開けたときだ。
四人の人物が雪崩れ込んできた。まずミントだ。次にミルフィーユ。ランファ。フォルテの順に。背の順に並んで、聞き耳でも立てていたのかもしれない。その後ろには、前方のエンジェル隊を気にかける様子のヴァニラと、呆れ顔のルナの姿が。
「皆さん、お怪我はありませんか……?」
「本当、何やっているの、あなたたち……」
盛大なため息が聞こえてきそうな声でルナがのたまう。
「皆さん、どいてくださいまし……く、苦しい……!!」
「ふえ〜ん、鼻を打っちゃいました〜」
「フォルテさん、どいてください〜」
「あ、あははは………ルフト将軍、ご機嫌はいかが……?」
なんというか、まあ、いろいろな意味でカオスだった。混沌としていた。レスターなんか女鹿店になっているし、タクトもどう反応すればいいのか分からないといった表情。
「何しておるんじゃ、お前たち」
後にエンジェル隊は語る。このルフトの言葉は、とても心に痛かったと。
たとえるなら、雪の降る寒い日に、川に突き落とされたような、そんな気持ちになったという。
「自業自得よ」
ルナが更に極点の寒さに匹敵する追い討ちをかけた。
「ミルフィーユ・桜葉です。改めてよろしくお願いします」
すそのほつれを気にして、ランファをいじっていたミルフィーユだが、ランファに小突かれて挨拶し、お辞儀も加えた。
「ランファ・フランボワーズよ。よろしく」
長く、手入れも怠っていない様子のさらさらとした金髪をかきあげながら、ランファも挨拶をする。
「ミント・ブラマンシュと申します。よろしくお願いいたしますわ」
ミントがスカートの端を手でつまみ、少し持ち上げながらお辞儀をするという、パーティ会場で淑女が紳士に挨拶をするときのような作法を取る。
「フォルテ・シュトーレン。エンジェル隊のリーダーだよ。これからよろしく」
軍帽のつばを持ち上げながら、フォルテの挨拶だ。
「ヴァニラ・H(アッシュ)……よろしくお願いします」
ナノマシンで構成されたペットがヴァニラの周囲を回り、肩に落ち着く。やはりナノマシンらしい。相当に修練を積んでいるらしく、かなり自在にナノマシンを操っていた。
「自己紹介いるかな?……まあ、いっか。ルナ・マイヤーズ。これからもよろしく、タクト」
握手を求めるように手を差し出してきた。一瞬戸惑い、しかしタクトは握手を交わす。
「ああ、こちらこそよろしく。…言い忘れてたけど、俺のことはタクトでいいから、皆」
というわけで、フォルテ以外のメンバーは以降、タクトのことをタクト、あるいはタクトさんと呼ぶようになった。
ブリッジにタクトを案内し、ブリッジのクルーにもタクトのことを紹介した。レスターも紹介を受ける。
「レーダー担当のココと申します」
「アルモといいます。通信を担当しています。よろしくお願いしますね、マイヤーズ司令」
「ああ、よろしく……といっても、俺はあまりブリッジにいるつもりはないから。だから、よろしくするならレスターだな」
「そういうわけだ。頼りにしているぞ、二人とも」
当たり前のようにレスターはそれを受け入れる。タクトの主な仕事は決定している。エンジェル隊と信頼関係を築き上げ、言い方は悪いが心理状態をコントロールすることだ。要するにご機嫌取りをしなければならない、というわけだ。
ふむ、とタクトは眉を面白そうにひそめた。アルモの表情が熱に浮かされているように見える。視線の先にはレスター。まあ、当然かという思いと、またか、という思いが半々に入り混じるが、気にしない。
「さて……シヴァ皇子に挨拶に向かうとするぞ。ついて参れ」
会議室からブリッジに連れ出されたと思ったら、今度はエルシオール内部にある謁見の間だ。忙しいが、無理もなかった。
やらなければならない仕事だったのだから。
謁見の間にて。
「そなたがタクト・マイヤーズか?」
と、シヴァはまっすぐにタクトを見て述べた。
「はい、そうです」
「そうか……ルナに聞かされたとおりの外見と雰囲気だな。早速だが、今すぐにエルシオールを白き月に転進しろ。これは命令だ」
その命令にタクトとレスターとルフトは驚いて顔を上げる。諌めるようにルフトは声を上げた。
「お待ちください、シヴァ皇子!今は、だめです!」
「何故だ。理由を述べろ。ルフト」
「戦力が足りません。叛乱軍から白き月と、シャトヤーンを取り戻すには、到底」
「ならば、私の名前で招集をかけるがいい。すぐに集まってくることだろう」
シヴァの瞳はまっすぐで、本気だと知ることができる。だから厄介だ、とレスターとルフトは考えた。シヴァ皇子は、世界が自分の思い通りに動いていると思っているのか、と。
タクトは、二人が勘違いをしていると判断した。シヴァ皇子の瞳を見れば分かる。あの瞳は、己の責任を果たそうとするもの。子供の我侭では断じてありえない。
だから、タクトは真実を語った。
「お言葉ですが、皇子。それでは先に叛乱軍が集まってきてしまいます。まことに残念ながら、第一方面軍ならびに第二方面軍は壊滅状態にあるといっても過言ではありません」
「それは本当なのか!?皇国軍が、叛乱軍に遅れをとっているというのは!」
「はい。ですから、今の我々にできることは、逃げることです」
「武人が逃げると申すのか!?」
タクトはふう、と分からないようにため息をついた。臆病だから逃げるのだと、言われているように聞こえる。
そんなわけはない。逃げるという行為には、かなりの勇気がいることを、どうやらまだ知らないらしい。
「はい。今は逃げ、第三方面軍と合流すれば、反撃の態勢が整います。白き月も取り返すことができるでしょう。だから、今は逃げることが大事なのです。臆病と謗られようと、必要な行為なのですから」
シヴァは、押し黙る。しばらく考え、ある結論にたどり着いた。
「…ルナがいったとおりの人物だな、お主は。……今は逃げることが大事なのだな?」
「はい」
「ならば、今は逃げ、友軍と合流次第白き月を取り戻せ。先の命令は撤回する」
「拝命、承ります」
疲れた、とシヴァは言い残して立ち去っていった。あわせてタクトたちも下がっていく。
謁見の間から出てから、はああ、と深いため息をタクトはついた。
「緊張した……クビにされるんじゃないかと思ったよ」
「全くだ。それにしても、どうしてあんなものの言い方を?」
「…子供じゃないからさ。シヴァ皇子は、自分のなすべきことを理解し、皇族としての責任を背負っている。だから、本当のことを言っただけだ。子ども扱いにしては、駄目なのです」
「そうじゃったな……わしとしたことが、すっかり忘れていたようじゃ」
孫の顔を思い浮かべる。子ども扱いするよりも、大人と同列に扱われたほうが喜んでいたことを、今更ながらに思い浮かべる。
どうやら、子ども扱いにすることは失礼だったらしい。
「さすがじゃの、タクト」
何はともあれ、タクトは自分の仕事をきっちりとこなした。
これから忙しくなるな、とタクトは考えた。やらなければならないことはたくさんある。レスターのサポートを受けていても、十分ではない。それほどに重大な仕事が。
考え事をしながら、タクトはルフトたちと歩いていった。