ぴちゃん……

 

「……う……」

 

 水の音が響き、彼は目を覚ました。

 

「ここは……」

 

 そこは、どこなのかは分からなかった。見覚えがまるでない。立ち上がる。服装を確認すると、それは囚人が着るような服装だった。

 

 それから、ようやく外を見る。

 

「……なんだ?」

 

 見ればある程度分かる。ここは牢だ。何故自分が入れられているのか、分からない。その牢は高密度のレーザーの壁で阻まれているもので、下手に手を出せば火傷をする代物。下手をすれば指先が一瞬で炭化するかもしれないものだった。

 

 だが、それがなぜか今は存在していなかった。

 

「そうだ、ヴァニラは?」

 

 どこだろう。自分と同じところに閉じ込められているような、そんな気配がする。ともかく、慎重に、外に出ようと足を踏み出す。すると誰かとぶつかりそうになり、びくりと身を潜める。

 

 それは相手も同じだったのか。息を飲む音がした。

 

 しばらくたっても、何の変化も見られない。ようやく彼は足を踏み出し、外を見る。

 

「ヴァニラ?」

 

「…っ!!……タクト、さん…」

 

 びくりと肩を震わせ、こちらを見やり、話しかけた相手がタクトであることを知ると安堵したようだ。

 

 彼女もタクトと同じような服装だった。ヘッドギアがなく、髪をおろした姿が確認できる。

 

「ここ、どこですか?」

 

「分からない。……ともかく、外に出よう。そうしないと、なにも分からない」

 

「……分かりました。ついていきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、あっさりと外に出ることが出来た。ばたばたと走り回る音がする。その音が響くたびに、二人は身を隠す。

 

 なぜか証明が落ちており、また障害物が多く、おかげで見つけられる事はなかった。

 

 それよりも、整然としているはずの通路が、妙に散らかっていることが気になった。

 

「まだ電源は復旧しないのか。予備電源も駄目になっているのか?」

 

「それは俺の知ることじゃない。文句なら俺じゃなくて爆破騒ぎを起こしたテロリストに言ってくれ!!」

 

「本部は何をしているんだ、こんな深部にまで侵入を許すなんて!」

 

 どうやらそういう事情らしかった。システム自体が落ちているのだろう。今は非常灯程度しか目印になるものがなかった。

 

 ともかく、そうして闇雲に歩いている最中に、ロッカールームを見つけた。

 

 入ると、男女で仕切られているのは当然として、制服がいくつか見つかる。手にとって見る。暗くて分かりづらいが、それは軍服のようだった。

 

 ともかく、それに着替える。男女の区別は楽だった。上下がセットになっているからだ。

 

 身長に合うものが偶然見つかったのは、運が良かった。

 

 もう一度外に出る。

 

 途端、誰かとぶつかりそうになった。

 

「あ……」

 

 しまった、とタクトは考えた。ヴァニラもタクトの後ろに隠れるように下がる。

 

 しばらく硬直し、しかし相手は「お疲れ様です」と敬礼をして去っていった。

 

 どうやらばれなかったらしい。ついでに、どの程度の階級なのかは分からないが、こちらの方が階級が上らしいことも、分かった。それがたまたま選んだ軍服によるものだとしても。

 

 こうなると、後は地図がほしい。それがなければ、どこをどう進めばいいのかわからない。

 

 が。

 

「…見覚えがあるな」

 

「はい。そんな感じはします」

 

「…こっちかな?」

 

 奇妙な既視感に誘われ、感覚の思うように進む。そうして、そこに到着した。そこはシャトルの発射地点。その中の一つ―――脱出艇なのだろう―――に乗り込む。

 

 そういう事態ではないのか、これに乗り込んでいる人物はいなかった。それにしても、ここにくるまで何も起きなかったというのは妙だ。なにか作為的なものを、タクトは感じ取った。

 

 それでも。

 

「行くしかない」

 

「…座標の設定、完了しました。トランスバールのものとほとんど変わらなくて、助かりました」

 

「そうか。それじゃあ、ここから脱出しよう。何でここにいるのか分からないけど、ここに閉じ込められていたみたいだからね。復旧する前に、逃げ出すことが出来てよかった」

 

「…はい。それでは、行きます。タクトさん」

 

 モニタをヴァニラが操作する。強制発射システムを起動する。そこにパスワードを示す画面が現れ、停滞することなくパスワードを入力し、そして脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

「脱出艇が一つ奪われました!その後の調査により、タクト・マイヤーズ、及びヴァニラ・H《アッシュ》の両名の行方が分からなくなりました。奪われた脱出艇となんらかのかかわりがあるのか、調査を」

 

「必要ない。…いずれ、こうなることは分かっていた。あの二人はあらかじめマークしていたし、脱出艇には発信機も取り付けられている。捜索する必要も、調査をする必要も、ない」

 

 だから、もう下がっても構わない。そう伝えると、報告を持ってきた部下の一人は戸惑いながらも、そこから立ち去った。

 

 それから彼は、彼女を見て一つ、質問をする。

 

「さて…これからどうなると思う?」

 

「…あなたのその問いは無意味です。八割がた、何が起きるのか分かっているのですから」

 

「しかし、残りの二割は分からない。だから訊ねてみた」

 

「…そこまでは知りません。だけど…」

 

「だけど…何かな?」

 

 何でもありません、と彼女は付け加えた。

 

 そして、その言葉の続きを、彼女は心の裡に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――だけど、彼女たちにとって、どっちでもよくないことになるのは、目に見えているわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        Galaxy Angel Veritas Lovers

                        第二章「新たな敵/英雄の帰還(偽)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリオム星系。そこにエルシオールが到着する。タクトが英雄と称されるようになった、エオニア戦役。タクトたちにとっての、そこは始まりの場所ということが出来た。

 

 広義的にはそこはトランスバール本星だろう。だが、狭義的に見れば、ここがタクトや、レスターにとっての始まりの場所だ。エンジェル隊にとっては白き月と、やはりトランスバール本星なのだろうけれど。

 

 そんな感傷を抱いたが、ほどなくしてレスターは次々と指示を出し始めた。まずは挨拶だ。といっても、日常的な挨拶ではない。仕事としての挨拶だ。こういった辞令が下ったため、ここに参りました、と挨拶をするのだ。でなければ、業務が停滞してしまうだろう。単なる報告ということもできる。エルシオールがエンジェル隊を伴ってくるということは伝令で伝わっているのだが、到着したと連絡を入れなければいつエルシオールが到着したのか分からない。故に、真っ先にこの指示を出した。

 

「第二方面軍本部と連絡を。その後、クリオム星系駐留艦隊に」

 

「了解」

 

 エルシオールが到着した旨を報告し、一応の義務を果たす。この後も、ちょくちょくと通信を行うことになるだろう。例えば調査に出かけた紋章機と。例えば、日報を第二方面軍本部に。あるいは、何らかの新しい辞令が第二方面軍本部を経由してくるということも考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジェル隊もこの間、遊んでいるわけではない。エンジェル隊にはエンジェル隊で、やらなければならない業務が多く存在する。日がな一日優雅に過ごせるわけではないのだ。白き月にいた頃ならば、交代で辺境にロストテクノロジーの捜索に行き、どこそこで内乱が起こり、軍では手に負えないという事態になった場合に出張することもある。あまりそういう事態は起きなかったが。

 

 日常業務というものもある。それは毎日発生する。慣れればどうということはないが、しかしだからといって怠けていると手痛いしっぺ返しを食らいかねないので、最低限以上のことは行っている。

 

 そういうわけなので、そういったルーティンワークをこなしてから、趣味の時間に興じることになる。おやつの三時時など、ティーラウンジでミルフィーユが作ったオリジナルのケーキとミントの淹れる紅茶を楽しむ時間となっていたわけだが、なにやら重たい空気に包まれていた。

 

 全員揃って、どことなく暗くなっていた。

 

 ここがクリオム星系だからだった。タクトと、出会った場所。今はいないルナにとっては、タクトと再会した場所でもある。

 

 ふっきれているわけではない。タクトと出会ってからは、タクトが中心となっていろんなことが起きていた。彼には人を引き付ける何かがあり、それにレスターもついていき、そしてエンジェル隊も同様だった。

 

 その彼がいない。更に、ヴァニラもいなければルナもいなかった。メンバーに欠員が、この二年で三名。ルナはヴァル・ファスクとの決戦中にMIA(MISSING IN ACTION)(戦時中行方不明)となった。事実上の戦死だった。タクトとヴァニラも、その後を追うように行方を煙のように眩ましてしまったという。

 

 事情はともかくとして、タクトとであった場所に、タクトが居ない。感傷に過ぎないが、そのときより一年が経過していようと、消える事はなかった。

 

 見つけ出して、とっちめてやりたい。それ以上に、戻って来てくれればいい。別れるべくして別れたのならばいい。だが、不意の別れなど、認めたくなどなかった。それゆえの想いだ。

 

 無機質に、かちゃかちゃという音が響く。食器があたる音。皿にフォークが当たり、ティーカップが受け皿に当たる音だ。

 

 ともかく、この暗い雰囲気を打ち壊したいと思いながらも、誰も口を開くことが出来ないで居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、レスターがやってきた。

 

「……いつもは騒がしいお前たちが妙に静かだな。一体どうした?」

 

「レスターさん…」

 

 今にも泣き出しそうなミルフィーユの目を見て、レスターはたじろぐ。それを見て、すかさずミントが口を挟んだ。

 

「レスターさん。ミルフィーさんになにをなさったのですか?」

 

「ブラマンシュ中尉、いきなり何を言い出すんだ」

 

「ちょっと、いくらレスターさんでもミルフィーを泣かせたら承知しないわよ!」

 

「俺は何もやっていない!」

 

「そうやって否定するところがますます怪しいねえ。正直に話しなよ、クールダラス副司令?」

 

「あの、副司令ではなくて司令官だと思うのですが」

 

 見当違いの突込みを入れる。細かい事はいいじゃないか、と切り返され、ちとせは押し黙った。

 

 それから、

 

「ミルフィー先輩を泣かすなんて、許せません。責任を取ってください」

 

 誤解を増長させることをちとせが口にした。

 

 さあ、さあ、さあ、とばかりに見てくる五人。その視線を受けて、レスターは天を仰ぎ、

 

「だから、俺が一体、何をした!?」

 

 ティーラウンジ中に、レスターの魂の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺をからかって何が面白いんだ」

 

「あっはははは。いいじゃないか。相手にされてるうちが華さね」

 

「そういうものはいらないんだがな…」

 

 頭が痛いとばかりに、レスターはこめかみを押さえた。フォルテ曰く、いつ血がぴゅーってふきだすのか、という状態だった。

 

 ともかく、先ほどまでの暗い雰囲気は綺麗に吹き飛んだ。レスターには悪いが、レスターのおかげだということが出来ただろう。ミルフィーユの浮かべた表情についてレスターがたじろいだ瞬間に、ミントがすかさず口をはさんだおかげとも言える。

 

 打開したい気持ちは全員で一致していたので、ちとせも内心申し訳ないと思いながらも参加したに違いない。いや、きっとそうだろう。…天然で勘違いされたというよりは、そちらの方が救いが……どちらでの遠慮したいところだったと、レスターは考えた。

 

「…感傷に流されるのは結構なんだがな…調査に出てもらいたい。幽霊船の痕跡、あるいは交戦の痕跡でも見つけることが出来ればいいからな」

 

「はいよ。そのほかにはなにかあるのかい?」

 

「今のところは何もないな。…ただ、幽霊船が高い可能性で敵だろう。だから、準備だけは怠るなよ」

 

「了解いたしましたわ」

 

「…最後に、ブラマンシュ中尉」

 

「なんでしょう?」

 

「俺をダシに使うな」

 

 その一言で、エンジェル隊は全員、もう一度笑った。

 

 それを見て、レスターは呟いた。

 

(これでいいのか?タクト)と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから何日かが経過した。相変わらず異常なしという報告を続ける。だが、本当に何の異常もなくて艦隊が一つ消滅するはずもない。

 

 そして、その日も、異常なしという報告が来るはずだった。だが。

 

「救難信号を捉えた?」

 

『はい。なんか、レスターさんに指示されたところを調査していたら、救難信号を捉えました。…すぐに、消えちゃいましたけど』

 

「……いや、そうか。…出力が弱いのか、相当な距離があったのか、それとも……」

 

 それとも、何らかの原因で消滅してしまったか。

 

 その結論に到着したのとほぼ同時期に、突然それは現れた。

 

「レーダーに新たな反応……ドライブアウト反応、確認できません!」

 

 ココが叫ぶように報告をする。信じがたい内容を受け、しかし呆然とする暇も惜しいとばかりに即座に指示を出した。

 

「モニタに映し出せ!」

 

 レーダーに映し出された地点を拡大表示する。そこに、それはあった。

 

 それは全体的に赤く塗装されていた。それの概観は、トランスバールのものでも、黒き月による無人艦のものでも、ヴァル・ファスクの操る無人艦の、そのどれにも該当しなかった。

 

「第一級戦闘配備を通達!それから、該当艦に通信を繋げて見れてくれ」

 

「了解」

 

 アルモからの返答があり、あらゆる周波での通信が試みられる。その中の一つに反応があった。相手がモニタに映し出される。

 

「タクト!?」

 

『え?ヴァニラ?』

 

 各々の驚きの声を受け、モニタに映し出された人物は不愉快そうに眉をひそめた。もう一人は、表情を変える事はなかったが、目を見れば不機嫌になっていることが分かった。

 

『アークっていう人もだけど……そんなに君たちの英雄と僕が似ているのかな?』

 

 苛立ちを隠すことなく、彼は口にした。

 

 その口ぶりから、タクトではないと―――少なくとも、自分はタクトではないと言い張っていることが―――知ることが出来た。

 

『報告します。あの艦はトランスバール皇国軍、その中で白き月を守護する近衛軍特殊部隊ムーンエンジェル隊の旗艦、エルシオールです。そして、彼はレスター・クールダラス。トランスバールを襲った三度の脅威を退けたタクト・マイヤーズの副官です』

 

『ふうん……なるほど。その彼が間違えるって事は、つまりタクト・マイヤーズと僕は、』

 

『…瓜二つ、ということでしょう』

 

 ようやく彼女が口を開く。その話し方、イントネーション、その全てが彼らの記憶の中の彼女と合致していた。

 

 だが、何かが違う。それが、分かった。あれは、姿かたちが似ているだけの、別人だと。レスターは直感で理解した。

 

『僕に与えられた任務は、エルシオールを誘き出し、ムーンエンジェル隊の力を測ること。ヴァル・ファスクを退け、あまつさえゲルンも倒したその実力、それを知りたい』

 

「…お前は、タクトではないのか?」

 

『どれだけにていても、僕と彼は別人。僕の名前はソート・ハイアス』

 

『私の名前は、ファリア・カシス』

 

『『我らはザン・トゥスの一員として、君たちを滅ぼす』』

 

 それは、事実上の宣戦布告。同時に、レスターは時の声を上げた。

 

「ムーンエンジェル隊、発進せよ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってるのよ、タクトとヴァニラは!」

 

「別人だって言っていたみたいだけどね…モニタ越しにそれを確認する術は、ない」

 

「なら、捕らえるだけですわ。他人の空にでしたら、捕虜として扱うことにしますわ」

 

「本人でしたら、先輩方はどうなさるのですか?」

 

「決まっています!どうしてあっちにいるのか、ぜーんぶ話してもらいます!」

 

 同感です、私も同じことを考えていました、とちとせは返した。

 

『油断するなよ。ヴァル・ファスクとの顛末を知って尚単艦で向かってきたほどだ。よほどの自信があるのだろう』

 

「言われなくても!」

 

 各々の言葉で、レスターの激励に言葉を返し、彼女たちは問題の幽霊船へと紋章機を疾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラッキースターが先制攻撃を仕掛ける。その先制攻撃に対し、それは回避運動を取る。ピッチ角を30°下げ、右に旋回する軌道を取る。

 

 その進路上にすかさずカンフーファイターが牽制としてミサイルを放ち、目くらましとしてトリックマスターがフライヤーを放つ。

 

 そこにハッピートリガーの弾幕攻撃が開始される。大半はシールドで防がれてしまったようだ。だが、問題はない。今の攻撃、ダメージを与えることが主目的ではなかったからだ。

 

 こちらも目くらまし。

 

 攻撃の手を休め、それぞれの紋章機は転進する。攻撃の手が止まったところでピッチ角を元に戻し、主砲をこちらに向ける。

 

 それが見えた瞬間、

 

「フェイタルアロー!!」

 

 シャープシューターの長距離レールガンが唸り、高密度のエネルギーを伴った弾丸を放った。

 

 僅かなずれもなく、弓の名手が放った"矢"はまっすぐに姿をあらわした主砲に命中する。

 

 した、と見えた。

 

 咄嗟に主砲にシールドを全て集中し、今の一撃を防御することに成功。反面、主砲以外の箇所のシールド出力が失われ、丸裸も同然となった。

 

 そこに、機動性と速度がもっとも優れたカンフーファイターの一撃。アンカークロー。

 

 同時に第二射を構えるシャープシューター。主砲を撃たれるわけには行かない。動力部と直結しており、そんなところを攻撃されては行動が不可能、いや、爆発するだろう。

 

 それゆえに、主砲を装甲に再び収め、シールドを全体に広げなおす。それしか対抗手段は存在しなかった。

 

 他にも対抗策はあるだろう。だが、咄嗟に、そして即座に思いつく、敵の攻撃を凌ぐ策は今のところ主砲を封印する以外になかった。

 

 代わりに、"幽霊船"は小口径の砲門、中口径の砲門を開放、反撃に転じた。

 

 アンカーにレーザーを当てて方角を変えさせ、コクピットを照準し、マシンガンを放つ。重力や大気に阻害されず、まっすぐにそれはカンフーファイターを襲う。

 

 その程度の攻撃を回避できないランファではなかった。

 

 軽々とそれらの攻撃を回避し、アンカーをいったん戻す。

 

 それから、再度エルシオールの周囲に紋章機が集まる。今のは単なる小手調べだ。それは相手も同じだろう。互いの戦力を知るための軽い接触でしかない。

 

 そう、精鋭揃いの皇国軍が感嘆の溜息をもらしかねないこの応酬が、ただの小手調べなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回目のぶつかりあいを行おうと、場が緊張に満ち始めた。同時に、それは入ってきた。

 

 救難信号。ミルフィーユが拾ったものと、それは同じ信号を放っていた。同時に、幽霊船が登場したものと同様の仕方で出現した。すでにその姿はぼろぼろだった。どうやら追っ手から逃れてきたらしい。なんとか、それを撒いてきたといった風情だった。

 

『……該当する形状はトランスバールにもなく、EDENにもない。ヴァル・ファスクにそれがあるのか怪しいところだ。…どう考えても、敵側の救命艇か?』

 

 考える。同時に、幽霊船はその救命艇に攻撃を仕掛けた。レーザーがまっすぐに奔り、その救命艇をかすって行く。すぐに紋章機に救命艇とその幽霊船の間に入らせる。

 

『何を考えている!』

 

『…上からの命令だ。その救命艇に乗るものを捕まえるか、もしくは撃ち落とせ、という。僕としては気に入らないけれど、従わないわけにも行かない。それに、これは君たちの戦いよりも優先しなければならないみたいだからね』

 

 本当に気に入らないようだ。わざわざこちら側にその内容を伝えてくるのだから、相当なものだということが分かる。だが、だからといって無視できるものではない。ザン・トゥスと彼らは名乗っていた。ならば、この救命艇はザン・トゥスとなんらかのかかわりを持っているはずだった。

 

『…お前たちの実情をしるチャンスだ。この機会、みすみす逃すわけには行かない。エンジェル隊。作戦変更、その救命艇を助けろ!アルモ。救命艇に通信を繋げるか?』

 

『…駄目です!通信機器の類が壊れているようで、繋がりません!』

 

『仕方がない。…相手側にうまく伝わるか、分からないが…信号弾を放て!第二方面軍本部の方角だ!』

 

『物好きな人たちだよ、全く。…僕たちの邪魔をするなら、君たちを殺すしかないというのに』

 

『出来るものなら、やってみろ』

 

『その自信、驕りじゃなかったいいんだけどね!』

 

 最後に相手を互いに挑発し、通信が切られた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始より既に半刻が経過していた。エネルギーも弾薬も心もとなくなってきた頃、相手からの通信が入ってくる。

 

『…さすが、皇国軍最強の特殊部隊。こちらの残量エネルギーが半分をきった。悪いけど、ここで撤退させてもらうよ』

 

「逃がすと思っているのか?」

 

『君達は、僕たちに追いつく事は出来ない。…アークドライブ、開始』

 

 途端、それは赤い光に包まれ、そしてその赤い光に溶けるように姿を消した。

 

 現れるときも同様の方法で姿を現したのだろう。

 

「アークドライブとは、何だ?」

 

「クロノドライブと似たようなものではないでしょうか。…ただ、クロノドライブとは違う亜空間航法だと考えられます。そのために、ドライブアウト反応が確認できなかったのだと思います」

 

「…そうだろうな。でなければ、説明がつかない。…エンジェル隊。帰還しろ。エルシオールへ誘導するように、道を作れ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、救命艇はエルシオールへと格納された。それは、近くから見ると本当にぼろぼろだった。一度止めれば二度と起動してくれないだろう。騙し騙しここまでやって、いや、逃げて来たに違いがなかった。

 

 それにしても追っ手の姿が見えない。その理由が分からないが、どういうことだろうか。

 

 格納庫に、クルーが集合する。さすがに今回はケーラは来なかった。先ほどの戦闘で、負傷者がでたのだ。といってもかるくすりむいた程度の患者がほとんどだ。何しろ、基本的に戦艦に乗る軍医に出番などない。撃ち落とされたら、間違いなくクルーが全員死ぬからだ。

 

 といっても、このざわついた雰囲気。それは以前に、EDENからの使者、ルシャーティとヴァインが来た当時のことを彷彿とさせる。

 

 扉が開き、誰が出てくるかと皆が息を呑んで見守る。そして、そこから出てきた人物に、全員が驚愕した。

 

「ソート・ハイアスか……!?」

 

 レスターが叫び、身構える。それに、慌てたように彼は両手を前に突き出して、「待った、待った!」と叫んだ。

 

「やだな、久しぶりだからって俺と他人を間違えるなよ。レスター」

 

 あはは、と冷や汗と脂汗をかきながら弁解する。その調子に、レスターは別人だと確認し、ついでにタクトであることを知った。

 

 知ると同時に、レスターは歩き始めた。つかつかと。

 

 目の前まで歩き、レスターは早速胸倉を掴んだ。

 

「貴様、今までどこで何をしていた!!??」

 

 格納庫中にその声が響いた。目の前で叫ばれたタクトは目を白黒させた。頭の中できーん、と音がする。そばに居たヴァニラは驚いてしゃがみこみながら耳をふさいでいた。他の面々も同じようなものだ。例外は、紋章機からまだ降りていなかったエンジェル隊の面々くらいだった。

 

 しばらくしてから、タクトは「苦しいから、手を離して…」と、息も絶え絶えに答える。それに、レスターはタクトの胸倉から手を離すが、その肩はまだ怒っていたし、いつにもまして無表情で、ついでに冷たい光を宿した瞳を見ればどの程度怒っているのかは見て取れた。

 

 かつてないほどに怒っているレスターを見て、タクトも息を呑んだ。

 

 だが、正直に言えば、これまでの記憶がほとんどタクトにはなかった。

 

「ごめん……その、あの時から……」

 

 口にした瞬間、どくん、と、

 

 

 ―――心臓が、

 

 

                                              ひときわ高く、

 

 

 

                           灼熱が、

 

 

 

        胸から、

 

 

        

                                         背中へ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……!?くぅ……つっ」

 

「うっ……あ……」

 

 突然、胸を押さえ、苦しみ始めたタクトとヴァニラを見て、怒りに支配されていたレスターも頭が冷えた。尋常ではない苦しみようだった。見る見るうちに顔色が失われていく。

 

「おい、どうした、タクト!タクト!!」

 

 視界が、赤く、暗く、奈落へと。

 

「タクト!タクト!!」

 

 徐々に遠くなっていく声。その声を頼りに、タクトは、意識をつなぎとめた。

 

「……なんで……俺たちは、生きて……分からない、あの場所は、どこだ……トランスバールではない、あの場所は……」

 

 脳裏を、よぎる光景。

 

 そこに映った、一人の人物。服装こそ違えど、その姿は、

 

「エ…………が、生きて…………あの時に、死んだ、はず……」

 

 そこまで、だった。そこでふっつりと、タクトの意識は、途切れた。

 

 ただ、奇妙なことに、こちらに駆け寄ってくる、エンジェル隊の五人の足音と、こちらを心配する声は、奇妙なほどに、良く、覚えていた。