没個を人は酷く嫌うが、誰しもが没個の定義を知らない。

 

個性を認めずに。異能の苦悩も知らずして。普通では嫌などと、誰がそんな偉そうな事を。

 

今日、エルシオールにやってきた少女―――ミント・ブラマンシュと言う新エンジェル隊員は、どうやらテレパスらしい。

 

彼女の瞳は汚い世をはっきり映して、酷く傷ついていた。

 

クロミエ・クワルクの日記より。

 

 

 

夏の終わりと少年と少女

 

 

 

第2話

「残るは一週間。そしてハプニング」

 

 

 

 

 

「…これ以上、ミントお嬢様を最前線に立たせることはお止めください!」

ブラマンシュ社員が、忙しなく髪型を正しながら、まるで怯えるように話す。

「ブラマンシュ財閥の社員皆、ミントお嬢さまが危険な目に遭わないか心配で精神をすり減らす日々を過ごしているんですよ!」

何を言ってるんだ、『さもないと、説得を任された私の進退問題に繋がります!』の間違いだろう。タクトは心の中でそう毒づいた。

「しかし、激化するヴァル・ファスクの戦いにおいて銀河最強とも言える紋章機を一機使えないのでは、話にならないんです!」

 不毛だ。こんな事言わずとも分かるだろう。さっさと通信を切ってしまいたい。

モニター越しに砂を噛むような口論が飛び交っていた。

 

 

「とにかく、戦いが終わるまではとてもそうはできません! そもそも、そう言う人事の話は我々に権限がありませんので、軍部と白き月を通してからにして下さい!」

 

ピッ!

 

荒々しい一方的な押し切りで通信を切る。

 

何とも滑稽なほど、先ほどの騒音は去っていった。

 

 

 

――――――――――ガンッ!

タクトは苦虫を噛んだような表情で机を荒々しく叩いた。

「くそ…なんで誰も…」

…彼女の事を何一つ考えてないんだよ…

『保身』の二文字しかない彼らの心象は余りにも浅はかで。マニュアルしかこなせない彼らの話術は余りにも稚拙で。

ミントに説得をしてもらおうにも、彼女をこんな連中の前に出せるわけが無い。

彼らの心はまるで刃だ。触れると、たちどころに相手を傷つける。

これが現実(普通の人間の姿)なんだなと思うと、酷く哀しくなってくる。

これを押さえつけてるんだなと、ダルノー・ブラマンシュの恐ろしさを再認識する。

レスターが、何も言わずにポンと肩を叩いた。

 

それは、ヴァル・ファスクと戦う前の事だった。

 

 

 

「……ですから、ミントにはまだ……!」

そして今、彼はとうとう怪物と向き合っていた。

たった腕一本で財閥まで築き上げた、この銀河有数の権威。

汚き世を渡り歩き、荒み切った心を見透かし、それを踏みにじり利用さえもする。ブラマンシュ財閥長の初老の男性、という言葉では彼を表現するには余りにも乏しい情報だった。

 

 

「…まだ、何だというのだね? ヴァル・ファスクとの戦いは終わったのだろう?」

司令室内の空気は張り詰めていた。降りかかるプレッシャーは、普段は口八丁手八丁の彼も後手に回らざるを得なかった。

 

言葉を詰まらせたタクトに、たたみ掛けるような言葉。

 

「……もう良かろう、マイヤーズ君。1週間後、そちらに赴こう。娘に支度をさせておいてくれたまえ」

 

「ま、待ってください! ダルノーさん! ………」

 

 

その後、彼は自身の顔だけを薄く映している真っ黒なモニターを遣る瀬無く睨み続けていた。

 

肩を叩いてくれるはずのレスターは、先ほど勤務に出かけていた。

 

 

―――――クジラルーム

 

 

「…タクトさん」

気晴らしに出てみたクジラルーム。

フラリ、フラリと海岸線を散歩していると、波の音に混じって少年の声が聞こえた。

「……クロミエ」

疲弊した顔の先に映った少年の顔は例に無い真剣な表情をしていた。

「ど、どうかした?」

「…タクトさんの心…揺らぎがあります。何かを恐れているような」

 

脈動する8ビートの加速に不調和な一定の波音。

クレシェンド。クレシェンド。

「…別に」

クレシェンド、クレシェンド、クレシェンド、クレシェンド、クレシェンド。

「いつですか?」

 

忽然と少年は問い詰めた。

 

悟られてしまったか。タクトはそう思うと同時に溜め息を吐いた。

 

ア テンポ。

 

「………一週間後」

腹を割ったタクトの言葉に、少年は目を大きく開き、すぐさま目を細めて俯いた。

「……本人には、伝えるんですか?」

 

「今、シャトヤーン様に連絡を入れた。何とか根回しをしてもらえたなら、大丈夫かもしれないから取り敢えずは…」

 

その表情は、僅かな可能性でしかないことを物語っていた。

 

 

 

 

 

その頃、ブリッジ。

 

「ふ、ふ、副司令の…ばかぁーーーーーーーー!!!」

 

ブリッジに絶叫が木霊する。

入り口にいたレスターを跳ね除け、ライトパープルの髪がブリッジから姿を消した。

 

数秒後、代わりにライトブルーがひょっこり姿を現した。

「今、アルモさんが泣きながら走っていきましたけど………何事ですの?」

 

普通の事態ではない事は十分に理解する事が出来た。

 

狐につままれた表情のまま、入り口に突っ立っているエルシオールの副司令。

引きつった笑顔を保つことで精一杯なレーダー担当オペレーター。

 

そして先程の赤面号泣少女。

 

ココはミントを認めると、 

「そ、それが……」

慌てふためきながらも説明に入った。

 

当のレスターは呆けたまま、相変わらず赤面号泣少女が走り抜けていった方向を見ていた。

 

 

 

仲の良いココとアルモは二人揃って当直だった。いつものように、何事も無く時間は過ぎてゆき、午前8時55分。勤務時間も終わりに差し掛かった頃。

 

「よし、決めた! あたし、今日こそクールダラス副司令に告白する!」

 

ココは、「またか」と言わんばかりに白々しい目を、握りこぶしを作って意気込む彼女に向けた。

 

「何よ、その顔。今度こそ言うったら言うんだから」

 

「…あのねえ、アルモ。それ何回言えば気が済むの?」

 

「馬鹿にしないでよ、今日は本当に言うんだから!」

 

それも何回も聞いた、と喉の奥から出てくる言葉を必死で押しとどめる。

霧がない。仕方なく代わりの言葉を用意する。

「…だったら、副司令にどんな風に告白するの? 実演して見せてよ」

アルモは、指を鳴らして「それはだねぇ」と棒読みな声をあげたココを尻目にポーズ(胸の前で手を組んで、さもシリアスな顔)を作った。

 

(何でこんなに本人の前じゃなかったら、ここまで積極的に出来るんだろう)

彼女は心底そう思って眼鏡を押し上げた。

 

もしかしたら、この小さな偶然が無かったら内気(恋にかけては)な彼女は永遠に彼に想いを伝える事は無かったのかもしれない。だから機械仕掛けのシミュレーションより人生は面白いのだろう。

 

プシュー…

「…クールダラス副司令! 私は、貴方の事が好きですっ!」

……

さも満足そうにウインクなんかしながらココに視線を送る。彼女の凍りついた表情に気付いた時には遅かった。

「「「……………」」」

…………………

冗談のような重い空気がブリッジを埋める。アルモの青白くなった顔の矛先は、ブリッジの入り口、隻眼の青年に。

 

顔色がナスからトマトに変わる。

 

そして、先ほど。

 

「……これ以上に無いタイミングの妙ですわね…」

これ以上に無いほど良いのか悪いのかはともかくとして。

 

 

「で、副司令、いかがなさるおつもりで?」

 

「いや、どうと言われてもだな…」

当の本人は未だ戸惑うばかりで、髪の毛を掻いている。

それを見ていたミントは何かを察した様子で、にっこりと笑顔を見せた。

 

 

「副司令、貴方はアルモさんの事がお好きですのね」