第一章「ただ、幸せなる日々を」
ヴァル・ファスクとの戦いを終えて、数ヶ月。トランスバールとEDENは実に平和な日々を送っていた。
エンジェル隊の活動も、昔のようにロストテクノロジーの調査、解明であったが、それさえものんびりとしたものだった。
そんな平和も、一重にヴァル・ファスクとの激戦を終えたからと言っても過言ではない。
と、そんな中で愛する人と結ばれたことを思い出し、頬が染まる。
あの時は、本当に恥ずかしかった。まさかあの人に告白して気絶するなど、思ってもみなかった。
その後はEDENのスカイパレスでみんなに祝福されて・・・恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しかった。
みんなに祝福されて、タクトさんと恋人同士になれたことが。
「ちとせ?俺だけど・・・入っていいかい?」
「あ、はい!どうぞ!」
タクトさんの声に少しだけ驚いて、慌てて返事する。
―――まだ約束の時間より早いのに・・・
が、少しでも早くタクトさんとお茶できるのは嬉しい。
・・・正直に言えば、先程まで今か今かと待ちわびていたのだ。
「お邪魔しまーす・・・って、へぇ・・・」
「な、なんですか?」
タクトさんの視線が自分の全身をじーっと見ている。
確かに、今日はタクトさんの希望で茶道を披露することになったので、それなりの着物に着替えたけれど・・・どこかおかしなところでもあったのだろうか?
「いや、やっぱりちとせは着物が似合うなぁって・・・」
「え・・・!?」
思いもしなかったタクトさんの言葉に、今度は一気に顔の温度が上がっていく。
「あ・・・えと、その・・・」
こういう時は一体どのような反応をすればいいのだろう?
熱で頭が沸騰している。
考えがまとまらない。
だから、私は消えるような声で、
「・・・・・・ありがとう、ございます」
と、それだけを言った。
「で、茶道って聞いたことはあるんだけど・・・どうすればいいのかな?」
「ふふっ、ちゃんと初めから説明しますので」
ニッコリ笑って、タクトさんも―――お願いします―――といった感じで冗談まじりに会釈してくれた。
「タクトさんは初めてですから・・・お濃茶より、お薄のほうがよいですね」
「ええと・・・ちとせ、俺、そこら辺からわからないんだけど・・・」
「あ、すいません。―――えっと、お薄は、まぁお茶のカプチーノみたいなものです」
「カプチーノ、ね。うん、それならなんとなくわかる」
嬉しそうに頷いてる。
時々、タクトさんは子どものように見えてならない。
もっとも、そんな彼を好きなったのは、私なのだが。
「では・・・。タクトさんは初めてですので、作法などもあまり気にしないで結構ですよ」
言って、私はお茶をたて始めた。
ちとせは茶碗に茶器から抹茶を入れ、同様にお湯を入れてから茶筅でお茶をたてていく。
その流れるような動作が、綺麗で、和やかで、落ち着く。
やがて、茶筅でお茶をたてる、心地よい音だけが、部屋の中に響く。
和室の畳の上で、この一定のリズムから奏でられる音と、ほんのりと香るお茶の香りが、心をこれ以上なく、落ち着かせてくれる。
「本当は、お菓子を用意できればよかったのですが・・・」
「ああ、緑高(フチダカ)っていうやつ?」
「いえ、あれはお濃茶のときの特別なお菓子なんです」
「へぇ・・・」
相変わらず、ちとせは物知りだ。
我ながら、よくこんな聡明で可愛らしい娘と恋人になれたのだと、しみじみ思う。
正直、自分にはもったいないくらいだ。――――――誰にも渡す気はさらさらないが。
「・・・どうぞ」
などと考えているうちにお茶が出来てしまった。
しまった。ちょっとしか作法を知らない。
ちとせの前で恥をかくのもなんだし、・・・どうしたものか?
と、そんな苦悩しているのがバレたのか、ちとせはクスクス笑いだした。
「無理せずに、タクトさんの楽なように飲んでいただければいいですよ」
「む・・・そう?・・・・・・面目ない」
とりあえず知識不足の自分に懺悔してから、テレビでみたように見よう見まねでお茶を飲む。
――――――と、
(お、おいしい・・・!?)
正直、以外だった。
お茶の渋みよりも、香りと甘さが際立つ、さわやかともいえる味。
てっきり、かなり苦いものなのだと思っていたのだが。
(―――ああ、そっか・・・)
これはちとせの気遣いだ。
ちとせはお薄を入れてくれたのだ。お茶に慣れていない、自分のために。
これがお濃茶だったら、多分口に合わなかっただろう。
ちとせのささやかな気遣いに感謝しながら、タクトはお茶を全て飲み干した。
「・・・・・・」
「・・・?」
お茶碗を持ったまま硬直している自分に、ちとせは首を傾げている。
「ええっと・・・・・・結構なお手前、でした・・・?」
「お粗末様でした」
疑問符を浮かべながら答えるタクトに、ちとせはまたクスクス笑いながら、返事を返した。
とりあえずのちとせの茶道教室(?)が終わり、タクトは庭を眺めながらのんびりとくつろいでいた。
「タクトさん、どうぞ」
振り返ってちとせを見ると、いつものエンジェル隊の制服に着替えていた。
これはこれで似合うのだが、先程の着物姿のちとせが頭に焼き付いている。
(うーん・・・髪をおだんご頭にまとめたちとせもいいなぁ・・・)
などと不謹慎なことを考えていると、ちとせは不思議そうに自分の顔を覗き込んでくる。
「タクトさん?どうかしましたか?」
「あ、ああいや、なんでもないんだ」
「?」
なんとか誤魔化し、タクトはちとせの入れてくれた緑茶をすすった。
先程のお茶も美味しかったが、この緑茶も充分においしい。
「・・・平和、ですね」
「そうだね・・・」
特に何かを話すわけでもなく、ただ無言の時間を過ごした。
会話がないのではなく、会話をする必要がない。
タクトとちとせは、お互いがお互いの存在を許しており、それが当たり前の空気なのだ。
故に、会話をしなくても、二人は共有の時間を過ごしているのだ。
(・・・でも)
そんな落ち着いた時間も悪くないが、タクトは普通に遊んでもいいと思う。
(ふむ)
思い立ったが矢先、タクトは即座に行動に移すことにした。
そもそも、今の時期に邪魔になるものなど何もないのだ。
あるとすれば、レスターぐらいなものか。
まぁ、それは後でなんとでもなる。
「ちとせ」
「はい、なんですか?」
いつもの笑顔で、ちとせは振り返った。
微かに揺れる黒髪に、思わず目を奪われる。
思わず、その髪を撫でていた。
「タ、タクトさん?」
「あ・・・ご、ごめんちとせ!!つい、その・・・」
などと言っているくせに、伸ばした手は引っ込めない。
「・・・いいですよ」
「え?」
「タクトさんになら、いいですよ」
感動で涙が出てきそうだ。
ああ、本当にちとせはいい娘だと思う。
「じゃ、遠慮なく・・・」
タクトはちとせの後ろにまわって、髪を撫で始めた。
水質感、光質感、共に携えているちとせの黒髪。
サラサラしていて、ツヤがあり、それでいて、いい香りがする。
「ちとせの髪・・・本当に綺麗だね」
「タクトさんにそう言ってもらえると、嬉しいです」
と、そこまでして気になった。
「なあちとせ」
「はい?なんですか?」
「ちとせ、いつもこの赤いリボンしてるよね。・・・・・・なにか思い出の品だったりする?」
一瞬、沈黙が流れた。
「――――――はい、父さまがくれたものなのです」
「ちとせの、お父さん?」
「はい。・・・父さまからもらった、大切なものなのです・・・」
覗き込んだちとせの顔は、嬉しそうで懐かしさに溢れていて、
――――――そんな顔をさせる相手に、タクトは少し嫉妬した。
(って、相手はちとせのお父さんじゃないか!何考えてんだろ、俺・・・)
馬鹿な考えだと、頭から振り払った。
それが、後々糸を引かれるものになるとは知らずに。
なんだか話が脱線したので、話を戻した。
とりあえず、ちとせの隣に移動して、また緑茶をすする。
気持ちを落ち着かせて、一息。
「ちとせ、有休使ってデートしよう」
「はい。―――・・・て、えっ!?」
思わず返答したちとせは、返答してからその意味を理解した。
「よーし約束したぞ。じゃあ俺とちとせの有休届け、送っておくから」
「え!?あの、タクトさん!?いいんですか!?」
「いや・・・有休は使ってこそ有休でしょ」
正論を前に黙り込むちとせ。
ひょっとして無理やりすぎたかな?と思ったが。
「・・・はい!楽しみにしてますね」
その笑顔で、そんな不安も吹き飛んだ。
さて、久しぶりのデートだ。今から楽しみで仕方がない。
ちとせと一緒にどこへ行こうか。
その日の月は、何故か、怪しく輝いて見えた。
〜あとがき〜
さて、挑戦するつもりで初めての分野に突入してみました。八下創樹です。
えー、きっかけは自分で書いて見てみようとも思いましたし、何より、ファルさんからの強い要望(リクエスト)があったからです。
なんていうか、本当に難しいです。文章自体もかなり短いですし。
まぁ、今の自分は勉強あるのみですから。頑張っていきたいと思います。
とりあえず、のんびりとタクトとちとせの行方を見守ってくだされば、幸いです。
後、一応ですがこちらよりも先に投稿した「ENDLESS OF ETERNIA」の方の更新を若干優先させて書きますので。こちらはのんびりしたペースで行きたいと思ってます。
本編も基本はノンビリした感じですので、ゆったりとお付き合いください。
それでは、未熟ですがお付き合いくださいませ。