第二章「あなたに私が、私にあなたが」

 

 

 

 

 

 

さて、そういうことでちとせとデートすることになった。

しかも泊りがけである。

なんというか、せっかくなのだからまとめて休みを取ったのだ。実に五日間ほど。

――――――後でレスターにどやされるのは覚悟の上である。

そういうわけで、リゾート惑星に行こうということになったのだが、初日から帰りが怖い。

レスターではなく、エンジェル隊が、である。

その理由は、ちとせとエルシオールから降りるときに待ち合わせしたのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ・・・ふつつか者、ですが・・・」

「ちとせ、違う。それ違う」

なんだか泊りがけということで見当違いな感違いを見せつけてくれた。

「ほおぅ・・・どういうことだい?タクト」

「きっちりと説明していただきますわよ」

「タクトさん、ちとせをどうするつもりですか!?」

「さぁ、薄情なさい!!」

「・・・・・・」

ここに、天使であるはずの、悪魔5人集が降臨した。

「いや、そんなこと・・・」

否定しようとしたのに、言葉が出てこない。

まさか、心の奥底でそんなことを考えているのとでもいうのか?

と、そこで気がついた。

――――――しまった、ミントがいた!!

時すでに遅し。ミントのあの顔はきっちりこちらの考えを読まれた後だ。

「タ、タクトさん・・・?」

「・・・すいません、男なので妄想はたくましくて・・・。―――お願いだから、そんな目で見ないでくれ・・・」

なんていうか、ミントと視線を合わせられない。

無論、そうすることで残りの4人の邪悪なオーラが高まったのは言うまでもない。

「に、逃げるぞちとせっっ!!」

「は、え・・・えぇ!?」

ちとせの手を掴み、全力でダッシュ。昇降口目指して突き進む。

後ろでみんなが何かを叫んでいるが気にしない。

というか、足元で銃弾が散ったのは気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまぁ、帰りが怖くなるが今は楽しむべきである。

ようやくのことでリゾート惑星、ラクエーンに到着したのだから。

 

 

 

早々とホテルにチェックインし、早速海で泳ぐことにした。

――――――そうして海で待つこと30分。

「・・・遅いな、ちとせ」

一人、浜辺でポツンとしていた。

なんつーか、悲しすぎる。というより周りの哀れみにも似た視線が辛すぎる。

目の前を通り過ぎるカップル。―――いいなぁ、楽しそうだなぁ・・・

「ちとせ〜〜〜、早く来て〜〜〜・・・」

思わず嘆いた直後、

「す、すみませんタクトさん!!遅くなってしまって・・・」

待ち望んだ恋人の声が聞こえた。

「ちとせ!!遅かっ・・・た、ね・・・」

振り返って、硬直する。

視界いっぱいに、水着姿のちとせが飛び込んできた。

 

色は純白。ワンピースタイプの水着だ。ちとせに実に似合う。

長い髪を三つ網にしており、どこかいつもとは違った印象を見せつけられる。

その黒髪と、きめ細かい白い肌に、純白の水着はちとせの美しさを存分に引き出している。

ワンピースの水着は肌の露出部分こそ少ないが、腕と足だけでも、ちとせの地肌の美しさをこれでもかと見せつけてくれる。

というか、スタイルが良すぎる。

バランスのいい体つきは、健康的な女性の魅力を表しており、正直、目のやり場に困るほどだ。

というか、ちとせってあんなに胸、あったんだ。―――などとしみじみ思ってしまった。

 

「あの・・・タクトさん?」

ちとせの声で我に返る。

くそう、感動してまともなコメントが出てこない。

かく言うちとせも、自分の視線が水着に注目しているのに気づき、恥ずかしそうに身を捩った。

それすらも、誘惑されているとしか思えない魅力があった。

「あの・・・この水着、どこか変ですか・・・?」

心配そうに尋ねてくるちとせ。

そんなことを思わせてしまったことが、情けなかった。

「いや、ごめん。ちとせの水着姿があんまりにも綺麗でさ、感動してたんだ」

「あ、う・・・・」

瞬間沸騰するちとせの顔。うーむ、このまま気絶されるのは非常に困るのだが。

が、多少は免疫がついたのか、ちとせはなんとか気絶しなかった。

「そ、その・・・ありがとうございます」

慎ましく、お礼をするちとせ。

そんなちとせの手を取り、海へ駆け出した。

「よし!まずは思いっきり泳ごう、ちとせ!!」

「あ・・・は、はい!!タクトさん!!」

照れながらも、ちとせは眩しすぎるほどの笑顔で答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

「さて、いきなりだけど・・・ちとせ、泳げる?」

腰元まで海につかっているところで、ちとせに向き直る。

「はい、多少は・・・。―――タクトさんは、泳げるのですか?」

「うん、結構自信あるよ。小さい頃、ばーちゃん家の近くの川で素潜りで魚獲ってたから」

「す、凄いですね・・・」

思わず感心されてしまった。

と、なんだか期待の眼差しを向けられている。

「タクトさん」

「・・・また後でやってみせるから」

ちとせの言いたいことを自ら代弁し、ため息をつく。

ちとせに憧れの眼差しを向けられるのは悪くないんだが、なんだか内容がなさけない。

「それにしても・・・タクトさんのお婆さまは、素敵な方なんですね」

「・・・ああ。俺の、自慢のばーちゃんだよ。今でも、大好きだ」

どこか懐かしそうな顔で、子どものような笑みを浮かべてしまった気がする。

まぁ、ちとせはいつもと変わらず笑顔なので、気にしなかったが。

けど、いつか、会わせてみたいと思った。ちとせと、ばーちゃんを。

「じゃあ、適当に泳ごうか」

「はい、お供します」

こんな時までお供するのか、と言いたくなったけど、これがちとせらしい。

それに、自分たちはそんなに気を使わなくてもいいのだから。

いつも通りに、ありのままの自分たちでいる。

自分たちは、それで楽しめるのだから。

とりあえず、いきなり潜水してちとせを驚かせるという、イタズラ心を発動することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく泳いでいる時のことだ。

ちとせの華麗なフォームのクロールを後ろから平泳ぎで眺めていると、腕に何かが絡まった。

「ん・・・?」

気になって左腕を見てみると、赤いモノが絡まっていた。

「これ・・・ちとせのリボンじゃ・・・」

思ってちとせをよく見てみると、確かにリボンが解けているのがわかった。

といっても、大量の髪をまとめているわけでもないので、あまり髪にバラつきは見られないが。

(ま、上がってから返せばいいか)

そんな気楽な考えで、リボンを左の手首に巻いて、再びちとせの後を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー泳いだー・・・」

実に1時間近くも泳ぎ続け、さすがにクタクタになり、ビーチパラソルの下に引いてあるレジャーシートに倒れこんだ。

「お疲れさまです、タクトさん」

見上げたちとせの姿が、また心拍数を加速させる。

太陽の光を背に、こちらを覗き込む形のちとせ。特に胸の大きさが強調されて、思わず目がそちらに移ってしまう。

「?どうかしました?」

「あ、ああいや、なんでもないよ」

誤魔化すように身を起こし、ちとせからお茶のペットボトルを受け取って、中身を喉に流し込む。

よく冷えたお茶が喉を潤し、体の内側から生き返ったような気持ちになる。

「・・・平和だね」

「そうですね・・・」

何気ない言葉に、何気なく返す二人。

決して、ランファの望むようなラブラブなイチャつきみたいなことはしないが、これだけで充分に満足だ。

二人で、同じ時間、同じ気持ちを共有する。

それが、なによりも嬉しくて、幸せだった。

「―――・・・?タクトさん、その、手首に巻いているものは・・・?」

と、ちとせがリボンの存在に気づいた。

いけない、自分もすっかり忘れてしまっていた。

「あ、そうそう。これ、ちとせのだろ?泳いでる途中に解けたのに気づいてさ」

手首からリボンを解き、普通に手渡そうとした。

けど、ちとせはそれを奪うかのように取り、両手で固くリボンを握り締めた。

「――――――」

咄嗟のことに、言葉が出てこない。

ちとせがあのリボンを大事にしているのはわかる。だから、あの反応だって当たり前のはずなのに。

なのに、その先にある、そう思わせている人物のことがこの上なく妬ましく思ってしまった。

今のこの気持ち。

苦しくて、悔しくて、でも、どうしようもない、気持ち。

――――――それは、紛れもなく嫉妬だった。

(・・・俺って、こんなに嫌な人間だったのかな・・・)

そういう人間にはなりたくないと、ずっと思っていたのに。

けれど、それでも。

今の自分には、決して譲れない、大切な人が出来たのだ。

譲らない。奪わせない。ちとせは、俺の――――――

(くそっ!!何を考えてるんだ・・・)

堪らず自己嫌悪に陥り、頭を振って考えを振り払った。

 

 

 

と、そこまでして、ちとせが自分の行為に気づいた。

「あ・・・す、すみません。え、と、私・・・」

なんてことをしてしまったのだろう。

タクトさんは、ただ親切にリボンを拾っておいてくれたのに、なのに自分は、それを奪い取るようにしてしまった。

ただ、リボンが大切だっただけ。

なのに、その行為はタクトさんを傷つけてしまった。タクトさんの顔を見ればわかる。

驚いて、けれど、その瞳は悲しげだった。

大切な人なのに。

どうして、どうして傷つけてしまうのだろう。

「ご、ごめんなさい・・・」

だから、私には謝ることしか出来なかった。

このような時どうすればいいか、私にはわからなかった。

―――なのに、

「―――ん、いいよ、気にしてない。それだけちとせにとって大事なものなんだから」

この人は、笑顔でそれを許してくれた。

「だから、そんなに謝らなくていいよ。そんなことで、俺は怒ったりしないからさ」

いつだってそうだ。

タクトさんの恋人になってから、タクトさんの恋人として恥じないように頑張っているのに、最後にはこの人の優しさに甘えてしまう。

そんな自分が情けなくて、けれど、少し喜んでいる自分がいた。

だから、嬉しくて、感謝したくて、私は――――――

―――タクトさんに抱きついた。

「ち、ちとせっっ!?」

自分でも驚いている。なんでこんなことをしているのだろう。

タクトさんの胸がドキドキしている。けれどそれ以上の速度で、私の胸がドキドキしている。

私もタクトさんも、お互い次にどうすればいいのか解らず、しばらくそのままで硬直してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・夜風が気持ちいいなぁ」

夜。ホテルで夕食を済ませてから、タクトは少し涼みに行こうと、入り江の見える岬まで歩いていた。

僅かに髪を靡かせる涼しい風がこの上なく気持ちいい。

「・・・にしても、昼間のちとせにはびっくりした・・・」

 

結局、あのまま二人は30分以上も硬直してしまい、気づけばちとせが恥ずかしさで気絶していたという、なんともなさけないオチである。

 

「・・・正直、嬉しかったけど」

などという本心はちとせを前にしては絶対に言えないが。

ビュウッと吹いた風が今度は着ているシャツをはためかせた。

夜空を見上げれば、月が優しく輝いている。月光を映している入り江が、これ以上なく美しい。

「―――ちとせも連れてくればよかったな」

「呼びましたか?タクトさん」

「えっ・・・ちとせ?」

いきなり後ろから声をかけられ、驚いた。

なにせ、気配はもちろん、足音すら聞こえなかったからだ。

「なんだ、もっと早く声をかけてくれればよかったのに」

「少し・・・タクトさんを驚かせてみたかったので」

イタズラっぽく微笑むちとせ。小悪魔的ともいえない、純粋に可愛らしい笑顔だ。

ちとせの服装は、ちとせにしては珍しい、水色の生地のキャミソールに、白のブラウスを羽織っている。

肌の露出を極力控えているのだろうが、それでも服の隙間から見える、ちとせの肌の美しさには目を奪われる。

ちとせは自然に、当たり前のように自分の隣に腰かけ、並んで月が写る入り江を眺めた。

「・・・綺麗です」

「うん、そうだね」

少しだけ触れている肩が温かい。

ほんの僅かな肌の触れ合いだが、それだけで充分だった。

自分のもっとも愛する人と共有する時間。これ以上に望むものなどあり得ない。

タクトとちとせは、しばらくその静かな心安らぐ時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ?」

ふと、見上げた月の異変に、タクトは首を傾げた。

「あれって・・・朧月?」

月がほのかに霞んで見える。これが春だったら紛れも無く、朧月なのだが。

今の月は、単にかすんでるだけだ。

「ねえちとせ。あの月・・・―――」

直後、ちとせがゆらりと立ち上がった。

月の光を浴びながら立ち上がるちとせが、どこか不安定に見えた。

「ちとせ?どうし、――――――」

直後、 が頭に直接響いた。

 

 

 

 

 

――――――その想い  ため息にのせ  捨てた。

      崩れた心の破片   漂い続ける

                同じ時間に居られるだけで

      遠い記憶           ゆけるのに

      見つめ合った一瞬が             光に

      

               孤独 落 と

 

月の揺りかご(クレイドルムーン)

 

 

 

 

 

「――――――。・・・歌?」

歌、もしくは詩。

囁くような、詠うような口ぶりで、心の中へ染み込むように響いてきた。

 

 

「綺麗な朧月。白夜のように続けばいいのに」

 

 

その声に、思わず驚愕した。

「ちと、せ・・・?」

振り向いたその姿。確かにちとせだ。

――――――血のような真紅の瞳に、蒼穹のような青い瞳でなければ。

「綺麗な月。そう思いますよね、タクト(・・・)

「ちとせ、じゃない。―――誰だ、君は」

「あなたがこの体の主をちとせと呼ぶのなら、ちとせでしょう?」

誘うような声。なのに、不思議と怒りも何もこみ上げてこない。

「憶えておいて。私は、あなたたちの想いの結果、ここにいるのよ」

「な・・・?」

「じゃあね、今日の朧月はここまで。―――はやく気づきなさい、タクト。この娘の気持ちに」

最後にそれだけ告げて、目を閉じた。そうすると、ちとせの瞳の色は元に戻った。

「本当に綺麗ですね、タクトさん。――――――・・・タクト、さん?」

いきなり、ちとせはちとせに戻った。

「え、あ、うん・・・」

「・・・?おかしなタクトさん」

可笑しそうに笑い、また月を見上げるちとせ。

また、彼女の意識がどこかへ行ってしまいそうで、思わず手を握り締めた。

「タ、タクト・・・さん?」

その温もりを感じ、ちとせがここにいるのだと自覚する。

「―――そろそろ戻ろっか。明日に差し支えるといけないし」

「はい、わかりました」

そのまま手を離すことなく、タクトとちとせはホテルへ足を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女(?)は言った。

自分たちの想いの結果、現れたのだと。

ちとせの気持ちに気づけ、と。

 

 

 

――――――そんなことよりも、

 

 

 

タクトは、さっきの(うた)が頭に残っていた。

あの歌詞は、所々抜けていた。

ただ、それだけが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの月は、どこか怪しく、何故か、霞んで見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

まずはすみません。懺悔いたします。

自分でほのラブと宣言しておきながら趣旨変わってるかもしれません。(なんだソレ)

いえ、確実にほのラブなのですが、伏線がえらくビッグになりました。久しぶりにファンタジー思考の回路使ったからですかねぇ、なんかネタが出てしまったのです。

うーんミステリーみたいですね。とは我が兄者の言葉。そんなつもりはないのですが。

まぁ、しつこいですが、ほのラブなので。ちょっと伏線がデカイ(?)だけで。

それでは。のんびりのんびりお付き合いくださいませ。