第五章「幻影蒼月」

 

 

 

 

 

 

その日は、あきらかにいつもとは違った。

ちとせの実家で目を覚まし、慣れない雰囲気の中、すぐに着替えた。

休暇時であっても持っていくようにとレスターに言われた、皇国軍の軍服。コンパクトにして持っていけたのは、ロストテクノロジーならではだ。

軍服、いや、礼服といった方がいいだろう。

その服装で、居間でちとせの母と会うと、ちとせのお母さんはただ静かに頭を下げた。

それはきっと、伝えてもいないのに、何をするかをわかってくれたからだろう。

この日ばかりは、ちとせも寝ぼけていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませ、しばらくするとちとせがやってきた。

家にあったであろう、黒を主体とした礼服。

ちとせに似合うのに、感動はあまりなかった。

「タクトさん・・・」

「・・・うん、わかった」

多くの言葉はいらない。

そんなもの言わなくても、ちとせの顔を見ればわかる。

だから、ただ頷いた。

ちとせのお母さんは、同様に着物に着替えて、待っていてくれた。

「――――――」

正直、自分が行っていいのか疑問に思う。

きっと、これは烏丸家のことだ。

今はまだ、他人である自分が関わっていいことではないと思う。

けれど。

こんなに寂しげな顔をするちとせとお母さんを、そのままになんて出来なかった。

だから、誘われたからという偽善の逃げ道を使って、自分も参加した。

面目上の逃げ道を使うのが、吐き捨てるぐらい、嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、墓地についた。

本当は、おおきな慰霊碑を建てることもできたのだけれど、父さまはそんなのは望まなかった。

 

――――――ただ、みんなと同じところに落ち着きたい。

 

その希望通り、父さまの墓は墓地の中に、普通の墓として建てられた。

毎年来ているから、一年ぶりの再会ということになる。

会話も何のない対面。

私は、父さまにかける言葉を持っているのだろうか?

父さまが必死で守ってくれた家族。

なのに、私はそんな父さまと同じ道を歩んでいる。

そんな私を、父さまは許してくれるのだろうか。

「さあ、まずは清めてしまいましょうか」

「・・・はい」

「わかりました」

ただ頷く私と違って、タクトさんはテキパキと動いてくれた。

タクトさんは、何も言わなかったのに、今日墓参りに行くのだと理解していて、朝から軍服に着替えてくれていた。私もエンジェル隊の制服は持っていたけど、あれは少し明るすぎると思って、止めておいた。

タクトさんは文句の一つも言わず、むしろ想い焦がれる私と母さまの代わりにお墓の掃除を済ませてしまった。私と母さまが掃除をしたのはほんの少しだけだった。

やっぱり、私はタクトさんの優しさに甘えている。

いつだって明るくて、いつだって優しくて、いつでもみんなを気にかけてくれる人。

言ってしまえば、優しすぎる。

どうして、タクトさんは誰かのためになんでもしてあげられる人なのに、

――――――自分のために、何も出来ない人なのだろう。

 

 

 

心持ち輝きを増したように見える御影石にちとせとちとせのお母さんが手を合わせた。遅れて自分も手を合わせる。

ちとせのお父さんの墓。ちとせのお父さんとは会ったことはないけど、それでも、静かに手を合わせた。

礼儀ではなく、いつしか、家族になる自分にかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――少し、神主さんとお話してきますね。

 

気をつかってくれたのか、ちとせのお母さんは自分とちとせを残して社の方へ行ってしまった。

(・・・いや、本当は俺が席を外さなきゃいけなかったのに・・・)

それに気づけない自分が情けなく思えた。

でも、それはちとせのお母さんのまごころというものなのだろう。

ちとせは、御影石を見つめながら、唐突に話し出した。

「・・・父さまは、私の憧れでした」

「・・・憧れ?」

「はい。強くて、優しくて、いつでも私を気にかけてくれて・・・正直、もっと甘えたかったのだと思います」

「そう、なんだ」

そっと見たちとせの横顔。

懐かしむようで、それでいて、悲しげだった。

「けれど、軍人だった父さまは忙しくて・・・なのに、極力私のために時間を作ってくれて・・・。―――その時は知らなかったんです。父さまが、そんなに忙しい身だったなんて・・・」

「それだけ、ちとせのことが大切だったんだね」

「ぁ――――――」

一瞬、ちとせが驚いたように顔を向ける。

けれど、その顔はすぐに元に戻ってしまった。

「でも・・・」

「―――?」

「私は、それを知ってなお、父さまと同じ道を進んでます。父さまが、ずっと守ってくれていたのに、私は・・・」

不意に、風が吹いた。

風に揺らめくちとせの髪が、何故か、悲しく見えた。

だから、助けてあげたかった。

他でもない、ちとせのために。

「・・・ちとせは、軍人の道を歩んでること・・・後悔してる?」

「そ、そんなことないです!そのおかげでエンジェル隊の先輩方や、タクトさんに出会えたのですから・・・!!」

「なら、いいじゃないか」

「―――え?」

「ちとせは、ちとせが正しいと思った道を進めばいいじゃないか」

 

――――――ちとせ、お前は、どこまでも行きなさい。

 

「自由に、ちとせが思うままにさ」

 

――――――羽根と一緒に、どこまでも・・・

 

 

 

不意に、ちとせの瞳から涙が溢れていた。

泣いているわけではない。

ただ、涙を流しているだけだ。

 

―――直後、

 

ちとせは無言のまま、ふわっと抱きついてきた。

「ち、ちとせ・・・?」

「・・・やっぱり、似てます。タクトさん。父さまと」

涙を流しているのに、ちとせは笑顔だった。

本当に嬉しそうで、幸せそうで、何も言えなかった。

「・・・・・・」

「父さまが、いつか、言ってくれたんです」

「・・・なんて?」

「『お前は、どこまでも行きなさい。羽根と一緒に、どこまでも・・・』・・・と」

その言葉が、先程自分が言った言葉の意味だと、遅れて理解した。

要するに、自分はちとせのお父さんと同じことを言ったのだ。

けれど、それを嫌悪しなかった。

不思議と、想いが同じだと、理解することができたから。

「ちとせのお父さんも、そう思ってくれていたんだね」

「はい・・・」

そっと、ちとせを抱きしめ返した。

腕に収まる華奢な体、風に揺らめく、黒の長髪。

そのすべてが、ただ愛しかった。

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

どれほどの時間が過ぎただろうか。

やがて、ちとせはポツリと話し出した。

「タクトさん・・・」

「何?」

「その・・・ごめんなさい。私、タクトさんを・・・」

「お父さんと重ねて見ていた?」

「――――――!!」

言うべき続きを、タクトはすんなりと答えてしまわれた。

ちとせはどうしていいかわからず、不安げに顔を上げた。

そこには、タクトの笑顔があった。

「・・・気づかれていましたか」

「まぁ、ね。たまにそういうふうに見られてるな、って感じただけだよ」

「そう、ですか。――――――・・・それでも、ごめんなさい。タクトさんを父さまと重ねて見てしまうなんて・・・」

泣きそうになるちとせ。

ちとせは泣き顔も可愛いけど、そんなふうにちとせをさせたくない。

「・・・まあ別に気にしてないし、それだけお父さんと似てたんだから、いいよ」

「ぁ――――――ぅ・・・」

「・・・けどさ、ちとせ。一つだけ言わせてもらっていいかな?」

「あ、はい。なんですか・・・?」

拒絶ではない。

けれど、はっきりと伝える。

ここで、自分とちとせは変わらなけばいけないから。

 

 

 

――――――「俺は、ちとせのお父さんの代わりにはなれない」

 

 

 

ちとせは、タクトを見ながら目を見開いた。

その言葉。やけに、頭に響いた。

例えるなら、頭をハンマーで叩かれた気分に近い。

「ちとせのお父さんになれるのは、ちとせのお父さんだけだから」

「・・・・・・」

「けど、だからこそ」

「・・・え?」

「他の誰でもない、ちとせの恋人としてなら・・・タクト・マイヤーズとしてなら、ちとせを支えてあげられると思う」

「あ――――――」

言葉が出ない。

飛びっきりの笑顔に、優しい言葉に、暖かい心に、言葉が出ない。

どうして、どうしてこの人はこんなにも、

「―――ちとせ」

心が強いのだろう。

「それじゃ、ダメかな?」

涙が止まらない。

ダメなわけがない。ダメであるはずがない。

だって、私は、こんなにも、――――――この人を、愛しているのだから。

「・・・いいえ、充分、です」

首を振って、笑顔を作る。

きっと私の顔は、涙まみれでひどい顔になっているだろうけど、

それでも、意識せずとも、私はとびっきりの笑顔になっていた。

「・・・・・・大好きです、タクトさん・・・」

「俺もだ、ちとせ。―――ちとせのことが、大好きだ」

タクトさんの指が、涙を拭ってくれた。

そうして私たちは、

 

 

 

――――――自然と、キスをしていた。

 

 

 

暖かくて、優しくて、どこか甘くて、―――まるで、心が満たされていくような、優しいキス。

タクトさんに抱きしめられて、

タクトさんに包まれて、

タクトさんに心から甘えて、

 

 

 

私は、タクトさんとキスをした。

 

 

 

永遠に続くかと思われた口付け。

それは、確かに私を暖かいもので包んでくれた。

終わった後、私たちはお互いに恥ずかしくなって・・・けれど、お互いのことが気になって・・・

真っ赤な顔をしながら、恥ずかしそうに、

お互いに、笑い合った。

心からの、とびっきりの笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・タクトさん」

帰り道がてら、夕食の買い物をしていると、ちとせの母に不意に呼ばれた。

視界にはちとせが魚を吟味している姿がある。が、この絶妙な距離はちとせに会話を聞かれないだろう。

瞬時に、タクトはそう理解した。

「はい、なんですか?」

「――――――・・・ありがとうございます」

「え―――――」

深々と頭を下げたわけではない。軽く会釈する程度だった。

けれど、そこに含まれた想いは深くお辞儀するほどのものだった。

「ど、どうしたんですか、急に」

「ちとせを見れば分かります。――――――あの娘が、あんな顔をしたのは初めてですから」

ちとせの母につられて、ちとせを見る。

笑っている。

幸せそうに、笑っている。

そう、いつものように。

「そう、なんですか?」

「・・・あの娘が、お墓参りの後であんな笑顔になったことなんて、今までになかったことですから」

その表情は嬉しげで、儚げで、今までつっかえていたものが取れたような、そんな表情。

ですから、と、こちらに向き直った。

「タクトさんのおかげです。ありがとうございます」

「いえ・・・俺は、別に・・・」

ガラにもなく照れていると、ちとせの母は優しい笑顔を向けてくれた。

その笑顔があまりにも優しい笑顔で、しばし言葉を失った。

けれど、不思議と気まずさはまったく感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして深夜。

タクトは一人、二階のベランダに出て月を見上げていた。

待ちかねたような、待ちわびた夜。

思えば、ちとせの部屋でお茶をご馳走になった時からか。

あの日から、やけに月の気配を感じるようになった。

 

 

そう、彼女・・・華狗夜(かぐや)が言っていた。

 

――――――七月翔る、七夜過ぎ去りし、儚き白夜。

 

七夜とは、文字通り七つの夜。

あの日から、今日で五日目。

七日目の夜に、何かが起きるとでもいうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――不意に、気配を感じて思考を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

揺らめくような気配。

振り返らなくても感じることができる。

そして、夜の空を見上げた。

月が霞む。

まるで幻影のように月が揺れ、朧月を形成する。

タクトは、確信する思いで背後に振り返った。

 

 

 

 

 

――――――その想い  ため息にのせ  捨てた

      崩れた心の破片   漂い続ける

      そばに居て   遠い昨日の向こう側

      遠い記憶  刻まれた印を  軌跡に

      見つめ合った一瞬は  きっと永遠で  光になれる

      信じられる あなたのためなら  孤独奈落へと

      もしもいつか  見失っても  いつか、きっと届くように

             いつまでも  たくさんの愛につつまれて

 

             月の揺りかご(クレイドルムーン)

 

 

 

 

 

 

再び、この月の夜が再現される。

頭に響き、心に染み込んでくる詩が流れてきた。

最後の第八節の最初の言葉以外、全てが埋まっていると、何故か確信できた。

けれど、違和感がある。

この詩は、どこかおかしい。

言ってみれば、第二節、第四節、第六節の歌詞が、詩の雰囲気と随分かけ離れているように感じる。

そして、この詩を歌う少女の声。

 

 

 

「幻影の月。願わくば、その一瞬を永遠に・・・」

 

 

 

挨拶じみた、理解できない言葉の配列。

いや、本当は理解している。ただ、それに気づいてないだけだ。

ちとせの姿をした、真紅の瞳と蒼穹の瞳を携えた少女、華狗夜。

その顔は、今までにない、優しい笑顔だった。

「おめでとう、タクト。無事、どうにかなったみたいね」

「ああ、なんとかね」

答えながらも、会話を断ち切る返答。

会話を続かせる気はない。

いや、そんな意味がない。

華狗夜が存在する意味は、そこではない。

「これで、私の心配事も解消されたわ」

「心配事・・・?俺と、ちとせのことが君の心配だったっていうのか?」

「ええ」

その理由を話すつもりはないらしい。雰囲気がそう物語っている。

華狗夜は嬉しそうに、けれど、どこか悲しそうに月を見上げた。

「後は・・・私の夢、ね・・・」

「・・・?夢・・・?」

「タクトには関係ないわけじゃないけど、言えないわ。・・・そういう、契約だから」

「・・・契約?」

こちらを見つめた後、華狗夜は口を閉ざした。

思わず言ってしまったからだろう。まるで、何かから逃げるようだ。

しばらく、二人は何も話さなかった。

華狗夜が何を考えているかはわからないけど、タクトは以前程の不快感を感じていなかった。

だから、思わず聞いてみた。

「―――華狗夜」

「なに?」

「君は、その・・・どうして・・・」

「ここにいるか?・・・って?」

「――――――ああ」

真正面から華狗夜を捉える。

その表情は、言葉にできるものじゃなかった。

「・・・・・・あなたに、逢いたいから」

それが冗談とは、タクトは思えなかった。

だからなおさら理解出来ない。

この月の夜の現象の時しか逢えない彼女。

自分と関わりがあるはずなのに、一切そんな記憶がない。

そして、それは・・・・・・

「・・・タクト」

「ん?」

切なげに、華狗夜がこちらを見据える。

「私は、あなたに私のことは話せない。話してはいけないの」

「・・・・・・」

「だから、絶対に無理なのに、あなたに気づいてもらうしかない・・・。・・・・・・それでも」

 

 

 

――――――また、逢ってくれますか

 

 

 

そう言い終わる前に、華狗夜の気配は消えた。

タクトは、静かに眠るちとせをそっと抱きしめた。

それは愛しさからか、懺悔のつもりか。

理由を追求することは、無理だった。

 

 

 

 

 

 

頭の中で整理する。

 

 

 

――――――朧月、白夜のように続けば――――――

――――――朧月からなる白夜を陰るは七月――――――

――――――儚い朧月、白夜のように成れれば――――――

――――――七月翔る、七夜過ぎ去りし、儚き白夜――――――

――――――幻影の月。願わくば、その一瞬を永遠に・・・――――――

 

 

 

そして、この言葉。

 

 

 

―――朧月。

―――白夜。

―――七つの月。

―――七夜。

―――幻影の月。

 

 

 

そして、始まりに聞こえる詩。

 

 

 

 

 

 

言葉のピースは埋まった。

後は、これをどう組み立てるかだ。

ただ、その組み立てにも、何かの手助けが必要だ。

あと少し。

あと一押しで、意味と理由が完成する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜の月は、ただ、優しい光を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻影の月夜の、終わりは近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

もう、言い訳が言えないくらいな気分です。まさかこんなに更新が止まってしまうとは自分も思っていませんでした。

なんというか・・・・・・スイマセン。スロ〜リ〜な進み具合で。

 

さて、今回の話でタクトとちとせの表の伏線は解消されました。私なりの妄想の果ての結果なのですが・・・いかかでしょうか?お気に召したのなら幸いです。

さらに裏(というか本筋)の伏線も一気に進みました。

結論から言えば、謎解きに必要なピースは全て揃いました。この時点で妄想と妄想を重ねればおのずと華狗夜の正体がわかると思います。――――――目的までは、難しいですかね?

ちなみに、あの詩の第八節の最初の歌詞がまだ抜けていますが、あそこを埋めるだけで答えが確実に解る仕組みになってたりするので、あのままでよいのです。

 

さて、勘の鋭すぎる方はそろそろ「朧月白夜」という言葉の意味も気づきだすと思います。

以前にも申しましたが、この話は全7話構成となっておりますので、そろそろENDに向けてのスパートがかかります。よろしければご期待ください。

それでは。次の更新はいつになるやら・・・・・・