最終章「朧月白夜」

 

 

 

 

 

 

全てが繋がった。

全てのピースが埋まった。

全てが、理解できた。

彼女が、何者なのかも。

彼女が、ここに存在している条件も。

けれど、たったひとつ。

存在する、理由だけが・・・・・・

 

 

 

 

 

「華狗夜・・・・・・君は・・・」

「――――――・・・」

「君は・・・俺とちとせの、子ども、なのか・・・?」

「――――――」

華狗夜は、少しだけ詰まった後、涙を浮かべて微笑んだ。

「やっと・・・逢えた・・・お父さん・・・っっ」

抱きついてきた華狗夜を、タクトは優しく抱きしめた。

本来、ありえない時間での親子の再会。

まさにそれは、幻の月夜に相応しい。

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

タクトとカグヤはしばらくの間、ずっと抱きしめ合ったままだった。

カグヤに聞きたいことはたくさんある。

だけど、ちとせではなく、縋るように身を寄せているカグヤを放ってはおけなかった。

「・・・・・・カグヤ」

「なに?お父さん」

聞き慣れない言葉に、なんだかむず痒くなる。

「お父さん・・・か」

「?」

カグヤはそれで自然なのだろうが、こちらは経験したことのない呼ばれ方だ。

無論、これはこれで心地よい響きなので止めはしない。

「・・・カグヤ。俺は、まだ聞いてないことがあるんだ」

「・・・知ってる」

確信した思いでカグヤは頷き、タクトの腕の中から離れた。

そのカグヤの顔が、これ以上ないくらい嬉しそうで、――――――同時に、寂しく見えた。

直感的な不吉な予感を振り払い、カグヤに向き直る。

「・・・お父さんは・・・私がどうやってこの時間に来れたか、わかってる?」

「・・・大体は」

続く言葉の代わりに、カグヤの瞳がこちらを捉えていた。

燃えるような真紅の瞳に、透き通るような蒼穹の瞳。

その眼が、試すように向けられていた。

「・・・・・・」

カグヤがそれを言えないのだと気づき、タクトは繋がった考えを言葉にした。

「・・・カグヤがどういう力を持ってるかは知らないけど・・・七つの月の現象を利用したんだろ?」

「・・・うん」

「それを発生させるために、月を朧月にした。――――――朧月は霞んで見える月の事。霞むってことは歪む、とも取れる。・・・つまり、霞んでブレさせて、月の残像を生み出し、七つの月にしたんだろ」

カグヤは、無言で頷いた。

 

 

 

第七の月は世界創生を意味し、

七つの月は始まりと終わりを司る。

始まりと終わり、つまりはその間も含めて全てを司る月の力(・・・・・・・・・・・・・・・)なら、時間の概念すらも超えることが出来るというわけだ。

 

 

 

「そして・・・あの詩。あれが・・・朧月にさせるための詩、だな」

「うん。―――けど、少し違うの」

「え・・・?」

カグヤは嬉しそうに微笑みながら、月を見上げた。

「あの詩、本当は・・・・・お父さんとお母さんが、私のために作ってくれたものなんだよ」

「お父さんとお母さんって・・・―――え・・・俺と、ちとせが・・・?」

頷いたカグヤが、まるで本当の子どもようで、

それが、ひどく不安な気持ちにさせた。

「本当は、第二、第四、第六楽章の詩だけでよかったんだけど、それだと力が足りなかったの」

「・・・今日の詩じゃなくて、昨日歌ってくれた詩の楽章、か。―――けど、どうして?」

「お父さんとお母さんの詩・・・。凄いくらいの力があったから」

「・・・・・・」

「あの詩のおかげで、七つの月を七夜という限定した時間に定着できたの」

 

 

 

未来のタクトとちとせが、愛しい子のためだけに作った、月の揺りかごの詩。

その、溢れんばかりの月と愛に包まれた詩は、たった一人のカグヤにとって大いなる力となった。

そうできたのも、カグヤの力だった。

 

 

 

「カグヤ・・・」

だから、聞かないといけない。

例え、月の力を借りたとしても、

例え、詩の力を借りたとしても、

未来の人が、過去の時間に干渉できるはずがないのだ。

それが、世界の法則なのだから。

それを覆したカグヤ。

彼女は、何をした・・・?

「カグヤ・・・君は、どうして・・・」

けれど、言葉が出てこない。

いや、正しくは合った言葉がないのだ。

カグヤはカグヤなのに、どこか違う。

これに合う言葉が、出てこない。

「お父さん」

と、カグヤは突然、両手を握ってきた。

その手は、暖かいはずだった。何より、体はちとせを媒介にしているのだから。

「な・・・!?」

なのに、暖かくなくてはいけないはずのカグヤの両手は、何も感じなかった。

暖かくもなければ、冷たくもない。

こんな感覚、タクトは今まで経験したこともなかった。

「私、お父さんが聞きたいこと、全部わかるよ」

「どうして・・・」

「だって私、お父さんの子どもだもん」

紡がれた言葉に、頭を強く打たれた感じがした。

「そう、お父さんの思ってる通り・・・私はもう人間じゃないの」

「・・・・・・」

「今の私は・・・全ての時間軸から超越された存在、“月の守護霊”だから」

「月の・・・守護霊・・・?」

カグヤの言っていることがわからなかった。

聞いたことのない単語なのに、―――――――――ひどく、吐き気が込み上げた。

「なんなんだ・・・それ・・・」

「――――――月の守護霊は、月に認められ、月に愛され、そして、その魂を月に捧げた人が行き着く先・・・」

「・・・なんだよ、それ・・・」

捧げた、とカグヤは言った。

死んだ後の自分の魂を月に捧げた、と。

それが意味することを、タクトは理解したくもないのに、理解した。

「なんだよそれは!!」

思わず、カグヤの肩を掴んでいた。

「お、お父さん・・・?」

「それじゃ・・・それじゃカグヤは・・・月に捕まっている(・・・・・・・・)ようなものじゃないか・・・っっっ!!!!」

 

 

 

そう、死んだ後の魂を月に捧げるということは、その魂が永遠に転生されることなく、月に縛られるということだ。

永遠に死ぬ事も出来ず、転生することもできず、ただ、月の守護霊としてずっと・・・

 

 

 

「ちくしょう、なんでだ・・・なんでなんだ・・・っっ」

「・・・お父さん」

嘆くタクトを、カグヤは正面から見据えた。

タクトの眼は、少しだけ赤くなっていた。

「月の守護霊って、ちゃんと月を守れるんだよ?―――直接的にじゃないけど、月があり続ける限り、月と共に世界を見守る・・・。これって、本当に凄いことなんだ」

カグヤは、笑ってそう言った。

なんで、笑えるのだろう。

どうして、笑っていられるんだろう。

月の守護霊になってしまうと、もう二度とそこから動けないのに。

「・・・それに、私は無理やりなったんじゃない・・・私が望んで月の守護霊になったんだよ」

「・・・・・・っっっ」

何故、とも聞けず、

どうして、とも聞けず、

タクトは、月明かりに照らされ、笑うカグヤを見て、涙を流す事しか出来なかった。

「・・・・・・」

無言のタクトに、カグヤはそっと囁いた。

「お父さんって・・・ほんとにお母さんの言った通りの人だね」

「・・・・・・?」

「自分ならどれだけ犠牲になっても構わないのに、誰かが傷ついたり、犠牲になるのがとっても嫌いだって。―――だから、そうさせないために頑張ってるんだって・・・」

「それ・・・・・・ちとせが・・・?」

カグヤの髪が揺れる。

ちとせの髪のはずなのに、何故か、そう見えなくなっていた。

「それにね、お父さんは太陽みたいな人なんだって聞いてた」

「・・・太陽・・・?」

「うん、お母さんが、『私は月なの。タクトさんという、太陽の光を浴びて、初めて輝くことが出来た、月なのよ』って」

涙が止まり、顔を上げる。

ふとした事で気づいた。

一番初めに気づかなければいけなかったことを。

「太陽であるお父さん、月であるお母さん。その間に生まれた私だから、月からも愛されることが出来たんだね、きっと」

「・・・カグヤ」

返事が無かった。意図的だと、判断できた。

カグヤはただ、月を見上げていた。

息を吸い、心を決める。

これを、これは、これだけは確かめなければならない。

例えそれが原因で、この幻影の月が無くなろうとも。

「カグヤは、どうして・・・ここ(・・)に来たんだ・・・?」

「――――――」

ヒュッ、と、風が吹いた。

何故だろう、風がざわつく。

まさに空気が変わるとはこのことだろう。

「・・・わからないかな・・・お父さん」

カグヤは、これ以上ないほどに泣きそうな顔で、――――――――――とても、耐えられなかった。

その顔が、もう終わりなのだと。

そう、告げているように見えてしまう。

「・・・カグヤ・・・」

「私・・・・・・ずっと、ずっと・・・・・・・・・お父さんに、逢いたかったんだよ」

 

 

 

言葉が、心に染み込んだ。

そう、それだけが、カグヤがここに居る理由。ここに来た理由だった。

自分を心配したのではなく、

ちとせを心配したのではなく、

自分とちとせの仲を心配したのではなく、

ただ、一つ。

たった一つだけ。

月の守護霊という名に縛られた、永遠の時間に縛られたカグヤが望んだ、たった一つのことが・・・・・・

 

―――――――――もう一度だけ、両親に逢いたい―――――――――

 

ただ、それだけだったのだ。

 

 

 

「あ・・・・・・」

理解したタクトに、言葉は出なかった。

例え両親に逢おうとも、世界の法則で同じ時間軸に同じ存在は居られない。それが、幼い自分であっても。

だからカグヤは、この時間にしかこれなかったのだ。

最愛の両親に逢いたいのに、自分の存在が一切なく、自分のことを知りもしないこの時代にしか。

それも、カグヤはすでに肉体を失った存在。

その媒介に、自分ともっとも魂の色が近いちとせの体を使うしかなかった。

だから、カグヤは母であるちとせには逢えない。

父であるタクトは、自分のことを知りもしない。

それはまさに、絶望でしかなった。

「そん・・・な・・・」

なのに、カグヤは来たのだ。

思い出せるわけがない(・・・・・・・・・・)ため、自分を知るという可能性がまったくないのに、この時間に。

「そんな・・・・・・それだけのために、月の守護霊になったのか・・・!?」

嬉しそうに頷くカグヤに、タクトは愕然とするしかなかった。

なんでもっと早く気づいてやれなかったのだろう。

もう少し早ければ、少しは一緒に居てあげられたのに。

もう、あと一晩しか時間は・・・・・・

「ううん、もう一晩も時間はないの」

ハッとしてカグヤを見る。

月を背にしたカグヤがどうしても―――――に見えてしまう。

「ど、どうしてっっ!?」

「・・・時計、見てみて」

言われて、クロノ・クリスタルの時刻を見る。

時計の文字は、“AM:0:08”と表示されていた。

そこでようやく気づいた。

日が変わり、すでに今が最後の夜、“七夜”だった。

「・・・仕方ないよ。今のお父さんが、私を知るっていう奇跡の代償だもん」

「代償って・・・!!」

「もう一度逢うには、二つ夜を一度にしないといけなかった。・・・でないと、お父さんになんの真実も言えないままだったし」

「――――――カグヤ・・・っっ!!」

少しだけ、カグヤはビクッとした。

タクトにしては珍しい、怒声交じりの声に、カグヤは叱られた時の気分を感じた。

直後、カグヤはタクトに抱きしめられていた。

「お父、さん?」

「どうして・・・そういうことばかりするんだ、カグヤは・・・」

あくまで優しく、タクトは言った。

「・・・仕方ないもん。だって、私はお父さんとお母さんの子どもだから」

うん、実になにも言い返せない理由だ。

思わず笑い出したタクトに、カグヤもつられて笑い出した。

 

 

 

ようやく、最後の七夜に二人は笑い合うことができた。

 

 

 

 

 

 

「へぇ・・・じゃあ月の守護霊ってのは月があればどの時代でも見渡せるってことなのか」

「うん、―――正しくは見守る、だけどね」

カグヤが存在できる時間は僅か。

その時間、タクトは自然とカグヤとの会話を楽しんでいた。

「あははっっ、―――・・・と」

不意に、カグヤは立ち上がり、月を見上げた。

「・・・時間?」

「うん・・・そうみたい」

少しだけ寂しげに微笑みながらカグヤはタクトを見つめた。

頷いて、タクトも立ち上がる。

奇跡か、はたまた必然か、唐突に月の光がカグヤに降りそそいだ。

やわらかで幻想的な月光を浴びているカグヤは、まさにかぐや姫と重なってしまう。

「カグヤ・・・」

カグヤは振り向かず、月を見上げていた。

「お父さん・・・・・・今までのことは、全部忘れてね」

「―――え」

唐突に、―――――――――紡がれた言葉が理解できなかった。

「だって・・・・・・これは幻影の月が見せた、幻想の出来事・・・・・・だから、“朧月白夜”なんだから」

そこまできて、白夜に秘められた意味を理解できた。

白夜とは、夜でも明るく、昼が続き、夜が来ないということ。―――つまり、終わりがない、終わりが来ないということ。

 

 

――――――それが、カグヤが望んだこと。

      “朧月”――――――この幻影の月の物語が、

      “白夜”――――――いつまでも、終わらないでいて欲しい。

 

 

だから、“朧月白夜”。この言葉には、カグヤの願いの全てが込められていた。

だからこそ、タクトはカグヤに頷けなかった。

「・・・駄目だよ、カグヤ。忘れるなんて、できない」

「でも・・・だって・・・」

「原因はどうあれ、俺とカグヤが逢ったのは事実なんだ。その結果を・・・忘れるなんて出来ない」

「あ・・・」

そう、たとえカグヤと逢ったのが幻影の月の見せたものだとしても、カグヤと逢えたことが幻影であるはずがない。

彼女と逢えた事実、思い出は何にだって消せやしない。

「うん・・・私も、お父さんと逢えたこと、忘れたくない・・・っっ」

「ああ、俺とカグヤの、二人だけの思い出だ」

泣きそうなカグヤをなだめるように、タクトは頷いた。

直後、カグヤに降りそそぐ月光の輝きが増した。

それが、もう時間が無いのだと明確に告げられたようだった。

「お父さん・・・!!」

「カグヤ・・・!!」

二人は同時に伸ばしかけた手を、同時に留め、同時に、胸に当てた。

「・・・・・・お父さん、ありがとう・・・。私、これからも頑張るね」

「・・・ああ、俺も、ありがとうカグヤ。俺も・・・これからも頑張るな」

出会えた奇跡を胸に、これからも、ずっと・・・・・・

最後の瞬間、眩いほどの月光がカグヤを包んで―――――――――

「バイバイ、お父さん」

「・・・またな(・・・)、カグヤ」

その笑顔は、これまでにないほど幸せに満ち足りた笑顔だった。

光に包まれる中、タクトは沈みゆくちとせの体を優しく抱きとめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月光が消え、朧月が月に戻って数分が経った。

タクトは今だ目覚めないちとせを背中から抱きしめていた。

それに、さっきからちとせの体が徐々にポカポカと温かくなってきている。もうしばらくして、ちとせは目を覚ますだろう。

だから、タクトは心を決めていた。

ちとせが起きたら、ちとせに伝えたいことがある。

元々、ちとせに言おうと思っていたのだが、こんなことの後だろうか、カグヤに後押しされた気分だ。

(・・・ったく、カグヤはどっちに似たのかな・・・)

心の中でそう思う。

けれど、断言できる。

ちとせに伝えたいこと、気持ち、想いにカグヤは関係ない。後ろめたさなんて欠片もない。

全ては、自分の本心。出会った時から胸に秘めてきた、大切な想い。

そこに、誰かの影響はまるでないのだから。

「・・・・・・んっ・・・」

と、腕の中のちとせが身じろぎし、ゆっくりと目蓋が開いていった。

「ん・・・・・・あれ、ここは・・・?」

「おはよ、ちとせ」

「ひゃっ!?」

突然後ろから声をかけられ、ちとせは飛び退こうとしたのだが、タクトの腕ががっちりとちとせを抱きしめていたので無理だった。

「え、あ、あの・・・タクト、さん・・・?」

顔を真っ赤にしながら慌てふためくちとせ。

そんなちとせを落ち着かせようと、タクトは更に優しく、ちとせをぎゅっと抱きしめた。

「あ・・・タクト、さん・・・」

「・・・・・・落ち着いた?ちとせ」

「・・・・・・はい」

ちとせは素直に頷き、それ以上抵抗せず、体をタクトに預けた。

 

 

 

 

 

しばらく二人はそのままだったが、やがてちとせが疑問を口にした。

「あの、タクトさん。私・・・いつ、ここに?」

「いつだっていいよ。ちとせは、ちゃんと来てくれたんだから」

「は、はあ・・・」

すっきりしない気分のちとせだったが、タクトの優しい声に甘え、気にしないようにした。

「それでタクトさん。お話ってなんでしょうか?」

「・・・・・・」

「・・・タクトさん?」

聞こえていないわけではなかった。しかし、何故かタクトは顔を真っ赤にして俯いていたので、ちとせは首を傾げるばかりだった。

「・・・・・・・・・あー・・・」

「タクトさん、大丈夫・・・ですか?気分が優れないのでしたら・・・」

ちとせの優しさは嬉しいが、それは全て意味を成さない。

「・・・やめた」

「え?」

「こんなにウジウジするのは、俺らしくないよな」

タクトはちとせを解放し、正面から向き合い、肩を掴んだ。

突然のことにちとせは驚いているが、この際我慢してもらう。

「・・・ハッキリ、言うから」

「は、はい・・・どうぞ?」

少し身構えるちとせに、タクトは笑いかけながら、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ちとせ・・・・・・俺と、結婚しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちとせは、タクトに何を言われたのかが、理解出来なかった。

なんていうか、頭の処理能力を超えるようなことを言われた気がする。

当のタクトは非常に珍しく、顔を真っ赤にしながらこちらを真剣に見ていた。

「・・・・・・え・・・あ、え・・・・・・?」

ようやく何か応えることができたのに、まともな言葉は出てこなかった。

応えたいのに、伝えたいのに、言葉が綺麗に出てくれない。

だから、一足先に落ち着きを取り戻したタクトが、言葉を続けた。

「これから、たくさんの苦労もあるだろうけど、ちとせと一緒なら乗り切って行けるような気がするんだ」

「・・・・・・はい」

「それに、俺はもうちとせのいない生活なんて想像できない」

「・・・・・・はい」

「だから・・・ずっと、傍に居て欲しいんだ」

「・・・わ、私も・・・です・・・」

「だから・・・結婚、してくれないか?」

真っ赤になったちとせは、しばらく応えてくれなかった。

けど、数分経ってから顔を真っ赤にしながら、消え入るような声で答えてくれた。

「・・・・・・は、はい・・・喜んで・・・」

沸騰しそうなちとせを、タクトは満面の笑みで抱きしめた。

ここにきてタクトはようやく愛する人と婚約した喜びが溢れてきたのだ。

あまりに無邪気に、そして嬉しそうに笑うタクトを見て、ちとせも顔を赤らめながら満面の笑みを浮かべた。

二人に降りそそぐ月の光が、まるで二人を祝福しているようで・・・

二人は、自然と口付けを交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――そして、月日は流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、今日もいい朝だなぁ」

カーテンを開けながら、タクトはしみじみと呟いた。

タクトがちとせにプロポーズをしてからゆうに一年の月日が流れた。

今、タクトとちとせは有り余っていたお金を使い、一戸建てに住居を移していた。それもトランスバール本星とちとせの母星のちょうど真ん中に位置する星に、である。当然、これはちとせの希望で、自分の母も、エンジェル隊のみんなも気軽に来てくれるように、との配慮だった。

「タクトさん、朝食の用意が出来ました」

ちとせがヨタヨタと歩いてきた。

「お疲れさま。体の調子は大丈夫?」

「いいですよ。今日も健康です」

「今日は定期健診の日だね。後で一緒に診療所まで行こうな」

「はい」

ちとせのお腹には今、一つの命が宿っている。

そろそろ臨月に突入しようとしているところだ。ゆったりとしたマタニティドレスでも、大きなお腹の膨らみを隠しきれない。

タクトとちとせの結婚式は当初、賑やかに行われようとしていたが、二人の希望でささやかなものにした。

が、式の後の後夜祭はもはやお祭り状態だった。エンジェル隊はもちろん、エルシオールのクルー、レスター、ルフト、シヴァ、ノア、シャトヤーン、更にEDENからわざわざルシャーティも駆けつけてくれたのだ。何も起きないわけがなかった。

それでも、みんなタクトとちとせを心から祝福していたし、二人もそれをわかっていたので、最後は結局、いつものエンジェル隊だった。

その後、新婚生活を送っていた二人だが、ちとせの妊娠が発覚してから、ちとせは軍を退役。タクトもシヴァからわざわざ許可を貰い、司令官ではなく作戦参謀としてデスクワーク中心の仕事に一時的にだが切り替えてもらった。これでタクトは自宅にいながら仕事をするという立場になったわけである。

ただし、あくまで一時的に、だが。

「それにしても・・・大きくなったよな」

朝食を食べ終え、タクトは自然とちとせのお腹に手をやる。

微かだが、ちとせの中から脈動している何かを感じる。

「来月には出産予定ですからね・・・」

ちとせは優しく、お腹を撫でさすった。

「そういえば・・・タクトさん?」

「ん、なに」

「この子の名前ですけど・・・」

「・・・“カグヤ”、じゃダメ?」

「い、いえ、そんなことないです。・・・月に愛されるような、いい名前と思います」

「じゃ、なに?」

「・・・タクトさん、まだ男の子か女の子かわからない時期にもう『名前はカグヤにしたいんだ』って言い切ってたじゃないですか。『絶対に女の子が生まれる!!』って。それが、少し気になって・・・」

別にちとせは問い詰めているわけではなく、単に気になったから聞いているのはタクトにもわかった。

「―――それは・・・」

けれど、約束があった。

忘れはしない。だけど、決して誰にも言わない。二人だけの秘密なのだと。

「―――・・・前に占ってもらったことがあってさ。女の子が生まれるでしょうって言われたから」

「そうなんですか」

ちとせは疑いもせず、タクトに微笑みかけた。

と、ちとせが不意にお腹をさする手を止めた。

「あ、今この子、お腹を蹴りました」

「あはは・・・じゃあ、寝かせてあげようか」

「そうですね・・・」

頷いて、ちとせは詩の歌詞を思い出そうとした。

タクトとちとせが、二人で考えた、カグヤのためだけに作った詩。

タクトは意識もしなかったし、以前の詩をよく憶えていなかった。

けれど、作り上げた詩は、同じ歌詞になっていた。

奇跡かはたまた必然か。

けれど、タクトはそんなことには気にもとめず、ちとせの歌を聞き入ろうと目を閉じた。

自分と、愛する者たちの居場所を感じつつ・・・・・・

 

 

 

 

 

――――――その想い  ため息にのせ  捨てた

      そばに居て   遠い昨日の向こう側

      見つめ合った一瞬は  きっと永遠で  光になれる

      もしもいつか  見失っても  いつか、きっと届くように

      愛しい子よ  いつまでも  たくさんの愛につつまれて

 

              月の揺りかご(クレイドルムーン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜エピローグ〜

 

 

 

 

 

 

 

一人の幼い少女が写真を見ていた。

たくさんに散りばめられた写真を。

そこには、二人の男女が写っていた。

一人は、皇国の英雄と呼ばれた英雄、タクト・マイヤーズ。

一人は、銀河最強のパイロットを呼ばれたエース、烏丸ちとせ。

二人一緒に写っているものもあれば、一人だけのもある。

服装も着物からドレス、普段着やエンジェル隊の制服を着ている写真もあった。

ふと、少女の目が一つの写真に止まる。

そこには誰も写らず、ただ、大きくて綺麗な“月”だけが写っていた。

「・・・ねぇー、これなあに?」

少女は、台所にいる女性に声をかけた。

「どうしておつきさましかうつってないの?」

女性は聞こえていないのか、鼻歌を歌いながらお皿を拭いていた。

「ねぇってば、おかあさーん」

呼ばれてようやく、ちとせは振り返って少女、カグヤのところに来た。

「それはね、カグヤ。あなたがお月さまに愛されますように、って思って撮ったのよ」

「・・・?よくわかんない」

「おおきくなったら、カグヤにもわかる日が来るわ」

「ほんと?」

「ええ、ほんとよ」

ちとせはカグヤの頭を撫でてあげ、カグヤは満面の笑みで喜んだ。

ちとせがカグヤを出産してから、およそ三年以上の月日が流れた。

生まれてきた我が子、カグヤはすくすくと大きくなり、一人で自由に動けるようになっていた。

「・・・おそいねー・・・」

ちとせは食器を片付けて、エプロンを外した。

「おとうさんと、みるふぃーおねえちゃんたち、まだかなぁ・・・」

「もうすぐよ。今に・・・―――ほら」

言いかけて、玄関のチャイムが鳴った。

はしゃぐカグヤをなだめつつ、ちとせは玄関に行き、ドアを開けた。

「こんにちはっ、ちとせ。カグヤちゃん、こんにちは〜」

「いらっしゃいませ、ミルフィー先輩」

「みるふぃーおねえちゃん、こんにちは」

ドアを開けると、そこには晴れやかなフレアスカートを着たミルフィーユが来てくれていた。

「こんにちは、カグヤちゃん。元気にしてたかな〜?」

「うんっ!」

元気に、そして無邪気に笑うカグヤを見て、ミルフィーユも自然と笑顔になる。

と、そのミルフィーユの後ろから4人の女性が突然現れた。

「ちょっとミルフィー!玄関で立ち止まらないでよ!」

「あ〜ん、ごめんランファ〜・・・」

「まったく・・・・・・あ、カグヤちゃん〜」

「らんふぁおねえちゃん!」

ミルフィーユを睨んだランファだが、カグヤの前ではそんな顔を保てるわけがない。

「お久しぶりですわ、ちとせさん」

「お元気・・・でしたか・・・?」

「ミント先輩、ヴァニラ先輩、お久しぶりです」

続いてミント、ヴァニラもやってきて、二人もカグヤに挨拶しながらかまってあげた。

最後に、フォルテが玄関をくぐった。

「よう!ちとせにカグヤ、元気にしてたかい?」

「フォルテ先輩、遠い所をわざわざ・・・」

「あ、ふぉるておばちゃん」

瞬間、フォルテ以外の全員の血が引いた。

「お、おば・・・!?」

「か、カグヤ!!なんてことを言うのです・・・!?」

が、幼いカグヤに悪びれた様子もなく、無垢な笑顔でフォルテに笑いかけていた。

「ふぉるておばちゃん?」

「あー・・・・・・もう、カグヤには敵わないねぇ・・・」

苦笑まじりにため息をし、その場が笑いに包まれた。

と、カグヤは急にきょろきょろして、直後に探していた人物を見つけた。

「おとうさ〜ん」

「カグヤ、ただいま。いい子にしてたかい?」

「うんっ」

駆け寄ってきたカグヤを、タクトは抱き上げた。

「随分父親の顔になったもんだな、タクト」

「レスターもなればいいじゃないか。誰かと結婚してさ」

「いや、遠慮させてもらう」

と、先ほどまで明るかったカグヤが急に静かになっていた。

どうやらレスターを見て少し怖がっているのだろう。ひしっ、とタクトの胸にしがみ付いている。

「ほらカグヤ、レスターおじさんに“こんにちは”は?」

「なっ、タクト、お前・・・!?」

「・・・こ、こんにちは・・・・・・れすたーおじさん・・・」

怒鳴りかけたレスターだが、カグヤの満面ではないにしろ、その笑顔に思わず押し黙る。

「・・・あ、ああ。こんにちは」

で、つい素直に挨拶してしまうレスターだった。

「カグヤちゃん、最強伝説?」

ミルフィーユの言った的を得た言葉に、その場が笑いに包まれた。

 

 

 

 

 

「さて、お花見の準備も出来たし、行こうか!」

タクトの声にみんなは頷き、二人の家を出発した。

気がつけば辺りは一面桜色で、春の訪れをこれ以上ないくらい告げていた。

「ほんとは、お月見がしたかったんだけどな」

「そうなんですか?」

「うん。けど、カグヤはそんなに起きていられないもんな?」

腕抱いているカグヤに声をかけると、カグヤはうー、と抗議の声を口にした。

「だって・・・よるになるとねむたくなっちゃうもん・・・」

「よしよし、じゃあカグヤがおっきくなったらお月見しような」

「わーいっっ」

カグヤは幸せそうに微笑む。

隣を見れば、ちとせもこちらを見て微笑んでいる。

周りを見れば、レスターや、ミルフィーユや、ランファや、ミントや、フォルテや、ヴァニラも微笑んでいる。

そうして、タクトも幸福を分けてもらって微笑み、空を見上げた。

今の時間だと月は見えないけれど、

きっと、今だって自分たちを見守ってくれているはずだ。

だから、タクトは月に感謝した。

 

 

 

「・・・ちとせ」

「はい?」

「これからも・・・・・・」

「これから、も?」

少しだけ照れて、笑って、ちとせを見つめた。

「これからも、ずっと笑っていような」

「・・・はい!もちろんです、タクトさん」

その笑顔に、ちとせもこれ以上ない幸せの笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

4年以上も前に体験した、月の物語はもう終わっているけど、

自分と、ちとせと、カグヤの物語はまだまだこれからだ。

新しい思い出を作りながら、新しい未来を信じて歩いて行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――願わくば、この時が白夜のように続きますように・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『朧月白夜  完』