EDEN惑星ジュノー。フレーム士官学校宿舎。男子寮304号。使用者、タクト・マイヤーズ。レスター・クールダラス。

 翌日には実戦演習が待っていた。そのため、タクトの親友(くされえん)であるレスター・クールダラスは、その為の予習として、手始めにチェスの本を開き、問題に挑戦していた。上級問題が多く載っているものだ。

 さて、タクトは、といえば。

「おきろ、タクト」

「……あと、5分」

「いいからおきろ。集中できん」

「…休日なんだから、寝かせてくれ、レスター」

「知るか。いいからおきろ!」

「…分かったよ」

 しぶしぶといった様子で、タクトが起き上がる。大きくあくびをして、背伸びをしてからふらふらとした足取りで洗面所に向かうべく部屋から出て行く。

「待て」

 いや、出て行こうとした。

「何だ?」

「とりあえず、服装を直せ。いくらお前でも、厳罰は受けたくないだろう」

「……あ〜……確かに、そうだな。うん、ありがとう、レスター」

 寝起きのままの服装で、非常に見苦しい格好だった。裾を直し、寝巻きのパンツの位置を直し、改めて出ていく。すぐに戻ってきて、荷物からタオルや歯ブラシなどの洗面用具を持っていく。

 十分ほどして戻ってくる。いくらかすっきりした表情で戻ってきた。ぼさぼさになっていた髪形も、いくらか落ち着いている。

「おはよう、レスター。今日も徹夜したのか?」

「ああ、そうだ。明日実戦演習があるというのに、のんびりと眠ることの出来るお前がうらやましいよ」

「ありがとう」

「ほめてない。…お前には皮肉が通じないのか、全く……」

 疲れたように、レスターはため息をついた。

 

 

 

その後、普段着に着替えたタクトと共に食堂に向かう。

 その日の朝食は、レタス、トマト、コーンの入ったサラダ。パン二枚にイチゴのジャムとバター。ちなみに、メニューは日替わりで変わる。平日であれば朝昼夕と食事が準備されるが、休日の場合は朝と夕だけだ。外に遊びに行くものが多いからだ。

「レスターさん!」

「私と一緒に食べませんか?」

 あちらこちらから声がかかる。男子一同からは恨みがましい目で睨まれる。いつもの朝の光景だ。

「お前まで睨むな、タクト」

「相変わらずモテモテだね、レスター」

 気を取り直し、タクトが声を上げ

「あんたは引っ込め、落ちこぼれマイヤーズ!」

「そうだそうだ!」

 る前に、撃墜された。部屋の隅でいじける姿がリアルにイメージできそうな勢いで、ずぅうううん、としたオーラがタクトを包み込む。

「いいさ、俺の価値なんてそんなもんさ……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 叫んで、立ち去る。

「どこに行くんだ、タクト!」

「うるさい、放っておいてくれ!」

 そんな声が返ってくる。やれやれ、とレスターは席に着いた。食事の誘いを丁重に断り、一人で食事を始める。タクトの心配はしなくていい。すぐに戻ってきて、食べていくだろう。

案の定、その五分後に戻ってきて、しっかりと食べていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、タクトは散歩に出かけた。手には無理やりレスターに持たされた基本戦術のデータの入った小さなディスク。

 公園にたどり着き、端末を取り出してディスクを入れる。宙に立ち上がるモニタを操作しながら、読み進める。中には人心掌握術の基本や、心理戦のさわりまで載っており、覚えるのは複雑そうだった。

 しかし。

「今更こんなもの読んでもなぁ……」

 すぐに端末の電源をオフにして、視線を上げる。すると。

「………………………………………………………………………………………………綺麗な娘だなあ」

 思わず、ぼうっとしてしまうほど、その少女は綺麗だった。

 腰まで伸びる、流れるようなまっすぐな、色素の薄い金色の髪の毛。その瞳は、吸い込まれそうな青い瞳で。ゆったりとした、ドレスのような服を着ていた。

 しかし。そんな彼女は、困惑したようにきょろきょろと周りを見ている。誰もいないから、おそらくは道に迷っているのだろう。周囲を見ると、本当に誰もいない。

 他人に頼るつもりもなかった。立ち上がり、少女の元に歩く。

「そこのお嬢さん、何かお困りですか?」

 さわやかな笑顔を浮かべたりはしない。却って人を警戒させてしまう。だから、普通に笑った。

「あの……あなたは?」

「通りすがりです。道に迷ってしまいましたか?」

「…お恥ずかしながら。あの、ここどこですか?」

「地図を持っていますか?」

 はい、と答えて携帯端末を開く。それならが、ナビ機能があるはずなのだが……。

「ポイントが示されないので、どこにいるのか分からなくなって……」

 そうですか、とうなずく。確かに、普段扱わなければ、ポイントを表示する為の操作の仕方が分からなくなるのも無理はない。そう思い、地図を見てみると。

「………この周辺の地図じゃないですね」

 しばらくためらい、タクトは口を開いた。よく考えれば、携帯端末を立ち上げるまでの動かし方はスムーズで、扱いなれていることが見て取れていた。つまり、操作の仕方は知っているのだ。

「えっ、そうなんですか?」

 驚いたように、タクトと地図とを見比べる。

 うん、と頷いた。

「そ、そんな……」

 仕方なく、タクトは自分の端末を再度立ち上げ、地図情報を立ち上げる。

「そちらに送りますから」

「は、はい」

 地図データが受け渡され、ポイントが表示された。ようやく、ほうっと安堵の息を少女は吐く。その後。

「あの、この周辺を案内してくれませんか?」

「え?いいんですか?俺、ひょっとしたら下心を持って近づいたのかもしれませんよ」

「あなたはそのような方には見えません」

 複雑な心境だ。男として悲しめばいいのか、喜べばいいのか。まあ、いいか、と無理やり納得させる。

「なにか約束があるんじゃないですか?」

「特に時間は指定されていませんので」

「…分かりました。その前に……」

 財布を取り出し、中身を見る。携帯端末を見て、預金データを見てみる。見事なまでになかった。がくり、と肩を落とし、そうだ、と思い立つ。

「少しここで待っていてください。すぐに戻ってきますから。そうですね……あそこのベンチに座って待っていてください」

「あの…ひょっとして、用事でも?」

「いえ。単にお金がないので借りにいくだけです」

 ぽかん、とした表情を浮かべ、少女はくすくすと笑った。

 それをみて、タクトはああ、よかった、と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レスター」

「駄目だ」

「まだ何もいっていない」

「お金を貸せというのだろう。絶対に貸さん」

 さすが、よく分かっているじゃないか、と親友だとタクトはこのときは恨む。しかし、今は急がないといけない。それならば、と問題を見て、タクトはその問題の答えを言った。

「……そのクイーンは、F5に動かすんだ」

「……なぜ、そんなに借りたがる?」

 はあ、と本を閉じて、レスターはタクトに向き直る。

「あのね、ついさっき道案内することになったんだ。ここに着たばかりで、道に迷っていたから」

「携帯端末のナビ機能があるだろう?」

「俺に、案内してもらいたいんだよ」

「それで、なぜお金がいる?」

「簡単だ。もし時間がかかるなら、昼食は外で食べることになる。まさかお金をその女の子から借りるわけにはいかないだろう?」

「何だと!?お前がナンパに成功したのか!?……明日の実戦演習が心配になってきた。天変地異でも起きて中止になったら、お前のせいだからな」

 視線に殺気をこめて、タクトを睨む。つまり、それほどの出来事なのだ。

「何でそうなるんだ!!大体、ナンパじゃない!本当に困っているみたいだから、声をかけただけだ!」

 ふむ、珍しいな、とレスターは考える。こんなことで起こるタクトは、今までに見たことがない。

「冗談だ。ほら、100ギャラ貸すから、つりは返せ」

 ぽん、と私、恩に着るよとタクトはそれを持って走って出て行った。

 再度チェスの本を開き、レスターは問題に再挑戦することにした。先ほどは、タクトの口出しで台無しになってしまったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちましたか?」

「早いですね。近くなんですか?」

「そうですね、この近くですから」

 少女は立ち上がり、タクトと並んで歩く。

 その様子は、傍から見るとまるで恋人のようだった。そして、たまたまその光景を見たタクトの同級生が、びっくりして腰を抜かしていた。

 もちろんその姿がタクトたちから見えず、宿舎に戻れば、質問攻めに会うという運命にあることも、知る由はなかった。

 ともかく、タクトによる少女の道案内が始まったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園を見て回り、買い物のことはよく分からないけど、店はどこそこにある、遊びたいときはあそこであるとか、色々と回る。昼食は、ファーストフードでとることになった。店の名前は、マクタネルドとなっていた。ハンバーガーの店である。

17ギャラになりま〜す」

「高っ!?」

17ギャラで〜す」

 にこにこと、スマイル0ギャラの笑顔を浮かべる。よく考えれば、それだけの数を注文したのだ。主に少女が。全部食べきるつもりで頼んだのだろうかと、冷や汗をかく。

「量、多いですね…」

(薦められるままに、あれもこれもと頼んだのは、誰だよ…)

「頼みすぎちゃったみたいです」

「そうみたいですね……」

 あはは、と笑う。ともかく、注文を減らして10ギャラを支払った。店員がちっ、と舌打ちをしたのは気のせいなのだろうか。ここに来るの、やめようかな、などと半ば本気で考えてみたりする。

 たぶん二度とないだろうけど、彼女とまた食べる機会があるなら気をつけよう、とタクトは肝に銘じた。

 食事の席に着き、タクトは切り出した。

「俺の名前はタクト・マ……」

「タクトマ?変わったお名前ですね」

「いえ、タクトです」

「あ、それは失礼を。…そういえば、自己紹介していませんでした。私の名前は、ルシャーティといいます」

「ルシャーティ…いい名前ですね」

「ありがとうございます。母がつけてくれた名前なので、とても気に入っています」

 そんな感じで雑談が進む。それはそれなりに楽しい時間で。終わらせるのがもったいないなあ、とタクトは考えた。

「それで、その懸賞が取れるかもしれないと、ある性格診断テストを受けることになったんです」

「ふんふん、それで?」

「それで、ですね。懸賞に当たったんです。偽物かもしれないと思い、役所にも持っていって確認を何度もしましたから、偽物じゃなかったんです。ちゃんとここに住所が用意されまして。引越しをしたまではよかったんです。」

「でも、地図のアップロードを忘れて…」

「はい…この地域のことを知りたいと思って、地図を持って外に出たんです。…アップロードのことを忘れちゃうなんて、自分でも間抜けだと思いました。タクトさんが助けてくれなければ、家にも帰れなくなるところでした。私、運がいいです」

「俺も、君みたいな綺麗な子と知り合いになることが出来るなんて、運がよかったよ」

 打ち解けて、いつの間にか普段の話し方で話をしていることにタクトは気がついていなかった。

 既にハンバーガーもポテトも食べ終わり、ずっとこうして話をしていた。時計をふと見ると、既に三時になっていた。店に入った時間が1時だったから、二時間ばかり話していたことになる。

「それじゃ、行こうか。まだ案内し終わってないしね」

「…あの……行かなきゃいけないところがあるんです。元々その為に今日は出かけていたので」

「あ、そうなの?何処?」

「ここです」

 端末を立ち上げ、地図で場所を指し示すと、タクトは一瞬、嫌な表情を浮かべた。

「議院か……うん、案内してあげるよ。実はさっきの公園のすぐ近くにあるんだけどね」

「そうなんですか?」

 トレーを片付けながら、お店を出て行く。

「ありがとうございましたー!」

 なぜか、その声がやけくそ気味に聞こえた。気のせい気のせい、とタクトは首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

議院の前までやってくる。

「ここにどんな御用ですか?一般人の立ち入りは禁止されていますが」

「……ルフト・ヴァイツェンを呼んでください」

 途端、衛兵は胡散臭そうな表情を浮かべ、ルシャーティを見た。名指しで呼び出すなんて、なんて失礼なのだろうか。

「失礼ですが、あなたとルフト将軍とは、どのようなご関係で?」

「え……?」

「身元が分かるようなものを示してください」

「そんな…それは、ここで受け取るようにって…」

 助け舟を出したほうがいいかな、そうタクトが思い始める。見れば、ルシャーティが泣きそうな表情を浮かべていた。つまるところ、この衛兵は、ルシャーティをなにか悪者のように扱っているわけだ。そのことも含め、許せなかった。

 が、その前に。

「何をやっておるんじゃ、お主は!」

「ル、ルフト将軍!いえ、この怪しげな女が将軍を出せと…」

「馬鹿者!!今朝の通達に目を通しておらぬのか、この愚か者が!!!」

ひぃっと言う悲鳴をあげる衛兵。あわてて、デスクの上に散乱している荷物をひっくり返し、今日の日付の通達を取り上げる。そこには、写真と共にどんな身分の少女であるのか、きっちりと記載されていた。

「も、申し訳ありませんでした!!あなたがこのようなお方とは知らず、とんでもない無礼を……!」

「…そういえば、お主は日ごろから素行が悪かったの?今回のことも含め、上に報告すれば、どのような処置がとられるか……」

 さあっ、と血の気が引いていく。

「今後、おぬしが態度を改めるなら、上に報告することをやめることを、考えてもいいのじゃが……」

 はい、今後二度とこのようなことがないように気をつけますと、衛兵は敬礼した。

「うむ……お見苦しいところをお見せしました。ルシャーティ様。…ん?タクトか?なんでルシャーティ様と一緒にいるのだ」

「ルフト先生。…ルシャーティのことを知っているんですか?」

「…残念じゃが、今のおぬしには教えられんの。これは軍の機密事項に当たる。……」

「軍の機密事項って……」

「すみません、タクトさん。全部をお教えになることは出来ません。…でも、あなたが……」

 ぼそぼそと、ルシャーティが何事かを口にする。少しだけ、唇の動きを読んでみた。その上で、内容を補足してみる。

「…俺が、軍属になれば教えてくれるんですか?ルフト先生」

「大佐になれればの。…ほれ、明日は実戦演習があるのじゃろ?頑張るんじゃぞ、タクト」

 分かりました、と頭を下げ、ルシャーティと向き直る。

「それじゃ、また今度。…またあえる日を、楽しみにするよ」

「はい、タクトさん」

 これにて、タクトとルシャーティの邂逅は終了。次に二人が会うのは、さて、何時の頃になるのだろうか。

 分かれてから、ルシャーティはルフトに問う。

 扉を潜り抜け、議院の建物の中に二人の姿が吸い込まれる。ばたん、と重たい扉が外の世界を拒絶するように、閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、明日はやるぞ」

「…何時になくやる気じゃないか。どうしたんだ?」

「何だっていいだろ?…それよりさあ、なんで皆俺のことをちらちら見るのか、分かる?」

「お前が女とデートしていたって言う噂が広まってな。しかも相当な美人と。…頑張れ、タクト。みんな興味津々だ」

 夕食を終え、レスターが立ち上がる。その頃には、目を充血させた野獣どもがタクトを取り囲んでいた。

「え、ちょっ、レスター」

 手を差し伸べるが、にべもなくレスターはその手を振り払う。

「悪いが、今回はお前を助けることは出来ん。頑張ってくれよ、タクトくん?」

「レスターの裏切り者おおおおおお!!」

 その後、ある種の地獄絵図が展開されることとなった。

 部屋に戻る頃には、タクトは満身創痍だったという。

 何はともあれ、その日はそれなりに楽しい日だった。夜が更け、眠りに付く。そして、その翌日。