プロローグ 楽園を護りし者

 

 

 

 

この地、未だ混沌に包まれていた時

彼方より方舟に乗った救世主(きゅうせいしゅ)守人(もりびと)現れる

 

救世主は人々に知識の泉を分け与え、世を楽園へ(いざな)

守人は翼と剣をもって、救世主を護る

 

彼の者ら、楽園の地に大いなる災い来たる時

黒と白、対の月が生まれることを告げて眠りにつく

 

双子星は楽園を護る番人となり

かつてといつかを結ぶための欠片となる

 

黒き子は過去を失わないため輪廻を創り

白き子は未来を生み出すため輪廻から―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------放たれる・・・・と」

 

最後の一節が迷いない声で詠まれ、そして小さく息が吐かれる。

暗く狭い空間。人が一人存在するのがやっとのスペースに、わずかな明かりと電子音。

その中央には人影が一つあった。

性別は男。年は若く、周囲の小さな明かりに照らされるのは、まだ少年と呼べる容貌と表情だ。

 

彼の身体は、全身のほとんどが闇に溶けていた。

着用しているブーツも、ズボンも、首元以外を留めたコートも、右手のグローブも大部分が黒の色で構成。

少数の異なる色は、服に入ったラインや左肩に付けられた竜を模した銀のエンブレム、白みを帯びた肌と、茶色の髪。

両の瞳は紅く、それぞれが光に鈍く照らされている。

首には質素な作りの銀のネックレスが掛けられているが、上着の中に仕舞っている為に自己主張は少ない。

 

『・・・・・・・・《創世の(うた)》。救世主と守人の功績や、楽園の繁栄を謳う、おとぎ話の序文か?』

「・・・・・・・っ」 

 

突然空間に響いた声は、少年のものではない。

年を重ねた大人の男性の声が、小さなノイズと共に彼の耳に入った。

少年は小さく驚いた表情をした後、やや不機嫌な声を作り、

 

「・・・・・というか通信回線開いてたなら、なんか言ってくれって。艦長」

『悪い悪い。激励しようと思ったんだが、真剣な声で呟いていたからタイミング逃してな・・・・・だが、懐かしい詩だ』

 

この地に生まれた者なら、知らない者はいないと言える。

誰もが子供の頃に一度は親に聞かされ、そして必ず子に伝える、そういう詩だ。

知らぬ間に聞かれていた気恥ずかしさと、その内容に少年は苦笑して、

 

「戦場、それも出撃前に口ずさむようなモノじゃないとは分かってんだけど・・・・・・・つい、いつも詠っちゃうんだよな」

『お前にとって、一種のジンクスとか精神集中なんだろうさ。戦闘機乗りには重要なことだ』

「そう・・・・かもな・・・・」

『間もなく出撃だ。作戦通り頼むぞ、《疾風(しっぷう)》』

「りょーかい」

 

通信が切れる。

戦闘機のコックピット。

彼は、決して座り心地が良くはないシートに腰掛けなおすと同時に、小さく深呼吸して周囲を確認。

向かって正面や側面に設置された、コンソールとスイッチによる発進準備は既にほとんどが完了していた。

機体の状態を示すモニターと計器が休みなく稼動し、後方からはエンジンの振動と低い駆動音を感じる。

 

間もなく自分が放り出される予定の母艦の外、宇宙空間に出れば、そこに『敵』がいる。

かつて自分から大切な物を奪い、これからも奪おうとする者達がいる。

操縦が至らなければ、少しでも気を抜けば、単純に運が悪ければ、自分もその一つとなり誰かを泣かせる。

そんな緊迫した状況で、戦闘とは無縁の言葉の羅列をいつも詠ってしまうのは、

 

「母さんが最後に聞かせてくれたからで、あとは・・・・・あいつと―――――」

 

彼の言葉と思考を遮断するようなタイミングで電子音が響く。

直後、再び通信端末から声が聞こえ、

 

『ブリッジよりレモネード特務兵―――――出撃を命ずる』

 

声の主は同じ男性だが、先ほどと違いその声は硬い。

少年の表情も瞬時に引き締まったものとなり、数秒閉じられた眼は、再び開いた時には険しく細まっていた。

それは、彼がただの少年から一人の戦人(いくさびと)へと変わった証。

自分に与えられた命令と意思に応えるべく、少年は息を吸い言葉を返す。

 

「了解。アーク・レモネード―――――――行ってくる」

 

母艦の下部、一枚の床のように重ね合わさっていた発着ハッチが開かれ、そこから見えるのは漆黒の宇宙空間だ。

機体を上からつかんでいるクレーンが、自分を送り出すためにゆっくりと下降し始めると同時に、駆動音がより強く響く。

それと同時に、省電力のために薄暗かったコックピット内にゆっくりと強い光が灯っていく。

意思を持たぬはずの機械が、剣と盾としての己の意義を果たそうとして目覚めたようで、心強く思えるのは感傷だろうか。

 

「こんな戦争・・・・・・・せめて、俺が生きてる間に終わってくれるといいんだけどな」

 

呟きと共に、少年はクレーンが完全に降りきったのを確認し右手側のコンソールを操作することで、機体を拘束から解放。

続いて左手でスロットルを操作すると、虚空に漂う戦闘機の後部推進機関から二つの蒼い光が脈打つように生まれ、

 

「―――――――――――――」

 

直後、戦闘機は弾けるように飛び去った。

もはや、この宇宙に己を縛るものは何もないと示すように。

  

 

 

 

 

 

 

闇が大部分を占める宇宙には、二種類で構成される光のアクセントが存在した。

一つは全方位に広がっているであろう恒星や星々、そしてもう一つは艦隊による人工の光。

後者は、さらに白と紅の光に分類される。 

白い光の集合の中で今、一つの動きがあった。

 

「レモネード特務兵、発進しました」

 

戦艦のブリッジ。

オペレーターの青年の声に頷きながら、艦長席に座る若い男性はモニターに映る一機の戦闘機を見る。

白銀の装甲の一部に空の色------蒼のカラーリングを施した『それ』は、蒼い一振りの剣に見えた。

 

戦闘機のメインフレームは細長く、後方斜めに向けては推力を生むために大きな二枚の金属製の翼が生えている。

さらに、機体の各部には過剰とも思える数のスラスターが取り付けられていた。

双翼から生まれる光は後ろに二筋の線となり、前方にいる白をベースにした友軍艦は相対速度の差で追い越す対象となる。

そして蒼の剣は、遥か前方で輝く紅く黒い光の群れ―――――――敵の艦隊にたった一機だけで向かっていった。

こちらを置き去りにしていくような速度を放つ戦闘機を見て、艦長は小さく呟く。

 

「・・・・・・・ちゃんと戻ってこいよ、アーク」

 

 

 

 

 

蒼の戦闘機は、その速度をもって既に白の友軍を遥か後方に突き放していた。

モニターが写すのは、既に人の視覚では捉える事が限界に近い高速の世界だ。

しかし、パイロットはそれでも満足できないと言わんばかりに、更なる加速を施そうとする。

彼は、既に形状がはっきりと見え始めた前方の艦隊を睨み、小さく呼吸。

 

「通り過ぎた後は破滅しか残さない死の暴風だ・・・・・・・・・・・覚悟しとけ」

 

戦闘機は単機で相手の予想射程圏内に飛び込み、そこで加速。

もはや疾風と化した己をもって、真空の宇宙空間に一陣の風を起こすために。

少年は、憤りも悲しみも希望も全て込めて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――ヴァル・ファスク!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、宇宙には楽園と呼ばれる場所があった。

その地は高い技術により栄華を極めたが、外敵の襲来と災いによってその繁栄は伝説となり、神話とされた。

 

600年の歳月を越えた宇宙で今、神話は人の物語と戻る。

英雄に導かれ天使たちが舞う戦場に一人の戦士を加えることで、更なる困難と奇跡を与えて。

 

 

 

 

 

 

あとがき

はじめまして、SERO(セロ)と申します。

GAの小説を投稿するのは初めてで、誤字・脱字・設定の矛盾点など、

お見苦しい点もあるかと思いますが、指摘しながらも温かい眼で見て頂けると嬉しい限りです。